とっておきをとっておきすぎてる百音さんの話カセットコンロのガスボンベの在庫を確認しようと、自宅のキッチンの吊戸棚の一番端を開けた菅波が見たのは、色とりどりの箱と缶だった。大してモノが入っていないと思っていた場所が一定数占有されているのは、この家のもう一人の住人の百音の仕業に違いなく、ひとまず目的を果たそうといくつもの箱や缶を取り上げると、いずれもカラの気配がする。
キッチンのワークトップ上にそれらを出してガスボンベの数を確認していると、書斎兼寝室から出てきた百音が、ワークトップ上にならんだ箱や缶を見て、あ、バレた、という顔になった。まずガスボンベを仕舞った菅波が、百音に向き直る。
「あの、百音さん、これは…?」
「えっと、これが鳩サブレーの限定缶で、これはマカロンの箱、それとこれはミルフィユの本みたいな箱で緑色がきれいで、これは、ほら!ネコが描いてあるでしょ?猫の舌モチーフのウィーンのチョコレートの箱!あとは…」
「いや、あの、箱や缶の種類を聞いてるんじゃなくて…」
「…やっぱり?」
両手をあわあわとさせてみてる百音の説明を全部聞いてやりたい気もしつつ菅波が口をはさむと、百音がぺろりと舌を出して見せた。
「これ、全部空ですよね?」
「改めて開けてみるまでは、カラかどうか、って、分からないですよね?」
「なにシュレディンガーの猫みたいなこと言ってるんですか」
ぱかり、とチベスナ顔の菅波が手近な箱を開けて見せれば、もちろん中はカラである。
「かわいい箱とか缶って捨てづらくありません?ほら、何かに使えるカナ?とか!」
百音が両手の人差し指を合わせながら上目遣いに菅波を見上げれば、菅波は苦笑せざるを得ない。
「分からないなりに、分からないでもないですが、キリがないですね…」
「まぁ、そこの棚、あんまり何も入れてないから、いいかなーって…」
「そういって、本当に必要な物を入れようって時に入らなかったら、本末転倒でしょう」
「…ハイ」
口許をむにむにとさせながら百音がうなずくと、菅波は目じりにしわを寄せながら、一つ箱を取り上げた。
「この箱、コーヒーのドリップパックを入れておくのによさそうですが、使っていいですか?」
シンク下のキャビネットを開けて取り出したドリップパックの袋を入れると、誂えたようにピッタリのサイズである。
「わ!ちょうど!」
小さく百音が拍手するのをみて、さらに菅波の目じりのしわが深くなった。
「洗面所のフロスも買ったままの袋ですから、どれかの容器に入れましょう」
「缶のほうがいいですよね、だったら…とっておきのこれ!」
「いや、とっておきったって、さっきまで棚にしまいっぱな…」
「とっておきです!」
「…ハイ」
ああでもない、こうでもない、と箱と缶の用途を二人で考えて、そういえば、このお菓子美味しかったね、とまだ短い同居の日々を思い出し、すべての箱と缶の使い道が決まってやれやれ、コーヒーでも淹れますか、となったところで、百音が「実はこんなのが…」と冷蔵庫からお菓子の入ったかわいい缶を取り出してきて、菅波が「それも捨てられないやつ…?」と微妙な表情になる、そんなあるお休みの日の一幕。