わたしたちのゲーム 休日になにをするかを考えているうちに休日が終わってしまう。そんなワーカホリックの闇を抱えた男が同居相手とゲームを楽しむようになるまでには、それなりの紆余曲折があった。楽しそうに遊ぶドラルクとジョンを遠巻きにしていた第一形態。横目で主従コンビをちらちら見ながら周囲をうろついていた第二形態。仲間に入ってやらんこともないぞとめんどくさい態度を取りはじめた第三形態。誘われ待ちの――ふれなば落ちんの風情を醸し出す人間の若者を、吸血鬼とアルマジロは笑いを噛み殺しながら見守り、それからさりげなさを装って迎え入れた。不器用なロナルドが自意識の境界を越えてくるまでの一連の成り行きそれ自体を、高等吸血鬼とその使い魔は、ある種のゲームのように見なして陰でひそかに楽しんでいたのだ。
そろそろ声かけてあげる?
ヌヌヌッヌヌヌヌヌ。
目の前であれやってみせない?
ヌッヌー。
どんな反応をするか見ものだぞ。
ヌッヒッヒ。
そんなふうに棺桶のなかでやり取りをして、一人と一玉は声を忍んでしばしば笑い合ったものだ。ドラルクとジョンは愉快な日常を過ごすプロ中のプロだった。それはロナルドが生まれるずっとずっと前からのことで、だからこそ素人に優しく接してやれる余裕をたっぷり持っていた。
一度参加してしまえばあとは造作もない。ドラルクの料理に初日だけ言葉の上で抵抗を示した例と同じく、ロナルドは一人と一匹にはさまってプレイする楽しさをあっさり受け入れた。火のそばへ近づけない獣のような挙動をとっていた男は、無邪気にアルマジロと吸血鬼の列におさまり、最新のアプリゲーを教わったり、昔ながらのボードゲームに熱を上げたりするようになった。ロナルドの心の城は外壁の門の警備だけ異様に厳重で、そこさえ抜けてしまえばあとはろくに仕切りもドアもないというチョロさだったのだ。
ロナルドはドラルクに勝ちたがった。もちろん、どれを取っても経験値が違い過ぎるところへ年の功も上乗せされているため、ほとんどの場合ロナルドは勝てなかった。職業選択やその活躍ぶりのイメージに反して、若き退治人は驚くほど競争心の薄いタイプだった。彼の身内からいくつか偶然手に入った情報を吟味してみたところ、どうやら子どもの頃から変わらずその傾向があるらしい。しかし、なぜかクソザコ吸血鬼を相手にゲームをするときだけ、ロナルドの負けん気は無限に増大した。その結果、果てしない連敗で癇癪を起して狼藉を働く駄々っ子ルドが生まれ、期せずしてドラルクは新たに最高の娯楽対象を獲得してしまったのだった。
遺憾なく発揮される理不尽ぶり、脈絡のない大人気のなさ、結果から一切学ばない意固地な姿勢。すべてにおいて人間クソゲーとしてパーフェクトなスコアを叩き出した退治人は、当人が知らないうちに同居相手の胸を大いにときめかせていた。なにしろ、ロナルドがそんないかんともしがたい態度に出るのはドラルクに対してだけなのだ。うっかり垣間見てしまった実兄がドン引きするレベルの横紙破りな所業の数々。このバグをエンジョイせずに享楽主義者が名乗れようか。
たとえば、オセロで負けが重なったロナルドが盤上に地震を起こして勝負をご破算にする様子などは、まさに拍手喝采のしろものだ。ドラルクは何度目の敗北で人災が起きるかをゲーム毎にひそかに数えて記録してグラフまでつけている。なぜかロナルドはオセロを技能ではなく運に左右される公平なゲームであると思い込んでいて、毎度わかりやすく勝利を期待して勝負を申し込んでくるのだ。オセロが「覚えるのに一分、極めるのに一生」とのキャッチフレーズを奉られたゲームであり、国によっては公式戦も存在するし戦術理論の本も数多く出版されている事実など、ロナルドはまったく知らないに違いない。
むろんドラルクだけでなく、ジョンとオセロをしてもほぼ確実にロナルドは負ける。十九世紀末に一度流行って廃れたリバーシとそっくりなゲームがオセロという名のもとに日本で売り出されたとき、ドラルクは、おやまあなつかしい、と一セット購入し、ほらみてごらんと愛のマジロを誘ってたっぷりと楽しんだ。チェスでいうならブレットに相当する超早指しゲームがジョンは得意だ。だからロナルドなどはなから彼の敵ではない。それでも一緒に遊ぶのは、ゲームはコミュニケーションツールのひとつであり、プレイの目的は勝ち負けだけではないからだ。近しい間柄でやり取りする日常の遊びにおいて、盤上の楽しみは力量の差のみに左右されはしないのだ。ようするに、あえてざっくり断言してしまうなら、実力がはるかにかけ離れた相手からの対戦にドラルクとジョン応じるのは、すなわちそこに情があるからだ。
オセロの敗者ロナルドは何百回も何千回も生まれ続けた。差しかけのゲームの盤面が破壊される場面も同じくらい生まれ続けた。ある日、悲愴な面持ちで吸血鬼に対戦を申し出てきた人間は、絶対に負けない条件をそうとは知らずに提示した。断頭台に上がろうとするように、なにか大きな感情を捻りつぶそうとするように、自傷の不穏さを背負って放たれた細い声。それは無敵の呪文だった。ただ一人、ドラルクにだけ通用する、約束された勝利の呪文。
今にも泣き出しそうな顔をして、ロナルドは言ったのだ。
俺が勝ったらずっとここにいて。
ドラルクにとって楽しいだけだったゲームはいつの間にか終わっていた。素人に優しく接してやれる余裕など、もうどこにもなかった。