イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    夜光虫と凪唄白光が海面に反射して目を刺す。
    それをサングラスで遮りながら、俺は薄く目を開いた。
    砂浜に刺したパラソルが作る影の下、広げた布に寝ころんでいた上体を起こし、【耳】に聞こえた呼び声の方を見やる。

    「ユース兄ちゃんー!」

    へいへい、と俺は横で暑さに伸びたイェルドに肩をすくめてから、熱い砂を足裏に感じながら波打ち際まで向かった。
    波に踏み込めば、思った以上に冷たい温度に尻尾が一度大きく跳ねる。
    その様子を見ていたラルゴが、浮き輪に掴まりながら高く笑い声を上げた。

    「んで、大声で呼んで、どうしたんだ?」

    「えっと、その……もうちょっと、沖の方に行ってみたいんですけど……」

    浮き輪を使っているものの、まだラルゴは足のつかない深さまで一人で行くのは怖いらしい。
    湖や、川にすら行ったことがなければそれも当然か、と俺は納得し、ラルゴがはまっている半透明でマリンブルーの浮き輪をゆっくりと押し出す。

    「わ、わ……! あ、足が、つきません!!」

    「ほれ、もっと沖まで行くぞー」

    ラルゴは怖さ半分、浮いている感覚の不思議さ半分と言った顔で周りをきょろきょろしたり足元を覗き込んだり、俺の顔を見上げたりと忙しそうだった。
    俺の胸まで海面がくれば、浮き上がったラルゴの顔も近づく。
    喜び一色になったラルゴの表情が間近に見えて、俺も破顔した。

    「すごいです!」

    なにが、とは表現できないらしいラルゴは、ただただ足と尻尾をばたつかせて、目を輝かせた。
    俺はふと悪戯を思いつき、にやりと口角を上げる。

    「よっ」

    「……ふえ?」

    俺はラルゴの浮き輪から手を離す。
    支えを失ったラルゴはぷかぷかと波に揺られて流され始めた。

    「に、兄ちゃん……!」

    「ほれほれー」

    「うわっぷ!」

    俺は両手ですくった水をばしゃりとラルゴの顔にかける。
    咄嗟に手で顔を庇おうとしたラルゴだったが、手を離すと浮き輪から落ちそうになることに気付いて、慌てて掴み直す。
    その結果、もろに顔に海水を浴びて、顔を振って水を飛ばしていた。

    しかし運悪く大きな波が来て、ラルゴの身体が浮き輪ごと傾き、

    「わぷ」

    小さな悲鳴と共にひっくり返る。
    流石にまずいと俺は肺に空気を溜めてから潜り、目を閉じて手足をばたつかせているラルゴを担ぎあげた。

    「……大丈夫か?」

    けほけほと飲み込んだ海水を吐きながら、ラルゴは俺の首に抱きついたまま小さく頷く。
    俺は少し悪戯したことを後悔しながら、ぽんぽんと背中を叩いた。
    咳が落ち着いた所で俺は浮き輪を探して、尻尾で引っ掛ける。

    折角の海で怖い思いをさせてしまい、俺はどうしたものかと思案して、ふと思いついた事を口にする。

    「なあ、ラルゴ。俺にしっかり掴まってろよ。一緒に潜ってみようぜ」

    「は、はい……」

    ゆっくりとしゃがみ、せーので互いに大きく息を吸い込むと、ラルゴを抱えたまま一気にしゃがみこむ。
    ラルゴはしっかりと目をつむっていたが、俺がちょいちょいと目元をくすぐると、ようやく目を開く。
    そして、驚いたように目を丸くするラルゴ。

    俺は水を魔法で操って、ラルゴと自分の目の周囲だけ浸透圧を変え、沁みることのないように配慮する。
    そして、ゆっくりと周りを見回した。

    透き通った青の世界。

    人々が多く見える海岸側、ほとんど人の見えない沖側。
    水面は陽光にきらめき宝石がちりばめられているようだった。

    俺はラルゴの様子を見ながら、一度海面に顔を上げる。

    「……どうだった?」

    「ぷはっ、すごい綺麗でした!」

    まだ肺活量の少ないラルゴは肩で息をしているが、それ以上に今見た光景が感動したらしい。
    すっかり恐怖も忘れたようで俺は内心でほっとする。
    折角だと、俺はもっと沖まで見に行こうと、ラルゴを片手に抱えながら足を運ぶ。
    ラルゴは俺の肩にしっかりと掴まりながら、楽しそうに深くなる海の底の色を眺めている。
    このビーチはかなり遠浅ではあるが、それでもここまで沖に来ればそれなりに深く、波も高い。
    とはいえ風と水の精霊に守られた俺の周りは穏やかで、難なくラルゴを抱えたまま立ち泳ぎが出来る。

    「わあ……海岸があんなに遠くに……」

    「結構、泳いだからな」

    それでも水平線ははるか遠く、ラルゴはじっと遠くを見つめたり空を見上げたり、辺りを見回して海岸際とは違う景色を楽しんでいた。
    とそこで、俺の【耳】に声が届く。

    「おーい」

    耳を動かして右手を見れば、人のいない沖の上に、ポツリと浮かんだ小型のボート。
    俺はラルゴと顔を見合わせた後、興味を引かれてそちらに向かって泳いでいく。

    「わー、よかった。このまま誰にも気づかれずに流されちゃうかと思ったよー」

    ボートに乗っていたのはのんびりとした雰囲気の虎獣人。
    アロハシャツを着込み、サングラスの隙間から覗く、深い青色の瞳が特徴的だった。

    「とりあえず、乗って乗ってー」

    ボートの中央から身体を端に寄せる虎人。
    俺はラルゴの身体を押し上げ、先に乗せた後、自分は勢いをつけて一息に乗り込む。
    ボートがぐらりと揺れるが、何とか三人乗っても転覆することはなかった。
    しかし、手漕ぎボートは二人用に作られており、俺は仕方なくラルゴを膝に乗せ、抱きかかえる。
    少し恥ずかしそうにしていたが、尻尾は俺の腹を撫でまわしていたので、気にすることは止めた。
    対する虎人は変わらずのんびりと微笑したままだった。

    「いやー、兄弟仲がいいみたいだねえ。おじさんも抱きしめたいなー」

    「いや、兄弟じゃねえし、抱きついていいわけねえだろ」

    開口一言目の最後にセクハラ宣言を言い放つ虎人に、俺は呆れてつっこむ。

    「あらら、兄弟じゃないのかあ。でも仲良しさんだねー。羨ましいなあ」

    「へいへい、どうも。……んで、おっさんはなんでオールのない手漕ぎ船なんかに乗ってんだ?」

    どうにも話が進みそうにないと感じた俺は、こちらから質問する方向に変えた。

    「いやー、ちょーっとお昼寝してたらオールがどっかいっちゃてねー、帰れなくてどうしようかなーってなってたんだー」

    「少しは危機感持てよ!?」

    しゃれになっていない状況にも関わらず、なぜか目の前の虎人はあははと軽い笑いで済ませてしまう。

    「だから、君を呼んだんだよー。助けて―って」

    「あっそう……」

    どうにもペースに巻き込まれそうになってしまう。
    諦めて、俺はひょいと指を振った。
    尻尾から飛び出した精霊が、俺の指に合わせて海流を操り、ボートを海岸へと押し流し始めた。

    「おー、すごいすごーい」

    ラルゴと一緒にはしゃぐ虎人を半眼で見ながら、徐々に近づいてくる海岸を見つめていた。
    無事に海岸まで辿りついた俺達は、ひとまず海の家で貸りたと虎人がいう手漕ぎボートを返却用の小屋まで持っていった。

    「いやー、おじさん助かっちゃったよー。お礼に、お昼御飯一緒に食べない? 奢っちゃうよー」

    ジェフトと名乗った虎人は、前振りなく俺に抱きつきながら提案する。
    パーカー越しに腹や胸を揉む手を払いのけながら、奢りという言葉に俺は尻尾を反応させた。

    「しゃーねえな……んじゃ、もう一人連れを呼んでくるから、それでもいいか?」

    「もちろーん。三人位、おじさんに任せてー」

    快諾するジェフト。
    俺とラルゴは顔を見合わせて、同時に苦笑した。
    脳裏に描いていた熊の昼飯は決して一人分で足りないだろうと、内心で思いながら、俺達はイェルドの元に向かった。

    ビーチの一角に立てたパラソルの下、俺は離れてから何一つ変わらない状態でイェルドは寝ていた。

    「……いつまで寝るんだよ……商売しにきたんじゃねえのか?」

    呆れ混じりの苦笑で、俺はイェルドの腹を揺らす。
    たっぷりの脂肪を蓄えた毛玉をぐいぐいと押せば、ようやくイェルドの鼾が止まる。
    そして、ゆっくりと身体に対して小さな目が開いた。

    「んが……?」

    「起きろ―、イェルド。飯の時間だぞ」

    俺の声に直ぐに寝呆けた表情からいつものしかめっ面に変わるのを見て、俺はぐにっと掌を押し込む。

    「……何してんだ」

    「いっで……」

    ごつんと拳骨を落とされ、俺は閉口する。

    「アホな事やってないで飯いくぞ」

    「……へーいへい。じゃあ荷物片付けるぜ?」

    パラソルを閉じて、敷物を畳む。
    三人で片づけを終えて、俺達はジェフトと待ち合わせをしている『踊る黒鮫亭』に向かった。

    「僕、なんだかすっごくお腹すきました」

    「あー……確かに腹減ったな」

    「イェルドは寝てただけだろ」

    泳いではしゃいでいたラルゴはともかく、朝からここまでずっと浜辺で寝ていたイェルドの発言に俺は小声で皮肉るが、イェルドは明後日の方向を向いて無視する。
    そんな微妙な夏の一日を過ごすイェルドに対し、ラルゴはにこにこと海に潜ったことや底の景色などを楽しそうに話す。
    イェルドもそれには興味を持ったのか、興味深げに耳を傾けていた。
    たわいもない会話を続けていれば、海の家はもう目の前だった。

    「やあ、待ってたよー」

    『踊る黒鮫亭』の前まで三人で向かうと、入り口の前でジェフトが大きく手を振る。
    ひとまずイェルドに紹介をしてから、俺達は建物の中へと入る。
    海の家の中では、外の熱気に負けない人の活気が溢れていた。

    客のしゃべり声、店員がオーダーを取る声、厨房からの怒号の様な声と調理の音が響き渡る。

    「こりゃ大盛況だなあ」

    「ここの料理はおいしいよー、なんでも好きな物頼んでねー」

    そんなジェフトの言葉に、俺達はそれぞれ料理を注文した。
    ラルゴはオムライスにカレー、俺は海鮮焼きそば、イェルドは大盛りの山海定食。
    それに対して、ジェフトはパンに肉や野菜、海鮮を挟んだハンバーガーだった。
    俺達は店の端のテーブルを占拠して座る。

    「いただきます!」

    ラルゴの一声を皮切りに、俺達はそれぞれの料理に手をつけた。
    ジェフトの言葉もあながち誇張というわけでもないらしく、料理は確かに絶品だった。

    「うっまいなこれ。ラルゴも食うか?」

    「いいんですか?」

    「ん、交換な」

    育ち盛りのラルゴに焼きそばも大半食わせてやりながら、それ以上の量を食べるイェルドをちらりと見る。

    「……やらねえぞ?」

    「欲しいわけじゃねえよ……」

    「焼きそばも美味しいですー」

    見なかったことにしてラルゴの笑顔に視線を戻せば、今度はジェフトが笑顔を浮かべる。

    「本当に仲良しさんだねえ」

    食べ終わって手をナプキンで拭きながら、ジェフトはにこにこと笑う。

    「おっさんは、なんかやけに楽しそうだな」

    「ふふふー、まあ、普段はこんなふうに楽しい景色が見えないからねえ」

    「そいつは、御愁傷様。ていうか、普段はなにしてたんだ?」

    「騎士団で働いてるよー、よかったら遊びに来てねー」

    「……いや遊びに行くところじゃねえだろ」

    俺は呆れを通り越して疲れを感じながら、がっくりと肩を落として机に肘をつく。
    ラルゴが騎士と聞いて目をきらきらとさせるが、ジェフトは変わらない笑みのまま、事務職だけどねー、と付け加える。

    「あ、せっかくだからデザートも食べよう」

    ジェフトが壁に貼られたポスターを指差す。
    氷を細かく削った上に甘いシロップをかけた簡単な甘味、かき氷の絵がカラフルな色で描かれていた。
    どうやらシロップや添えられるフルーツの種類を選べるらしい。
    ひとしきりラルゴとイェルドが悩んだ後、決まったのを見計らって俺は少し離れた位置に通りかかった店員に声を投げた。

    「おーい店員さーん」

    「おう!! ただいま!!」

    店内のがやを破る勢いで返事が返ってきて、俺は驚きながら、その格好を見て更に目を見張った。
    青灰色の毛皮をした大柄な熊人はその鍛え上げられた肉体を、ビキニパンツ一枚で誇示するように立っている。
    そして、何より、頭に葉っぱが生えていた。

    「なんか用かい、お客様! 俺の筋肉が見たいなら、好きなだけ見ていいんだぜ!!」

    勝手にポージングを始める店員に、ラルゴは驚き、俺は呆れ、イェルドは興味なさそうに、ジェフトは興味津々で見つめる。
    四人から別々の種類の視線を浴びて、熊人は少し汗ばんだ毛皮を更に筋肉で盛り上げ、鼻息を荒くしていく。
    そんな熊人の後ろに、気配を消したまま、のそりと大きな影がやってくる。

    「オルーソ……仕事もせずに何してる」

    「んがっ、て、店長……」

    がしりとオルーソと呼ばれた熊人の大きな頭を、それよりも大きな掌で掴み、その目を睨みつける黒い鮫人。
    頭に巻かれたバンダナ、紺色のエプロンから見える手足は太く、オルーソとは違う実戦向きの身体だと、俺は認識した。
    放たれる威圧感にオルーソは縮みあがってさっきまでの威勢はどこへやら、しゅんと首をひっこめた。

    「ほれ、とっとと仕事しろい!」

    「へいっ」

    ばしりと大きな音をたててオルーソの尻を黒鮫が叩けば、すぐにオルーソは他の机の片付けに走って行った。

    「すまんかったなあ、お客さん。あいつも根は悪い奴じゃねえんだ……許してくれな」

    「ああ、まあ、気にしてねえけど……んじゃ、追加の注文、してもいいか?」

    「おう、じゃんじゃん頼んでくれ」

    「このかき氷ってのを四つ頼む」

    俺が四人分のオーダーをすると、黒鮫人はお詫びに添えられるフルーツを増やしてくれると約束してくれた。
    そして、大声で厨房にオーダーを伝えれば、負けないくらい大声で返事が返ってくる。

    「……ところで、兄ちゃん、なかなかに良い男だな」

    「おいおい、店員に叱っといて、店長自身が仕事中にナンパはまずいんじゃねえの?」

    「確かに、言えてるな」

    快活な笑い声を上げる黒鮫人。
    俺もつられて笑う。

    「俺はルガル。この海の家のオーナーをやってる」

    「ユースだ。ジークリアで闘士をやってる。本職は吟遊詩人だけどな」

    「おう、そうかい。実はな、今年は店員が足りてなくてよ。夜、暇だったら店を手伝ってくれると助かるんだが……」

    謝礼も弾む、と言うルガルに俺は少し考えて、指を一本立てた。

    「良いぜ。条件があるけどな」

    「おう、なんだ?」

    「ステージを用意して、演奏する時間をくれるなら、店の手伝いもしても良いぜ」

    「お安い御用だ」

    契約が成立し、俺とルガルは手をがっしりと握り合わせた。
    ルガルの手の感触は商売人、というよりはどこか武人のようだと俺は思った。

    そうこうしているうちに、オルーソが出来上がったかき氷を運んでくる。

    「それじゃ、今夜にでも待ってるぜ」

    ルガルはそう言い残して、オルーソを連れて仕事に戻って行った。

    「いいのか、そんな安請け合いして」

    イェルドの言葉に俺は首を小さく横に振った。

    「別に毎晩働く、なんて言ってないしな。たまには歌わねえと、腕がなまっちまうしな」

    それより氷が溶けるぞ、と指摘すれば、イェルドは渋々スプーンに手を伸ばした。
    ラルゴは練乳イチゴ、ジェフトはメロン、イェルドはハニーアップル、俺はレモンと四人とも別々のシロップを選んだおかげで実にカラフルだ。
    ふんわりと細かく削られた氷は舌触りが良く、冷たさよりもその食感に驚かされる。
    そこに砂糖漬けにされた大量のフルーツと甘いシロップが合わさり熱い陽射しで火照った身体を一気に冷やしてくれた。
    波音がすぐ傍で聞こえる。
    ラルゴ、イェルド、ジェフト、そして俺の四人は少しビーチの奥まった人気の少ない場所にやってきていた。

    「イェルドー、もっと右だぞー」

    「あ、イェルドさん、ちょっと行きすぎですー!」

    「もう少し前だよー」

    「……お前ぇら、適当に言ってねえか……?」

    俺達の統一感のない指示に疑問を浮かべながらも、イェルドは目隠ししたまま少しずつ進む。
    浜辺に置かれた大きな緑と黒の縦縞が入った球体。
    それに近づいたイェルドは、思いっきり手に持った棒を振りかぶり、スイカから遠く離れた砂の上に叩きつけた。

    「全然違うじゃねえか!」

    わざわざこんな所に来た理由は、スイカ割りをするため。
    棒を振りまわす関係上、人が少ないところが安全だと思ったからだ。

    「はっはっは、俺の指示に従わねえからな!」

    「あう……ごめんなさい」

    「……チビのせいじゃねえ、こいつが悪い」

    「濡れ衣すぎじゃね?」

    笑顔を少しひきつらせて俺はイェルドの視線から目を逸らす。

    「次はラルゴ君の番だよー」

    ジェフトはそんなことはお構いなしに、ラルゴに目隠しをして、棒を手渡した。

    「わ、わ……ほんとに、何も見えないです!」

    目隠しをしたまま、きょろきょろと向きを変えるラルゴに俺達三人はスイカに向かえるように指示を出す。

    「ラルゴ、ちょい右だぞ」

    「真っ直ぐだ、真っ直ぐ。とにかく真っ直ぐだ」

    「ラルゴ君、曲がっちゃてるよー、左左ー」

    慎重な足取りでラルゴは確実にスイカに向かって歩いて行く。
    そして、ぴたりとスイカの正面に辿りつくことができた。

    「そのまま振りおろせ!」

    「はい!」

    しかし、棒が思ったよりも重かったのか、ラルゴが振りおろした先はスイカの直ぐ横、スイカが乗った布の上を叩くだけだった。

    「うー、外れました」

    「惜しいねえ。じゃあ、次はおじさんの番だー」

    うきうきと目隠しをするジェフトは、なぜかみえなーいと楽しそうに声を上げる。

    「そりゃ、目隠ししてるもんよ」

    「ふふふ、ちょっと懐かしくてねー」

    よくわからない事を言いながら、ジェフトは意外にもしっかりとした足取りで歩き始める。
    まるで目隠しした状態に慣れているようだ、と俺は思った。

    「えりゃー」

    気の抜けた掛け声とともに棒はスイカに当たるが、力が足りなかったのか、当たり所が悪かったのか、少しの凹みを残してジェフトの棒は弾かれてしまった。

    「あちゃー、当たったけど失敗しちゃったよー」

    「ジェフトさん、惜しいです!」

    「ふふふー、ラルゴ君、ありがとー」

    にこにこと楽しそうな笑顔のジェフトを見ながら、俺はわざと割らなかったな、と内心で確信した。
    同じことをイェルドも思ったのだろう、俺達は目を合わせ、黙っていることにした。
    ラルゴもジェフトも楽しそうなのだから、指摘するのは野暮と言うものだ。

    ……しっかし、ジェフトのおっさんがそうすると、俺が割るのも空気が読めてねえ感じだなあ

    目隠しをしても、波音や風の音の反射で明確にスイカの位置がわかってしまう俺は、表情は変えずに一人ごこちる。

    「兄ちゃん、後ちょっと左です!」

    「もう少しだよー」

    「その場で三回まわってワン」

    「イェルド、教える気なさすぎじゃね?」

    ジェフトと同じように、ばれないように失敗しようかと考えていた時、俺は【耳】に届いた音に反応する。
    その場でくるりとステップを踏んで、棒を左手に握り直す。

    「ふっ」

    スナップを利かせ、思いっきり海に向かって投擲。
    そして、飛び出してきた『何か』に命中した音が響いた。

    「ユースっ!」

    「……イェルド。ジェフトのおっさんとラルゴ連れて、下がってろよ」

    目隠しを解く。
    閉ざされた視界が夏の日差しによって焼かれる。
    俺は目を細めながらサングラスをすぐにかけて、陽光を緩和して、視界を確保した。

    青い海の中、遠浅の海面から顔を出したのが大きな蟹だ。
    深い紫色のスベルクラブが大きなハサミを軋ませながら、小さな目でこちらを凝視しているのが分かった。
    そして、ゆっくりと上陸し始めた一匹の後ろ、更に十数匹のスベルクラブの姿が確認できる。

    「……ごめんねー、おじさん、戦闘はあんまり得意じゃなくて」

    「ま、人気のない海岸を選んだ俺も悪かったな」

    俺は手元に剣がないことに舌打ちしながら、思考をすばやく戦闘に集中させる。
    合図もなく、俺は海に足を踏み入れた。

    「『結晶を象る祖霊よ』!」

    足元が凍りつき、足場となる。
    俺は一呼吸でスベルクラブの懐に潜り込んで、ハサミの内側、節の部分を狙って蹴りあげる。
    体重の数割はあるであろうハサミが仇となり、バランスを崩したスベルクラブは必死に体勢を立て直そうと複数の足をばたつかせた。
    その隙を、俺は見逃すほどお人好しじゃない。

    「『空を焼く祖霊よ』」

    貫手を腹と甲羅の隙間に差し込み、雷撃を叩きこむ。
    悲鳴もなく、スベルクラブの絶命を確認すると、俺は横から叩きつけられるハサミを紙一重でかわす。

    「『草原を走る祖霊よ』、『大いなる竜を縛る祖霊よ』」

    風の精霊の加護を受けながら、重力波を左右二匹のスベルクラブに浴びせ、海底に押し付ける。
    そのまま魔力を込めればばきりと甲羅が割れて、中身がつぶれて飛び散った。

    「……数が多くて、面倒だな」

    後方のスベルクラブが魔力を操り、水弾を放つが、それを片手で風を操りはたき落とす。
    一旦距離を取って、俺は周囲を【耳】で確認した。

    「……他に、誰もいないな」

    呟き、と共に俺の全身の毛から色素が抜けていく。
    解いた長い髪が夏の陽光を反射して銀光を放つ。

    ゆらりと二股の尾を振って、俺は手を海面に叩きつけながら、魔力を全力で開放した。

    「『結晶を象る祖霊よ』!」

    拳から広がった魔力は海水を残らず凍らせながら周囲に波及していく。
    そして、あっという間にスベルクラブの足元を凍りつかせた。

    「『草原を走る祖霊よ』、『大いなる竜を縛る祖霊よ』、『空を焼く祖霊よ』」

    緑銀の光を纏った鷲の翼と黒緑色の竜の翼を広げ、俺は風を束ね、重力を一点に集める。
    圧縮された空気はプラズマ化し、雷撃を受けて海を激しく紫電で染め上げた。

    「……薙ぎ払う」

    開放されたエネルギーはスベルクラブの群れの中心で爆発的に膨張。
    轟音と共に氷を砕き、海を割って海底を抉る。

    舞い上がった海水と共に、砕け散ったスベルクラブの残骸と氷が海面に叩きつけられる。
    全て片づけたと思った時、足元から聞こえた音に、俺は全力でその場から離れた。

    「まじかよっ」

    砂を掻き分け、スベルクラブの生き残りがハサミで俺の胴体を両断しようと狙う。
    辛うじて数本の毛が巻き込まれただけで済んだが、他よりも大きいスベルクラブの動きは想定よりも速い。
    俺が魔法を使う隙を作らせないように、間断なく両手のハサミを振りまわす。

    「……ユースっ!」

    焦って回避を繰り返す俺の背中から、イェルドが怒鳴り声を上げる。
    そして、空を斬る音に気付いた。

    にやりと、口の端を持ち上げる。

    大きく俺は後方に宙返りしながら、イェルドが投げた剣の鞘に伸ばした。

    「サンキュー!」

    鞘から剣を抜き放ち、海面に着地すると同時に振るわれたスベルクラブのハサミを刀身で弾き返す。

    「せっ!」

    気合と共に返す刃で、剣を節に食い込ませれば、あっさりと断ち切ることができた。
    飛び散る体液には触れないようにステップを踏んで、反対側も斬り落とす。

    「『全てを灰に帰す祖霊よ』!」

    放った炎は夏の陽光を更に赤く染め、スベルクラブを焼き焦がし、絶命へと至らせる。
    高温となったスベルクラブ甲羅が海面にあたって水分を蒸発させる音を断末魔に、闘いは終わりを告げた。

    「おー、ユース君、かっこいいねー」

    「へいへい、お褒めに預かり光栄ですよ」

    予定外の戦闘で疲労した筋肉を揉みながら、三人の待つ砂浜に俺は戻る。
    髪止めも元通りに結び直して、俺はまた暑苦しい真っ黒な毛皮へ変わった。

    ジェフトの声に大仰に会釈しながら、

    「イェルド、助かった。ありがとうな」

    「けっ、大したことはしてねえ。気にすんな」

    イェルドに礼を言うものの、本人はぶっきらぼうに言うだけだった。

    「怪我、ないですか?」

    「ないよ。心配かけて悪かったな」

    ラルゴの頭を撫でれば、俺と同じ黒い尻尾が揺れた。
    三人からねぎらわれた俺だが、さてと仕切り直して、視線を浜辺の一点に向ける。

    「……はやく割らねえと、アレ、茹っちまいそうだな」

    俺が蟹と戯れている間にも、浜辺に放置されていたスイカは、じりじりと強すぎる陽光に晒されていた。
    すっかり忘れていたラルゴが、俺の言葉にあわてて走り寄って掌を表面に当てた。

    「……あつあつになってます……」

    「ま、だろうなあ」

    あんまりにも悲愴な表情を浮かべるラルゴに、俺は思わず吹き出す。
    ひょいと指を振って冷気をラルゴとスイカに纏わせた。

    「ラルゴ、真っ直ぐだぞ」

    目隠しをラルゴにしてやりながら、投げて無くなった棒の代わりに、剣の鞘を持たせる。
    魔法で軽くした鞘を両手で握りながら、ラルゴは先ほどよりもずっとゆっくり慎重に歩を進めた。
    イェルドとジェフトは、俺に誘導を任せて黙っていた。

    俺はラルゴの傍を一緒に歩きながら、大まかな指示を伝える。

    「ん、ここだな」

    「め、目の前に振れば、いいですか……?」

    「おう……手伝うか?」

    「だい……じょぶ、です!」

    悩むように、ラルゴは言葉を濁すが、息を整えると頭上まで持ち上げた鞘を、真っ直ぐに振り下ろす。
    ばかっ、と打撃音が響き、見事にスイカは真っ二つに中の赤い身を晒していた。

    「や、やりました! 当たりました!!」

    「お、やったな!」

    俺に鞘を返すのも忘れて、破顔するラルゴに、俺の頬も自然と緩む。
    ジェフトとイェルドも歓声を上げて喜んでいて、ラルゴは照れくさそうに尻尾を振りまわしていた。



    背中に心地よい体重を感じながら、俺とイェルドは夕陽が沈みかけた水平線を横目に宿泊施設に向かって歩いていた。
    ジェフトはそう言えば仕事があるんだったと名残惜しそうにしながらも、今日は楽しかったと笑顔を浮かべていた。

    「むにゅ……すー……」

    「よくもまあ、あんなにはしゃげたな」

    スイカ割りを無事に終え、ビーチバレーをしたり、また泳いだりと遊びに遊んだラルゴは、夕方になる前に力尽きて眠ってしまっていた。
    ぐったりと脱力したまま眠る子狼を背負い、砂浜に足跡の平行線を描く。

    「全くだな」

    「いや、あんたは午前中寝まくってただろうが」

    しらばっくれるイェルドにツッコミを入れるが、さらりと流される。

    「ま、夜は大人の時間ってことで……ラルゴを寝かせたら、海の家に行こうぜ」

    「おう、酒も出るんだってな?」

    飲む気満々かよ、と言えば、

    「いつもと違う酒が飲めるんだぞ。飲まねえ馬鹿がいるか?」

    「さいですか」

    「否定しねえできねえだろ?」

    「まあ、俺も少しは羽目を外したくはあるけどな」

    「一日中子守してやがったもんなあ! がっはっは」

    「おい、ラルゴが起きるだろうが。……別に子守ってほどラルゴは手がかからねえだろ」

    大声で笑うイェルドを、俺たしなめ、肩に乗った少年の顔を覗く。
    まだ成人にも遠い成長途中の子狼の顔は、先程までの満開の笑顔ではなく安らかな寝顔だった。
    心の底でなんだか温かいような、はたまたくすぐったいような、今まで感じたことのない感情がうずくのを自覚する。
    少しだけ、背中が熱く感じられた。

    何度か背負い方を直しながら、宿のベッドまでたどり着く。
    俺は毛布をラルゴに被せて、ようやく一息ついた。

    「ま、そもそも……俺もお前ぇも子供なんていねえし、本当の子守がどんなもんか知らねえもんな」

    「……一人旅する前には、弟も妹もいたから子育て経験があるにはあるぞ?」

    その言葉にイェルドの眉が持ち上がり、目が丸くなる。
    驚愕の表情に対し、俺は少し口を尖らせた。

    「んだよ、その顔。手慣れたもんだったろ」

    「はー、通りで性格が年増っぽいのか」

    「誰が年増だ! ふざっけんな! まだ25だぞ!」

    憤慨して声を荒げるが、傍のラルゴが寝返りを打ったので、俺はすぐに声のトーンを落とした。

    「ま、チビすけは散々遊んだんだ。ゆっくり寝かせて、俺らは『大人』の夜を楽しもうぜ?」

    「くっそ……引っ掛かる言い方しやがって……」

    妙に大人を強調され、表情を引くつかせるが、怒ることを諦めて、俺達は部屋に書置きを残して、扉に鍵をかけた。
    夕陽が落ち、群青が広がる夜の空。
    深い闇を飲み込む水平線を眺め、空に散らばる幾万の星の息遣いを感じる。
    幾星霜を超えて届く悠久の光。

    レプス=リヴァルディの夜空は、そんな光の金糸で刺繍が施されたようなビロードだった。

    「なんて歌があるんだが、聞きたいか?」

    海の家のテラス席に腰かけ、隣の熊に問いかける。
    たっぷりのバタービールの泡を口元に残しながら、イェルドは少し考えた後、

    「それは、明るい曲なのか?」

    「いんや、悲恋の唄だぞ」

    「ならいい」

    「なんだよ、この海にぴったりだぜ?」

    「……そうか?」

    そう言って振りかえった、店の中。
    煌々とライトが灯り、静かな海に向かって叫ぶように人々の笑い声が響いている。

    静寂と闇に沈んだ海とは対照的に、地上は宴の真っ最中。
    俺はそれもそうかと納得して、ケースから小さなウクレレを取り出して調律する。
    ソプラノと呼ばれる最もスタンダードなウクレレの感触は、既に俺の手に馴染んでいた。

    「なら、一丁盛り上げねえと、エンターティナーの名がすたるってもんだぜ」

    俺は自分のグラスを飲み干して、イェルドに目で合図してから、店内へと戻る。
    ジョッキの残りを見せて、飲み終わったら行く、とイェルドは暗に示した。

    「……ここからでも聞こえるな」

    腰の重いイェルドは、もう少しだけ星を眺めることにする。
    残った一口分のビールを、飲み終わるまで。
    忠犬 Link Message Mute
    2018/08/11 9:18:41

    夜光虫と凪唄

    トラストルさん(https://twitter.com/Trustol)主催、ファンタズマコロッセウムの交流小説です。

    スイカ食べたい。

    イェルドさん(https://twitter.com/hua_moa0
    ジェフトさん(https://twitter.com/owatana0
    ルガルさん、オルーソさん(https://twitter.com/Trustol)お借りしてます。

    https://galleria.emotionflow.com/57962/458014.htmlの続き
    #ファンタズマコロッセウム #ファンコロ #ナツコロ #ケモノ #獣人

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品