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    しおり
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    しおり
    月の細君※注意※

    ・FB2後の時間軸についての捏造
    ・先生が月に愛され過ぎている
    ・自分設定魔法界
    ・いつも通り適当ぶっこいているので真に受けてはいけない
    忘れがたく、また多くのものが失われた墓地での惨劇から七日を数えた日、ニュートはグリンデルバルドに拉致された。
    油断していた訳では決してない。むしろその逆で、恩師であるダンブルドアからも十二分に気を付けるようにと言われ些細な行動ひとつ取るにも警戒を怠ったつもりはなかった。
    しかしこちらの思惑を嘲笑うかの如く、闇の男は再三ニュートの前に姿を現しいとも簡単にニュートを連れ去った。彼奴が拠点としている城へ連れてこられ、現在ニュートはそこでの生活を強いられている。
    城の何処で何をしようと、基本的に誰からも咎められることはなかった。拘束はされず、監視も目立っては付いていないように感じる。城全体に認識阻害の結界が張られているものの、それはどちらかと言えば外敵の目を欺くためのものだ。結界の中から外へ、外から中へ魔法を行き来させることこそ出来ないが城内にニュートの自由を明確に制限する存在はなく、待遇はどちらかと言えば捕虜ではなく客人へのそれに近かった。
    既に手駒を揃えている筈のグリンデルバルドがわざわざニュートを狙った理由については、拐ってこられたその日に本人から説明を受けている。
    ここでのニュートの役割は、クリーデンスを精神的な面で安定させること、らしい。
    闇の男の言葉を聞き入れ、自ら闇の勢力へ下ったオブスキュラスの青年。その身に内包された強大過ぎる力は、ここへ来てから不安定な状態が続いているのだという。自分でも内なるその力を制御し切ることが出来ておらず、このままでは自我の存続も危ぶまれる。取り返しのつかないことになる前に精神を宥める存在が必要だとグリンデルバルドは判断し、その役目に白羽の矢が立ったのがニュートだった。
    ニューヨークで、そしてパリで、グリンデルバルドはニュートがクリーデンスのことを気にかけている様を直接見聞きしている。クリーデンスもまた、ニュートのことを認識している素振りを見せていた為、小さな子どもへお気に入りの毛布を拾って渡す程度の気軽さでニュートを拐いクリーデンスの為に誂えた。
    結果から言うのなら、ニュートが介助したことでクリーデンスの精神は安定を見せ始め、比例して力の暴走も今は鳴りを潜めている。引き換えに、というべきか以降クリーデンスはニュートにべったりと依存するようになってしまった。相手が魔法動物ならば安定を確認次第野生へ返す訓練を始めるところだが、クリーデンス相手だとそうも行かない。
    クリーデンスが何を思って闇の男の元へ大人しく身柄を置いているのか、その事情の全てをニュートは察している訳ではない。クリーデンスからも、そしてグリンデルバルドからも核心に触れる事情は語られず、この状況に甘んじるしか術がないことがもどかしく、同時にニュートは途方に暮れていた。
    この城へと連れてこられてから何度目かも忘れた夜、ニュートはバルコニーの手すりに腰掛けて現在自分の管理下にある魔法動物についての日誌を書いていた。光源は室内から漏れる灯りと、頭上から注がれる月光のみで事足りる。
    大腿の上に乗せた帳面に今日一日の出来事を事細かに書きつけていると、微かな音と共に部屋の内と外を隔てるガラス扉を開けて影のような男がバルコニーへ入ってきた。
    革靴の気取った足音を響かせて悠然と近付いてきた男は、芝居がかった仕草で頤を持ち上げ夜空を仰ぐ。
    「いい夜だな」
    「……僕に何か用向きでも?」
    日誌から視線を上げもせずにニュートがそう呟くと、何がおかしいのか男は喉の奥で笑った。
    「雑談なら他を当たってくれ。見ての通り僕は忙しい」
    「そう邪険にするな、きみの膝の上の子の様子を見にきただけだ」
    男がそう告げると、ニュートの日誌を置いた脚とは反対の膝に乗った重みが身動いだ。自分が話題に上ったことを察したらしく、ニュートの膝元に頭をもたせ掛けていたクリーデンスはうっそりと伏せていた目を開く。ニュートよりも露骨に胡乱な視線を男へ投げるクリーデンスの髪をニュートは優しく指先で梳いてやった。
    特別離れる理由や用事がなければ、クリーデンスは自由になる時間をすべてニュートの傍に居ることに費やしている。ニュートが寝起きする為に与えられた部屋に入り浸り、何をするでもなく体の一部を密着させじっと目を閉じていた。
    信頼できる相手との身体的接触が、今一番クリーデンスを安心させるのだろう。それが分かっているからニュートも好きにさせていた。
    「最近は調子が良さそうで何よりだ。やはりきみを連れてきて正解だった」
    「無理矢理攫ってきたの間違いだろ、言葉は正しく使いなよ」
    ニュートから放たれる棘を隠さない言葉も、この男にしてみれば和やかな談笑に含まれるのだろうか。くつくつと喉の奥で笑う気配がする。
    「きみが我らの同志であったなら褒美の一つでも取らせるところだが、きみは私からの施し等受け取らんだろうしな」
    「欲しいものならある」
    「なんだね」
    「自由。僕とクリーデンスの」
    要求は一笑に付されて棄却されると思っていたが、予想に反し男はふむと思案する素振りをして見せた。
    「私はきみ達をここに監禁しているわけではないのだがね。私個人としてはきみ達に残って欲しいと思っているが、何を選択するかはきみ達の自由だ。ここに居たいと望むならいくらでも居ればいいし、出て行きたいというのならそうすればいい。私は止めない」
    「……」
    それが出来たら苦労はしない、という言葉をニュートは苦い気持ちと共に奥歯で噛み砕き飲み込んだ。
    男の言うように、ニュートが単身で脱出を望めばそれはあっさり叶うだろう。だがそこにクリーデンスを伴わなければ意味がない。漸く安定の兆しが見え始めたとは言え、まだまだ予断を許さない状態のクリーデンスを放って、或いは彼の意思を無視して無理矢理ここから連れ出すのは余りにリスクが高過ぎる。最悪の場合、彼の自我が完全にオブスキュラスと同化してしまうかもしれないのだ。それだけは何としても回避しなくてはならない。
    クリーデンス当人はこの城から出る気が端からなく、そしてニュートもそうあるようにとしきりに懇願してきた。
    故にニュートはこうして未だ城に大人しく留まっている。それがグリンデルバルドの思惑通りだったとしても、今のニュートにはその選択肢を選ぶしか道がなかった。
    「時間はまだ残っている。存分に考えてから答えを出すといい」
    そう言い残し、男は酷く優雅な仕草で踵を返す。去っていく後ろ姿すら一部の隙もない男の背中を睨め付けていると、弱く服の裾を引かれそちらに視線を落とした。
    「どうしたの、クリーデンス?」
    男に投げ付けた硬質な声音とは違う、柔らかく穏やかな声を意識して膝の上の頭を撫でる。ニュートの視点から、黒髪のあわいに垣間見える白い瞼が微かに震えているのが見えた。
    「ここにいて……」
    頼りない肩を抱き寄せ、自分の体温を分け与えるようにゆっくりとさする。
    「大丈夫、僕はきみと一緒に居るよ。どこにも行かない」
    大丈夫、大丈夫とクリーデンスを安心させる呪文を繰り返す。薄い陽炎のように不安定に揺らめく気配が収まると同時に、クリーデンスがニュートの方へ体重を預けてきた。
    「そろそろ寝る時間だね。ベッドへ行こうか」
    優しく促すとクリーデンスは抗わず立ち上がり、ふらふらと夢遊病者のような足取りで室内へ戻っていく。書き終えた帳面を閉じそれに続こうとしたニュートは部屋の中と外の境目で一度立ち止まり、己の背中を絶えず照らす乳白色の月を見上げた。
    月は闇の帳の中で何者にも遮られることなく輝き、夜の主足る風格でニュートを見下ろしている。ぬるい夜風がニュートの髪を撫でて行ったのを皮切りに、ニュートは月から目を逸らすとクリーデンスが待つ室内へ戻りガラス戸を閉めた。
    「今日はきみ一人か」
    顔を上げずともその声の主がどんな顔をしているか分かる。いつものように貼り付けただけの笑みを浮かべてこちらを見ているのだろう。腹の底で何を考えているか等おくびにも出さず、こちらの心を覗き込もうとしてくる色違いの双眸と目を合わせたくなくて、ニュートは本に落とした視線はそのままに低い声で答えた。
    「クリーデンスなら、今日は彼の部屋で眠っているから間違っても起こさないでくれ。ここ数日眠れなくて、さっきやっと寝付いたんだから」
    「分かっているとも」
    分かっているのならわざわざ来るな、と言おうとして止めた。そう言ったところで男がニュートの部屋を気紛れに訪ねることを止めはしないだろうと、経験が語っていた。
    「きみはここがお気に入りなのか?夜毎ここで月光浴をしているようだが」
    「……闇の魔法使いってのは余程暇なんだね、僕の読書を邪魔しにきたの?」
    「私が他の何を差し置いても、きみと話すことを優先したとは考えないのか?」
    思わずニュートの口から渇いた哄笑が漏れた。いつものことだが、この男はニュートの予測を常に裏切った言動をする。
    「冗談キツいな。路傍の石と会話しようとする人間がどこに居るんだ」
    グリンデルバルドにとって、ニュートは道端に転がる石も同然の存在だろう。今はその石に多少の利用価値があるから手元に置いているが、それさえ済めば男はもうその石ころを視界に入れることすらない。
    クリーデンスの容態が安定し、もう心配要らないと判断された時が自分の死期になる。ここに連れて来られた時点でニュートはそれを覚悟していた。
    「きみは己を過小評価するきらいがあるようだな。仮にきみが石なのだとしても、それはただの石ころではなく原石だ。正しく磨き、整えてやれば何より美しい宝石になる」
    「例えばあんたの指を飾るだけの宝石に?それこそ御免だ」
    投げやりに答えながら本のページをめくろうとした時、すっと白い指が視界に入り込んでくる。長く美しい、宝石を纏えば大層映えるであろうその指が、ニュートがめくろうとしていたページを押さえて阻んだ。そんなことをされれば抗議の為にその手の持ち主の顔を仰ぎ見る他なく、ニュートは渋々頤を持ち上げる。
    顔を上げると鼻先が触れそうな位置に男の顔があり、ニュートは内心でしまったと舌打ちした。
    「私とてただのお飾りに興味はないさ。あの男アルバスはきみを原石のまましまい込んでいたかったようだが、私は違う。きみの中の秘められた輝きが見たい」
    天鵞絨のようにしっとりと重い声音で囁きながら、グリンデルバルドはニュートに手を伸ばす。月の光を受け白金にも黄金にも輝いて見える癖毛に指先が触れる直前、ニュートはその手を乱雑に払い除けた。
    「触らないで」
    吐き捨てると同時に眼前の男への興味は失せていて、ニュートは再び手元の本に視線を落とし読書を再開する。すげなく拒絶された男は何故か上機嫌に笑い、大人しく身を引いた。
    「今日のところは従っておこう。おやすみニュート」
    当然ニュートからの返答はなかったが男は納得したように踵を返し、そのまま部屋を出て行った。
    待ち望んだ静けさが戻ったが読書を続ける気力もまた同時に失せ、ニュートは短く溜め息を吐いて静かに本を閉じる。無造作に跳ね回る癖毛をガシガシと掻き回しながら、少しの間目を閉じ俯いていた。
    トランクの中の広大な箱庭の中、我が子同然に愛する動物達の手入れの行き届いた毛並みに埋もれるようにして寝転ぶ男の姿がある。
    上手く動かない体を引き摺るようにして我が子ら全員の給餌を終え、気力体力共に底をついたニュートはかれこれ小一時間程ぐったりと四肢を投げ出し動けずにいた。
    自分の中に満ち全身を巡る魔力が常になくざわついている。動き回れば途端溢れた魔力が暴走し周囲に被害が及んでしまいそうで、先程から体内の魔力を何とか落ち着かせようと努め続けている。だが宥めた端から魔力はまた溢れ、ニュートの体内で解放を求めて暴れ回った。
    明らかに普段と違う母親の様子を心配してか、ニュートの周囲には様々な種の魔法動物が集まり彼の様子を伺っている。そろそろと鼻先を近付けてくる彼らに微笑み返しながら、ニュートは我が子らを優しく撫でた。
    「心配、してくれてるの?大丈夫だよ、今晩だけだから……、ごめんね」
    然して大きくもない声を出すのにもいちいち神経を使う。魔力に過敏な種はそれを察知し少し遠巻きにニュートを見ていた。
    動けない、かと言って寝入ることも難しい。膨張した魔力は本人の意思に関わらず五感の代わりをして周囲の音や匂い、肌に触れる感触を拾い上げては大袈裟に伝えた。とても眠れる状態ではなかった。
    毎度のこととは言え、この感覚に慣れることはこの先もないのだろう。
    いつもは拒まないでいるクリーデンスも、今晩ばかりは部屋に入って来ないよう言ってある。魔力が自由にならない今の状態で、高濃度の魔力の塊とも言えるオブスキュラスと接触した場合どうなるのか予測が難しい。互いの安全の為にも危険な橋は渡らないのが一番だろう。
    動いても支障がない程度にまで落ち着いた頃合を見計らい、ニュートは意を決して慎重に体を起こす。腕と脇腹の間に頭を突っ込んでくる我が子を撫でてやりながら、覚束無い足取りで出口を目指した。
    雑然と物が詰め込まれた小屋から梯子を登ってトランクの外へ。たったそれだけの動作に息を切らせつつも何とか体を引き上げる。トランクの蓋をゆっくりと閉め、丁寧に鍵を掛けた。
    カチリと錠が下りる音を聞き、安堵からどっと力が抜ける。トランクをベッドの下へ押し込んで、ニュートは美しく整えられたシーツを掻き分けながらベッドの上へよじ登りごろりと体を投げ出した。
    カーテンを締め切った薄暗い部屋にニュートの荒い呼吸音だけが響く。横になっても相変わらず苦しかったがどんな体勢でいても結果は同じである為寝返りを打つことは諦めた。
    「辛そうだな」
    氷のように温度のない声に応えることすら今は煩わしい。部屋の扉には鍵を掛けていた筈だが、この城の主たる男には関係のないことなのだろう。
    「……、……出てけ」
    何とかそれだけ絞り出した。部屋の隅の闇が一際濃い場所からくっくっと笑う気配がする。
    「そうか、そういうことか。なんとも因果な生を受けたものだな。ニュート、ニュートン・アルテミス・フィド・スキャマンダー。その名の意味を漸く理解した」
    同情を禁じ得ないよ、と本気なのか何なのか分からない口調で男が呟く。
    「今宵は満月、夜の主の力が最も強まる晩だ。その力の一端を、きみは下賜されている……否、無理矢理注ぎ込まれていると言った方が正しいか」
    コツリと革靴の底が床を噛む音が聞こえる。敏感になったニュートの聴覚はそれが耳元のすぐ傍で鳴らされているように感じた。ゆっくりと芝居じみた動きで、男はニュートが横たわるベッドへ近付いてくる。
    「強大過ぎる力は弱者にとって毒でしかない。月の寵愛は人の身で受けるには些か荷が勝ちすぎる。月と純潔の女神を冠する名を受け皿にしたとしても限度があろうに、よくこの齢まで健常に生きてこれたものだ」
    ぎ、とベッドが僅かに傾き脂汗をかいたこめかみを冷えた指が撫でて行く。確信を含んだ男の言葉に否定を返すことも最早無意味だろう。
    グリンデルバルドの言葉通り、ニュートは月の祝福を受けて生まれた。
    魔法使いの子どもが人ならざる隣人の祝福を受けて生まれること自体は別段珍しいことでもない。ただニュートの場合はその祝福を賜った対象が強大な力を持つ月そのものであったことが問題だった。太陽と世界を二分する二柱の片割れ。大凡一人の人間が受け入れられる存在ではない。
    母の胎からニュートを取り上げた先見の目を持つ産婆からは「成人を無事には迎えられない」とまで言われたという。
    それでも何とか生き長らえさせてやりたいと一族総出であらゆる手段を探し試し用いた結果、ニュートはいくつか難を抱えながらも生まれてからこれまで常人と然程変わらない生活を送ることが出来ている。
    満月の晩にこうして寝込むのも、月の恩寵を受けたが故だ。よく晴れた空に満ちた月が昇る時、ニュートの体は無尽蔵に魔力が湧く泉になる。月光として夜に棲むもの全てに惜しみなく降り注ぐ魔力の一端だ、いくら発散しようが後から溢れて人の魔力の許容量等容易く超える。何もせずにいれば内側で膨張し続ける力に全身が裂かれ絶命して然るべき状態で、それでもニュートが無惨に破裂せずに済んでいるのは過剰に注がれる魔力を逃がす先が明確に存在しているからだ。
    今はベッドの下にしまい込まれているトランク、そこから繋がる広大な空間。大規模な空間拡張、擬似的な大気と天候の制御、更にそこへ生きた動植物を入れて放牧するとなれば維持するだけでもかなりの魔力を常時消費する。
    本来なら一人で管理することが現実的でない広さと環境を難なく確保出来ているのは月からの魔力供給があればこそだった。
    とはいえ一際恩寵の強くなる満月の夜ともなるとトランク内の空間の管理のみで魔力の全てを消費しきることも出来ず、暴発しないよう細心の注意を払いながら徐々に発散する他に道はなかった。
    他人、それも魔力の強い人物と接触すると相手につられて魔力が流出しそうになる。今宵のグリンデルバルドの訪いは最悪のタイミングだった。
    温度の感じられない指先は離れることなくニュートの髪を弄んでいる。歯を食い縛り、体の内から押し寄せる衝動に耐えた。苦しみに喘ぐニュートを、グリンデルバルドは不可解そうに眉を顰めて見下ろしている。
    「堪えず出してしまえばいいものを。何故抗おうとする?」
    「……っ、は、……」
    ニュートは男を睨むだけで答えず目を閉じた。見ることにも魔力は付随していて先程から目の奥がチカチカして眼球の裏側を針の先でつつかれているように痛む。
    ふむ、と男が思案の溜め息を吐いた気配が暗闇の中伝わってきた。どうかこのまま興味を失って部屋から出て行ってくれと願うもそれは叶わず、男が更にベッドの上へと乗り上げてきたせいで体が揺れた拍子に薄く目を開けると視界一杯に自分の上へと覆い被さる男の姿が飛び込んできた。
    「失礼」
    何が、と問う前に顎を強い力で掴まれ男の色のない唇で口を塞がれた。
    「!? っ、ん……ン?!」
    余りに予測の付かない男の行動に口を閉じ損ね、そこから舌が入り込んでくる。咄嗟に噛もうと下顎に力を込めたが顎を掴む手はニュートの咬合力を上回る力で抵抗を殺していた。ならば突き飛ばそうと腕を持ち上げようとするが見えない手に押さえ付けられているかのように動かない。どのタイミングで魔法を使ったのか、油断のならない男から僅かにでも視線を外した過去の自分の軽率さを呪うが今頃気付いても何もかも遅い。
    ニュートが意味を成さない抵抗をしようと躍起になっている間も男は我が物顔でニュートの口腔を支配し始めた。奥へと逃げる舌を引き摺り出し絡め合わせ、更に深く繋がろうと貪欲に食らいついてくる。
    普段の優雅で品を感じさせる所作とは似つかない、ひたすらに奪うばかりの荒々しい交接に呼吸さえままならず、ニュートは翻弄された。角度と深さを何度も変え、時折息継ぎの為にか僅かに唇が離れるが何かを言う暇も顔を背ける自由も与えてもらえずまた呼吸を奪われる。
    「っ……、はぁッ……!」
    漸く暴力的とさえ言える口付けから解放された頃には酸欠で魔法での拘束がなくとも動けなくなっていた。
    二人の間を繋ぐ透明な唾液の糸を舐め取り、グリンデルバルドは二人分の唾液でそぼ濡れた薄い唇を鋭利に吊り上げ獰猛な笑みを零す。
    「味見でこの濃度か。たしかに、これを腹一杯に注ぎ込まれれば多少の身動ぎすら暴発の引き金になりかねんだろうな」
    「……んた、いま、魔力、を」
    「何、ガス抜きのようなものだと思えばいい。寝返りくらいはできるようになったのではないかね?」
    男の言う通り、ニュートの中で出口を求めて暴れ回っていた多量の魔力が減っていた。癪ではあったが僅かながらに余裕が出来たことで今宵初めてまともに息が吸える心地がする。
    「――嗚呼、口惜しいな。私がもう少し早くきみを見出していたならば、その祝福ちからただしい使い方を手ずから教えてやれたというのに」
    実に惜しい、とどうやら本気でそう思っているようでしきりに呟く男の下で何とか半身を起こし、濡れた唇を拭う。いつの間にか拘束は解け、容易に触れられる距離に居る男もこれ以上何かを仕掛けてこようという素振りは見せない。先程と比べると体が破裂寸前の風船にでもなったような圧迫感や苦痛はなりを潜め、今宵一晩くらいの間ならばやり過ごせるだろうと直感が告げていた。
    結果として自身を苦しみから救った男に対し、ニュートは僅かな逡巡の末静かに口を開いた。
    「しばらくは月夜に出歩かないことをおすすめするよ。は嫉妬深いから、僕の味を知った奴がいると気付けばあんたを殺してしまうかも」
    「優しいことだな、私の身を案じてくれるのか」
    「ただの警告だ。もしそうなっても僕は構わない」
    本心からそう告げるとグリンデルバルドは狩りを楽しむ獣のように笑った。
    「やはりきみは紛れもなく月の細君よ。穢れを知らず、孤独に寄り添い、何者にも冷酷でありながらどこまでも慈悲深い」
    夜の闇を体現する男の指先がニュートの頬を滑っていく。ニュートのことを孤独と言う男の方が余程、ニュートには孤高であるように見えた。
    閉ざされたカーテンの向こうの月が、今空のどの位置に浮かんでいるだろうかとニュートは男の肩越しに視線を投げる。厚手の生地のあわいから乳白色の光の筋が差し込んでいるのが見えた。常ならば月の機嫌を取るために姿を見せるところだが、満月の夜は別だ。
    一切の光を遮断した室内ですらこの状態なのだ、直接銀光を浴びれば無事では済むまい。
    人智を超える強大なるものに寵愛されるとはそういうことだ。それらが良かれと思い下す加護が、恩恵が、人の身にとって祝福になるとは限らない。
    まだ調子が戻らずぼんやりとしているニュートを現実へ引き戻すように、顎を掴んだ指に前を向かされる。
    そこには闇があった。
    淀みきり底の見えない泥土に似た闇そのものが色の違う双眸の奥に蹲っていた。闇が直接心を覗き込んでくる。不躾な侵入者を拒もうと心を閉ざす前に、冷えた指先が臓腑を掻き分け心臓を直接撫でたような気がした。
    体の中心が冷えていく。相反して思考は熱に浮かされた時のようにぼやけていった。
    「夜が怖いか」
    「いや」
    「月が憎いか」
    「いや」
    「孤独は寒いか」
    「いや」
    闇の中から繰り返し問い掛けてくる声は優しい。その声の前では己を取り繕う必要はないのだと、言外に許されているような気持ちになる。低く鼓膜に心地良い声音に耳を傾けていると安堵を感じた。
    「きみが望みさえすれば、きみを月から匿おう。安息の闇夜を与えてやれる、私なら」
    差し出される問いに頷いてしまいたい。そうしてしまっても構わないのではないかと、そんな考えが自分の中にあることに気付き驚愕したが、その驚きもどこか遠い。
    きっと許してもらえる、望んだままのものを与えてもらえる。
    考えれば考えようとする程、思考はぼやけて遠のいていく。ニュートは少し長い瞬きをすることで脳内に蔓延する霧を振り払った。
    「……いいや。人は昼に生きて、夜に眠る生き物だ。闇の中に安息はない」
    闇の中でほの暗く輝く二つの目を見返し、ニュートはてらいなく言い切った。
    「あるとすればそれは、あんたが作った幻想の中にしかないんだろう」
    男はニュートの返答を読めない表情で聞いていた。数秒の沈黙が部屋の中に満ちる。男がふっと溜め息に似た笑みを漏らしたことを皮切りにしたように、ニュートの頭の中を覆っていたもやが消えた。
    同時に顎を掴んでいた指も離れ、ニュートは思考を鈍らせるもやの名残りを振り払うために頭を振る。自覚は薄かったがどうやら酩酊した時と似た状態にあったらしい。もやで誤魔化されていた、頭の中を無遠慮にまさぐられたような不快感と異物感が浮き彫りになり思わず顔を顰めた。
    「やはり一筋縄ではいかないか。そうでなくてはな」
    気付けば傍に冷えた気配はなく、声の出所を探して部屋の奥に目を向けると闇から剥離したような姿で男が立っておりこちらを見据えている。
    こちらにそれと悟らせず自分の心の中に踏み入ろうとした男を油断なく睨み付け、ニュートはベルトに差し込まれたままだった杖を手繰り寄せ握り締めた。
    「きみは夜に生きるべきだ。月に見初められて生を受けたその瞬間から、きみは夜の生き物になったのだから」
    男の言葉は抵抗なく鼓膜から滑り込んできてカチリと音を立てて思考にはまり込む。まるでその為に誂えられたもののように。まだこちらの心をこじ開けようとしているのかと、ニュートは杖を握る手に力を込めた。
    「夜道を一人征くのは寂しかろう、私はきみの手助けをしてやりたいだけだ」
    闇の奥から恭しく手が差し伸べられる。カーテンの隙間から射し込む月光に照らされて、幽鬼のように白かった。
    「月はきみを手放しはしない。例え純潔を喪おうと、きみがきみでさえなくなったとしても。夜の主にとっては些事よ。きみはこの先ずっと、月の呪いに身を窶して生きていくつもりなのか?」
    優しげな声音の中、『呪い』という言葉だけが硬質に響きニュートは知らず息を潜めた。
    月からの祝福が呪いだと、そんな風には考えてみたこともなかった。考えないようにしていた、という方が正しいかもしれない。
    「私が夜道の歩き方を教えよう。執着のない夜を、闇に揺られて眠る心地好さを、きみはずっと前から求めていた筈だ」
    否定は出来なかった。その思いは幾夜もニュートの思考を支配したものであったからだ。
    自分にだけ課せられたいくつもの制約、満月の夜毎訪れる逃れられない苦痛。ニュートの意思に関わりなく見舞われるそれらはすべて、月が自分を愛したが故に与えられるのだという。何故自分が、と嘆いた回数は最早覚えていない。
    「……ああそうだ。ずっと思ってたよ」
    ニュートは力の限りに握り締めていた杖から指を一本ずつ剥がしていった。鞣された革のように手指に馴染む表面を撫で、柄をしっかりと握り直す。
    「夜が嫌いだった、月が憎かった、一人が怖かった。――でもそれはすべて過去のことだ」
    言い終えると同時にニュートは杖の矛先をグリンデルバルドへ向けた。ある程度この展開を予測していたのか、男が目に見えて狼狽することはなく、突き付けられた切っ先を認め示した反応は緩慢にひとつ瞬きをしただけだった。
    ニュートの行使した魔法がグリンデルバルドへ向けられたものだったなら、それは男に届く前に黙殺されていたことだろう。しかしニュートの狙いはグリンデルバルドではなく、彼のすぐ傍で垂れ下がり部屋を月から覆い隠す役目を全うしているカーテンにあった。
    ニュートが杖を引くとカーテンが大きく左右に開く。薄暗かった室内は大きく取られた窓からなだれ込む月光によって俄に明るく照らし出された。闇の男も例外なく。
    「!」
    冷たい銀の光に触れた男の手が突然何の前触れもなく発火する。青い焔は獲物に狙いを定めた蛇のように手から腕を伝って這い登り、瞬く間に男の顔にまで燃え広がった。グリンデルバルドは咄嗟に月光から顔を背け、その場から飛び退いて影の中へ逃げ込む。皮膚が焼け肉が焦げる臭いがニュートの位置にまで届き、微かに眉を顰めた。
    月光が直射しない場所へ逃げれば焔は数秒もしない間に火勢を弱め掻き消えた。グリンデルバルドがゆっくりと顔を庇っていた腕を下ろすと、月光を浴びた顔半分が無惨に焼け爛れているのが見て取れる。皮膚はその惨状であるにも関わらず男の纏った服に延焼の痕跡は認められず、肉を持った存在のみを明確に焼却しようとする意思が伺えた。
    ニュートが油断なく男の一挙手一投足を見極めようとしている前で、グリンデルバルドは延焼から免れた方の腕で焼け付いた顔の右半分と右腕を撫でる。患部を撫でる左手の下から現れた皮膚は、数瞬前の血の通わない色と余分な起伏のない滑らかな美しさを取り戻していた。
    あの焔をニュートは過去に何度か目にしたことがある。迂闊にも月の出ている夜にニュートに対し悪意を持って害そうとしてきた者や下心を抱えて接触しようとした者を、青い焔は例外なく、須らく燃やし尽くした。
    あの焔に焼かれた場所は治癒魔法を用いたとしても回復が遅く、また癒える過程で酷く痛むものの筈だったが男は痛みを堪えているような素振りは見せない。ただ感情が抜け落ちたような無表情で襟を正している。
    それを察し、ニュートはそれと悟られない程度に口の端を引き結び下唇を固く噛んだ。眼前に変わらず立ち続ける男もまた、人智を超えた存在であったことを思い出す。
    これは人の形をした闇だ。
    「嗚呼、なるほど。厄介な」
    「分かったならこれ以上近付かないでくれ。僕を使って力を利用しようと思ってるのなら、その考えははやめに捨てた方がいい。次はきっと容赦してもらえない」
    は嫉妬深い。自分のお気に入りに手を出されることを酷く厭う。友情であろうが恋情であろうが、敵意であろうがには関係がなかった。ニュートへ必要以上の執着を見せる相手の存在を許さなかった。
    今の焔は警告だ。
    他者が自分のお気に入りに手を出せばどうなるかを示唆している。寵愛の受け取り手であるニュートにも、それをコントロールする術はない。それを知って尚恐れず踏み込むというのなら、その先には相応の結果が待ち受けているのだろう。
    「そうか」
    それでもグリンデルバルドが怯む気配はなかった。そう見せないようにしているのかもしれないが、超然とした男の本心等ニュートに推し量れる筈もない。
    「忠告痛み入る。だがきみを諦めたわけではないよ、ニュート」
    「どうしてそこまで僕にこだわるんだ」
    「言っただろう、きみは原石。私は私の手できみを研磨し、切削し、その真なる美しさを見出したいのだ」
    「理解できない」
    「今はできなくとも、いつか必ず私の言葉が真実だと分かる筈」
    その時を楽しみにしているよ、と男は言い残し闇に溶け入るように姿を消した。気配を追おうとしたがそれもすぐ叶わなくなる。
    どれ程の間動かずにいただろうか、部屋に自分以外の者がいた名残すら感じられなくなった頃、漸くニュートは自分の意思で動くことが出来るようになりベッドの上で脱力した。
    力を失った手指の間から、握り締めていた筈の杖が零れ落ちていく。染み一つないシーツの上に投げ出され転がる杖を横目で眺め、指先で強く目頭を揉む。極度の緊張から解放され、引き換えに酷い疲労がニュートの体を支配していた。
    長い間家族以外に知る者の居なかった秘密を知られてしまった。恐らく、最も知られてはならない類の男に。
    興味を持たれれば不味いという危機感があったからこそニュートはわざとあの男に月の力を示して見せた。人が扱うには過ぎた力だと理解しなければあの男は諦めないだろうと思っての行動だったが、甘かった。
    グリンデルバルドは人智を超える力すら我がものにしようとする貪欲さと、多くの場合それを実現可能な強大な力を有している。
    月の力は一時的とは言えグリンデルバルドに傷をつけた。それはあの男の興味をそそるのに十分な事由だったということだろう。
    ニュートは決定的にグリンデルバルドの気を引いてしまった。
    グリンデルバルドの傘下に入らないニュートに今後待ち受けているのは洗脳か、拷問か、或いはもっと別の何かか。あの男がどの手段を選ぶにせよ、ニュートは何らかの手段でここから脱することが出来る日がくるまでそれらに屈さず耐え続ける他ない。
    せめてその矛先が自分にだけ向くことを祈る。トランクの中の我が子らや今は傍に居ないクリーデンスを利用しようと闇の男が思い付かないことを、夜の闇を引き裂き白々とした銀光を注ぐ月に請い願う。皮肉なことだが今のニュートに縋れる先は月しかなかった。
    月は応えない。ただ夜空の只中に座し闇に染む地上に分け隔てなく光を注いでいる。
    もう一度杖を振りカーテンを閉め、ベッドに体を投げ出し枕に顔を埋めた。体の奥で魔力が波打つ気配がする。湧き出る魔力がこぼれてしまわないよう、腹を抱えた体勢で丸まってニュートは目を閉じた。
    一晩で余りに色々なことがあり過ぎた。体も精神も疲れていて、程なくして睡魔がやってきてニュートの足首を掴む。
    それに逆らわず意識を手放そうとした時、誰かに髪を優しく撫でられたような気がしたが、その正体を探る間もなくニュートは夢も見ない無意識へと引きずり込まれていった。
    亮佑 Link Message Mute
    2022/11/12 12:12:28

    月の細君

    pixivからの移設です
    #ファンタビ #グリニュー

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