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    かわいい男 友人というのは不思議なものである。バーナビーはそう思う。彼の30年弱に渡る人生において、半年の空白を経て突然小旅行を持ちかけてくる人物は存在しなかったからだ。けれどもそういった人種は確かにこの世に存在しており、それが今電話のあちらにいる、ライアン・ゴールドスミスなのである。

    「休み取ったの。だから海行こうぜ、海。シュテルンビルトの海でいいからさ。」
    「でもあなた、ただそれだけのためにこっちまで?」
    「んなもん飛行機ですぐじゃん。いーから、お前は来るの? 来ないの? どうすんの?」

     再び、バーナビーは思う。友情とは不思議なものである。なぜなら半年ぶりに会うことになる相手の酔狂な誘いに、戸惑いもなく頷く自分が存在しているのだ。

     シュテルンビルトの空港に現れたライアンは、すぐさまバーナビーを見つけてみせた。大げさに頭からつま先まで検分する動作をして、ぴゅう、と口笛を吹く。

    「相変わらずかぁっこいいねえ、バーナビー。しかも迎えに来てくれるなんてさっすが。」
    「あなたは……少し雰囲気が変わりましたね。ちゃんと食べてますか?」
    「はは、母ちゃんかよ。それよかお前、バイク?」
    「いえ、さすがに車で。」
    「うわ、あのおねーさま? 俺様をあれの助手席に乗せる気? 度胸あんじゃん、お前。」
    「運転しますか?」
    「ばあか、人の女に手ぇ付ける趣味はねえよ。」

     年の近い人間にお前、と呼びつけられたことが新鮮で、バーナビーの頬が少し熱を持つ。そうやってぼんやりしているうちにライアンは笑いながらバーナビーを追い越して駐車場に向かうものだから、慌てて腰からキーを取り後を追う。ふいにライアンが振り返って、ボストンバッグ越しに白い歯を見せて笑った。

    「急ごうぜ、太陽が沈んじまう前に!」

     すぐにまた前を向いて、日光に怯みもせずどんどん先に行ってしまう。何となく、まったくもって何となくだが、急にバーナビーは彼がゴールデンライアンと呼ばれているわけを理解した。この男には夏の太陽がよく似合って、髪も歯も肌もその光をよく受け止め、一層強く跳ね返す。一時は相棒だった男のかくも当たり前のことを今になって知った。屋外の明るさに目が眩んだのをいいことに、姿がかすれるライアンを睨みながら、バーナビーはうめき声を上げた。

     とにかく一番近いビーチ、と傲岸に宣言され、言われるがままに運転してきた。お陰で昼食はガスステーションで購入したひどいパンである。

    「それでライアン、僕、海と言っても何を持ってきたらいいか分からなくて。というか、海に行って何をするんです?」
    「んあ? 海っつったら泳ぐに決まってんじゃん。何、俺様とオーシャンビューのレストランでディナーとか期待しちゃってた? お前がそう言うなら俺様はいつでも歓迎するけど。」

     これみよがしな流し目をくれるライアンに、バーナビーが咳き込む。

    「ふは、やめてください、ちょっと、ものを食べてる時に……。すみません、僕、こういうのに慣れていなくて。」

     ライアンが二度瞬きをして、三秒後に吹き出した。幸い口の中にものは入っていなかったようで、車内は被害を免れる。あまりの態度にバーナビーが憤って見せると、顔の半分を自らの肩に埋めた男から腕が伸びてきて肩を叩かれる。

    「ほんっと、お前、おっもしれえ。いやな、俺の知ってる限りじゃ、んなこと素直に言う奴いねえよ? ああもう、んな顔すんなって。まあいいや。海パン持ってきた?」

     訝しげに眉根を寄せながらもバーナビーが頷けば、上等だ、とライアンが笑う。

    「サンスクリーン塗ってもいいけど、ちょっとくらいは焼こうぜ。相棒のおっさん羨ましがらせねえと。」

     そう言ってライアンはバーナビーの頬を指先ではじき、身を翻して助手席のシートに収まる。シートベルトを引くのを見て、バーナビーもイグニッションキーに手をかけた。

     晴れた真昼の海は、いかにも海らしい輝きをもって、赤い車に乗ったこの奇妙な二人連れのことも等しく迎えてくれた。やあっぱ海は裏切らねえよなあ、と、同じようなことを隣の男も口に出す。

    「なあなあバーナビー、海だぜ海。すっげ、超まぶしい。超夏。」
    「ちょっとあなた、いくつですか。はしゃぎすぎですよ。」
    「昨日誘われて今日車出す奴に言われたかねえよ。おら、お前ももっとはしゃげって。」
    「知りませんよ! というかそれを言ったら、昨日の今日で飛行機に乗ってくる方がよっぽどトチ狂ってる!」
    「あ、それ言っちゃう!」

     徐々に大きくなる声に、自然と笑い声が混ざり始める。終いにはそれは大爆笑にまで膨れ上がって、同じく爆笑しているライアンから、運転中、とたしなめられるほどだった。

    「なんだよ、運転させておいて!」
    「つって誰にもハンドル握らせる気ねえんだろ!」
    「ええ、まあ!」

     意味もなく張り上げた声の合間に楽しげな甲高い悲鳴が聞こえ、隣の車線を見遣れば併走するボックスカーから数人の若い女性が身を乗り出さんばかりにしている。ライアンが窓を開けて投げキスをする気配と同時に、アクセルを踏み込みながら人差し指と中指を揃えて掲げてやった。サイドミラーを見れば彼女たちは悶えんばかりに大騒ぎしていて、後ろに遠ざかる車体は上下に揺れている。

    「俺たち人気者ぉ。」
    「僕だけじゃありません?」
    「ああ? 俺もだろうがよ! 俺様がキッス投げた時の助手席の子見てねえ?」
    「見てませんし、だいいち僕が投げキスしてたら、彼女きっと気絶してましたよ。」
    「はいはい、事故起こさせねえようにな、ハンサム様!」
    「ちょっと、虎徹さんみたいなこと言わないで!」
    「おおい、俺様といるんだから他の男の話はマナー違反だぜ。」
    「黙れよプレイボーイ!……ああもう、あなたといると僕のイメージが崩れてしまう!」
    「俺様の前では素直になっちまえって、ジュゥニアくぅん。」
    「だから、それ! やめて!」

     愉快そうに笑うばかりのライアンが気に入らなくて、腹を立てるポーズを装うもすぐに笑いがこみ上げてくる。今日の自分はどうもおかしいと思うのに不快な感じはしないのが尚更奇妙で、仕方がないから友人、おそらくそう呼んで差支えはないのだろう、友人との久々の邂逅に浮かれていることにする。そうしている間にも輝く海原はみるみる目前に迫ってきて、カーブでその角度が変わるたびに隣の男は歓声を上げている。開けっ放しの窓から吹き込む風が強い潮の匂いをはらむころ、車はハイウェイを降りて駐車場に滑り込んだ。

    「なあなあすっげえ、飛び込み台あるぜ! もちろんやるよな?」

     敏いこの男がビーチの女性たちからの視線や聞こえよがしのひそひそ声に気づかないわけもあるまいに、砂まみれの更衣室から飛び出してきたライアンの第一声はそれだった。

    「あの、すっごく見られてますけど。」
    「んん? ああ、パパラッチにゃ気を付けような。」
    「そうじゃなくて、あなた、こういうのに応えるのが好きなタイプだと思ってました。」
    「なあに言ってんだよ。こんなとこ来なくても俺様はじゅううぶんモテるの。だから今は海で遊ぼうって話じゃん。別にクリーンなジュニア君に付き合ってやろうってわけじゃないから、安心しろって。」
    「誰もそこまでは言ってないでしょう。ほら、飛び込み台にいくんだろ!少しでも躊躇したら背中押しますからね!」
    「お、分かってんじゃんバーナビー。でもそんときゃお前も道連れだ!」
    「僕はそんなに甘くありませんから! 一人で落っこちてください!」
    「いいや、お前を落とすのは俺だね。どっどぉんってな。」

     聞き覚えのある台詞とともににやりと笑うと、ライアンは瞬く間に身を翻して走り出してしまう。それをどこで聞いたのか思い出そうにも、照りつける日光はあまりにも強く、バーナビーの脳細胞は普段の半分も役に立たない。仕方ないのでその白い背中を追って駆け出す頃には、ライアンはとっくに飛び込み台の錆びた螺旋階段に足をかけていた。どうも今日は彼を追いかけてばかりだと、バーナビーは苦笑した。
     二人が競うようにしてその頂上に上がる頃には、振り返る足下のビーチには小さな人だかりができていた。

    「レイディーズ!」

     ライアンがそれに向かって声を張り上げると、歓声はここまで聞こえてくる。

    「どっちがかっこよく飛びこむか、ちゃあんと見ててくれるよなあ!」

     きゃあきゃあと応える声がして、ライアンがバーナビーに目配せをする。

    「さ、今更ビビんのは無しだぜ。」
    「あなたね、僕が普段この三倍の高さは跳んでるって、忘れてません?」
    「おっと、さっすがぁ。んじゃ是非見せてよ、ジュニア君のかっこいいとこ。」

     大げさな動作でライアンが道をあけると、バーナビーは数歩下がり、助走ののちにぽんと飛び上がる。一回転半。視界が輪郭をなくしたかと思えば、もうそこは海の中だ。見下ろすライアンの視線の先で、一回転半した体が水しぶきの中に消える。しばらくして明るい水面に顔を出したバーナビーはくるりと円を描いて泳いでみせるとライアンを見上げ、誘うように両腕を広げた。

    「いーい顔。」

     その顔を見据えながら足を踏みきり、ライアンもまた中空に体を舞わせる。浜からの歓声とともにくるりと落ちてきた体は一度水の底まで沈み、そしてバーナビーの目の前へと浮上してきた。

    「どうよ。」
    「きれいなフォームでした。これ、すごく楽しいですね、海で飛び込むの!」
    「はは、ジュニア君たっのしそう。」

     だから楽しいって言ってるでしょう、と笑って、バーナビーは沖に向かって泳ぎだす。浜に群がるギャラリーに手を振って、ライアンもその後を追ってきた。それ以来すっかり子供がえりしたバーナビーはばかみたいに沖へと水をかいてはライアンを笑わせ、何度かさっきの飛び込み台に駆け上がり、しまいにはこの男のイメージ戦略をマネジメントするかの大企業から苦情が来るのではと不安を抱かせるほどだった。

     そうやって海で遊んで3時間もすれば、浜でバスタオルと同化した金髪ヒーローが出来上がる。

    「こんな時ばっかり年上ぶりやがって……くそ。」

     あなた……若いん……から……パラソル……。倒れる寸前の遺言を、それでも律儀に叶えてやる自分はいい男だ。しかも結露するほどよく冷えたスポーツドリンクまでつけてやった。聖者だ。うつ伏せで砂に沈み込む元相棒を見ながら、ライアンは頷く。その巨体がぴくりとも動かないのをいいことに、ライアンはしげしげとバーナビーを観察した。身軽に跳ね
    回るスタイルのためか、自分よりは控えめながらも全身を隆起させる筋肉、あまり日焼けしていない肌の表面に、よく見れば金色の体毛が傾きかけた太陽の光を反射している。半アイドルヒーローのくせに、大小さまざまな傷痕、投げ出された脚はところどころいびつに変形している。どうして自分はこんな男とこんなところで暢気に会っているんだろうと思った。実年齢の割にガキで、怪我まみれでヒーローをやり、過去から何から切り売りされても文句一つ言わず、そのくせてめえの間抜けで失ったバディには鬱陶しいほど固執していた。けれども輪をかけて間抜けなのは、現相棒とのバディシップで頭をいっぱいにしたこの男を連れ出して馬鹿を教え込もうとしている自分だ。そこまで、ライアンは理解していた。

    「んん、まあでも、あんがとな、そんなヘトヘトんなるまで付き合ってくれてよ。」
    「礼を言うなら、まずは説明をすべきでしょう。」

     寝ているとばかり思っていた男が思いの外はっきりと返事をしたので、ライアンは咄嗟に返す言葉を選べなかった。のっそりとバーナビーが頭を上げ、コンタクトレンズで充血した目をこちらに向ける。

    「暇じゃなければ馬鹿でもない、そんなあなたがこんな突拍子もない誘いをしてくるのが、ただなんとなく、なんて、認めませんよ。」

     普段より幾分か低くかすれた声がライアンを糾弾する。

    「あ、やっぱり気付いちゃう? ジュニア君なら大丈夫だと思ったんだけどなあ。」
    「馬鹿にしないでください。空港の時点からして、たいがいしょげかえった顔しておいて、あなた。」
    「大したことじゃないって。ちょっと気晴らしした方がいいなって思っただけだよ。セルフ・メンタル・ケアってやつ? 俺様超真面目だから!」
    「それなら尚更、大したことじゃないのに連れ出された僕への説明責任を果たしてください。」
    「カウンセラー気取りかよ。」
    「いいから。」

     ため息の代わりに鼻から長い息を吐き出し、バーナビーの目をライアンは見つめた。けれどこの一本気な元相棒は、その密度の高い視線を一向に逸らそうとしない。二人を取り囲む沈黙の外、どこかで海鳥が鳴き、元気な若者たちが大声で太陽を惜しんでいる。それを見下ろす太陽の頭はじりじりと傾いでゆき、円形だったパラソルの影はゆっくり体を横たえる。影の先がバーナビーの尻にしなだれかかる頃、とうとうライアンが音を上げた。

    「あー、ヘイトクライムでさ。」
    「ああ、こっちでも記事になってました。暴行が、いわゆるゲイタウンでNEXTに、って。しかし死者も重傷者も出なかったと。」
    「うん、まあ、それ自体はしゃあねえってか、こんな言い方あれだけど昔からあるし、俺も驚かねえって。ただ、まあこれも今更っちゃ今更なんだけど、下品なタブロイドってあんじゃん。」
    「ああ……。」

     ライアンの苦悶を汲み取って、バーナビーが顔を曇らせる。

    「たまたまさ、丁度ダチだったんだよ、取材受けてたの。んでさ、記者が、お兄さんは強い感じで行きましょうか! まずは真面目な感じで、そっからこう一気に、今度はお尻揉んで撃退してやるわよぉっとかってお願いしまーす!ってさあ。いやいやそいつら、お前らを泣かせたり笑わせたりするためにホモやってるわけじゃねえし。ワヨォとか言わねえし。って、怒ればよかったのに、俺、考えちゃったんだよな、ヒーローもこの記者とおんなじことやってんだよなって。別に誰もかれもが……人を助けるためにNEXTになったわけじゃ……ねえのによ。」
    「でも、あなたは何も。」

     バーナビーの戸惑いがちな言葉を遮るようにして、ライアンが勢いよく顔を上げた。

    「そ、俺は悪くねえの! なあんも悪くねえのよ。俺が記者を止めようと殴ろうと、分かってる奴は分かってるし、逆に無神経な奴はどこまでも無神経なの。ヒーローやってんのも好きだから!それでも気が収まらねえならブログでもラジオでもインタビューでも使って言えばいい! んだからさ、ちょっと気晴らししたかったんだって。」

     あなたの気晴らしに、僕が選ばれたのは光栄です。しばらく無言で考え込む仕草ののちに、バーナビーはそう呟いた。そうしておもむろにすっくと立ち上がり、ライアンが借りてきたパラソルを畳む。

    「さあ、冷えるのでそろそろ行きましょうか。」

     先程までの力尽きた様子が嘘のように確実な足取りだ。

    「あっ、てめ、くそっ!」
     死んだふりかよ、生意気だな、ジュニア君のくせに! 背中に向かって叫べば、バーナビーです、と捨て台詞だ。こちらを振り返りもしないので、その表情を読めない。バーナビーのかかとに蹴られるたび、地面は怒ったように砂を弾けさせるので、ライアンは少し首をかしげた。不用意だったかもしれない。そういえば、あの男が執着する現相棒は、NEXT能力による奉仕を信条とする人間だ。
     ハッ、とライアンは息をつく。めんどくせえ、と呟くことすらめんどくせえ。ダディは絶対正しいんだ、ってか? 舌打ちをして立ち上がる。こんなつまらない形で、あの男とのコンビ解散を追体験させられるとは思わなかった。勝手に彼の現相棒を思い出し、そして件の解散劇を思い出している己も気に入らない。ライアンがだらだらと歩き出す頃には、遠目に見えるバーナビーは着替えを終え、パラソルを返却しに行くところだった。


     喧嘩している相手に行き先を預けるのは気詰まりだ。よほどタクシーで帰ろうかとも考えたが、助手席の扉の脇に仁王立ちするバーナビーに根負けした。

    「へいへい、乗ります乗ります乗りゃあいいんだろ何ガンくれてんだてめぇ!」
    「そっちこそ何カリカリしてんですか。ほらシートベルト締めて。車出しますよ。あと、ちょっと付き合ってもらいますから。」
    「はぁ? さっさと帰せよ、ってああくそ、勝手にしろ。」

     有無を言わさず発車した車はバーナビーに従順に速度を上げ、海岸線をなぞり、三十分も走らないうちに堤防に乗る。見下ろす先で何隻かの漁船が雑然と並び、疲れたオレンジ色の光の下で仕事の時を待っている。ふいに車が停まり、ライアンの目の前に缶入りのコーヒーが突き出された。受け取って隣を見れば、バーナビーがドアを開けて外に滑りでる。しぶしぶライアンもシートベルトを外し、コーヒー缶を片手に桟橋を見下ろすベンチに腰掛けた。

    「恥ずかしいのですが、」前置きの後にコーヒーをすすり、再びバーナビーは口を開く。「僕はあなたがいらつきはじめた理由が分かりません。」
    「だろうよ、おれが勝手にいらついてんだから。」

     言ってしまってから恐る恐る隣を盗み見ると、バーナビーは目を見開いてきょとんとしていた。

    「意外です。あなたにもそんなことがあるんですね。」
    「わりいか。」
    「いえ、他意はなくて。僕と違って、そういった辺りは器用な人だと思ってたから。でも、それならいよいよらしくないんじゃありませんか。」
    「だあから疲れてんだって。なんかお前といると抑えが効かねえんだよ……色々と……つうか先に態度変えたのはお前だろ。」
    「そんなつもりはありません。」
    「話の途中で逃げ出したくせに。」
    「あれは、話はもう終わったと思ったし、少し考えたかったからです。」
    「へえ! それで? お前に話させられて傷心の俺は? 海に置き去りにされかけたわけ!」
    「してないでしょうが!」
    「ああそうだよ、それどころかこんなとこまで拉致られた!」

     バーナビーが黙り込んで、目つきを険しくさせた。相変わらず顔に出てるぜ、と、ライアンの冷静な部分が笑っている。

    「とにかく言い争いはやめましょう。」
    「大人ぶりやがって。」
    「混ぜ返さないで。さっきの話の続きをしようと思ったんですって。」
    「ああ、考えたとかってやつ?」

     なおもバーナビーがライアンを睨みつけるので、黙ってるよ、と口の中で応える。

    「それで、あの後考えたんですけど。」

     ちくいち前置きで仕切り直す真面目さがすこしおかしいと、ライアンはバーナビーからは見えない方の口の端を上げる。

    「僕も以前は、人を助けたいとは思っていませんでした。それに、泣かせるために僕自身が消費されるのも気にしてなかった……いや、これは今もかな。はは、聞きたいですか、この話? 身の上話みたいになっちゃいますけど。」

     意外じゃん、と続きを促すと、バーナビーは言葉を選びながら語り始める。へえ、とか、ひでえ、とか、さっすが、だとか、適当なところで適当と思われる湿度の相槌をはさむと、その度にバーナビーははかなく微笑んだ。

    「あなたが初めてです、そうやって僕の話を聞いてくれたのは。いろいろな人にこの話を聞かせてきたけど、みんな一様に黙り込んで、三人に二人は僕の手を両手で握りこむんですよ。」

     こうやって、とライアンの片手を包んだバーナビーの手のひらは男の割に冷えていて、そう思ったときにはもう、潮のべたついた感触をほんの少し残して離れていった。二人で並んで座って海ばかり睨んでいるのをいいことに、ライアンはバーナビーが気づかない程度に少し顔をそむけ、その手を目元にやった。

    「だから、うーん、僕はそういう顔をされる度に、もしかして自分は悪趣味な標本なんじゃないかと思ってしまっていたんだろうな。マーベリックの時代には必要悪だったのかもしれないけど、今ではあなたが言う通り。」
    「役に立ってなんぼ、みたいに思われたら終わりだと。」
    「そういうことです。」
    「んで? 俺様がへこんでんの見て焦っちゃった? どっどーんと図星刺されちゃった感じ?」
    「はは、まあそんなところかな。でもお陰で、あなたみたいに開き直るのもありかと思った。」
    「開き直るってお前、人聞きわりいな。」
    「でもそうだろ? インタビューもSNSも、僕らだからこそ使えるって思ってるでしょ?」

     話が早いね、と笑えば、僕を誰だと思ってるんです、と笑顔が返ってくる。調子よく通じ合う会話の意図に、襟足が、弱い電流が走ったかのようにびりびりした。

    「でもあいつ、ワイルドタイガーが聞いたら怒るんじゃねえの?」

     咄嗟に言ってしまってから、自分らしくもないと後悔した。心中で舌打ちをする。他の男の話をするなと冗談めかして釘を刺したのは自分の方だ。あの解散の直前、バーナビーが親鳥のところにぴいぴい飛んでいってしまったのがそんなにも寂しかった?
     寂しいという言葉が浮かんで、ライアンははっとした。そうか自分は寂しかったのか。
     急に黙り込んだライアンを訝しんで、バーナビーが顔を覗き込んでくる。そしてぎょっとした顔を見せた。

    「この件に関してはあの人は無関係で……ちょっと、どうしたんですか。」
    「は? 何がよ。」
    「何がも何も、その顔ですよ。」

     そう言われて顔に手をやれば、濡れた指が返ってきた。それを見て、思いつく限りの悪態を吐きたくなった。何無様なことやってんだくそったれ、これじゃ身を引くには不自然で、捕まえるには手の内を見せすぎだ。そうだ、こいつには手の内を見せすぎた。傷心のせいだ。傷心のあまり一番顔を見たくて一番会いたくない奴に連絡してしまった自分の負けだ。完敗だ。
     でも、とライアンは思う。そして隣の男の寄せられた眉間を一瞥する。俺様をひれ伏させたのはこいつが初めてだ。ということは、今までの必勝法が通じない可能性もあるわけだ。案外、愚直に行くのがいいのかもしれない。

    「なあおいバーナビー。」
    「なんですか。」
    「これからも連絡するから。」
    「もちろん。是非してください。」
    「んで、多分もう一回は驚かせるだろうな。メールか、電話だ。」
    「え、はあ。それでなんで泣いて。」
    「んああ、潮が目に染みんだよ、ほら俺様デリケートだから! ほら、もういいだろさっみいよ! 行こうぜ!」

     バーナビーは適当な嘘を信じて目薬がどうだのと言っている。かっこいいけどかわいいとこもあんじゃん。そのかわいい男を驚かせるイーメールの文面を考えながら、近場のシーフードレストランの話をする彼の言葉に、ライアンは機嫌よく頷いてやった。
    鶏肉 Link Message Mute
    2022/07/09 17:32:19

    かわいい男

    #兎獅子 #BL #TIGER&BUNNY #二次創作
    ライアンの過去の恋愛が示唆されています。
    初出:2014/5/28(Pixiv)

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