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    Night and DayChapter NightChapter DayChapter Night
    22:42, Friday, 21st Feb

     ハコブ・タックはその日最後の客を乗せ、踏み慣れたアクセルに足を掛けた。あんまり遠くなけりゃいいが。今日は贔屓のチームの中継があるのだ。早いところ家に帰って、せめて勝敗の決する瞬間くらいはこの目で見届けたい。
    「どちらまで?」
    「ブラザーズ地区の……ああいや、やはり川沿いを下って、貝殻通り三〇一番へ」
    「あいよ」
     ありがたい、どうやら試合のクライマックスには間に合いそうだ。先月から調子を上げているフォワードは今日も活躍するだろうか。冷蔵庫で待っているビールのことを思い出し、ともすれば浮つきそうになる両手で慎重にハンドルを切る。
    「お客さん、随分お若いのにご苦労様ですねえ。こんな時間までお仕事?」
    「え?」
    「いやほら、お客さんが乗ってこられたホテルね、あれでしょ。しょっちゅう何やら、ビジネスの交流会? とかいうのやってる。いや私もね、よくあの界隈で仕事させていただいてるもんで」
    「ああ、なるほど。そうですね、僕も今日はその手のパーティーで」
     バックミラーにちらりと目をやる。銀髪を少しばかり乱した客は疲れを滲ませていたものの、存外に上機嫌であるらしかった。手にしたスマートフォンのディスプレイライトに照らされた顔は、うっすらと笑みを湛えている。
    「ハイ、ハニー。ふふ、どうしたのかって? あなたの声が聴きたくなっただけですよ。……ひどいな。疑うんですか、この僕を。こんなに誠実に生きているっていうのに! ね、それより今から伺っても?」
     突如始まった会話は、どうやら耳に当てたスマートフォンの先にいる相手と交わしているらしい。聞くに堪えない程とろけた声は、いかにも恋人に甘える若者のそれらしかった。きっと電話の相手は貝殻通り三〇一番の住人なのだろう。とすると、断られてしまえばこの車はブラザーズ地区に向けて急転換、自分はビールとカウチとフットボール中継から遠ざかってしまう。頼むぞ、とタックは見知らぬ誰かに念を送る。
    「ふふ、ありがとうございます。ええ、明日は休みですよ……はあ⁉ グレートハッターズのタルト⁉」
     ふいに発された大声を、ベテランドライバーのプライドにかけてどうにか車体を揺らすことなくやり過ごす。再度バックミラーに視線をやれば、銀髪の彼はスマートフォンに食いつかんばかりの形相をしていた。そうしているとスマートなスーツ姿も台無しで、笑いを堪えるのに苦労する。客は何事かうんうん唸っているようだった。カロリーが、とか朝食に、とか聞こえてくるので、きっとタルトとやらについてだろう。こんな時間まで働いてんだから、ケーキくらい好きに食えばいいのになあ。電話の相手も同じことを思ったのか、不明瞭に漏れ聞こえる声は呆れの気配を纏っている。
    「あなたさては、僕が来たがるって分かってわざわざ取り寄せましたね? ……はあ、全く、どんな顔して注文したんです。いいですか、一口だけ……一口だけですからね。僕がそれ以上食べようとしたら殴ってでも止めてください。……は? 何言ってんです、あなたに殴られたところで大して痛かないんですよ。ええ? リングフィット?」
     運転手さんと声が掛かって、はいはいとややぶっきらぼうに答える。この時間にタクシーを走らせていれば、何事にも興味のないふりをするのは自然と得意になるものだ。
    「すみませんが、あとどれくらいで着くかお尋ねしても?」
    「そうですねえ、十五分もありゃ着くでしょう」
    「どうも。……あと十五分ほどで着きますから、いい子で待っていてくださいね、僕のマスカットタルトさん」
     いいですねえ、若い人は。そう言いたいのを堪えて、ベテランドライバーはアクセルを踏み込む。彼のスマートフォンの受話口から派手な悲鳴が聞こえた気がするが、果たして大丈夫だろうか。いずれにしても、羨ましがることなんてないのさ。自分のことは愛しのギネスと居心地のいいカウチが待っていてくれるんだから。しかし。タックは一つの考えを付け加える。この客を超特急でマスカットタルト殿のところに送り届けたら、深夜営業のスーパーマーケットでも探してみよう。ビールによく合うスパイシーチキンレッグスでも手に入れば、まあこの甘ったるさも多少はましになるはずだ。
    Chapter Day
    10:02, Saturday, 22nd Feb

     その家の扉が開いた時、ニモ・ビーンはせり上がってくる驚愕の悲鳴をおしとどめるのに全神経を集めねばならなかった。
     貝殻通り三〇一番地の住人と言えば、ビーンにとってはほとんど厄介な家族みたいなものだった。三日とおかず何かを注文し、エリア担当のビーンが尋ねると毎回ジャージ姿で現れる剣呑な目つきの男。歳は四十がらみといったところか。何時に訪れようと絶対に出て来るし、例外なく濃い隈を浮かべている。在宅ワーカーなのか無職であるのか定かではないが、正直な所、苦手な配送先だった。どうせ碌な生活をしていないに違いない。しょっちゅう冷凍食品の大箱頼んでるし。
     しかし今日はどうだ。見知らぬ男がドアの前に立っていて、思わずビーンは荷札を確認する。名前は変わっていない。応対に出た男は清潔そうで美しく、きらびやかで若々しくて都会的に洗練されており、つまるところ荷札の宛先の男とはまるで違った類の人間に見えた。
     ビーンが何か言う前に、一言二言卒なく挨拶をした銀髪が振り向いて誰かを呼ぶ。その名前は確かに荷物の主のものだった。そしてのっそりと家の奥から出てきた男を見て、配達員の若者はその日二度目の悲鳴を呑みこむことになる。
     あんた、そんな格好もできたんじゃないか! 二年前、新人であった頃のビーンならばきっとそう叫んでしまっていたに違いない。燃える髪を持つ彼がいつものむさくるしい男と同一人物であることについては、ビーンとて異論を差し挟むつもりはない。しかしそれでも彼は別人だった。
     無精髭無し、食べこぼしの染み無し、毛玉無し、隈も薄め。髪もいつもより行儀が良いし、目つきに至ってはほとんど柔和と言ってもいいくらいだ。こうしてみると男は美しく、どこか神秘的ですらある。それに、この人四十代くらいだと思ってたけど。ビーン青年は考える。もしかして、実はもっとずっと若い?
    「サインくらいしといてよ」
    「あなた、よりにもよって僕に署名の代筆をせがむんです?」
    「はいはい、イツァディイツァディ」
     差し出した荷札に乱雑なサインが施され、引き換えに段ボール箱が引き取られてゆく。ありがとうございましたと絞り出せたのは、概ね奇跡と言っていい。
     二人が家の中に引っ込んだ後、そのまま荷物の整理とルートの確認に手を付け始めたのは決して好奇心ゆえの行動ではないと、ビーン青年は己に言い聞かせた。ここは車通りも少ないし、トラックを停めておくには好都合なのだ。
     開け放たれた窓(これだってちょっとした異常事態だ)から先の二人の声が聞こえる。遅い朝食の最中だったようで、カトラリーの音に紛れてサラダがどうだのと話していた。
    「紅茶いかがです? あなたの分もありますよ」
    「じ、慈悲~」
    「昨日のタルトの残りで手を打ちましょう」
    「調印。あ、おいしいねこれ。あーあ、拙者味覚調教されちゃいましたわ」
    「ふふ、成功ですね。ところで、それ開けないんです? さっきの荷物」
    「ええ、だって君、見たら絶対しかめ面するじゃん」
    「何買ったんです」
    「カロリーバーとビッグカツ……ほら! ほらその顔!」
    「成功までの道は遠いようでした。とにかく、さっさと段ボールくらい片付けてくださいよ。まったく、こんなに溜め込んで……」
     ろくな生活をしていないのは本当らしい、とビーンは思う。少なくともあの銀髪がいない間は。その時隣の三〇二番地から人が現れて、ビーンの意識は一度窓の向こうのダイニングから逸らされる。おはようございます。ご苦労様、今日も寒いね。お陰でゴミ出しがこんな時間になっちゃったよ。寒いっすね、あ、トラックすいません。ああいや、気にしないで。
    「やった!」
     突如三〇一番地から歓声が響いて、道端に立つ二人は瞠目し顔を見合わせた。
    「なんか良いメールでも入ってた?」
    「昨日のパーティーですよ! あなたの魔導回路の話をしたんです、そしたら! 聞いて驚きなさい、ヘルメス・ワープラインの開発部長ですよ!」
    「ワオ、そりゃ確かにすごい。てか相変わらずワーカホリックね君」
    「あなたに言われたくない。それに、ギラギラしてる僕がお好きでしょう?」
    「うん、一生ついてく」
    「対価はドレスアップしたあなたのエスコートなんていかがです?」
     束の間の沈黙が流れる。想像つかない、と呟いたのは隣人だ。ビーンも無言で頷く。あの男がドレスアップだって?
    「え、ええー……う、まあ、うん、いいよ……どったのスペキャ顔して」
    「……いえ、きっと断られるかと思っていたので、ちょっと、まあ、驚いて。その、どうしたんです急に」
    「いやまあ、拙者もたまにはその、頑張らんとなと、思いまして……あ、で、明日ね、一日早いけどレストラン、予約してっから」
    「ワオ」
     思わず凝視していたカーテンが揺れて、慌ててビーンは配送リストに目を落とした。隣人もごみ収集箱に手をかけている。横目で伺い見る先で銀髪の男が窓を閉め、再び部屋へと戻ってゆく。
     これからあの家の中で行われることについて、ビーンは想像しないことにした。配送リストのチェックも終わりに差し掛かっている。好奇心は十分に満たされた。奇妙な秘密を共有することとなった三〇二番地の住人に片手を上げて挨拶し、ニモ・ビーンは宅配運送を再開すべくトラックのドアに左手をかけた。
    鶏肉 Link Message Mute
    2022/07/11 22:52:34

    Night and Day

    #二次創作 #BL #イデアズ #ツイステッドワンダーランド
    2021年8月22日インテ開催超超Beckon of the Mirrorにて無配予定であったものです。(当日は欠席・通販でお求め頂いた方にはお付けしていました)
    モブが見かけたとある夜と翌朝の一幕という趣旨で、夜or朝をランダムでお渡しする予定でした。なお、「焼け木杭~」1-2カ月後の二人です。(が、卒業後二人共街で暮らしてることのみ把握頂けばこれだけで読めます)
    画像版もあります

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