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    あいつの距離感おかしい任務上がりの酒の席でのことだった。
    ミュートは珍しく酒宴の場に姿を現したエコーの隣の席を陣取ることに成功し、酒を潤滑剤にして言葉少なにではあるがぽつぽつと緩やかに会話を交わしていた。二人揃って多弁な性質でもなく、共通の話題となれば仕事の話が殆どだったが互いの間にある空気は少なくともミュートにとって居心地の悪いものではなかった。
    そう確かに自分はあの時酔っていた。泥酔という程ではないにしろ、会話の間を保たせるためいつもより量を飲んだことは確かだ。普段他愛ない雑談にすら余り応じることのないエコーと会話出来ているという事実が気を大きくさせ、言うつもりのなかったことまで酔いが回って緩んだ口から出てしまった。
    ミュートが己の発言を後悔するのは半日程経った後のことだ。酒で鈍った思考のまま、彼は隣に座る男について常日頃思っていることを洗い浚いぶちまけた。
    身も蓋もない言い方をすれば熱烈に口説いたのである。
    今回の飲み会にミュートとエコーという、意図的でもなければ会話が成立しないであろう組み合わせに興味本位で口を突っ込もうと思い立つ面子が居なかったことは不幸中の幸いだ。ミュートのあられもない心の内の吐露を聞いたのは正真正銘当事者であるエコーのみであった。
    そのエコーはと言えば終始仕事の話をする時と寸分違わない無表情のまま一通り話を黙って聞き、酔っぱらいの取り留めない語りが終わった頃にただ一言「分かった」と頷くだけだった。その時は単純に自分の話を聞き入れてくれただけで満足したミュートだったが、いざ一晩経って自分の部屋のベッドの上で目覚め昨夜己がしでかした失態を冷静に省みて無言で頭を抱えた。
    可能なら昨夜の自分が口を滑らせるのを殴ってでも止めたい。しかし一度投げられた賽の目を変えること等不可能だ。
    途方に暮れているところに部屋の扉をノックされ、ミュートは重い腰を上げて渋々扉へ向かった。痺れを切らして帰ってくれないものかと一縷の望みをかけて可能な限り全ての動作をのろのろと行ったが、来客者は律儀に扉がミュートの手によって開かれるまで待っていた。
    扉を開けた途端今一番見たくない顔が視界に飛び込んできて、ミュートは咄嗟に扉を閉めそうになった。
    「顔色が悪いな。二日酔いか?」
    私用のノート型端末を脇に抱え、平然とした顔でエコーは履き古したスニーカーの先でミュートが半端に開けた扉を抉じ開け中に入ってきた。エコーに気圧される形でミュートは数歩背後へ後退る。
    「都合が悪いようなら出直すが」
    「いや……」
    反射的に首を横に振ってしまい、訂正する暇もなくエコーは完全に部屋へ上がり込んでしまった。棒立ちしているミュートの脇を抜け部屋唯一のソファに我が物顔で腰掛ける。彼の行動を止めるべきなのかすら分からず、ミュートは自室であるにも関わらず所在なさげに立ち尽くした。
    膝の上に乗せた端末を広げ画面を見つめていたエコーだったが、いつまで経っても置物の如く動かないミュートに怪訝な視線を寄越してくる。
    「……なんで突っ立ってる?座らないのか?」
    言いながらエコーはソファの自分の隣のスペースを軽く叩く。ミュートの静かなる混乱がますます加速した。
    隣に座れと言っているのか。自分が言えた口ではないがエコーはパーソナルスペースが狭い方ではない。ミュートの部屋にあるソファは一応二人掛けだが華奢でもない大の男二人が座れば流石に窮屈になる。それを分かって促しているのだろうかこの男は。
    脳内で四方に散らかる思考に気を取られながら、足の裏から床に張っている根を引き剥がしぎこちない動作でエコーに近付いた。
    ミュートが隣に立ってもエコーは何も言わない。意を決して隣に腰掛けた。窮屈、とまでは行かないが肩同士が触れ合いそうな距離になる。背もたれに背中を押し付けてみたものの全く寛げる気がしない。
    何故昨日の今日で訪ねてきたのか、どう切り出そうかと考えていると、エコーが徐ろにミュートの肩へ頭をもたせかけてきて悲鳴を上げそうになった。声を無理矢理飲み込んだことで肩が揺れる。それでもエコーはこちらにもたれ掛かるのを止めなかった。
    思考は混乱を通り越して、最早パニックを起こしている。密着した体の左側に自分のものではない熱と、微かな石鹸の匂いを感じる。これ程接近しても彼自身の体臭と思しき匂いは驚く程希薄だった。
    さらさらとした黒髪の毛先が首筋を掠めて擽ったい。これは酔った末に見た夢なのではなかろうか。仮に夢だとして、それが瑞夢なのか悪夢なのか、混乱を極めた今の頭では判断が付かなかった。
    エコーは相変わらずミュートの肩を枕代わりにして端末を弄っている。動くに動けず、視線から爪先に至るまで硬直したまま酷く緩慢に時間だけが過ぎて行った。聞こえるものと言えばエコーがパチパチとキーボードを叩く音と微かな息遣いだけだ。傍から見れば何てことのない状況かもしれないが、渦中のミュートは過去こなしてきたどんな任務の時よりも緊張していた。
    「……エコー」
    「ん?」
    普段と比べて少し気の抜けたような返事と共にキーボードの上を踊っていた指先が止まり、こちらの言葉の続きを待つ体勢に入る。一先ずコミュニケーションは正常に取れそうなことに少しだけ安堵して、乾いたように感じる口を慎重に開いた。
    「そろそろ説明してもらえないか」
    「何をだ?」
    「この状況の、何もかもだ」
    一体どんな事由があって自分の部屋を訪ねてきて、自室でもできるような作業をここでして、隣に自分を座らせ、あまつさえ肩に頭等乗せているのか。この状況を形成する全ての現象に詳らかな説明が欲しかった。そうでもしなければ到底これを現実であるとは受け入れられない。
    「何もかも、と言われてもな」
    エコーは思案しながら静かにノート型端末を折り畳み、膝の上からソファの前にあるテーブルへ移動させた。
    端末機を手放した節の目立つ手の行く先を見るともなしに見守っていると、象牙に近い色をした指先は膝の上に投げ出されていたミュートの手を拾い上げる。そのまま互いの指同士を絡め合わせるように握り込まれ、ミュートは今度こそ耐え切れず悲鳴を上げてその場から飛び退いた。ソファの肘置きに体を押し付けるようにしてエコーから距離を取る。握っていた手を取り上げられたエコーはむっとした表情を隠そうともせずに此方を睨め付けてきた。
    「なんだよ、その反応」
    「それは俺の台詞だ!いきなり部屋に押しかけてきたかと思えばやけに密着してきたりして、一体何がしたいんだ」
    「恋人ならこのくらい普通だろう」
    「恋人?誰と誰が」
    「俺とあんた以外に誰がいるんだよ」
    呆れきった顔で言い放たれた言葉を受け、ミュートの思考と体がフリーズする。
    「昨夜口説いてきたのはあんただろ。まさか忘れたとか言うつもりじゃないだろうな」
    「確かに口説いたのは認める。でもお前は俺のことフッただろ」
    昨夜酔いに任せて自分を口説くミュートに、エコーは表情を変えることのないまま「分かった」とだけ告げた。
    ミュートの感情を理解はするが、ただそれだけ。それ以上でも以下でもない。
    ──つまりは脈ナシというやつだ。
    こっぴどく振られなかっただけマシと捉えるべきか。しかしだからと言ってこちらの好意を盾にして弄ぶような真似をされて平常で居られる道理はない。
    「俺の好意がそんなに愉快だったか?だからこんな真似をするのか」
    苛立ちと失望から、自然声は低くなり唸るような響きを帯びる。
    彼のことは本心から好きだ。彼の知性を尊敬しているし、技術力は驚嘆に値するものだと思う。だからこそ、軽率な真似をされるのは耐え難い。
    エコーはミュートのそんな様子に怯んだ素振りも見せず、ジーンズに包まれた足を組み簡潔な言葉を投げて寄越した。
    「フッてないが」
    本日何度目かの自失。ここが戦場であったなら既に片手の指では足らない回数死んでいる。いくら脳内で繰り返してみても、到底エコーの発言の意図を理解し切れない。
    「……なんだと?」
    「二度も言わせるな。昨夜だって、ちゃんと了承しただろう」
    「了しょ……アレがか?」
    あの、愛想も何もない、たった一言がこの現状を引き起こす全てのトリガーであったとソファの上で自分こそがこの部屋の主であると言わんばかりの態度でふんぞり返っている男は言う。
    「あんたが『恋人になってくれ』と口説いてきて、俺が『分かった』と了承した。これ以上ないくらいシンプルな話だろ」
    一応座っている筈なのに目眩を覚え、ミュートは額を押さえ前屈みになって俯いた。今更酒で曖昧になっていた記憶の一部が蘇る。確かにどさくさに紛れて「恋人にしたい」的な事を言った、気がする。「分かった」とは、それを了承する為の発言だったというのか。
    しかし自分は担がれているのでは?という疑念が捨てきれない。そもそもエコーが自分の口説に対し是と答える理由が見当たらない。
    頭を抱えて俯いたままのミュートをエコーは胡乱げに眺めている。
    「泥酔して、口説く相手間違えたか?それとも罰ゲームか何かだったのか?俺が頷くなんて思ってなかったんだろうが、残念だったな」
    「間違えてない、それは絶対にない。それを言うなら、罰ゲームはお前の方じゃないのか?」
    「んなわけないだろ。俺はそこまで暇じゃない」
    「じゃあなんで……」
    特大の溜め息がミュートの取り留めない疑問を遮った。乱雑に黒髪を掻いたエコーは思い切り顔を顰めてミュートを先程よりも鋭利さを増した目で睨み付けてきた。
    「分からない奴だな。俺はあんたの恋人になると言ってる。理由なんてひとつしかないだろ」
    その時ミュートは驚愕、という言葉が生易しく思える程狼狽した。どのような時も常に理性を手放すことのなかった彼は生まれて初めてパニックで頭が真っ白になるという事象を体験した。
    「……?!、はあ!?何言っ、え、一体どういう、嘘なら、ああいや、でも、そんな素振り、」
    無意味に立ち上がり支離滅裂な言葉を断片的に吐き出すミュートを、エコーは黙ったまま指先だけで座るよう指図する。
    眼前の涼しい顔をした男に何か言ってやりたいのに、普段は理路整然と並べ立てることができる筈の言葉が絡まって喉の奥から出てこない。暫く唸って、結局意味を持つ言葉は一つも吐き出せないままミュートはゆっくりとソファに座り直した。
    腰を下ろしたことで互いの目線が同じ位置に戻る。切れ長の黒瞳は此方を見ながら緩慢に瞬きを繰り返していた。見る限りそこに嘘や揶揄の気配は感じられない。そも彼が下らないジョークや無意味な建前なんかを口にしたところを見たことはないのだが。
    「昨夜のやり直しだ、今ここで選べ。恋人を続けるか?それともなかったことにするか?今ならどっちを選んでもそれを受け入れてやる」
    傲慢な女王のような態度で選択を下してくる男の手にミュートはそろりと触れた。無闇な接触を嫌う筈のエコーはそれを拒まず、だがこちらの手を握り返しもしない。ただミュートの出す答えを待っている。
    ミュートはソファから腰を上げ床に片膝を付いてしゃがみこんだ。その場からエコーを見上げ、握った手の甲に恭しく口付ける。
    「俺のものになってほしい」
    唇を押し付けた指先がピクリと跳ねた。次の瞬間、されるがままだった手がぐるりと反転しミュートの顎を掴むと力ずくで引き寄せてくる。エコーはソファの背もたれに押し付けていた体をぐぅと前傾させ、鼻先が触れ合いそうな距離までこちらに顔を寄せ獰猛に笑った。
    「勘違いするな、あんたが俺のものになるんだ」
    弧を描く薄い唇のあわいから意外な程尖った犬歯が垣間見える。今まで体感したことのない甘さを含んだ悪寒が背筋を走り、ミュートは笑みになり損なった表情のままエコーの齧り付くような口付けを受け止めた。
    唇を隙間なく重ね合わせつつ、エコーの肩を掴み後ろへ押し返す。然程抵抗もなくエコーの体は再度ソファの背もたれに沈んだ。見上げる立場から覆い被さるような体勢に変わり、相手の口腔に舌を捩じ込みながら黒無地のシャツの裾の下に手を入れる。滑らかで触り心地の良い肌を撫で回していると、喉の奥でエコーが唸った。
    「ン、おいコラ、調子に乗るなクソガキ」
    首を振って口付けを強引に中断させられた上に服の中に入れた手を引きずり出され、ミュートは堪らず舌打ちして文句を垂れた。
    「なんでだ、今そういう流れじゃなかったか?」
    「駄目だ。今日はこれ以上しない」
    「マジかよ……」
    ここまできて生殺しにされるとは思ってもおらず、昂ぶった心身の行き場を求めて大きく天を仰いだ。
    「何の準備もなしにできるわけないだろ。言っとくが俺の方が負担デカいんだからな」
    「……はぁあ??!!」
    準備ができてたら最後までさせてくれるつもりだったのかよ、ていうかお前がボトムなのはお前の中で決定事項なのか?そんな殺し文句ぶつけられてお預けって何の拷問だ??
    様々な葛藤が秩序なくせめぎ合い、結果今日一番大きな声が出た。
    訓練中でもなかなか聞かないような声量を間近で受けてさすがに驚いたらしいエコーが僅かに目を見開いている。元々童顔気味な彼だが、そういう無防備な顔をすると余計に幼く見える。これで一回り近く年上だと言うのだから、アジア人の外見程当てにならないものはない。
    「無慈悲……」
    「なんでもいいが、分かったなら退いてくれ。重い」
    嘆きをすげなく切り捨てられ、ミュートは渋々エコーに覆い被さるのを止めた。ここで強引に事に及ぼうとしたところで投げ飛ばされるか寝技を極められるのは目に見えている。彼の故郷の国技である体術で関節を曲がらない方向へ固められるのは御免だ。
    大人しく隣に座り直すと、姿勢を正したエコーがお預けを食らって不満であることを隠さないミュートの顔を覗き込んで思わずと言った様子で笑う。
    「少しは可愛げがある顔も出来るんだな」
    ガシガシと頭を撫でる態度は明らかに犬猫を愛玩する際のそれだったが、機嫌の良さそうなエコーの笑みと彼からの接触のもの珍しさに気を取られ止めろと言いそびれた。
    「お前、実は結構俺のこと好きだろ」
    「何を今更」
    苦し紛れに絞り出した反撃の一言も当然な顔をした手短な返答には適わず、ミュートはその名の如く黙り込む他なかった。
    亮佑 Link Message Mute
    2022/11/12 13:16:01

    あいつの距離感おかしい

    pixivからの移設です
    #R6S #ミュエコ

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