たからものをとっておきすぎてる先生の話「せんせー、このクローゼットの端っこにある引っ越し段ボールの最後の一つ、あけちゃっていいです？」
書斎兼寝室からの百音さんの声に、台所で包丁を研いでいて生返事したのが運の尽きだった。見られて困るものなんかないと思ってるし、引っ越してずっと開けもしなかった段ボールの中身なんて細かく覚えちゃいない。そのまま、包丁を研いでいたら、しばらくして百音さんが背後に立った気配がした。

振り返ると、その手にはいくつかの電化製品の箱。
「先生、私にお菓子の缶とか箱とか食べ終わったのに捨てない、って言うけど、先生もこうやって箱捨ててないじゃないですか！」

ムムムと口許をとがらせている百音さんはただただかわいいだけなんだけど、まぁ、確かに引っ越し荷物にまでいれて空き箱を、というのは突っ込みたくなる気持ちは分かる。でも、お菓子の箱よりは理由があると思うんだよなぁ。

「まぁ、そうなんですけど、箱自体に保証書があったり、取説とか付属コードとかいれておいたりとか、修理に出すときに入れるとかで、しばらく置いておくことは、お菓子の空き缶よりは意味があるかと…」

包丁をワークトップに置いて手を拭きながら言えば、まぁ、それはそうですけど…って百音さんはちょっと不服。中に何か入ってるものもあるから、捨てていい箱か一緒に確認しましょ？とお誘いされてダイニングテーブルへ。

スマホの箱、イヤホンの箱、モバイルモニターの箱…
ひとつずつ開けて識別していった最後のひと箱。百音さんが開けて中をみて、あれ？って言った瞬間、色々なうかつに気づいて、百音さんから箱のふたをとってその箱を閉じた。すすっと箱を百音さんから遠ざけようとして、時すでに遅し。

「せんせ、見られちゃ困るものなんですか？」
あぁ…百音さんがすっかり我が物にマスターしたチベスナ顔だ…。
「いや、困るわけじゃないんですが、捨てなくていい箱なのが明白だったので、それで今の目的は達したかな、と。これは片付けておきます」

あぁ、納得してない…。さっと百音さんが動くので、箱をさらに遠ざけようとしたら、百音さんの狙いは箱じゃなくて僕の脇腹。弱点であることがバレて久しいそこを攻撃されたら、箱からは簡単に手が離れて。百音さんがその隙に箱をもう一回開けて、しげしげと中を覗き込んでる。

「これって…」
あぁあ…と両手で顔を覆っていると、そっとその右手に百音さんの手がかけられる。おずおずと顔をあげると、ちょっといたずらっ子のような、でもとてもうれしい時の百音さんの笑顔が。

僕が顔をあげたのをみて、箱の中の物をいくつか取り出す。
「これって、サメの刺繍のハンカチを送った時の封筒とカード…。これは、気仙沼からマフラー送った時のリボン…」
い、言わないでいいです…。いや、その、なんていうか、捨てるに捨てられないと言うか、捨て方が分からないというか、包装も百音さんが選んでくれたと思うとそれも贈り物の一部と言うか…。

口許を覆ったままの僕を見て、百音さんが「全部取ってあるんですか？」って真顔で聞いてくる。勘弁して…。察して…。やっとのことでうなずくと、にこにこになって、椅子に座ったままの僕をぎゅっとハグしてくれる。

「こうやって、大切にとっておいてくれてたの、うれしい。全部なのはびっくりしたけど」
あ、びっくりはしたんですね、すみません…。
「私も、とっておきのは置いておいてありますし」
百音さんはとっておきを大事にするもんね。
「それってほとんどだし」
か、かわいい…。

もう、ハグから顔をあげれなくて、百音さんの肩口に顔をうずめたまま、むぎゅっとさらにハグすれば、百音さんがくすくす笑う。

あーもー、うかつな自分。
でも、百音さんが笑ってくれたからいいや。
これからもこの箱の中身が増えていくといいな、って言ってみせたら、ずっと増えてって、家じゅう埋もれたらどうしよう、ってあなたが笑う。それぐらいの時間、一緒にいられたら、それは僕の本望です。