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    しおり
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    しおり
    継ぐ音すこぶるいい天気、とはまさにこのことだろう。
    俺は窓から空を見上げて、そんな感想を抱く。

    透き通るような青がどこまでも広がり、少ない白い雲が自由に泳ぐ。
    太陽はこれでもかと陽気をまき散らし、部屋にこもっているにはもったいない気がした。

    「……よし」

    俺はベッドから立ち上がる。
    負傷していた腕も脚も、穴の開いていた脇腹も全て治癒魔法で治り、その反動も収まった俺は、今日から出歩くことが担当のスタッフから許可されていた。
    前日に、試合で勝った報酬も手に入れ、おかげで少し懐も温かい。
    出かけなきゃ損だな、と俺はさっそく準備を始めた。



    「おー、今日は市の日かー」

    いつも通り広場に顔を出せば、溢れかえる人の群れ。
    様々な種族が各々で露店を出したり、大道芸を見せて観覧料を取っていたり、とにかく賑やかだった。

    さて、何から見ようか、と俺はきょろきょろと周りを見回す。

    陶器の器を並べた店、ガラス細工が光を反射して煌めく店。
    小さな砂糖菓子を並べる店や串焼きなど立って食べられる軽食を売る店等など。

    俺は湧き上がる興奮に尻尾を上機嫌に揺らして、歩き回る。
    時々、俺のファンだという女性やら子供にも出会い、俺は持ち前のサービス精神できざっぽく礼をして握手をしたり、小さな精霊達を見せたりした。

    「ほう、なんだか賑わっておるな!」

    ふと【耳】に聞こえた声に、俺は目線をそちらに向ける。
    そこには巨体の獅子人の男が、真っ赤な鬣を揺らし、きょろきょろと周りを見回している。
    年齢は中年と言っていいだろうか、しかしその目に宿る光は少年のように輝いていた。

    「……よ、おっさん。市にくるのは初めてなのか?」

    「むう? 初めてではないぞ! しかし、何度来ても店が違って面白い!」

    俺はさりげなく獅子を誘導し、少し開けた休憩スペースに向かった。
    獅子の服装は地味に見えて、綿ではなく絹でできていて、どうにも育ちの良さが見えている。
    そんな獅子に対し、手癖の悪い連中がひそひそと悪だくみをする声が聞こえてしまった俺は、面倒に思いつつ人ごみから遠ざかるようにした。

    「へえ、じゃあおっさんはここに暮らして長いのか?」

    「そうだな。生まれてこのかた、ずっと王都暮らしであるな」

    「そっか。俺はいままでずっと旅してきたから、どっかの街に腰を据えたのはここが初めてだな」

    「ほう! お主は旅人であったか」

    急に目を輝かせる獅子に、俺はすこし身を引きながら、おうと答える。
    何やらいろいろ話を聞きたそうなので、俺も旅の話をしつつ市を回ることにした。



    「ふーむ、お主の話は実に面白いな!」

    「そいつはどーも。芸者は語りに歌、芸に床にと男も女も喜ばせて一人前ってね」

    「むう、一度、お主と夜を明かしてみたいものだな!」

    「おっさん積極的だねえ。ま、そんときゃ初回限定で安くしとくよ。ていうか、闘士だから副業できねんだけどな……」

    今更ながら、ちゃんと契約書は読むべきだったと思わないでもない。
    まあほとんど読めないのだが。

    「お主、闘士でもあったのか! これはその内コロシアムにも顔を出さねば」

    「おう、そんときゃ手に汗握る試合をご覧に入れましょう、ってね」

    俺も獅子も名乗ってすらいないが、何故か気が合いそんな口約束も取り付けた。

    そうしてぐるりと約半分ほど見て回ると、突然獅子は、急用が出来たとそそくさと人ごみにまぎれ消えてしまう。
    俺は遠くから騎士団が誰かを探す声が【耳】で聞こえていたので、適当に相槌を打って獅子とはそこで別れた。

    「やっぱ、どっかの貴族がお忍びで来てたんだなー」

    納得しつつ、俺は気を取り直して周りを見ると、少し奇妙な店を見つける。
    周りの露天とくらべ、暗い配色の幕が下ろされ、そこには楽器が並んでいる。
    店主は高齢の竜人で、声を上げて客寄せをするでもなく、静かに椅子に座って、眼を閉じていた。

    毛の少ない西や南の竜種ではなく、体毛の多い東や北の竜種に見える。
    元々の色なのか、重ねた年数のせいなのか、真っ白な色の体毛を生やし、特に髭と髪は腰に届く程の長さだった。
    年齢を感じさせる痛んだ鱗は、元は新緑色だったと思われるが、今は大部分がくすんでいた。

    「よっ、爺さん。儲かってるかい?」

    「……そう見えるんなら、お前さんは儂よりも耄碌もうろくしとるのう」

    「ちげえねえや」

    俺は笑顔で店に入ると、老竜は長く白い髭をしごきながら、快活に笑い返す。

    俺は、置いてある楽器へ視線を向ける。
    様々な種類が一様に棚に並べられていた。

    「……年季物だな」

    俺は一瞥で、全てがアンティークだと思った。
    そして新品の楽器の中に、一つだけ傷だらけではあるが、大切に、そして丁寧に手入れされているリュートを見つける。
    ボディや表面板に傷はあるが、フィンガーボードや弦は比較的新しいものに変えられていた。

    「……って、値札ついてねえけど、これいくらなんだよ」

    その楽器には値札はなく、俺は何気なく目についたリュートに手を伸ばした。

    「そいつは金貨100枚じゃ」

    「……ぶっほっ!?!?」

    俺は一瞬固まり、思わず素手で触ろうとした手をひっこめた。

    「な、なんでそんなに高いんだ? 実は隠れた名作だったりするのか、これ」

    「いんや、儂が作ったものじゃよ。出来は普通位かの」

    「……売る気ねえだろ、爺さん」

    俺がじと目で見ると、老竜はにやりと笑った。

    「おうとも、お前さんのようなガキんちょには売れんわい」

    「んだとう!」

    俺が笑いながら袖をまくると、老竜はかかかと大笑した。

    「しかし、お前さん……どうやら多少は弾ける口のようじゃな」

    「……なんでそう思うんだ?」

    爺の勘じゃよ、とまるで試すような視線を向けてくる。
    俺の中の芸者としてのプライドが少しうずいた。

    「……けっ、俺はこれでも吟遊詩人で食ってたんだぜ。ただじゃあ聞かせられねえな」

    「かっかっか! 小僧が言うよるわい。よかろう、儂が満足したら、ちったあ色付けてやるぞ?」

    「そう来なくっちゃな!」

    俺は契約成立だ、と老竜に手を伸ばし、握手を交わす。
    ひどく不思議な手の感触だった。

    俺は早速と言わんばかりに、いそいそと現在金貨100枚のリュートを手に取る。
    そして、手慣れた手つきで調律を始めた。

    「……ほう、思ったよりは出来そうじゃな」

    「ぬかせ。仰天してぽっくり逝くなよ、爺さん?」

    俺はそんな軽口を叩きながら、くるくるとペグを回し弦の張力を調節する。
    そして、軽く爪弾き、音を確かめると次の弦の調節に移る。

    俺の【精霊の耳】はこういった調律にも非常に便利だった。
    記憶している音と聞こえた音の違いを寸分狂わず認識できるため、特別な器具を使わずとも完璧な調律を実現できた。

    そのせいか、老竜は初めはただ見ているだけだったが、俺の耳の良さに気付いてからは好奇心に駆られたように俺の手元を見つめていた。

    「おじーちゃーん! ご飯買ってきたよ!」

    その時、店の外から大きな少年の声がした。
    振り返れば、両手にたくさんの料理を抱えた黒色の狼の少年が、立っていた。
    年齢は14、5歳と言ったところか。
    動きやすそうな服装で、ハンチング帽を引っ掛けていた。

    「あ、お客さんいたんだ、ごめんなさい……」

    真面目な性格なのだろう、恥ずかしそうに耳も尻尾も垂らして、俯く狼少年。
    俺が気にするなと声をかける前に、老竜が笑顔で言う。

    「おう、気にするこたあないぞ。この小僧はまだ客じゃないからのう」

    思わず肩の力が抜けてリュートを落とすところだった。
    こんの爺、と俺が笑顔をひきつらせて唸っても、老竜は大笑いするだけだった。

    「えっと、演奏されるんですか? ……僕も聞いてもいいですか?」

    狼少年は持ってきた串焼きやらトーストサンドやらを老竜の前のテーブルに置き、遠慮がちに聞いてくる。
    俺が首肯すれば嬉しそうに少年がはにかんだ。

    俺は内心、可愛い顔するねえと和んでいたのだが、その表情を見た老竜に、

    「うちの孫に手を出すなら、覚悟しとくんじゃな……」

    と、何かを握りつぶすジェスチャーをされる。
    想像してしまった俺は、少しだけ股間を抑え、もぞもぞと居住まいを正した。

    「しねえよ!」

    「ふん、どうせ吟遊詩人なんて言っても、一番得意なのは夜寝る時、男に抱かれて上げる喘ぎ声とかそんなんじゃろうに」

    「孫がいる前で、そういうこと言うのは教育的にどうなの!?」

    俺が焦ってツッコミを入れるが、当の少年は何のことかわからない様子で首をかしげていた。

    「……まあ、いいや」

    俺は自分の爪の状態を確認し、最近整えてなかったなあと思いながら、邪魔にならないように引っ込める。
    そして、指先の肉球で弦を弾いた。

    振動した弦が空気を震わせ、表面板に空いた幾何学模様のロゼッタを通って、中空のボディ内で共鳴する。
    見た目には細かい傷が多くあるものの、楽器としての要所要所はきちんと手入れや補修がされており、味のある音が奏でられた。

    「それでは、一曲のお付き合いを」

    俺は椅子に腰かけた老竜と狼少年に向かって深く腰を折って礼をする。
    そして立ち演奏用のストラップを肩にかけ、リュートをぶら下げると、俺は軽やかに弦を弾いた。

    左の指で弦をフィンガーボードに押し付け、次々と音の高さを自在に変化させ、右手で音のリズムを決めていく。
    ギターよりも弦が多いため、俺はせわしなく右手の位置を変えながら、正確に弦を弾いた。

    そして、俺は口を開く。

    初めは語るように歌い出し、徐々にメロディを奏でる。
    俺は目を閉じ、曲に込められた物語を描く。
    登場人物の感情、仕草までを再現しようと、俺は力を込めて演奏し、歌い上げた。

    曲は、僅か数分で終わりを告げた。
    目を開けば、きらきらと目を輝かせた少年と、呆然とした老竜がいた。

    「……お前さん、『天竜のさえずり』の持ち主じゃったのか……」

    「なんだそりゃ。俺の一族じゃ『祖霊の寵愛』なんて呼ばれてはいたけどよ」

    おそらくは、同じものを意味しているだろうと予想しながら、俺は告げる。
    『天使の歌声』等々、生まれながらの美声に対する呼び名は古今東西様々だった。

    「で、どうよ? 売ってくれる気になったかい?」

    「……そうさな……50枚にまけてやるか」

    「まだ、くっそ高えよ!? 王都の貴族街で家が買えるわ!」

    結局、俺に譲る気はないらしい。
    俺は諦めて弦を緩めてから、棚に戻した。

    「お兄さん、歌、すごくお上手ですね!」

    狼少年は俺に近づくと、尊敬の眼差しで見上げる。
    きらきらと大きく開いた翡翠の目を光らせる少年に、俺はまんざらでもなく尻尾を振って、頬を爪で掻いた。

    「まあ、な。それほどでもあるな!」

    「僕、お兄さんの事、一度コロシアムで見たことあります! すごくカッコよくて、楽器も弾けて、歌まで上手で、すごいです!」

    お、おう、とここまでの絶賛を受け、俺は柄にもなく照れる。
    見た目が黒い狼同士、まるで歳の離れた兄弟のようにも見えるかもしれない。

    「あの、お名前、ユースさん、ですよね。僕、ラルゴって言います」

    「おう、よろしくな。さん付けなんて堅苦しい。呼び捨てでいいぜ」

    「じゃ、じゃあ……ユース、お兄ちゃん……」

    呼び捨てに抵抗があるのか、恥ずかしそうに付け加える。
    不覚にも、俺の胸が高鳴った。

    「……ふんっ、ふんっ」

    何故か老竜が握力を鍛え始めたので、俺はげんなりと表情を変え、じと目を老竜に向ける。

    「こんの爺……」

    俺の悪口に、にやりと笑うだけなので、俺もこれ以上は言いよれない。
    そんなやり取りをしていると、少年は何かを思い出したように尻尾をピンと立てた。

    「あ、僕、友達と待ち合わせしてるんでした!」

    急にそわそわし始める小さな尻尾を見て、俺は苦笑した。

    「別に行ってくればいいだろ。俺に気を使ってどうすんだ」

    少年は嬉しそうに笑って、ぺこりとお辞儀をすると入ってきた時以上のスピードで、露天から離れて行った。

    「……いい子だな」

    「当然じゃ。儂の孫じゃからな。儂に似て、素直じゃろう」

    「どの口が言うんだ、どの口が!」

    「はて、この串焼きは絶品じゃのう」

    「話逸らすな!」

    俺は裏手で空を切り、ワノクニ風のツッコミをかます。
    かつて見た漫才という演目で片方が頓珍漢な事を言ってボケて、それに対して鋭くどついてツッコミを入れながらも相方を傷つけない手法として編み出された伝統芸らしい。

    「……あの子、あんたの血縁じゃねえだろ。両親は?」

    少し立ち入りすぎかとも思ったが、俺はあの子が純狼種なのに祖父が純竜種と言うのは、納得がいかなかった。
    別に言わなくてもいいけどよ、と付け加え、俺は肩をすくめた。

    「……死んだよ。あの子と、そのリュートを残してな」

    「……は?」

    俺は思わず、今まで握っていたリュートに目を向ける。

    「なんで……んな大事な物、売り物に出してんだよ」

    「……儂は弦楽器製作者ルーティアーでな、作ることはできても、弾く方はさっぱりなんじゃよ」

    大きなため息と共に、老竜は少し肩を落とす。
    今までの老獪な雰囲気から、一気に老けこんだように感じた。

    「あの子、ラルゴの父は演奏家で母は歌手じゃった。……あの子が小さい頃に、事故でなくなってしまっての」

    じっとリュートを眺めながら、老竜はぽつりぽつりと語る。

    「遠くから家族だけでここに移り住んだあの子には、親しい知り合いが父親に楽器を提供しとった、儂しかおらなんだ」

    「それで、あんたがあの子を……」

    少し、気まずい雰囲気の沈黙が流れる。
    首を突っ込み過ぎたか、と俺が後悔しかけた時、

    「そうじゃ、だから……手を出すなら容赦なく潰すぞい」

    そう言って沈黙を破り、老竜はぐっと節だらけの手を強く握る。
    うっと俺は股間を抑える。

    「何をだよ! 出さねえよ! ジェスチャー止めろ!」

    「なんじゃと!! 儂の孫が可愛くないと言うんか!?」

    「言ってねえよ!? あんた、めんどくさい性格だなあ、畜生!」

    先程までの暗い雰囲気など微塵もないように老竜は語り、俺も意図を察して遠慮なく大声で怒鳴り返す。

    過去に辛いことがあろうとも、さっきの少年の性格や態度を見れば、彼が今少なくとも不幸せでないことは、俺にも分かった。
    赤の他人の俺が、これ以上少年を憐れむことは、彼の笑顔を庇護してきた老竜と、今笑顔で生きる少年に対してひどく無礼な気がした。

    「おーけい。あのリュートを売りたくない理由が分かった。けど、なんでそんな大事なものを露天に出してるんだよ」

    俺は少し老竜と打ち解けた気がして、少し近寄り、テーブルの対面に置かれた小さな折りたたみ椅子に腰かけた。
    ふん、と鼻息をたてながら、老竜は一旦串焼きを食べ、飲み込んだ。

    「さっきも言ったろうが。儂は弾くことはできん。店に飾っておいても、リュートは死んだままになっちまう」

    けど、とそこで一度言葉を切った。

    「……こうして露天に出してみれば、お前さんみたいな風変りな奴が来るかもしれんと思ったんじゃ」

    「さりげなく俺の悪口を言うの、やめません?」

    「はて、このトーストサンドもうまいのう」

    「話そらすなって言ってんだろが!」

    既視感を覚えながら、俺は脱力した。
    意図せず、俺は少年の父親の形見で演奏してしまったわけだが、彼の表情を見れば悲しみなど微塵もなかった。

    「結果オーライだけど、下手したら俺、大変なことしてたぞ……」

    「うむ、もしもそのリュートに傷でもつけたら、賠償金踏んだふって奴隷にしてどっかに売り飛ばそうかと思とったぞ」

    「物騒過ぎません!? あの子の教育に悪いから止めような?!」

    あっけからんと言い放つ言葉に、俺はもはや神経をすり減らしてつっこむ。
    僅かな間に全力のツッコミを何度もしたせいで、俺は肩で息をしていた。

    「はぁっ……あんたの店、教えてくれよ。今度、普通のリュートでも見に行くからよ」

    「通いつめても、孫はやらんぞ?」

    「だからっ、なんでっ、そうなるっ!?」

    完全に弄ばれていると知りつつ、俺は内心では心地よさを感じ、思わず吹き出してしまった。
    釣られて老竜も大笑する。

    「好きな時に遊びに来るといい。……旅の話でも、あの子に聞かせてやってくれ」

    「おう、任せろ!」

    俺が立ちあがろうとした時、【耳】に怒声が響いた。

    「……喧嘩か?」

    俺は首をかしげながら、老竜に別れの挨拶もそこそこに、店を飛び出した。

    俺が【耳】を頼りに騒ぎの場へ駆けつけると、そこは既に乱闘が始まっていた。
    周りの話に【耳】を傾ければ、原因は酒に酔った末の口論らしい。
    周囲の者も多少酒が入っているのか、見世物として楽しみ、囃したててばかりいた。

    こりゃ誰も騎士団に報告してねえな、と俺は呆れるが、自分でする気もない俺も同罪だなあと自嘲する。

    相変わらず酔っぱらいはどこでも問題を起こすな、と俺は野次馬でいる気でいたのだが、犬人の少女がウエイトレススカート姿で乱闘に入っていく。
    そして、一番近くで暴れていたワニ獣人の男の脳天にテーブルを叩きつけた。
    見た目にそぐわない大胆な行動に、周囲の雰囲気が凍る。

    「うっわ……痛そー」

    俺は他人事ながら少々同情するが、どうやら彼女はここで配膳係だったらしく、他のお客の迷惑を顧みず暴れ始めた男達に業を煮やしたらしい。
    しかし、所詮は少女。
    一旦は冷水を浴びせられたように静かになった酔っぱらい達は、またヒートアップして乱闘を再開した。
    さらには、気絶したワニ人の仲間の象人が少女に手を伸ばす。

    「ちょっと、放しなさいよ!」

    少女はこれでもかと暴れるが、体格差がありすぎる。
    周囲からは、流石に止めた方がいいんじゃないかと言うささやきが出るが、誰も実行には移さない。

    「はー……俺、病み上がりなんだけどな……」

    つくづく損な性格だと自覚しつつ、俺が一歩踏み出すと、それより先に黒い小さな影が飛び出して、少女を持ち上げていた象人の男の腕に噛みついた。

    「あ? なんだこのガキ……」

    しかし、象の分厚い皮膚は黒い狼少年、ラルゴの小さな牙などものともしない。
    少女から興味を失ったのか、手を放し、今度はラルゴの服をつまみ上げる。
    首根っこを掴まれたラルゴは怯えたように震えていた。

    「け、ビビってんじゃねえか。とっととママの所に帰りな!」

    「ひうっ」

    耳元で怒鳴られ、ラルゴは目を閉じる。
    その拍子にハンチング帽子が落ちる。
    耳を倒し、尻尾を丸める姿を象は鼻で笑った。

    ラルゴの顔面に向けて、象は拳を振るう。

    「……ほっ」

    俺はその間に滑り込むように割って入り、俺の頭程もある拳を蹴り飛ばす。

    「せいっ!」

    蹴りの反動で、次に俺は逆回転し、ラルゴを掴んだ腕の肘裏を、左足で蹴り上げた。

    「いでっ!」

    痛みと衝撃で握力が緩み、ラルゴは地面に落とされる。
    俺はその身体が地面に激突する前に受け止めた。

    「あ……うっ……」

    恐怖で震えるラルゴを抱き締め、背中を叩く。
    尻尾が落ちつくのを見てから、俺は帽子を拾って深く被せてやる。
    こぼれる涙は、それで見えなくなった。

    「おーい、そこの強気な嬢ちゃん」

    俺は最初にテーブルで殴りつけていた少女に声をかける。
    少女は呆然としたように座り込んでいたが、俺の声にハッとして立ちあがった。

    「嬢ちゃんじゃないわ、レイナよ」

    「おーけー、レイナ嬢。憤懣やるかたない気持ちは十分に察するが、とりあえず、俺よりこの坊主に言うことあるんじゃねーの?」

    俺が苦笑すれば、少女はラルゴを見た。

    「あ、ありがとう」

    「ほい、じゃ、後任せた」

    俺は恐怖で無言のラルゴの身体を押して、少女に押し付ける。

    「ちょ、ちょっと!」

    「危ないから、様子見てラルゴを連れて下がってなー」

    ひらひらと俺は緊張感なく掌を振って、背後から振り抜かれた椅子をしゃがんで避ける。
    【耳】に届く驚愕の声に、俺は振り向きざまに椅子を握った象の鳩尾に拳を埋めた。
    強化魔法の乗った俺の拳は象の皮膚をものともせず、横隔膜に衝撃を伝える。
    肺から空気を強制的に排出させられ、ぴくぴくと痙攣しながら象が倒れた。

    「あー……俺、肉弾戦とか超苦手なのになあ……」

    強化魔法と【耳】の聴覚でかろうじて一般人よりは強く、中堅の闘士と互角程度。
    とはいえ、愚痴りながら少女とラルゴを庇い、向かってくる酔っぱらいをいなし続けるのに、支障はなかった。

    しばらくすれば、騎士団が鎮圧に来るだろう、とたかをくくっていたのだが、その前になにやらすごい殺気を感じて俺は思わず、魔力を練った。

    「俺の……娘に……なにしとんじゃーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

    突如響いた絶叫。
    腹の底からの怒号と共に、中年の黒い虎が乱入してきた。
    身長は目測で2メートルは超え、筋骨隆々の身体には歳のせいか脂肪が少し乗っている。
    黒虎は酔っぱらいの男どもを、まとめてなぎ払う。

    成人男性が宙を舞う光景に、俺は思わず景気がいいな、と場違いな感想を漏らした。
    そして、なぜか、黒い虎は俺を睨む。

    「……へ?」

    「レイナに手を出す奴は……ゆるさねえ!」

    「ちょ、待て!」

    俺の制止は虎の耳には届かず、信じられない速度で俺に掴みかかる。
    俺はたまらず強化魔法で飛びのくが、それさえも一歩踏み込んで追撃してくる。

    「【熱波】!!」

    虎の一言を聞いて、俺の視界が歪む。
    突然空気が高温となり、光が屈折していた。

    「『結晶を象る祖霊よ』!」

    反射的に氷の精霊により、熱を相殺する。

    「おい、おっさん! 街中で、んな魔法使うんじゃねえよ!」

    「ゴードフ父さん!」

    離れた所から聞こえたレイナの声に、俺は目を丸くして硬直する。
    目の前の黒虎、ゴードフとレイナを見比べた。

    「……随分似てないお父さんだことで」

    俺が素直に感想を述べると、何故かぶちりと切れる音がした。

    「お……」

    ぷるぷると小刻みに震えながら、ゴードフの毛が逆立っていく。
    そして、なぜか周りの連中が大きく下がって、広間にぽっかり空いた空間に俺とゴードフだけが残る。

    「お前に! 『お父さん』なんて呼ばれる筋合いはねええええええええ!!」

    「あんたに殴られる筋合いもねえんだが!?」

    何故か逆上したゴードフに容赦のない熱波を浴びせられる俺。

    ……ていうか、剣抜こうとしてねえかあのおっさん!?

    「ま、待て! 何を誤解してるのかしらねえが、俺はレイナに何も……」

    「……よ、呼び捨て、だと……」

    驚愕に、ゴードフの手が止まる。

    ……あれ、俺もしかして地雷踏んだ?

    「絶対に!!! ゆるさねえ!!!」

    「なんでだー!!」

    ゴードフは背中の大剣を思い切り抜き放ち、赤々と燃える炎が揺れる。

    「【蜃気楼の視線】!」

    ゴードフの言葉に、彼の周りの空間が歪むのが分かった。
    歪みはいつしか形を為し、ゴードフの幻影が生まれる。
    幻影と同時にゴードフは大剣を振りかぶり、突進してきた。

    「レイナにやってくる虫はー! 全部ぶっつぶす!」

    「人の話を聞けやーーー!」

    俺は全力の風魔法を、『本物』のゴードフに叩きつける。

    「んぐおっ!?」

    まさか見破られるとは思っていなかったのか、ゴードフは一旦距離を取った。

    「てめえ……勘のいい野郎だ……なら次はこれでどうだ!」

    今度は十人程に幻影が増える。

    「だから話を聞けっつーーーの!!」

    それでも、俺は寸分たがわず本物に対して魔法を叩きこむ。
    いくら幻影を増やそうと、俺の【精霊の耳】はゴードフの心音も呼吸音もはっきりと聞こえているのだ。
    どれが本物かなど、当てるのは容易かった。

    「くそ虫の癖にやりやがる……もう少し本気で行くぞ、おら!!」

    「あー! 俺も、いい加減あったま来たわ。ちったー頭冷やせ!!」

    炎の魔剣を上段に振りかざし、ゴードフは魔力を込めていく。
    そして左手に、小さな宝玉を握り、小声で何かを呟いた。

    「『火に依りて、水伏す』」

    誰にも聞こえる筈のない声だったが、俺の【精霊の耳】は聞き逃さない。
    俺は来る炎に備え、氷の精霊を呼び出す。

    「『結晶を象る』……?」

    しかし、俺は精霊の力に違和感を覚え、咄嗟に精霊術をやめ、空間隔絶の術へと切り替える。

    「『拒絶、断絶、隔絶。これより先は不可侵領域なり』」

    「『炎よ』!!」

    絶対防壁の表面で強大な炎が爆ぜる。
    俺は胃から苦いものが込みあがってくるのを感じ、顔をしかめた。
    嫌な汗がどっと全身からでて、きりきりと胃が痛む。

    「……なんかしやがったな、あのおっさん。氷の精霊の力が出ねえ」

    「へっ、ついに追い詰めたぜ、兄ちゃん。……レイナに二度と手を出そうなんざ思えねえように、俺がたっぷり仕込んでやるよ」

    余裕の表情で舌舐めずりしているゴードフに、俺もカチンときた。

    俺はむしり取るように結んだ髪を解く。
    そして、金の眼を光らせながら、魔力を解放した。
    ラルゴと同じだった黒色の毛は、白銀の光へと変わる。

    「『五行転化、力は流転。陰陽の理に従い、我が意を為せ』!!」

    俺の異貌を見て、ゴードフが一瞬立ち止まる。
    その隙に、俺はさらに術を重ねていく。

    「『廻れ、回れ、陣中の陣、外連の陣』、『写し、映し、移し』」

    白銀の毛を風になびかせ、二股の尻尾は弧を描く。
    俺の足元に浮かんだ魔法陣は、転写され、俺とゴードフの周りに配置される。
    慌ててゴードフは炎の魔法を使うが既に遅い。

    「『千変万化・土昏つちくれ』!」

    完成した魔法陣の中、ゴードフは炎の魔法を放つ。
    しかし、その炎の一切合切が即座に砂へと返還された。

    「な、何しやがった!」

    「……あんたが使った魔道具と、原理は同じだ」

    俺は【精霊の耳】で、ゴードフが魔法を使う際、必ず何かしらの呪文を唱えているのに、気付いていた。
    そして、宝玉に対して使った呪文は、周囲に氷や水の力を減弱させる能力がある、と俺は睨んだ。
    それならば、と俺はその能力を真似て、更に炎を土へと返還する結界を展開した。

    五行思想の一つ、相生の内『火生土』。
    火は物を燃やし、灰となさしめ、灰は土へと還る。

    コロシアムじゃ広すぎて、直ぐに相手に結界の外に出られてしまうので意味が薄いため、普段使うことはない。
    この広場の一角という狭い範囲内であったからこそ使えた、俺の奥の手だった。

    「俺も、東の魔法にはある程度、詳しい方でね」

    この中ではどれほど炎を使おうと、砂が増えるだけだ。

    「……あんたのその剣。炎の精霊の力だろ。ここじゃ、もう力は出せねえぜ」

    『祖霊』の姿となり、精霊の力をより感じやすくなった俺は、ゴードフの持つ大剣に、大きな火を纏った精霊の姿が見える。
    精霊はゴードフに寄り添い、まるでゴードフを守っているように見えた。

    ゴードフは悔しげに剣を鞘に戻すが、今度は左手の小手を構える。

    「【輝け!シルバリオン】!」

    白い輝きを纏った拳を、ゴードフは振りかざす。
    俺は身体強化、風の精霊の加護を受けて、何とかかわした。

    「このっ……おっさん、多芸すぎないか?!」

    「うるせえ! レイナを守るために、お前をぶっ飛ばす!」

    「頼むから、話を聞けーーー!!」

    どうやらゴードフは身体強化魔法は使えないようだが、素の運動能力があまりにも高い。
    見た目は中年だが、積み重ねた戦闘経験と訓練の賜物、というやつだろう。

    「おー、こいつはすごいのう!」

    どこか場違いな声に、俺とゴードフは同時にその声の主を見る。

    「ちょ、獅子のおっさん。危ねえから下がってろよ!」

    「だ、旦那!?」

    獅子の存在が現れたことで、俺達は闘いを中断した。
    知り合いなのかよ、と俺が聞くより先に、ものすごい剣幕でテーブルを持ち上げていたレイナが、つかつかと歩いてくる。

    「こんの……馬鹿親父!!!!!!!!!!!」

    「いってーーーーーーーーー!!」

    容赦なく脳天に振りおろされたテーブルが、人相手に出してはいけないような殴打音を響かせる。
    ゴードフは平謝りしながら、大人しくテーブルを受け止めていた。

    「ちょ、レイナ、父ちゃんが悪かった!」

    「この人は、助けてくれたのよ! それなのにまた勘違いして!!」

    レイナは身体強化魔法まで発動して、殴り続ける。
    しかし、どうも周りからは生温かい視線が向けられていた。
    どうやらこの親子の光景は、日常茶飯事らしい。

    「レイナお姉ちゃん、かわいそうだよ……」

    誰も止めることのない暴力に、ラルゴだけがおそるおそるレイナに制止を掛けた。
    流石のレイナも年下の少年に対し、突っぱねることはしないのか、はたまた殴って満足したのかテーブルを地面に置いて、ぷいとゴードフから顔を背けた。

    「……はー、なんかめっちゃ疲れた……」

    「がっはっは、お主も災難だったな!」

    「災難と言うか災害というか……そいや、おっさんに名前教えてなかったな」

    ふと思い出したように、俺が呟くと、獅子はとぼけたように首をかしげた。

    「む? そうだったか」

    「おいおい……俺はユース。歌と演奏、語りに芸に、夜伽にも御用とあらば呼んでくれ」

    「うむ、吾輩はレオストルム。気軽にレオちゃんとかでもいいぞ!」

    「おっさんに、ちゃん付けはどうかと思うわ……」

    どうにも緊張感のないレオストルムに俺は肩を落とした。
    そういや、レオストルムって名前は聞いたことあるなあ、と俺は【精霊の耳】に残っている記憶をさらう。

    「……あれ、レオストルムって」

    「……陛下!」

    背後から、金属音を立てながら、鎧を来た騎士団の面々がやってくる。
    先頭に立つのは、第一騎士団をまとめる団長の黒豹だった。

    「陛下……?」

    「む? 吾輩はレオストルム=J=ジークランド。国王だ」

    「……いやいやいや……国王だ、じゃねえよ!?」

    思わず俺はレオストルムの脇腹に裏拳でツッコミを入れてしまう。
    背後で騎士達が剣を抜く音がした。

    ……あれ、もしや俺はまたやらかしたのでは?

    シューヴァが剣呑な視線をこちらに向けている。
    俺はだらだらと嫌な汗が溢れて止まらなくなった。

    「控えろ。この者に、吾輩を害する意思はない」

    「はっ」

    シューヴァはレオストルムの一声で部下の武器を収めさせた。
    危うく俺は国王に対する侮辱罪だか傷害未遂だかで、豚箱に放り込まれるところだった。

    「おう、シューヴァじゃねえか、なんでえそんな怖え顔して」

    レイナに殴られて意気消沈していたゴードフが、立ち直ったのかシューヴァに気付き、気さくに声をかける。
    俺は胡乱うろんげに黒虎の顔をみるが、ゴードフは破顔して、

    「いやー、悪かったな兄ちゃん! 酒も入っててよう。勘違いしちまったぜ!」

    「……勘違いで殺されかけた俺の身にもなれ、畜生」

    「悪かったって! 詫びに奢るからよう。それになんだったらそのまま夜の方も相手するぜ?」

    兄ちゃんなかなかいい面してるしな、と先程までの態度はどこへやら。
    そんなゴードフに対し、シューヴァは目の端を釣り上げて睨む。
    俺との初対面時の落ち着きようは微塵もなく、自由気ままな国王とトラブルメイカーな黒虎相手に堪忍袋の緒が限界、という様子が俺には見て取れた。

    「……お前は、また騒ぎを起こしおって……!」

    「いやー、すまんすまん。レイナが絡むと、ついな」

    「つい、でその魔剣を抜く奴があるか!! こんな街中で!」

    「ち、ちげえよ! ちょ、ちょいと……試そうと、な……」

    くどくどとお説教が始まり、俺は音をたてないようにゆっくりと後ずさりをした。
    ふと、急に背後から鼓動が聞こえ、俺はぎょっとして振り返る。

    「あ、だめですよー、ユースさん。一応、事情を聴くために騎士団本部まで同行してもらいますのでー」

    なんの気配もなく、俺の背後に垂れ耳の兎が現れる。
    隠蔽魔法で、気配を消していたエヴァンだ。

    「まじかよ……あれ、エヴァンは第二騎士団所属って言ってなかったか?」

    「そうですよ。さすがの記憶力ですね。……えーと、ほら、陛下が脱走すると、だいたい騎士団で手の空いてる人は総出になるので……」

    「……なるほどな」

    俺はこの後の事を考えて、面倒くせえと愚痴をこぼした。

    「ユースお兄ちゃん!」

    シューヴァによるゴードフへの説教が終わるのを待っていると、ラルゴが俺に走り寄ってくる。
    後ろにはあの老竜もいた。

    それを見たエヴァンが、弟がいたんですか? と聞いてくる。
    見た目からして、そう勘違いするのは分からなくはないと、俺も思った。

    「ちげえよ。今日知り合ったばっかだ」

    俺はそう答え、ラルゴが抱えている物に気付いた。

    「お、おいそれは」

    「うん、これ、僕のお父さんのです。……これ、ユースお兄ちゃんに貰って欲しくて」

    「……いいのかよ、爺さん?」

    「ふん、ただじゃないぞい。50枚と言うたろうが」

    「払えねえよっ!?」

    と、俺はまたもツッコミを入れる。
    今日はなんだか、一日中こればかりだったような気がする。

    「阿呆。誰も金貨50などといっとらんじゃろ? 銅貨でいいわい」

    「いやいや……今度は安すぎるだろう!」

    俺が叫んでいると、ラルゴはハンチング帽の下から笑顔を見せる。

    「僕、お兄ちゃんにこれ持っていて欲しいんです」

    「け、けどよう。こいつは、お前の親父さんの形見だろ……?」

    「はい。でもお父さんは、いつもこの楽器でいろんな曲を弾いてくれました。お母さんもそれに合わせていろんな歌を聞かせてくれました」

    すこしだけ、ラルゴの眼に光の粒が見えた。
    ラルゴは俯き、袖でごしごしと目元をぬぐう。

    「このリュートを見てるだけじゃ、曲は聞こえません。歌も聞こえません。僕、練習してもちっともうまく出来なくて……」

    「ラルゴ……」

    顔を上げたラルゴは眩しいくらいの笑顔を浮かべた。

    「でも、ユースお兄ちゃんなら、いっぱい聞かせてくれました」

    だから、とリュートを精一杯高く掲げ、俺に突き出す。

    「このリュートは、ユースお兄ちゃんの手で、いっぱい歌わせてあげて欲しいんです」

    「……分かった」

    俺は覚悟を決めて、ラルゴの手からリュートを受け取る。
    ラルゴは小さく、ばいばい、と呟いた。

    「でも、預かるだけだ」

    俺は肩にリュートのストラップを掛け、調律しながらラルゴに言った。
    ラルゴは驚いたように大きな目を丸くする。

    「楽器、練習してるんだろ? ……俺が教えてやるから、弾けるようになったら、こいつは返す」

    「で、でも、僕……授業料なんて払えません! ……楽器を教わるのってすごく高いんですよね?」

    ふと、俺はその辺の事情に詳しくないので言葉に詰まる。
    困った俺は、傍のエヴァンの顔を見る。

    「え、おれですか? えーと……まあ、基本的には貴族の子供が受けるものですから、家庭教師の相場として考えても、月に銀貨10枚からってところですかね」

    エヴァンが助け船を出してくれるが、その金額にラルゴは顔を伏せた。
    本当に根っからの真面目で素直な性格なのだろう。

    子供なら無償で頼んでもおかしくないのに、この子は何かを得るためには対価が必要な事を、実感として知っているのだ。
    本当なら、親から無償の愛を貰い続けていてもおかしくない歳なのに、だ。
    老竜もきっと愛情をたっぷりと注いでいるのだろう。
    けれど、ラルゴが心から気兼ねなく本当に甘えたい存在は、もういないのだ。

    「……なあ、爺さん。俺は旅人で闘士だから、いついなくなるとも限らねえわけで、月々いくら、なんて契約は面倒なわけだ」

    俺はわざとらしく声を大きくして、老竜に話しかける。
    老竜はその意図に気付き、同じくわざとらしく、渋々といった表情を作る。

    「そうじゃのう……」

    「そこで……今、一括で払ってくれるなら、俺はラルゴにリュートと歌を、教えてやってもいいぜ」

    「ユースさん!?」

    エヴァンは驚いたように、俺を見上げる。
    おそらく、俺がこの老竜に法外な金額を吹っ掛けると思っているらしい。
    俺は、軽くウインクをする。

    「銅貨50枚。ちょうどこのリュートと同じ値段だ。いいだろ?」

    「……しかたないのう」

    「よっし、商談成立」

    俺はリュートの調律を終え、ぐるりと肩を回して関節を解した。
    ちらりと振り向けば、ゴードフは正座しながら、いまだお説教を受けている。
    その横で獅子もいつの間にか現れた青い鎧の竜人に、ねちねちと小言を言われているようだった。

    「折角の市が、台無しだぜ。全く」

    俺は大きく深呼吸をすると、そう言えば『変化』しっぱなしだったと思いだし、ちょうどいいと精霊達に小さなお願いをした。

    「ラルゴ、最初の授業だ。よーく見とけよ」

    俺は、一度リュートを鳴らした。

    歌い出しは、ゆっくりと。
    ざわめきの中に埋もれそうな、小さな歌声。
    しかし、耳にした人が口を閉じて耳を済ませれば、徐々に周囲から雑踏が消えていく。

    俺はリュートを静かに弾き始めた。

    低い和音から、徐々に陽気なコードへと進行させる。
    歌いながら俺はステップを踏む。
    精霊達は、色とりどりの光を散らしながら、俺の周りを舞った。

    アルペジオに合わせ、俺は身体を揺らし、サビに入れば激しく掻きならす。

    広場全てに届くよう、風の精霊が柔らかく空気を流した。

    いつしか聴衆の手拍子も合わせて、俺は曲を、歌を盛り上げていく。

    まるで、長年連れ添った相棒のように、この古いリュートは俺の指に答えてくれる。
    ちらりとラルゴを見れば、大きな翡翠を目を輝かせ、一等の席、俺のまん前で聞き入っていた。

    こいつはヘマ出来ねえなあ、と俺は内心で手に持ったリュートに話しかける。
    当然答えはないのだが、より音が伸びていくような気がした。

    長い長い数分間。
    俺は曲の終りに、リュートを一度強く鳴らす。

    俺にはその音が、リュートからの感謝の言葉に聞こえた。


    「いやー! 良い声だったぜ、兄ちゃん!」

    今度、俺も演奏させろやとゴードフは自身の馬頭琴モリンホールを指差す。

    「おう、機会があればやろうぜ」

    「そうこなくちゃな! いいねえ、ノリが良い奴ぁ好きだぜ!」

    肩に手を回し、ゴードフは俺の身体を撫でまわす。
    こっちのノリもよさそうだしなあ、と小声で誘ってくるが、シューヴァが冷気を纏うほど冷たい視線で睨むため、ゴードフは大人しく離れた。

    「今から取り調べだと言うのに、お前は……」

    頭が痛いと愚痴るシェーヴァに、俺はご愁傷様ーと投げやりな感想を投げた。

    「その時は、吾輩も聞きたいぞ!」

    全く反省の色が見られないレオストルムの言葉に、流石の俺もシューヴァと同じ表情になった。

    『あんたは反省しろ!』

    ほぼその場にいる騎士団全員からの心の叫びは、おそらくレオストルムには一生届かなさそうだった。
    忠犬 Link Message Mute
    2018/08/11 8:38:55

    継ぐ音

    トラストルさん(https://twitter.com/Trustol)主催、ファンタズマコロッセウムの交流小説です。

    ショタ好き、でもおっさんも好き

    シューヴァさん、レオストルさん(https://twitter.com/Trustol
    ゴードフさん(https://twitter.com/nobu01251
    エヴァンさん(https://twitter.com/Cait_Sith_king)お借りしてます。

    https://galleria.emotionflow.com/57962/457988.htmlの続き
    #ファンタズマコロッセウム #ファンコロ #ケモノ #獣人

    more...
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