サメ太郎 『サメ太朗』と会うハハさんたちが出かける音がして、今日は帰りは遅いかな、とリビングのソファから心の胸ビレを振ってお見送りしてしばし。ガチャリと帰宅の音がした。ん、予想より早いな、と思っていると、玄関から聞こえてきたのはコータローと百音さんの声だった。コータローのただいま、と言う声と、百音さんのおじゃましまーす、という声のハーモニーが心地よい。あれ、それにあともう一つ、こんちはーって元気な声も聞こえる。誰だ、だれだ。
リビングにコータローがのそっと姿を見せる。青いチェックは相変わらずだが、やはりどんどんトトさんに似てきたな、なんて思ってしまう。そして百音さんはやっぱりかわいらしい。おや、その百音さんが提げていらっしゃる紙袋にはお仲間かな?コータローが、言われていた荷物を取ってくるから、百音さんはソファでも座ってて、なんて言いながら納戸の方に歩いていく。
百音さんがぽふっとソファに座って、私の吻をぽんぽんと撫でてくれた。
「サメ太郎さん、こんにちは」
はい、こんにちは。またお会いできてうれしいですよ。
ゆったり百音さんを見上げていると、なんだか紙袋から賑やかな声がする。
百音さんが、ああそうだ、と言いながら、紙袋からサメぬいさんを取り出して、こんにちは、と会わせてくれた。
「ねぇ、サメ太朗、こちらねぇ、先生のおうちにずっといる、サメ太郎さんなんだよ。やっと会えたねぇ」
百音さんがニコニコと私をサメ太朗さんに紹介してくれる。
『こんにちは!僕、サメ太朗です!』
『はい、こんにちは。奇遇ですね、私もサメ太郎ですよ』
サメ太朗さんは、心の胸ビレをぱったぱたさせて、百音さんが彼を僕に紹介してくれたことがうれしくてたまらないみたい。ねぇ、こうやってサメぬい同士を引き合わせてくれるなんて、百音さんはまるでサメの天使みたいですね。
『そーなの!あのね、モネちゃんはサメの天使なんだよ!初めてスガナミのおうちに来た時から、ずーっと僕たちのこと、だいじにしてくれてるんだー』
『ほほぅ、コータローのことをスガナミって呼んでるんですね。確かに、外じゃあスガナミセンセイって呼ばれることがほとんどだろうしね。それが高じて、百音さんだってコータローのことは大体、先生って呼んでるみたいだし』
『そーなの。そんでね、モネちゃんがコータローさんって呼ぶと、こーんな顔していやがってたんだよ!』
サメ太朗さんがやって見せた心のチベスナ顔に、思わず吹き出しそうになる。これまたトトさんにそっくりなカオだ。あれか、ハハさんがコータローのことコータローさんって呼ぶからか。まったく、分かりやすいやつだな。私が吹き出しそうになるのをサメ太朗さんが不思議な顔をするので、それね、彼の父親にそっくりなんですよ、って教えると、そーなんだ!ってとっても楽しそう。えぇ、ほんと、似てきてますよ、あの親子も。
『でもねー、最近はあんまり言わなくなってきたよ。慣れてきたのかも。それにねー、スガナミだって、モネちゃんが、百音さんは叱られてるみたいでヤダ、モネでいい、って言ってたのに、みんなが呼ぶ名前はつまらない、なんて言って、百音さんを定着させちゃったからね!そりゃ文句言うスジアイないってもんだよー』
『そういう独占欲を持つタイプではないように思っていたけれど…』
『それこそ、モネちゃんだから、じゃない?ほんとにねー、モネちゃんに関しては、スガナミは大人げないよ!』
あんなこともあった、こんなことも、とサメ太朗さんがあれこれとコータローと百音さんの越し方を話してくれる。そうでしたか、あなたはコータローが登米に行った頃からのお付き合いでしたか。ねぇ、あの頃はなかなかこちらの家にも寄り付かなくて、ハハさんもどうしてるかねぇ、なんて言ってたもんですよ。なんだかんだ大丈夫だろうとは思っていましたが。あなたのような見守りサメがいて、百音さんという素敵なアパートナーを得て。コータローはやっぱり幸せ者だ。
『そだよねー。やっぱりサメの神様が見てくれてたんだよ!』
『お、いい事いいますね』
『でもねー、スガナミはモネちゃんと出会ったことで一生の運を使い果たしたよね』
『ははは、そんなにですか』
『そう!そう思う!だって、見て、これ!僕に腹巻き編んでくれるんだよ!もーそんなサメの天使と出会えるとか、スガナミは一生の運を使い果たしてる。そんでスガナミのセーターは僕の腹巻きの残りの毛糸でできてる』
サメ太朗さんがとっても得意げに腹巻きを見せてくれる。確かに先ほどコータローが着ていたものとお揃いのようだ。そういえば百音さんのミトンもそうかな。うん、確かにコータローはカホーモノだ。
『そう!カホーモノ!サメたろーさん、気が合うね!』
『何と言っても、我々はコータローのサメですからね』
『そだね!そんで、スガナミのサメだから、僕はずっとモネちゃんのこと見守り支え係なんだ!スガナミのいなかった二年半も、僕はずーっと一緒にいたんだよ!ほんと大変だったけど、がんばった!』
『それは本当にご苦労様でした。でも、頑張った甲斐がありましたね』
私とサメ太朗さんが心の首を(どこか分からないながらに)巡らせれば、戻ってきたコータローと、そこに駆け寄って笑顔でお話をしている百音さんが見えた。心からくつろいだコータローと百音さんを見れば、サメ太朗さんが支えて乗り越えた時間の尊さが分かろうというものだ。
『ほんとね、みんながんばった!でもねー、その後はね、もーずっとスガナミがモネちゃんにデレデレで、ばくはつしろ!って感じ!』
ははぁ、あのコータローがそこまでデレますか。それはまた見てみたいものですが、このジッカという場所では難しい、かな。今ではすっかり私がハハさんの息子ポジションに収まっているから、そちらのお家に行くこともないだろうし。
『うーん、でもね、きっとまたモネちゃんが僕をこのおうちに連れてきてくれると思うから、その時はお話しよーね!』
『ありがたいお申し出です。ぜひ百音さんにお願いしておきましょう』
『だね!』
丁度話がひと段落したところで、帰り支度を始めた百音さんがサメ太朗さんを抱き上げた。
『サメ太郎さん、ばいばーい!』
サメ太朗さんが心の胸ビレを全力で振ってくれるので、私も心の胸ビレを全力で振りかえした。
『また、ぜひ会いましょう、サメ太朗さん』
サメ太朗さんを紙袋に入れた百音さんが、私の吻をぽんぽんとしてくれる。
「サメ太郎さん、またね」
そういって私に挨拶する百音さんを、コータローがとてもうれしそうに見ている。コータローのだいじを大事にしてくれる方だ、コータローはほんとに百音さんを大事にしろよ。なんて、サメにエラ呼吸を説くようなものかもしれないが。
コータローと百音さん、サメ太朗さんが仲良く並んで玄関の方に向かうのを、また心の胸ビレを振ってお見送りする。また、ハーモニーのような「おじゃましました~」が聞こえて、バタンと扉が閉まる音がした。
サメ太朗さん、百音さんにもコータローにも可愛がられているいいサメさんだったな、と思いがけない邂逅に、なんだかとても心が浮き立つ。ほんとうに、また会えるといいな、と私は心の背ビレでうーんとのびをするのだった。