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    しおり
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    しおり
    ひかる角 優しい音が聞こえた。
     潮騒のような雑音に紛れ、風音のように遠く響く。それは貝殻の底の残留。それは風車の歌の錯覚。太古に微睡む夢のように輪郭のない。けれど、確かな音だった。
     閉ざした目をさらに深く閉ざし、音の姿を探る。身体は不要。身を丸め、無意識に埋もれる。時よりも深く。空よりも遠く。たった一つの音に導かれながら。
     見えない足で駆け。
     見えない指を伸ばす。
     否、それもまた幻想。
     足がある、という錯覚。
     指がある、という夢。
     身体はすべて、意識が作り出した虚像。それを知る者だけが、誰よりも早く、誰よりも遠く、翔ぶのだろう。その名残こそが光。そして、音か。
     考えてみればこの世を育むものは皆、姿も形もない。無があって、有が在る。順番はいつも同じ。人の姿も、人の姿を見たい、という意思があって初めて生まれるもの。
     音に触れたい、と彼は思った。それは原初の記憶のように彼の中に芽生え、そして、次の瞬間には忘れてしまう願い。なぜ触れたいのだろう。なぜ、触れなければならないのだろう。触れるためには存在しなければならない。
     存在すること。それは即ち、重さを纏うことだ。それでも、触れたいのか。彼は自問する。問いかける先から忘れる問いに答えることは、しかし、できない。
     怖い。
     彼は身をこごめる。
     落下に備える雛のように。
     怖い。
     彼は呟く。
     口がある、ということを彼は思い出す。
     思い出した。
     ゆっくりと瞼を開き、固く握りしめた拳を解く。額に浮かぶ汗が傾きに従い流れ落ちる感覚。肩を覆う髪が、微かに揺れる。風の方角を見上げれば、雨戸の隙間から射し込む光が双眸を焼いた。まだ新しい、真白の光。部屋に流れ込む風は涼やかな気配を纏い、広い部屋に淀む夜を攫っていく。
    「……おはよう」彼は言った。
     見ていたはずの夢はもう、思い出せなかった。


     夏の朝によく似合う、涼やかな青の溶け出した空を写した井戸に桶を落とす。鈍い反響が一瞬遅れて響く。それに耳を澄ますことなく、彼は手際良く冷えた水を汲み上げた。清潔な手拭いを浸し、身体を拭う。肌にこびりついた汗はすぐに消え、代わりに心地よい冷たさが皮膚を覆う。髪の生え際まで丁寧に拭い、彼は静かに息を吐いた。
     やがてくる暑さを予感させる空気は、しかし、まだ真新しい絹のように爽やかな風を運んでいる。その涼しさを全身に留めるように大きく息を吸い込み、そして、息を止める。
    「おはよう」
     声が聞こえる。彼は顔を上げ、そして周囲を見渡した。左右を二度振り返り、最後に宙を仰ぎ見る。冴え渡る青の中で夜を忘れた星が茫と浮かんでいる。他には何もない。
     彼は瞬きを一つだけ落とし、それから隼を思わせる機敏さで背後を振り返った。遅れて足音が二つ。建物の陰から現れる。
    「あれ、」久々知の顔を見据えて、影が言った。「おはよう」
    「兵助、随分と早いな」
    「おはよう」久々知は緩慢に首を振り、二人の方へ身体を向けた。「雷蔵と八左ヱ門も、早起きだね」
    「逆だよ。俺たちは実習で、今帰ってきたとこ」
    「ああ、そうだっけ」久々知は首を傾けた。未だ梳かされていない前髪がもつれ合いながら、頬にかかる。「寝ぼけているね、俺」
     喉の奥で小さく笑う。自嘲ではない。制御されていない己の頭が面白いと思ったからだ。珍しい状態だと分析する。未だ、夢の中にいるのかもしれないと思い付き、彼は再び笑みを溢した。
    「兵助……?」
     久々知の顔を見つめ、不破と竹谷が同時に眉を顰める。それから、不破は眉根を寄せ、竹谷は目を見開いた。
    「どうしたの?」二人の顔を交互に見やり、それから久々知は反対側へ首を傾けた。結ばれていない髪が肩を掠める。その拍子に誰かの声が聞こえた気がしたが、しかし、輪郭を掴むよりも早くそれは散逸される。「二人とも、妙な顔をして」
    「兵助、お前、それ」
    「それ?」
    「もしかして、気付いてない?」雷蔵が久々知に駆け寄り、顔を覗き込む。「兵助の方こそ、それ」
    「だから、それって?」
    「兵助のことだから、きっと、自分の目で見た方がいいね」不破が問う。驚かせてはいけないと思ったのか、心配と優しさに抑制された声音で彼は続けた。「見てごらん」
     隣で竹谷が水桶を差し出す。いつの間に汲み直したのか、先ほどまで久々知が使っていた桶は真新しい水で満たされている。二人に促されるまま、久々知は澄んだ水鏡を覗き込んだ。
    「……え?」彼は呟いた。言葉にならない言葉はただの音となり、水面に微かな波紋を刻む。
     やがて波紋は散逸され、静謐を湛えた鏡だけが残る。
     水面の向こうで少年が一人、久々知を見据えていた。薄く開いた口も、僅かに見開かれた瞳の角度も寸分違わない。全く同じ顔を持つ少年。
     ただし、唯一、彼の額にある鋭角を除いて。
     たった一つの絶対的な違いは、残りすべての同一を覆す。
     この少年は誰だろう、と彼は思った。同時に、己の顔を思い出そうとし、思い出せないことに気付く。
    「雷蔵、八左ヱ門、」久々知は顔を上げて言った。「俺の額に、ツノが見える?」
     二人は顔を見合わせ、それから躊躇うように頷いた。控えめな逡巡は二人の優しさだろう。久々知が戸惑っていると思っている。身体に関する違反は現実における最も端的な恐怖だ。身体がなければこの世に生きられないと信じている限り。即ち、その先にある速さを知る者にとって、身体とはむしろ枷。それが多少変質したところで、どんな影響を及ぼせると言うのか。
     そう。
     初めからそうだった。
     この顔は他人の顔だ。
     この手は人形の手だ。
     ただ、少しの間、借りているだけ。
     久々知は自らの額に手を伸ばす。平らなはずの額から伸びたツノは、鏡で見るよりも小さく、柔らかいと知る。皮膚に覆われているせいか。しかし、触れている、という感覚はない。痛みも存在も感じなかったのはきっと、そのせいだろう。
    「痛む?」不破が思案を隠さずに問う。
    「全く。二人に言われるまで気づかなかったくらいだしね」久々知は平淡に続けた。「感染る性質のものじゃないといいんだけど」
    「いや、問題はそこじゃないだろ」呆れを含んだ声音で竹谷が言う。「それに感染るものなら、もう学園に広まっていておかしくない。仮に学園で発症した最初の一人が兵助だとしても、こんな症状、一人でも発症したら街や村で噂にならないはずがない」
    「確かに。それもそうか」不破が微笑む。「八左ヱ門ってこういう時、冷静だよね」
    「生物にとって病は気にかけるべきことだからな」
    「人も?」久々知は首を傾けた。額に生まれた小さなツノ鋭角が、横顔の影に輪郭を作る。「人も、八左ヱ門にとっては、生物?」
    「兵助にとっては違うのか?」竹谷が問い返す。「心臓があって、血が流れて、呼吸をする。生物じゃないなら、俺たちは何だっていうんだ」
     呆れでも、嘲りでもない。あらゆる混じり気のない笑みで彼は笑った。子うさぎはかわいいと言う時と同じ笑み。心の底からそれを信じて疑わない、真っ直ぐに伸びた朝日のような、歪みのない意思だった。久々知は手に持ったままの水桶を再び覗き込む。水面に反射する光が、ツノの先端に灯る。口を開くべきか一瞬だけ迷い、口を閉ざす。
    「思考は?」
     声が問う。
     水の香り。
     目眩。
     水桶を落としたのだと気付く。
     足が濡れている。
     爪から滴る、
     冷えた湿潤。
     そのすべての曲面に
     光が反射し、
     拡散する。
     ツノの先端と同じ鋭さで。
     閃き、
     揺蕩う。
    「お前は何を思う?」
     誰かが言う。
     瞳の上に光が弾け、
     眩む。
     視界も、
     身体も。
     思考だけが明瞭。
    「お前は?」久々知は問い返す。「お前こそ、何を思う?」
     その言葉が声であったのか、思考であったのか、彼には分からなかった。その二つに、どんな違いがあるのかも。


    「三郎」
     名前を呼ばれ、鉢屋は単眼鏡から目を離した。辺りを振り返り、それから宙を見る。月の影はなく。深い藍色の上を薄く漂う雲の断片が、しかし、無数の星を反射して奇妙なまでに鈍く輝いている。森の端、緩やかな丘の傾斜に隠された草むらは彼の身を四方から隠している。夜空を往く鳥の視線でなければ、見つかることはないだろう。当然、先に居座った者がいないことは、身を隠す前に確認している。
     ならば、誰が。
     無為に首を傾げれば、隣に座っていた少年が彼の動きに釣られるように顔を上げた。
    「三郎?」名が呼ばれる。今度ははっきりと。「どうかしたのか」
     鉢屋は名前を呼んだ少年の方へ顔を向けた。丸い月と同じ形をした双眸と目が合い、反射的に逸らす。その仕草に、丸い目が僅かに顰められたことを察することは容易かった。もしくは、それを知っていたからこそ目を逸らしたのかもしれない。
    「いいや」鉢屋は目を逸らしたまま、首を振った。「何もない」
    「何もない、はさすがに無理があるなぁ」少年は唇で笑みを模ると真面目な声音で続けた。「普段ならともかく、今は忍務中だ」
    「……勘右衛門」鉢屋は小さく息を吐き、再び尾浜の顔を見た。「さっき、私の名前を呼んだ?」
    「呼んだけど」
    「その前」
    「どの前?」
    「私が周りを見渡し出す前」
    「えぇ……呼んでないと思うけど」
    「そうか。ならいい」彼はそれだけ言うと再び単眼鏡を覗き込んだ。
     丸く切り取られた視界の中には、一つの屋敷が収められていた。装飾のない屋根と柱が暗闇の中に沈み、その奥に続く座敷の障子には二つの影。声は聞こえないが、夜更けの会談というもの自体が、隠すべきものであることの証左だろう。それがわかれば彼らには十分。後は時を待つだけだ。裏口から入る時、行燈に照らされた横顔は見えた。次に捉えるべきは出ていくときの正面。その二つさえ見られればいい。屋敷の中にいる人物らが足繁く会合を重ねていることはすでに知っている。たった二度の機会でも、時間をかければ倍の数で増えていく。三日もかければ、その輪郭をほとんど正確に観察することができるだろう。二人に与えられた忍務とは正にその人物の似姿を描くことだった。それがどこの誰であるかを突き止めるのは、別の人間の役割なのだろう。
     つまり今は屋敷の中の人物が出てくるのを待つための、謂わば小休止のような時間だった。
    「……何か物音でも聞こえた?」
    「いいや。私の気のせいだ」鉢屋は屋敷を覗いたまま答えた。「忘れてくれ。実習が終わってすぐに連れて来られたものだから、疲れているだけだ」
    「いやいやいや、嘘をつくなよ。名前呼ばれたんだろ? 怖いよ、普通に」
     尾浜はわざとらしく己の両肩を抱きしめ、眉を顰めて見せた。そのまま、鉢屋の方を見て首を傾ける。話を続けるように促す仕草か。鉢屋の話を聞いてやろうという親切心というよりは、単調な忍務に飽きた故の興味本位だろう。尤も、尾浜が幽霊という不可思議を恐怖の箱に入れているのことが嘘ではないことを、鉢屋は知っている。
    「ああ、そうだった。勘右衛門は幽霊が怖いんだったな」
    「…………いやぁ?」尾浜は一生分の時間をかけて瞬きを落とした。「別に」
    「変なところで素直だな」
    「そうだろう」
    「その恐怖は何に由来する」
    「怖くないって言ってるんだけど」
    「言葉が真実を語るなんて信じてるわけじゃないだろう」
    「それは、うん。言葉は嘘だ」尾浜は首を傾けて言った。「うぅん、違うな。言葉にすると歪んでしまう、という方が正しいかなぁ」
    「感覚的な部分を、言葉に置き換えなければならない。そして言葉は個人のためにあつらえられたものではない……故に、形の違う箱に無理やり詰め込むような、ちぐはぐなことになる」
    「まあ、この感覚を言葉にしようとするなら、そうなる」尾浜が喉奥で笑みを溢す。鉢屋の言葉すら真実には届いていないことを示すように。「だってさ、俺たちは言葉を通して世界を見ているわけじゃない。指先に触れた感覚、足の裏から伝う温度、肌や舌、あらゆる身体の感覚を通して世界を見ているんだ。そこから知り得たものを、どうして言葉にできる」
    「勘右衛門は髪にも感覚がありそうだ」
    「そうそう、この髪切られると悲鳴をあげるんだ……って、そんなわけあるか」
     尾浜は髪の一房を指で梳き、その途中で乱雑に払い除けた。そのままの勢いで鉢屋の肩を叩く。音はなく、しかし、その感覚は確かに骨を伝う。それを言葉にしようとするなら、痛みとしか言いようがない。鈍い。僅かに痺れるような。少しの装飾で飾ったところで、それは言葉の枷を増やすだけのこと。彼の感じた痛みはより陳腐化し、本来の姿から遠ざかる。
    「それなら、思考はどうだ」鉢屋が言う。
    「思考?」
    「言葉の前には、思考がある」
    「いや、思考は言葉じゃない?」
    「勘右衛門は言葉でものを考えるのか」
    「それこそ、そうはっきりと考えたことはないけれど。うーん、いや、でもどうだろうな。実際に言葉にした時にまったく同じ言葉で表せないこともあるし。そもそも、思考を培うのは身体を通して得た経験や知識からだしなぁ……」そう言いながら尾浜は口布で覆った顔に手を当て、何かを呟いた。或いは、言葉だと思ったものはただの音であり、言葉ではなかったのかもしれない。呼吸を三度繰り返し、やがて彼は顔を上げた。「三郎は、言葉でものを考えている?」
    「思考は言葉じゃない」鉢屋はすぐに答えた。その問いがなされることを知っていたように。考えていたように。「お前の言葉を借りるなら、思考を言葉で表そうとすれば、それは歪みを避けられない」
    「へぇ、三郎も同じ考えなんだ」
    「いや」首を振り、小さく微笑む。「まったくの反対」
    「何が?」
    「すべて」
     尾浜が丸い目を顰めた。口布の下では口の先を尖らせているかもしれない。五年生という学年の生徒にしては子どもじみた、十四という歳の少年としては年相応な仕草が、彼は得意だった。よく似合う、と言い換えるべきかもしれない。学園においてのみ許される不均衡による無防備さこそ、忍の卵としての、彼の長所だろう。
    「勘右衛門、お前は身体を通して世界を知る」
    「知識とか、歴史とか、そういえのもあるだろうけれど。それらを知るのは結局目や耳を通してのことだから、究極的に言えばそうだな」尾浜はゆっくりと瞬きを落とした。「三郎は違うのか」
    「分からないか」
    「分からないなぁ」
    「逆なんだよ。私は。思考があって、その後に身体からの入力、或いは出力がある。言葉はさらに時間がかかる。出力としては最も魯鈍だ」
    「もっと分かりやすく言ってくれよ。このままだと朝まで話し続けることになりそうだから」
    「端的に言えば、私にとって知識も経験も、すでに頭の中に予測があるということ。例えば、本を読む時、私はすでにその内容を大凡頭のなかに浮かべている……浮かんでいる、というべきだな。そして本を読むことで、私の考えが合っていたことを確かめる。何かに触れる時、食べる時、話す時、みな、そうだ」
    「へぇ。未来が見えるってことか」尾浜が音を立てず、悪戯気に笑った。冗談のつもりだろう。
     鉢屋も笑う。彼につられたためではない。彼がそう言うであろうことを、鉢屋は知っていた。
    「だから一番早いのは思考。一番強いのも思考。私という人間を形作るのは身体でも、顔でもない。この身体を失っても、私は私を失わない」
    「幽霊みたいだなぁ」
    「怖いか」
    「いいや? だって三郎相手ならまあ、まずまず戦えるし」
    「……次の手合わせ、覚悟しておけよ」
    「あはは、そっちのが怖い」尾浜がわざとらしく笑う。「ああ、でも、」
    「まだ何かあるのか」
    「兵助が、」鉢屋の顔を見据え、尾浜は言う。その口元にはもう、笑みの影は見えなかった。「前に同じことを言ってたなって」
    「兵助が?」鉢屋が問う。この夜初めての問いだった。
    「そう。いつの時か寸鉄は考えるより速く動かなきゃならないから大変だなって言ったら、逆だと言われたんだよ」
    「考えるより速く動くのではなく、動きこそを思考の速さに追い付かせなければならない」
    「……三郎も聞いたことがあった?」
    「いいや」鉢屋は首を振った。「しかし、思考の方が速いのだから、遅い方に合わせる道理はない。少なくとも、兵助の場合は」
    「つまり、お前もそう、ってこと?」
    「私より、きっと、兵助の方が速いよ」口布の下で僅かに唇が歪む。微笑か。己の目で、己の顔を見ることはできない。それこそが、身体が枷であることの証。同じ証を持っていることだけが、唯一の救いか。
     誰と?
     誰かの声が聞こえる。その声は常に鉢屋の中にあって、特定の生きた人間の声ではないことを、彼は知っていた。生まれた時から己と共にある幽霊。もしくは、それこそが己の中心。この身体はすべて、この幽霊が見ている夢なのかもしれない。そう思いつき、彼ら微笑んだ。
    「お前は?」彼は問いかける。誰に共なく。そして一瞬遅れて、誰に問いかけるべきかに気付く。同じ幽霊を持つ者を、鉢屋は一人しか知らなかった。
    「お前は、何を考える?」
     話をしたい。そう願った。


     雨雲のように収縮と膨張を繰り返す影が、瞼の裏に泳いでいた。それらを振り払うように、驚くほどにゆっくりとしか動かない瞼を、彼は三秒かけて持ち上げた。障子の閉ざされた薄暗い部屋。繊維質の紙から透けた光が瞼の裏に残る残像を映し出すかのように揺れている。否、この影の踊りが瞼を透かして見えていたのだろう。
     雨が降っている、彼はそう考えた。
     頭の中に響く、無数の音。
     屋根の板を、土を、水溜りを叩く変調。
     跳ね返り、弾け、拡散し、或いは集合する変拍子。
     一つとして同じ大きさはなく、等しい角度もない。
     その無数の雫が絶え間なく、人の目には見えない速さで天から降りしきる。
     夏の夕立のような喧騒。
     夜の霧雨のような密度。
     瞼と同じだけの重さを感じさせる身体を、彼はゆっくりと起こした。深く息を吸い、吐き、辺りを見渡す。部屋の隅に置いてある骨格標本と目が合った。微動だにしない二つの暗闇。それらを真っ直ぐに見つめながら、彼は眼窩を目と呼ぶべきかと考えた。そも、目とは何か。見ることのできる機能が、目か。見えているものが本当に存在するのか、あるいは存在しないのか、分からないのに。見えることに、何の意味があるのだろう。
    「見えないものこそが真実」
    「でも、真実って?」
     返事の代わりに、布の擦れる音がする。身を起こしたことで、かけられていた布団が肩から落ちた音だった。夏に使うには幾分厚手の布団を脇へ寄せ、彼はゆっくりと腕を伸ばす。それから、障子の外を再び見た。
     薄赤い光。
     雨は降っていない。
     それらを認識し、彼は首を傾げた。
     同時に足音のない、足音が聞こえてくる。
     即ち、床を伝う振動が。
     足音はやがて部屋の前で止まり、一拍置いて、障子が静かに開けられた。
    「おや、」
     白い頭巾に包まれた、中年半ばの男が部屋の中へ入ってくる。人を安心させるためにだけ機能する笑みを瞬時に浮かべたのは、忍と医者、どちらの技術によるものだろうかと彼は考えた。
    「目が覚めていましたか」
    「新野先生」久々知は布団の上に座ったまま、呟いた。
    「不破君と竹谷君が運んできてくれたんですよ。久々知君が貧血を起こしたって。暑さのせいでしょうねぇ、上級生でも、この季節は倒れることがありますから」
     新野は保健室の奥に据え置かれた棚の引き出しをいくつか開けながら、恥じることではないですよ、と続けた。己の変調に気付かなかったことも、倒れる弱さも、確かに忍者としては褒められたものではない。新野の言葉の意味を理解するまでに三秒かけたあとで、久々知は曖昧に頷いた。慰めが必要な顔をしていたのかもしれない。確かめたいと思ったが、己の顔を己では確かめられないことを思い出す。誰に聞いた言葉であるのかは、思い出せなかった。
     耳の横を髪が掠めた拍子に、雨音が再び降り始めた。
     雨は、しかし、降っていない。少なくとも目に見える雨は。
     それではこれは、何だろう。
     指の先で耳に触れる。意識をすれば、瞬く間に雨音に飲まれ、戸棚の軋む音は聞こえなくなった。障子の外から吹き込む風の音など、波の前に灯る蝋燭のように、すぐに消えていく。
     耳鳴りだろうか。頭の中に響く喧騒は、しかし、不快ではない。むしろ、安らぎさえ感じさせ、久々知は自ずと意識を音に揺蕩わせていった。
    「久々知君?」新野の声は遠く、波の底から聞こえるように、鈍い。「まだ本調子じゃないのなら、休んでください」
     やがて、再び障子の向こうから足音が聞こえてきた。正しくは、新野と同じ、振動という名の音。茫洋とした視線だけを音の方へ向ける。重ならない、合わせられることのない、音が三つ。障子の前に写る影も、三つだった。黒目に写された視界をさかのぼるように、それを確かめる。障子はすでに開けられ、見慣れた顔が二つ、心配そうに保健室を覗き込んでいる。真ん中に立っていた一人は薄茶の髪を靡かせながら躊躇うことなく保健室に足を踏み入れ、久々知の横に腰を下ろした。
    「善法寺先輩」久々知は相手の顔を静かに見つめてから言った。僅かに意識が浮上する。それは、しかし、中身のない貝が波に踊らされて水面に現れるようなもの。「おはようございます」
    「もう夕方だよ」
    「それでは、こんばんは」
    「うん、まあ、久々知らしいか」善法寺は唇だけで微笑みながら、久々知の身体全体に目を走らせた。異常を見逃すまいという意識を隠す気のない、鋭利な視線だった。対面している相手が下級生であれば、この目はしないだろう。「……とりあえず、僕のわかる範囲で異常はなさそうだね」
    「異常」久々知は繰り返した。
    「二人から、倒れた時に頭を打ったと聞いたからね。知ってはいるだろうけれど、頭を打った後はどこに影響がでるか分からない」
     善法寺は障子を指で示し、それから手招いた。入り口で様子を伺っていた不破と竹谷がゆっくりと入ってくる。許可がないと入れない妖を連想し、久々知は小さく微笑んだ。
    「幽霊」雨音の中に、判然とした言葉を掴む。土に埋もれた琥珀のように。河原石に混ざった翡翠のように。一瞬の輝きが、輪郭を伝えた。
    「幽霊?」久々知は小さく首を傾げ、それから頷いた。「ああ……そうか。これは、幽霊」
    「久々知?」善法寺が久々知の顔を覗き込む。
     不破と竹谷も布団を挟んだ反対側に座り込み、眉を顰めながら彼の双眸を真っ直ぐに見た。
    「まだ、ぼんやりしている?」善法寺が言う。「久々知、僕の声が、聞こえる?」
     久々知は善法寺の視線に、たった今気付いたかのように瞬きを繰り返した。問いには答えず、代わりに善法寺の双眸を見つめ返す。眼光だけが、常と変わらず鋭利な輝きを放っていた。
    「どうかされましたか?」久々知は尋ねた。「そうだ、」
    「どうかしているのは、多分、お前だ」久々知の言葉を遮り、竹谷が言う。「調子が戻ってない」
    「さっき食堂のおばちゃんから西瓜を貰ってきたんだ。熱にやられた時にぴったりだから。もうあまり冷えてはいないけれど、どうかな」不破が優しさを惜しまない笑みを向ける。「食べられそう?」
     傍に置かれた小皿には、病人でも食べやすいようにだろう、小さく切られた西瓜が控えめに盛られていた。いつからそこにあったのか、表面は水分を失い、微小な皺が影を落としている。不意に、久々知は西瓜に微笑みかけ、それから布団と膝を接するほど近くに座っている二人を見つめた。そこに人がいることに、初めて気付いたかのように。
    「八左ヱ門、雷蔵」
    「兵助?」
    「ごめん。心配をかけて」
    「今も心配してるよ」不破が笑う。隣で竹谷が三度頷きを繰り返した。
    「うん、そうだね。きっと、そうなんだろうね」誰にともなく彼は呟き、徐に宙へ腕を持ち上げた。「ねえ、」
     二人の、三人の瞳をまっすぐに見据え、静かに微笑む。それから、己の額を指で示した。
    「俺のココに、何が見える?」
     不破と竹谷は顔を見合わせ、善法寺へ視線を向ける。善法寺は表情を変えずに保健室の片隅で何かの支度をしていた新野を振り返り、小さく頷いた。
    「やっぱり、」久々知は微笑んだまま不破と竹谷を交互に見る。「俺の錯覚じゃなくてよかった」
    「……錯覚、と、いうか」不破が逡巡を隠さずに言う。
    「朝のときこそ、夢かと思ったんだがな」竹谷は笑みを返した。それ以外に浮かべられる表情がないためだろう。
     新野がゆっくりと近づいてくる。両手には布製の手袋や、竹筒を乗せた盆を抱えながら、善法寺の横に腰を下ろした。変わらない微笑のまま、善法寺の視線に応えるように、はっきりと頷く。善法寺は眉を一瞬だけ押し下げ、盆の上に置かれた手袋を手に取った。
    「久々知、」善法寺が視線を背後へ向けたまま続けた。「その額にある……瘤を、診せてもらってもいいかな」
    「瘤?」
    「皮膚が隆起して、腫れている。即ち瘤、もしくは、デキモノと呼べる症状に近い。正確に言うのならば」
    「より正確に言うのであれば、」目覚めてから最も明瞭な声音で彼は言った。「ツノです」
     久々知は見えない瘤――或いはツノの存在を示すように小首を傾げた。頭に響く雨音が魯鈍な大波のように鈍く広がっていく。速く、そして深い。この音に、どこまで沈み込めるだろうか。久々知は考え、すぐに自嘲をこぼした。沈んでみたところで、何も掴めないことは分かっている。今もその断片を掠め見ているだけだと言うのに。どうしてこの緩慢な身体で、耐えられるだろう。
    「ツノ?」善法寺は眉を顰めた。「診せてもらうまでは僕はそうは呼ばないけれど、久々知、君自身はそう思うんだね?」
    「そうです」久々知は頷いた。「思うから。そう、定義したから。これはツノになったんです」
     彼は天井を見上げる。否、見ているのは歴史を重ねた梁ではない。見えているのは宙。天井にも、空にも、遮られることなく偏在する宙を垣間見る。感じ取る。思考のように。原初に存在する、その暗闇を。
     見る。
     聞く。
     触れる?
    「あ、」
     指がツノの先端に触れ、継ぎ目のない皮膚の境をなぞる。
    「兵助」誰かの声。
     波の中に一瞬を掴み。
     そして、
     流される。
     百の貌。
     八百万の声。
     無限に等しい、夥しく蠢いては揺れ動く波のような思考。
    「兵助」
     声が聞こえる。
     寸鉄の閃きにも似た、鋭利が眩む。
    「お前は、」
    「何を考える?」
    「何を思う?」
    「私は、」
    「俺は、」
     久々知は目を閉じた。両手を持ち上げて耳を塞ぐ。瞼はあっても、耳を自ずと塞ぐ術はない。人の身体はこんなにも、些末な不便さで満ちている。だからこそ、全てを忘れなければならない。身体があることの全てを。
     そうして聞こえるものこそが、最も速く、最も純粋な思考。最も強く、最も抽象された想像。喉を、舌を、唇を通じざることなく発せられる声を、鼓膜を通さずに聞く。視界を通じることなく映る世界を、双眸に映さずに見る。
    「だから、きれい」彼は言う。
     その言葉の意味を問う声は聞こえなかった。


     双眸を閉ざし、耳を塞ぎ。息を止める。全ての動きに抗うように。身体の内に籠るように。唯一、水中に潜る子どものような無邪気さを滲ませた口元の角度だけが、彼の意識を伝えている。
     三人は顔を見合わせ、それから同時に久々知の唇と鼻を交互に見やった。三つの脈が揃わずに時を打つ。脈拍が四つ、或いは五つ目を打った後でようやく、彼らは目を凝らさなければ分からない唇の微動を捉えた。安堵を隠さずに不破が息を吐く。丸くたわむ背を竹谷が軽く叩いた。ずっと握り込まれていた手には冷えた汗が滲んでいる。励ましではなく、共有のための接触だろう。
    「大丈夫だよ」善法寺は意識された笑みを浮かべた。彼らを安心させるためではない。己を律するための微笑だった。「大丈夫」
    「そうですね」新野がゆっくり頷いた。真面目な顔で手袋を取り、善法寺に差し出す。「善法寺君。我々にできることは、一つですよ」
    「そうでした」善法寺も頷いた。一瞬の仕草で笑みを消し去り、手袋をはめる。「僕は保健委員だ」
     善法寺が久々知の額に触れた。布に隔てられた緩慢な感覚を通して、その存在を探る。骨と似た手触り。連続した皮膚の質感。それらは全て、この鋭角が久々知自身の一部であることを示している。
    「先輩、兵助は」不破が布団に片手をついて尋ねた。彼に触れるべきか、触れていいのか、悩んでいるのだろう。「その、一体……?」
    「分からない。でも、確かに、これは」額を指で示し、善法寺は言い切った。「骨のようだけど、でも、繋がっているのは皮膚だけ。不思議ではあるけれど、見た目だけを例えるなら、石か、もしくは」
    「角」竹谷が顔を近づけた。虫を観察する時と同じだけ近く、同じだけ慎重に。それから素手をその先端に近付ける。「例えば、牡鹿に生えるような」
    「竹谷、」善法寺が短く止めた。「無碍に触るのはだめだ」
     竹谷は宙に浮かせた手を従順に膝へ戻し、しかし、挑戦的な目で善法寺を見据えた。
    「大丈夫です。これが感染る類のものなら、朝、兵助を運ぶ時に触れてた俺たちはとうに手遅れですし、巷で流行ってもいない病が兵助一人にいきなり現れるとも考えられない。それは先輩も、分かっておいででしょうけれど」
    「そうじゃないよ。新野先生とはすでに話したけれど、確かにこれは感染る類のものではないと思う。病かどうかも、腑に落ちない。そう、竹谷の言うとおりかもしれない」
    「俺の?」
    「鹿に角が生えるのは自然だ。誰も変には思わない。それと同じ……つまり、久々知という生き物にとって、この角は自然な現象に等しいのかもしれない」
    「でも、人間に角は生えません」不破が顎に指先を添える。迷っているのか、或いは考えているのか。彼自身にも分からない。「兵助は人です」
    「そうですね」新野が静かに頷いた。「ただし、人の形とは千差万別なもの。細部に違いがある、という話ではありません。生まれつき四肢ではない人だって、指を六つ持つ人だっています。久々知君の角は、その類のもの、と考えることは可能です。ただし、」
    「それならどうして、突然?」不破は呟き、それから慌てて顔を伏せる。言葉を遮ったことに対する謝罪の仕草だった。「そんなことは、起こり得ますか?」
    「さあ?」善法寺は首を傾げる。「新野先生はご存知ですか?」
    「いいえ。初めてです。だからと言ってあり得ない、と言い切ることもできませんからねぇ」
    「つまり、目の前にあるものを受け止めて、対処するしかない。そう言うことですよね」善法寺は微笑む。新野もまた微笑みながら、頷いた。
    「対処のために、」口を閉じていた竹谷が手を挙げた。授業中のような仕草が却って奇妙な存在を放つ。「対処法を知るための一歩は、観察ではないでしょうか」
    「そうですね」新野が答える。
    「それでは何故、善法寺先輩はさっき、僕を止めたのですか?」
    「ああ、それはね」善法寺は微笑んだまま竹谷を見据える。「不破の言ったとおり、久々知は人だから」
    「人だから?」
    「鹿でも、虫でもない。観察対象ではあっても、物じゃない」
    「人も生き物です」
    「だからこそだよ。竹谷、君は意識のない生き物に、抵抗のできない生き物に身勝手に触らないだろう」善法寺は当然に言った。「ましてそれが、大事な友人なら」
    「……そう、ですね」一瞬目を見開き、すぐに自嘲を含んだ笑みを浮かべた。「確かに、先輩の仰る通りです。兵助のことはお二人にお任せします」
     頭を下げた拍子に毛先が床に垂れる。髪に広がる微細な傷が陽光を乱反射して煌めいた。
    「任せてください」新野が背筋を伸ばす。教師としての、或いは医者としての矜持が背骨に宿っていると信じるように。
    「僕たち保健委員会も手を尽くすよ」
    「お願いします」不破も頭を下げた。「せめて、三郎と勘右衛門が帰ってくるまでは」
     竹谷と同時に顔を上げた。そのまま立ち上がり、薄日の残る障子を開ける。最後に振り返った級友の影は蹲ったまま、微動だにすることなく俯いていた。二人はそれ以上何も言わずに保健室の外へ足を踏み出した。障子の閉まる、間の抜けた音だけが二人の鼓膜の上で繰り返し再生される。廊下の角を一つ曲がったところで、ようやく不破が呼吸を吐いた。
    「……きっと、大丈夫」
    「どうしてそう思う?」
    「何となく。だけど強いて理由を考えるのなら、そうだなぁ、兵助は優しいからかな」
    「まあ、確かに優しいが」それがどう関わるのか。問いを言葉にはせず、竹谷は顔を顰めた。素直な表情こそが最も誤解なく意思を伝える手段だと信じているように。「優しいがなぁ……」
    「僕が悩んでいる時は待っていてくれるし、八左ヱ門の話にも朝まで付き合ってくれる。それも、心から真剣に」不破は言葉を探して微かに唸りながら、小さく頷いた。「うぅん……だから……耳を傾けてしまうんだよ」
    「どういう意味だ?」表情を変えずに、竹谷は尋ねた。
    「八左ヱ門や善法寺先輩は、兵助の額の角を鹿に例えただろう。二人とも生き物に詳しいから、むしろ、生物の機能を基準に考える」不破は迷わずに続けた。「だけど僕には、あれが別の意味を持つものに見えた」
    「鹿の角は力だ。角を使って戦うことで縄張りを争ったり、外敵から身を守る」
    「そう、だけど、あんなに小さな角では何にもならない。もっと、別の発想があるんじゃないかなって」
    「いまいち分からんなぁ……雷蔵の発想って例えば、どんなだ?」
    「例えば、雷に撃たれる木。虫を集める焚き火」
    「……詩的すぎて分からないって」竹谷が頭を抱えてみせる。頭が痛いという仕草ではないだろう。頭を小槌のように振れば答えが降りてくると信じたのかもしれない。「つまり?」
    「つまり、兵助の角は何かを集めるための装置じゃないかってこと」
    「えぇぇ……あ、でも少し分かったかもしれない。つまり虫を集めるための蜜だな?」
    「どうだろう。それだと角より平面的な印象な気はするんだけど、でも、そう、多分近いものではあるのかなぁ……」
     言葉を交わしながら廊下を歩く二人は、前方から響く軽やかな足音に一瞬口を閉ざし、すぐに笑みを浮かべて視線を交わした。水色の頭巾が夕陽に照らされ、白に変わる。彼らは自分たちの上に降り注ぐ白い光に気付くことなく廊下を走り、二人を見つけた途端に慌てて足を止めた。
    「こんにちは。竹谷先輩、それから」
    「不破だよ」不破が微笑んだまま先回りをする。いつものやり取り。相手が下級生であれ、上級生であれ。不破を見れば必ず連想されるもう一人が隣にいなければ、必ず。「……あ、」
     不破は小さく呟いた。その声に呼応するように竹谷が僅かに目の端を動かし、下級生に見えないようにその背を小突く。不破は目線だけで謝ると、下級生たちに向かってわざと眉を顰めて見せた。
    「庄左衛門、伊助、廊下は走っちゃダメだよ」
    「すみません。でも、急いでいて」黒木が横目で二郭を見やる。「久々知先輩が体調を崩されたと聞いたので」
    「ああ、そういうこと」不破が困ったように鼻先を鳴らす。「でも、多分、保健室には入れてもらえないかもしれない」
    「そんなにお悪いんですか?」
    「雷蔵、誤解を招くようなことを言うな」竹谷が、今度は堂々と不破の頭を叩いた。空気を含んだ髪が潰される、軽妙な音が響く。「一年生を心配させてどうする」
    「あはは、ごめんごめん」
    「えっとぉ、それで、久々知先輩は……」
    「寝てるんだよ。兵助、ずっと課題続きだったからね。休んでなさすぎだって善法寺保健委員会委員長に怒られてさぁ」不破は軽い口調で言った。「そんな姿を後輩に見られたら、きっと気にしちゃうから」
    「真面目だからな、兵助は」竹谷は何度も頷きながら一年生たちの頭を撫でる。「だから、ここは兵助を思って戻ってやってくれ」
    「そんなぁ」
    「仕方ない。先輩にだって見られたくないところはあるさ」黒木が真剣な眼差しのまま言う。「それに、鉢屋先輩ならいざ知らず、不破先輩と竹谷先輩が仰るのだし」
    「三郎だとダメなの?」不破が尋ねた。
    「ダメ、というわけではないですが、鉢屋先輩ならむしろ顔を見に行ってやれって言いそうですから」
    「あいつ、一年生にこんなこと言われてるなんて知ったら泣くぞ」竹谷が笑いながら言う。「あれで三郎も、本当に人が嫌がることは殆どやらないんだが。それでもやられた方はたまったもんじゃないから仕方ないか」
    「そうだねぇ、殆どやらないから、あんまり悪く思わないでね」不破は微笑んだ。「それでもやる時はあるんだけど。構って欲しがってるとはいえ、下級生にやっていたら問題だなぁ」
    「それも後輩に言うことじゃないだろ」竹谷が笑う。「まあ何だ、本当に嫌な時は俺たちに言ってくれ。別に勘右衛門や兵助でもいいしな」
    「はい」
    「ありがとうございます」
     二人は同時に頭を下げ、踵を半回転させた。そのまま元来た道を駆け出していく。軽やかな足取りは彼らにとって特別な駆け足ではなく、いつもの足並みなのだろう。
     小さな背を見送り、その足音が完全に聞こえなくなってから、竹谷は勢いよく息を吐いた。
    「焦ったぁ……」
    「さすがにあの状態の兵助に会わせるわけにいかないよ」不破が一度だけゆっくりと瞬きを落とす。「ありがとう、八左ヱ門」
    「ん? 何が」
    「さっき僕が一瞬迷った時、助け舟を出してくれただろう」
    「ああ、いや、そんなのは当たり前なんだが、」竹谷は腕を組み、廊下の壁にもたれかかった。「雷蔵、あの時何を迷ったんだ?」
     夕陽は遠く山際に稜線を浮かび上がらせている。生徒たちはとうに長屋へ帰り、或いは鍛錬に出掛けているだろう。保健室のある校舎側に来るものは少なく、ならばここで話すべきだという判断だった。
    「三郎のことを思い出した。いや、忘れていたわけじゃないんだけどね?」不破は曖昧に首を傾ける。保健室の方を一瞬だけ眼差し、それから山並みへ視線を移す。忍務であるために詳細は話さなかったが、西の方に行くと言って出掛けた顔を思い出す。不破にとっては、それが己の顔だと思ったことはなかった。彼が己の隣に並び始めた時から、ずっと。「三郎だ、って」
    「だから、何が?」
    「兵助が見ているのは……兵助を呼んでいるのは」
    「三郎が、なんで。というかそれでどうして、角が生えるんだ」
    「角は一つの象徴なんじゃないかな。三郎の心を見る、もしくは聞くための。見るために目があって、音を聞くために耳があるのと同じ。三郎の心を感じるための、言わば、器官」
    「離れた場所にいる三郎の心と通じるための?」
    「僕たちからすれば、そうなるね。実際に三郎と兵助が何を思っているのかなんて分からないけれど」
    「……それは向こうが、俺たちには分からないと思い込んで話さないからだろう」竹谷が口の先を尖らせる。子どものような仕草。
    「そうだね」不破は微笑んだ。「でも、八左ヱ門は分かる? あの二人の奥底が、見える?」
    「……そりゃあ、まあ、難しいけど」
    「勘右衛門なら、皆の奥底だって同じだと言うんだろうけれど。そもそも人の奥底は見えないって」
    「ああ、言いそうだ」竹谷は組んだ腕を解き、左右を変えて組み直した。「それが、どうして角に繋がる」
    「人が分かり合えるにせよ、分かり合えないにせよ。分かり合いたい、知りたいと、思うことはあるだろうから」
    「それを知るために、心を聞くための機能として、角を必要としたってことか」
    「そう。あくまで僕の仮説だけどね。三郎の声を聞くためなら耳でいいけれど、思考はそうもいかないだろう?」
    「でも、三郎は離れた場所にいる」
    「心に距離は関係ない」不破は言った。「三郎が言っていた。同じことを、兵助も。思考だけは時間と空間に縛られない、と。縛られているのならば、それは、思考のための基盤が、身体があるせいだって」
    「それを飛躍するための角、か」
    「僕らは真っ先に鹿を想像してしまったけれど、角は鬼や物怪、人でないものの象徴でもある」
    「人ではない?」
    「時間や空間に縛られないものの代表格は幽霊だしね」不破が人差し指を真っ直ぐに伸ばす。そしてそれを反転させ、足元に向けた。「兵助はそれを創り出した。人である自分の中に、鬼、或いは幽霊を。三郎の声に近づくために」
    「あぁ……うん。何となくわかった。でも、」竹谷は目を伏せ、そして開く。夕陽は緩慢に沈みながら、赤光を宙へ滲ませている。突然朝になることはなく、夜から昼へ遡ることはない。それが彼にとっての自然。それを遡って、どこへ飛ぼうというのか。光と影の境目に滲む闇を睨む。そこに、二人がいるという直感があった。存在ではない。二人の思考が。「それは雷蔵の考えに過ぎない」
    「うん。それも分かってる。だけど、一つだけ確かなことがある」
    「どんな?」
    「僕は三郎の相棒だからね、」そう言い置いて、不破は悪戯気に笑った。日頃は隣に在る表情によく似ていることには、気付かなかった。「アイツが寂しがりってことはよく知ってるんだよ」
     二人がどれだけ速く考えようと、強く思おうと。二人の身体は確かに存在する。
     目を見て、
     声を聞く。
     そうしなければ伝わらない。
     伝わっていることを確かめられない。
     目に見えなければ。
     聞くための、集めるための標がなければ。
     伝わらない。
     だから作った。
     真っ直ぐに。心に向かうための鋭角を。
    「寂しいのは、兵助も同じなのかもね」
     夕陽の、最後の曲線が山の向こうへ沈んでいく一瞬。目眩にも等しい閃光に、二人は目を細め、やがて閉ざす。
     それ以上には、見えないものがそこにあった。


    「それで、三郎は」
     尾浜は木の上から真っ直ぐに垂らした足を前後に振りながら、眼下を見下ろした。一段下の枝に座る男の後頭部が視界の端に映る。見慣れた人工の髪が夜風との摩擦で表面に毛を逆立たせていた。
     忍務は三日目。彼の手にある姿絵はほとんど完成されており、手を加えるべき場所は残り僅か。その僅かな一部こそが、しかし、他者と個を分ける決定打となることを尾浜は知っていた。一日目に交わした雑談の他に鉢屋が無駄に話そうとしないのは、その一瞬では観測できない微小を捉えるためだということも。
     尾浜の声に振り返らず鉢屋は肩を竦めた。話しかけるな、という仕草ではない。続けるなら勝手にしろ、程度の意味だった。その意図が伝わらないと思ったことはない。例え伝わらなくとも、彼は勝手に話すだろう。
    「兵助のことをどう思ってるわけ?」
     鉢屋は振り返った。視線は城に向けたまま。尾浜は今、木の枝に座り、退屈を隠さずに腕を頭の裏で組んでいる。それは、しかし、全てただの素振り。演技。大きな丸い双眸にだけ、狩を始める前の獣にも似た明瞭な思考が、隠しきれずにあふれている。その姿を捉える。己の目で見ることなく。
    「どうして、兵助が」鉢屋は帳面に小指を描き足してから答えた。障子越しから三日眺めた男には小指の先端が欠けている。それが男にとってどのような作用をもたらしているのか、鉢屋は考えなかった。彼自身があの男に化けることはない。「脈絡がない」
    「三郎には言われたくないなぁ、それ」
    「今の状況の話だ」鉢屋は再び肩を竦めた。今度は呆れの意味を込めて。「なぜ、いきなり兵助の話を?」
    「だって、三郎、この間ずっと、兵助のことを考えているだろう」
    「…………は?」鉢屋が振り返る。今度は首を動かして、尾浜をその目で捉える。
    「睨むなって」尾浜は足を揺らしながら笑った。「分かるよ、それくらい。兵助とも三郎とも、もうずっと一緒にいるんだから」
     手元の帳面へ視線を戻し、それから、鉢屋は再び尾浜を振り返る。一つ高い枝に座る彼を見上げながら、過去の横で揺れる足を掴む。尾浜は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに額に皺を寄せた。危ない、という苦情のつもりだろう。
    「他人のことなんて分からないんじゃなかったのか」
    「理解できないって言ったことならあるけど、まあ、心ここに在らずだなってことは見てれば分かる。それが普段、兵助を見ている時の目つきと同じなら、尚更だ」尾浜は音を立てずに笑うと、つま先で鉢屋の肩を突いた。「三郎、お前、兵助のことをどう思ってるんだ?」
    「……私と最も近い」鉢屋は言った。「前にも言っただろう。私たちは良く似た世界の見方をする」
     ふぅん、と鼻先を鳴らし、尾浜は再び肩を小突く。足を掴むよりも余程危ないと鉢屋の一部が考える。それを口に出すことはなく、代わりに鉢屋は小さく息を吸った。夜風を肺に取り込む。夏らしい、湿潤の芯に冷気を含んだ風が内腑に浸み渡る。
    「三郎はそう信じているのか」
    「信じる」尾浜の言葉に鉢屋は口の端を微かに歪めた。言葉の意味を確かめるように、ゆっくりと繰り返す。「信じる」
    「信じているんだろう。いや、信じたい、ってことなのかもしれないけど」
    「……含みのある言い方だな」
     尾浜は一度だけ瞬いた。何かを見定めるつもりか。或いは、鉢屋の面に浮かんだ一瞬の表情を捉えたのかもしれない。
    「はっきり言うのなら、」真面目な声色で、彼は続ける。「それを兵助に確かめたことはないんだろう、ってことだよ」
    「確かめる意味がない」
    「言葉を使うから? 確かに三郎にとって言葉が思考よりも遅いものであるなら、思考が近いことを確かめるために言葉を用いることは難しいね」
    「分かったなら、もういいか?」
    「理解はしてない。他人の言うことが理解できないものとはいえ、お前の言い分は飛躍し過ぎていて、ついていけない」
    「兵助よりはマシだろう」
    「うん、そうだね。三郎は理解されないことを知っているから」
    「兵助は……アイツは、なんで周りが理解できないのかを、理解しない。する気がないわけでも、その能力がないわけでもない。する意味がないからだ。そんな無駄なことを、鈍さを、持っておく意味が。そして、」鉢屋は平淡に言った。「勘右衛門も八左ヱ門も雷蔵も、それを気にしないでいてくれるから」
    「四六時中他人の顔をしている奴が同級生にいたからね。内面の突飛さなんて、気にかける余裕がなかっただけだよ」
    「私が兵助に問わないのも、同じ」
    「四六時中他人の顔をしている本人なのに?」
    「そこじゃあない」首を振り、息を吐く。呆れではなく、緊張を打ち払うための深呼吸だった。「私にとって兵助の持つ思考の飛躍は、決して突飛なものじゃない。そこにある道筋と、行先が見える。私自身ならば別の道を通ることはあっても、兵助がそうする理由が、思考が、理解できる。それだけで十分なんだ。後は余剰にすぎない」
    「へぇ」
     相槌を一つだけ返し、尾浜は鉢屋を見下ろしていた視線を上空へ向けた。樹上からは夜空も疎にしか見えない。網目状に織り重なった枝葉の隙間を、星の光が茫と埋める。即ち、樹々の内側には影に隠されているということ。
    「それじゃあ、」尾浜は星を掴むように、腕を宙へ伸ばした。「やっぱりそれは、三郎の思い込みだ」
    「そうだとして、何の問題がある」
    「三郎だけの問題ならいいんだけど」悪戯を仕掛ける前によく似た表情を連想させる影を口元に浮かべ、尾浜は笑った。「兵助は優しいからさ」
    「どうしてそこに兵助が出てくるんだ」
    「おいおい、俺たちはずっと兵助の話をしているよ」
    「それはそうだが……いや、そうじゃなくて、」
    「お前は兵助のことを知りたいんじゃないし、知る必要がないんじゃない。三郎、お前は、」尾浜は宙を見上げたまま言った。「兵助に知ってほしいんだろう?」
    「理解したように言うんだな」
    「残念だけど、これは兵助から聞いたこと」
     俺たちは多分よく似たことを考えられる。そう呟いた同室の顔を思い出す。どこか遠くの宙を、星を、その軌跡が描く時を一息に覗き見るような。曖昧で、しかし、鋭利な光を。
    「だけど、それは決して同じじゃない。雷蔵と三郎がどれだけそっくりでも、他人であるのと同じ。思考の元が、あるいは先が、異なる以上、決して同一にはならない」級友の言葉をなぞりながら、尾浜は肩を竦めた。理解できないことを示すための仕草だろう。「だから本当は知ってほしいはずなんだ、って」
    「知ってほしい」鉢屋が繰り返す。
    「そう。だけど自分たちの違う部分は言葉で表すには捉えきれない。表す言葉がない。だから、どうすればいいのか分からないそうだ」
     その優しさを伝えるだけでいいのだろう。尾浜はその時そう考え、しかし、それを伝えはしなかった。それに気付かないところこそ、久々知の良い部分であるのだと尾浜が信じていたために。伝えられなかった、という方が、きっと正しい。
    「知ってほしい……ああ、そうか、」
    「何かを腑に落ちた?」
     その問いには答えず、鉢屋は黙って星に手を伸ばす。尾浜の指が示す星に重ねられるように。その星は学園の方角を示している。
    「知ってほしかったのか」
     伸ばした腕の先で、星がひとつ、流れ落ちた。
     

     雨。波。風。全てが断続され、そして、連続しているものたち。その只中に佇み、久々知はそれらが過ぎゆくのを眺めていた。絶えず、鳴り止まない音に耳を澄ます。
     見ることと、聞くことを、同時に捉えていた。目と耳に分けるために生まれる、一瞬の遅延さえもなく。欠落もなく。この世で最も速く、完璧な知覚がある。
     その感覚を頼りに、彼は並行し、輻輳し、逆転する思考の渦を追いかけた。時間と空間から解放された思考の明滅の中を。新たに織りなされた宙の中を。沈むために、もがく。踊るように、翔ける。それもまた、しかし、印象にすぎない。身体を連想しなければ動いているという感覚を知ることができないことこそが己の弱さ。泳ぎながら、彼はそれを知った。或いは、これから知るのかもしれない。
    「兵助」呼ぶ声が言った。「兵助」
    「どうして、」久々知は問う。発声はなく、ただ、唇を動かしたと言う感覚だけが遅れて再現される。「どうして俺を呼ぶ?」
    「分からない」声が応える。「ただ会いたかったのかもしれない」
     先ほどとは違う声。違う思考。先ほどの思考はもう、ずっと、遠くに行っていると気づく。その全てを統合する声にはまだ、辿り着かない。
    「会いたかった」久々知は繰り返す。「なぜ?」
    「見せたかったのかもしれない」
    「触れたかったのかもしれない」
    「聞きたかったのかもしれない」
    「結びたかったのかもしれない」
    「解きたかったのかもしれない」
     久々知の問いにかぶせるように、声が続く。同時に、そして無秩序に。どこまでが久々知への答えであるのか、久々知には分からなかった。
     分からない。
     そう。
     ここまで潜っても、飛んでも、分からない。太陽に限りなく近づくことはできても触れることはできないように。地上から、星には触れられないように。
    「それでも」久々知は言う。「知りたい」
     無数の声が止む。全ての意識が、己を見つめているという錯覚。無秩序に散乱し、飛躍していた思考たちが一瞬にして統合される。
     静寂。そして。
    「兵助」
    「三郎」
     久々知は振り返る。
     霧に包まれた山の中に彼はいた。風もなく、停滞した微粒子が静かに浮遊する。息を吸い込めば湿潤が全身を巡る。水の中にいるかのように。枝葉が織りなす影は、霧に青く拡散し、深く澄んだ水底を連想させた。
    「兵助は、何を考えている?」
    「すべてを」久々知は答えた。迷うことなく。そう答えることを、かれは知っているはずだった。次に、何を問うのかも。「三郎は?」
    「兵助のことを」彼は答える。「今は」
    「過去と、未来と、今の違いを言える?」久々知は尋ねた。それから、己が微笑んでいることに気付く。「その答えが同じなら、きっと、」
     青い葉が足元に一つ舞う。
     見たことのない、しかし、見覚えのある先端の角度。
     その鋭角に流れた水滴が、
     光り、
     やがて、
     落ちる。
     目眩。
     風のそよぐ気配。
     木製の廊下を駆ける、軽やかな足跡。
     薬の香り。
    「きっと、」彼は呟き、耳を塞ぐ手をゆっくりと下ろした。
     その後で己には手があることに気付く。五本に分かれた指の感覚。この細く小さなもの一つ一つを動かすことができる。その滑稽さが、きっと、人であるということ。鈍く、あまりにも微小な指で、何もかもを生み出せると錯覚できることが。
     ならば、生み出してみよう。
     この手で。
     宙へ手を伸ばす。皮膚を光に透かすように。
    「今だけが、夢なんだ」
     そして彼は目を覚ました。


     何もかもを憚らない足音が二つ、障子を蹴破るように飛び込んだ。部屋の中央に腰を下ろしていた新野が大仰に眉を顰め、入り口で止まった二つの影を見据える。彼らはそれぞれに頭を下げ、しかし、すぐに顔を部屋の片隅に向けた。保健室で一時的に休むための空間を三日間の間占拠した布団は変わらず敷かれたまま、しかし、そこに横たわる影が身を起こしていることを確かめる。
    「兵助!」竹谷が言った。
     俯いていた久々知は顔を上げ、頬骨に張り付いた横髪を指で払う。自然な仕草。彼はそのまま二度瞬きを繰り返し、曖昧に頭を下げた。
    「八左ヱ門も、雷蔵も、」視線だけを持ち上げ、再び俯く。「えっと、その、」
    「体調はもう大丈夫なの?」不破が尋ねた。足音を立てずに布団に近寄り、傍らに腰を下ろす。その隣に竹谷も座り込んだ。
    「あ、うん。それはもう」
    「良かった。三晩も眠ったままだったから、心配していたんだよ」
    「俺たちだけじゃない。後輩や、先生も」
     床に座り込んだ二人の頭上に影が落ちる。振り返れば、湯呑みを持った深緑の制服が微笑んでいた。
    「それから、僕らもね」湯呑みを久々知に差し出し、飲むように促す。「薬湯だよ。三日寝込んだままだったからね、まずは栄養を摂らないと」
     久々知は湯気の立つ湯呑みを受け取り、一瞬眉を顰めた。薬草の青い香りが鼻腔を突き、その苦味を連想させる。
    「ありがとうございます」久々知は表情を固めたまま言った。
     ゆっくりと湯呑みに口をつける。匂いに反して味のしない液体が喉を過ぎていく。感じられるのは熱さだけ。それさえも、しかし、喉を過ぎれば何も分からなくなる。分離されたように。把握できない。それをどうして、自分自身と呼べるのか。他者がこの身体を己の名で呼ぶために。己がそこに在るのだと、錯覚しているだけのこと。
     久々知は小さく苦笑を溢した。己もまた、しかし、その重さを、鈍さを利用している。そうして繋ぎ止めているものがある。矛盾している。それが悔しく、同時に可笑しかった。
    「兵助?」不破が顔を覗き込む。「どうかしたの?」
    「ううん」久々知は首を振った。「薬が、苦いなって」
    「そりゃあ甘くなんてしていないからね」布団から少し離れた、薬棚の前に座った善法寺が言う。手には巻き掛けの包帯が絡まって弛んでいる。「苦いのが嫌なら、もう無茶をしないこと」
    「すみません」
    「謝る相手が違うよ」善法寺が微笑む。
    「……そうですね」久々知は頷き、薬湯を一息に飲み干した。それから顔を上げ、不破と竹谷を交互に見やった。「二人とも、ごめん」
    「何が?」不破が微笑む。
    「謝られることはない」竹谷は呆れを隠さず溜息を吐き、それから眉を顰めた。「それに、」
    「それに?」久々知が小首を傾ける。低きへ引かれる水のように、肩から黒髪が流れ落ちた。「……ああ、」
    「その、角」不破が久々知の額を指で示す。「兵助が目覚めたら消えるのかと思ったけれど」
    「あったらダメなのか?」久々知は尋ねた。
    「ダメではないけれど、目立つだろう。人と違うことは嫌でも目につく。それは内面でも、外観でも、同じだ。俺らが気にしなくても気にする奴はいるし、忍には向かない」
    「はっきりと言うんだね」
    「俺はこう言う物の言い方しか知らんからなぁ」
    「八左ヱ門らしくていいと思うよ」久々知はそう言い、手に持ったままの湯呑みを傍らに置いた。床板と陶器のぶつかる小気味良い音が一瞬だけ響き、すぐに消散する。現実のように。最後まで残るのは、いつも夢。「だけど、そっくり同じものもまた目立つ」
    「それは……」不破が言う。「三郎のこと?」
    「同じであれと願うこと。それは即ち、違うがあるということだから。前提として俺たちは皆が同じではないということを知っている。同じではないと、思い込んでいる」
    「そこまで考えていないと思うがなぁ」竹谷が口の先を尖らせた。「単純に、見た目が違う生物は仲間と認識されずに群れを追い出されるってだけじゃないのか」
    「人間は生物?」久々知が反対側に首を傾けた。「うん、八左ヱ門の視点ならばそれが正しい」
    「少なくとも、俺たちは生きている」
    「生きているって?」
    「前にも言ったが、呼吸をするし、脈もある。器用な指や、速く走るための足もある」
    「それらがない人もいる。生まれつき、もしくは、奪われて」
    「それじゃあ兵助は人とは何だと思うんだ」竹谷が尋ねた。
     久々知は己の額を指さし、その小さなツノの先端に触れた。硬く、冷えた感覚が指を伝う。
     骨のように。
     石のように。
    「意思」
     それだけだ。人はただ形を成すだけでは人ではない。形を失ったとしても、人でなくなるわけではない。この身体の内部を、あるいは外部を渦巻く意思こそが人。
    「そして、その間に生まれる身体こそ、人間」
     開け放たれたままの障子から声が聞こえた。それが大気を揺らした声であるのか、分け合った思考の一端が導いた声の連想であったのか、彼には分からなかった。
    「三郎」久々知は唇を動かした。声を発していると意識するように。ゆっくりと。
    「兵助」鉢屋は仄白い唇の先を見つめる。
     視界の端で、不破が竹谷に目配せをするのが見えた。竹谷は善法寺の方を向き、視線で部屋の外を示す。彼らは静かに立ち上がると開け放たれたままの障子から廊下へと出ていった。
     すれ違うように、三郎が部屋の中に入ってくる。
     互いに無言のまま。見つめ合う。そこに在るものの意味を捉えるための時間だった。
    「おかえり」やがて、久々知が言った。
    「ただいま」鉢屋は布団の傍らに歩き寄り、久々知のすぐ隣に腰を下ろした。水を浴びてきたのか、僅かに湿った掌が、半分だけ布団を踏む。「医務室にいると聞いたのできてみたのだけれど、」
    「少し、目眩がしていただけたよ」
    「そうか」相槌を一つだけ落とし、鉢屋は久々知の前髪に触れた。
     汗で額に張り付いた一房が避けられ、素肌が晒される。ツノと皮膚との境目が日差しに透け、薄く光った。久々知は伸ばされた手を払うことなく、その先を真っ直ぐに見据えた。光を見つめる眼差しを、見つめる。深く渦巻く黒目の中に、宙を垣間見る。光が反射する輝き。星の蠢きを思わせる瞬き。浮かんでは消える明滅の繰り返し。自分の双眸にも同じ宙が映っているだろうか、と彼は考えた。
     水面に映る星と同じ。
     どちらも触れることができないと言う意味では、宙も水面も変わらない。
    「三郎」久々知は口を開いた。「何を考えている?」
    「このツノが、私を呼んだ?」鉢屋が質問を返す。「私はお前に、兵助に、知ってほしかっただけ。手は伸ばさなかった」
    「そう。伸ばしたのは俺の方。なぜなら、」
    「知りたかった」
    「知ってほしいということを、知っていたから」
    「私のことを、知った?」
    「元から知っていた。だけど、同時に、俺の見ていたものが本当に三郎の心であった保証なんてない。全部俺の錯覚かもしれないし、妄想だとしても確かめる術はない。俺は、三郎じゃないから」
    「兵助は私と同じだと思っていた。土の中に星を見て、宙に魚を游がせる。この世の当然を宙へ放り投げられるから。当然を疑うことなく。でも、」鉢屋は久々知の双眸を覗き込む。「私の目は兵助の目ではなかった」
    「三郎の目は、三郎のものだから」
    「兵助の目も」
     鉢屋が小さく鼻を鳴らす。自嘲にも、嗚咽にも似ている仕草。似ているということは、即ち、そのどちらでもないということ。久々知に分かることはそれだけだった。きっと、鉢屋自身にも分からないせいだろう。
    「寂しい?」久々知が尋ねる。
    「寂しい」鉢屋は答えた。素直な口調で続ける。「雷蔵も八左ヱ紋も勘右衛門も皆、私が何であれ、私を分からなくても、側にいてくれる。そんな友人が居てなお、私は寂しいんだ」
    「それじゃあ」久々知が微笑む。「三郎はずっと、寂しいままだね」
     鉢屋はそっと、指を額に伸ばした。小さな鋭角の、輪郭をなぞる。同じ皮膚に覆われていながら、硬く、冷えた感覚が指を伝う。
    「だって俺たちは、同じになれない」
     その先端で、鉢屋は指を止めた。ツノの先に集められた光を遮るように。その温かさを、繋ぐように。
    「兵助も、つまり、」鉢屋はツノに触れたまま言った。「寂しいまま」
     久々知は表情を変えず、頷いた。それから両手を鉢屋の手に重ねた。骨と血の通う皮膚。温かく、微かに柔らかな感触。決して溶け合うことのない境界から伝えられることはそれだけだ。
    「だけど」久々知は微笑んだまま、目を伏せる。「お前と俺だけでいるのも、きっと、寂しい」
    「そうだな」鉢屋は呟く。「わがままだ、私たちは」
    「それでもいいよ……それだけでいい。三郎がよく似た寂しさを知ってくれている。それだけで」
    「それだけで?」鉢屋が問う。「それだけで、いい?」
     久々知が頷く。背に垂れた黒髪が揺れ、小さな摩擦音を立てた。
     意思と意思の間にあるものが人間。
     即ち、身体。
     重く、鈍く、不自由な、
     そして、
     どこまでも隔絶した、優しい温度。
    「ツノに気付いた時、俺は人間なんだって、分かったから」
     身体の一部が無ければ触れられないという幻想。身体が、今、ここにあるという夢。それらの重さを引きずりながら、重みによる安定を求めている矛盾。
    「心は目では見えない。耳では聞こえない。だから、それを見るための、聞くための身体が、器官が、必要だった」
    「他人の心に潜るための」
    「三郎の心……三郎の心だけに飛ぶための」鉢屋の言葉を言い直し、久々知は重ねた手を離す。「でも、それはつまり、触れるために身体を必要としたということ。本当はそんなものなくても翔べるはずなのに」
    「或いは意思表示だったのかもしれない」鉢屋はツノの先端を指でなぞる。「身体が無ければ存在を知覚できない。そんな者たちに向けた」
    「知らしめて、何になる?」久々知が問う。
    「何にも。意味があるべきか?」鉢屋は問いを返す。「どうせ、私たちの他には伝わらない」
     二人はお互いの目の奥を覗き合った。正しく瞬きの間に。互いの目に宿る光が反射し合い、散乱し、攪拌される。鉢屋は光を求めるように、久々知を抱きしめた。
     今、ここにある。
     夢にすぎない身体を。
    「ほら、これが」鉢屋の肩に手を回し、久々知は微笑んだ。「人間」
     どこまでも暖かく、混ざり合わない熱が二人の間を埋める。
    「寂しいな」
    「幽霊であれば、すべてを分かち合えるかも」
    「寂しい、それでも、」鉢屋が言った。「それでも、わたしは兵助とよく似た寂しさを抱きしめたいから」
     存在を、形を。熱を確かめるように力を込める。
    「わがままだなぁ」
    「そうだよ。私たちはわがままで、身勝手で、そして、優しくない」
    「私たち?」
    「私と、兵助」
     他に誰がいる。鉢屋は呟いた。思考と思考の間に生まれるものが。人も人の間に生まれるものが人間ならば。鉢屋にとって人間と呼ぶべきもの久々知以外にはありえない。即ち、久々知にとっても同じこと。
    「そうだね」抱きしめられたまま、久々知は言った。「三郎も俺も、きっと、本当は優しくなんてないんだ」
    「だけど、それを知っているのも私たちだけ」
    「二人だけの秘密?」
    「共犯とも言える。私は外見で、お前は内面で、周りを騙しているのだから」
    「結果論だよ。それは」
    「それでも」鉢屋が続ける。「本当に今、ここにいるのは私たちだけ。私たちがいたという事実、今ここにいるという夢、まだどこにもいないという無」
    「それが、過去と今と未来の違い」
     久々知は額を鉢屋の肩に押し付けた。柔らかなツノが皮膚に刺さる。一瞬の、鈍い痛み。それから、空気が抜けたような、間の抜けた音が一つ。
     平になった額が、肩の婉曲に沿って密着する。もう、痛みは感じない。
    「身体があってよかった」久々知は言った。「三郎に俺の心を知られないですむ」
    「分かるさ」鉢屋は答える。「触れているだけで、少しは」
     知ってほしいという願い。知りたいという望み。
     それを叶えたいという優しさの象徴がこのツノならば。優しさに矛盾したわがままを認めた今、もう、必要のないものだ。心に潜らなくても、思考は分け合える。
     鈍く、遅い出力でも。
     ゆっくりと。
     二人は言葉のために口を開いた。
    417_Utou Link Message Mute
    2025/09/15 19:01:57

    ひかる角

    #鉢くく
    忍務で不在の鉢屋と突然角が生えた久々知の話


    鉢くくの日2025(のために書いていた鉢くく)です!
    ※保存閲覧を可能にしています。読み上げツールの利用など、個人で読むための範囲で利用をお願いいたします。

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    • 影に真偽のあるものか #鉢くく
      兵助は三郎の変装を見抜けるのか、な鉢くくです。

      2024年の書き収めのつもりが間に合わず、2025年の書き初めと兼ねるつもりでしたが1月が終わりました。今年もそんな感じでゆる〜くやっていくのでよろしくお願いします〜〜

      ※保存閲覧を可能にしています。音声読み上げのためなど、個人での閲覧目的に限ってご利用ください。
      417_Utou
    • 白露 #鉢くく
      喋ってるだけのはちとくくです。
      417_Utou
    • 小寒 #鉢くく
      遅刻!
      お休みの後で学園へ帰ってきた鉢屋と久々知の鉢くくです。
      417_Utou
    • その名は知らない #王光
      猫を拾った光雲の話
      ※保存閲覧を可能にしています。galleriaの表示では読みにくいため別のメモに貼り付けて読む、読み上げソフトを利用するなど、個人でお読みいただく用途に限り、ご自由に保存していただいてかまいません。(無断転載・AI学習は禁止とさせていただきます)

      14弾後のお話です。ポルトガルにいますが当時のポルトガルについて全く無知で書いているため、その辺は薄目で読んでいただければ…
      ついでに前と同じく、CPは便宜上王光としていますが、お好きなように捉えてください。
      417_Utou
    • 青写真なら波に捨てた #鉢くく
      現パロ。
      「白木蓮の咲く部屋で」と同じ世界線です。
      ※保存閲覧をokにしています。読み上げツールの利用など、個人で読むために必要な範囲でご利用ください。

      2025書き収めと称した、書き途中で放置していたものを突貫で完成させたものです〜
      今年もたくさん読んでくださったり絵文字やメッセージなどくださったり、ありがとうございました!
      引き続きゆるゆるとはちくくを書き続けますので、来年もよろしくお願いします…!
      417_Utou
    • 海の向こうは海王子と光雲が対決する話

      何も考えずに書いたので時系列は謎です。CPも便宜上王光にしていますが好きに捉えて読んでいただければ幸いです〜
      #王光
      417_Utou
    • 【サンプル】青い森にいる【超忍Fes.2025】2025年5月3日 超忍Fes.2025にて頒布予定の新刊サンプルです。(第一章途中までお読みいただけます)
      当日は【東1 カ10b】にてスペースをいただきました!
      お気軽に遊びに来ていただければ幸いです🙇

      [頒布概要]
      鉢くく小説 文庫サイズ ¥800(予定)

      [あらすじ]
      五年生たちが卒業してから4年。ある日「鉢屋が久々知を殺した」という噂が学園関係者の間に広まり始める。
      この噂について勘右衛門・雷蔵・八左ヱ門が、かつての先輩や後輩たちにそれぞれ噂の真偽を語っていくが……
      本当に三郎は兵助を殺したのか……彼らの目に映る二人はどんな関係だったのか……噂の真相を巡る、卒業後ifの物語。
      ※設定の捏造、戦いや怪我の描写、シリアスめな内容が多々含まれています。

      #鉢くく
      417_Utou
    • 【超忍Fes.2024】きらきらひかる【サンプル】超忍Fes.2024で頒布する新刊のサンプルです。
      鉢くく小説本
      文庫本サイズ 126ページ

      東6 め32aでスペースいただきましたので、よしなに遊びに来ていただけるとうれしいです〜🥳
      (お品書きは別途、Twitterの方で投稿します)

      #鉢くく
      417_Utou
    • 【五忍晴れ‼︎伍】白木蓮の咲く部屋で【展示】 #鉢くく
      三郎と兵助がアパートの内見に行くお話。

      現パロ鉢くくです。
      書きたいところだけ書いたので、どんな設定での現パロなのかほとんど触れていませんが、雰囲気で楽しんでいただければ幸いです。


      ※保存閲覧を許可しております。読みやすいように書式を変更される場合や、読み上げツール、漢字の検索など、個人でお読みになる上で必要な行為に限り、保存してご利用ください。

      2025/11/3:展示終了後に一旦非公開にしていたものを公開に直しました。
      展示当日に読んでくださった皆様ありがとうございました…!
      417_Utou
    • 大寒 #鉢くく
      最後の最後も遅刻でした。
      何かを確かめようとするはちとくくの話です。
      417_Utou
    • 霜降 #鉢くく
      はちとくく椛林を散歩してるだけの小話です
      417_Utou
    • 秋分 #鉢くく
      はちとくくが実習に行く話です。
      417_Utou
    • 青い影より青い鉢くくの日2024年です!(大遅刻)

      三郎と兵助と幽霊の話。

      ※途中で戦争での怪我や死を思わせる描写が少しだけ入ってくるので無理のない範囲でお楽しみください。

      #鉢くく
      417_Utou
    • 小雪 #鉢くく
      大遅刻!
      相手について知りたがる鉢屋と久々知が喋ってるだけの話です。
      417_Utou
    • 大雪 #鉢くく
      ※一部怪我、戦場の描写が含まれます。

      遅刻どころではない。
      怪我をした久々知と怪我はしてない鉢屋が喋ってる鉢くくです。
      417_Utou
    • 寒露 #鉢くく
      知らない人からお手紙を預かった久々知の話です
      417_Utou
    • 【サンプル】翼、星を歩くための【超忍Fes.2026】 #鉢くく

      2026年5月6日 超忍Fes.2026にて頒布予定の新刊サンプルです〜
      ※保存閲覧が可能となっております。
       読み上げ機能を使われるなどの個人利用にのみご利用ください。

      [頒布概要]
      鉢くく小説 文庫サイズ ¥800(予定)

      [あらすじ]
      ある秘密を抱えた久とその秘密を知った鉢。秘密によって少しずつ変わったり変わらなかったりする2人のお話。
      ※設定の捏造、戦いや怪我の描写が含まれています。
      417_Utou
    • 【非公開】間隙に熱【9/9迄】限定公開期間を過ぎましたので、非公開にさせていただきます。
      たくさんの閲覧ありがとうございました!(2024/09/11)


      今年も鉢くくの日に託けてweb再録を公開します〜!おおよそ1ヶ月間の限定公開です。

      こちらは2022年に頒布いただいていた鉢くくアンソロに寄稿させていただいた作品になります。
      ずっと大好きなcpのアンソロに参加させていただける嬉しさで舞い上がりながら書いた小説です。

      今でもこの御本が世に存在すること、寄稿させていただけたことに改めてあまりにも幸せなことだったと噛み締めています。
      拙作はさておき、鉢くくが好きな人間にとっては本っっっ当に最高で夢のようなアンソロなので手に取れる方は今からでもぜひ…!
      #鉢くく
      417_Utou
    • 冬至 #鉢くく
      大遅刻!(書き納めも兼ねたのでセーフということにしたい)
      一年で一番長い夜に海を散歩する鉢くくです
      417_Utou
    • 冬の終わりを #LXH
      映画後の鹿野が氷雲城に行く話

      ※映画とwebアニメ、藍渓鎮(日本語)途中までを緩くしか履修していません
      ※保存閲覧を可能にしていますが、読み上げ機能や読みやすいエディタでの読み込みなど、個人的な目的以外には利用しないでください
      417_Utou
    • 立冬 #鉢くく
      奇妙な噂を聞いた鉢屋と久々知の話です。
      417_Utou
    • 立春 #鉢くく
      別サイトからの移転です。
      初出:2022-02-05
      417_Utou
    • 祝いを君へは贈らない, 他十編 #鉢くく
      別サイトからの移転です。
      初出:2019年12月14日
      417_Utou
    • 同じ景色に吹く風よ #鉢くく
      別サイトからの移転です。
      初出:2021年12月29日
      417_Utou
    • バナナ・ブレッドにうってつけの日 #鉢くく
      別サイトからの移転です。
      初出:2018年11月22日
      417_Utou
    • 冬が生まれてくる前に #鉢くく
      別サイトからの移転です。
      初出:2018年2月4日
      417_Utou
    • 紫煙の行先 #鉢くく
      別サイトからの移転です。
      初出:2016年11月18日
      417_Utou
    • 芒種 #鉢くく
      別サイトからの移転です。
      初出:2022-06-06
      417_Utou
    • 小満 #鉢くく
      別サイトからの移転です。
      初出:2022-05-21
      417_Utou
    • 春分 #鉢くく
      別サイトからの移転です。
      初出:2022-03-21
      417_Utou
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