dcstホラー 小話まとめ応えるべきではない
夜を徹する作業のお供に、昼間スイカちゃんと一緒に採ってきたコケモモ(に似た何かの実、俺が知ってた物とホントに同じか分からないし)を小さなカゴに入れて用意した。ちょっと酸っぱいし渋みもあるんだけど、目覚ましには丁度良いから。
黙々とちまちました単純な細工を続けて、コケモモに手を伸ばし口に入れる。もうひとつ摘まんだところで、かさ、と後ろで足音がして、
「ちょうだい」
と声がした。誰だっけ? この声。まあ、いっか。
「は」
「駄目です」
被せるように言われた、ぴしゃりとした否定の声に振り返る。あらルリちゃん。……、ん?
「あれ、今」
「ゲンさん、お疲れ様です。私にも少しお手伝いさせて下さい、眠れなくて」
「う、うん、そりゃあ有難いけど」
にこにこと笑いながら、ルリちゃんは隣に座り込む。これ美味しいですよね、と言いながら彼女はコケモモを摘まんだ。
「ルリちゃん」
「はい」
ねえ、今そこに居たはずの子どこ行ったの? てか誰が居たの? ルリちゃんは何を見たの? なんでコケモモあげちゃ駄目だったの?
……ああ。いや、そっか。
「俺、何を欲しがられたのかな?」
ルリちゃんは何も言わずににこにこと笑って、コケモモを口に放り込んだ。
目を合わせるべきではない
昔ね。よくさぁ、金狼に目隠しされたんだよね。森を歩いてたり、川に行った時だったり、急にぱっと後ろから目隠しされるの。あれ驚くからイヤだったんだけどさー、ふざけてる感じもないんだよ。まあ金狼だし。いつの間にかそういうの無くなったから、この前聞いてみたんだよ。あれ何だったの? って。そしたら何て言ったと思う? 見ない方が良いものがあったから、だって。何で僕よりボヤボヤ病の金狼のが先に気付くんだろう、わっかんないよねぇ。ただの口実でかわいい弟に構いたかっただけなんじゃないの~? とか言ったら叩かれちゃったよ。えっ? 金狼が何を見たかって? 知らなーい。だって金狼も分からないって言うんだもん。ほら、ボヤボヤ病じゃ遠くなんかよく見えないでしょ? こっちをじっと見てくる白い何かだったって言ってたけど、それだけじゃ分かんないじゃん? 何でそれだけで見ちゃいけない物って分かったんだろうって僕も思うけどさ、でも金狼がそう思ったんならきっとそうなんだよ。うん、だからさ、うん。絶対、あっち見ちゃだめだよ。
何も見ていない
暑い日だった。痛いくらいの陽射し、茹だるような湿度、気温。それでも川の傍は随分とマシな気がした。
少しくらい贅沢しよう、こんな時くらい許されるでしょう、コーラが飲みたいいや炭酸だけでもいいそれでも構わないお願い冷たいシュワッとした喉越しを味わいたい! と泣き言のように言い募るどこぞのメンタリストに根負けし、装置を仕掛けたのが昼前のこと。今回は少量な分、時間は然程にはかからない。
様子を見に行くという口実で涼みに来たのは正解だった。火照る肌に渡る風が心地良い。ついでに水でも浴びてから炭酸水を回収して戻るか。そんなことを考えながら、木の根に腰を下ろして額の汗を拭う。
滝の音。カラカラと回る装置の音。鳥の声。葉擦れの音。暑さを和らげるような音に息を吐いた。
夏らしい強い陽射しは影の色も深くする。深緑の鮮やかさに反して、あの木蔭なんか雑木林の奥が見えない程だ。それからその傍、この川の向こう、あの繁みの真っ黒な影、あそこはさぞ涼しいのだろう。
さやさやと風が渡る。繁みの葉が招くように揺れる。川向こうは涼しそうだ。立ち上がる。汗が落ちる。ぱしゃりと足下で水が跳ねる。ばしゃり、ばしゃり、一歩、一歩、膝下が水に浸かる。あの向こうは涼しそうだ。風がそよぐ。心地が良い。繁みが揺れる。木蔭は奥が見えない程に真っ暗だ。ざばり、腰まで浸かると歩きづらい。ざばり、ざばり。あの繁みはとても
「千空ちゃん!」
ばしゃん! という水の音と叫ぶような声に振り返る。バシャバシャと跳ねるように川へ入ってきたゲンは無理やり手を伸ばして俺の服を引っ張った。
「ちょっとちょっと! そこ深いんだよ、危ないって! なんか気になるもの見つけたの?」
間に合って良かった~、と言いながらゲンは俺の腕を掴んで少しずつ元の岸側へ引っ張る。それに従って一歩足を戻す。そうだ、確かにあと数歩先は、ぽっかりと深くなっている箇所だ。クロムに気をつけろと注意された事がある。
ざばざばと引っ張られるままに岸へ戻る。お互い服がびしょびしょだ、まぁこの天気ならすぐに乾くだろう。気にすることはない。
「びっくりだよ、炭酸水ウキウキで見に来たらこれだもん。気をつけなよー、千空ちゃん。それで、何を見つけて追ってたの?」
「あ゛ー……」
川の向こうを、振り返る。
「……、いや、見間違いだったみてーだわ」
夏の陽射しに鮮やかに照らされ、青々とした繁みが風に揺れていた。
何も聞こえていない
風がびょうびょうと吹いている、らしい。
山の方から時折、風が鳴る音がまるで人の声みたいになって聞こえてくるのだ。初めて聞こえた時はちょっとギョッとしてしまった。きっと岩の隙間か洞穴に風が吹き込んで、笛のように音が鳴っているのだろう。現代の頃だって、潮風のキツい日の貿易港の町のビル街では風が唸り声を上げていたもの。
気付いてしまったからか、どうにもその音が鳴ると気になってしまう。昼夜問わず、タイミングも不定期に風の音は耳に届いた。
びょうびょうと、びょおうびょおうと、うねる音は日に日に僅かだが大きくなっていく。大きくなるにつれ、それは不穏な声にも似て聞こえて……正直、少しストレスだ。
今もまた、ほら、鳴り出した。眉間に皺を寄せて両手で耳を塞ぐ。こんなことをしても聞こえなくなるわけないんだけど。
「おや羽京、どうしたんだ?」
「ああ、コハク」
爽やかな声にパッと両手を離して振り返る。背中に籠を背負った彼女が不思議そうな顔で僕を見ていた。
「具合が悪いのか? 千空に……」
「いや、大丈夫だ。ありがとう、ちょっとうるさくって」
「うるさい?」
「うん。気にならない? それとももう聞き慣れてるとか」
「君はめっぽう耳が良いからな」
くすくすと彼女は笑っている。少し気が晴れるなぁ、こう喋っていると。
「どうにも気持ち悪くて気になるんだ。ほら、今も山から聞」
「何も聞こえないぞ」
断ち切るように、彼女は言った。
「……えっ」
「どうかしたか?」
「いや、何を言ってるの、今もこんなに」
「おお羽京、君こそ何を言っているのか分からないな」
有無を言わさぬ、にこやかな笑みで。
「何も、聞こえない」
彼女は、断言した。
「……聞こえない?」
ひょおう、ひょおうと、風が鳴る。
「ああ、聞こえないぞ。そうだろう?」
ひゃあひゃあひゃあと、風が鳴る。
「……聞こえ、ない」
「ああそうだ」
風が鳴る。びょうびょうと、風が鳴る。唸る。風が。ひぃひぃ、と。ひゃあひゃあ、ひぃひぃひぃひゃあひゃあひゃあふひゃひゃひゃひゃあひゃあひゃああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛
「うん、そうだね。何も聞こえない」
肯定へにこやかな笑みを深めた彼女へ、僕もまた笑い返した。
あれ以来、ふっつりとあの音が僕の耳に届くことはない。弓を握る。手が汗で滑る。聞こえない。きっと音が鳴る条件が崩れたのだろう、岩が落ちたとか何かそういう理由で。弓を構える。矢は番えない。聞こえない。息を整え、弦をひく。聞こえない。聞こえる風はさやさやと木々を揺らすような、可愛らしいものばかり。聞こえない、聞こえない、聞こえない。
「 聞こえているくせに 」
パシン! と高らかに弦が鳴る。
ああ、今日も静かだ。