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    風雲児「たのもー!」

    目の前の大きな扉に向かって、俺は叫び声を上げる。
    周囲の人は何事とこちらを見つめ、門の脇に立っている軽鎧を身につけた犬と馬の騎士は、特に怪訝そうな顔をした。

    「……坊主、服装を見たところ旅人みたいだが……ここになんの用だ?」

    「騎士になりにきた!」

    「……はあ?」

    犬と馬は互いの顔を見合わせた。
    そして、犬は困ったように、馬は呆れた様な顔で頭を掻いた。
    馬は溜息をついて、あとは犬に任せると言うように首を横に振って元の場所に戻っていく。
    犬は世話好きなのか、視線を合わせるために膝を折ってしゃがみ、優しく話しかけた。

    「えっとな……騎士になるには入団テストがあるんだ。知っているかい?」

    「そうなのかー……じゃあ今から受ける!」

    その言葉に、犬は何故か申し訳なさそうな表情を浮かべ、

    「いや、そのテストなんだけど……次のテストまでまだ一カ月以上あるんだ」

    その言葉に、あんぐりと顎を落として、固まる。
    しおしおと尻尾と耳を倒し、がっくりと地面に手をついた。

    「あ、あわわ、げ、元気出して!」

    あまりに悲愴な雰囲気を見た犬が慰めるように肩に手を置いた。

    「そ、そうだ! 騎士になりたいなら、もう成人はしてるんだろ? ならテストまでコロシアムに行ってみたらどうかな?」

    「……コロシアム?」

    聞き慣れない言葉に、顔を上げると犬が背後を指差す。
    その先には大きな石レンガの円形の建物がそびえていた。

    「うん。君、その格好からして戦闘には自信があるんだろう? なら腕試しに参加してみるのがいいんじゃないかな。もし勝てば賞金も出るから当面の生活費にもなると思うよ」

    「……強い人、いる?」

    「もちろんさ! 腕に自身のある人ばかりが参加してるからね」

    「じゃあ、そこ行ってくる!! あんがとな、犬の兄ちゃん!」

    手を振ってその場を後にして、先程の落ち込みようはどこへやら、全力で駆けだした。



    コロシアムに飛び込もうとしていた俺は、大柄で傷だらけ狼の隻腕に引きとめられた。
    ゴダイと名乗ったその狼は、コロシアムの受付を担当していると言った。

    「……おっちゃん、めっちゃ強いのに、受付なのか?」

    俺の何気ない言葉に、ゴダイの表情が一瞬変わった気がしたが、すぐに元に戻ってしまう。

    「武器も満足に振るえぬのでな」

    「そっか」

    差し出された書類の必要事項と書かれた欄に中身を、さらさらと埋めながら、俺は短く返した。
    誰にだって事情があることくらい、俺にも察せられた。

    「ん! 書けたぜ!」

    「……ほう、その歳にしては、なかなか達筆だな」

    「母ちゃんが、めっちゃくちゃ厳しかったからな!」

    うまく書けないと半殺しにされたと告げると、ゴダイも目を丸くする。
    ずいぶんと過激な母だったのだなと、少し信じられないような口調で呟き、書類を受け付けの棚に仕舞った。

    「なあなあ、もう戦えるのか?」

    「……ふっ、そう急くな。折角だ、派手な試合を用意してやる」

    「おー!! あんがとな、ゴダイのおっちゃん!」

    俺が両手を天に突き上げて喜ぶと、ゴダイは少しだけ、その青い目を細めた。
    「……ふっ」

    正確に魔物の喉元に狙いをつけ、俺は弦にかけた指を放した。
    放たれた矢は、空を切り、魔物の喉へと突き刺さる。
    それを止めに、最後の魔物が絶命した。

    確認するより前に、俺は背後の殺気から逃れるように身を前方に投げ出す。
    短弓を咥え、両手で地面を投げ飛ばして前転。
    空中で姿勢を変えると素早く咥えた短弓を握り直して腰の矢筒から矢を引きだしてつがえる。
    着地と同時に、弦を引き絞り、体勢が整うより先に指を放す。

    「ほっ」

    ある程度、外れると予想しながら牽制に一本矢を放つ。
    狙いがずれたままの矢は少しぶれて、大きな狼のような四足獣の手前の地面に突き立った。

    体格からすればよほどの急所でなければ意にも介さないであろう矢ではあるが、それでも大狼の一歩を一瞬だけ制した。
    その隙に俺はまた短弓を咥え、先程喉元に矢を突き刺して殺した大狼の横腹に突き刺さったままの大きなブーメランを両手で引き抜く。

    「んー」

    短弓を咥えたまま、俺はブーメランの内側のハンドルを左右それぞれ握り、最後に残った大狼に向かって走る。
    ブーメランは俺の身長程もあり、外側には刃が付けられ内側は掴みとハンドルが付けられていた。
    俺は身体ごと回転して、ブーメランを放った。
    大狼は素早く身を翻し、それを避け大きく宙に飛びあがるとそのまま俺の頭上から襲いかかる。
    大狼の大きな爪から逃れるために、大きくその場から飛び退く。

    俺は紙一重で避けながら大狼と目を合わせる。
    その目の奥の殺意、怒気、飢餓、そして僅かな恐怖を読み取って、俺は一つ覚悟を決めて両手の指を伸ばして揃え、手刀を作る。
    俺の体勢が整うより早く、大狼は野生の肉体を駆使して素早く俺に牙を向けた。
    柔軟かつ巨大な筋肉がついた野生の獣の動きは、二本脚で地面に立つ獣人よりも速い。
    それでも、俺はその大狼の目だけを見つめていた。

    「破っ!」

    俺は気合と共に溜めていた『勁』を両足裏から放つ。
    『発勁』によって予備動作もなく俺の身体が大狼の上を通り過ぎた。
    そして、戻ってきたブーメランを空中で受け止める。
    タイミングを間違えれば自分が真っ二つになりかねないところだったが、俺はブーメランの勢いをそのまま縦に変えて振り下ろた。

    「せいや!」

    大狼の背中の正中にブーメランの刃が食い込む。
    俺はブーメランから手を放し、大狼の背中で跳ねる。

    「どりゃ!」

    体重を乗せた蹴りを延髄に叩きこみ、骨を砕く手ごたえを感じた。
    大狼の眼から光が失われるのを確認して、俺はふうと息を吐いた。
    狩人としては、益にならない殺生は忌避する所だが、これが娯楽になると言うのも周りの熱狂ぶりを見て理解が出来ないわけではなった。
    それでも、と少し心にしこりが残った。

    「……ここで魔物と戦うのはあんまり、って感じだな」

    俺は片づけられていく魔物の死体に目礼をした。

    『やりやがった! 飛び入りの新人にしては、いい実力だあ!!』

    マイクで拡声された虎人の声を聞きながら、大狼に突き刺さったブーメランを、力任せに引っこ抜いた。
    俺の身長ほどもある鉄の刃を取り付けた木製のブーメラン。
    それを背負った専用のホルダーに引っ掛け、弓を腰の後ろの矢筒の上に固定する。

    今のところ、旅の途中で狩ってきた魔物だけだったので、この二つだけで十分戦えていたが、次の相手が鉄格子の向こうに現れた時、俺は自然と腰の刀に手を伸ばした。

    『ここまでは小手調べって奴だ! そろそろ、ウォーミングアップは十分だろう!!」

    会場を盛り上げようと、実況の虎が大きく腕を振りまわす。
    それに合わせて歓声も大きくなっていく。

    「さあ、急遽組まれたマッチアップだが、面白い試合が見れそうだぜえ!! ここまで魔物を華麗に倒したヒョウカの相手は……!」

    がん、と鉄格子を蹴飛ばす音。
    対面の入場口から現れたのは、真っ黒な狼だった。
    少し、狼にしては耳が大きく尻尾も太く長い気がしたが、それよりも、その雰囲気に俺は気を引き締めた。
    ゆったりとしたケープに身を包み、腰に剣とナイフをつり下げている。

    「『精霊使い』のユースだあああああああ!!」

    「あいっかわらず、暑苦しい実況ありがとうよー」

    ユースと呼ばれた黒狼は、観客の声援や罵倒に会釈しながら、余裕の表情で所定の位置にやってくる。
    ゆるそうな雰囲気を漂わせているが、こういう奴が一番厄介だと俺の本能が告げる。

    ……母ちゃんと同じタイプだ

    俺の知る中で一番強い人物の顔を思い出し、俺は身震いした。

    「さあさあさあ! 場も盛り上がってきたぜえ!! 『精霊使い』のユースvsヒョウカ・スカイクレインの試合、開始だああああ!!!」

    かーんと、ゴングの音が鳴らされる。
    俺は同時に駆けだし、地面を蹴り飛ばす。
    低い姿勢から拳を突き出し、鳩尾を狙う。

    「おう、元気がいいな」

    ユースは拳をかわしながら、すらりと剣を抜こうとする。
    俺は左手でその柄を抑え、右手をユースの腹に当てる。

    「……破っ!」

    裂帛の気合と共に『発勁はっけい』。
    ノ―モーションからの強力な打突だったが、手応えがない。

    「……気功使いかよ……やるじゃねえか、坊主」

    ユースは腹をさすりながら、楽しそうに口を歪めた。
    俺は、少しむっとしながら、隙のないユースの姿を観察する。

    「坊主じゃねえ、ヒョウカだ」

    ユースの腹に放った打突は、どうやらユースの発勁によって受け流されたらしい。
    身に纏っている魔力の気配から、そうとうな魔術師だと思ったが、気功も使えるようだった。
    想像以上に器用なユースの実力に、俺は次の手を考える。

    身長差から、手足のリーチにかなりの差があるのは分かっているが、そこを素早さで上回って、俺は拳撃と蹴撃を織り交ぜて攻め立てた。
    ユースの身体が薄く魔力に覆われ、身体強化されるのが分かる。
    その上で俺の耳に届く奇妙な風の音、そして時折ありえない挙動で動くユースの身体を見て、他にもなにか魔法の補助があると予想した。

    気功で通常よりも身体能力を引き出している俺と互角に動ける魔術師なんて初めてだった。
    俺は自然と口の端が持ちあがっていくのが分かる。
    強い相手と戦うのは、純粋に楽しかった。
    しかし、ユースはそうではないらしかった。
    いくども組み手を交わした後、ユースは風の魔法で距離をとる。

    「……その剣、けったいな精霊が宿ってるけど、使わねえの?」

    俺の腰の刀に視線を向け、問いかける。
    そっと柄に手を当て、俺は首を横に振った。

    「……兄ちゃん、まだなんか実力隠してるっしょ。それに、兄ちゃんが抜かないなら俺も抜かねーぞ!」

    「あー、そういうこと。そんじゃあ、少し派手にいきますか!」

    ユースが言い放つと、その全身から魔力が滲み出始めた。
    膨大な魔力と共に、ユースの毛が黒から白銀へと変わっていく。
    俺が目を丸くしていると『変化』は直ぐに終わり、二股になった尻尾を振るってユースは腰から剣を抜いた。
    陽光を反射する剣はこれと言った魔力は感じないが、それ以上に、ユースの手の延長のように自然に収まっており、よほど馴染んでいることがうかがえた。

    「すげえー! 兄ちゃん、守人の一族か!」

    故郷で父から聞いた東方の流浪の一族の話を思い出し、俺は闘いの最中ということも忘れてユースの姿に見入った。
    ユースは苦笑しながら、肩をすくめる。

    「そういうお前は、貴族の名前を名乗ってるが、白狼族だろ」

    俺の服装も武器の拵えも、全部一族に伝わる伝統の物だ。
    ユースが『祖霊の守人』なら、きっと特徴的な意匠で分かるのだろう。
    そして、俺が名乗っている母方の姓が貴族の名前であることも、ばれてしまっていた。

    「おう! 白狼族、族長が八男の氷華ヒョウカ! それが俺だぜ!」

    興奮気味に、俺は左腰の鞘から刀を抜き放った。
    ばちり、と紫電が周囲に飛び散る。
    刀に宿ったカンナカムイが、ゆっくりと俺の右腕に巻きつくのが見えた。

    「……雷龍、か」

    「へへ、いっくぜー!」

    普通は見えない精霊の姿も、『祖霊の守人』のユースには見えるらしい。
    俺は興奮のあまり、吼えた。

    「うおおおおああああっ!!」

    感情の昂りに合わせ、刀を覆う紫電が激しく明滅を繰り返す。
    俺は牙を剥き、ユースに向かって飛びかかった。

    風を切り裂きながら、刀を振るう。
    先程の格闘戦よりも速度が上がっているが、ユースは辛うじてそれをかわした。
    同時に俺の全身に重圧がかかる。
    地面に吸いつけられるように、手足も身体も重い。

    俺は纏わりついた魔力を切り払った。
    霧散する魔力を見て、ユースが面白そうに笑う。

    「魔法を、斬るのか!」

    「おっらあああああ!」

    ユースの魔法、重力の枷も風の鎖も纏めてなぎ払い、俺は白銀の狼に肉薄する。
    魔たる物を切り捨てる『虎杖丸いたどりまる』の雷光がユースに襲いかかった。

    うねる龍のあぎとのような雷を、ユースは風の魔力を纏わせた剣で受ける。
    圧縮された空気に高エネルギーの稲妻が飛び込み、プラズマが生まれ、弾けた。

    その反動で互いに距離をとりながら、

    「ふっ!」

    「んっ!」

    ユースは風の刃を、俺は刀を咥え、素早く短弓につがえた矢を放つ。
    矢は風に弾かれ、俺は咥えたままの刀で風を斬り飛ばす。

    『両者、譲らない!! 格闘による殴り合いから始まった勝負は魔法に剣にと派手にぶちまけやがるっ!! しかし、魔法の分ユースが優勢かあ!?』

    虎の実況は、もう俺の耳に届かない。
    ユースの体術、剣術、魔術、その全てを組み合わせた動き。
    いままで戦った中でも確実に上位にはいる実力。
    それも、おそらくこれが本気の殺し合いとなれば、もっと隠れた実力があるかもしれないと勘が告げる。

    ……コロシアム、すげえ!

    俺は全身で喜びを示すように、高鳴った鼓動と戦闘欲にしたがって地面を四足で駆ける。
    先程の大狼に匹敵、いやそれを超える勢いの俊敏性で、咥えた刀の柄を牙で噛み締めた。

    「ちょ、野生児にも程があんだろっ!」

    俺の速さに面食らいながらも、ユースは俺の進行方向を塞ぐように風を操る。
    目で追えてはいないはずが、その狙いは実に正確だった。

    ……『精霊の耳』ってやつか!

    音だけで正確に位置を把握されるのは厄介だが、それ以上に高揚していく感情が俺の口元に笑みを作った。

    咥えたままの刃を首で振りまわし、俺は徐々にユースに近づいて行く。
    左右に走り回り、魔法の妨害を切り裂き、ユースの背後を取った。

    「とったーーーーーーー!」

    勝利を確信しながら、刀を一閃した。
    しかし、完全にユースの胴体をとらえたはずの刃から、なんの手応えもない。
    慌てて確認すれば、斬ったと思ったのは空間の歪みによって生まれた幻影だった。

    俺は勘で背後を切り払う。
    魔力を斬る感触だけが、手に返ってきて、俺は冷や汗を垂らす。

    「残念。そっちも偽物な」

    頭上からユースが剣を振りおろす。
    寸止めするつもりなのか、殺気は感じなかったが、俺は満面の笑みを見せた。

    「……っ!?」

    ユースは咄嗟に剣を振り切った。
    確実に脳天を捉えるはずだった剣は、しかし、空振りに終わる。

    「妙な、技を使うな……気配はあるのに、心音が聞こえねえ!」

    ユースは目を閉じ、【耳】で俺を探し当てる。
    気殺けさつ』によって気配を完全に殺していた俺を、【耳】で心音を聞くことで見破る。
    いや、聴き破った。

    「兄ちゃん、耳良すぎるだろー。ずっこいぞ!」

    魔力探知する魔術師ですら騙す俺の『残心』と『気殺』を併用した身代りすら、【精霊の耳】には一度きりしか効かないらしい。
    魔力と気を残し、高速で移動しながら本体の気配を完全に殺すことで『残影』を作る俺の奥の手だったのだが。

    それでも、楽しいと俺は感じだ。

    「これでもダメなら……もっと速くだな!」

    どくどくと早鳴る鼓動を鎮めながら、背負っていたホルダーと固定具を外し、ブーメランと弓矢を遠くの地面に放り投げる。
    どすりとブーメランが自重で地面に突き刺さる。
    刀を一度咥え、上着から腕を引き抜く。

    そして、左手で腰から小刀を逆手に引き抜く。
    ひんやりと蒼銀の刃が空に白い軌跡を描いた。

    上半身裸の俺の左腕が赤く透き通った氷に覆われる。

    左は赤い氷の刃、右は紫電の刀。

    俺は呼吸を整え、気を溜める。
    そして全身の筋肉を張り詰め、『勁』を溜めた。

    その間に、ユースも剣に風の魔力を集中させて威力を研ぎ澄ませている。

    「いくぜっ」

    牙を剥いて笑い、俺は地面を蹴った。
    発勁によって急加速して俺は、そのまま地面を後方に蹴り飛ばす。
    一歩ごとに俺は、空気を破る感覚を知る。
    距離は通常の15歩分。
    それを俺は3歩で踏破する。

    風圧で全身がばらばらになりそうになるが、根性で踏ん張る。

    ユースは俺が踏み込んだ瞬間に、大きな【耳】を反応させ、剣を構えていた。

    「だっらあああああああ!」

    右の刀を突き出し、風を突き破る。
    半歩右に身体をずらしたユースが剣先で俺の刀をずらす。
    一瞬の交錯に、風と稲妻が弾けた。

    俺は全身を沈ませる勢いを、右足一本で跳ね返す。
    『震脚』で即座に反転した俺は、左の小刀でユースの背後を狙う。

    しかし、ユースの腰から跳ねあがってきた鞘に防がれた。

    「うおっ、すげえ!」

    そんな芸当が出来るとは思わなかった俺は思わず称賛の声を上げる。
    小刀の冷気が鞘を凍らせようとするが、それを炎の精霊が焼き払った。

    風と稲妻、燃えるように赤い氷と熱が乱舞する。
    俺の両手の刀と、ユースの剣と魔法。

    互いが互いと押し止め、決定打にならない。
    この均衡を破るには、どちらかがより一歩、踏み込まないといけないと、野生の勘が告げている。

    そしてそれを踏み越えるのは、コロシアムという娯楽の場であることを理解し、理性を持って闘うユースではなく、闘いの中でだんだんと野生の本能を剥きだしにしている俺の方だった。

    「う、おおおああああああっ!!」

    俺の刀が、一瞬加速する。
    魔法防御をかいくぐりそうになったそれを、ユースはやや強引に剣で弾き飛ばす。

    その一瞬の隙に、俺の左の小刀が閃く。
    先ほどよりもさらに速く。

    速く。
    速く速く。

    全身が熱を持った様に発熱していく。
    俺はそれに気付かない。

    ただ、目の前の強敵に全力で突っ込んでいく。
    風を裂き、重力を破り、炎を散らし、雷電を振りまき、俺は戦闘本能のまま、身体を動かした。

    ユースの眼に、かすかな動揺と苛立ちが垣間見えた。
    俺は、もはやコロシアムでの試合であることを忘れ、勝つために全力だった。

    「……熱くなりすぎだ、坊主」

    ユースは加速する俺の動きに徐々に圧倒されながら、冷静な目でぎりぎりのところで踏ん張りながら、

    「『草原を走る祖霊よ』」

    再び幻影を生みだした。

    「二度も、同じ手は食わねえぜ!!!」

    俺は真っ赤な目に闘志を燃やしながら、ユースの気配を刀で薙ぐ。
    金属音と手応えに、俺は牙を剥いて、左手の小刀で止めを刺そうと突き出したが、

    「……げっ!?」

    俺がユースだと思って刃を向けたのは、俺がさっき地面に突き刺しておいたブーメランだった。
    それに気付いた時には、俺の首筋にひんやりと鈍い鋼鉄の光が押し付けられていた。

    「……こ、こうさん、です……」

    「おう、おつかれさん」

    俺は湯気を立てていた身体から力を抜き、へにょんと耳と尻尾を倒して、負けを認めた。
    ユースはくるりと踵を返し、観客に一礼した後、来た時と同じように軽い足取りで去っていく。
    マイク越しに審判の虎の声が響き渡るが、俺は心ここにあらずでまったく耳に入ってこなかった。

    俺は、興奮で上がった息を整えながら武器をしまうが、どうしても我慢できずユースに向かって咆哮した。

    「兄ちゃん! また勝負しような!! 次は負けね―かんな!!!」

    黒い狼に戻ったユースは長い尻尾を揺らし、後ろ手を振って、おう、と短く応えた。



    「だーー! 負けちまったー!」

    俺は鬱憤を晴らすように大声を上げる。
    まだ試合が残っているので、人が疎らな受付前とは言え、幾人かいたスタッフがこちらを驚きながら振りかえった。

    「うむ、見事な負けっぷりだったな」

    受付に立っている着物姿のゴダイは、そんな俺の様子を見て少し羨ましそうに笑う。
    俺は口をへの字に曲げて、ゴダイに突っかかっていった。

    「おっちゃん受付にいるから見えねえだろ!」

    「……ふむ、ばれてしまったか」

    片目を閉じてとぼけるゴダイの様子に俺は腹を抱えて、笑い声を上げた。

    「ひっでえ! あはははっ!」

    「負けた割には、嬉しそうだな」

    「おう! 負けたけど、生きてるかんな! てことは次までに強くなれるってことだぜ!」

    全身の筋肉は酷使されて疲労を訴え、無理をした関節はきしみを上げているのだが、俺はまだまだ身体を動かしたりない気分だった。

    「うーーーー早く次の試合にならねえかなー」

    「……少しは落ち着きってものを覚えた方が、いいんじゃねえの」

    俺がうずうずと尻尾を振りまわしていると、背後から聞き覚えのある声がした。
    振りかえれば、闘技場で見た衣装から普段着に着替えたユースが、人好きしそうな微笑みを浮かべながら立っていた。

    「お、ユースの兄ちゃんじゃん! なになに、もう戦うの!?」

    「……元気すぎるのも、考え物だなあ」

    その笑顔は俺の言葉で、すぐに苦笑へと変わる。
    ユースは俺の肩に手を乗せると、ぐいと引きよせた。

    「折角会ったからな、飯でも奢ってやるよ」

    「まじで!? 最高!」

    「……いや、少しは警戒とかした方がいいと思うぞ」

    やれやれ、と肩を落とすユースを尻目に、俺は受付のゴダイに向かって手を振り、一目散にコロシアムの出口に駆けだしていた。

    「遅いー、早く行こうぜー」

    「速えよ!! ……んじゃ、ゴダイのおっさん、後は俺が適当に面倒見てくるから」

    ユースの言葉にゴダイは一度だけ頷いて、目を閉じる。
    俺はそんな様子に気付くことなく、ジークリアで初めて食べる食事に心を躍らせていた。
    忠犬 Link Message Mute
    2018/08/11 9:00:36

    風雲児

    トラストルさん(https://twitter.com/Trustol)主催、ファンタズマコロッセウムの交流小説です。

    新しいアホの子ですが、よろしくお願いいたします。

    ゴダイさん(https://twitter.com/Trustol)お借りしてます。
    #ファンタズマコロッセウム #ファンコロ #ケモノ #獣人

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