おかえりモネちゃんスガナミと仙台に水族館デートに行ったモネちゃんが帰ってきたのは夏の遅い夕陽が中庭に差し込む頃合いだった。仙台からラジオの仕事に直行して、それから帰ってくる予定って言ってたもんね。台所にいたアヤコさんがおかえりーって声をかけてる。
「水族館楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。ドチザメとホシザメとアカシュモクザメでしょ、あとアブラツノザメとナヌカザメ、イヌザメもいた」
いや、あのモネちゃん?水族館楽しかった?って聞かれて期待されてる返事は展示されてたサメのリストじゃないと思うんだけど…。スガナミにすっかり毒されてるって気づいて!いや、サメ的には名誉なことなんですけども。
「よかったわねぇ。先生も無事に東京にお戻り?」
「うん。また来月、って。できるだけ、勤務を従来の形に戻しながら状況の変動に対応するように病院も対処中で、休みは休むってしていくんだって。とはいえ、先生のことだから呼ばれちゃうかもだけど」
「そうやって見通し立っていくようになるといいわね」
「うん。来月は私が東京に行く」
「いいんじゃない?そうやって、二人で決めていければ」
そっかー、スガナミとそうやって、また会う約束ができるようになったんだなぁ。よかったねぇ!
「今日、お父さんとおじいちゃんは漁協の寄り合いで食べてくるから、私たちでご飯しちゃいましょ。」
「手伝う。今日の晩ご飯なに?」
「二人だから簡単に親子丼と昨日の残り」
「はーい。先生が来てる間は色々作ってくれてありがとう。家庭料理久しぶりだって、喜んでた」
「そりゃ、先生うれしいわよ」
「でも私はあんまり作ってないよ」
「一緒に食べられるのがうれしいんじゃない」
「そっか」
「モネだってうれしそうだったわよ」
「う、それはもちろん」
「でしょ」
いいなぁ、母娘の会話。すんごい平和。
晩ごはん食べながら、雑談してたモネちゃんが、ふと改まってアヤコさんに言う。
「仙台でいろいろ先生と話し合ってね。来月にはまず婚姻届けは提出しようって決めたの。本当は昨日今日でも出したいって先生は言ってくれたし、私もそう思うんだけど、ほら、まだ向こうのおうちにご挨拶行ってないし、それは、と思って」
「そう。先様が親同士の顔合わせとかそういうことを気にされないなら、ウチはもう、あなたたちがよければいつでも」
「うん。だから来月、挨拶に行って、それで出す。もう先生がご両親には話してて、反対なんかされてないからって」
「先生、忙しくてもその辺きちんとしてくれてるのね」
「私と会って、やっぱりダメってなったらどうしよう」
「しっかり先生の力借りて、ちゃんとしておいで」
「うん」
そっかー!やっとかー!スガナミもがんばってるなぁ。もうこればっかりは絶対タイミング逃さないぞ!って感じなんだろな。でも、ちゃんとモネちゃんのご挨拶したい気持ちを大事にするあたり、ほんとにモネちゃんファーストだよなぁ。そういうとこ、マジ、スガナミ。
「先週末、登米に二人でいってきた時に、サヤカさんに婚姻届けの証人はお願いしたの。バツ4の私に頼んでどうすんの、って言われたけど、やっぱりサヤカさんが作った場所で私たちは出会ってるから」
「本当に恩人よね」
「うん。東京に行く前に、私が登米に寄ってサヤカさんの署名もらって行く予定」
「段取りいいわねぇ」
「その辺、先生がぬかりないから」
と言って、モネちゃんが何か思い出して笑い、アヤコさんが首をかしげる。
「どしたの?」
「先生が『これで、僕の生殺与奪をあなたに預けられる』って言うの」
「またインパクトのある言葉ねぇ」
「お医者さんやってると、配偶者が治療を続けるか決断する場面にもたくさん遭遇してきたみたい。だから、婚姻届って言うのはパートナーに自分の命を預けるためにあるんだ、って」
「先生ならではの考えね」
「うん。私もいざという時は先生に預けたいから」
「そうね」
アヤコさんのモネちゃんを見る目がひたすら優しい。まなざしにうれしそうな色すらあるのは、こうやってモネちゃんが一生のパートナーを見つけられたから、なんだろうなー。まぁ、スガナミだけど。
「それで、モネは菅波になるの?」
「話し合って、菅波にすることにした。二人とも資格職だから先生がかなり渋ったけど。私は通称名でも仕事できるけど、先生は『菅波光太朗』で論文も書いて学会にもでてるから、それを大事にしたくて。それは私が押しとおしちゃった。…いいかな?」
「もちろん。お父さんだって、永浦の名前残せなんて一言も言わないわよ」
「よかった。婚姻届を出すためにはどっちか選ばなきゃいけないから」
「でも、出さない選択肢はないんでしょ?」
「うん。お互いに法的な権利を持つために必要だから」
モネちゃんの決意がすごいなー。ほんとにこの2年半、スガナミに何かあったら、ってずっと不安を抱え続けてたもんね。もうほんとに揺るがなくて。武士みたいだ。いや、武士に会ったことはないんだけども。なんていうか、モネちゃんは武士感ある。
「先生ね、婚姻っていう法的な選択肢があらゆるパートナーシップに認められたらいいのに、ってぼそって言ってた。病院で、法的な関係を持つ選択肢がない患者のパートナーの希望を聞くことができないこともあって忘れられない、って」
「本当に、先生は命の最前線にいる人なのね」
「ほんとにそうなんだなぁ、って改めて私も思っちゃった」
こんなにモネちゃんが穏やかにスガナミのこと話すのも、ほんと久しぶりだから、アヤコさんも嬉しそう。ホンセキチどーするとかなんとか話しながら晩ごはん終わって、一緒に洗い物もして。お風呂から出たモネちゃんは、お部屋に戻るときに僕も一緒に連れて上がってくれた。はー、僕も一晩ぶりのモネちゃんのお部屋だよー。改めておかえりー。
お、おお?ベッドにぽふって座ったモネちゃんが、めっちゃ僕のことぎゅーってする。どしたの、どしたの。スガナミ帰っちゃって、やっぱりそれはそれで寂しい?え、でもなんかそういう感じでもない?ん?
「サメ太朗ぅ~」
あ!はい!どーしました?!
「光太朗さんがね、先生がね」
はい、スガナミがなにかやらかしましたでしょうか。あの、先んじてお詫びのほど…
「私のことめちゃくちゃ甘やかすの!」
…はい?
「仙台までの車もずっと運転してくれるし、水族館でもどこでもずーっと手を繋いでるし、私が見たいものぜーんぶ見るし、見れるように段取りするし、サメのお話して?って言ったら、ほんとに分かりやすく話してくれるし、人が多いとこではさりげなーくかばってくれるし、ちょっとでも疲れたなって思った瞬間に『疲れてない?』って聞いてくるし、ふとした時に頭とかおでこにキスしてくれるし」
あの、その、少なくともサメの説明はただのスガナミ仕草で…。え、あ、まだ続く?はい…。
「それでね、フードコートで何食べよっかって話してたら、私が食べたいかもって思ったもの全部当てちゃうし、じゃあ僕も食べたいからそれにしましょうって、全部買っちゃうし、そこの壁にサメの絵がたくさんあってうれしそうなのも先生かわいいし、わけっこしたずんだサンデーをね、あーんって食べさせてくれるし、片付けも全部やってくれたと思ったら、食器返却のところが大きいサメの口の絵だった、ってにこにこして戻ってくるのかわいすぎるし」
なんか単なるスガナミへの感想混ざってるよ?まだ続く、はい…。
「ホテル着いたらとっても素敵なところでね、のんびりしてくださいって笑うし、半分出すって言っても絶対聞かないし、お部屋ではたくさんぎゅーってしてくれて、ちょっと筋肉落ちたっていうけど、全然ひ弱じゃないとこはそのまんまで、朝もゆっくりさせてあげたいからって、ふわふわのフレンチトーストのルームサービスで甘やかしなの。それでね、その後、帰る前に指輪見に行きたいって言いだして、このネックレスと同じジュエラーさんのとこに連れてかれたんだけど、やっぱりそれも自分が全部だすって言い張るし、仙台駅でお茶した時も自分の分のケーキもほとんど私にくれて、もー、ずっと甘やかされたー」
長い長い、長い!モネちゃん、心の声ながっ!
おかげで昨日今日大体なにがあったかは分かったけども。
「先生、反則だよー。会えたら絶対、大変だった先生を私が甘やかすんだって思ってたのにー」
モネちゃんも十分にスガナミを甘やかしてたと思うよ?主にサメ次朗方面で。
スガナミにもさ、モネちゃんを甘やかしさせてあげてよ、うん。
いや、マジもう、砂糖吐きそうすぎて、誰かブラックコーヒーくださいって感じなんだけど。
僕を抱っこしたままベッドに倒れ込んだモネちゃんが、へへってとっても嬉しそうに笑って、僕の頭を撫でる。
「ほんとに先生に会えたねぇ。サメ好きな、覚えてるままの先生だったねぇ。ちょこっとおじさんにはなってたけど、それも素敵だったねぇ。また来月、ってちゃーんと約束したんだぁ」
僕のことぎゅーってしながら、撫でながら、モネちゃんがほんとに嬉しそう。僕のことだっこしたまま、ごろごろしてたモネちゃんが、気が付いたら静かな寝息をたててる。口許はほころんだまま。この嬉しそうなモネちゃんをスガナミに見せてやりたいような、このスガナミにも見せない表情を僕が独り占めしたいような。
スガナミだけがこうやってモネちゃんを甘やかしできるんだよなー。ほんと、2年半分、これから取り戻していかなきゃな!にしても、毎回こんなあっまあまな心の声漏れてきたら僕の身がもたない気もするけど、それは使命だと思って頑張るよ、うん。
とりあえず、おかえり&おやすみー。