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    金曜日の魔法 金曜の夜は、魔法がかかったみたいに最強の気分になれるものだ。

    「なんか今日アズール氏、暇そげ? なんかして遊ぶ?」
     その日、やや短い対局を終えてスマホゲームを始めたイデアを、常の週末ならば下校時間を待たずにそそくさと消えてしまうはずのアズールがぼんやり眺めていたので、思わず頭に浮かんだことを口に出してしまった。アズールは一瞬虚をつかれたような顔をした後少し考えこむ。どこを見ているとも知れない彼の視線の向かう先を注意深く探していると、ふいにアズールが顔を上げ、そして目を輝かせた。
    「おたくの談話室、馬鹿みたいに大きなスクリーンがありましたよね? 映画観ましょう、映画!」
    「オクタくんさぁ……仮にも寮長が他寮相手に馬鹿って言う?」
    「いいから。断るんです? 付き合うんです?」
     イデアは考えた。突然自寮の談話室にマフィアもとい他寮の寮長が現れたとなれば、か弱きイグニハイド寮生は涙を流して逃げ惑うか、あるいは「レアエネポップした上限15人パ フレコ1nIJ89」とスクショもとい写真付きで拡散するか。いやアズール氏エネミーじゃねえから確かにパブリックエネミーみあるけど。とはいえ、休日の前は自室でゲームやアニメや原稿やガジェット設計やプログラミングや冒涜的な神の召喚陣の開発を謳歌する者ばかりなのがイグニハイド寮のイグニハイド寮たる所以だ。いつもより少し背を丸めて野菜スティックをかじりながら(イデアにはこのチョイスが理解できないが、それを口にすると貧相な腹を強かにつねられるので沈黙の金なることを学んだ)ぼんやりスクリーンに集中するアズールが衆目に晒されるリスクは限りなく低い。更に金曜の夜である。付き合う、という言葉が耳に心地よかったことも認めるべきだろう。短い思考の後、イデアは了承した。最強の気分なのである。


     イグニハイド寮の談話室でアズールが再生したのは、無機的なその空間に似合わない古いミュージカル映画だった。壮年の取引相手に取り入るための教養かと思ったら、「いえ純粋に僕が観たいので」と返され少し恥じ入る。好奇心旺盛で意外にも文化を大いに楽しむこの友人の心を、イデアは好ましく思っていた。横目で伺えば目を細くして、唇が小さく動いている。そういえば彼は歌が好きなのだった。なるほどそれでミュージカル。密かに納得して、イデアは画面に目を戻す。朝焼け色の中で恋を育んだ男が、雨の中浮かれて楽しそうに踊っていた。
    「恋は人を馬鹿にするってやつかね」
    「そういう皮肉っぽいとこ、あなたらしいですよね」
     怒った様子もなく、アズールは緩んだ顔つきで笑っていた。


     二時間もない映画が終わってしまうと、その時間特有の無言が暫く続く。イデアがそっと横目で様子を伺うと、アズールの指が名残惜し気に膝の上でリズムを刻んでいる。ゆっくりと彼がこちらを向いた。続いて、イデアも口を半開きにして首を回す。
    「……」
    「……!」
    「!」
    「!!!」
     顔を見合わせて、二人は無言でひとつ頷く。
     次の瞬間、アズールが立ち上がって歌い始めた。すぐにイデアが空中からディスプレイを引っ張り出して、先の映画のサウンドトラックを再生すると両手を広げて指揮者の振りをし始める。くるりと優雅にターンしたアズールが、歌声はそのままに眉を上げてジェスチャーをして見せる。Why don’t you? おまけにウインクをひとつ。イデアは声を出さずに笑うと、縦長の体をソファから起こしてタップダンスの真似事を始めた。ダンスというよりは矢鱈めったら両足を踏み鳴らすばかりで殆ど地団駄に近かったが、アズールがおかしそうに笑ってくれたので及第点以上だろう。
     両手を広げてくるくる回るアズールが、滅茶苦茶なステップで部屋中を飛び回る。イデアはそれを追いかけるようにして、足をばたつかせながらフィドルを鳴らすパントマイムをしてみたりデスクを両手で叩きまくってみたりする。劇中の美女を気取ったアズールが手近なデスクに乗り上げると、つま先を高く掲げた。手の平を上にし、指先だけをちょいちょいと動かしてイデアを手招く。挑発するように右頬をぐいっと持ち上げると、口元のほくろがそれにつられて芸術的な角度へと位置を変えた。イデアの髪が一回り大きく膨らむ。イデアはステップの真似事も忘れてそこに突進し、隣に腰掛けると腰に迷わず腕を回した。アズールは持ち上げていた脚を折り曲げてイデアの膝をまたぎ、そのまま柔らかい体を思いきり反らす。
     次の瞬間、イグニハイド寮の談話室に轟音が響いた。
     世界がぐるりと回ったと思ったら、さっきまで高かった視界がデスクの天板と同じところまで下がっていた。乗り上げていたデスクと揃いの椅子が無残に横転してキャスターを揺らしている。呆然としてイデアとアズールは顔を見合わせた。一瞬遅れて、膝が痛みを訴え始める。そこでようやく、イデアは自分たちが落ちたのだと気付いた。違和感を感じた頭に手をやると、机上にあったのであろうボールペンが髪に刺さっていた。
     先に我に返ったのはアズールだった。半開きの口の端を持ち上げ、は、と短く息を吐いて肩を揺らす。つられて、イデアもがちんと上下の歯を打ち鳴らした。
    「あはははははははは!」
     二人分の笑い声が談話室に反響する。落ちた。調子に乗ってダンスの真似をして、思いっきり、落ちた! 二人揃って腹を抱えて笑う。腹筋が引きつり、酸素が足りなくて頭痛がする。イデアに至っては途中で呼吸ができなくなり、蹲って背を震わせながらはひはひ喘いでいた。
    「ね、っちょっと、僕たち何やってるんです? はは、もう信じられない、僕たち、バルガス補習の常連ですよ?」
    「まことに、ひひゃ、まことに。しかも談話、がほっ、談話室ですぞやばい、クッハハ引きこもり乙って感じですわ」
    「やめてくださいよ、もう、一緒にしないで、ふふ」
     暫くの間二人で肩を揺らす。アズールが未だに四つん這いで蹲るイデアの肩を叩くと、イデアは仕返しにアズールの膝を軽く殴る。とうとうアズールも床に体を投げ出して、大きな口を開けて呼吸を整え始めた。
     気持ちよさそうに天井を仰いで息をするアズールに、こちらは四つん這いからうつ伏せに崩れて未だに背を大きく上下させるイデアが顔だけを動かして視線を向けた。
    「あ、あのさ、アズール氏。ちなこの後お時間はござるか?」
    「こんな馬鹿やって、後ろに予定入れてるわけないじゃないですか。イデアさんらしくもないな」
    「や、だってさ金曜ですぞ今日。すごい珍しいじゃん、氏がラウンジにいないの」
     アズールがごろんと体を四半回転させ、床にべったり沈み込んだイデアに向き直る。無造作に広がる髪が気になったのか手を伸ばしてくしゃりと指先に絡め、そして悪戯っぽく目を細めて見せた。イデアは気道が少しだけ狭まったように感じた。自分の髪に埋もれてしまって、彼の指先の在りかが分からない。
    「お気遣いありがとうございます。諸々の好条件が重なったので、今日はお休みです」
    「へ、あ、そなの。あ、じゃ、それじゃさ、踊るのは無理だったけど、ちょっとみみ見てほしいものがあって」

     そう言ってのろのろと立ち上がったイデアが案内したのは、寮の地下の巨大な部屋だった。壁にいくつかの装置が埋め込まれている以外はがらんどうの空間だ。「スタジオ」とイデアは説明した。
    「マシンの試運転とか大物の作業とかに使う部屋ですわ。よかった誰もいなくて」
     そう言って壁の装置のうちの一つにマジカルペンをかざすと、空中にコンソールパネルが現れる。アズールが見ている前で、イデアがそれを操作してにやりと笑った。
    「びっくりして肺呼吸忘れないようにね」
     そう言ってイデアが最後のキーを入力すると、次の瞬間、水中で空気が吐き出されるくぐもった音が聞こえた。
     あたり一面が暗い青色に染まっている。そこはすっかり海の底だった。視界の先は闇に呑まれて見渡せず、上を見上げれば灰色に閉ざされた向こうに光があるように見えた。恐らく海氷だろう。さっきまで均一だった足元はごつごつした岩に覆われ、アズールが足を動かせば砂がわずかに舞い上がる。驚いた海老の仲間が砂をかきわけて逃げるのが見えた。イデアとアズールとの間を赤く発光するくらげが通り過ぎる。どこからかクジラのサイレンが低く響いてくる。
     え、とアズールの上げた声は重く反響して聞こえた。驚いてイデアのもとに駆け寄ろうとした足が水の抵抗にあって思うように進まない。
    「すごい、なんですかこれ、海? え、本当にすごいな。視界だけじゃなくて音も感覚も……幻覚魔法です?」
    「そうそ。基本拙者の魔力使ってるんだけど、出力をプログラムで制御してるから景色変えてる間頭使わなくていい分いくらでも緻密にできるし再生も楽なの。魔導VR的な?」
    「うそ、ほんとにすごいな。だってここ、本当にまるで海の中ですよ。すごい!」
    「アズール氏のお墨付きいただけたんなら間違いありませんな。アホほど調べた甲斐あったわ」
     気を良くしたイデアがぐふふぉ、と変な笑い方をする。彼の奇声にはとうに慣れたアズールは気にも留めず、軽く地面を蹴って一跳びにイデアの元へと降り立った。
    「浮力まで再現してるんですね。飛行魔法の応用? ああもう、ほんとあなたこんなのどうすんですか。このまま宝の持ち腐れになんて絶対にさせませんからね、この僕が!」
    「ふひ、面白がってもらえて幸いナリよ。あ、こういうのもございますぞ。さっきの映画みたいな……」
     イデアが手元でいくつか操作をすると、景色が青い濁流となり猛スピードで足元に流れてゆく。白い氷の天井を突き破ると、二人は朝焼けの空に立っていた。
     二人きりで空中に浮かんで、目に見えるすべてがピンク色とオレンジと紫色の滲んだパレットのようだった。そこかしこに浮かぶ雲の粒子が遠い朝日を乱反射してぼんやり光っている。足を踏み出してみれば足元にあるはずの床の感触が希薄で、目に見えないクッションに柔らかく受け止められる。楽し気にあちこち歩きまわってから、太陽に貫かれた目をアズールは細め、それをイデアの方に向けた。
    「イデアさん、踊りませんか」
     アズールが右手をすいと上げて見せる。
    「あ、いやでも、だから拙者踊りはちょっと……」
    「いいから。さっきみたいのは無理でも、踊れないわけじゃないでしょう、ミスター・シュラウド」
     有無を言わさぬ笑顔だ。かかとを揃えて空の真ん中に立ち、イデアを真っ直ぐに誘っている。手の平を下にして、この手を取ってくれと全身で訴えていた。
     そしてアズールが、今度はゆっくりしたテンポで歌い始める。身体を揺らしてイデアに歩み寄り、もう一度手を差し伸べて眉を下げて微笑む。それから目を離せないイデアがおずおずその手を掬い上げると、満足げに目尻を緩めたアズールがイデアの肩口に頬を預けてきた。
     イデアも恐る恐る彼の頭に頬を当てる。細い髪が肌をくすぐった。その向こうから彼の頭の甘やかな温度と仄かな香りが立ち上ってくる。頭の丸みを撫でたくて手が震えるのをどうにか抑え、触れるか触れないかに彼の腰を抱く。アズールの銀色の毛先が首をくすぐって、自分の頸動脈が大きく脈打っているのを否が応にも意識させられる。イデアは必死で足元のステップに集中した。
    「ねえ、本当にすごいです。これ全部あなたが?」
    「う、うん。技術としては全然新しくなくて要はどんなけチマチマプログラム書くかでしかないのでござるがその君とあっ……遊び、たくて……」
    「それで作っちゃったんです? 全部一人で?」
    「ウン……」
    「……アオウ」
     アズールらしくもないひしゃげた呻き声が左肩の方から聞こえてきた。眼球を痛いほど動かして様子を伺うが、彼の髪とうなじが見えるばかりで表情が全く伺えない。
    「あお、ご、ごめんねキモいよねごめんねほんと死にます殺し」
    「どうしましょうイデアさん」
    「へあ? な、何が? 殺害方法?」
    「そうじゃなくて、ちょっと黙って」
     ぎゅんと喉を鳴らして黙り込むイデアに、アズールは何も言わない。流したままの音楽だけが物憂げなバイオリンの旋律を奏でている。身体を揺らしながらバランスを崩したのか、少しだけ、肩に置かれた手に力が入るのを感じた。
    「本当に、今日言うつもりはなかったんですけど」
     ドラムとトランペットが入ってくる。四拍子がイデアの鼓動に重なる。アズールがゆっくりとステップを踏む足を止めて、そっと密着した体を引き剥がした。困ったように下がった眉の下で、彼の冴え冴えと青い双眸を風が吹き抜ける。
    「どうしましょう、僕あなたのこと、すごく好きになっちゃいました」
     イデアが短く息を吸う。胸が不規則に上下するのが分かった。酸素を取り込みたくて開いた口が見る間に乾いてゆく。唇を内側に巻き込んで、口紅が落ちるのも構わず舐めて潤す。とうとう耐えられないくらいに息が苦しくなって、そこでようやく呼吸の仕方を思い出すと同時に、イデアは声を吐き出した。
    「どっ……」
     肩で息をして、もう一度口に開けと念じる。
    「どうも、しなくて……いいんじゃない……?」
     アズールの顔からゆっくりと表情が溶け落ちる。見開かれてゆく大きな目に幻の朝日が反射し、湖面のように輝いていた。
    「いいんですか、どうも、しなくて」
     目を逸らしてしまいたいのに、彼の真っ直ぐな眼差しがイデアを捉えて離さない。アズールはイデアの手首に触れていた手をゆっくり持ち上げて、胸の真ん中に押し当てた。そこからイデアに温かさが伝わってくる。自分の心臓がアズールの手の平を激しく叩いているのが分かった。薄く開かれたアズールの唇が微かに震えて、細い吐息が空気をかき乱す。消え入りそうな声が微かに聞こえた。プリ―ズ、どうか。
    「お願い、言ってください」
     それは殆どかすれた溜息でしかなかったのに、二人きりの空の上でイデアはくっきりと言葉の形を捉えてしまった。
    「いいんですか、どうもしなくて。ねえ、それは、どうしてなんです?」
     イデアはぎゅっと目を瞑る。薄紅色の光が瞼越しにぼんやりと明るい。それがふと陰ったかと思うと、片方の眼球がやわらかな温度を感じた。アズールの指だ。瞼をそっと持ち上げようとするのに抗えなくて、再び薄く目を開く。何かを期待するような面持ちの彼がそこにいた。
    「だって、だってそれは」
     両手を開閉し、ねとつく手汗を服の裾に力いっぱいこすりつける。手の平に感じる痛みをよすがに、イデアは口をこじ開けた。
    「だってそれは、僕も君を、す、好きなんだもの」
     声はみっともなくしわがれていたのに、アズールは笑わなかった。どこか茫洋として、イデアの頬に指先を触れさせている。彼がぱちぱちと何度か瞬きをすると、その目に膜を作っていた涙がグースの羽のような睫毛に散って光った。
     ふいに、びりびりと空気が揺れた。一面を覆う淡色のベールにノイズが混じり、そのまま瞬く間に霧散してしまう。気付けば、不愛想な正方形のスタジオに二人して立ち尽くしていた。
     あ、とイデアが声を上げる。
    「あ、ごめ、景色……」
    「時間切れですか?」
    「いや、その、恥ずかしいんだけど僕の魔力が乱れたから……。ごめん、魔法解けちゃったね」
     あたりを見回していた目をスニーカーの爪先に落とす。どこかでこすった汚れがいやに目について、もぞもぞ足踏みをした。すぐ傍にはアズールのぴかぴかの革靴がある。はいはいスーパーシュラウド無敵モード終わり。スター切れですもう今クリボーにも勝てないわ乙乙。左足を引いて、イデアはアズールから距離を取ろうとした。すると、その腕を力いっぱい掴むものがある。アズールの手だ。そのまま思いきり引き寄せられて顔を上げると、意外そうに目を円くしたアズールがいた。イデアの腕を鷲掴んで白くなった己の指を見、そしてまたイデアの顔に視線を戻すと、次第にアズールはゆっくり、こみ上げてくるものを抑えきれないと言わんばかりに顔中で笑みを形作った。
    「ねえイデアさん、それ、それってつまり……どきどきしたってことで、合ってます?」
     当たり前でしょお、と明後日の方向に向かって呟くと、んぐうとアズールの呻く声がした。ひとつ呼吸を置いて、アズールが特別甘い声を出す。
    「何を言っているんですか。ねえ、解けませんよ、魔法は」
     とうとう彼の腕が背に回されて、思いきり抱き締められる。硬直したイデアの視界の端にコンソールパネルのディスプレイが浮かんでいて、その時計が〇時五分過ぎを示している。
    「こんなすごい魔法、絶対に解けたりしません。解けてたまるもんか!」
     イデアのあごの下に顔をうずめて、アズールが殆ど叫ぶように言い放つ。その声が直接喉を伝って脳天まで響いて、イデアは息を呑んだ。そして恐々と彼の背中に腕を回し、そして意を決して思いきり力を込める。懐で彼が息を詰まらせる気配がしたが、もう止められなかった。アズールの銀色の髪がスタジオのスポットライトを反射してこの世の物とは思えない色に輝いている。それはイデアの目に、さっきまでの朝焼けよりもずっと美しく映った。
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    2022/07/09 18:30:31

    金曜日の魔法

    初出:2020年7月5日(Pixiv)
    #BL #ツイステッドワンダーランド #イデアズ #二次創作

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