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    アルジャンろぐ2お題:涙の理由
     ※新作

    君という、
     ※リク: 幸せお散歩アルジャンちゃん

    お題:青空
     #アマエる右ジャン版お絵かき60分1本勝負 参加作品

    お疲れさまアルジャンちゃん
     ※現パロ

    お題:キスの日
     #アマエる右ジャン版お絵かき60分1本勝負 参加作品



    お題アンケート: 涙の理由+原作軸


     その大きなお屋敷の、広々とした客間にぼくはいた。梁や天井にくどすぎない飾りが施されていて、これは初めてこの部屋に通されたときにまじまじと観察してしまったものだ。それももう見慣れるほどに、ぼくたちはここにいた。
     ……エレンが姿を消してからというもの、今日という日まで気が休まるときなんて一秒でもあっただろうか。
     さすがに疲れ切ってしまったのか、ぼくはぼんやりとこの客間のソファの上に座っている。
     ミカサは打ち合わせが終わるや否や装備の確認をしに行ってしまったし、サシャとコニーは外の空気を吸ってくるとぼくと一緒に部屋を出た。ハンジさんはおそらく、オニャンコポンやイェレナのようなほかの工作員とお茶を飲んでいる。打ち合わせが終わってから部屋を後にするときも、彼らはそこに座ったままだったからそう憶測した。……兵長は、そういえば、兵長も、装備の確認に向かったような気がする。
     とどのつまり、今日というこの日に、落ち着けるやつなんているわけがなかった。ぼくも意識がおぼつかないのは、今日まで考えることが多すぎて頭が今にもパンクしそうだったからだろう。
    「…………静かだな」
    ぼくが座っていたソファの斜め前に、ジャンがゆっくりと腰を下ろした。
    「……さすがにここまでは喧騒は届かないよ」
    「……まあ、だろうな」
    今朝から、レベリオ収容区では祭りが開催されている。きっとそこで賑わっているであろう人々を思い浮かべて、故郷でのそれを重ねた。
     もういい加減故郷が恋しいなんてわがままが言える状況ではないのはわかっているけども、今の状況を思えばこそ、安寧の地に焦がれずにはいられない。――ぼくたちは今日、あの収容区の中に詰め込まれた束の間の安息を、集約した憎しみを、自ら踏み躙らなくてはならないのだ。
     ここにはジャン以外いない。それがわかったところで、ぼくの中で保っていたか細い糸がついに切れてしまった。頭を抱えて蹲る。
     ……ついにエレンを見つけられないまま、この日が来てしまった。
    「……エレンはもう、レベリオの中にいるのかな」
    「さあな」
    これまでは彼がどこに身を潜めているのか見当もつかなかったけども、さすがに当日ともなると、会場である収容区にいる可能性は高い。……今からでも、エレンを見つけ出せば間に合うんじゃないか。そんな想いが止めどなく頭に溢れる。
    「……あのな、」
    ぼくの思考を遮るようにジャンが呼びかけた。ちらりと瞳を上げる。
    「探しに行こうったってリスクの大きすぎる話だろ?」
    ジャンにはぼくの思考が筒抜けだったようだ。
    「万が一にでも街中でライナーに出会しちまったら――、」
    「――でもッ、」
    ジャンが言いたいこともわかる。……もちろん、わかるんだ。ただ、やはりどうしても冷静でいられない。
    「……本当にこんな計画を……っ」
    これまで色んな死線をくぐり抜けてきた、色んな経験をした。……だが今回は、シガンシナ奪還作戦に引け劣らない大勝負になる。
     しかも今回は、市民が巻き添えになることは必至だった。誰が巻き込まれるのか予想もできない。混乱は収容区に留まるかどうかもわからない。――あの市場で出会った少年も、もてなしてくれた気さくな人々も、巻き添えにならないとも言い切れない。
     ふ、と、ジャンの視線が哀しげに揺れたのがわかった。ぼくの懸念や悔恨がジャンに伝染している。
    「…………すまない」
    大きく息を吐いて、肩から力を抜く。その過程で、ふるふると身体の芯が震えたことを自覚した。
    「……アルミン。気持ちはわかるが、もう腹を括るしかねえよ」
    ジャンが身を屈めてぼくを落ち着かせるように肩に触れた。大きな手のひらだ、いつだってぼくを安心させてくれる。
     そう、この手のひらだって、またいつ触れられるかわからない。……もう、触れることはできなくなるかもしれない。
    「……怖いんだ」
    「誰だってそうだろ」
    手を引いて、姿勢を正してからジャンは応える。やはりその瞳からも、少し恐れが漏れ出している。目を背けてしまったのは、そういう理由だ。
    「……今回の作戦で、多くの人が命を落とす。それは、ぼくらも例外じゃない」
    「……わかっている」
    言葉の通り、ジャンは理解してくれているのだろう。そこに疑いはない。それでもぼくの深いところから込み上げる震えは止まらなかった。
    「命に重さに違いなんてないのはわかっているけど、それがもし、ぼくの大切な人たちだったら……例えば、君だったら、なんて、考えてしまう」
    自らの目を覆い、何も見えないように光を隠した。賑やかな夜景の中、ぼくら不釣り合いな武器を携えてあの街をぐちゃぐちゃにする。……ぼくはこの足で、人々の人生を踏み躙る。
     視界が一気に想像の瓦礫と屍で埋め尽くされた。……いや、果たして本当に想像の屍だろうか。いつの時代からか拾ってきた記憶ではないだろうか。……悍ましい、叶うなら引き継いだ記憶以外で見ることがないようにと、切実に願った光景だ。……これをぼくは、今日、この身をもって経験するのだろう。
     そんなぼくの様子を見兼ねたのか、
    「……縁起でもねえこと言うなよ」
    ジャンは少し軽い声で責めた。深みにはまったぼくを引き上げようとしていたんだと思う。けれどこの両足は、頭は、想像以上の重さに耐えていた。これっぽっちも、軽くならなかった。
    「縁起なんて関係ないんだ。死ぬとき、人は、死ぬ」
    誰だってそうだ。誰がこの歪な針路に、道連れにされるかわからない。
     また誰のものとも知らない感覚がこの身を這い上る。ぶちぶちと足の裏で弾けて、気色が悪くて寒気がする。
    「こんな想い、もうしたくなかったのに……っ」
    不意に、
    「――お前、もう頭回すのやめろ」
    わしゃわしゃと頭が乱暴に振り回された。今生きている客間の視界がぐらぐらと揺れ、瞼の裏にこびりついていた血の記憶が綺麗さっぱりと振り落とされていた。
     驚きにひと時意識を奪われ、我に戻って辺りを確認すると、ジャンが呆れた顔でぼくを見ている。
     ああ、ぼくは記憶の海と恐怖の渦に溺れていたのかと、そこでようやく自分を取り戻した。
    「…………ごめん」
    「今さらどうにもできない。腹を括れ。そんなことは忘れろ。判断が鈍る。それこそ、命取りになる。……今はエレンを無事に回収して、みんなでパラディに帰ることだけを考えるんだ」
    ジャンの声がやけに優しく聞こえた。柔らかくて、抱きしめたらふわふわと温かそうな、そんな声に聞こえた。
     それが余計に、だろう。
    「……うん……、うん……」
    ぼくの奥底から縛り上げるような強烈な懇願が、心を引きちぎりながら溢れてくる。ぐつぐつと煮えたぎって、ぼろぼろと崩れ落ちていく。
     もう誰も――、
    「……ったくお前は」
    そっと身体を移動させて、ジャンはぼくの隣に腰を移した。そのままぼくの頭を抱き寄せて、
    「さっきまでの冷静さはどうした。二人になった途端に取り乱す」
    「ご、めんっ」
    「おう」
    今度はさらさらと解すような指先で、ぼくの頭を撫でてくれた。
     それが余計に、なのだ。
    「――……もう、大事な人は、失いたくない」
    我慢できずに、子どものように抱きすがってしまった。
    「大丈夫、みんな全力で生きる。何かが起こったとき、そのとき嘆くしかない。今は、忘れろ」
    「……ぐっ、」
    ジャンだって同じ不安を抱いているのはわかっているのに、どうしても甘えて心を晒してしまう。止めどなく愛おしさが溢れて、その分だけ、恐怖がぼくを蝕んだ。
     もう間もなくしたら、ぼくたちはそれぞれの配置に着かなければならない。せめてそれまでと、ぼくは静かにジャンと心をともにした。


    おしまい

    あとがき

    うわあ〜。いかがでしたでしょうか。
    ずっと書きたいと思っていた、〝当日〟のお話でした。
    お題アンケートをさせていただいたときに、
    結果があまりにもこのお話と合っていたので書ききることにしました。

    アルミンくんはなまじ頭回っちゃうから考えちゃって、
    そんでドツボにハマってループしちゃったりするんじゃないかな……とか。
    でも誰彼構わず取り乱した姿を見せる人ではないと思うので、やはり気が抜けるならこうだなあと。
    ジャンは反対に今取るべき行動は、落ち着いていることだとわかっているから……
    いくら内心で怯えていても、それを表に出すことはないだろうなと思う。

    ともあれご読了ありがとうございました。



    君という、【アルジャン】


    今ごろ何をしているのだろうと気になって、俺はあいつの部屋に寄ってみることにした。
     調査兵団で海を見に行ったのは昨日で、俺たちは長い旅路然り、初見の海にはしゃぎすぎたことに然り、くたくたなまま一日を過ごしたところだった。
     消灯時間を過ぎて横になっていたベッドから起き上がり、早速上着を羽織って廊下に出る。
     俺にとっては今日を生きられるかという毎日の中でも、アルミンにとっては「生きられるか」よりも「海を見ることができるか」のほうが重いのだろうと見えていた。そしておそらく実際それはそうで、念願叶って、その手の中にさざ波を迎え入れたとき、アルミンはきっと世界中のどこを探しても見つからないほど、最も満たされた人類になっていたに違いない。
     ……それでも俺があいつのことを気にしていたのは、アルミンの満たされた部分は、おそらく満たされたままであることができなかったからだ。……そんなの、アルミンだけではないだろう。掬い上げた海の水がさらさらと手のひらから逃げていくのが明らかなように、あの場にいた全員が、エレンの言葉により現実に目を向けさせられた。
     ただ、付け加えなければならないのは、それがエレンだったことで、アルミンは俺たちよりもいっそうの落胆を経験していたことだろう。
     ――まだところどころに明かりが灯る廊下を少し歩けば、あっという間にアルミンの部屋の前だ。迷わずにそこに足を進めて、俺はその部屋のドアをノックした。まだ寝ているはずはないだろうから。
    「……ジャン?」
    中から声が聞こえる。
     俺がこうして訪ねることがまったく珍しいことではないからか、あまつさえいつものように「待ちくたびれたよ」と言い出しそうな顔でドアを開けた。
    「よお、様子見に来てやった」
    それでも、今晩は会おうという話はしていたかったので、一応の理由を教えてやった。
    「ええ、いいのに。君も疲れてるでしょう。でも嬉しいよ。入って、」
    いつもと変わらない所作で俺を部屋に招き入れようとする。……確かにいつもと所作は変わらないが、やはり表情は固いように思った。
     当たり前だ、こいつの経験した落胆は、おそらく俺に計り知れるものではないだろうから。海でのエレンの様子を見てから、その眼差しはすっかりと煌めきを失くしたままだった。
     そう思ったからだ。
    「お前さ、少し外の空気吸いに行こうぜ」
    俺は部屋の中に先導しようと動き出したアルミンの腕を掴んで止めた。
     ぱちくり、とその円な眼が瞬きをして見せて、その間だけ俺の真意を窺った。
    「……そんな誘い方するなんて珍しいね……気を遣わせちゃったかな……」
    端から無理に表情を作っていたのか、それを取り払うように苦笑だけ残した。
    「そんなんでもねえよ」
    今のこいつが〝俺が気になっていた〟ことまで気に病まないように、今度はポンポンと肩を叩いて嘘を吐いた。
     ――尤も、こいつには既に悟られていることなので、
    「……まあ、自覚あんならあんま心配させんな」
    やっぱりそう言い換えることにした。
    「えへへ、ごめん。ありがとう」
    アルミンは頭がいいから、何かきっかけさえあれば自分の考え方だって軌道修正できるやつなのを知っている。
     だから、きっかけになるといいなと思いながら、俺は踵を返した。
    「ほら、行くぞ」
    「うん、ちょっと待ってね」
    そう言って部屋の奥に上着を取りに行ったアルミンは、早くも少し笑い方が変わっていた。……よし、よし、と内心でほくそ笑む。
     兵舎を抜けて外に出ると、土地柄目の前に高い高い壁が聳え立っているのが目に留まる。今夜は月が明るく、周囲がよく見える。……壁が落とす影を除いて。
     特に行き先があったわけではない俺は、とりあえずと人の気配を潜めた道にアルミンを誘導した。
    「わあ、すごい。月がまん丸だ。綺麗だね」
    俺たちを圧倒する壁よりももっと高いところから覗く月を見て、アルミンは深く息をこぼした。それは本当に、
    「ああ、なんか、すげえ、圧倒的だな」
    宵闇なんてものともせずに、眩く輝いて、俺たちの足元までもを照らしている。
    「ほんと。今晩はなかなか眠れないわけだよ」
    仕方のないことだったと笑みに含めたアルミンは、そのままくるりと身体をこちらへ向けた。
    「そういえば、夜の海ってどんななのかな」
    俺のほうを見上げる瞳が――月の明かりに照らされているからでもないだろう――きらきらとした輝きを取り戻しているように見えた。それを見つけた俺の中にも、きらきらと、何か煌びやかな感情が入り込む。
    「確かに。日が暮れる前には撤収しちまったからな。……なら、次はそれを見ないといけねえな」
    「うん。絶対見に行こうね」
    「ああ、次の目標だ」
    歩んでいた方向へ、身体を向け直してアルミンは軽くステップを踏んでいる。たった今その瞳で見つけた眩いものに安堵したからか、よりいっそうその軽やかさに浮かれた。
     未だに行き先に覚えはなく、ただなんとなくで歩を進め、二人してこの月を見上げている。閑かで穏やかで、俺たち以外に人の気配が全くないこの広い空間は、なんとも言えない気持ちにさせた。アルミンだけではない、俺自身も何か重りが取れたような気になる。
     特に言葉を交わすこともなく、五感すべてを開け放つようにこの時間を噛み締めた。目が合ったアルミンも落ち着いた眼差しで笑うから、きっと似たような心地よさを感じている。
     ――だが、月を見ていたらいやが応にも視界に影が入り込む。……背の高い壁の影だ。このまま進むと月はその内、高すぎる壁の影に隠れてしまうのは明らかで、その影の中は足元も暗く、歩いているところもわからなくなるだろう。おまけにきっと少し肌寒くもなる。
    「……こっちでいいのか?」
    だからそう投げかけたのだが、アルミンは怯むどころか少し歩幅を広げて、踊るようにその影に駆け込んでいった。
    「うん。いいよ。今はこれくらいのほうが」
    そこから俺を手招くように待っているものだから、俺もつられて歩幅を広げて追いつく。
     隣に立つや否や、アルミンはいつもより楽しそうな笑みを見せ、したり顔で俺の指先に自分のを絡めてきた。
    「あっ、お前、ここ外だろ」
    条件反射で周りを見回してしまった俺はそっちのけで、
    「でも影があるから手元は真っ暗だよ。誰か見ててもわからないさ」
    とっとと歩き始めてしまった。
    「そういうことかよ」
    「えへへ。そういうことだよ」
    まあ、なんというか、やはりこういう関係の相手がいるのだと知れてしまうのは、お互いにとって不利なこともあるだろうかと極力リスクは避けてきていたが、……まあ、確かに、この暗がりでは見つけるのは大変だろう。
     せめてこの肌寒さがなかったらよかったかと思ったが、しっかりと握りしめられている手は温かかったので、これでいいかと思うことにした。
     何より、ちらりと盗み見たアルミンがとても満足そうだったので、それ以上はどうでもいいことだ。
    「今度は海の前で、手を繋いで歩きたいなあ」
    この間まで『早く海を見たいなあ』と言っていたようなトーンで願いを放った。
     だがその願いには色々と必要な条件が多く、思わず「ハードルが高すぎだろ」と茶化してしまった。……いや、だって、海の前で手を繋いで歩くには、二人だけで海を調査しに行く任務か、もしくは休日に許可をもらって行くとか、はたまた泊まりがけで海を調査するような任務でもない限りは、実現は難しそうだからだ。
     今思いついた方法がざっとこれだけなので、もう少し考えたら他にも方法はあるかもしれないが……――、
     と、そこでアルミンの視線に気づいて我に戻った。
     俺がどうすればそれが実現できそうか考えていたことはどうやらバレバレで、その嬉しそうな眼差しに絡められているだけで、何やらとんでもなく恥ずかしくなってしまった。
    「だから、目標にもなるよ」
    俺が目を逸らしたことで、アルミンも前を向く。今回はそのステップではなかったものの、その声を弾ませていたのはわかった。繋いだ手もいっそう強く握られる。
     すっかり照れてしまった俺はもう顔を盗み見ることもできず、必死にどこか別のところを見ていた。
    「……さらさらと心地のいい砂を踏みしめながら、波の音を聞いて、そしてジャンと手を繋いでさ、隣を歩く……」
    普段から優しげに紡がれる声が、さらに柔らかく紡がれるのに耳を傾けた。それらが連れてくる景色に思いを馳せて、つい昨日こそ経験した、踏みしめた砂が足の指の間をくすぐっていく感覚を思い出す。
    「――この世界の幸せを詰め込んだみたいじゃない?」
    さもアルミンの目の前にもその情景が広がっているように手を伸ばし、穏やかな仕草で風を切り、誰に向けてでもなく問いかけた。
    「……確かにそれは、気持ちいいだろうなあ」
    「あ、いや、でも、」
    唐突に方向転換を知らせるように声色が変わった。
     なんだなんだと思わず顔を向けてしまった俺に対して、アルミンも俺のことを待ち構えていた。
    「海が見える景色と音があっても、ジャンがいなければこんな気持ちにはなれないかもな」
    そして、自己完結された意見を述べられる。いまいち何が言いたいのか理解できていなかった俺はただ首を傾げて、
    「海が見える景色と音がなくても、ジャンがいればこんな気持ちになれる」
    綻んだ頬を見てようやく、アルミンが何を言いたかったのかを受け取った。
     ぼおっとまた身体の芯が熱くなるような感覚が沸いて、
    「……口説き方が回りくどいんですけど」
    じっと俺の反応を待っていた瞳から逃げるように前を向いた。……そんなことを面と向かって言われて、一体どう反応しろというのか。
    「えへへ、」
    先ほどの続きのように柔らかく笑みを溢したのを聞いて、横目でアルミンの表情を捉える。
    「口説いてたわけじゃないよ。噛みしめてたんだ。もうぼくの隣には〝幸せ〟が一緒に歩いてくれてるなあって。海は特別なものだけど……、ジャンといればおまけかも」
    そう言って、横目で盗み見ていたはずの俺の視線をしっかりと捕まえられてしまった。
    「……ありがとう、ジャン」
    細められた眼差しがあまりにも温かくて、たまらない気持ちで胸が苦しくなる。俺がどんなにこいつにとって大事なのか、そんなことが伝わって、また照れ臭くなって視線を外してしまった。
     ……けど、まあ、アルミンの微笑む姿が先ほどよりもずっとすっきりした顔つきになっているので、俺自身、それにはとても満足していた。……自分がどんなにアルミンに甘いのか実感してしまいながら、
    「お互い様だよ」
    握られた手を強く握り返してやった。
     こうやって大切に想ってくれていることを惜しみなく伝えてくれるアルミンだからこそ、俺も傍にいたいと思うし、いられてよかったなと思う。
    「えっ、そうなの」
    予想だにしていなかった言葉が、なんともあっけらかんと発せられた。あまりのできごとに、
    「は? そうだが!?」
    またしても条件反射で声を荒げてしまい、あまつさえ身体まで向けてしまった。
    「もしかしてジャン、今、デレた?」
    そしてそれを虎視眈々と狙っていたかのように、アルミンは嬉々として追い打ちをかけてきた。
     真正面から『デレた?』などと問われて、羞恥を覚えないはずもなく、
    「おまっ、からかうなっつうの!」
    抑えられずにさらに声を荒げてしまったのだった。


    おしまい

    あとがき

    柚絵さんお誕生日おめでとうございます〜〜!!

    というわけで、柚絵さんのお誕生日のお祝いで書かせていただきました……^^
    いつも素敵なアルジャンちゃんを分けてくださりありがとうございます……!
    リクエストは手を繋いで散歩する幸せアルジャンでした……☺️
    いかがだったでしょうか……!
    お楽しみいただけていたら幸いです!

    改めまして、お誕生日おめでとうございました🎉




    #アマエる右ジャン版お絵かき60分1本勝負
    アルジャン 全年齢小説
    ワンドロ様お題【青空】


    まだ兵たちの起床時間を迎える前の時分に、ぼくは既にベッドを起きぬけてうろうろと歩き回っていた。
     というのも、眩い朝日に視界を刺されて目覚めたぼくは、まず初めにジャンの顔を思い浮かべたからだ。それはジャンがぼくにとって大切な人だということだけが理由ではなくて、今日から数日かけて行われる訓練の総指揮を任されていたのが、まさしくジャンだったからだ。――昨晩まで続いていた光も届かぬ真っ暗な夜空を見上げて、今日からの訓練を心底案じていた。
    「――ジャン!」
    「おお、アルミン」
    いつもは洗濯物が干されている兵舎のバルコニーで、ぼくはようやくその広く大きな背中を見つけた。振り返ったジャンは昨晩とは見違えるほどに気の緩んだ顔つきになっていて、ぼくはここでようやく肩の力が抜けたような気持ちになった。
     洗濯物が干されていない稀な状態のバルコニーへ飛び出し、朝もやに朝日が差し込み、少し白んだ青空が覆う景色の一部となる。……鳥の囀りも雨が残した露に跳ね返り、鮮烈なほどによく響いていた。
     ジャンの隣に並んだぼくは本日一番の大きな呼吸をして、流れ込んできた新鮮な空気に身体が隅々まで目覚める感覚を味わう。
    「今日は晴れてよかったね。昨日まであんなに雨が降ってたのに」
    しばらく機嫌よさそうにぼくの様子を見ていたジャンに笑いかけた。
    「ああ。新兵たちが参加する初めての兵站訓練だからな。土砂降りとかじゃなくてよかったぜ。多少ぬかるんでんのは心配だが、午後には乾いてんだろうな」
    やはり嬉しさが滲むような眼差しを、眼前に広がる青空に向けていた。つられてぼくも青空を見上げて、容赦なく視界に差す眩い太陽の光を自分の手で遮った。まだまだ日の出からそんなに時間も経っていないはずなのに、浴びる光はじわじわと手のひらを焼いていくような温かさだ。
    「ぼくみたいなのからしたら、こういうかんかん照りの日も油断できないんだけどね」
    ちら、とジャンを盗み見れば、ハッと思い出したような仕草でぼくのほうへ目を向ける。
    「そっか、お前初めのほう、よく倒れそうになってたもんなあ。いや、マジで危ないときもあった」
    ぼくにとっては体力も精神力も削りながら努力をくり返した日々で、どんなに無様だったとしても忘れてほしいなんて思わない。訓練兵に入ったばかりのぼくは、開拓地上がりの新入りにも関わらず、あまりの体力のなさによく教官にも叱責されたものだ。……今となっては、あの日々も愛おしく思い出されるのだけど。
     もちろん、当時のぼくもジャンも、こんな関係になるなんて爪の先ほども思っていなかったから、ジャン自身はすいすいとぼくの遥か先を走っていた。羨望の眼差しを向ける『大勢』の中の一人だったジャンは、今はこうして隣に立っている。……不思議なことだ。
     そうやってこの時間を噛みしめていたら、まるでナイフで指先を切ってしまったときのような、小さく鋭い痛みが胸の奥で走った。
    「ほんと、よくここまで食らいついてきたよ」
    それと被さるような間合いでジャンが褒めてくれるものだから、ぼくはそんな痛みは感じなかったことにして、「恐縮です、指揮官殿」とふざけて敬礼の型をとった。同期の中でこういったからかい方をされるのがあまり好きではないのは知っていたけど、ジャンも「おい、ふざけてんなよ」と軽く注意するだけに留めてくれて、それに甘んじてぼくは「ごめんごめん」と笑いながら謝罪をした。
     けれど、ぼく自身にもなぜそんなふざけ方をしてしまったのかと思考が巡る。先ほど見て見ぬ振りをした胸の痛みは、きっとここでなかったことにするべきではない感情だったのだと気づかされた。――それは懐かしさであり、あの日々への憧れでもあり……そしてまた、あの日々に対する嫉妬でもあったのだ。
    「――でもなんか…………あの日々から、途方もなく遠くまで来てしまった気が……してさ」
    朝もやがだんだん晴れて、真っ青な空がぼくらに覆いかぶさっていた。兵舎の中からも賑やかな生活音が響き始めて、また、時は進み始めているのだと思い知った。
     がむしゃらだったあのころとは違い、あとどれくらいこうしていられるだろうと、否が応でも考えてしまう。自分の寿命が尽きるのはいつか、仲間はいつまでそこにいてくれられるだろうか。陽炎が歪ませるこの青空に、まだ演習でしか見たことがない爆煙が立ち昇る光景を、しつこく思い描いてしまう。
    「……大丈夫か?」
    気がつけば、ぼくの視界を覆っていた青空が、ジャンの心配するような顔と入れ替わっていた。
    「……眩しさに当てられたか」
    「あ、いや、ごめんね」
    やけに響き込むジャンの声色は、明らかにぼくが眩暈のような感覚を催していたことに気づいている。その証拠に、ぼくが一度否定したところでそれを認めてはくれず、ただ静かにじっと、日の光を遮るようにそこに立ってぼくを見ていた。
     ……こういうジャンだから、ぼくは心を許してしまう。愛しくて、傍にいさせてほしいと願ってしまう。
    「……確かに少し……眩しすぎた、かも」
    観念してそう呟いたら、ジャンはようやくすくっと体勢を戻し、
    「だったら無理はすんな。ときには、目を背けたって……瞑ったって、大丈夫なんだからよ」
    わしわしと頭を撫でられた。乱暴な手つきだけど、そうされたほうが今は心地がよかった。……ジャンにはお見通しなんだなと諦念が溢れて……そんな風に言ってくれるジャンへの気持ちに、身を任せてしまうことにした。
     きっとぼくが目を背けていられるのは、目を瞑っていられるのは……その間にもちゃんと隣にいてくれる人がいるからだ。そんな情景を思い浮かべて、嬉しくなって……感情が溢れるのを抑えられなくなった。
     じわ、と視界の端が熱を持つ。こんなことで心配はかけていられない――だから隠すように、ジャンには笑って見せた。
    「……ジャンがいてくれるから?」
    茶化してしまった自覚はあるけど、そういう意図を持って言ってくれたことにはぼくの中ではある程度の信ぴょう性があって、
    「……お前は、また、そういうっ!」
    あっという間に照れ臭さを物語る顔に早変わりしたことで、それらも同時に確信に変わった。わかりやすくてかわいい人。
     ジャンがぼくに向けてくれた気持ちが嬉しくて、きっとジャンのことになると割と単純なぼくは、すぐに青空が恋しくなるような明るさを取り戻していた。……いや、ジャンが与えてくれた。
    「えへへ、ありがとう。今の言葉だけで元気出ちゃったよ。今日はがんばろうね、指揮官殿」
    ジャンをからかえるくらいには元気が出たことを証明して、呆れ半分、不愉快半分のジャンも楽しそうに笑って見せた。
    「おう、だったら元気出ちまったアルレルト参謀にも今回は一肌脱いでもらうかな?」
    そのあまりの薄ら暗い笑みにぼくはあっという間に怯み、
    「ええ! こういう訓練ではぼくの出番はないよ!」
    「うるっせ! こき使ってやる!」
    情けなくもぼくは自分の無能さを力説する羽目となってしまった。
     ぼくたちに覆いかぶさるような青空に背を向けて、その光を浴びながら兵舎の中に入っていく。心にはまだ、ジャンがくれた心地のいい青空が広がっていた。


    おしまい


    お疲れさまアルジャンちゃん


    嗅ぎ慣れた香りに意識がつられて、触れていた人肌に感覚が浮上する。
     眩しさに邪魔をされながらも瞼をあげると、ぼんやりとした視界によく見知ったタオルケットの生地が飛び込んできた。感覚の通った指先を動かしてみて、そういえばぼくは大好きな香りに包まれて、世界で一番暖かい温もりに触れていたことを思い出した。
    「あれ、ジャン……、」
    隣にいたジャンは行儀悪くうつ伏せの状態で本を読んでいて、ぼくが声をかけるとちらりと横目で笑いかけてくれた。
     窓から差し込む光の梯子を浴びながら目を細めたその横顔が、あまりにも幻想的に見えて、まだ夢の中を彷徨っているのかと我が目を疑ったほどだ。
     でも違うんだ。ぼくの隣にジャンがいて、ぼくがお昼寝から起きるのを静かに待ってくれていたこの状況は、ぼくにとって夢以上に夢のような現実だった。
    「……おはよう」
    「おはよう」
    ぼくはジャンとともにその光の元に入り込むように寝返りを打ち、時計を確認しながら改めて声をかけた。大好きな香りが少し濃厚さを増し、思わず腕を回してしまった。ここに存在していることを肌で感じた。
     寝返りを打った際に寝始めて二時間も経ってしまっていたことを知り、気にはなったが、悪い気ではなかった。こんなに幸福を実感する目覚めは久々だ。
     休日を合わせて二人で過ごすことの延長で、お互い疲れも溜まっていたからごろごろしようという話になった。ぼくもジャンも寝不足気味で、そこへ精神安定剤のようなお互いを投入されては、うとうとしてしまうのは避けられない展開で……何とも自然な流れで一緒に昼寝でもしようかとまとまった。
     きりがいいところまで追ったのか、ゆっくりと読んでいた本を平らに置いたジャンを気配だけで捉え、それから静かに視線を向けられたことを自覚した。
    「ごめん、すっごく寝た気がする……」
    まだ起床したとは言い難い窮屈感の残る喉で申し訳程度に呟くと、
    「くふ、そりゃ確かに。すっごい勢いで寝てたぜ。惰眠を貪るってこのことかと思ったくらいだ」
    ジャンがたまらずに失笑してからかってきた。
    「えぇ、見てたの? 好きなことしててよかったのに」
    せっかくの休日なのに、ぼくの昼寝に付き合わせてしまったのは少し申し訳なく思った。したいことも色々とあっただろうに。……でも、それがとうしてこんなに胸をいっぱいにするのだろう。ぼくばかりがこんなに好きで、申し訳なくなってしまうほどだ。ぼくと一緒にいてくれたことがこんなにも嬉しい。
     と、思っていたら、
    「……まあ、そりゃ……」
    もぞもぞと本をサイドテーブルに移動させながらジャンが返してくれた。
    「俺だって、お前と休みを合わせたんだし……」
    ポロリと眼から鱗でも落ちたように意識が冴えた。
     そうか、ジャンは、ぼくが一方的に一緒にいたいと思っていたわけじゃないと、そう伝えたかったらしい。
     その言葉がぼくの中でどれほどの意味を持っていたのか、もはや言語化できるような情動ではなかった。
    「……ジャン……」
    「……な、なーんーだーよっ!」
    思わず感じ入ってその照れたような横顔に釘づけになっていたら、さらに照れ隠しの上塗りで強めに声をかけられた。
     毎秒ジャンへの気持ちを確認していたぼくは、この愛おしさを持て余した。どうにかして伝えたいけど、どう伝えたらいいのかわからない。
     ぼくと過ごしたかったと言ってくれたジャンに何かしてあげたくて考えている内に、ぼくは名案を思いついた。
    「ねえ、今からデート行こうよデート」
    「……デートだあ?」
    清々しいほどの深い訝しみが戻ってくる。
    「うん、美術館行きたい。君と静かなところ行きたい」
    「なら家でいいだろ」
    「デートしたいの。……ね?」
    ジャンと優しい日差しに包まれながら一緒に歩きたい。人目がなければ手も繋ぎたい。それで、同じものを見て、同じものに感動して、楽しかったねって……今日も大好きだったって、寝る前に話したい。
     よくよく考えたら、完全にぼくがやりたいことの羅列だったけど、ジャンも『一緒にいたい』と思ってくれていたから、嫌ではないはずだ。たぶん。……嫌ならジャンはちゃんと申告してくれるし、うん。
     不満げに寄っていた眉根が、ふわりと解れたのがよくわかった。
    「……あーはいはい。ついでに何か食って帰るか」
    「うん、そうしよ」
    ぼくが先ほど望んだ優しい日差しのように笑んだジャンは、たちまちぼくの意識をすべて独り占めにする。
     好きだ、触れたい……ジャンに対する欲が次から次へと溢れてきて、自分でデートに行きたいと言い出した手前、滾った熱を押さえるのに必死になってしまった。
     するとまたジャンが表情を転がした。何かに気づいたように瞳を揺らしたあと、ぼくから光を遮るようにして影を重ねた。
     ――互いの柔らかいところが触れ合って、余韻を残してゆっくりと離れていく。
     視界いっぱいに広がったジャンが少しずつ体勢を戻す様を見て、ぼくは、今この瞬間にキスをしたのだと、強く実感していた。……これくらいのことは、今さらなのに。
     きっと、ジャンが体勢を整えることは稀で、それはつまり、今回はジャンの方からキスをしてくれたのだと強烈に印象づけられたからだ。
     この喜びを伝えない術はなく、
    「えへへ、珍しいね。今日はまだまだいいことありそう」
    軽口のように今の気持ちを教えてやった。
    「そりゃ、そんな欲しそうな顔されたらな」
    ジャンは嫌な顔一つせずにまたぼくのために目を細めた。先ほど起きたばかりのときに見つけた光景とそれが重なる。
    「うん。すごく欲しかった。大好きだよ」
    くれる安心感や愛おしさを少しでも返したくて、ぼくもジャンのように笑ってやった。
     よく見慣れた仕草で目を泳がせたジャンは、いそいそとベッドから起き上がった。
    「……あー……準備すっぞ」
    何もないような顔をしているけど、あれはかなり照れている様子だ。これまでの愛おしさに、そのまま可愛いなあもうという気持ちが上乗せされて、
    「うん、そうしようか」
    ぼくもとても身軽に起き上がっていた。
     もう何でもいいから早くジャンと時間を共有したい。そのままの足取りでぼくは外着に着替えるためにクローゼットに寄った。
    「……お、俺も、」
    何の前触れもなく、背中のほうから言葉が届く。
     ぼくに驚きはなかった。ただ、ただただ、幸福のせいで胸が苦しくなって、誤作動を起こしたように泣きそうになった。
     怪しまれないように息を整えてから、ぼくは言ったままぼくの反応を待っているジャンのほうへ振り返る。
    「うん、知ってるよ」
    勝手に便乗した愛おしさが言葉とともにジャンの元へ渡っていく。
     ジャンはまたしても照れたような挙動を見せてから、今度こそでかける準備をするために自室へ向かった。
     こんな日々がいつまでも続きますように。見えなくなった横顔を思い出しながら、気づいたらいつの間にかでれでれとだらしのない顔になっていた。


    おしまい

    あとがき

    いつもアルジャンちゃんをシェアしてくださるフォロワー様にお贈りした短編でした。
    お疲れさまアルジャンちゃん。
    お楽しみいただけていたら幸いですー!


    #アマエる右ジャン版お絵かき60分1本勝負
    アルジャン 全年齢小説
    ワンドロ様お題【キスの日】


    「あ、そうだ、ジャン」
    夕飯も終えた時分、アルミンが唐突に顔を上げて呼びかけた。それまで手にしていたペンはそのまま握られていて、姿勢も少し猫背でだらしのないままだった。
     俺の部屋でくり広げられる、なんとも見慣れた、いつも通りの光景だ。
    「なんだ?」
    「今日何の日だか知ってる?」
    注目を要求されたときと同じように、それは唐突に問われた。……『今日は何の日』。はて、と考えて、俺はすぐに思い至った。
    「……『キスの日』だろ」
    俺が忘れていてアルミンが促すような記念日など、そう多くはないのだ。
    「ええ、知ってたの」
    案の定それは正解だったのだが、妙に残念そうに答え合わせをされたのが少しおかしかった。
     こいつがいつも目を輝かせて教えてくれるものだから、覚えてしまうのは仕方がないことだ。俺のせいではないので胸は痛まないし、それより、今年は俺に奇襲ができなくて残念がっている姿を楽しんでしまった。かわいいやつだな。
    「ったりめえだろ? お前毎年騒いでんじゃん」
    「えへへ、確かにそうだよね。さすがに覚えちゃうか」
    ペンを置きながら笑って、ベットに座る俺のほうへ身体ごと向けた。これはこの記念日よろしく、キスを強請りにくるつもりだなと察知したが、それは別に会話を止めるほどの出来事でもない。
    「本来俺のほうがそういう日付とか覚えちまう性分なの、お前も知ってんだろ。お前はこういう都合のいい記念日ばっかり覚えてやがって、調子いいよな」
    「ジャンもぼくに覚えていてほしい記念日があったら、言っていいんだよ?」
    そうやって言葉が一往復する間には、上手に俺の隣に腰を下ろして目を細めていた。まだ何もしていないのに満足そうに頬を緩めて、俺への気持ちがダダ漏れで……、
    「……ね、ねえよ!」
    俺のほうが照れてしまうくらいだ。
    「ね、じゃあさ、話戻るけど、今日キスの日だし……キスしようよ」
    予想はしていたものの、あまりの突拍子のなさに思わず一時沈黙をかましてしまう。これまでの会話は特に重要でもなかったらしく、始めから予定していたであろう着地点にいきなり着地した。
     雰囲気も何もあったものではないが、それだけ、もうこの行為が俺たちに馴染んでいる。……別に互いにキスしたいときに遠慮するような間柄でもなく、初々しさもなく、わざわざ『キスの日』なんて持ち出さなくても不満はないはずなのに、とアルミンの海色の瞳を見返した。
    「……んなもん、いつもしてんじゃねえか。大袈裟だな」
    拒否したつもりは微塵もない。だがアルミンははたはたと二、三度、瞬きをしてみせた。
    「……あれ? なんだか珍しい反応だね。じゃ、特別に『お互いへの想いを伝えてからキスをする』ってのはどう?」
    にこにこと爽やかに笑み、俺の意見を煽った。その表情を見て、すぐに俺の中で確信が浮かぶ。……おそらくアルミンは始めから、何度目かになるこのキスの日に、マイルールを加えるつもりだったようだ。
    ――『ジャン、大好きだよ』
    ――『……すき、ジャン』
    ……しかも自分に都合のいいように――この策士め。
    「……お前はいつだって、す、好き好き言ってんじゃねえかよ……」
    つまり今更〝想いを伝えた〟って、アルミンにとっては、やることには何の変化も必要ないのだ。いつも照れてしまって何も言えなくなるのは、俺のほうだから。
    「そうだよ」
    先ほどまでのご機嫌な笑みはどこへやら、大真面目な眼差しで俺の視線を捉え、逃げ場を奪っていく。このぎらぎらした瞳に、俺は特段弱かった。
    「……ね、ジャンの言葉で聞きたいな」
    責めるように間近まで迫り、凜然とした声つきで釘を刺してくる。
    「……ジャン?」
    これはもう、逃すつもりが微塵もないのだとわかる。元より拒否するつもりはなかったが、いよいよ観念しないといけないらしい。
     思ったことを言ってしまうところは似た者同士なはずなのに、どうしてこういう場面だけは違うのだろうか。いつまで経っても照れ臭さが先に立って、俺には割り切ることが難しかった。
    「い、言い出しっぺはお前だろ。お前から言えよ」
    だから観念したくせに、こんな無意味な悪足掻きをしてしまう。
     アルミンはふとその雰囲気を和らげたあと、
    「……『ジャン。大好きだよ』」
    もはやその表情が視界に収まりきらないほどに顔を寄せて、艶めかしく囁いた。
     こういう余計な演出をするから、俺はまんまとその術中にはまって狼狽えてしまう。聞いている俺のほうが恥ずかしくて身体が燃えそうになるほどに、アルミンは言葉にその劣情を乗せるのが上手かった。故意だったらこれはずるすぎる。
     それに見合う言葉を言ってやりたいと頭では思うものの、俺の中に浮かぶどんな言葉も陳腐に思えて、なかなか腹が括れない。
    「ほら、ジャンの番だ」
    口元に当たるアルミンの吐息から熱を感じる。浮かぶ陳腐な言葉より、早くキスがしたくてたまらなくなる。
     俺にとってアルミンの存在は、『側にいてほしい』とか『いてくれることが励みになっている』とか、色んな言葉を彷彿とさせる。だが、どの言葉も結局は何かが足りない。
    「…………す……『すき』……、」
    いつまでも決めきれず、もどかしさと照れ臭さに負け、結局俺が吐いた言葉はそれだけだった。その一言にすべての想いを乗せようとした。
     次の瞬間には互いの唇は重なっていた。もう慣れた感触、慣れた体温、慣れた角度、慣れた湿度。だが、いつも抱くわけではないじりじりと全身を巡る微弱電流のような快さが、このキスには含まれていた。
     このままことを進められたら、間違いなく先ほどまでやっていたことを忘れて流されてしまう。それくらい、心地のいいひとときだった。
    「……ん、」
    だが、俺の予想に反してアルミンはその重なり一度でひとまずは満足したらしい。ゆっくり離れて真っ赤になった互いを見て、
    「ふふ、伝わったよ……うれしい。ジャン、ありがとう」
    本当に幸せそうに表情を綻ばせた。俺のことを力いっぱいに抱きしめて、気づけば俺も抱き返している。体温を分け合えるくらいには腹の底から滾っているのが自分でもわかった。
     それでもどうやらまだ報告書が済んでいないらしく、アルミンは名残惜しそうに元いた机に戻っていく。
     ――まあこんなに気持ちを盛り上がらせてくれるのなら、『キスの日』のような『何でもない記念日』も、まあいいかと妥協してやれる気はした。


    おしまい♡
    飴広 Link Message Mute
    2023/07/21 21:51:13

    アルジャンろぐ2

    【アルジャン】

    こんにちは。
    年末ですね!!
    連載の続き間に合いませんでした!!
    年始に上げますので、そちらはしばしお待ちくださいませ^^

    それに代わり、Twitterやベッターに上げていた短編のログをまとめましたので、
    こちらをお楽しみいただけると幸いです。
    一編だけまだどこにもアップしていない新作入れています^^
    1ページめにリンクつきの目次を設けているのでご参考にされてください。

    10分〜15分くらいで読めるお話の詰め合わせです。
    お暇のお供にどうぞ〜!
    お楽しみいただけると幸いです♡

    Pixivへの掲載:2020年12月28日

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    • マイ・オンリー・ユー【web再録】【ジャンミカ】【R15】

      2023.06.24に完売いたしました拙作の小説本「ふたりの歯車」より、
      書き下ろし部分のweb再録になります。
      お求めいただきました方々はありがとうございました!

      ※34巻未読の方はご注意ください
      飴広
    • こんなに近くにいた君は【ホロリゼ】

      酒の過ちでワンナイトしちゃう二人のお話です。

      こちらはムフフな部分をカットした全年齢向けバージョンです。
      あと、もう一話だけ続きます。

      最終話のふんばりヶ丘集合の晩ということで。
      リゼルグの倫理観ちょっとズレてるのでご注意。
      (セフレ発言とかある)
      (あと過去のこととして葉くんに片想いしていたことを連想させる内容あり)

      スーパースター未読なので何か矛盾あったらすみません。
      飴広
    • 何も知らないボクと君【ホロリゼホロ】

      ホロリゼの日おめでとうございます!!
      こちらはホロホロくんとリゼルグくんのお話です。(左右は決めておりませんので、お好きなほうでご覧くださいませ〜✨)

      お誘いいただいたアンソロさんに寄稿させていただくべく執筆いたしましたが、文字数やテーマがあんまりアンソロ向きではないと判断しましたので、ことらで掲載させていただきましたー!

      ホロリゼの日の賑やかしに少しでもなりますように(*'▽'*)
      飴広
    • ブライダルベール【葉←リゼ】

      初めてのマンキン小説です。
      お手柔らかに……。
      飴広
    • 3. 水面を追う③【アルアニ】

      こちらは連載していたアルアニ現パロ小説「海にさらわれて」の第三話です。
      飴広
    • 3. 水面を追う②【アルアニ】

      こちらはアルアニ現パロ小説「海にさらわれて」の第三話です。
      飴広
    • 最高な男【ルロヒチ】

      『現パロ付き合ってるルロヒチちゃん』です。
      仲良くしてくださる相互さんのお誕生日のお祝いで書かせていただきました♡

      よろしくお願いします!
      飴広
    • 3. 水面を追う①【アルアニ】 

      こちらはアルアニ現パロ小説「海にさらわれて」の第三話です。
      飴広
    • 星の瞬き【アルアニ】

      トロスト区奪還作戦直後のアルアニちゃんです。
      友だち以上恋人未満な自覚があるふたり。

      お楽しみいただけますと幸いです。
      飴広
    • すくい【兵伝】

      転生パロです。

      ■割と最初から最後まで、伝七が大好きな兵太夫と、兵太夫が大好きな伝七のお話です。笑。にょた転生パロの誘惑に打ち勝ち、ボーイズラブにしました。ふふ。
      ■【成長(高校二年)転生パロ】なので、二人とも性格も成長してます、たぶん。あと現代に順応してたり。
      ■【ねつ造、妄想、モブ(人間・場所)】等々がふんだんに盛り込まれていますのでご了承ください。そして過去話として【死ネタ】含みますのでご注意ください。
      ■あとにょた喜三太がチラリと出てきます。(本当にチラリです、喋りもしません/今後の予告?も含めて……笑)
      ■ページ最上部のタイトルのところにある名前は視点を表しています。

      Pixivへの掲載:2013年7月31日 11:59
      飴広
    • 恩返し【土井+きり】


      ★成長きり丸が、土井先生の幼少期に迷い込むお話です。成長パロ注意。
      ★土井先生ときり丸の過去とか色んなものを捏造しています!
      ★全編通してきり丸視点です。
      ★このお話は『腐』ではありません。あくまで『家族愛』として書いてます!笑
      ★あと、戦闘シーンというか、要は取っ組み合いの暴力シーンとも言えるものが含まれています。ご注意ください。
      ★モブ満載
      ★きりちゃんってこれくらい口調が荒かった気がしてるんですが、富松先輩みたいになっちゃたよ……何故……
      ★戦闘シーンを書くのが楽しすぎて長くなってしまいました……すみません……!

      Pixivへの掲載:2013年11月28日 22:12
      飴広
    • 落乱読切集【落乱/兵伝/土井+きり】飴広
    • 狐の合戦場【成長忍務パロ/一年は組】飴広
    • ぶつかる草原【成長忍務パロ/一年ろ組】飴広
    • 今彦一座【成長忍務パロ/一年い組】飴広
    • 一年生成長忍務パロ【落乱】

      2015年に発行した同人誌のweb再録のもくじです。
      飴広
    • 火垂るの吐息【露普】

      ろぷの日をお祝いして、今年はこちらを再録します♪

      こちらは2017年に発行されたヘタリア露普アンソロ「Smoke Shading The Light」に寄稿させていただきました小説の再録です。
      素敵なアンソロ企画をありがとうございました!

      お楽しみいただけますと幸いです(*´▽`*)

      Pixivへの掲載:2022年12月2日 21:08
      飴広
    • スイッチ【イヴァギル】

      ※学生パラレルです

      ろぷちゃんが少女漫画バリのキラキラした青春を送っている短編です。笑。
      お花畑極めてますので、苦手な方はご注意ください。

      Pixivへの掲載:2016年6月20日 22:01
      飴広
    • 退紅のなかの春【露普】

      ※発行本『白い末路と夢の家』 ※R-18 の単発番外編
      ※通販こちら→https://www.b2-online.jp/folio/15033100001/001/
       ※ R-18作品の表示設定しないと表示されません。
       ※通販休止中の場合は繋がりません。

      Pixivへの掲載:2019年1月22日 22:26
      飴広
    • 白銀のなかの春【蘇東】

      ※『赤い髑髏と夢の家』[https://galleria.emotionflow.com/134318/676206.html] ※R-18 の単発番外編(本編未読でもお読みいただけますが、すっきりしないエンドですのでご注意ください)

      Pixivへの掲載:2018年1月24日 23:06
      飴広
    • うれしいひと【露普】

      みなさんこんにちは。
      そして、ぷろいせんくんお誕生日おめでとうーー!!!!

      ……ということで、先日の俺誕で無料配布したものにはなりますが、
      この日のために書きました小説をアップいたします。
      二人とも末永くお幸せに♡

      Pixivへの掲載:2017年1月18日 00:01
      飴広
    • 物騒サンタ【露普】

      メリークリスマスみなさま。
      今年は本当に今日のためになにかしようとは思っていなかったのですが、
      某ワンドロさんがコルケセちゃんをぶち込んでくださったので、
      (ありがとうございます/五体投地)
      便乗しようと思って、結局考えてしまったお話です。

      だけど、12/24の22時に書き始めたのに完成したのが翌3時だったので、
      関係ないことにしてしまおう……という魂胆です、すみません。

      当然ながら腐向けですが、ぷろいせんくんほぼ登場しません。
      ブログにあげようと思って書いたので人名ですが、国設定です。

      それではよい露普のクリスマスを〜。
      私の代わりにろぷちゃんがリア充してくれるからハッピー!!笑

      Pixivへの掲載:2016年12月25日 11:10
      飴広
    • 赤い一人と一羽【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズの続編です。
      飴広
    • ケーニヒスベルク二十六時 / プロイセン【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズのプロイセン視点です。
      飴広
    • ケーニヒスベルク二十六時 / ロシア【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズのロシア視点です。
      飴広
    • ケーニヒスベルク二十六時 / リトアニア【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズのリトアニア視点です。
      飴広
    • 「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズ もくじ【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズのもくじです。
      飴広
    • 最終話 ココロ・ツフェーダン【全年齢】【イヴァギル】

      こちらはイヴァギルの社会人パロ長編小説「オキザリ・ブロークンハート」の最終話【全年齢版】です。
      飴広
    • 第七話 オモイ・フィーラー【イヴァギル】

      こちらはイヴァギルの社会人パロ長編小説「オキザリ・ブロークンハート」の第七話です。
      飴広
    • 第六話 テンカイ・サブズィエ【イヴァギル】

      こちらはイヴァギルの社会人パロ長編小説「オキザリ・ブロークンハート」の第六話です。
      飴広
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