⑧出発しましょ『これで完璧だよ、兄さん!』『実に素晴らしいよ!自室の君!』
さあ、いってらっしゃい!と二人に見送られ、僕は待ち合わせ場所の鏡の間に向かっている最中だ。休日で人通りが少ないとはいえ、この目立つ格好で堂々と歩いて向かうなんて出来ない僕は、自分の存在が他者に認識されないように目くらましの呪文を唱えてから、イグニハイド寮の鏡に足を通した。
この学園本当に無駄に広すぎるんだよな…今度ひっそり転送魔法陣仕掛けておこうかなと思いつつ、内心は緊張感からなのかドクドクっと心臓が動いている。
「SSR確定ガチャでもここまでドキドキしないのにな…推し確定排出率100%の威力凄過ぎる…」僕は速足で学園の中心にある鏡の間へ向かっていく。
【オクタヴィネル寮アズールの自室】
「はい、リップを塗ったから少し唇を合わせて…そう…うん、いい感じ。完成よ!」
「おお~!アズールかわいい~」
「よくお似合いですよ、アズール」
「三人とも、休日の中、ご協力いただきありがとうございます」
「アタシは貰った対価分の協力をしただけ」
「いえ、ヴィルさんからはそれ以上にご協力をしていただきました。この分の対価は後日かならず「それなら、今度紅茶と一緒に今日の式典の話でも聴かせてもらうわ」…はあ?」
「僕とフロイドもお土産話楽しみにしてますよ」
「ちょっと、ジェイド」
「ホタルイカ先輩、絶対面白い反応するじゃん♪どうだったか教えてね~俺はあと嘆きの島のお土産ね~」
そんな話を聞いて対価になるわけない!と反論しても、この三人の表情を見る限り無駄だな…人の恋バナがそんなに面白いのか?と納得いかないが仕方ない。
「わかりました…あとは嘆きの島の名産品ですね。それではそろそろ待ち合わせ時間になるので…」
「アズール、目くらましの呪文をかけてあげましょう」
「はい、これマントね~、朝帰りになっても体は冷やしちゃダメだからね~」
「…お前は一言余計です!」
「もう…二人とも早く見送ってあげなさい」
「そういうヴィルさんも楽しそうにこっちを見ているじゃないですか…それでは行ってきます」
『いってらっしゃい』と三人から見送られ、僕は鏡の間へ向かうのだった。
【NRC鏡の間】
本来は学園長の許可がない限り入室することはできない鏡の間であるが、事前申請をした者であればマジカルペンをドアノブにかざし、呪文を唱えれば扉が開くようなシステムになっている。
僕は目くらましの呪文を解除し、ドクロのユニットをドアノブに近づけ呪文を唱えた。
「イフタム、ヤー・シムシム」古めかしい音を鳴らしながら鏡の間の扉が開く。
室内に一歩足を踏み入れたところで、室内にはまだ誰もいないようだ。
「…ア、アズール氏~?……まだ来てないか…」ドアを閉じて、闇の鏡に近づいたところで―――
目の前の近距離に急にマントを羽織った人影が出てきた。
「ひょおええええ!?」
驚きのあまり情けない声をあげてしまった。
「…あはは!イデアさんったら…そんなに驚かれるなんて!」とマントの人物から、鈴を転がすような声が聞こえた。
そ、その口調はもしかしなくても
「ア、アズール氏!?」
「ええ、貴方のパートナーであるアズール・アーシェングロットです」
いつもの僕との身長差より少し小柄になっている…ただ、マントを頭から被っている為、変身した姿がよく見えない。
「も~~~びっくりさせないでよ…ただでさえ寿命が縮みそうになりながら此処まできたのに…」
「緊張をほぐしてあげようかと思いまして…ふふふっ」
「それにしても、マ、マント?ずっと被ったままでいくの?」
「ヴィルさんからお借りしているものなので道中に汚れなど付けないようにしておきたくて…、僕の今の姿、ここで見たいですか?」
「…そ、そりゃSSR級のアズール氏はすぐにでも見たい…!けど、今ここで見たら独り占めしたくなって、このまま会場じゃないところにさらっていきたくなるかもしれない…」
「……ゴホン。…そうですか、それじゃあ会場に着くまではこの格好のまま向かいます」
「……了解。それじゃあ行きますか~」
僕から手を差し出されたアズール氏が、手を重ねてくれたのを確認し、闇の鏡に語り掛けた。
「イグニハイドのイデア・シュラウド、オクタヴィネルのアズール・アーシェングロット。【嘆きの島乗船場】まで導きたまえ」
「…承認した、いざ導かん!闇の力を秘めし者!」
闇の鏡から強い光が出される。
「手を離さないでね」
「嫌と言われても離しませんよ」
「あ~…オタクの心臓がもたないっすわ…」
「…僕もイデアさんのその恰好にドキドキしていると言ったら?」
「えっ!?……あ~~~~~もう行きますぞ!」
「ふふふっ、はい、行きましょう」
互いの手を握る力を強めて、闇の鏡の中へ入っていくのだった。