(コーちん)「 そうだよ、ちゃんと飲まなきゃ元気になんないよ 伊吹様。」
(季子)「 …、父さま… 」
(伊吹)「 ……。」
枯れたはずの涙が目を熱くさせる。
こんな状態になってまで最後まで衰弱した体をいたわる当主の優しさと、
彼にはもう 目の前にいる若宮の姿が
先代当主であった右京にしか見えなくなっていた。
(伊吹)「 御当主… 」
(右京)
” ───… 伊吹・・。”
(伊吹)「 ………、」
(当主)「 ?…伊吹さん... ? 」
……… ズズ..ッ!
(短命のアザ)
(伊吹)「 ⁉︎..ッ! ぐ…っ! がは…っ‼︎‼︎」
「ガチャンッ!!」
(当主)「!」
(季子)「 父上…っ!? 父上ッ!イヤッ‼︎ 」
(銀平)「 伊吹っ!!しっかりしろ!……伊吹っ! ! 」
(麟子)「 まだこんなとこで逝っちゃいけないよ!晴明を討つんでしょ!? 」
(伊吹)
「 ゲホッ!! う…ぐっ!」
(万里)「 おじさまっ!」
(当主)
「 コーちん、薬を!…… 」
当主様は苦しむ伊吹様に何とか薬を飲ませた。
──────── …。(再び寝かせる)
(伊吹)「 すまない、皆 」
(当主)「 もうじき薬の効き目もきますから。…今は何も考えず体をゆっくり休めて下さい。そしたらまた討伐に、」
「 伊吹さんの力が、どうしても必要なんです。」
(伊吹)「 若宮… 」
(頬に手を添えられる) (当主)「 ……。」
(伊吹)
「 すまん・・ 今のお前に、そんな気遣いを言わせてやりたくはなかったのに…責任を感じないでくれ。頼む 」
(当主)「…!」
(伊吹)「 ーーー…。懐かしいな、まだ右京が側にいた頃の幼かったお前は、あの時 当家へ来たばかりで武比古も銀平達とみんな元気にやってたあの頃、
ワラビ餅を食ってるコーちんを笑わしてそこら中、きな粉まみれになったあの日の出来事…。まだ鮮明に覚えている…。」
たった1ヶ月だけの家族みんなの休養。
戦いから離れ 穏やかな日常にいた時間は、
何よりもかけがえの無いものだった。
(過去に笑うみんなの笑顔)
(当主)
「 ───・・ そんなこともありましたね… 」
(コーちん)「 うん..。あっしもスゲー楽しかったよ 」
(麟子)「 伊吹…あんた… 」
「 ………………… 」
沈黙の後、
やがて 彼の口から別れの遺言が
当主へ告げられた。
(伊吹)「 …御当主、最後はどうか… このまま、静かに逝かせて下さい。」
屋敷に連れ帰り下さり、御当主のおかげで…… 娘に託せて武比古達の元へ逝けることを… 心から帰還できた感謝と幸せに思います。」
(伊吹)
「 もう飲んでもきっと …討伐には行けませんが、季子のこと…… どうかよろしくお願いします。」
それは彼の最期の望みだった。
(当主)「 ………約束します。………きっと、きっと必ず… …ッ..ゆっくり休んで下さい…。」
(銀兵)「 お前の命は…… 俺達が引き継ぐから 」
(光輝)「 季子だってもう立派な討伐部隊だ。お前の意志は、絶対に無駄になんかしない。..いつかまた この家に生まれてこいよ。」
(麟子)
「 その時はあたしが産んだげるからさ。」
(季子)「 父様… 私もう泣かないから…。だから、心配しないで 」
(伊吹)
「 みんなありがとう。…お前や万里のこと 期待しているから ………… 武比古と ..ずっとな・・。 」
(万里)「 おじさま…っ 」
(伊吹)
「 ……立派になれ。……、 二人とも」
(季子)「 …⁉︎ とうさまっ、やっぱり私…ッ」
(万里)「 季子… 」
「・・・・大丈夫。」
(万里)「 あたし達はきっとやれるわ。
…父さま達の分まで 」
「 …お願い… だから泣かないで、 ………季子。」
(季子)
「 万里…っ! ─・・‼︎、…ぁぁあああっーーー…!! っ…!」
(当主)「 ……… 」
(コーちん)「 …さよなら 伊吹様・・。」
「 … ────────。」
1131年 12月
【伊吹】1才8ヶ月 永眠。
─────────────…。
(葬儀を終え 一人になる当主)
(粉雪) ───…。
伊吹の墓には生前 討伐によく使い込まれた刃こぼれの槍が突き立てられていた。
持ち主を失い 役目を終えたその槍には、
戦いに付着した血の布が
降る雪を背景に 一層赤く燃えていた。
(当主)「 ……。」
伊吹だけではない
当主の立っている風景は先祖達の屍が眠る塚山。
あちこちに土をもった山に、古くさびれた刀や
折れた弓矢が突き立てられている。
数ヶ月前に死んでいったあの武比古の墓にも
傷だらけの拳にいつも装着していた金具が置かれていた。
どれも血のりが落ちずに刃がさびれついたものや折れた武器ばかりで
キレイな形のままというものが無いのは
それだけ先祖達の歩んできた一族の歴史は、
決して幸せなものとは言えなかった。
(コーちん)
「 ……当主さま、なんか胸に穴が開いたみたいにスースーすんね 」
(当主)「 ……。コーちん、お前もずっと長い間こんな光景を何代も一人で見てきたんだな…。」
(コーちん)「 ……、うん..。でも・・あっしが当家に仕えたのは この命も、ホントは黄川人様にもらった命だし、元々はただのイタチ…。」
「 ・・気付いたとき いつのまにか当たり前のように、みんなより悲しんでいない自分があったと思う..。……薄情もんだよね..あっし…。」
(当主)
「 …、俺には お前の目が本当にそう言ってる様には見えないけどな…。」
(コーちん)「 …!」
───────── ……、
当主様に言われた瞬間、中粒の涙が何滴かポロポロと目からこぼれ落ちた。
(コーちん)「 ──…ッ、うっ… ! … 」
(当主)「 ……。」
(コーちんの頭に優しく手をやる)
(コーちん)
「 当主さま…っ あっしは・・! ひっく… ふ..っ..!うわぁぁあぁぁん!! 」
“ 先代当主様もそうだった・・・。”
─────────── ・・、
(ススキ野原の風が優しく揺れる夕暮れ)
(コーちん)「 ……。」
サク… 、サクッ……。
あっしは、あの時も泣いていた。
それも先代当主様の前で…
だけどあの時は・・
(右京)「 …みんなの前で辛いのを無理して我慢しなくていい。」
(コーちん)
「 ……けど..、グスッ。」
どんなに悲しい時が訪れても、あっしの役目は
当家の日常を支えること。
悲しくても人間じゃないあっしには涙さえ出ないものだと最初はそう思って自分のやるべき使命を全うしてた。
だけど…
” 世話になったな…。 ”
墓前に供えられてく、線香と彼岸花。
一族の死は…
代を重ねるごとに
胸に重くのしかかるばかりで、
ある日を境にコーチンの感情にある変化が訪れた。
何代目かの当主の眠る墓前、
人間の姿で初めて声を上げて泣いたのだ。
しょんぼりとイタチ姿が右京の肩で悲しげに鳴いていた。
カサッ。
「リーー…リ……。」(虫)
(右京)「 コウ、……。」
(コーちん)「 …。」
(右京)「 ────・・ 」
誰も何も言わない。
先代当主様はあっしの背中をただ何度もなでてくれた。
(右京)「 すまない…。お前も皆の為に辛い役目を背負ってしまったな 」
(コーちん)
「キュッ 」
しょげたイタチのヒゲが力無く反応する。
いつも一族の最期の立会い人として仕切る仕事は
コーちんでしかやれない事だった。
(右京)「 …… 、お前が代わりに泣いてくれる。それだけで、一族にとってみんなの内側にある悲しみも ...
「 お前の事を、ほんとの“ 家族 ”のようにみんな感謝してるんだ。」
(コーちん)「..家族・・・? 」
… ────、──────────────・・・
(ススキ)
リーーー…、リーー…リー。
(コーちん)「 …当主さま…?」
「 ( 今…… あっしの…こと… ) 」
(右京)
「 短い生を、必死でみんなが紡いできた命。それは 明日になればまた 悲しみを強さの糧にして俺達は生きてかなきゃならない。」
お前は今まで、そんな歴代当家のみんなを
一番、近くで見てきた。
(右京)
「 ……一歩でも前へ。」
(コーちん)「 その言葉・・……当主さま、知ってるよ あっし 。」
(右京)「あぁ。」
初代が生前、
次代当主達に教え説いてきたこの意味が、
のちの十人 百人、千代にも
途絶えさせる事なく、
子孫達に残し 伝え続けていけと。
(右京)
「 先代の死と共に 初代襲名に継いだ大切な言葉だ。」
「 俺はこの言葉が、あの世のみんなからの声に聞こえてくる。」
(右京)
「 ────・・今まで 誰にも打ち明けたことは無いがな… 」
” ありがとう、コーちん・・ ”
(コーちん)「 ……、」
(今に戻る)
(コーちん)「 …そう言ってくれた先代当主様も、他のみんなだって あっしの事、すっごく優しくしてくれたし、かわいがってもくれた。」
…けど あの人はそれ以上に
あっしを、人間扱いしてくれたのが嬉しかった。
(コーちん)「 それまでは 人間の子供に傷付けられて死にそうになってた所を黄川人様に拾われて、この命も今は当家のために皆に必要とされてるのがあっし、ホントに嬉しかったんだよ。」
でも…
(古びれた矢羽の刺さったある人の塚山の墓)
(コーちん)「 ……。」
” あの人はもう居ない・・。”
(コーちん)「 あっしは、皆より黄川人様にもらった命だからちょっとは長生きするけど、ホントは…当家の短命に見慣れた自分がそこにいるなんて違う…。」
先代当主様が亡くなるその前も、
ずっとずっと その前も…
(コーちん)
「 ホントは… 泣かない日なんてなかった…。」
” 当主様っ!
もう…
二度とあっしの事、呼んでくれないの… ”
” 起きてよぅっ!!
あっしはまだ、みんなの…
当主様の討伐隊にだって・・役に立つから..。”
“ こんな所で死んでる場合じゃないんだ ”
(コーちん)
「 決して無理出来るような体じゃなのに、必死に「討伐に出してくれ!」って悔やむみんなの姿を見てきていつも思ってた…。」
” あっしの命 あげられたら良かったのに ”…って
(コーちん)「 獣にだって悲しい気持ちはあるのに当主様達はみんな辛いのを我慢しなきゃいけない そんなの辛すぎるよ…。」
そんな悲しむコーちんに優しく答えるように
当主は言葉を続けた。
(当主)
「 ───…そう 、だから俺達家族はみんな 子供の頃に一生分の涙を流していくんだと思う。親の死で初陣を迎える頃には皆、ほとんどの自分の親はもう居ないか 死期が近い人が多いから 」
「 戦いを知らない幼い内だけは悲しい思いを沢山して泣いて、涙が枯れるまで…… そうして宿命に生きていく後は もう歩き出すしかなかった。成人して先を行く為にも、」
(当主)「 ある時期の年齢になればみんな 複雑な心境も自然と分かってくるんだ、あの時、人の死をみて悲しむより先に「振り向かず行け」って必死に願った親の気持ちが。」
「 俺の父上の時もそうだったから…。」
” もう泣くな ”
(コーちん)「 ────、」
(当主)「 だから家族みんな コーちんが居てくれるから残りの今を生きることに必死で前を向いていける。最後まで一人一人の人生を見届けることが唯一叶うお前に、その時は… 」
“ 大人になって もう、涙を流せない俺達の代わりに “
(当主)「 コーちんにしか出来ない最後の弔いをして欲しい。皆の気持ちもきっと報われるから。」
(コーちん)「 …!」
「 ( ………、当主様……。) 」
一瞬、
あの人の面影に見せた幻影が今の当主様と重なって見えた。
──────────…。
(コーちん)
「…やっぱり当主様は先代右京様の… 親子って似るんだね」
笑顔の下にはまだ涙が残っていたが、いつものコーちんに元気が戻っていたのは確かだった。
(当主)
「 ──…、」(安心する)
「 帰ろう。コーちん 」
屍山に降る雪はいっそう冷え込みが厳しくなってきそうだった。
やがて季節はめぐり…
二月、
(赤子)「 ─ ─!─ ─ ─…!!」
【七瀬】誕生。
晴明との三月の百鬼祭りの戦いの前に銀兵が最期に残していった娘である。
自ら討伐部隊の戦いを選び、最期の命が尽きるギリギリの寿命で式神との戦いの後、【祭具奪還】に成功したが
銀兵は当家への帰還は叶わず、
その場で戦死した。
1132年 4月
【銀兵】(1才10ヶ月)永眠。
(当主)「 ーーッ..! 」
(血だらけの銀兵の屍を抱きしめる)
三月の百鬼祭りで皆が何を知ったのか
(光輝)「 ……。」
(コーちん)「 …… 」
(夜鳥子)「 …御当主 すまぬ…。晴明の言うことが本当ならばわしは、お前達一族の憎き仇となる。親兄弟の幸せを奪い恨まれて当然の事をした・・・それに.. 」
(光輝)「 …… 」
(夜鳥子)「 そうなればわしがいつ裏切るやもしれぬと疑うのも道理、この先、約束は出来ぬ…。故に今回の件でこたびわしの処遇は御当主に一任したい。」
(夜鳥子は銀兵の刀を当主の前へ差し出す)
(夜鳥子)
「 きっぱりと道具として割り切って使うもよし、気に食わねば今この場で切り捨てるもやむなしと思っている。………わしにはそれぐらいでしかしてやれぬ… 」
息を引き取って微かにまだ温かさが残っていたが、
銀兵の体温は
次第に奪われ 冷たく硬直していった。
「 ───.. 」
(当主)「 ……、」
(夜鳥子)「 たとえわしを斬っても御当主達に責任はない、このままではその者が報われぬ。ならばいっそ、わしを…っ 」
(当主)「ッ‼︎」
スラッ・・!(刀を抜く)
(コーちん)「 当主様…っ!!」
ヒュンッ‼︎‼︎
(光輝)「 当っ…!?」
ピタッ。
(夜鳥子)「 ……。」
夜鳥子の首元の髪がほんの数本ハラリと地面に落ちた。
………………。
(当主)「 ーー..、」
……。
剣先からは
痛みを伴った当主の怒りが
小刻みに震えていた。
(当主)
「 これで気が済んだか。」
(夜鳥子)「 ……。」
(光輝)「 当主様… 」
(当主)
「 今の言葉…、死んでいった皆が聞いていたら恐らく同じ事をしただろう 夜鳥子、命の清算で償えるほど俺達一族の背負ったものはそんな苦しみで終わるものじゃない 」
「 反魂の儀を決意し、初代達は都を追われ苦節の日々を味わってきた。みんな一度は殺されたんだぞ!だから…この短命と種絶の呪いの運命を背負う決意までして、…全て晴明を討つためだけに…今日まで俺達子孫が今も存在している… 」
(当主)「 何の為に俺達が今までそんな事までして生きてきたと思ってるんだ!?」
(夜鳥子)
「 ……、わしは… 」
(当主)「 ..ただ 復讐の為だけに生きるなら、お前と晴明を斬る事でそれで今 全てが終わる。」
「 でも一族ががむしゃらに求めてきたものは、初代が選んだ道はそうじゃなかった。」
(光輝や銀兵達を見る)
(当主)「 ──… 取り戻せる日常があるのなら、変えられない過去を悔やむより これから変えられる未来の為に、晴明から奪われたものを取り返すまで。」
「 …その為に、この呪いを断つ戦いに生きる運命と向き合う覚悟は、みんな出来ている。」
「 俺達に対する負い目を感じるくらいなら、無理に引き止めはしない。」
(当主)「 屋敷を出てあいつの元へ行け。だが、そうなった時は、俺達も奴を討つ事に何のためらいもない。その時はお前も… 今みたいな命粗末でしかない考えに振り回されるようなら、お前はもう戦うな。」
(コーちん)「 当主様…。」
(夜鳥子)「 ……すまぬ、つまらぬ事を口にした。無論だ、あやつの元凶が全てこのわしにあるというなら、この手で晴明を討つ。」
「 例え刺し違えても、晴明はもう…あやつは敵だ、昔の記憶は今のわしにはもう無いのだから 」
(夜鳥子)
「 その時は気の済むまでわしを使ってくれ 」
(当主)「 … 銀兵を埋葬する。みんな、手伝ってくれ 」
(光輝)「 ──・・、…お前も最期まで立派だったな、銀兵」