イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    媒鳥は鳴かず_前此度の依頼は個人でなく、都内の地下鉄を運営する民間企業の情報統括管理部を名乗る者から寄越された。
    依頼者の属する部門は表向きは地下鉄運営に関わるデータ解析や情報収集等を行っているが、同時に管轄下にある路線、車両、駅等で発生した心霊的、及び科学的な結論の出ない事象への原因究明、再発防止のための対処を担当しているという。
    依頼内容は現在地下鉄某駅にて限定的に発生している怪異の調査、可能であればその解決。
    怪異は深夜、そしてプラットホーム内の利用者が一人であることを条件に発生する。被害者はその日の最終便を待っている乗客だ。アナウンスがないままホームに入ってきた電車が目的の便であると勘違いし乗車した客はそこから一晩行方が分からなくなり、乗車した駅とは関連性のない駅で放心しているところを発見されている。
    怪異に遭遇した乗客は皆口を揃えて「よく覚えていない」「話したくない」と主張し、怪異の詳細は不明な部分が多い。
    駅構内の監視カメラには電車に乗り込む乗客の姿が写っているが、その時間、その路線に対象の駅に停止する便は存在せず、また発車後遠隔から車両を追跡することもできない。
    職員が実際に乗り込むために張り込んでも、複数人が待機していると絶対に発生しない上、更に職員では一人で待機していても遭遇出来ないようだった。
    現時点で判明している発生条件以外にも把握しきれていない条件があるのかもしれないが、職員が接触出来ないために調査が難航しており前述した以上のことは分かっていない。
    職員でなく外部の人間なら或いは、という結論に至りKKの元へ調査依頼が舞い込んだのだった。報酬も十分に支払われるとのことで、KKはその依頼を受けた。
    しかし、一週間毎晩件の駅で単身張り込んだが、釣果は全くなし。KKは怪異の発生条件を満たさなかった、ということなのだろう。
    KK曰く、駅やその周辺に何かしらの気配は感じるとのこと。気配は地下全体に霧の如く薄く蔓延しており、丸ごと祓うには規模が大き過ぎるし現実的でない。やはり姿を現したところを捕まえなければ根本的な解決は難しそうだった。
    依頼者から提供された情報の中に、これまでに怪異に遭遇した可能性のある乗客の大まかな集計が含まれていたが、これも突出した共通点があるわけでもなかった。
    あえて挙げるとするなら、十代〜三十代の比較的若い層、かつ女性が多いように思えるが、どちらかと言えば、と頭に付けざるを得ないような傾向でしかない。数は少ないがKKと同年代の男性も怪異に遭遇している。
    「絵梨花が行きたいって」
    「駄目だ」
    「分かってるわ」
    凛子は遅々として進まない状況と、自分にも一枚噛ませろと暴れているらしい絵梨花の手綱をどうにか握ることに疲弊している様子だった。
    例の事件の最中、絵梨花も凛子も命を落とした。だが時間から切り離された空間という類のない特殊な環境が幸いし、時間と手間はかかったが霧散した肉体と乖離した魂を繋ぎ止めることに成功した。絵梨花は事件発生当時の記憶が抜け落ち、凛子も以前と比べ無茶の利かない体になったが、それでも死からの生還は十分奇跡と呼んで遜色ない結果だろう。エドとデイルが事件後からの数ヶ月をほぼゾンビのような不眠不休で尽力し続けた末の成果である。
    KKは一ヶ月程音信不通が続いた後何の前触れもなく戻ってきた。肉体については凛子たちと同様に復元の目処が立っていたが、肝心の魂の行方が分からず蘇生を諦めるべきか議論されている最中の帰還だった。暁人の体から出て行った後、疲弊し摩耗した魂を回復させるため龍脈に潜伏していたらしい。
    更にそこから半年後、長らく昏睡状態が続いていた麻里が目を覚ました。暁人は病院からその報せを受けた時、余りの驚きと喜びで自宅アパートの階段から転げ落ちそうになって死にかけた。
    目を覚ました当人曰く、夢とも現実ともつかない場所で、動けない自分を両親が世話してくれていたという。両親からの手当てが実を結び、日に日に容態は良くなっていった。時間の感覚は曖昧だったが、ある日母から「もう大丈夫」と告げられ、父に導かれながら示された道を進んだところ気付けば現実の病院のベッドの上に横たわっていたらしい。
    麻里の奇跡的な生還に対するKKたちの見解は、暁人と麻里の両親が自分たちの転生の順番を遅らせることと引き換えに、麻里を冥府の手前の世界から帰還させたのではないか、とのことだった。真実は分からない。麻里は日に日に夢うつつに見た世界のことを思い出せなくなってきている。ただ唯一はっきりしているのは、麻里は確かに生きているということだけで、暁人にはそれだけで十分だった。
    元々般若を追っていたチームに暁人と麻里を加えた面子で、現在は心霊及び妖怪関連専門の探偵事務所としてひっそりやっている。エドとデイルは郷里に一度戻り般若の件の後始末に追われているらしい。
    「つくづくとんでもないことをやらかしてくれたよ、彼は」とたまの定期連絡でエドがぼやいていたと聞いた。
    彼らがいつか日本へ戻ってきた時今の人数では手狭になるからと、元のアジトを引き払い一回り広い部屋に移転させた。
    KKはまたアジトに住み着くつもりだったようだが凛子に強制的に追い出されていた。渋々アジトのすぐ近くに部屋を借りたが、基本的にアジトに入り浸りで借りた部屋には寝に帰るだけの生活をしている。
    「今晩から僕が行ってみるよ」
    暁人の提案にKKも凛子も余り良い顔はしなかったが、明確に反対はされなかった。
    今回、調査開始当初からKKが怪異に介入できない可能性は想定されていた。怪異が職員を忌避し、怪異の存在を知らない、知っていても対処する術を持たない一般人を意図して狙っているのだとしたら、KKが張り込んだ場合にも同様の反応をすることは予見できる。その場合「怪異に対し何の自衛手段も持たない一般人」として、暁人が調査を引き継ぐ、元からそういうことで話がついていた。暁人は全くの無知無力という訳ではないが、KKに比べればまだ一般人に毛が生えた程度の力しか持っていない。今アジトに詰めている面子では暁人が適任と思われた。
    これまで怪我や神隠しと言った実害に遭った乗客は存在しない。危険度は然程高くないと予想されるが、さすがに何が起きるかもはっきり把握出来ていない怪異に絵梨花や麻里を向かわせるわけにもいかない。暁人もこの選択に異存はなかった。
    「悪いね、本当なら私が行くべきだけど」
    「無理すんな、凛子。ここからサポートだけしてくれりゃいい」
    「不便な体になったもんだわ」
    「オレたちは生きてるだけ御の字だろ」
    異界とも呼ぶべきあの夜から生還してから此方、凛子は内臓に機能不全を抱えてしまい、現在は服薬でその症状を抑えている。激しい運動、心臓に負荷がかかる行動や環境は、最悪彼女の命にも関わってくる。そのような事由から止まれずデスクワークと遠隔からのサポートの殆どは凛子の担当になった。以前と比べ自由の利かない体に、凛子はたびたびストレスを感じている様子だ。
    「凛子さん、サポートよろしくお願いします」
    せめて彼女の働きに対し誠実であろうと暁人が頭を下げると、凛子は溜め息を吐き頷いて見せた。

    深夜の駅は、昼間よりも広く、そしてどこか寒々しさを感じる。
    天井に等間隔に設置された電灯は煌々と輝き眩しいくらいだが、静けさの中自分の足音だけが響き渡るのは少々不気味だ。
    暁人はホームに設置されたベンチに腰掛け、携帯端末でKKと連絡を取る。KKは駅の近くに待機しており、何かイレギュラーが発生した際には即座に駆けつける手筈になっていた。
    「KK、着いたよ。今からホームで待ってみる」
    「異変がなくても二時間で引き上げてこい。それ以上は駄目だ」
    「どうして?」
    「地下ってのがそもそも地上から落ちてきたものが溜まって澱む。澱が溜まれば穢れになり、穢れは近しいものを引き寄せる。長く留まれば今回の標的とは関係ないものが寄ってくるかもしれん」
    「分かった」
    通話を終えれば件の電車が来るまで特別やることもない。暁人はぼんやりと時間が過ぎるのを待った。何もせずただ座して待つだけというのは手持ち無沙汰で、普段じっくり見ることもない路線図や広告を眺めてどうにか時間を潰した。
    三十分が経過し、一時間が過ぎた頃には、最初に感じていた緊張感も途切れ始める。
    今夜は来ないのだろうか、それとも自分は出現条件を満たしていなかったのだろうか、そう疑い始めた時遠くから電車の走行音が聞こえてきた。
    「!」
    ぱっと顔を上げ、音の方向を注視する。程なくしてホームにゆっくりと電車が滑り込んできて暁人の前に停車した。普段通りに扉が開くが、アナウンスはない。電車の発着時刻を知らせる電子時刻表も何も表記しておらず、暁人は慎重に椅子から立ち上がり電車へ近付いた。
    一歩ずつ距離を詰めながら、握り締めていた携帯端末でKKに短くメッセージを送る。
    「電車がきた。今から乗り込む」
    返事は待たず、暁人は車両に足を踏み入れた。暁人を乗せると程なくして扉は閉まり、停車の時同様ゆっくりと電車が動き出す。暁人が待っていたホームはあっという間に遠ざかり、窓の外は高速で移ろうトンネルの壁に覆い尽くされた。
    見渡した車両内は無人でがらんとしている。座る気にはなれず、暁人は扉脇の支柱を掴んで立った状態のままこの電車の行く先を確認することにした。足の裏から車両が線路を噛む細かな振動が伝わってくる。行き先を告げるアナウンスがないこと以外、見た目は普段乗る電車の様子と何ら変わりはない。これでは間違って乗車する人も出ようというものだ。
    下手に動き回らずじっとしているべきか、この怪異の中核を探し出すべきか。一先ず車両を移ってみるかと一歩前方へ足を踏み出そうとした瞬間、後ろから腕を掴まれた。
    ぎょっとして振り返るが誰もいない。しかし確かに二の腕の辺りを何かが掴んでいる感触がする。不気味に思って不可視の存在を振り払い、急いでその場から移動しようとすると今度は胴体に何かがまとわりついてくる。
    感触を例えるなら、否、腰の辺りに巻きつくそれは明らかに人の腕だ。
    ぞっと鳥肌が立ち乱雑に振り払うが、いくら振り払っても手首や肩を押さえつけられ、上手く振り切れない。
    「……っ!」
    気味の悪さと人の手らしきものに触られる嫌悪感から叫ぼうとした口も掌らしきものに塞がれた。
    すぐ背後に何かの気配があるが、振り返ることも出来なくなる。その場に立ち続けることすら、最早自分の自由意志ではない。全身に嫌な汗が滲んだのと同時に、暁人は項に生暖かい呼気が吹き掛かるのを感じた。

    頭の中が靄が掛かったようにぼやけている。時間の感覚も、自分が今どこに居るのかも分からない。手の中の携帯端末が震えているが、だからといってそれに対して何かアクションを起こそうという気になれなかった。画面に表示されている文字列は頭の中を素通りするばかりで意味は浸透してこない。
    遠くから足音が近付いてくる。声も聞こえる。すべて分厚い壁越しに聞いているようだった。
    「暁人!」
    肩を強い力で掴まれた瞬間、突然周囲の全てが明瞭になり暁人はびくりと体を震わせた。見覚えのある男が、駅のホームのベンチに座る自分を覗き込んできている。
    「オレが誰か分かるか?オレの本名言ってみろ」
    「知らない」
    「よし正気だな」
    「よく考えたら知らないのおかしくない?」
    「今更だろ。それよりオマエ、無事なら電話くらい出ろ。凛子にオマエの位置情報辿らせてやっと見つけたんだぞ」
    「ここはどこ?」
    KKが告げた駅名は暁人が乗車した駅からどう考えても物理的に繋がっていなかった。時刻も始発が間もなく動き出すかといった時間帯で、暁人は困惑する。
    「電車に乗ってからの記憶はあるか」
    「……うん」
    「怪異の正体は見当つくか?覚えてる特徴でもいい」
    「正体……」
    昨夜の記憶を思い返すと、鳩尾の辺りにじわじわと膿のような感情が滲み出してくる。嫌悪が表情にも出ていたのだろう。KKはホームの椅子に座る暁人の傍らに片膝をつき暁人の顔を覗き込んできた。
    「何があった?」
    静かに問われ、口を開こうとしたが途端に強烈な抵抗感がせり上がってきて歯を食い縛る。
    「……言いたくない、って皆が言う理由が分かった」
    KKの顔から目を逸らし、暁人はうっすらと人の手形の痕が残っている自分の手首を眺めながら呟いた。
    「……、触られた。なんていうか、『そういう』感じに。姿は見えなかったから、正体は分からない。でも人の手の感触と息遣いは感じた。数えきれないくらいたくさん」
    出来るだけ感情を乗せず淡々と、記憶している事実だけを述べた。電車内で自分がされたことを親しい相手に告げるのは酷く抵抗があった。
    これまで怪異の本質が秘匿され続けてきたのには、発生条件が限定的なこと以外にもそういった理由があるのだと暁人は気が付いた。
    多くの被害者は怪異の存在等知る由もなく、自分が遭遇した現象を夢か何かだと結論付けるだろう。駅員に何があったのかと聞かれても、まさか「夢の中で痴漢に遭った」とは言えまい。
    暁人は深夜のホームに停車する電車が怪異だと知った上で乗り込み、停滞している調査を進展させるためには、自分が遭遇したすべての出来事を包み隠さず報告すべきだと割り切ったからKKに話すことが出来ただけだ。もし私生活でそれと知らず遭遇していたとしたら、暁人だって誰にも告白出来ずにいただろう。
    「分かった。言いにくいことを言わせてすまなかったな」
    「これで調査は進みそう?」
    頷くKKを見て自分の努力が実を結ぶことを知り、暁人はほっと肩の力を抜いた。

    これで依頼も漸く達成出来るかと思われたが、そう簡単にはいかないようだった。
    電車の怪異の正体は地下鉄を利用する人々の残留思念の集合体である。地下空間に停滞し、混ざり合った思念は自我――凝縮された欲望と言うべきか――を持ち、特に強い本能的欲求である性欲を発散すべく怪異に変化した。被害者層の絞り込みが出来ないのは混ざり合った思念が別々の嗜好を持って標的を選ぶからだ。
    怪異の本質は臆病、そして狡猾。電車に乗せる対象が自分に害を及ぼす可能性があるか否かを嗅ぎ分けることが出来、自分に害を及ぼす対象、つまりKKや職員の前には決して姿を現さない。
    車両に誘い込んだ標的を取り囲んで抵抗出来ないように押さえ込み、強制的に性的な接触を持つ。満足するまで弄んだ後は標的を別の駅へ放棄し姿をくらます。
    概ねそのような行為を此方が把握しているだけでも何十回と繰り返している。
    今は職員を対象の駅に常駐させることで怪異の発生を抑止しているが、いつまでもこのままというわけにはいかない。早期の決着が求められた。
    「KK」
    「駄目だ」
    「まだ何も言ってないよ」
    「大体予想がつく」
    夜半のアジトで、暁人は張り込みの準備をしているKKの後について回った。KKは連日怪異の発生現場である駅に張り込んでいるようだが、成果は芳しくないことは聞かずとも分かる。
    「言ってもないのに決めつけるなよ」
    「……言ってみろ」
    「僕がもう一度行く」
    「却下だ」
    「なんで!」
    不満を漏らすとKKは突然立ち止まり、此方を振り返りざま下から掬い上げるように暁人を睨んだ。
    「オマエにはオレがクソ痴漢どもの巣窟にオマエを投げ込むクソ人間に見えてるらしいな」
    「行くのは僕の意思だ」
    「かもな。それをオレが許可するとでも?」
    「だからこうして交渉してるんじゃないか」
    「じゃあ交渉は決裂だ。家帰ってちゃんと寝ろ、あんまり夜中にほっつき歩いて妹に心配かけるなよ」
    「KK!」
    余りに聞く耳を持たない態度のKKに抗議の声を上げると、彼は面倒臭そうな態度を隠そうともせず頭を掻いた。
    「予言するが、オマエはその選択を絶対に後悔する。やっぱり止めときゃ良かったって後から思っても遅い。オマエが傷付くのが目に見えてるから止めてるんだ。言っとくが、凛子に言っても無駄だぞ。アイツも同じ考えだからな」
    「でも、だったらどうやってあの怪異を捕まえるんだ?ずっと逃げられてる」
    「今こっちで考えてるところだ」
    KKはそう主張するが、暁人から見て現段階で良い案が浮かんでいるようにはとても見えない。彼の主張は理解出来るが、納得出来るかどうかはまた別の話だ。
    「……最初は僕が行くの止めなかったのに」
    「ああ、今となっては行かせたことを心底後悔してる。証言だけで電車に化けて乗客をからかういたずら好きな狐狸妖怪の類だと決めつけて疑わなかった。オレの失態だ、正体が分かってたらオマエを行かせたりしなかった」
    「ちょっと触られただけだ、暴力を振るわれたわけじゃない。それくらい我慢できる!」
    「強制わいせつが暴力じゃないとでも?」
    「それは……」
    「大人には子どもを守る義務がある。同業者である前にお前は庇護対象だ」
    「もう成人してる」
    「この間まで未成年だったガキだオマエは。自分がやろうとしてることがどの程度危険かも計れないなら関わるな」
    「な、なんつー頑固おやじ……!」
    あらゆる感情が沸騰した湯のように喉元から溢れそうになり、暁人は咄嗟に口を噤んだ。感情をろ過せずそのまま口に出せばきっと心にもないような言葉が飛び出してしまうと感じての判断だった。
    黙るのは負けを認めたようで悔しくて堪らなかったが、自分はKKを傷付けたい訳でも言い負かしたい訳でもなく、ただ単純に役に立ちたいだけなのだと激情で目眩のする頭で必死に自分に言い聞かせた。
    「……話は終わりだ、気を付けて帰れよ」
    暁人から反論がないと判断したKKが踵を返し部屋を出て行こうとする。
    「まだ話は終わってない!」
    上手く声量をコントロール出来ず想像より大きな声が出た。感情のまま怒鳴るのでは彼に言われた通りただの子どもだと、深呼吸をしてどうにか強張る体から力を抜く。
    「……たしかに、KKから見たら僕は子どもかもしれないけど、子どもにだって意思はあるよ。KKが僕を守ってくれるみたいに、僕もKKの役に立ちたい。その気持ちまで無視しないで」
    頑なな相手にも聞き入れてもらえるように、静かに懇願する。
    「危険なことは分かってるよ。この間よりひどいことされるかもしれないし、やっぱり止めておけば良かったって後悔するかもね。でも、何も行動しなくても僕はきっと後悔する。しなかった後悔よりした後悔の方がいい。それに、あの怪異をこのままにはしておけないだろ。長引いたら被害者が増える。僕は駄目で、知らない人が被害に遭うのはいいの?」
    「……暁人」
    「僕はもう、あの夜みたいにKKの役には立てない?」
    自分で言いながら気分が落ち込んできて、暁人は床に視線を落とし俯いた。
    「違う、これはオレの」
    KKは途中で言葉に詰まり、言葉を絞り出そうとしていたようだったが結局、真に言いたいことは喉から上へは出てこなかったようだ。
    「くそ、口ばかり達者になりやがって……」
    頭を乱雑に掻きむしり、KKは大きく溜め息を吐いて暁人に向き直り口を開いた。
    「分かった。今夜はオマエを連れて行く。が、いくつか条件がある。それを守れ。必ず。約束できないなら連れて行かない」
    「分かった、約束する」
    暁人がぱっと表情を明るくさせたのとは対照的に、KKは渋面を作っている。
    話が終わったのを見計らったようなタイミングで扉をノックする音が響き、暁人とKKは同時に音の出所の方へ顔を向けた。
    「……決着はついた?お二人さん」
    いつの間にか二人が居たリビングと作業部屋を仕切る扉が開いており、そこに寄りかかる姿勢で凛子が立っていた。
    「白熱するのはいいけど、時間考えなさい」
    「ごめんなさい、気をつけます」
    暁人は素直に謝罪する。凛子は暁人に向かって片方の口角を上げて不敵に笑って見せた。
    「私の助言は役に立ったみたいだね」
    「はい」
    「テメエ、凛子!オマエの差し金かよ!コイツになに吹き込みやがった」
    「別に?あんたみたいな石頭には、ただ押すよりも、押してから引いた方が効果があるかもねって言っただけ。実際その通りになったでしょ」
    KKが信じられないものを見る目で暁人の方を振り返る。先程の言葉のすべてが演技なわけでは無論ないが、多少の打算があったことは否めない。浅く肩をすくめ、上目遣い気味に笑って誤魔化すことにした。
    「……ごめんね?KK」
    「こンの……っ!」
    「言質取られてんだから諦めな。それから、伊月くん」
    凛子は暁人を呼び寄せ手の平サイズの小型通信機を手渡してきた。
    「これ渡しておくよ」
    「……ガラケーですか?」
    手渡された通信機をまじまじ眺め、暁人は自分の記憶の中にある似たものの名称を挙げたが、凛子は苦笑いの表情で首を横に振った。
    「その祖先って感じかな。PHSって言うんだけど、伊月くんの世代じゃもう絶滅してたし知らなくて当然か。エドとデイルが、最近小型化に凝り出してね。なんか楽しそうだから放っておいてるけど。公衆電話の機能は一通り突っ込んであるよ。使い方は分かる?」
    「携帯と同じならなんとか」
    「そう、分からなかったら私かKKに聞くといいよ。エドに聞いたら駄目よ、話し出すと止まらないから。普通の電話としては使えないけど同じものを持ってる同士なら通話できるし、お互いの位置も分かる。いくらか制限はあるけどPHS越しの干渉も可能にしてる」
    「電話越しに浄霊できるってことですか」
    「まあそんなとこ。PHS越しだと力は距離減衰するけど十分実用に耐え得る範囲。今回みたいに、自分より強いやつを察知して避けるタイプには浄霊の瞬間まで気取らせないから丁度いいかもね」
    「ありがとうございます」
    「……こんなことやるって言わせてごめん。不甲斐ないよ。でも、無理だと感じたら助けを求めて。すぐにきみを助けに行くから。私たちにはその準備がある。きみの心身を守ることが最優先なんだからね」
    「……はい」
    素直に頷いた暁人の頭を凛子はくしゃくしゃと優しくかき混ぜた。
    「やい凛子、裏切り者め。一体どういうつもりだ」
    暁人との会話が一段落したところでKKは明らかに不機嫌な顔をして凛子に詰め寄るが、凄まれても凛子は少しも怯まずKKを鼻で笑った。
    「あんたと同意見だったことは認めるけど、あんたの味方だったことはないね。状況は常に変わるものよ」
    凛子はKKに半歩近付き、暁人には聞こえるか聞こえないかの声量で囁いた。
    「ねえ自覚ある?私が絵梨花にしてたことを、あんたがそっくりそのままやってるって。自分の仕事だから?それとも、この子だから?」
    「凛子!」
    凛子は笑いながら奥の部屋へ引っ込んでいった。その部屋から自分たちのサポートをしてくれるのだろう。
    「ねえKK、さっきのって」
    「忘れろ、いいな」
    その命令はいくらでも深読みが出来てしまいそうだがいいのか、と聞きたかったが、暁人は言われた通りそれ以上その話題に触れることを止めた。
    「行こう、KK。きっと役に立つからさ、僕」
    「この際そこはどうでもいい。無理と無茶だけはしてくれるなよ」
    「分かってるよ」
    アジトを出て肩を並べて歩く。肩同士が触れ合うことこそないが、実体を持った相手がそこに居ることは感じ取れる距離。たまに彼が愛飲している煙草の残り香のようなものが鼻孔を掠めていった。そのたび暁人は距離が縮まったような錯覚を覚え、落ち着かなくなってしまう。
    随分前から暁人はKKのことが好きだった。
    片思いに浮足立つ時期もとうに過ぎて、今は彼の隣等と贅沢なことは言わないが、日常的に顔を合わせる仲間の一人くらいに思われていれば充分だった。彼の心にはずっと最愛の家族が居て、そこに自分が入る余地はないのだろう。現実に納得出来ない自分の感情の落とし所を見つけるまで多少苦労はしたが、今は穏やかに接することが出来ているし、今回のように臆面なく意見をぶつけることも出来る。仲間として優良な関係を築いていると言えた。
    何も産まない関係を俯瞰してたまに虚しくなることもある。だが何度考え直したところで結局自分はKKを本当の意味で諦めることは出来ないし、逆にこの感情が報われる日も来ることはないのだ。
    自分の血を分けた息子を重ねてか、たまに変に過保護になるKKとの現在の良好な関係を壊したとして望むものが得られる可能性は低く、またそこまでして彼から何かを得たいとは思わない。そうすることは彼からの信頼を裏切る行為だと思った。
    KKが自分の気持ちを察しているのかは分からない。少なくとも明確な形で拒絶や牽制をされたことはないので、都合よく解釈することにしている。
    程なくして目的地である地下街へ続く階段の前に到着した。このまま階段を降りて道なりに進めば件の駅がある。KKとはここで一旦別れ少し離れた位置に待機していてもらう。
    「PHSは常に繋げておけ。そうすりゃこっちに大体の状況が分かるようになってる」
    「分かった」
    「……暁人」
    「なに?」
    「……いや。気をつけろよ」
    KKは最後まで何か言いたそうな顔をしていたが、結局核心に触れるようなことは口にせず暁人は地下へ続く階段を一人で降りて行った。
    亮佑 Link Message Mute
    2023/03/21 15:57:45

    媒鳥は鳴かず_前

    人気作品アーカイブ入り (2023/03/21)

    痴〇電車の怪異を解決しようとする両片思いK暁の話。続く(たぶん)
    当然のように自分設定ゴリ押し。
    後編 > https://galleria.emotionflow.com/119485/664274.html
    #K暁

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品