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    銀河鉄道の双子 規則正しい振動がぼくをそっと揺り起こす。とても静かだ。聞き覚えのある音だけがミニマル音楽のように耳に寄り添って、眠りと目覚めのあわいにいるぼくを優しくあやす。体をすっかりゆだねてしまえば、もうまぶたを持ち上げることすらけだるい。熱くて重たい頭が、ぼんやりと考える。これは何の音だろう。何度も聞いた、生活の中に染みついた音。そう、電車。電車の走る音だ。
     薄目を開けると、果たしてそこは確かに電車の中だった。窓の外は暗くて、蛍光灯が硬質な明るさを車内に振り撒いている。乗客は三人だけ。ぼくともう二人、白と黒のコートを着た車掌の双子が向かいの席に並んで座っている。

    「おはようございます、お目覚めはいかがでしょうか。」
    「君寝てた、すっごい気持ちよさそうに。疲れてた?」

     二、三度緩慢にまばたきをすると、双子の様子がはっきりしてくる。双子は感情を読み取らせないいつも通りの笑顔と無表情で、背筋を伸ばして微動だにせず座っていた。
     けれど一体、いつの間に眠ってしまったんだろう。サブウェイマスターがいるということは、ここはバトルサブウェイで、ぼくはバトルをしていたんだろうか。眠りこんでしまう前のことが不思議と思い出せない。ふいに強烈な不安に襲われ、慌てて手すりに預けていた体を起こし腰に手を遣る。すると右手は馴染んだ感触をつかまえられずに、何もついていないベルトにぶつかった。
     背筋を冷や汗が走る。仲間たちのいるモンスターボールはどこに行ってしまったんだ。勢いよく顔を上げると、相変わらず表情の変わらない白黒の双子がいた。

    「あの、すいません、ぼくはバトルを……いや、あの、ポケモンたちがいないんです。何か知りませんか?」
    「ご心配にはおよびません。何も、不安に思われることはございませんよ。」

     黒い車掌が口を開く。

    「うん、ここはそういう場所。大丈夫だよ。」

     白い車掌が後を引き取る。
     ぼくは何も言い返せなくて、立ち上がりかけた背中を再び座席に預けることしかできなかった。正面では白い車掌が微笑み、黒い車掌が口を引き結んでいる。
     そろそろかな、と小さな声でクダリさんが呟いた。うつむきかけていた顔を起こすと、同じタイミングで彼が派手な衣擦れの音を立てて座席から立ち上がる。

    「まもなく、イッシュほしのみや、イッシュほしのみや。ぎんがてつどうをごりようのおきゃくさまは、このままおまちください。」

     そんな名前の駅は聞いたことがないから、何も言えずに眉をしかめる。そんなぼくの顔に気付いているのかいないのか、ノボリさんが振り向いて窓の外に目を遣った。
     窓の外、切り取られた景色の上部に線が入った。目をこらすと、それは境目だった。境目の上はほのかに青みがかっている。
     地下を走る電車が地上に出るときと同じだ。境目は下がっていく。そこから現れたのは、深い紺色の空におびただしい数の星が光る景色だった。ヒトモシの炎を何時間も煮詰めたような底知れない空に、小さい頃見せてもらったベルのビーズ入れをぶちまけたみたいだ。
     濃紺の空はみるみるうちに黒いコンクリートとの境目を浸食し、窓からの景色は星空で埋め尽くされてゆく。電車が空に飛びだしたことが分かった。目を押さえたくなるほどのまばゆい星たちで辺り一面が照らされていた。すぐ側でひときわ明るい黄色の星が何度か点滅すると、列車はゆっくりと速度を落とし、けぶる星空のただ中に停車した。窓から外を見下ろすとそこは高架のようになっていて、線路の下には川が流れているように見える。空の川は辺りの紺色の空から白っぽく浮かび上がり、きらきら発光しながらゆったり流れているようだった。

    「ひさしぶりにここに来ますねクダリ。いかがでしょうか、お客様! こちら銀河鉄道でございます。車掌はわたくしノボリと、こちらに控えるクダリが務めさせていただきます!」

     あの、とおずおず声をかける。双子は寸分たがわぬタイミングで、ぐるりと首を回しぼくの顔をのぞきこんだ。

    「あの、ここ、どこなんでしょう。ぼく、どうしてここにいるのか分からなくて。」

     双子は少しの間顔を見合わせて、少し困ったように首をかしげた。

    「これ、とってもめずらしい電車。乗れること、ほとんどない。すっごいんだよ。」
    「驚かれてしまったでしょうか。ですが、鉄道が行けない場所は無いのです! わたくしどもはお客様を、その方の向かわれるべき場所へ、どこであろうとお連れいたします! それでは、出発進行!」

     有無を言わせないノボリさんの号令に従って、窓の外の赤く光る星が白に転じた。すると列車は途端に速度を上げる。遠く近く、一面の星の光は空からこぼれるかのようににじんだ。
     わけがわからないけど、連れていかれるしかないようだ。相変わらず辺りは静かで、電車の音だけが拍を刻む。もう眠気はすっかりどこかへ行ってしまっていた。

    「そうだ、ノボリ、切符。」
    「ええ。お客様、大変失礼ではございますが、切符のご提示をお願い申し上げます。」

     あんまりのことにびっくりしていたものだから、しばらく車掌さんたちが何を言っているのか分からなかった。それに、ぼくは切符なんて持っていない。この電車に乗った記憶だってないのだから。ためしにバトルサブウェイのパスを差し出してみたけれど、無言で首を振られてしまった。

    「お客様、お持ちのはずです。このくらいの、小さな紙の切符でございます。」

     ノボリさんが両手でいびつな長方形を作ってみせる。ツタージャの出す葉っぱくらいの大きさだ。困ってしまって、でもそう言われるのだから持っているのかもしれないし、探すほかない。鞄のなかをごそごそやって、たいせつなものケースを開いた時だった。クダリさんがあっと声をあげた。

    「お客様、そちらでございます。そちらが当鉄道の切符にございます。」

     そう示されたのは、裏が白色の小さな昔式の紙の切符だった。ぼくがまだ小さい頃、故郷のタウンにあったさびれた駅の切符だ。乗車駅はその駅の名前になっていて、矢印の先、降車駅は書かれていない。

    「わ、すっごい。それ、どこにでも行ける切符。だから心配ない。」

     ノボリさんがポケットから何て呼ぶのか分からない、ペンチのような道具を出して、ぼくから受けとった切符に切れ込みを入れる。それだけやると二人はまたもといた座席に座って、ぼくに向かい合った。

    「さて、お客様がお持ちの切符はどこにでも行ける乗車切符でございますから、急ぐ必要はございません。いかがでしょう、お客様がお降りの駅まで、少々わたくしどもとお話いたしませんか。わたくしどもの知っている限り、この辺りに関するお話も申し上げたく存じます。どうぞ、景色をお楽しみくださいまし。」

     言われて目を遣った窓の外は、先ほどとは打って変わって今は平原のようになっていた。一面に青っぽく光る竜胆の花が咲いていて、一瞬一瞬ほのかに色合いを変えている。その他には何もなくて、紺色の空がずっと続いていた。

    「この辺りはしばらくずっと竜胆の野原が続きます。午前四時頃になると花に露がおりるのですが、今はまだのようでございますね。その露は、お客様の世界のあらゆる時間とあらゆる場所を映し出すと聞いております。露の数は無限でございます。運がよろしければ、先ほど渡りました川より銀河スワンナが飛んでまいりますのをご覧になれるようです。」

     ノボリさんの言っていることはよくわからないしスワンナの影はないけれど、確かに一面の花がちらちら光っている景色はとてもきれいだ。クダリさんも嬉しそうに眼を大きく開いて、ぼくの後ろの窓に見入っているようだった。

    「あの、ノボリさんたちは、この電車に何度も乗ってるんですか?」
    「いえ、何度もということはございません……実のところを申し上げますと、これで二度目でございます。」
    「あの、じゃあここがどこかはご存じなんでしょうか。ぼくは宇宙に出てきちゃったんですか?」

     ぼくの質問に、ノボリさんはしばらく黙りこんだ。少し考えて、改めて口を開く。

    「ご覧になっている銀河の景色は、一種の例え話でございます。正確に申し上げれば、ここは始まりであり終わりである場所でございます。先ほどこの列車が出発いたしました星の宮駅、そこは正確にはおわり星の宮と呼ばれております。はじまり星の宮とも。」
    「はあ。」

     ノボリさんの話はどこまで行っても要領を得なくて、ぼくは口をつぐむしかなくなってしまう。けれどぼくの困惑なんて気に留めず、ノボリさんは電車の走る場所の説明を延々続けた。湖、森、また野原。景色はゆっくりと変わっていて、けれどどこに行ってもきらきらまばゆく輝いていた。何度か駅に停車し、その度にクダリさんが立ち上がって口上をのべたけど、扉が開かないものだからぼくは降りることもできない。列車が進むにつれ、水晶細工みたいなバスラオが泳いでいたり、やっぱり銀色の木に赤くきらきらした実がたくさんなっていたり、ススキの中を繊細そうな透き通る綿を持ったモンメンがふわふわ跳ねていたりした。
     次第に、景色が一面平らな真っ白い平野になる。草の一本も生えていなくて、地面を覆う細かな白い粒子がちらちら光って見える。見渡す限り何もなくて、夜空との境目まで白い地面が広がっている。
     凍土ですね、とノボリさんが呟いた。すると、駅の口上を述べる以外はほとんど口を閉じていたクダリさんがうん、とうなずいた。ぼくらの場所だ、とも。
     クダリさんの言葉が気になって、二人の顔をじいっと見つめる。白黒の車掌たちはぼくの視線などお構いなし、ずっと窓の外を見つめている。どこまで行っても辺りの景色は変わらず、ノボリさんとクダリさんはまばたき一つしない。次第に、ずっと規則的に響いていた列車の音が徐々にペースを落として、やがて止まった。はじめてドアが開く。表は平野と同じ白い粒子に覆われた四角いホームがあるばかりで、屋根も改札も何も見えない。けれどぼくが立ち上がろうとすると、ノボリさんが首を振った。

    「ここは、双子座の宮のある駅です。わたくしどもの始まりが終わった場所です。あなたさまが降りてはなりません。……いえ、降りていただくことは構わないのですが、必ずここに戻っていらっしゃらなければなりません。いかがでしょう。よろしければわたくしどもがご案内いたします。あまり記憶はございませんが、お隣に控えて一緒に歩くことできたらわたくしどもにもできますので。」

     ぼくがうなずくと、二人は全く同じ動作でもって立ち上がった。そしてぼくの向かい側、二人の側にあったドアの両脇に立つ。

    「ではお客様、どうぞ足元にお気を付けてお降りくださいまし。」

     ノボリさんが唇を真一文字に結んで、クダリさんが口角を音がしそうなほどに引き上げて、ぼくを見つめる。二人の間を通って、ぼくは白いホームに左足を降ろした。視線の先は一面が真っ白く、地平線で切り替わる空は真っ黒かった。

    「さあ、何もありませんが……よく探せば、足跡やちょっとした小物くらいはあるかもわかりません。わたくしどもには必要のないものでございますが。」

     改札はないから、ホームのわずかな段差を降りればそこはもう地面だ。ノボリさんの言うとおり、本当に何もない。ぼくの一歩後ろにいた双子が滑るように前に出た。

    「さ、行こう。ぼくらの終わりとはじまりだよ、ここは。」

     足を踏みしめると雪の鳴る音がして、はじめて白いものの正体が知れた。それでもちっとも寒くはない。両手を体の後ろに組みペースを変えずにずんずん歩く二人に置いて行かれないよう、白黒のコートを追いかける。

    「ひみつを教えてあげようか。」

     クダリさんが歌うように言う。ノボリさんがそれに続く。

    「生きた人の言葉で言えば、わたくしどもは死人と言うのかもわかりません。わたくしどもとしては、あまり好きな呼び方ではないのですが。」
    「うん、なんか違う。ぼくたち死んでるつもりない。はじまりが終わっただけ。」

     電車の音の代わりに、二人が地面を踏みしめる音が規則正しくならされる。振り返ってみると、不思議とぼくら三人の足跡はひとつもついていなかった。

    「そういえば、お客様は以前、わたくしどもがリーグに挑戦しないことを不思議がっておられましたね。殿堂入りの石碑にもわたくしどのも名前が無いと。その理由を今お答えできるやも分かりません。……なんと申し上げたらよいか、難しいのですが。」
    「ううん、簡単。ノボリは難しくかんがえすぎ。ぼくらはね、地下鉄のサブウェイマスターだからだよ。」
    「それでは納得いただけないでしょう、クダリ。お客様、わたくしどもは自分たちの始原を存じません。もしかしたら、この荒野を探せば手掛かりは落ちているかも分かりません。ああほら、そこに。」

     ノボリさんの指差した先には、緑色の制帽が落ちていた。今のとは少し形が違うけど、ギアステーションのマークがついている。

    「自分たちがどっからきたか、ぼくらが気にしたらきっと手掛かりいっぱい見つかる。どっから来たか分かれば、ぼくらがいつかどこかに確かにいたって証拠。でも、ぼくら興味ない。」
    「ええ、わたくしどもに存在の証や理由は必要ないのです。わたくしとクダリはギアステーションで、ともにバトルをする、それだけの存在でございます。存在の証明など必要だとは思いません。」
    「うん、でね、ギアステーションはぼくらの庭!」
    「そう、完璧な庭です。」

     ぼくにサービスをしてくれてるんだろうか、何もないように見えた野原に、ぽつぽつ色々なものが落ちている。革靴らしい足跡や銀色の腕時計、ホイッスル。もっと進むと、学生鞄やスニーカーが、そしてこどものものにしか見えない洋服やバチュルの絵のついた子供用の食器も現れてくる。そして白い平野に白木のテーブルと四脚の椅子が現れたところで、二人が突然足を止めた。

    「これ以上はだめ。進みたくない。ちょっと、発掘しすぎ。思い出しちゃう。そんなの必要ない。」

     クダリさんがそう言って、椅子の内のひとつに腰を下ろした。そこにはシビシラスの絵の描いたクッションが乗っている。ノボリさんはその隣、キバゴの絵のクッションを置いた椅子を引いた。ぼくはおずおずと二人の向かい、こちらは何の変哲もない花柄のキルトを敷いた椅子に座る。もしかすると、このテーブルセットは二人の家にあったんだろうか。けれどそれは聞いてはいけない気がして、向かいに座る白と黒の双子が話し出すのを黙って待った。足音も止んだ世界は完全な静寂で、何の気配もない。

    「さて、お客様、ギアステーションは円い形をしていますね。」
    「環状線も輪っかの形。」
    「神の本質は円だと言う人がいるようです。そして神は完璧な存在であると。」
    「ぼくらもギアステーションも神様じゃないけどね。」
    「ですが、完璧な、というところはあながち間違いではございません。完璧なものは、変化をあきらめたものです。それ以上どうにも変わらない、完璧に安定した存在です。」
    「ぼくらも変わんない。ぼくらに時間はない。」
    「そう、時間の概念がないのです。」
    「夢と一緒。夢の中、時間流れた感じ、しないでしょ? 君たちが夢を見て、いっぱい時間過ぎても、ほんとはたったの短い時間だったり、あっという間だと思ったらすっごいたくさん寝てたり。うーん、ぼくら、夢みてるのかな。ぼくらたぶんいっぺん終わって、でもそれははじまりが終わっただけ。気付いたらあの電車に乗ってた。ぼくらこの双子座のお宮の駅行の切符しか持ってなかった。だからここで降りた。それで歩いてたら、足元、氷が割れた。落ちたら、また電車に乗ってて、眠って、それで目が覚めたら夢見てた。すっごい、すっごい楽しい夢。ギアステーションでみんなとバトルする!」
    「ギアステーションに一歩足を踏み入れたなら、そこは別の完結し独立した世界であると思ってくださって構いません。わたくしどもはそこで変化せず、変化と運動の概念をお持ちになるお客様方をお迎えするのです。わたくしどもの世界に交差する皆様を。その時間は一瞬でございますし、永遠でもございます。クダリの言う通り、夢かもしれません。」
    「ごめんね、ちょっとわかりにくい?」

     ぼくが変な顔をしていたんだろう、クダリさんが首をかしげて苦笑した。時間が止まってるってことなんだろうか。それなら、ギアステーションの中は一瞬が固まってるだけなんだろうか。でも、その中でぼくは確かに歩いて、電車に乗ってバトルをしているんだから、固まってるなんてことはない。ああ、やっぱり永遠ってことなのかな。
     ぼくが混乱しているのを察して、落ち着くまで二人は待ってくれていた。

    「変化しないのはね、ずっとそのまま続くってことなんだよ。それって、永遠と一緒。ギアステーションは円いし、環状線も円いし、ぼくらもギアステーションも変化しない。外の世界のみんなが来ても関係ない。ギアステーションだけでぜんぶ完結してる。だから完璧。それでね、夢みたい。」

     彼らについての説明が終わったんだろう。つまり、多分この場所は死んだ人のくる場所なんだ。あまり覚えてないけど、ぼくも死んだんだろうか。でもぼくの切符は二人と違って、行先が書いていなかった。

    「ねえ、きみは終わるのがこわい?」

     クダリさんがこともなげな調子で尋ねてくる。

    「お二人は、怖くなかったんですか? 死ぬのが……いや、死ぬってのはぼくの感覚のことばですけど、つまりその、気付いたら電車に乗ってて。」

     そうですね、と、今度はノボリさんが口を開く。

    「前にここに来たとき、言いようのない不安や悲しさに襲われたようにうっすら記憶しております。」
    「でも、ぼくら電車がすっごい好き。」
    「ええ。それに、クダリも一緒でした。もし仮にわたくしどものどちらかの切符の行先が違っていたとしても、わたくしどもは同じ駅で降りました。……いえ、実のところを申し上げますと、わたくしの切符に行先は書いておりませんでした。ですがわたくしとクダリは二人でひとつ! 別々になるなど考えられません。終わる前の世界に何かを残してきたとしても、そう、例えば貴方様が今お座りになっている椅子にいつも座っていた方です。それでもわたくしはクダリとともにあるのがほんとうなのです。」
    「うん、ぼくとノボリ一緒がほんとう。別々になったら、そんなのはうそだ。」

     しばらくの間、沈黙がぼくらを浸した。足元の雪を踏みしめると、懐かしいような悲しいような音が鳴った。このテーブルに座っていた四人の声だろうか。
     ノボリさんが勢いよく立ち上がる。表情からは相変わらず何も読み取れない。クダリさんも続いて無言で席を立った。

    「さあ、そろそろ戻りましょう。貴方様は電車に乗らなければなりません。」

     頷いて、椅子を引く。戻る方向に一瞬目をやると、もう机も椅子も消えてしまっていた。相変わらず黒い空と白い大地がどこまでも広がっている。不思議と先は地平線まで見通せるのに、他に色も光も無い。
     こんどはぼくが先に立って歩く番だった。ノボリさんとクダリさんに方向を示してもらい、黙々と歩く。後ろから、二人の足跡がまた規則正しく聞こえてくる。

    「ある意味、ずっと地下鉄に乗っているわたくしどもは、永遠に旅を続けているのですね。」
    「うん、終着駅なしの、終わらない旅。」

     ぼくに言ったのかふたり言なのか判じかねて、返事はしない。どちらにしても、これまでだってぼくが返事をするとしないとに関わらず、二人は必要なことは話してくれていた。彼らのことばはそれきりで、再びぎゅうぎゅうと雪を踏む音だけが聞こえる。
     ぼくはちゃんと真っ直ぐに歩けていたようで、やがて地平線の中心にかすかなぶれが見えた。あのホームと電車だ。随分歩いた気がするけど、ちっとも疲れてない。電車はまるで何の変哲もない銀色の筐体で、バトルサブウェイのようなカラーリングも施されていない。二両編成の車両は白黒の世界のただ中でやけに悲しげに見えた。
     電車に乗り込むと、先ほどと同じように二人はぼくに向かい合った。

    「扉が閉まります、ご注意ください。それでは、出発進行!」

     二人が声を合わせた。音を立てて扉がしまる。窓からの景色が変わらないから、電車が揺れて始めて動いていることに気付いた。どこに行くのか分からない列車は、ゆっくりと白いホームを発つ。
     白黒の景色にやがて変化が現れるまで、ずっと二人は黙っていた。ぼくも何を言ったらいいのか分からない。しばらくして丘を越えると辺りはピンク色に透き通った蓮の咲く沼になって、ようやくノボリさんが口を開き景色の説明をはじめた。クダリさんはその隣で、口角を痛いほど引き上げたまま穏やかに座っていた。
     ノボリさんの言葉を聞きながら、ぼくがいたはずの世界に心を飛ばす。お母さんがいて、ベルとチェレンがいた。トレーナーたちと戦って、ジムリーダーに挑戦した。ポケモンリーグの階段を上った。プラズマ団がいて、そう、N。あいつは今どこで何をしているんだろう、おだやかに暮していればそれでいいんだけど。そして、一緒に戦っていたポケモンたちのことが気がかりでならない。
     気付くと、ノボリさんが無言になっていた。気持ちが散漫になっていたのがばれたのかとおそるおそる背筋を正す。けれどノボリさんは怒った様子もなく、クダリさんと一緒にひとつうなずいた。

    「きみは戻る方がいいね。石炭袋は宇宙の穴で、こことあちらのトンネルで、ギアステーションの階段とおんなじ。大丈夫、もうじきつくよ。」
    「それまでは沢山の命だったものたちの輝く景色をご覧くださいまし。きっとお心を慰めるでしょう。」

     窓の外はもう、一面に宝石をぶちまけたみたいだった。ぼくは不安と悲しみをずっと感じているのに、彼らはとても幸せそうに光っている。意味なんてなく、ただ思い思いの色の光を放っている。そしてぼくの向かいに座る双子も、星たちと同じで心底満ち足りているように見えた。

    「おまたせしました。まもなく、イッシュほしのみや、イッシュほしのみや、しゅうてんでございます。」
    「お忘れ物のなきよう、気を付けてお降りくださいまし!」

     列車はゆっくりと減速し、揺りかごのような振動は徐々にテンポをゆるめる。窓の下、白い流れが見えた。そしてぼくらは川を渡り、駅のホームに滑り込んだ。静かに、今度はぼくの座っている側のドアが開く。双子の車掌は再びドアの両脇に立った。

    「それではお客様、切符を拝見いたします。……はい、たしかにこちらは、どこへでも行ける切符でございます。どうか、貴方様の戻られるべきところにお戻りください。そうして、あなたさまの生きる道をお探しくださいまし。」
    「じゃあね。ぼくら、きみとお話できてとっても楽しかった。またギアステーションにバトルしにきてね。」

     二人は、今度はいくら待っても列車から降りてこない。一緒に戻るんじゃないんだろうか。銀色の電車は動かず、白と黒の双子はそのドアの両脇に姿勢よくたったままだ。紺色の空を背景に、二人のいる車内だけが明るく見える。逆光に照らされて二人の表情が見えなくなった。

    「あの、お二人は?」
    「ああ、お客様、何をおっしゃります。わたくしどもは車掌でございますから、切符を持っておりません。この列車にずっと乗り続けるばかりでございます。」
    「ぼくら今じゃ終わりも始まりもない。はじまりの終わりの後の夢をずっと見続けてるんだよ。さ、行って。また48連勝して、バトルサブウェイでぼくと戦って!」

     空気の抜ける音がした。敬礼する双子の前に、閉まるドアが現れる。ぼくが何か言う前に扉は閉まってしまって、電車は動き出した。銀色の列車はそのまま速度を上げ、きれいな夜空に吸い込まれていった。
     踵を返すと、改札があった。その先は地下のように真っ暗だ。機械に切符を吸い込ませると、ゲートが音を立てて開く。向こうからダイケンキの吠える声が聞こえた気がして、いつの間にかぼくは走り出していた。









     「お客様、お客様大丈夫ですか。お気を確かにお持ちください、すぐ病院につきます!」

     耳元の大声に驚いて目を開けると、薄汚れた天井と少し皺のよった緑色の制服が見えた。ギアステーションだ。ということは、現実に帰ってきたんだろうか。腰に手をやると確かにモンスターボールに触れることができてほっとする。視線を少し巡らせると、ダイケンキが傍らにいる。お前が呼んでくれたんだな、そう言おうとしたら、乾ききった喉が引き攣って声が出なかった。
     だんだん記憶がよみがえる。ギアステーションの入り口の階段を上るところだったんだ。後ろからぼくを追い越そうとした人がいた。
     悪気はなかったんだ、多分。負けていらいらしてたんだろう。追い越しざま、半ばわざとぼくの肩にぶつかってきた。いつもなら大丈夫だったんだ。ただ今日は大分寝不足で、ふらふらしてた。だからぼくはバランスを崩して、あの階段を転げ落ちてしまった。
     そこまで考えて、自分がものすごい頭痛に襲われていることに気付く。天井の蛍光灯の明かりすら痛くて、目を閉じる。ダイケンキの鳴く声が聞こえたから、手を差し出してやった。かれの髭がぼくの手の平をくすぐってほっとする。
     銀河の鉄道でのことは全部覚えている。あれは多分ぼくの妄想じゃなくて、本当のことだろう。バトルサブウェイの車掌さんは、そういう存在なんだ。
     切符を持っていてよかった。ぼくはまだ満足していない。いつかぼくのすべきことをなした後ならあの二人みたいに星になってもいいけれど、今はまだその時じゃないんだ。
    鶏肉 Link Message Mute
    2022/07/09 17:01:58

    銀河鉄道の双子

    サブマスが死者のような何か/サブマスの幼少期以来の過去(捏造)を示唆している
    初出:2021/6/18
    #サブマス #pkmn #二次創作

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