折れた剣俺は、そっと柄を握り、鞘から引き抜く。
刃は滑るように鞘から抜けると、陽光を反射して、切った。
「……前よりも、軽いか……?」
「あほか」
俺が呟けば、カウンター越しにイェルドが一蹴する。
「お前の筋力が上がったんだろ。あとはしっかり手を馴染ませろ」
「あのよー、もう少し優しい言い方はできねえの?」
あの夜はあんなに優しくしてくれたのによー、とぼやけば、イェルドの眼がすっと細まる。
「一回抱かれたくらいで調子に乗るな」
「ははっ、何回目でイェルドの女を名乗って良いんだ?」
「百年早え」
「うっす」
内心、一回どころじゃなかったような、と思うが言葉にすることはない。
俺は握った剣をくるくるとジャグリングし、ひょいと上に放ると額の上に器用に立ててバランスを取る。
「あ、やっぱこの感触だわー」
剣の重心、重さ、長さ、握りの太さ。
全てが俺に合うように、イェルドに調節された剣は、俺の望む通りに動いてくれる。
心なしか、以前よりさらに扱いやすくなっているのはきっと気のせいじゃなく、イェルドがより俺の事を知って細かく調節してくれていたのだろう。
そういうことを黙ってやる男なのだ、この熊は。
ただ、本当の意味で身体の隅々まで知られてしまうとは思わなかったが。
仏頂面さえなければいい男なのにな、と俺はぼそりとこぼした。
「……遊び道具にするなら、もっといい玩具をくれてやろうか?」
「いいえ、遠慮します」
壁に掛けてあったメイスを握る仕草を見て、直ぐに断りの返事をする。
俺はひょいと額の剣を跳ねさせ、半回転させる。
落ちる先に鞘を持ってきて、そのまま落とし込む。
「イェルド、さんきゅーな。またなんかあったら寄るわ」
「ふーぅ……どうせお前の事だから、次は剣を折ってきそうだな……」
「え、そこまで信用ねえの?!」
冗談だと真顔で言われ、俺は分かりづらいと文句を返した。
そして、二人で同時に吹き出した。
「今度は、ちゃんと酒で付き合うぜ」
「おう」
イェルドは店の外まで見送りながら、さらりと俺の尻を撫で上げる。
こっちでも構わねえけどな、と無表情のまま言い放つ。
だんだん俺の扱いに慣れて来てんなあ、と俺はその太い腕にそっと一度だけ尻尾を絡める。
すると、イェルドは俺の頭を無遠慮に撫でまわした。
「んーっ……」
俺は背筋を伸ばす。
つい先日、イェルドによって砕かれた腰の調子も戻り、俺は揚々と大通りを歩いていく。
もうすぐ昼下がりに差し掛かった時間。
まだ飲食店では昼のピークが続いているようで、どこも人で溢れていた。
「あー、腹減ったなー、金もあんまねえけど……良い店ねえかな……」
昼飯をどうするか、と考えていると俺の【耳】に聞き覚えのある足音と息遣いが聞こえる。
俺はピンと耳を伸ばして場所を確認すると、見覚えのある白い髪がなびいているのが見えた。
俺はひょいひょいと人の群れを器用にすり抜け、追いかける。
「おーい、キジュウ」
「……おんや?」
俺が声をかければ、暗い赤毛に白い長髪の狼が立ち止って、振り返る。
極東の着物に似た衣装に身を包み、どこか飄々とした雰囲気の男。
「ユースじゃないかい」
キジュウは少し、足をゆるめて通りの端、店と店の間で立ち止まって待ってくれる。
俺は傍に歩み寄って、軽く手で挨拶を交わす。
「おう、調子はどうだい?」
「御覧の通り、昼飯を食って腹ごなしの最中さね」
「あー……もう食っちまったかあ。どっか良い飯所ねえかなあと思ってさ」
一足遅かったなあ、と俺は肩を落とした。
まだ王都に来て半月足らずの俺は、未だに街に馴染み切れていない。
行きつけの店と言えるのが、イェルドの店くらいであとは露天に顔を出す程度だった。
コロシアムに戻って、専用の食堂を利用してもいいのだが、あそこは気が休まない。
闘士達による第二の戦場とも言えるありさまで、ゆっくりと食事をしたい俺にとってはすこし敬遠気味になってしまう。
「ふうむ、そいつはちと間が悪かったさね……まあ、この通りの店なら味に外れはないとは思うんだが」
時間もピークは過ぎているし、しばらくしたら空いてくる店もあるんじゃないかい、とキジュウは教えてくれた。
「そっかあ……さんきゅな、呼び止めてすまん」
「いやなに、お安いご用さね」
「おーう、今度試合で当たったらよろしくなー」
「もうお前さんには罠が通じなさそうだから、勘弁して欲しい所さね」
苦笑を返され、そんときはこないだのお返しに良い酒を持って行ってやるぜ、と約束する。
「そいつは楽しみさね。闘士の間でも、ユースは有名だからなあ。良い声で鳴きそうだなんだと腕っ節自慢達が話してたのを聞いたぞ」
「うへー、乱暴なのはのーせんきゅー」
ふとイェルドの顔が浮かんできたが、特に嫌でもないかと思うあたり、イェルドに絆されているかもしれない。
「まあ、いいや。キジュウ、呼びとめてホント悪かったな。今度なんか手土産に持ってくぜ」
「お前さんも、案外律儀さねえ。大吟醸で頼む」
「……俺の有り金全部酒にする気かよ」
俺が肩と尻尾を落として言えば、キジュウは明朗な笑い声を上げて、人ごみにまぎれていった。
やれやれ、金は天下の回り物は言うが、少しは俺にも回ってきて欲しいぜ、と愚痴をこぼす。
とはいえ、こんな所に立っていても仕方ないと、俺は周りを見回した。
キジュウの言うとおり、少しずつ飲食店から出ていく客の方が増えている気がした。
その時、俺の腹が大きく鳴る。
「そろそろ、限界……かな」
もうどこでもいいから入ってしまおうと、いつも通り楽観的に足を踏み出した時、俺の【耳】に不穏な音が聞こえた。
金属の擦れる様な、鯉口を切る音。
あまりにも不穏な音に、俺は急いで【耳】で場所を特定する。
大通りから奥まった所の細い路地。
そちらから、聞こえた。
「おーう、なんか流石にやばそうだねえ」
ぽりぽりと俺は頬を掻きながら、とりあえず傍の露天のキツネに胴貨を数枚投げ渡し、串焼きを5本買う。
それを持ちながら、俺は人気のない路地に入りこんだ。
歩きながら、ガブリと噛みつけば、ぶつりと歯ごたえのある肉がちぎれ、肉汁がタレと絶妙なハーモニーを奏でながら舌の上で踊る。
噛めば噛むほど肉の甘みとタレのしょっぱさが完璧な演奏を響かせる。
「うっま……お、あそこか?」
少し進めば、大きな馬獣人と中肉中背のハイエナ獣人の二人が、頭一つ以上小さい着物の犬獣人に殺気を放っていた。
対する犬獣人は、左袖をはためかせ、真っ直ぐに立つ。
俺は、左袖の立てる音に違和感を覚えて、【耳】を済ませてよく探ると、中身がない。
腕を引き抜いて着崩している様子もないため、もしかしたら隻腕なのかもしれない。
おそらく男だと思うが、髪を縛っている紐も、腰の帯代わりの紐も桃色をしている。
遠目に見ても、女性用の物に見えた。
三人の会話を【耳】で拾い聞けば、二人組が犬獣人にぶつかり、持っていた食べ物が服に付着したことが発端らしい。
うわー、ありがちなタカリだなー、と俺は二本目の串焼きも一気に完食した。
少し胃が膨れ、それでもまだまだ足りないと、今度は塩だけで味付けされた串を味わう。
これもまた絶品だなあ、と舌づつみを打っていると、どうやらいちゃもんをつけた側の堪忍袋の緒が切れたらしい。
「……後悔してもおせえぞ!」
大きく逞しい身体に見合った大きな剣をついに抜いた馬は、豪快に上段から叩きつけるように振る。
喧嘩と女は都の華、なんて歌もあった気がするが、俺も観戦気分で次の一本を口に入れる。
俺は南無三、と冥福を祈った。
馬の方に。
馬の振り下ろした大剣は、石畳に大きな亀裂を入れて終わる。
―――シャッ
犬人は紙一重で大剣を避けると、剣を鞘の中で滑らせた。
極東に特有の斬ることに特化した剣、刀だ。
曲がらず、折れず、ただ斬る。
そんな特殊な剣を逆に返し、峰の部分で眼にも止まらぬ速度で一閃。
斬れはしないが、重さ数キロはある鋼の塊をあの速度で叩きつけられたのだ。
馬は峰打ちされた胸を抑え、更に大剣で強い一撃を放つ。
「ありゃりゃ、怒りで実力差に気付いてねえのか……どう見ても、ありゃあガチの侍だろうに……」
怒り任せに振りまわされる大剣。
力任せの軌道では、おそらく達人と呼ばれるほどの腕前の犬人にはかすりもしない。
「そういや、もう一人いたような……」
【耳】に何も残ってないことから全く動いていないとは思うが、と見やれば。
ただ、にやにやと笑っているハイエナが見えた。
魔力の気配も、それに類する能力の残滓も見られない。
……相方ではあの犬人の相手は力不足だというのに、なんの手助けもしないのか?
俺の疑問は数秒後に解ける。
犬人が再度刀の峰を馬の側頭部に炸裂させた時だ。
「……ぬぅっ!?」
犬人が驚きの声を上げる。
どんなに頑丈なやつであろうと、頭に鉄の塊を高速でぶつけられ、脳を揺らされて平衡感覚を一時的にでも失わない奴はいない。
普通なら気絶、よくてもふらついてまともに立てはしない。
そのはずだが、馬は平然と立ち上がり、大剣を振りまわす。
さしもの達人とはいえ、斬らずに倒すのが難しくなってきた。
先程から、普通なら致命的にもなる場所に何度か峰を叩きこんでいるのだが、馬には効いていない。
しかし、犬人は刀を返さず、峰だけで応戦する。
人斬りはしない、あるいは出来ないか、いずれにしろ理由か信念かは分からないが、呆れた頑固さだと俺は思った。
「嫌いじゃねえな、そういうの」
俺は最後の串を一気に口にいれ、串を引き抜いた。
ほとんど噛まずに飲み込み、キツネの店主にうまかった、とあとで感想を伝えようと決める。
俺はゆっくりと、三人の方へと歩いて行った。
あの馬の様な手合いを、旅をした経験の中で俺はいくつか知っている。
強化魔法か回復魔法による超耐久、アンデッド、幻影、あるいは精神支配による強制運動。
どれも禁呪だったり高度で希少な術であったりするため、こんな所にいる低俗なゴロツキが使うとは思えない。
そもそも馬もハイエナも魔法を使っている気配はない。
あいつらがただのゴロツキじゃない可能性もあるが、万に一つあるかないかだろう。
だとしたら、考えられる絡繰りは文字通り、
「ゴーレム……絡繰り人形、ってね」
俺は、咥えていた串を一本左手の指で挟み、投げる。
間髪いれずに残りの四本の串も投げ、鈍重で後ろを全く警戒していない馬の背中に全て刺さる。
俺は投げ物は得意じゃないので、思った所よりはずれているが、まあ俺の魔力がこもった物が刺されば問題ない。
【精霊の耳】にある、とある魔術師から聞いた魔法の知識が蘇る。
覚えていた音が、俺の中の記憶に眠る映像も呼び起こし、俺はそれを再現する。
「『五行転化、力は流転。陰陽の理に従い、我が意を為せ』」
ここから遠く東のコンロンの街で出会ったドウシとか言う魔術師が、一夜の相手の駄賃に教えてくれた術。
術というよりは、思想というべきか。
この世の全ては等価で移り変わるものであり、その法則は五行と陰陽にて分類できるという考え方。
精霊と親しい『祖霊の守人』として、ある程度までは簡単に理解できた。
それを知れば、万物の流れを理解できるとかドウシは言っていたが、流石にそこまでは理解に至らなかった。
しかし、それを応用したのがこの術だ。
「『千変万化』」
物質の変化、錬金術とまではいかないが、目に見えぬ隠された魔力の細い糸の様な流れを、俺は汲み取り、その流れを刺した串から流し込んだ俺の魔力で乱す。
俗に、魔法への後介入やインターセプトと言われる高度な術だ。
まあ、俺のは似ても似つかない劣化版、こういう持続性の魔法かつ実体のある物に介入するのが精一杯だった。
しかして俺の予想通り、馬の形をした精巧な人形は、体内を循環していた魔力の流れが乱れ、がっくりと緊急停止する。
「……うっわ、本物みてえだと思ったけど、毛皮の下はゴムじゃねえか」
俺はあえて能天気にしゃべりながら、倒れた馬にぺたぺたと触れ感想を述べた。
ちらりとハイエナを見れば、突然の乱入者に対し、驚愕を浮かべていた。
直ぐにそれが怒りと恨みに塗り替えられる。
うへ、なんか最近こんなんばっかだぜ、と俺は自分の不運、というよりお節介さに愚痴をこぼした。
「……かたじけない、儂が未熟だったようじゃ。このような傀儡であったとは」
隻腕の犬人が、どう考えても歳不相応に見えるワノクニに近い口調で、俺に感謝する。
そこでようやく顔の傷に気付き、隻眼でもあったことに驚いた。
「いやいや、勝手に首突っ込んだのは俺だしねえ。ところで、不躾なのは承知で……あんた、何歳なんだ?」
「儂か? 今年、齢はちょうど20になったのう」
「……まあ、話し方は人それぞれだよな、うん」
恐ろしく童顔なのだろうかとも思ったが、どうらや年齢は見た目相応で、中身が老成している様だ。
傷も相まって、この若さで推し量れない過去があるのかもしれないが、それに踏みこむのは野暮だと感じた。
俺はとりあえず、年下なんだなあ、と無難に返しておく。
「助太刀をされて、名乗りが遅れてしまい大変申し訳ない。儂の名は、幸光と申す」
「おう、俺はユストゥス。ユースって呼んでくれ。……さて、逃げようっても、もう遅いぜ?」
忍び足で立ち去ろうとしていたハイエナに、俺は【耳】で気付いていた。
俺は振り向きざまに魔法を放ち、ハイエナを風でこちらに押し戻す。
無様に悲鳴を上げながら、ハイエナは石畳を転がる。
その傍に、幸光は静かに立った。
「……ひいっ」
見下ろす幸光の隻眼は赤く光り、ハイエナは情けない声を上げて尻尾を縮めた。
「なにも、命で侘びろなどとは儂は言っておらんのじゃが……まあ、これに懲りたらこのような振る舞いは、改めると良いぞ」
「はい……」
幸光はこれっぽっちも怒ってはいなかったようだ。
理不尽な言いがかりをつけられ襲われても、苦にもなっていなかったのだろう。
幸光はハイエナの言葉に満足したのか、目線を外して、立ち去ろうとした。
しかし俺は無造作に、魔法を詠唱する。
ゆっくりと、音を最小限にして置きあがった馬の傀儡人形が、大剣を振りかぶって俺達の背後から投げつけようとしていた。
【精霊の耳】の持つ俺が澄ませてようやく聞こえる体内の関節が擦れる音がなければ、俺も気付かなかっただろう。
「『草原を走る……』」
俺が呪文を完成させようとした時、横からハイエナが体当たりで邪魔をする。
そのまま俺を押し倒したハイエナは、幸光に向かって走っていく。
俺は舌打ちをしたい気持ちを抑え、幸光の方を見る。
幸光は、隻眼の死角で、こちらを見えていない。
「幸光!」
大剣は、幸光の頭部めがけて、寸分たがわず飛んでゆく。
それを追うようにハイエナが走る。
魔法で撃ち落そうかとも思ったが、精霊魔法は正確性に欠けるうえ、幸光を巻き込みかねない。
咄嗟に俺は、自分の剣に魔法をかけ、投げた。
風の精霊の加護に導かれ、加速した刃は大剣の進行方向に割り込んだ。
重量差を魔法の勢いで埋め、俺は何とか大剣を幸光から逸らすことには成功した。
幸光は振り向きながら、いつの間に抜いたのか、刀を持って構えていた。
片手で正眼に構えられた剣先は、ぴたりと止まる。
まるで、獲物が来るの待つ、獣の様な威圧感。
「痴れ者めが……一度ならば許そうと思った、儂が甘かったようじゃの」
数瞬、幸光は信じられない速度で刀を振るう。
おそらく先程までの動きも、手加減の範囲だったのだろう。
ハイエナのナイフを弾き飛ばし、脳天に峰打ちを決める。
その勢いは止まらず、馬の人形の元まで半呼吸の間に駆け、一閃。
峰打ちではない真の斬撃は、その胴体を真っ二つに斬った。
数秒、時が止まったかのような静寂が流れる。
ハイエナが意識を失ってゆっくりと倒れ、馬の傀儡は中の魔術機構を晒しながら、斜めの切断面に合わせて上体を滑らせ、二つに分離した。
流れるように刀を振るって、人形を斬り熱くなった刀身を冷ますと、幸光は片手で器用に腰の鞘へと刀を戻した。
「……終わったか……」
「うむ。二度も助けてもらい、感謝の言葉もないのう」
「いいっていいって、勝手に首を突っ込んだのは俺だ……し……」
言いながら、俺は投げた自分の剣を拾いに行き、それを見てしまった。
真っ二つに折れた、剣を。
「…………ひえ」
脳内で、鬼の形相になるイェルドを想像して、俺は耳を倒して尻尾を丸めた。
どうやら、重量差が5倍くらいある大剣を、俺の剣で無理やり止めるとこうなるらしい。
一つ学んだ。
まったく良くはないが、次はもっとうまくやろう、と現実逃避しながら決意を固める。
「ど、どう言い分けすれば……」
現実逃避しようとしても、脳裏にイェルドの顔がちらつく。
それも、想像できる限り、もっとも最悪な表情をして。
がたがたと恐怖に駆られる俺を、不思議そうに幸光は眺める。
「ふむ、剣が折れてしまったか、すまんのう……」
「い、いや……幸光のせいじゃねえ……」
「いやいや、これでは礼には足らないじゃろうが……」
幸光はなんのこともない様子で俺の剣に触れる。
そして、小さくレジストと呟いた。
「……へ?」
「うむ、たぶん元通りだとは思うのじゃが……」
まるで眼の錯覚かと思うほど、、あっけなく幸光の隻腕には元通りの姿になった俺の剣が握られていた。
俺は何度か瞬きをして、剣と幸光の顔を見比べた。
「すげえっ! ……さんきゅーな、これで俺の腰は抜けずに済む……」
「ん? うむ、どういう意味かは分からんが、役に立てたのなら儂も嬉しい」
これでばれずに済んだ、と俺は力強く、全力でガッツポーズを決める。
「ああ、しかし、儂の感覚で直したんでのう。しっかりと専門の鍛冶師に見てもらった方が良いと思うぞ。刀は慣れているんじゃが剣には疎くてのう」
「……ういっす」
そうは問屋が卸さなかった。
「しかし、これだけでは礼としては心苦しいのう。よければ甘味でも奢らせてもらえんか? 今日はそこの新作スイーツを食べる予定だったんじゃ!」
「……おう、んじゃ、お言葉に甘えるぜ」
甘いものでも食べて、気を紛らわせようと決めた。
もしかしたら、手土産に甘味を持っていけば、あの熊にも許してもらえるかも、などと淡い期待を抱きながら。