ポケスペまとめ「炭酸グレープフルーツ」
(シルバー、ブルー)
ブルー姉さんの買い物に付き合わされて二時間半、ようやく腰を下ろしに喫茶店へと入った。四人掛けのテーブルに俺と姉さんで向かい合って、荷物はみんな俺の隣に腰掛ける。
「悪いわね、シルバー。長い時間つき合わせちゃって」
「別に構わないよ。ゴールドとかワタルと行くほうが万倍遠慮したい」
なれない冗談を言うと、姉さんは嬉しそうに笑った。
最近、俺が誰かの名前を出したり、冗談をいうと姉さんはまるで母親のように俺をまぶしそうに見る。自分が幸せになるよりも、俺のことを考えてくれて、自分の両親が見つかったということを教えてくれるときもすごく言い辛そうだった。
俺が普通の人間のように振舞えることを俺以上に嬉しそうにしてくれる。そんな姉さんを見ることが俺の喜びだった。どんなにくじけそうでも、俺を見捨てなかった姉さん。ずっと俺の味方だった姉さん。この人が幸せになれるのなら、俺はどんなに辛くても、今度はきっと耐えられる。
この人以外の仲間も、いるんだ、という安心感も、きっとそこに存在しているからだ。
「相変わらずブラックなの? 生意気ねえ」
俺のコーヒーの飲み方をいつもチェックしている。彼女に言わせるとあのグリーンという男は実は砂糖を入れるそうで、それに対して年下組の俺とゴールドは何もいれない。ゴールドは俺と同じようにクリスにミルクくらいいれたらどうだ、としょっちゅう言われているのを見た。
姉さんはというと、グレープジュースで、なんとも想像どうりというか、彼女を具現化したような飲み物で俺はおかしくなった。
「姉さん、似合うね」
「え? な、なにが? ちょっと、なに笑ってるのよ!」
「そのジュースが」
むくー、と膨れた頬を見てさらに俺はおかしくなった。
この人は甘い。同時にいろんな方向にいろんな味を出して、複雑だ。かつて姉さんに「女の人ってよくわからない」といったら、「女の子はもっと難しいのよ」といわれたことがあったけど、それはきっと姉さん自身だ。
甘く、かつ苦く、そして酸っぱい。はじけるのは、炭酸と美しさ。
「鮮明なイエロー」
(グリーン、イエロー)
近いうちに帰る、と伝えたらすぐさま「いつですか?」と返事が来た。相方のレッドの都合によるという返事ともいえない返事をすると、イエローは「そうですか」と抑揚のない声で返す。珍しいな、と思ってグリーンはそんなイエローをつっついた。
「なんだ、俺たちが帰るのが嬉しくないのか」
「すごい意地悪な言い方しますよね、グリーンさんって」
「別に好きでやっているわけではない。癖だ」
「よくないです。そういうの」
そして笑ったイエローの髪が揺れた。今ではあまり帽子を被らなくなって久しい。以前は電話のモニター越しでも必ず被っていた。しかし女の子と正体が割れてからはあまり気負わなくなったようだ。相変わらず「女の子」というより、「男の子」のイメージが強いのは仕方が無いが。
「いつ帰ってくるかもしれないものを待つのは、大変なんですよ」
きっと本音だった。
待っている人がいるから、自分たちは帰ろうと思うのだ。
だけど、やっぱり肝心なことはいつも忘れているのだなあ、とグリーンは感じる。特に自分とレッドに共通するのは、外に出て、危ない橋をわたって、巻き込んで巻き込まれる自分たちのことを想って信じてくれている人たちを具体的に思い浮かべられるくせに、彼らの気持ちにはちょっと遠い。
すまないな、と思っても、それは口に出してはいけないのだ。
同じように、待つということをしていない自分たちがそれは言っては、いけないのだ。
「お! イエロー!! 久しぶり!!」
背後からひょっこりとレッドが顔を出した途端に、金髪は自分と向かい合ったときの意地悪な受け答えを忘れて、ただの「女の子」になった。
「近いうちにトキワに行って、そのあとオーキド博士のところに行くからな!
そしたらイエローにも会いに行くよ」
フロ上がりで首にタオルを引っ掛けたまんま、しかしいつもの人を魅了する笑い顔でイエローに言った。
「はい! 待っています!!」
まったく。相手が違うだけでこんなにも素直なものか。
妹のような少女がやっと相応に微笑んで、結局グリーンも満足してしまったのだった。
「目覚めても君」
(ゴークリ)
意外と、髪質はやわらかいのだな、と目の前にある黒髪に触れて思った。
幸せそうに寝ているゴールドは瞳が閉じられていれば途端に幼く見えて、いつもの好戦的な目がいかに彼をむやみに人の中心に戦いを持ち込んでいるか、そしてまた彼自体が巻き込まれているのかが手に取るようにわかる。
彼のお気に入りの髪型も寝顔の下になっている。クリスは閉じられている瞳へと手を伸ばしたが、届かなかった。しっかりとつかまれて、うわっと声を上げそうになる。
「人の寝顔じろじろ見るたあ、なかなか行儀が悪いんでねーの?」
ゴールドの寝起きで低い声が手にかかる。
「ちょっと、寝たフリなんてずるいじゃない」
「騙すのは十八番なんだ。知ってるだろ?」
そして開かれた瞳は金。吸い込まれるように、瞳が近づいても、彼女はもう逃げない。
「逃げ道などとっくにない」
(サファイア、ルビー)
勝手にあがりこんでブラッシングをしているのはいつものことになってしまった、という事実に昨日フロに入っている最中気がついてサファイアは大声を上げて父親に心配された。
「なんでもないたい!」と叫んでみたものの、次の日にはルビーの母親に呼び出されて一緒に料理をしたりして(そういうことは意外と多い)、そしてひっそりとなにがあったのかを聞き出そうとしていることに気がついてここでもやっぱり「なんでもない!!」と叫んで結局飛び出してきてしまった。
自分の落ち着く秘密基地に来たのに、部屋の中には先客がいて、それも悩みの種の張本人がいて、なにやら編み物をしている。かー、その細い指筋がムカつくったい。
「ルビー、あんたどげんしてここにいるんたい」
「君がママと料理をしていたからボクは邪魔をしないでおこうと思ってここに居たんだけど。一緒にやってほしかった?」
「結構ばい!」
そしてドスンと彼の隣に座った。
なぜだ。隣に座らなくなって、いくらでも座るところはあるのに、なぜなんだ! 自分で自分を追い込んでいる。理由はわかっている。いや、だが、彼が何の反応も示さないのが悪い。自分じゃない。悪いのは自分じゃない。
「サファイア? どうしたの? ちょっと、今日は、なんか、調子が悪そうだけど……?」
「なんでもなか!!」
近づいていると考えていることが知られてしまいそうで、やっぱりサファイアは逃げ出そうとした。野生の血を活かして窓から飛び出そうとしたところをしっかりと手首ごとつかまれて反動で反り返る。そっと支えられて、少ししか身長が違わないはずの、それでも彼のほうが少し高いが故にルビーが上から見下ろしていて
「逃げてばかりじゃ、なんにも解決しないんじゃない?」
と、あの余裕ぶった年に合わない表情で言ったのだ。
カーッと頭に血が上って、「なんで私がこんなこと考えんといけんったーーい!!」と叫んで逆にルビーを押し倒して、形成逆転。
ルビーのほうが、今度は慌てて、ちょっとサファイアとモゴモゴ言っているのを無視してサファイアはルビーに顔を近づけた。
「逃げてばかりじゃ、なんにも解決せんと」
ここで初めて、負けず嫌いの自己中少年はギブアップを野生少女に示したのだった。
「えめらるど」
(ルビー、サファイア)
「どんな子なんだろうね、エメラルドって」
「きっとアンタよりかは真面目ったい!」
ツンとして、いうサファイアに乾いた笑いを返した。あまりにもストレートな彼女に真っ直ぐ答えられなくて、結局またこの子を怒らせている。それでも一緒に居てくれるからつい甘えてしまっているのだけど。
オダマキ博士から連絡を受け、バトルフロンティアへと向かう。
同じ図鑑所有者が他にもいるというのは聞いていたが、実際に会ったことがあるのはここにいるサファイアだけだ。
「うまく、やれるといいんだけど」
こんなことを思うようになったのは、それを聞いて笑ったサファイアのおかげだと思う。
「あたしたちなら、大丈夫!」
彼女のまっすぐさは、僕が僕を信じる理由の一つだ。
「いざとなったら」
(レッド)
絶対などないから面白い。
すでに戦えるポケモンはあと2匹。思った以上の長期戦となった結果に、歯軋りをしつつ、内心のワクワクを隠せない。肩に乗った煤まみれのピカがなにかと思ったのかこちらの顔を覗き込んできた。
「どうする? ピカ。
このまま突破するか、それとも迂回するか。道は二つに一つだ」
もちろんピカが答えるわけではない。それでもピカはレッドの気持ちを汲んだのか、軽く痺れる程度の電流を一瞬だけ放った。全身を駆け抜けたその痛みに苦笑いして、レッドはピカを撫でてやる。
戦う。戦い続ける。
それが自分の運命だとわかったのはいつだろうか。
逆境に追い込まれれば追い込まれるほど、胸が高鳴ってときめきが止まらない。
恐怖すら乗り越えてしまう戦いへのこぼれ続ける強い意思がある。
戦いたい。もっともっと、もっと強い奴と。そしてもっともっと強くなりたい。
もっと上に。もっと横に。
拡大し続ける意識をこの身体の中になど収めておけないんだ。
そんなことを思い、そろそろ休めていた身体を軽く動かし、今まで通ってきたルートを脳内で確認する。この道をおそらくは同じ分程度で外に出ることが出来るはず。
それまで、ポケモンたちの体力が途切れるか、それとも自分の意思が途切れるか。
「それじゃあ、行こうか。
こういうときは、正面突破だ。一気に抜けて、さっさと帰ろう!!」
腰のボールたちも一瞬反応したようだ。
気合代わりに、グローブをもう一度嵌めなおし、立ち上がった。
俺は、戦うもの。最後まで、この意識の果てまで。
「全ての僕を捧ぐ」
(レッド)
さきほどの戦いで負傷した箇所をぎゅうと白い布(常に持ち歩く癖がついていること自体がおかしい)で縛って、レッドはようやっと詰めていた息を吐く。傍にいたピカがその箇所を気にするように腕の近くにやってきたのを頭を撫でて止めた。
「悪いな、俺が足手まといになるなんて」
ないけれど、首をふる黄色いネズミは少し瞳がくすんでいる。疲れてるんだろうなあ、とレッドは思う。10万ボルトにカミナリに、各何回使ったんだっけ? ちゃんと確認しないとなあ。フッシーはここで戦うには大きすぎるし、プテは翼を負傷している。ニョロはここでは技がむいていない。参った。
いや、だが、参るわけにはいかない。
「よし。もうひと頑張りだ。大丈夫。ピカ。またよろしく頼むぜ」
そして少年は立ち上がる。どんな場面でも、自分は戦いぬけることを信じている。なによりも戦い続けなければいけないと思っているし、そして勝ち続けることが自分の使命なのだ。
俺は、戦う者。
誰よりも強くなくてはならなくて、負けては価値がない。死ぬまで、その瞬間まで戦いの緊迫感の中で生き、そのカタルシスを一生背負うことを約束したんだ。
戦いに、全てを預けよう。俺と、俺の仲間たちの。
「遅れてくるのがお約束」
(ゴールド、クリスタル)
連絡があったのに、彼はいまだに帰ってこない。
またなにかに首を突っ込んでいるのではないかしら。
またどこかで誰かと出会ってバトルでもしているのかしら。
今度は、なにか、ピンチかもしれない。
思えば思うほど、心配であり、それでも彼の行動を想像するだけで楽しくなる。アイツの考えることはキテレツで、ハチャメチャで、楽しくて、そして強く。
しつこく帰るときには連絡をしろ、といい続けてようやくそれが慣れてきた最近。帰るよ、という声は、電話越しでは、まるで知らない男の子のようだった。
「まだ寝てないのかよ」
そろりと開けたドアから、嘆息と一緒に漏れてきた声。
「いい加減に、時間には間に合うように行動したらどうかしら、ゴールド」
「時間どおりじゃうまくいかないことだってあるんだよ」
そうして、結局遅れたことを後悔するように、巻いていたマフラーを室内だというのに私にかけた。
「ただいま、クリス。外はよく晴れてるぜ」
「おかえり、ゴールド。私は眠いの」
「じゃあ、いっしょに」
「蹴るわよ」
「ウソです」
「コールミー」
(レッド、ゴールド)
レッドは自分で運転しない自転車に揺られながら、遠慮なく背中に寄りかかって遠ざかっていく夕日を見ていた。運転している背中は少し小さかった。
「もうちょっと」
ゴールドがなにか言っている。ゆったりとした上り坂だが、なれた自分の自転車ではない上に、レッドのものだから少し車高が高いのだろう、漕ぎにくそうにしていながら、彼は一生懸命足を回す。レッドの重さが正直邪魔だと思ったが、乗れといったのはゴールド自身だから頑張って漕ぎ続けるのだ。彼の家まで。
疲れて声がかすれていて、かっこ悪いと思った。
レッドは声の先を促す。
「なに? ゴールド」
「レッドせんぱ、いは」
「俺がなんなの」
「もっと、頼ったって、いいじゃないっスか」
いつも適当なことしか言わないけれど、しっかりツボを付いてくる後輩だ。感心しながらも、レッドは聞き流した。
「もー! 聞いてるんスか!」
「きーてる。きーてる」
「さっきの、答えは!?」
「あれ、質問だったの?」
「そうっスよ!!」
「無理」
即答かよ!! と夕日から伸びる影に怒鳴って、下り坂に差し掛かった。うおっと声が出て、二人は笑った。ブレーキがうるさくなって、ゴールドとレッドの帽子は風圧を感じている。強い風を受けながら、ゴールドはさらに声を張り上げた。
「アンタ!! 俺たちがこんな出しゃばりじゃなけりゃ確実に死んでますよ!!」
直線すぎるゴールドの言葉に、レッドは久しぶりに腹の底から面白くなってしまって、後ろ向きに下る坂道に感じていた恐怖も吹き飛んで、大爆笑をした。ゴールドは背中に聞くその笑い声に気まずさと照れくささを感じてたが、尊敬する先輩が笑っていて、結局今日も彼は悪運強く生き延びているものだから、もうなんでもよくなった。
確実に死んでるような場面は確かにたくさんあったよなあ、なんて、笑うのに疲れたのどをさすりながらかつての冒険を走馬灯のように思い出して、ああ、俺は、いい仲間を持ったなあとしみじみした。後ろにすぎていく風景を見て、まるでこんな簡単に自分の街を通り抜けるとは思ってなくて、自分の人生をまさに振り返っているようだ。知らないうちに知らない街で過ごすことが多くなって、気がついたら知らない街から別の知らない街へと移動して怪我もした、事故もあった、巻き込まれて巻き込んで。あっという間だ、俺の人生。
確かに、早死にするタイプだな。
自分の特性に丁度いい。
キッと心地いいブレーキ音に振り返ると、自分の家の前だった。
「ほら、先輩。着きましたよ。今度は、もっと早くに呼んでくださいよ」
すねているゴールドを見て、可愛いと思った。
グリーンにもこれくらいの可愛げが欲しい。あと、ブルー。
「まあよくあるこった。気にすんな!」
後輩の口癖をまんま返してやると、めったに見れないポカンとした顔がおかしくて、レッドは再び笑い転げる。クリスに見せてやりたいくらいだ。
まだ小さいゴールドを撫でて、レッドは言う。
「ありがとう。でも、心配すんな。大丈夫だから」
「アンタの大丈夫ほど、心配する要素が多いことも珍しいっスよ」
しっかりと逆襲を欠かさないゴールドに、最後に苦笑いするのは、いつもレッドだ。
「たんぽぽ」
(ゴールド、シルバー、クリスタル)
足元に咲くその花をみかけて、なんとなく、足を止めた。キレイな色をして、強く吹く風に吹かれて揺れていた。もう、そんな季節なのかと、実感して、研究所へと戻った。
「おう。遅かったな、クリス」
「久しぶりだな」
ゴールドとシルバーが研究所に来ていたようで、オーキドが笑いながら驚くクリスから資料を預かった。
「まだこの解析作業の期間はあるから、しばらくゆっくりしなさい」
「え、あ、ありがとうございます!」
そして、振り返ると、二人へ駆け寄った。
「おかえり!!」
ゴールドは当たり前のように「ただいま」といったけど、シルバーはそんなこといえそうにもないようだ。それを見て、またゴールドは笑った。
目が合った金目はいつものようにニヤリと笑ったけれど。
「自ら光る」
(ゴールド、シルバー、クリスタル)
「お前は、どうしてアイツと一緒にいるんだ」
外は雨で、ここはオーキド研究所で、クリスはシルバーにココアを出してあげたらよくわからないタイミングでそんなことを言われた。彼によく懐いているニューラが芳しい香りに惹かれて鼻を近づけたら、シルバーの手がパッと鼻を押さえてしまった。
「どうして、って、別に一緒にいるわけでもないけど」
「仲いいじゃないか」
「貴方もね」
そして自分の分のココアに口をつけた。少し苦い。
「俺には、よくわからない」
「私も、よくわからないわよ。ていうか、そもそも貴方がなにを言いたいのかよくわからないわ」
「俺もだ」
そうして、彼は少しだけ微笑んだのだ。
造りのいい顔が少し微笑むだけで雰囲気が全然違う。なんとなく目を合わしづらくなってクリスは窓を見た。
「ゴールドは、よくわからない」
「同感だな」
「でも、きっと私たちが届かない答えに一番近いのは、いつだってアイツなのよね」
無言でクリスの話を促す。
シルバーとはまともな会話が成立することに喜びを見出している。アイツ相手では全然まともな言葉のキャッチボールにすらなりゃしない。元来理論派なために、抽象的な話題が大好きなのだ。答えのないものに少しでも近づけば、周囲の観測地点を広げた気分になる。
「なんでも、単純に見てる。人の話は聞かないけど、洞察力はある。バカなことしか言わないけど、いつも真実を見抜いてる。
私たちは、きっと考えすぎなの。アイツはなにも考えてないけど、いつも回りにまるで真実の粒が舞っているようにそれを引っつかんで見せてくるのよ。私たちには見えないのに、アイツには見えている。それが悔しいけれど、ゴールドの魅力なんでしょうね。
その見えない真実の輝きに、きっと私たちは引かれてるんだわ」
シルバーはココアを飲み干していた。余計にのどが渇いた気がする。
「本能だけで生きてるからな。動物だよ」
「野生だから扱いにくいったらないわよ」
クスリと笑うクリスは可愛かった。
「結局、わかっていることは」
「俺とお前がアイツのことをよく見ているということだ」
バターンと大きな音がして、少年の声が響いた。
「うおー!! 降られた!! びしょびしょだぜったくよー!!
おーいクリス! オーキドのじいさーん!! いないのかー?」
あはは! と笑って、クリスは戸棚の上にあったバスタオルを取った。
「しょうがないヤツ」
そういってトタトタと走っていってしまった。すぐにゴールドとクリスのけんか腰の会話が始まる。それを聞きながらシルバーは日常に浸る。
自分たちは彼に夢中なのだ。彼に救われて、彼のようになりたくて、彼みたいに輝きたいと。自ら発光する、彼の色は、ゴールド。
「夜明け」
(ゴールド、シルバー、クリスタル/年齢操作)
透き通った空の空気にほっぺが切り裂かれそうだ。
近年冬の乾燥に耐え切れなくなってきた曲がり角の肌は、この日のためにしっかりと保湿をしてきたはずなのに、結局外気に触れたらガサガサになってしまった。いまだ薄暗いから見えないだろうとは思うが、よく考えなくても、この後はまた研究所に戻るのでしっかりと顔周辺をマフラーで再度覆った。
「まだかな」
「もう少しだろ。ほら、雲がかかってるから見えてないだけだ。風が吹いてるから、あと一時間もすればきれいに晴れるだろう」
自分の両脇を、風除けのように立つゴールドとシルバーはすっかり自分よりも背が高くなってしまった。ゴールドにいたっては男気と称して短い意外と品のあるショートコートの前は締めておらず、パーカーで首が隠れるからといってマフラーもしていない。女性が寒さに弱いのは全体の筋肉量が男性よりも少ないため、という説を聞いたこともあるので、そこそこいまだ野山を駆けずり回る生活をしているゴールドは当然自分よりも筋肉量があるので自分よりも寒くないのだろうとは思うものの、見ているこちらが寒々しい。
代わりに、シルバーのほうは相変わらず肌色を出している箇所が少ない格好である。首元まである上着の肩につく髪が冷え冷えとした空気に揺れていた。
「始まった」
誰がつぶやいたのかわからなかった。もしかして、自分だったのかもしれない。
始まってからは、気がつかないうちに全員輝きが一定量出るまで黙っているのがいつからかのルールだった。
そして、気がついたときには、大抵ゴールドの手が、シルバーの手が、自分の手を握っているのだ。それは、純粋な、優しさの形として、触れるだけの、包んでいるだけの形だけ作っているような、そんなもの。しかし、それが、クリスは毎年どれほど嬉しいかしれない。年が始まった瞬間が毎年一番嬉しい。今年一年は、今後どんどんその嬉しさから離れていくのが決まっているような寂しさを感じないこともないが。
「今年も、よろしくね」
そして、これを一番最初に言うのは、いつも決まってクリスの役だった。
この手順が、三人を繋げている約束のように。
「おう」
「ああ」
この瞬間だけ、触れただけの手は、申し訳ない程度だが、それでも確かにわかるように力が入れられる。
「優しい歌声」
(ゴールド、クリスタル/ゴークリ未満)
眠かった。忙しい博士に代わって電話を取って、書類を揃えて、ポケモンたちの様子を見て、いつの間にやら助手になって、最近やっと慣れてきたせいか緊張感が切れていたんだろうと思う。とにかく眠かったんだと思うのだ。気がついたときには意識を手放していたらしい。
無音に違和感を感じて、ハッと意識が上昇する。覚醒するのが早いのが自慢で、目を開いたら、目の前にあるカップに気がついた。
触れてみると、ぬるい。中身は真っ白で、表面には膜が張っていた。カップの温度よりかは幾分温かいだろうと判断する。カップは私がいつも使用しているもので、いつだったかシルバーが買ってきてくれたものだ。ブルーさんと一緒に出かけた際におみやげとしてくれた。あとでゴールドが、そのカップを使っているのを見て慌てて出て行くのを発見して、問い詰めると、どうやら色違いを彼が持っているらしい。それはどうしたのかというと、レッドさんがくれたのだと。慌てて行ったのは、事前に話しに聞いていたせいか、シルバーを問い詰めに行くところだった。
どうせブルーさんの入れ知恵で、シルバーとレッドさんは、きっと利用されたんだ。
しかし、私はそのカップを使い続けている。ゴールドも私がそのカップを使っていても何も言わない。ただ、居心地悪そうにしていたのをハッキリと覚えていた。いつもの彼らしくない、そんな彼が、大層愉快で。
再び無音に気がついて、周囲を見回した。先ほど私がつけていたパソコンの電源が落とされていて、そのせいでいつでもなっている体に悪そうな機械音が部屋に響いていなかったからだ。耳は一番近くのその音を拾えなくて無音に聞こえていたのだろう。
すぐ隣の部屋からはいつもどおり博士の研究所にある大きなポケモンたちの保管箇所の音がようやっと耳に届いた。そして、そこから小さい声がしていることも。
ゴールドが、隣の部屋で小さい声で、悪い目つきに似合わず、ピチューに歌を唄っていた。ポンポンと小さく叩かれて、小さいピチューはおなかを定期的に、生きていることを知らせているように上下している。
「野バラ?」
声をかけると、「ぎっ」と変な声を出して、ゴールドがこちらをぎこちなく見た。彼は私の手の中のカップを見ている。
「なんだよ。もっと、寝てると思ったのに」
「ねえ、今の、野バラ?」
背中を叩かれるのをやめてしまわれたことに対してピチューがぐずり始め、ゴールドは彼を膝の上まで引き上げた。
「うるせーな。疲れてんならベッドで寝ろ。なんなら、添い寝してや」
「蹴るわよ」
「殺す気か!!」
先ほどの小さい言葉を思い出して、メロディーを唄ってみる。
ゴールドはやっぱり無視して、ピチューを撫でている。
私の鼻歌に、彼は小さく鼻で笑って、カップを指した。
「冷めるぞ」
むう、と顔をしかめた私の眉間を笑って、ゴールドはもう二度と歌を唄わないというようにピチューをつれて立ち上がった。彼の手には、私と色違いのカップがあった。いつからか、ここに置かれていたのだろう。
電源を切ったのも、忘れていたけれど肩にかけられていた白衣も、冷めてしまったミルクも、彼が用意したのだ。
一体どうして、野バラを歌っていたのだろうか。それは、彼のきまぐれでしか教えてもらえなそうだ。
「冷めたって、飲むわよ!」
そういったら、今日はじめてゴールドが自然に笑った。
「夢見た少年」
(レッド、グリーン、ブルー&サトシ、タケシ、カスミ/若干クロスオーバー)
夢を見たんだ。
少年の。
「で、それがどうしたんだ」
どうやら朝が案外弱いらしいグリーンはいつも以上の仏頂面で朝から基本うるさい俺に向かってガンをつけた。ブルーもしっかり準備しているので、三人の中では珍しい感じだ。
「どうしたっていうかさ、聞いてくれよ。俺さ、あんまり夢って覚えてないほうなんだけどさ」
「そうよね。レッドって、爆睡って感じで寝るものね。夢もみなさそうだわ。寝つきと寝起きがいいから、誰かさんよりはマシだけど」
そういってクスクス笑うブルーをグリーンは今度は睨みつけるけれども、いい加減なれている俺たちはひるまない。オレも一通り笑うと、話の続きを始めた。
「俺とすごい似ている少年だったんだ。いや、俺が夢のなかじゃ違う名前で、でもポケモントレーナーしててさ。しかも相棒はピカチュウなんだぜ」
「あら、お揃いね」
「でも、面白いの。そのピカチュウ。ボールに入るのを嫌がるからずっと連れて歩ってんの、夢ん中の俺」
「あんなのがずっと出ずっぱなしじゃたまらんな。見た目に騙されるなよ」
「だから俺じゃねーっての。夢ん中だっての」
口々に話しながら朝食は終わり、ブルーが三人分お茶を入れてくれた。以前に俺が入れたら不味いと一蹴され、以来ブルーはお茶だけは自分で入れている。食事の支度そのものは俺たちにやらせることが多いので、もしかして料理は苦手なのかもしれないと密かに思っていた。
それぞれのカップを持って、ブルーが一口含むと、俺に視線をよこす。同じようにグリーンも俺を見ていた。
「……俺がはじめて旅に出た頃、同じような年で、同じような格好してた。帽子にリュックに、ポケモン。なんだか、昔の自分を見ているようだった。
バトルが、楽しくてさ。全然弱いんだ。いや、どんどん強くなってるけど、こう、戦い方が、まだまだ未熟で。でも、わかるんだよ、センスあるんだ」
「自画自賛か?」
「ていうか、夢の中でもアンタならそりゃバトルのセンスは当然でしょ?」
「はははは、手厳しいな、二人とも。
でもさ、すごい、嬉しくて。どのポケモンを出そうか、とか。次の技とか。ゲットしたいポケモンとか。覚えさせる技とか。わくわくしてた。夢の中でも。
夢だけはでかくて、毎日楽しくてツライこともあったけど、でも、楽しくて仕方ないっていう、そんな、感じ」
手元を見る。かつて不調となったことのあるわが身を思う。厳しいけれど、それでも俺は、戦い続ける。でも、もともとあったのは、あの夢の世界と同じだったはずなんだ。
楽しかった。
戦うことが。戦いのなかで、いろいろなものと出会って、人とつながって、ポケモンたちと深めあって。今でも、絶対に忘れちゃいけないものだと思う。
「まるで、今が楽しくないみたいね?」
「え?」
「過去のことばかりを振り返るなんて、らしくないじゃないか」
二人は俺を立ち上がらせる。
「アンタは、忘れてないわよ。楽しかったこと」
「お前は、前ばっかり向いてたから勝ち続けてきたんだろ?」
そう。俺たちの出会いも、つながりも、みんなポケモンたちがきっかけだったはずなんだ。お前たちとのこの関係も、楽しいから、続いているんだ。
「うん」
今も、今までも。これからも、きっと。
「楽しい。俺は、ずっと、楽しい。だから、戦ってるんだ」
そういったら、「当たり前」といってはたかれた。
*
「なんか、俺に似ている男の子の」
「ふうん」
「夢なんてよく覚えてるな。俺、起きたら忘れるタイプなんだよ」
そういってタケシは俺にピカチュウと二人分のスープを渡す。かたっぽだけが熱くて(もちろん俺のほうだ)、もう片一方がなんだかぬるいのが指を通じてわかる。
「いや、男の子っていうかさ、ちょっと年上の、かな。そいつがさ、ポケモンバトルすっげえ強いの。俺と同じような格好してたんだけど、目が赤かった。
でさ、笑っちゃうんだ。シゲルにそっくりなライバルがいてさ、そいつらはすごいいいライバルなんだ。うらやましいぜ」
「シゲルはいいライバルかもしれないけど、つっけんどんだからね」
「あれで愛想があったらサトシに勝ち目がないだろう?」
「おい、どういうことだよ、タケシ!!」
「冗談、冗談」
席についてしまったので、タケシからカスミ、カスミから俺へと皿が流れてくる。サンキュ、といって受け取って、ピカチュウにトマトを食べさせてやった。
「なんかさ、バトルって、あんな風にやるんだって、いまさらなんだけど。
すげえ、かっこいいんだ」
「ふうん、素敵な夢ね。寝てる間までバトルのことでいっぱいで、アンタも大概バトルオタクなんだから」
「そうやって好きなことばかり考えてると、そのことをもっと好きになる。もっと、強くなれるさ」
「俺も、強くなれるんだよな」
隣のピカチュウが俺を見た。目が合う。微笑むと、ピカーと笑った。
特別なポケモンばかりを使っていたわけじゃない。俺が大切にしているのと同じように、夢の中でも大切にポケモンたちを使っていた。そいつらのことが好きだから、だからもっと強くしてやろうと思う。もっとすごい戦い方が、そいつに会った戦い方があると見せてくれた。
俺は、コイツらを、活かせてやれているのだろうか。
「当たり前でしょ? サトシがポケモンたちを思っている限り、ね」
「そうそう。料理も、ポケモンも、愛情、愛情。で、どうだ? 昨日から下ごしらえをしたタケシ様のスープは?」
「「トレビア~ン」」
カスミと一緒に親指を立てる。ピカチュウが右手を元気いっぱいにあげた。
あの少年は、きっと、俺の未来に、被ってくる。