秘密の特訓「いらっしゃいませ」
バニーの装いをしたバルバトスさんが出迎えてくれる。
いつものバニー服とは違っていて、シャツこそいつもと同じグレーだけどもっとスタンダードなタイプ、ルシファーが着ているものに近い。
開かれたドアの先はThe Fall――ではなく魔王城の一室だ。
「本日はよろしくお願い致します」
その言葉と共にペンが添えられたクリップボードを渡される。
挟んである紙には幾つかの見出し、それと対になるように『良い』『悪い』が並んでいた。
なるほど。こうやって評価をしていくらしい。
バルバトスさんにバニーとしての接客の練習を手伝ってもらえないかと相談されたのはつい先日のことだった。
「少々違う雰囲気の接客にも挑戦してみようかと」
「そんなに悪くないと思うんですけど……不評なんですか?」
「いえ。ただ、堅苦しく思うお客様もいらっしゃるのではないかと思いまして」
きっかけがどうであれ、少し違うバルバトスさんは私も見てみたい。
「それならお付き合いします。よろしくお願いします」
案内されるがままに一人掛けのソファに座る。客室に何気なく置かれているものだけど、こうして改めて案内された上で座ると実はかなり高級なものであったことに気付かされる。
私の横でバルバトスさんが片膝をついて挨拶を始める。
「いらっしゃいませ。本日はThe Fallへお越し頂き、誠にありがとうございます。当店は……」
お店の説明が始まった。過不足なく、料金についても明確で悪くない。クリップボードの『挨拶』欄の『良い』に丸を付けた。
続いて、飲み物と食べ物が運ばれてくる。本来なら飲み物と食べ物は別に運んでいたはずだけど、今日は練習だからだろう。ついでに気になっていたことを聞いてみる。
「そういえば、今日はいつものバニー服じゃないんですね」
「これは昔一度お手伝いをした時のものです。いつもの衣装は店に預けていまして。いかがですか? 似合いますか?」
「とても似合ってます。私はどっちも好きです」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
配膳はいつもしているからか、とてもスムーズで『サーブ』の欄でも『良い』に丸を付けた。
次は『接客一』らしい。何をするのかと思っていたら
「どうぞ」
料理と一緒に運ばれてきていた、スティック状に切られたニンジンを一本渡された。
「……?」
よくわからず自分の口に運ぼうとすると、手首を、ぐいと掴まれ静止させられた。
「実は食べ物じゃないとか……?」
「いいえ、食べ物ですよ」
そう言って私のすぐ横に顔を寄せ
「ただし、私の」
手首を掴んだまま私の手からニンジンをカリカリと食んでゆく。
距離が近すぎる。突然の行為に惚け、見惚れている間にニンジンは残りわずかとなっていた。もう指先から一センチ程しか残っていない。これどうするんだろう。
バルバトスさんは私の疑問を読み取ったかのように、こちらに視線をやると少し悪戯っぽい表情を浮かべ、ニンジンと共に私の指を甘噛みした。
たっぷり五分は悩んだ後、『接客一』は『良い』に丸を付けた。
次の項目は、とクリップボードを見るとそこには『接客二』の文字。
再度、「どうぞ」とスティック状のニンジンを渡される。
また? という私の疑問を読み取ったのか
「あなたが召し上がってください」
そう促されるので自分の口に運ぶ。素材そのままに見えていたけれど、実は調理されているようで食べやすくて美味しい。
何をするんだろうと不思議に思いながらポリポリ齧っていると
「失礼致します」
今度は両手首を掴まれた。
混乱する私をよそに反対側からバルバトスさんがニンジンを食べ始める。あの、これって……。どんどん顔が近付いてくる。
私が口を開けでもすればニンジンは落ちて、そこでお開きとなるだろう。でも、それをするには抗い難い程にこの行為は魅力的で。
キスされる、と目を閉じたとき、ひときわ大きなカリッという音がしてニンジンのかけらだけが私の口の中に残った。
悩みに悩んだ末、『接客二』は――。
これをされたお客さんがバルバトスさんのことを好きにならないわけがない。
紙全体に勢いよく大きくバツを付け
「こんなのダメに決まってるじゃないですか!」
とクリップボードを突き返したときの表情で練習は口実だと知るのは三秒後のこと。