積もる2年半の話をいろいろといっても、スガナミに関する話は、ヘッロヘロに仕事してた話と、それがちょっとマシになった話と、マシになったらまたヘロヘロになってた話と、ちょっと復活してサメった話と、いざ2年半ぶりにモネちゃんのところに行く準備をしてる時に、すっかり荷造りの仕方も忘れたみたいで、あれだっけこれだっけってしてたぐらいなもん。で、モネちゃんが気仙沼でどんなふうにしてたか、って話にみんな興味深々。
モネちゃんのおうちの家族の話になって、コージが僕と晩酌してたこととか、アヤコさんが僕が今着てるハッピとかを作ってくれたこととか、サメ次朗のこととかを話してたら、ドアが開く音がしてモネちゃんが帰ってきた。今度は、出て行ったおうちに戻ってきてるから「ただいま~」って言ってる。おかえりー!
サメ棚のあるお部屋に入ってきて、テーブルの上にいつもの黄色いエコバッグを置いて、「サメ太朗、ただいま」って言ってくれる。ねー、モネちゃん、やさしーんだよ。こっち見てニコニコしてる。「旧交が温まってるといいなぁ」って笑ってくれて。ありがとう!お椅子を出してくれてみんなのとこにいれたから、めっちゃお話できた!温まりまくりだよ!ほっかほか!
エコバッグから買ってきたものを出して、あれは冷蔵庫、これは調理台って仕分けてくモネちゃんが楽しそう。何作るのかなぁ。お手伝いはできないけど、ここからみんなとおうえんしてるー。モネちゃん、楽しそうだねぇってネコさんが笑ってる。ねー。楽しそうなモネちゃん見てると嬉しくなるよね!
くるくる楽しそうにお料理してるモネちゃんがほんとに楽しそうでうれしそう。こうやって、スガナミのおうちで過ごすのも三年ぶりだもんね。そりゃうれしいよねー。あれこれしては、冷蔵庫にしまったり、おなべを火にかけたりおろしたり。たのしーね!
「よしっ!あとは先生が帰ってきてからで」
となにやら区切りをつけたモネちゃんが、いつものソファベンチにぽふって座る。おつかれー!
お椅子の上の僕に手を伸ばして、むぎゅってだっこ。ネコさんが、いいなぁ、って言う。えへ。いいでしょー。
「あー、疲れたねぇ、さめタロー。でも、サヤカさんからも中村先生からも署名いただけてよかった」
僕のせなかをぽんぽんってしながら、なんだかくつろいだ気持ちになったみたいで、モネちゃんがウトウトしはじめちゃった。ねー、今日は気仙沼からあちこち移動したし、お料理もたくさんしたしで、疲れたよねー。
モネちゃんが静かな寝息を立てはじめてしばらくしたころ、玄関の方で音がした。スガナミだ!「ただいまー」って小さな声がして、そっとお部屋に入ってきたスガナミは、寝てるモネちゃんをみて顔がゆるっゆるになる。静かに着替えて手洗いうがいを済ませたスガナミが、ソファベンチの端っこに座って、そりゃもう、緩み切った顔でモネちゃん見つめちゃって。なんかサメ棚の方角がざわめいてる。
初めてモネちゃんと一緒にいるスガナミを見たイタチくん、モクモクくんとネコさんが、えぇえーってなんかドン引いてるし、久しぶりにそんなスガナミを見たジンベエくんとか他のみんなはなんか涙ぐんでるし(涙腺ないけど)。
ねぇ、なんかあんなスガナミ初めて見たんだけど、あれ何?!ってネコさん、驚きすぎー!まぁ気持ちは分かるけどさ。あれがモネちゃんといる時の通常運転だからさ、慣れるしかないから!慣れて!慣れないだろうけど!イタチくんとモクモクくんもソワソワしちゃって、古株サメたちにどうどう、ってされちゃってる。波紋を呼ぶ男だぜ、スガナミ…!
しばらくモネちゃんをやっさしく見つめてたスガナミが、そっと右手を伸ばして、モネちゃんの頬にかかってた髪をかきあげて、頬に手をあてる。そのぬくもりにスガナミの口許が緩んだところで、モネちゃんも身じろぎしてうっすら目を開けた。
「あ、先生。おかえりなさい。あぁ、寝ちゃってた…」
「百音さん、ただいま。気仙沼からここまであちこち寄りながらだったのだし、疲れてたんですよ」
「サメ太朗だっこしてたら安心しちゃって」
「連れてきたんですね」
「もうすっかり相棒なので」
起き上がったモネちゃんが、うれしそうに僕のことをぎゅってする。ねー!モネちゃんと僕、いいコンビだよね!って、スガナミのチベスナ顔ー!!これ、納得いきませんね、って言うやつ!
「納得いきませんね…」
ほらー!もー、たんじゅん!
言いながら、僕のことをモネちゃんから取り上げる。あー!ほらもー、そんですぐキスするー!もー!ばくはつしろ!
そんでもってモネちゃんもなんだかんだ嬉しそうだし。
「あなたの相棒は僕だと思ってるんですが」
キスのあと、まだ不服そうに言うスガナミに、モネちゃんはしょうがないなぁって笑いながら、スガナミの頭をなでなでしてる。
「先生が私の相棒だから、つまりサメ太朗が私の相棒ってことでしょ」
「僕とサメ太朗はイコールなんですか?」
「僕の代わりにってサメ太朗を預けてくれたのは先生だもの」
「う、まぁそうですが」
「サメ太朗にヤキモチやいてます?」
スガナミの往生際の悪そうな様子に、モネちゃんがにこにこしながらスガナミの膝から僕を抱っこして、胸ビレを両手で持ってパタパタしてみせる。そりゃもう、モネちゃんとサメの組み合わせにスガナミがかなうわけないからさー。両手で顔おおって悶絶してやんの。ばーか。スガナミのばーか。
翻弄されてるスガナミを見て、イタチくんたちがおぉおーってなってる。あのねー、こんなもん!モネちゃんを前にしたスガナミなんてこんなもんだよ、みんな!
僕の胸ビレでスガナミの肩をぽんぽんと叩いたモネちゃんが、あ、そうだ、って言って僕を小脇に立ち上がる。リュックから大切そうにクリアファイルを取り出して、スガナミのおとなりに座る。
「これ。サヤカさんと中村先生から、署名いただいてきました」
「すっかり百音さんにお任せしてしまって。ありがとう。サヤカさん、お元気でした?」
「えぇ。また先生と二人でゆっくりいらっしゃいって」
「ありがたいね。まぁ、中村先生からは、オペの後に恩着せがましく署名してきたよって言われました」
「恩着せがましく、だなんて」
スガナミの言いっぷりにモネちゃんがけらけらと笑う。もーさ、ナカムラセンセーにスガナミが照れってれなの、バレバレなんだよねー。素直になれー。
モネちゃんの手からクリアファイルごと書類を手に取ったスガナミが、なんだかものすごーく感慨を込めてそれを見てる。そんで、そのスガナミの感慨深そうな顔を見るモネちゃんの慈愛に満ちた様子ったら。ほんとスガナミがカホーモノすぎて涙でそう。涙腺ないけど。
「明日、これを提出に行くんですね」
「ですね。あー、その前のご挨拶がほんとに今から緊張ですけど」
「両親とも、百音さんに会えるのを楽しみにしていますから。緊張しすぎないで」
「やっぱり緊張はしますよ!あ、お洋服、これでいいかなと思ったんですけど、どうでしょう…」
ハンガーにかけてたワンピースを見せるモネちゃんに、スガナミが素敵だと思いますよ、って言ってるけど、まぁスガナミはモネちゃんが着てたらなんでも素敵ですよって言うと思うからアテになんないよな。スガナミだし。そわそわしてるモネちゃんの手をそっと握って、とんとんってするスガナミの優しい顔。ほんとゲロ甘いよねー。そうしたら、モネちゃんもそわそわしなくって。モネちゃんを安心させてあげられるのがスガナミのスガナミなとこだよなー。
そうしながらしみじみしてたスガナミが、手にもった書類を見てうーんって顔になった。なんだなんだ。
「これ…。やっぱりこれでいいんでしょうか」
モネちゃんの手を離して指さしたところを、モネちゃんも覗き込む。
「もー、先生。この話はこれを書いた時に散々話をして、そうしよう、ってなったじゃないですか。通称名での仕事が差し障らない私の方が戸籍名を変える、って」
「でも…」
「でも、も、だって、もありません」
モネちゃんの武士感にスガナミ圧倒されてやんの。なんのこっちゃよくわかんないけど、前に話し合ってて、そんでモネちゃんがそれでいいんだって言ってるんだから、スガナミが今更何言っても変わんないよー。腹括れー。はい、って返事してるー。なー。そゆことー。
「さ、先生、お腹空いてるでしょ?晩ごはんにしましょう」
ぴょんってモネちゃんが立ち上がったのを、スガナミが眩しそうに見上げてる。
「うん。お腹空きました」
「きっとあんまり何も食べてないんだろうと思って」
「ちょっとは食べましたよ」
「って言って、ナッツバーとかそんなのでしょ?」
バレたか、って笑いながらスガナミも立ち上がって、何かお手伝いできることありますか?って二人で仲良く台所に向かう。
仲良く台所であれこれしてる後姿を見て、サメ棚から感慨深い空気と、あっけにとられた空気と両方が流れてる。いやぁ、こうやってる二人見れるの、ほんとうれしいねぇ、ってジンベエくんがしみじみして、ネコさんとかイタチくんは、マジか…って信じられないものを見る感じ。今はまだアカリコビトザメ属ぐらい珍しいけど、じきにドチザメぐらい見慣れるからダイジョーブ!
モネちゃんが支度してたから、あっという間にテーブルの上に色んなお皿が並ぶ。モネちゃんのメニュー説明にスガナミがうんうん、ってうなずいて。今日のごはんは、揚げ鶏のネギソース、トマトのロースト、いんげんの黒ゴマあえだって!ごちそう!サヤカさんが持たせてくれたっていう登米のお米がつやつやしてて、モネちゃんもスガナミもうれしそう。
向かい合っていただきまーす、ってしてるのに涙がでそう。もう、僕もすっかり涙もろくなっちゃって。涙腺ないけど。ご飯をたべながら、やっぱりあれこれ話してる。
「でね、明日、届を出しに行った帰りに、結婚指輪も買いに行っちゃいませんか。あれこれまとめてすませようとしてしまうけど」
「会える時にできることはやんなきゃだからそれは全然いいんですけど。仙台で下見にも行きましたし。ただ…」
「うん?」
「私はそんな高級なとこでなくても…って。こことお揃いのって言うのはあるけど」
って、首元のネックレスをモネちゃんがそっと触ったら、もしゃもしゃお野菜食べながら、スガナミが目を細める。
「別に値段やブランドにこだわっているわけではないんですけどね、ちょっと結婚指輪で考えるべき要件っていうのを調べてみたんです」
「要件…」
「うん。でね、結婚指輪ってつかう年数が長いでしょ。で、加齢による体型の変化には指の太さも含まれる。その時に、サイズ直しをするか、新調するか」
「うーん、新調よりはサイズ直しを選ぶ気がしますね」
「僕もそう思う。でも、だとすると、いつでもサイズ直しを受けてもらえるのがいいでしょう。サイズ直しを何十年後でも依頼できる購入元が存続しているというのは、一つの安心感だと思うんですよね」
「そっか。ナルホド…」
お店がなくなったら同じ加工はできないとかありそうですもんね、ってモネちゃんがうんうん、って頷いてる。んで、スガナミがなんか調べたこといろいろ話しては、ふんふんってモネちゃんも興味深そう。てかさー、スガナミが『結婚指輪の考えるべきヨーケン』とかトンチキなこと言い出してんのに、フツーに話聞いちゃうモネちゃんも、マジモネちゃんだよね。
いろんなじゅんびして、ふたりで話し合って。
ねー。こうやってふたりでいられるって、ほんとうれしいよね。
イタチくんもモクモクくんも、ネコさんも、モネちゃんが帰るまでに、デレデレでゆるゆるのスガナミに慣れよーね!え?見てらんない?まぁ、慣れ!慣れだから!慣れて!
それにさー、やっぱりこのニコニコのモネちゃんはスガナミといてこそだし!ね!