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    green resoanance 異変を逃れてイッシュを横断し、西の街に辿り着いてはや幾月。私もいくらか落ち着きました。心身に余裕が出ましたので、ここに私のであったある青年のことを記しておきたいと思います。
      私は以前、ヤグルマの森の片隅で晴耕雨読を日々の生業としておりました。不思議に神秘的な香りのする空地の側に、無粋にもトレーラーハウスを据えて。近くに人が来たのは、たった二回です。一人目は涼しそうな服装をした髪の長い女の子で、二人目は草原と同じ色の髪をした男の子でした。
     どちらの時のこともよく覚えています。女の子が来たときは、空地の方からふいに強い風が吹いてきました。その風は開け放してあったトレーラーハウスの窓から私のもとに届いて、えも言われぬ芳しい香りを運んでくれました。慌てて外に出てみると、空地の方に進んで行ったはずの女の子がいなくなっていました。彼女の踏み歩いた道なのでしょう、地面に生えた草たちが空地の奥に向かって少し頭を垂れ、体から水を漏れ出させて色濃くなっていました。跡は空地のどんづまり、不思議な形に岩が並んでいるところで消えていました。
     怪訝に思ったのですが丁度その時私はハウスでポフィンを煮ているところで、どうしても手を離せませんでした。後ろ髪を引かれる心地はあったのですが、ここで放り投げては大事なきのみが無駄になってしまいます。
     ハウスに戻って火を止めた頃です、私が引き返してくる女の子を見たのは。彼女は真剣な、けれど優しい面持ちで一つのモンスターボールを胸の前に捧げ持っていました。その表情があんまり貴くて、私は結局彼女と森の空地の不思議は追及できませんでした。あの木々の香りの甘い空地も、今頃凍りついてしまっているのでしょうか。
     ごめんなさい、私が本当に記したいのは彼女ではなくて、二人目の青年のことでしたね。一人で暮らしていると、つい心根も独りよがりになってしまうようです。そう、あの森の色の髪の青年のことを、私は忘れられないと思います。

     時期は大体、イッシュリーグでプラズマ団の事件のあった頃から数えて半年と少しだったと思います。その時も、空地から突風が吹いてきました。丁度畑で豆についた虫をとっているところでした。自然、数か月前のことを思い出した私は、今度こそすぐに小走りで広場の方に走っていきました。そうするといくらも近づかないうちに、木々の陰から白い何かが見えたのです。
     驚いて歩を緩め、そろそろ近づきました。その白くて大きな何かは自らほんのり発光していて、身じろいだときに(どうやら生き物であると、この辺りで気付きました)燃え盛る尾のようなものが見えました。
     そうして全貌が視界に入った時、私は言葉を失いました。だってその厳かな白い姿はまるで、私が何よりも好きなイッシュ創生神話に出てくる、あの真実の龍だったんです!輝くやわらかそうな毛並みも、周囲を燃やしてしまわんばかりの眼光も空気を震わす尾の揺らめきも、まさに文字を追ううち私の心に描いた優しく真摯なレシラムそのもののように見えました。
     驚きに声ひとつあげられないでいると、その背中から降りてくる何かがいました。眼鏡越しに目を凝らしてみると、その何かは、草原と同じ色の髪をした白い服と黒い帽子の男の人でした。彼は顔を寄せたレシラムの頬をなで、そしてあろうことか、かの龍をモンスターボールにおさめたんです!
     彼は私に気付くことなく辺りを見回し、手近な木陰で身を休めました。目元は帽子の陰になってしまっていましたが、唇は固く引き結ばれていました。深く施策に沈んだように見える彼に私は声をかけることはかなわず、そっと自分の寝床へ引き返しました。

     翌日も翌々日も、さらにその次の日も、ずっと彼は森の空地にいました。そこから人里に出るにはどうしたって私のトレーラーハウスの前を通らなければ道がないのですが、彼が歩いてきた様子はありません。それにとりポケモンの羽ばたく音も、空地の方からは聞こえませんでした。どうやって命を繋いでいるのか不思議でならなかったのですが、その疑問は数日後に解けることになります。ある日私が空地に近づくと、彼を森のポケモンたちが囲んでいたのです。ポケモンたちは皆木の実や食べられる草、果物や蜜をたっぷり持った花を持ち寄っていました。少し離れた私のところには、ポケモンたちの鳴く声に混じって、彼のお礼の言葉とともだちという単語がかすかに届きました。
     それでも日に日に動き回ることの少なくなる彼に、私はとうとう勇気を出すことを決めたのです。それまでずっと遠くから一方的に彼を見ていて、罪悪感を抱き始めていたというのもあります。私は自分の作った豆や野菜、保存のきくポフィンや栄養のある木の実団子、それから動物の命をいただいた少しばかりの燻製肉を彼のところに持っていきました。彼はその時初めて自分以外に人がいたことに気付いたらしく、驚きながらも小さな声で早口にお礼を言ってくれました。

    「あの、あなたは、人間……なんですよね?」

     わたしの問いかけに、彼は少しきょとんとして、それから難しい顔をしました。

    「そう、僕は人間だ。けどポケモンの名前も人間の名前も持ってない。僕はN。ポケモンはトモダチだ。あなたも優しい人間だねトモダチが怖がっていない。理解ができない……どうして優しい人間と悪い人間がいる? どんなふうに違う? 僕には区別ができない。あなたはずっとこの森に住んでいるんだね。どうして? 町に住む人と森に住む人がいる。ねえあなたは彼女みたいに僕に未来を見せてくれる? いいえ待ってまだ答えを出す時じゃない、僕は考えないと。こうしてトモダチと人間がどうして一緒にいるのか……世界を表す方程式は何なのか。」

     青年は一息に離して、私の肩の向こうの空を眺め初めてしまいました。いくつも疑問を投げかけられて私は困惑してしまったのですが、彼の初夏の葉の色の目があまりにも透き通っていたものだから、無理に答えを探すこともはばかられました。私にはどうにも、彼の目はとても大きな何かを見ているように思えたのです。
     それから、私はNと名乗った青年に定期的に食事を届け、少しだけ彼の話を聞くようになりました。私に分かったのは、青年がとても早口で話すことと、いつでも頭から数字が零れ落ちんばかりになっていること、そしてとても真剣に人間とポケモンのことを考えていることでした。彼の周りにはいつだってポケモンたちが寄り添っていて、時にはレシラムが彼を慈しむように見下ろしていました。Nはいつだって植物と昆虫とポケモンに囲まれていました。
     彼はとても頭がいいのだと思います。きっと彼の目にはそこらじゅうに数式が浮かんでいる。どんなに本を読んで自然とともにある生き方を探ったところで、私には彼の立っている場所に行くことはできないでしょう。彼の真摯さは本当に深いものでした。それは大きな挫折感でしたけれど、私は彼の細長い体に詰まった世界の切り口を分けてもらうことは喜びでした。私は彼の話を聞くのが好きだった。彼が何度も口にする彼女という人のことも、気になりました。
     彼に恋をしていたわけではありません。彼は私を超えた人だった。神秘を目の当たりにする思いでした。彼の目はいつだって世界全てを見通そうとしていました。
     その時期、私は半月に一度街に出る度、以前に増して神話の研究をした本をあさるようになりました。特に建国神話の双子の、それよりも前の伝説を求めて。彼の正体の秘密がそこにあるように感じられたのです。それは直観でした。
     ヒントはゴシップじみたオカルト雑誌のアーカイヴズの中にありました。けれどそれなら、つじつまが合うのです。彼がポケモンたちと話していたように見えることも、彼が深く真摯であることも、彼が半年以上前の、リーグでの事件を報じた新聞に載っていた伝説のポケモンを従えていることも。
     彼が古の王の血を継ぐものであったなら? まるで少女の空想ですが、わたしはその考えにとりつかれてしまいました。古の王様というのは、すべての生ある者の言葉を解し、この世界の真実と理想を求めたとあります。

     Nとレシラムの寄り添いあう姿は、とても美しかった。

     奇妙な想像です。一人きりでいると、空想が過剰になってしまうのでしょうか。私はNが平凡な人の子とは思えません。彼にはポケモンの心が宿っている。彼が強い心でポケモンに歩み寄ろうとしたその結果なのかもわかりません。けれどだとしても、彼にそうさせた運命は、やはり彼が特別な存在であることを示しているように思えて仕方がないのです。
     Nは幾度か、愛という言葉を口にしました。人がポケモンを、ポケモンが人を愛することはどういうことなのだろうと呟いていました。愛が自分の疑問の答えになり得るのかとも。
     彼は、彼の言う「トモダチ」を愛していると言いました。ポケモンはみんなトモダチだと。そしてまた、ぜんぶの人間をトモダチとは思えないと苦しげな顔をしました。けれど時に彼は指を折って幾人かの名前を出し、その人たちはトモダチだと微笑みました。
     彼は愛が分からないと言っていたけれど、きっと彼は愛を知っています。彼は森の木々のようにポケモンを愛している。はじめ、それは盲目の信仰であったのかもしれません。ハトーボーが木の実を取り合っている姿やハハコモリが弱いクルミルを捨てる姿を見て、彼は愕然としていた。けれどそのうちに、そんな光景に怒るんでなく悲しむようになりました。悲しみは愛ある人の心のはたらきです。だからきっと、彼が人間を愛するようになるのはすぐだと、その時思いました。
     今、彼が愛を知ったのかどうかは分かりません。けれど 彼がレシラムに体を預けてひたすら人とポケモンについて考えている姿はとても美しかった。だから私は、彼が奇跡の子かなにかであるように思えるのですポケモンと人がともに愛を願った時にひとしずく落ちた、緑色に輝く奇跡の一滴であるように思えるのです。レシラムは思索に沈む彼を、ひたすら優しく、間違いなく愛を以て見守っていました。

     ある日、Nは姿を消しました。それは異常気象のはじまる直前だったように思います。朝起きて空地に食べ物を持って行ったら、彼がねぐらにしていた一角にポケモンが集まっていた。どんなに探しても、Nもレシラムも姿は見えませんでした。
     私はこう考えることにしています。Nは思索の末に愛を知って、何かをするために、あるいは何かを確かめるために飛び立ったのです。ただ私が願うことは、緑の中で徐々に穏やかな表情を得て行ったあの子が、今もどこかで心を平らかにしていること、それだけです。けれどきっと大丈夫でしょう。彼は人とポケモンが互いを愛し、幸福を祈った時に魂が生まれた子です。きっとそのさだめに助けられて、もしかしたら彼女、と呼んでいた人や仲間たちに助けられて、どこかで元気にやっていることでしょう。いつかこの空の上、白い龍の背に乗って緑色の髪をたなびかせるあの子の姿を見られたらと思っています。
    鶏肉 Link Message Mute
    2022/07/09 17:22:43

    green resoanance

    初出:2012年6月20日(Pixiv)
    #pkmn #N(トレーナー) #二次創作

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