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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    しおり
    闘士になるまで朝の陽射しが徐々に角度をつけて、頭上から降り注ぐ時間。
    風が通りの向こうから、喧騒と香りを住宅街に運び、毛先を弄ぶ。

    いくつかの雲が、建物で切り取られた青空のキャンバスに白い軌跡を描くのを眺めながら、俺は硬いベンチの感触を寝転がった背中で受け止め、咥えた竹串を揺らす。

    昨日まで痛みで仰向けになれなかったが、今は魔法での治療がうまくいき、こうして体重を預けても違和感はほとんどなかった。


    賑やかな場所も大好きだが、時間の流れさえ緩やかに感じるこの時刻のこの広場も、お気に入りの一つだった。

    竹串を子供の頃に一度だけみたオーケストラの指揮者の指揮棒に見立てて、俺は鼻歌を歌い出す。
    なんの変哲もないが、俺の十八番の曲のメロディーを朗々と奏でて行けば、どこからともなく小さな客人が俺の傍に集まってくる。
    掌に簡単におさまってしまうほどの小ささだが、淡く発光する動物の姿をした彼らは、通常では聞こえない羽音の様な、鈴の音色の様な言葉で、俺の旋律に歌を乗せた。

    妖精とも、精霊とも、地方によって呼び方は様々な彼らを、俺達の一族は『隣人』と呼んでいる。
    この世界ではない、でもほとんどこの世界と同じ世界に生きる別の住人、と俺は幼いころ父に教わった。

    彼らの歌が俺の歌に合わさり周囲をめぐると、俺のベンチの足元から小さな花の芽が、固いはずの地面を割って現れた。
    それがいくつも現れ、まるで早送りのように急激に成長して、あっという間に俺の周りは小さな花畑になる。

    「……って、これ後片付け面倒なんだから、やめろって」

    俺は鼻歌の演奏を中断すると、周囲の空間を踊るように飛んでいた『隣人』達はくすくすと笑い声を残して消える。
    すると、今まで咲き誇っていた花達も、はじけるように花弁だけを残して消えてしまう。
    そして、どこからから不自然な風がその花弁を全てさらって、一陣の花吹雪を起こした。

    「……ふう」

    俺は竹串を口から放し、一息つくと身体を起こしてベンチに座り直す。
    そして、宙を舞う花弁を見ながら、故郷の歌をゆっくりと紡ぎ始めた。

    手もとには愛用の弦楽器、リュートはなく、伴奏をしてくれる楽団もいない。

    それでも、俺の喉が震わす旋律は迷いなく流れ続ける。

    のびやかな歌声は、広場に響き渡り、風にのって広場の外へも広がっていく。

    「あー! ユース、また歌ってるー!」

    俺の歌を聴きつけた子供が、笑顔を浮かべて集まってくる。
    この近所の子供達は、すっかり俺の歌を気に入ってくれたらしく、こうして俺が歌っていると我先にと駆け寄ってきた。
    4人の少年達と彼らより少し幼い少女が1人。

    俺は歌いながら立ちあがり、踵で地面を叩き、掌を合わせて拍を打つ。
    すると、集まった子供達も一様に俺の真似をして、少しずれたりしながらも楽しそうに身体を揺らしながらリズムを取る。

    気分の乗った俺は、歌の盛り上がりに合わせて、少し歌に魔力を乗せた。

    「……うわあっ!」

    そして、歌の終わりに、指を鳴らすと先程と同じように一瞬だけ周囲の地面から色とりどりの花が咲き、そしてその花弁が舞い上がる。
    子供達は興奮のあまりに甲高い声で叫びながらその花弁を目で追っていた。


    「……こらこら、坊主ども。前も言ったろ、歌が終わったらどうするんだった?」

    「え?」

    完全に俺の魔法に見とれていた子供達は、ほとんどが顔をきょとんとさせていたが、一人の少女は直ぐに思い出したかのように勢いよく拍手をする。
    それにつられて、残っていた子供達も慌てて拍手をした。

    「どーもありがとう、リトルレディ&リトルジェントルメン」

    五人分の拍手を受け取った俺は、出来るだけわざとらしく芝居がかった仕草で一礼する。
    すると子供達は、次々と歌のアンコールを始めた。
    あの曲がいい、いや別の曲が聞きたい、と言い合う子供達に、俺はやれやれと一房だけ伸ばした髪をくるくると指先で弄んだ。

    そしてふと、ガラガラの怒鳴り声と、次いで鼻につくアルコールの臭いに気付いた。

    その元を探すと、広場の入り口からまだ昼前だというのに、完全に悪酔いした3人の男達がやってきていた。

    「あーあー、ありゃ朝まで飲んでたくちだなあ……」

    酒に喉をやられたのか、元々地の声がそうなのかは分からないが、かすれた野太い大声で、彼らは怒鳴り合っていた。
    その声に気付いた子供達は笑顔を曇らせて俺の背中に回り込み、身を隠そうとする。

    「おいおい、どうしたよ」

    「……あの人達、さっきまでうちの宿で飲んでた闘士だ」

    俺の尻尾を握りながら、栗色の毛の犬の少年が眉をひそめながら告げる。
    聞けば、このあたりで時々飲んだくれては暴れまわるどうしようもないゴロツキの様な奴ららしい。

    「ま、そんなら仕方ねえ。あの様子ならしばらくすれば出ていくだろ」

    俺は楽観的にそう考えていたのだが、不幸なことにあいつらは俺を見つけるや否や、酔いのまわったまま、ゆっくりとこっちにやってくる。

    「ようよう、兄ちゃん! わりいんだけどよお、金貸してくれよ。朝まで飲んで素っかんぴんでよお」

    ベロりと舌舐めずりをしながら右目に眼帯をした灰色熊が、不快なアルコール臭をまき散らしながら言う。
    赤茶けた毛に黒の模様が幾重にも重なった虎は二日酔いの頭痛があるのか、眉間に毛皮越しでもわかるほどしわを寄せており、その虎にもたれかかっている青みがかったグレーの犬獣人は厭味ったらしい笑みを浮かべていた。

    「なんで俺が、あんたらに金を貸さなきゃなんねーのよ」

    俺が断ると、熊は片眉をちょいと上げて、後ろの二人に顎で合図した。
    犬は熊と反対側の左に移動し、虎は数歩後ろに下がって懐に手を入れる。

    「おいおい、兄ちゃん。わしら、闘士やってるんだぜ。大人しく言うこと聞いた方が身のためってもんよ?」

    「……何が闘士よ。試合に出れなくなったからってずっとお酒飲んでた癖に」

    ぽつり、と俺の後ろにいた少女が呆れたように零す。
    しかし、その言葉は運悪く熊の耳に届いてしまった。

    「ああ? ……なんだよ、ガキ囲ってお楽しみ中だったのかあ?」

    その下品な物言いと犬の下卑た笑い声は、俺を少しイラっとさせる。
    子供達はゴロツキの視線を浴びて、身をすくませているのが気配で分かった。

    「ああ、もうめんどくせえな……いくら欲しいんだ? 金渡すから、とっとと失せな」

    俺は懐から財布にしている革の袋を取り出して、軽く振る。
    その中で金属がこすれ、軽い音が鳴った。

    「ん? ああ、気が変わった。俺らにも三人ばかし寄越せよ。最近ご無沙汰で溜まってんだ」

    熊の目に淫猥な光が浮かぶ。
    犬は始終、不快に笑い続けており、虎は黙って俺の後ろの子供達を見据えていた。

    熊はゆっくりとその太い腕を伸ばし、少女を掴もうとする。
    子供達は威圧感に圧倒され、恐怖で声も出せそうもなかった。

    「待て……こいつらは俺の客だ」

    「あ?」

    俺は熊の腕を横からつかみ上げ、目的の少女に辿りつく前に押さえつける。
    しかし、力は熊の方が上であり簡単に振り払われてしまうが、ゴロツキの視線は再び俺に集まった。

    「なんだ、兄ちゃんが俺達の相手をしてくれるってことか」

    熊は俺を舐めるように眺め、俺の腕をつかむ。
    そのままぐいと引っ張られれば、体格差のある俺は引き寄せられてしまう。

    「ユースお兄ちゃん!!」

    最後の壁だった俺から引きはがされ、子供達の顔は不安で今にも泣き出しそうに歪んでいた。

    「だーいじょうぶだから。お前らはあぶねえから下がってなー」

    俺は至って平然と答え、ゆらりと尻尾を一度だけ振った。
    俺がいつも通りの表情でいると、少年達の中で一番大柄な獅子の少年が、残りの子供達を促してこの場を離れていく。

    「……ほう……兄ちゃん意外といい身体してるじゃねえか」

    熊は、子供達から興味をなくしたのか、俺の身体に興味津々なのか、遠慮なく俺の身体を掌でなぞる。
    シャツ越しに身体をなぞられながら、俺はしばらくじっとしていると、熊の手は俺の股間をつかもうとした。

    その瞬間、俺は狙い澄ましてブーツの踵部分を熊の脛にブチ込む。
    痛みで拘束していた腕の力が緩めば、俺はするりと身を熊の汗臭い身体から離し、優雅にターンをして怒りに燃える熊の顔を正面から見据えた。

    「……てんめえ……闘士を舐めてると痛い目みるぜえ……?」

    「いやあ、実は、俺さ。この街に来たばっかで『闘士』ってのがなんなのか知らないんだよねー」

    俺は緊張感などないように笑みを浮かべ、両手の平をひらひらと振る。
    その様子が癪に来たのか、それとも今までの積み重ねでついに堪忍袋の緒が切れたのか、熊は犬と虎に再度顎で指示すると、腰からナイフを取り出す。
    犬はそのまま回り込んで背後に、虎も懐から杖の様な細い棒を取り出して構えた。

    「後悔しても遅えぞ……痛い目にあわせた後で、三人で気が済むまで犯してやらあ……!」

    「おうおう、昼間っからお盛んだねえ……」

    俺は狼獣人にしては長い三角の耳をぴくりぴくりと動かして、周囲の音に集中する。
    すると、まるで意識の中で、音にフィルターが一枚かかったかの様に聞こえる。
    その音の中で俺は、犬が鳴らす呼吸音と足音にフォーカスを絞り、雑音を一切遮断する。

    「たっぷり可愛がって……俺達のペットにでもしてやるよ」

    すでに勝った気でいるのか、その後の想像をして熊の股間がすこし膨らんでいるのが分かった。

    「『伸びろ』」

    ―――ィィィン!

    俺はそれを冷ややかに見ていたが、熊が小さく呟いた瞬間、俺は耳に届いた風切り音と勘に任せて、身体を右に放り出した。
    そして、左わき腹の辺りを何かが高速でかすめていくのが分かった。

    「おらあ!」

    同時に、背後の犬がナイフを手に飛びかかってくるのを音だけで判断し、俺は勢いを殺さず、そのまま地面を転がり、大きく距離を開ける。
    転がりながら熊の顔を見れば、避けられると思っていなかったのか、少し間抜けな顔をしていた。

    「『風の刃よ』!」

    続いて虎が杖を振り、大声で叫ぶのが聞こえる。
    共通語ではない、魔力の籠った言葉、呪文だ。

    杖の導きに合わせて、空間が変性し、生まれた風の刃が地面を這う俺へと殺到する。
    瞬時に俺は全身の魔力を無造作に放つ。

    「『草原を走る祖霊よ』」

    漏れ出た魔力はひょっこりと俺の尻尾から顔を出した緑色に淡く発光した小人、風を司る『隣人』が手を伸ばすと、瞬く間に突風へと変わる。
    突風にあおられた魔法の刃は軌道が逸れて、俺の横の地面に爪跡を残して消えた。

    「『戻れ』……ほう、やるじゃねえか」

    熊が再び小さく呟くと、刀身が伸びていたナイフは、小さく震えたかと思うと最初に見た長さまで縮んだ。

    「俺の魔法のナイフの一撃を初見で避けるたあ、ちと見くびってたなあ」

    「こっちも、ただののんだくれだと思ってたぜ」

    ナイフの刀身を爪で弾きながら熊は、再度犬に指示を出し、俺の背後に回らせる。
    その間、暇になった熊は勝ち誇った表情で、饒舌に口を動かした。

    「このナイフはなあ、俺の声にだけ反応する特別品でなあ。『伸びろ』で自在に伸び、『戻れ』で元の大きさに戻るのよう」

    「へえ、そうかい」

    「さっきは、まぐれで避けれたみてえだが、何度も出来るか? ……ダンスと行こうぜえ?」

    「はは、残念だけど、舞踊はできるんだが……あんたみたいな短足と踊った経験はないから足を踏んづけちまうぜ?」

    俺の挑発に、分かりやすく熊のボルテージが上がる。
    余裕の笑みを浮かべていた口端がひくつき、ナイフを握る手に力がこもっていくのがはっきりと分かる。

    「てめえ……泣いても俺のガキ孕むまで犯してやるからなあ……『伸びろ』」

    挑発に乗った熊は、何も考えずに先程と同じようにナイフの能力を使った。
    俺は内心にやりと笑いながら、ほぼ同時に叫ぶ。

    「『戻れ』」

    すると一瞬だけ勢いよく伸びた刀身は、俺の言葉と同時に元の長さに戻る。
    熊はなにが起きたか分からない顔をしていたが、俺はその隙をついて熊に接敵する。
    呆けた熊の手首に俺の手刀が埋まり、衝撃でナイフが落ちた。

    俺はそれを熊より先に拾うと、ナイフの柄を熊の側頭部に叩きこんだ。
    脳を強く揺らされた熊の瞳から、一気に光が失われる。
    カエルがつぶれる様な悲鳴を上げて熊が倒れ伏すと、背後からワンテンポ遅れて襲いかかってきた犬に対して俺は向き直り、ナイフを構える。

    「『伸びろ』」

    俺の声を聞き、犬の表情が驚愕に変わり、次の瞬間には痛みで歪んだ。
    そして、口から血を吐き、地面にうずくまる。
    俺の口から放たれた熊と全く同じ声質の命令は、寸分たがわず魔法のナイフを起動させ、伸びた刀身が犬の脇腹を貫通していた。

    「一体……なにが……?」

    俺はナイフから手を離し、杖を構えたまま驚きで動けない虎へと顔を向ける。

    「ああ、悪いね。これが俺の能力と魔法なんよ。【精霊の耳】と【寵愛の音】」

    「……くそっ」

    仲間がやられて酔いが覚めたのか、虎は不機嫌そうな顔をさらに怒りで染めて、全力で魔力を練り上げていく。
    虎が杖を振れば、虎を中心に光輝く魔法陣が展開される。

    「おいおい……!」

    予想よりも高いプレッシャーに俺が眉をひそめる。
    酒のせいでタガが外れているのか、それともこの虎が元々優秀な魔術師なのかは分からないが、目の前の魔法はどう考えても一線を越えた戦術級ともいえる魔力が感じられた。
    しかし、よく見れば虎の毛皮を伝い、腕から鮮血が流れ出していた。

    どうも魔力の暴走に身体が耐えきれていない様子だ。
    俺は周囲を見回して、広場に誰もいないことを確認する。

    「あー……止めとけーって言ってももうそれ止まらないよなあ」

    もはや自分で魔法を制御出来ていない様子の虎は、息も絶え絶えで、俺の声が届く様子はなかった。
    これでは魔法を使っているのか、魔法に使われているのか分からない状態だ。

    俺はめんどくささから一瞬逃げてしまおうかとも考えるが、そうすると意識を失って倒れている熊と、出血多量で瀕死の犬は間違いなく死んでしまうだろう。

    「しっかたねえーなあ!」

    俺は勢いよく肺に溜まっていた空気を吐き出し、大きく深呼吸する。
    そして右耳の後ろで束ねた髪を結んだ飾り紐の端をつかむと、一気に解く。
    黒に毛の中で真反対の白銀色に染めた一房の毛が広がって、陽光をきらきらと反射させた。

    「ほいっとな」

    気のない気合を声にすると、俺の中でスイッチが入る。
    そして、ぴんっと立った耳に『声』が聞こえるようになる。
    地の底から、はるか頭上の空から、風の音の合間から、そして、俺の身体の中から。

    その普段は聞こえない声なき声。
    『隣人』達の鼓動を感じ取った時、俺の身体に変化が訪れる。

    全身のもともと長い毛が伸び、黒から白銀へ。

    曇り空が晴れ渡っていくように。
    草原の草が一陣の風で掻き分けられるように。
    静かな湖面に雨粒が作った波紋のように。
    朝日が夜闇を切り裂くように。

    淡く発光する全身を、俺は光を反射する金の瞳で見つめた。
    変化は色だけでなく、耳は少し伸び、尻尾の毛がざわめくと隠れていた精霊が飛び出してくる。
    そして長い毛が割れ、尻尾が二本に変わる。

    この姿は、俺の遠い祖先と同じ姿だ。

    もっとも遠い祖先はもっと尻尾が多かったらしいが。
    旅の中で様々な血を取り入れてきた結果、今の世代では俺を含めた数名のみがこの姿を取ることが出来る。

    「いやー、派手なのは好きだけど、こういうのは趣味じゃないんだよなあ」

    俺は伸びた毛が垂れて、視界にかぶさるのを掻きあげ、飾り紐で簡単にまとめる。
    さて、ともはや空気すらも膨大な魔力によって変性し始めている虎の方を見ると、血が流れ過ぎたのか、虎の顔からは精気が抜け落ちていた。
    それでも立っているのは、もはや魔法の発動式に虎自体が組み込まれて、事象改変が始まっているからか。

    「って、俺は魔術師じゃねえし、『聞き』かじりの知識だけど」

    ふわりと二対の尻尾を揺らせば、あふれた魔力の残滓が光の軌跡を描く。
    それに惹かれるように、いつの間にか精霊達が集まって来ていた。

    「さて、さーて。ちょっと俺に力を貸してくれよ」

    そんな俺の軽いお願いに、精霊達は楽しそうに集まってくる。
    途端に、俺の周囲の光の粒が密度を上げる。
    精霊達が宿す魔力と能力。
    全てが俺へと送られてくる。

    虎の魔術師が魔力を練って濃度を上げているのだとしたら、俺がやっているのはただ単に小さな水滴を集めて大きな水滴にしているようなものだ。
    けれど、その小さな水滴の数が尋常ではない。
    次から次へと精霊達は『祖霊』の姿となった俺に集まってくる。

    そして、その魔力はついに虎が練り上げた魔法と拮抗し始める。

    「ま、これじゃあ被害が二倍になるだけなんで……ちと、気張りますかね」

    俺は愚痴りながら、右腕を大きく横に振った。
    すると、足元に魔法陣が展開される。

    それだけにとどまらず、俺は【耳】に記憶された知識と呪文を引きだす。

    「『廻れ、回れ、陣中の陣、外連の陣』『写し、映し、移し』」

    魔法陣の多重展開と、陣の展開を早めるための陣の転写術。
    どちらも旅の途中、一晩を共にした魔女や魔法使いから聞いた技術。
    彼、彼女等は、寝物語の変わりに、一晩の春を売った俺との会話で、自身の知識を披露することを好んだ。
    どうせ旅の芸人には理解も出来なければ覚えも出来まいという、自信から語ってくれたのだが、あいにくと俺はただの淫売ではなかった。
    この【耳】にはこういった知識がいくつか眠っている。

    全てが有用と言うわけでもないが、こうして利用出来るものも少ないながらにあった。

    「っと。そろそろかね……」

    四方と頭上に支点となる陣を飛ばし、自分の足元に基盤として置いた陣は上下方向に少しずらして多重展開して強化する。
    すると陣の中心を結んだ正四面体が生まれる。
    四面体は半透明な紫色をしていた。
    こうして作った正四面体の中に、虎の魔法を閉じ込めた。

    虎の魔法は空気だけでなく光すら変性させる濃度になっており、もはや黒い不気味な球体となり果てている。
    本来だったら風を操る魔法だった筈が、暴走を重ねた結果、暴力的に力を引きこんで凝縮する一種の空間の歪状態になっていた。

    ちらりと虎の表情を見れば懸命に魔法の暴発を抑え、俺に助けを求めているように見えた。

    「もういいぞ、好きなだけぶっ放せー」

    俺がそう声をかけた時、虎の身体がゆっくりと崩れ落ちた。
    そして、奇妙な静寂が一瞬訪れる。

    「っ……!?」

    まずは光だった。
    歪に囚われていた光も一気に拡散したため、網膜が焼けるほどの光が放たれる。

    そして認識の僅かなズレを待ってから、耳をつんざく轟音というのも生易しい、もはや質量をもった大音量。
    空間が、ガラス細工の割れる様な音を立てているのかと、錯覚した。

    純粋な力だけによる破壊は、しかし、俺が展開した四面体の面に触れるや否や消えていく。


    『暴食の術』。


    かつてこれを語った魔女は、まるで幼猫の姿をしていたが、自他共に認める稀代の魔女だった。
    稀代の魔女であるが、彼女はどこか抜けていた。
    だからこそ本来、流出させない魔法を俺に語ったし、語った魔法は欠陥品だった。

    この魔法は、魔法を魔力に強制的に戻し吸収する対魔法使い用の必殺魔法、と言っていいものだった。
    だったのだが、実は吸収する効率よりも、展開する方が魔力がかかり、結果赤字になるものだった。
    それでも魔法を無効化出来るのだから強力なのだが、いかんせん展開に時間がかかるうえ、展開したら場所は移動できない。
    物理的な拘束術ではないため、展開してから相手は普通に歩いてでも術の範囲外に出ることが出来る。
    そして、内側からの魔法は無効化するのだが、外からの魔法は素通りするのだった。

    しかも、展開中も魔力を使うため、たとえ相手が動けず陣の中に留まっていても、相手が魔法を使わなければそのまま魔力を失うのはこちらという、もはや本末転倒もはなはだしい魔法だった。

    それを別の技術と合わせてかろうじて限定的な状況で有効にした、俺のオリジナルの術が、

    「『殺生陣』」

    全ての魔力が俺の魔法陣に食いつくされたのを確認してから、俺は魔法の発動を停止する。
    強力な魔法を使ったが、実際に行使していたのは精霊達で、俺はただ魔力を収束する通り道に過ぎなかったため、疲労感は薄い。
    むしろ、大量の魔力が駆け抜けていった身体は火照って、湯気が立ち登るほどだった。

    「おーい、生きてるかー」

    うつ伏せに倒れ、もはやピクリともしない虎の魔術師に近づき、俺は余っている魔力で治癒を施す。
    傷自体はただの全身の皮膚の裂傷だけなため、治療は直ぐに終わるが、魔力不足と身体にのこったアルコールのせいでしばらくは動けないだろう。

    ついでに、と俺はずっとうめいていた犬の傷も癒す。
    正直、血の流し過ぎで危篤状態かとも思ったが、どうにも丈夫なのか血の気が多すぎるのか、傷を塞いだらひょこりと起き上った。
    かなりのダメージを負ったはずなのだが、それに対する能力でもあるのかもしれないな、と俺が黙って考えていると、犬はおもむろに頭を地面にこすりつけた。

    「ほんっっっっとに、すんませんっした!!!」

    ごりごりと折角腹の傷を塞いだというのに鼻を地面にこすりつけて血がにじむ勢いで土下座する犬に、俺は呆けてしまう。

    「血い抜けて、酒が抜けたんで、やっと素面に戻ったっす」

    「……そういう問題なのか?」

    「あ、自分、身体の頑丈さだけが取り柄なんで、そういう問題なんす」

    答えになっていないような答えだったが、話を進めるために、俺は口を閉ざした。

    「いやー、そこで寝てるジャギーの兄貴が禁止薬物(ドーピング)で出場停止くらって荒れてたんで、付き合って飲んでたらこんなことに……まあ、兄貴が妙な風邪薬なんて

    飲むから悪いんすけど……」

    犬は少し恨めしげな眼でぐーすかといびきを立て始めている熊を睨む。
    この状況で寝入っていたとは、案外大物なのかもしれないと俺は頭痛を覚えてこめかみを押さえた。

    「あー、まあその辺はいい。よくないが、とりあえずいい……」

    「はい……兄さんには本当にご迷惑おかけして……あ、アズーリの兄貴は大丈夫っすかね? アズーリ兄も酒癖悪くてすぐ暴走するんすよね。見た目変わらないから飲み過ぎ

    てるか分かりづらいし」

    「……あっちの虎は燃料切れでダウンしてるだけだから、まあ大丈夫だろ」

    ちらりと今度は地面に顔を向けたままの虎に視線を向けるが、先程となにも変わった様子はなかった。

    「いやー、にしても! 見てましたけど! アズーリ兄の魔法を抑えるなんて兄さんタダものじゃないっすねえー!!」

    「ははは、なんでお前に褒められてんのかよく分かんねえけど。まあ、それほどでもねえよ、っとでも言っとくかね」

    なんだか尊敬の念すら感じる犬の視線に、俺はまんざらでもなく少しだけ苦笑する。

    「兄さん、このジークリアに来たばかりだって言ってましたよね? 観光ですかい?」

    「……その兄さんてのは止めてくれ。俺の名前はユストゥス・エマ……いや、ユースって呼んでくれればいい。この街には、まあ旅の途中でトラブってな。この先どうするか考え中って所だな」

    本名を名乗ろうとして、どうせ長すぎて誰も覚えてくれないだろうと思いなおし、俺は通称を名乗ることにした。
    そして俺がここに来た理由を告げれば、犬はうんうんとなぜか大きくうなずいていた。

    「なるほど、なるほど。ならしばらくここにいるんすよね? だったらユースの兄貴も、闘士になりませんか?」

    だから俺はお前の兄貴分になったつもりはないと、言いたかったが俺は犬の言葉に興味を抱いて少し黙る。

    「あ、俺の事は、ケティって呼んでください」

    すると、何を勘違いしたのか自分の名前を名乗り始めるケティ。
    思わずまたツッコミを入れようとして、もはや面倒くささが上回り、俺はケティからの呼称を甘んじて受ける覚悟を固めた。

    「……その、闘士ってのはなんなんだ?」

    「おお! よくぞ聞いてくれました! 『ジークランドにコロシアムあり』とまで言われるジークリアの目玉、簡単に言えば闘技場っす。ほぼ毎日なにか対戦が組まれてて、日夜熱い戦いが繰り広げられてるっす! そして、そのコロシアムを盛り上げるプロフェッショナルこそ、闘士っす!」

    盛り上げのプロ、と言われ、俺の中で何かがうずき始める。

    「コロシアムはどこの誰でも参加できるっす。けど、闘士になれば給料ももらえて住食も保証されて、たとえ負け続けたとして一定の額の金がもらえるんす! ……負けた時に、相手から身体を要求されることもあるっすけど……」

    「命、ってことか?」

    俺の問いに、ケティは勢いよく首を横に振る。

    「ちがうっす! その……まあ、肉体的な奉仕を報酬にできたりするんす……」

    あまりそういうことに慣れていないのかケティは声のトーンを落とす。
    しゅんと耳を倒し、いままで元気だった尻尾を地面に垂らす姿は、あまりにも情けなく、俺の方が居心地が悪くなる。
    仕方なく、俺の方から話題を変えようと声をかけた。

    「……ケティ達も闘士なんだろ。チームを組んでる見たいな連携だったが」

    「あ、そうっす! コロシアムで行われるのは1vs1だけじゃなく、チームvsチームや、対魔物戦もあるんすよ!」

    話題が変わればあっという間に顔に輝きが戻り、尻尾がぶんぶんと振れ始める。
    酒を飲んでいた所から、成人は済んでいるのだろうが、あまりにも子供らしさがうかがえる。
    泥酔していたときは、まるで下種と下品の塊のような雰囲気だったが、こうしているとかなり愛嬌があり、慕いようからも熊と虎に可愛がられているのだろう。

    「なるほどな……いいじゃねえの、最高のパフォーマーの俺としては、目立つの万歳、大正義。って所あるしな」

    「じゃあ決まりっすね! 善は急げっす! ちゃちゃーっと登録しに行きましょう!」

    ケティなぜか急に立ちあがり、数歩飛び跳ねるように走ったかと思うと足をもつれさせて素っ転ぶ。

    「一応、聞くが……足が痺れたのか?」

    「はいっす……めっちゃ痛いっす……」

    俺は思わず呆れ、片手で顔を覆う。
    その時、視界に入った腕が銀色のままなことに気付く。

    「……戻るのすっかり忘れてたな」

    俺は飾り紐を解き、少し目を閉じて【耳】に意識を向ける。
    研ぎ澄まされた感覚をゆっくりと鈍らせ、いつもの聴覚まで戻していく。
    ずっと聞こえていた精霊の声は薄れていき、やがて、足元でうめくケティの声と大きな腹に比例したジャギーの大きないびきだけが広場に響き渡っていた。

    目を開き、視界に入った腕が真っ黒に戻っているのを確認すると、俺は頭部に残っている染色された部分だけをつまみ、簡単に飾り紐と合わせて編んでいく。

    それが終わると、やっとひと段落したな、という気持ちになった。

    「ユース、お兄ちゃん?」

    だからうっかり広場の入り口からこちらを覗く子供たちの足音を聞き逃していた。

    「あー……さっきの、見ちまったか?」

    俺が声をかけるが、逃げられてしまうかもしれないと少し考えた。
    昔、ある地方でこの姿を見られた時、化け物だと言われ一族全員命からがら逃げたこともある。
    特殊な能力は、奇異と畏怖の目にさらされるのは当然だった。
    いろいろな種族がいるこの広い世界でも、旅をしないで地に根ざして生きる者にとっては、狭い世界だ。
    その世界の常識に当てはまらない異端な物を除去しようとするのは当然の反応だと、旅をしていた時に学んだ。

    しかし、予想に反して、子供達は目を光らせて駆け寄ってきた。

    「すっごーーい! かっこいい! ユースお兄ちゃん変身するの!」

    「なんか、ばーって光って、きれいだった!」

    口々に感想を述べる子供達に俺は面くらい、言葉が出てこなかった。

    「いいっすよねー、変身。俺もそういう能力欲しいっすー」

    なぜか子供達と同レベルの感想を述べるケティ。
    その口ぶりから察するに、このシークリアには本当に様々な種がいて、姿が変わる種もきっと少なくない数がいるのだろう。
    もう一回見たいと言い始める子供達、なぜかケティも、に対し俺は咳払いをする。

    「あー……ごほんっ、いいかお前ら。あれは俺の仕事中の姿みたいなもんなの。タダじゃねえの。だからほいほい見せません」

    『えーーっ!』

    なぜかケティも抗議の声を上げるが無視をする。
    これ以上こいつにペースを握られたくない。

    「だから……見たかったら、コロシアムに来な。最高の衣装で、最高のショーを見せてやる」

    「えっ! ユースお兄ちゃんコロシアムに出るの!」

    「おう、闘士ってのになってみる。そろそろ路銀も尽きてきてたし、身体の調子も戻ってきたみたいだからな」

    「わあ! 絶対に見に行く!」

    子供達は次々に、自分も見に行くと声を上げる。
    ……だからなんでケティも手を上げてるんだ。

    「ま、そういうわけで……ケティ、案内頼むわ」

    「がってんっす! 任せるっすよ!」

    俺は子供達に別れを告げ、ケティの案内でコロシアムに向かった。
    「そういや……あの二人転がしたままだったけど、いいのか?」

    「あ、途中で騎士団に声かけたんで適当に拾われると思うっす。無理っやり酒飲まされたんで、こってり絞られるといいっす。自業自得っす」

    案外、えげつないことをするなあ、と適当に冥福を祈りながら、俺はコロシアムの門をくぐった。
    忠犬 Link Message Mute
    2018/08/11 7:45:28

    闘士になるまで

    トラストルさん(https://twitter.com/Trustol)主催、ファンタズマコロッセウムの小説です。

    #ファンタズマコロッセウム #ファンコロ #獣人 #ケモノ

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