それらすべては人間でした藁ではなく石に縋った話
誰にとって見慣れていようとも、自分にとっては好ましくないモノというのはあるだろう。俺にとっては、そこら中にある人の形をしたあの石がそれに当たる。あんなもん、気持ちが悪くて仕方がない。どいつもこいつも俺たちと変わらない見た目をしていて、それなのに石だしモノによっては人だったら生きてないだろってな具合に欠けてるヤツもあるし。この前なんか、拾って投げようと思った石が頭から欠けた破片だったのだ。目があって思わず悲鳴をあげてしまった。
俺にとってはゾッとする毎日だが、周りにとってはそうでもないようで『そんなに気にすることか?』と首を傾げられて話を流される。人からしたら、その程度のものらしい。
とは言え、見たくなかろうとそこかしこにヤツらはある。イヤだと思おうと慣れるしかないのだ。これでも親に引っ付いて泣き喚いた子どもの頃に比べればマシになったんだから良い方だろ。
それでも出来る限り見たくないっていう自分の気持ちを守るため、海へ漁に出ることを覚えた。海の上にはヤツらは居ない。見渡す限りの一面に広がる水の上には何もない、心が落ち着く光景だ。魚獲りが上手ければ誰も野山へ採集に行かなくても文句は言わない、これからももっと漁の腕を磨こう。
――なんていう俺の決意と思惑とは裏腹に今、俺は山の中に居る。
去年の冬は寒かった。今年もそうなると困るから、早めに薪を集めておこう。今日は波が高くて海へは行かないだろうから手伝ってくれ。
……こう言われて断れるほど俺は自分勝手にはなれない。薪だってすぐ集められるもんじゃないのは分かってるし、ないと困るのは皆同じだ。イヤだろうと仕方がない。肩を落としながら、山の中へと踏み入った。
ヤツら(特に人らしく見える顔)が視界に入るのがイヤであまり周囲を見渡せないから、薪集めには苦労した。それでも何とか抱えられる程度集まったら紐代わりの蔦でまとめて背負い、また抱えられる程度に集め……と繰り返していたら、いつの間にやら見覚えのない場所に居た。
ぐるりと辺りを見渡して、囲まれるようにヤツらが立って(あるいは倒れて)いることに顔を顰める。しまったな、本当はもっと集めたかったけど引き返すか。ある程度は俺がかき分けて歩いた道で判断出来るだろう、時間的にもそう遠くまでは来ていない筈だ。すぐに見覚えのある場所まで戻れるだろう。
ため息を吐いて踵を返す。下り道へ足を踏み出し、
「……ぅわっ」
あまりの柔らかさに足がぐいと沈む。そこは固い土ではなく、積もった落ち葉の地面だった。予想外の踏み込みと斜面、そして背負った薪。あっけなく俺は前へと倒れ込み、そのまま止まることも出来ずに転げ落ちた。
(――痛い、痛いッ!!)
薪を止めていた蔦が切れる。ゴロゴロと転がりながら何かにぶつかり、何かで切れ、土を味わいながらそれでもまだ止まることが出来ない。目が回る。痛い。痛い!
(なにかッ、何か掴むモノは!!)
まともに見えない視界の中、こちらへ差し出すように伸びる出っ張りがあるように見えた。何でもいい、見間違えててくれるなよ!
無我夢中で腕を振り回して、ソレを掴む。勢いで腕が引きちぎれそうに伸びるけど、何とか止まった。
良かった……と息を吐いて腕を見る。俺が掴んでいたのは、倒れて体が半分以上埋まった石の人の腕だった。
(……お前らに助けられたのか)
普段なら気味が悪く見えるソレも、今だけは優しい親の姿にも見えてくる。邪険にして悪かった、これからはもう少し見る目を変えるよう努力するよ。
誓いを立てながらも痛みを我慢して腕に力を入れ、何とか体を起こす。
――よりも先に、ボキリと、肘から石の腕が折れた。
「……、は?」
立て直せていなかった体は掴んでいた腕が離れた勢いでまた転げ、そして再び回る視界の中に人じゃない大きな石が近づいてくるのが飛び込んでくる。俺は止まることが出来ない。
ああ、くそったれ。助けてくれたと思ったのに。生きてもいない石に縋った俺が馬鹿だったよ。
ころげた話
「なぁ~! 速いってばぁ!!」
「ばか、急がないと日が暮れるだろ!」
「だからって俺たちがお前の全速力についてけるわけね~だろっての!」
「お前が急いでんの、日が暮れるからじゃなくて門番の兄ちゃんに叱られんのがヤだからのくせに!」
「うるせー!」
「あっ、あんにゃろ速度あげやがった! ……なあ、大丈夫か?」
「今くらいなら何とか……あっ、おい足下!」
「えっ? うぉわァ?! いってぇ!!」
「げぇ、派手にいったなァ。平気? 擦りむいただけ? 何だろ、根っこ……じゃなくて石の人か」
「くっそ、こんなとこに倒れてんじゃねえよ! 危ねえな! こんにゃろ!」
「おい止せよ、って……あーあ」
「うっわ! 頭もげた! えっ俺の足そんなに強えの!?」
「んな訳あるか、首んとこにヒビでも入ってたんだろ。まぁ石の人たち何となく他の石より脆い気はするけどさ」
「うえぇ~……やだな、なんか気味悪ィ……」
「なぁ、もう行こうよ。あいつすっかり見えなくなっちゃったよ」
「あっすまん、急がなきゃな」
「走れる?」
「ん、ちょっと痛えけど。……なぁ、もし夜中にこの石の人が動いてコラーッ! て叱りに来たらどうする?」
「アハハッ! ゴメンナサ~イ! って土下座でもしとけば? なんだよ、人の形してるからびびったの?」
「だってよ~! なんか気持ち悪いっつーか気分悪いっつーかさ~!」
「何言ってんだよ、石だよ、石! ただの石! ほら、帰ろう。さっきのあいつじゃないけど、ホントに日が暮れて夜になっちまうよ」
「……うん、だな。わるい、行こ」
「おう」
お父ちゃん石の話
僕のお父ちゃんは村の大人ん中で一番大きかった。村長も大きい人だけど、お父ちゃんのがちょっとだけ大きいんだ。うんと見上げなきゃ顔が見えないし、声も聞こえにくい。でもしゃべる時はしゃがんでくれるし、僕のことを抱き上げてくれる。お父ちゃんによじ登って肩に乗ったりもした。
僕もお父ちゃんみたいに大きくなれるかな? そう聞いたら、お父ちゃんの息子なんだからきっとなるさ、って笑ってた。抱き上げるたびにでっかくなってるんだから、あっという間さ、って。その時が楽しみだな、って。
「そんな日、来なかったね。お父ちゃん」
この前、お父ちゃんは死んじゃった。仕留めたと思って猪に近づいたら大暴れされて、その時の怪我が原因で数日後に。猪はおいしかった。
村の人たちはもういつも通りだ。ちゃんと悲しんでくれたよ、さみしい、残念だって。でも、ひと区切りしたら元通り。
「あの荒くれ者でも呆気ねえもんだったなァ……」
「大物狙いの奴だったしなぁ、今まで軽い怪我で済んでたのが幸運だったんだよ」
たまに聞こえてくるのはこんな言葉ばっかりだ。だから僕は村から出て森の中に逃げ込んでいる。お母ちゃんはひとりで森や山ん中を行くより、海での魚獲りや山なら採集とか、皆で動いて働くことを覚えなさいって言うけど、僕そんなに泳ぐの上手くないから海は嫌なんだよな。やれば上手くなれるかもしんないけど、前に溺れかけたこと笑われたから練習もしたくない。
……お母ちゃんは、僕がひとりで何かするのを嫌がる。皆と居ろって。お父ちゃんみたいにひとりで居るんじゃないって。
お父ちゃんは僕には優しかったし、村の中では二番目に強かった。でも皆に好かれていたか、って言うとちょっと違う。強いん『だけど』ね、って、言われてた。喧嘩もよくしてた。悪いってほどじゃないけど乱暴者で、ひとりで狩りで大物を獲ってきてくれるけど、どこか厄介な奴。それが皆から見た僕のお父ちゃん。
お母ちゃんがお父ちゃんをどう思ってんのか、僕にはちょっとわかんない。でも僕はお父ちゃんが好きだった。ひとりでも強くてデカくて格好良いお父ちゃんが好きだった。僕はお父ちゃんみたくなりたいのに。
俯きそうになって、こんなんじゃダメだとぶんぶん首を振る。お父ちゃんなら僕と話すときくらいしか俯いたりしない。
顔を上げれば、草木と石が目に入る。倒れてる石の人に腰掛けて、僕はぼんやりと周りの音に耳を澄ませた。僕なんか居ないみたいに静かに静かにしていると、たまに小さい獣が近くを通る。上手くいくと、そういう奴を捕まえられたりするんだ。
静かに、静かに。あれは鳥の声。これは風で揺れた葉っぱの音。あれは鳥が飛び立って揺れた枝と葉っぱの音。……この、がさがさする音は、大きな生き物。ちょっと離れてるとこを歩いてる。向きはこっちじゃなさそうだ。がさっ! とひときわ大きな音と、何かが落ちる音。そのまま後は、どこかへ歩き去っていった。
「……、もしかして!」
居ないフリをやめて立ち上がる。音がしていた場所を探して走り回れば、目当てのものがそこにあった。
「やっぱり! つの落ちてた!」
暖かくなってきた頃に鹿の角は生えかわるんだって、お父ちゃんが言ってた通りだ。こんな近くで見つかるなんて! 僕でも何とか抱えて持って帰れそう、あともう一本も近くにあるのかな?
鹿はデカいから通る獣道も大きくなる。鹿の角を引きずって、こっちかなぁと勘頼りに探したら。
「……、お父ちゃん?」
鹿の角は、お父ちゃんそっくりのおっきな石の人の足下に落ちていた。
「お父ちゃんだ……」
あの石は誰それに似てる、いやこっちのが似てる、なんて話はよくするけど、この石はお父ちゃんによく似てた。同じくらい、おっきい。
角を放り投げて足に引っ付く。固い腕に手を掛け、足を掛け、背中を通って肩に座る。後ろから顔を覗き込んだら全然似てなかった。でも、何度もお父ちゃんが僕に見せてくれた高さの景色がそこにあった。たとえ同じ高さでも、木に登るのとは違う景色。
ここに居たの、お父ちゃん。丸い頭に抱きついて、僕はわあわあ声を上げて泣いた。僕の泣き声に、鳥が驚いて飛んでった。
その日から、たまにお父ちゃん石のとこに行ってはよじ登って休憩をするようになった。肩に座って頭に抱きついてぼんやりしてると、なんだかちょっと落ち着くのだ。
相変わらずお母ちゃんは僕がひとりでウロウロしてることに良い顔はしないけど、お母ちゃんはお母ちゃんで巫女様のお手伝いに忙しいから僕をつかまえておくはできないし。だから僕は今日もお父ちゃん石の上に座っている。天気が良いからお父ちゃん石も温かくて、抱きついてると気持ちが良いんだ。そのままじっとしていたら何だか眠くなってきた。瞼が重くなってきて、このまま眠っちゃいそうだ……
「キャァァアアアーッ!!」
何!? 突然の鳴き声に飛び起きる。あっこれ猿か、と気付いたのと、驚いて手を離してしまったのとは同時だった。
「あ、」
そういえば昔、同じように肩から落ちそうになったことがある。あの時はお父ちゃんがスゴい早さで僕を掴んでくれたけど、これは石だから、お父ちゃんじゃないから、僕は頭から真っ逆さまに地面へと落っこちてしまった。
目が覚めたら頭も背中も痛かった。唸ってたらお母ちゃんが飛んできた。
「だからひとりで居るなとあれほど!!」
どうやらあの猿を捕まえようとしていたらしく、僕が落ちる物音を聞いて他にも獲物がいるかと思って見つけてくれたらしい。見つけてくれたのはありがたいけど、僕が落ちたのそれが原因じゃんか。なんかモヤモヤするな。
「何であんなに他から見えにくいとこに居たの」
「……お父ちゃんみたいな石があったから……」
「……そう」
お母ちゃんが怖い顔をする。眉間にぎゅっと皺を寄せて、泣きそうな顔で僕の頬を撫でた。
「あんたはお父ちゃんみたいになんなくっていいんだよ」
「でも」
「もしも巫女様たち……あんたの伯母様と従姉に何かあったら、代われるのはあんたしか居ないの! あんたが百物語を代わりに覚えて、あんたの娘が次の巫女様として百物語を継ぐ。そうでなくても次代様の従弟としてお支えしないとならないんだから!」
「……なんで、ねえ僕、なりたいなぁとも思っちゃだめなの?」
「……、そう。思っちゃだめ。お父ちゃんみたいに、いつ死んでもおかしくない真似する人にはなりたがらないで」
現に死んじまったろ、とお母ちゃんが呟く。
「あんたとお父ちゃんはちがう。……ちがうんだよ」
僕の涙を拭って、お母ちゃんは僕の毛布を掛け直した。今はゆっくり寝て治しなさい、と。あちこち痛い僕は、ゆっくり肯くことしか出来なかった。
幸い、頭から落ちた(と思う)わりに大きな怪我でもなく、数日寝てたらちゃんと治った。まだ消えてない痣もあるけど、その程度だ。動けるようになったからこっそりと村から抜け出そうとしたのに、お母ちゃんに見つかった。
「あの石ならもう無いよ」
お母ちゃんは僕を捕まえはしなかったけど、代わりに走って逃げる僕の背中にそう告げる。
「もう居ないんだよ」
聞こえないふりをして、僕は急いでお父ちゃん石のある場所へ向かう。
石は、本当に、なかった。
お母ちゃんが運べるはずないから、男衆の誰かに頼んだんだ。何人もわざわざ来ない、お父ちゃん石は大きいけど二人くらい来れば良い方、でも二人でなら重いし面倒くさいからそう遠くまでは運んでないはず、そして歩きやすいのは鹿の通った獣道。
「こっち!」
可能性の高い場所を探す。きっとあるならこの辺り。きょろきょろ見渡しながら歩いて、僕はとうとう見つけだした。
倒れてるお父ちゃん石を。倒れて、腰から折れてる、お父ちゃん石を。
「あ、あ……」
これじゃ起き上がれない。お父ちゃん石には登れない。あの景色ももう見られない。やっと見つけたのに、もう。
涙があふれる。嗚咽の代わりに、ごめんなさいと言葉がこぼれた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。僕の所為だ。僕の所為で、お父ちゃんがもういっかい死んじゃった。顔はちがうけどお父ちゃん石になって戻ってきてくれたのに、それなのに!
もうお父ちゃんはどこにも居ない。僕の所為で。泣いても謝っても石はくっつかないし立ち上がらないし死んだ人は戻ってこない。わかっている、それでも僕は声を上げて泣き続けた。
ちいさな欠片の話
村の外には人の形をした石がある。それもたくさん。村の中にはない。もしかしたら昔はあったのかも? 少なくとも今はない。あったら邪魔だからいいけど。昔の人も同じことを考えて村の中からどっか余所に持っていったのかもしれない。
そう、まさに今、この人の形の石、すっごく、邪魔!!
樹の上に見えた、色づき始めた桑の実の赤よりも黄色っぽい、晴れた日に太陽が落ちて青い色になる前の赤い空みたいな、そんな色の実を採りたくて木に登ったら足を滑らしちゃったのだ。何とか太い枝を掴めてぶら下がってるんだけど、なんで降りたい所に人の石があるの!? それもひとつじゃない、何人かゴロゴロしてるんだもの! ああ、もう、邪魔!!
避けて落ちるとなったら、石の人が居ないずっと向こうまで飛ばなきゃいけない。もしくはすっごく狭いあの隙間に上手いこと飛び下りるか、だ。
どうしよう、石の人を粗末にすると巫女様が怒るんだよなぁ……。前に槍の練習だって石の人を殴ろうとしてた男の子を見つけた巫女様が、叫び声を上げて振りかぶる男の子と石の人の間に割りこんだのだ。間一髪、男の子は巫女様を殴らずに済んだけれど、あの真っ青な顔はよく覚えてる。あれは見ているこっちも怖かった。
……だから駄目なのは分かってるんだけど、でも私も必死だし巫女様も見てないし許してくれないかなぁ!?
あーもう、だめだ。腕、限界。あっちにまでは飛べないから、狙うのはこの隙間。もし上手く出来なくて石の人を踏んじゃうことがあったとしても、それは仕方ないことだよね!? ええい、いけっ!!
そうして飛び込むように降りた足は、地面じゃなくて、突き上げられた石の人の腕を踏み砕いた。
「うわぁっ!?」
えっウソ!? 石ってこんな簡単に割れたっけ!? 慌てて足を退けてしゃがみ込む。
ごろっと転がる、腕っぽく見えなくもない石と手じゃなくなった石ともう元々落ちてたのか今落ちたのかも分からない石、石、石。
巫女様にバレたら怒られるかもしれない。どうしよう、どうしよう! ああ、あんなもの採ろうとしなけりゃ良かった! でも、でも……あれ、とてもきれいな色だったんだもの! 良いなって、思ったんだもの! 良いなと思ったものが欲しくなって何がいけないのよ!
……今その所為でいけないことになってんだよなあ~! ああ、もう!!
泣きながら腕っぽい石を手のひらで叩く。お前がそこに居たから私が踏んでしまったんじゃないか! 私は踏みたくなかったのに、お前が! お前がそこに居たから! したくもないのに壊してしまったんじゃないか! お前を壊したのがバレたら巫女様に怒られるかもしれないのに!
べしべしと叩いたってそれは石だ。しばらく八つ当たりをして手のひらがじんじん痛くなってきて、ちょっと冷静になってきた。
これはどうしようもなかった。仕方なかった。私なりに思いついた最善の解決策に挑戦したけど失敗してしまった。わざとじゃない。……だから、私、悪くない。でも『いいや悪い!』って言われたら言い返せないから、黙っていよう。
涙を拭って大きく深呼吸をする。あんまり良い気分じゃないけど、これも仕方ないこと。せめて怪我しないでよかった、と立ち上がろうとして
――落ちていた、ひとつのちいさな欠片から目が離せなくなった。
それは石だ。鋭く尖った破片だ。他の、前から落ちてる石は丸いから、きっと私が今壊してしまった人の石の、ちいさな欠片。
私の指よりは短くて、細長くてちょっと角張ってて、先が鋭く尖ってて。
「……、良い」
わかんない、どう伝えればいいのかわかんないけど、とにかくソレはとても良い物だった。色は鮮やかなものでもないし、好きな色ってわけでもない、でもきっとこれはすごくキレイなものだ。多分この形が、キレイなものなんだ。おそるおそる持ち上げる。小さいから軽い。これも壊れやすいんだろうか。
(大事にしよう)
粗末にすると巫女様が怒る。だからこのキレイなものは大切にしよう。ずっと大事に持っていよう。そうだ、細い縄でこれを括って首にかけて持っていよう。キレイなものを見つけたから身につけて大事にしているのだ、と。
そうして私は欠片を握りしめて村へ走って、帰った。
私が欠片を身につけだしたら、友だちも真似をし始めた。私みたいに石だったり、海で拾ったものだったり。私もあの欠片以外にも、優しい色の貝殻や他のものでも首掛け飾りをたくさん作ったものだ。一番キレイにできたやつを巫女様にあげたらとても喜んでくれて、おかげで私は皆からも人気になった。飢饉でそれどころじゃなくなるまで、私はそうやって皆と楽しく過ごすことが出来たのだから良い日々だったなぁと思う。
そういえば、最初に作ったあのちいさな欠片はいつの間にかどこかへ無くなってしまった。それだけは少しだけ心残りである。