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    故国への唄歓声と言うには熱狂的すぎる絶叫。
    地面が揺れているように感じるほどの振動。

    控室の愛想のない湿ったベンチに体重を預けて俺は、興奮が身体に満ちていくのを感じた。

    組んでいた指を離し、目を開く。

    あれだけの歓声だ。
    おそらく試合の決着がついたのだろう。
    だとすれば、

    「次は、俺の番……ってね」

    がしゃりと腰の横で金属がこすれる音がした。
    借り物の無銘の剣ではあるが、一番手になじむものを選んだ。
    今からこいつに命を預けるのだから、相棒と呼んでもいいのかもしれない。

    「ま、楽しめて目立てば、それでいいけどなー」

    気負いもなければ緊張も感じられない。
    良いコンディションだと、我ながら思った。

    「行くか」

    一歩踏み出すごとに、歓声が近づいてきた。




    「さあさあ、皆様! 熱い戦いが続く中、へばってませんよねえ?! 次の対戦カードは、昨日闘士になったばかりのニュービーの登場だ!!」

    太陽は真上。
    天井のないコロシアムの中心は、直射日光で照らされ、周囲の熱気も相まってかなりの温度だ。
    俺は、大音量で響き渡るアナウンスの声や観客の怒号に等しい声援を受けながら、少しだけ風の魔法で耳を保護した。

    ニュービーと言われ、観客の一部からはブーイングの嵐が起こる。
    随分な洗礼だなあ、と俺は苦笑しながら聞き流した。

    「へいへい! ニュービーといっても侮ることなかれ。あの騎士崩れのチーム、ギャンビットを非公式ながら一人で倒したって噂もある期待の新人だ……ユーーーーーーース!!」

    それ言ったら非公式じゃなくなるんじゃなかろうか、と余計な心配が頭をよぎるが、まあ武勇伝の一つや二つあった方がいいか、と楽観視する。
    そして、俺は目の前に立つ対戦相手、紫紺に染まった極東の衣装を身につけた暗い赤毛の狼獣人を見やった。

    「対するは、極東から流れ着いた異色の術師……キーーーーージュウーーーー!!」

    風にたなびく長い髪をそのままに、キジュウはゆったりとした着物を半分だけ肩にかけた格好のままのんびりと立っていた。
    こういう手合いは、もしかしたら俺と似てるタイプかもしれないなあ、と一度視線を切って肩を回す。

    「さあさあ、お待ちかね!! お前ら血が見たくてしょうがねえんだろ!!? 試合、開始だーーーーーーー!!」

    ゴングの音が響く。
    その瞬間、空気が一変した。

    「さあって……せっかくの初戦。派手にいかせてもらうぜ!」

    俺は腰の得物に手をつけず、大きく右腕を天に伸ばす。
    俺の意思を汲みとった精霊が一人、尻尾から顔を出して俺の背を駆け上がり、掲げた掌に腰掛けた。

    「『草原を走る祖霊よ』」

    俺の呼び掛けに、精霊は答える。
    俺の魔力を糧に、精霊は俺の望んだ魔法を、望んだ結果をもたらす。

    会場の熱気を吹き飛ばす勢いで、大きく空気がかき回されていく。

    「へえ、おまえさん、なかなかの使い手みたいだなぁ?」

    それに対しても、キジュウは特別構えることはしなかった。
    自信があるのか、それとも他に考えがあるのか、俺に知る術はない。
    そして、

    「まずは、一発かますぜ!」

    俺が腕を振り下ろせば、それに合わせて荒れ狂う風の奔流が放たれる。
    特に障害物のないコロシアムのステージでは、かわす事は不可能に近い。

    「あらよっと」

    それに対してキジュウは無造作に腕を振った。
    いや、いつの間に手にしていたのか、一枚の紙切れを自分の目の前に放っている。

    そして、その札が突然細切れとなり、代わりに俺の魔法に匹敵する暴風が生まれた。

    「符術……ってやつか。こんなところで見るとは思わなかったぜ」

    「正確には、呪術を札にこめとるだけさね。おまえさんも、東方から来たのかい?」

    「さあて、ね……勝ったら教えてもいいぜ」

    大規模な魔法に、観客の視線は俺達にくぎ付けになっている。
    たくさんの視線を感じるほど、俺の胸の中が熱くなるのが分かる。

    「やっぱ……もっともっと、派手にしねえとなっ!」

    俺は両手を広げ、右手に風の、左手に水の精霊を呼ぶ。

    「『草原を走る祖霊よ』、『低きに満ちる祖霊よ』」

    今度は先程のように大きくはせず、小刻みに、交互に腕を指揮者のように振るう。
    そうして奏でられるのは、風と水の弾ける音の饗宴。

    水の弾丸と風の刃。
    目に見えるものと見ないもの。

    二つが交互に、ランダムに、リズミカルに、旋律を軌跡として描いていく。

    「水は、ちと厄介さねえ……あらよ!」

    キジュウの左手が懐から幾枚もの札を取り出す。
    先程同じ様に投げつけると、順に発動して暴風が盾となって俺の魔法を防ぐ。

    しかし、それ以上の効果はない。

    「どうした? 打つ手なし、って感じか?」

    膠着状態に陥り、俺はそれとなく挑発にかかる。
    しかし、やはりというか、キジュウの表情に変化見られない。
    変化がない、というよりも、こちらの隙を窺っているように感じられた。

    ここまでの闘いを見て、彼が積極的な戦いを行う術師ではないと予想を立てていたが、どうやらその通りらしい。

    「仕掛けて来ねえなら、ちょっと本気出すか!」

    両手の魔法を中断し、俺は大きく両掌を眼前で打ち合わせる。
    乾いた音と共に、足元に魔法陣が展開される。

    「『空を焼く祖霊よ』」

    ばちり、と漏れ出る魔力が紫電にかわり、弾ける。
    それは散発的なものから、少しずつ連続した奔流へと変わる。
    そして、紫電は徐々に、俺の左手の先に収束していった。

    俺は突き出した左腕に右手を添え、狙いをつける。

    「あー、怪我したらわりい。先に謝っとくな?」

    それを見ても微動だにしないキジュウへ、俺は溜めこんだ紫電を解放した。

    音よりも、さきに光が迸る。
    その刹那の後、豪雷の音が地面を震動させる勢いで広がった。

    雷撃の早さは、俺とキジュウの距離を詰めるのに半秒もかからなかっただろう。
    しかし、俺は信じられないものを見て、叫ぶ。

    「……っ、んなのありかっ!」

    俺が魔法を解放した瞬間、同時にキジュウも呪術を発動させていた。
    先程までのように爆風で防ぐのではなく、自分の足元で爆風を生み、天高く飛び上がったのだ。

    俺は強引に魔法の射角を上げるが、到底追いつけない。

    キジュウは放物線の頂点でくるりと身をひるがえすと、更に札を何枚も展開する。

    「そろそろ、俺の番といこうかい! 『火炎の札』!」

    空中に展開される、紅蓮の火球。
    最も近くにいるはずのキジュウはその熱量に煽られながら、五つの火球を放つ。

    「……っ」

    赤々と燃える、炎。
    全身に悪寒が走った。

    鼻につく肉の焦げる臭い。
    感覚の無くなった手足。
    息のつまる熱風。

    つい数日前の光景が、俺の脳裏をよぎった。

    その僅かな時間が、命取りになる。

    「……ぶねっ!」

    かろうじて意識を戻した俺は、咄嗟に背後に大きく飛び退き、眼前の地面が火炎によって焦げるのを見た。
    なんとか命拾いした俺は、意識を集中しようとして、身体が自由に動かないことに気付く。

    「ほい、捕まえたさね」

    かなりの高さから落ちたキジュウは難なく着地すると、俺の足元を指さす。
    視線だけ向けると、俺のむき出しの爪先の下に、一枚の札があった。

    ……にゃろー、やっぱり罠かよ

    動かせない口で俺は愚痴る。

    「さて、後はこの『眩暈の札』を貼ったら、お前さんは強制的におねんねして、俺の勝ちさね」

    「……そう、は……」

    それほど拘束時間が長い術ではないらしい、首から下はまだ全く動かないが、口は回るようになってきた。

    「へえ、おまえさん。意外と根性あるじゃないか。もう少し大人しいかと思ったぞ」

    「へっ、普段はそうだけどよ。初試合がこれじゃ、ちと盛り上がらねえじゃねえか……!」

    「けどどうするんだい? 手足が動かなきゃ、魔法は使えなさそうだが?」

    ついにキジュウは俺からあと十歩ない位置まできて、問いかけた。

    「こう、するさ!」

    ぶわりと俺の毛が逆立つ。
    そして、紐で止めていた髪が、発光しながら弾け、はらりと広がる。
    白銀の色は頭部から広がっていき、俺の全身を黒から塗り替えていく。

    そして、尻尾の先まで白銀に染まると、尻尾は先端から二つに割れ、二本に。
    大変化をなした俺に対し、キジュウは目を丸くして見ていた。

    「……こいつぁ……たまげた」

    「『低きに満ちる祖霊よ』!」

    俺は動かない手足の変わりに、【耳】で精霊に指示を飛ばす。
    ほんの掌サイズの水弾が俺の足元に命中すると、札の呪力は失われ、俺は身体の自由を取り戻した。
    キジュウはその前に札を放ったが、俺がかわすのがぎりぎり間に合った。

    「……さあて、第二ラウンドと行こうぜ!」

    「それは、どうかねえ」

    派手に発光する粒子をまき散らしながら、俺が構えようと一歩踏み出したとき、足元に違和感を感じる。
    咄嗟に勘で飛び退こうとするが、遅かった。

    俺の身体を、稲妻が貫いた。
    視界が反転し、一瞬後には光を失う。
    脳天から走った電撃は、俺の神経を焼き切り、沸騰した血液が暴れまわるのを感じながら、俺は意識を失った。

    遠くで、マイク越しの怒号と、観客の歓声が、聞こえた気がした。









    鼻につく消毒液の香りに、俺は意識を闇の淵から浮上させる。
    瞼を開くと、光が目に沁みた。

    「おお、目が覚めたかい?」

    聞き覚えのある声。
    というより、俺は一度聞いた声を忘れることがない。
    ついさっきまで、戦っていたやつの声を目覚めて早々に聞くことになるとは、な。

    「……あんたは……何してんだ?」

    徐々に目が視力を戻していく。
    身体は雷撃を受けたとは思えないほど、好調だった。
    とりあえず上体を起こしてベットの上で胡坐をかく。
    そうすれば、横の椅子に腰かけているキジュウと目線があった。

    「いや、なに、ここの医療スタッフはみな優秀なんだが、知識欲も旺盛でな。お前さん、闘士登録の時、自分の種族をなんて書いたんだい?」

    「……いや、俺、字が書けねえから、受付の奴に、任せてたんだが」

    「……なるほどねえ、それでかい」

    キジュウは先程まで治療しながら物珍しそうに集まっていた治療スタッフを思い出して、何度か小さく首肯する。
    そして納得顔のまま、嘆息を一つ。

    「みんな、ただの狼獣人だと思ってたから、あんなの見た後で大騒ぎだったさね」

    「おー……そっかー」

    意識を失って、すっかり黒く戻った身体を自分で見て、俺は気のない返事をした。

    「なんか、他人事見たいな反応するさね」

    「いやあ、なんか負けちまったんだなあって思って」

    「おうよ、あんな仰々しい姿になるから、てっきり効かねえと思ったさね。そうなったら俺の方が降参だった。札も、ほとんど使ったか水に濡れちまってたしなあ」

    慰めでも言っているのかと考えたが、どうも本当らしい。
    俺は肩をすくめて返した。

    「まあ、見た目が派手だが、あの姿は別に精霊の力が借りやすくなる以上の変化はねえからなあ。そもそも、俺は戦闘訓練とかしたことねえしな」

    「……なんて?」

    驚愕にキジュウが固まり、数秒後に大きな声で笑い出した。

    「そんなら、なんで闘士になんてなったんさ。素人が出て負けても金はもらえるが……」

    「いやー、たんに目立ちたかっただけだな。俺は、元々吟遊詩人でさ。いっちばん目立つ所で注目を浴びたいのよ」

    「酔狂な御仁さね、全く。まあ、魔法は十二分ってところだ。やっていけるんじゃないかい?」

    「やられた相手に言われちゃあ世話ないぜ」

    俺が笑えば、キジュウも目を細めた。
    そして、ふとなぜここにキジュウがいるのか、思い当たる理由を考えて、一つの答えに辿りつく。

    「……俺って、負けてあんたの報酬になった?」

    「おう、なんだい、察しがいいねえ。たっぷり相手してもらうと思ってね」

    にやりと口端を歪めるキジュウに、俺はやっぱりか、と納得した。
    まあ怪我してる間に何かされるよりはましか、とも思う。
    キジュウの容姿に不満もないので、俺は特別嫌な気持ちにはならなかった。

    「そんじゃ、こんなところじゃなんだ、場所を変えるさね」

    そう言って立ちあがるキジュウの白い髪を、俺は追い掛けた。







    「って、相手ってこれかよ」

    なみなみと注がれ、杯の縁でぎりぎりまで盛り上がった水面に、俺は口をつける。
    吸い上げ口に含み、徐々に持ち上げて傾け、中身を一気に胃まで流し込んだ。

    かっと酒精が燃えて、喉と臓腑に火がついたかのように熱くなる。

    「かかかっ、こちとら故郷を離れて長くてなあ。東の方で吟遊詩人なんてやってたなら、多少は郷愁の念も湧くってもんさね」

    キジュウも同じく注いだ酒を飲み干し、月を見上げる。
    俺はやれやれと思いながら手早くとっくりを持ち上げて、キジュウの杯にぴたりと満杯ぎりぎりまで注ぐ。

    「おっと、なんだい、酌するのは慣れてるって感じだな?」

    「こちとら旅の芸者でね。そりゃ殿方とこうすることだって、十じゃ足りない経験があるさ」

    「俺を、とっとと酔わせて終わらせようってか?」

    「おう、その通りだ」

    臆面もなくそう言えば、キジュウはまた、かかと笑う。

    「お前さん、名前はなんて言った?」

    「ユストゥス……いや、ユースと呼んでくれ。本名は長すぎるんでな」

    「そうかい。ならユースよう。一曲、歌ってくれよ。折角の月見酒なんだから」

    「……本来なら金とるからな、今は、あんたの言うことには逆らわねえけど」

    「しらねえのかい? 闘士は副業不可なんだぞ」

    「……え、まじ?」

    俺が驚いていると、闘士契約する時の契約書に書いてあったという。
    俺が読んでないと言えば、また呆れてキジュウは笑った。

    「ま、別に俺は歌えれば金なんかなくてもいいけどなー……さて、では、なんの曲を御所望で? 北は白狼族の歌、南は巨雄族の歌まで、東方の歌なら大抵は歌えるぜ」

    「……ワノクニの歌を」

    「御意のままに」

    俺はわざとらしくキジュウの故郷の言い回しを使い、恭しく立つと、大きく息を吸った。

    俺の【耳】に記憶されたいくつもの音。
    ただの音の連なりであるはずが、旋律とリズムを刻むことで、人の心を揺らす歌へと変わる。

    俺はおごそかに、静やかに。
    月に焦がれ、追い続ける狼の様な悲愴さを、ゆっくりと歌い上げる。

    ただ一人の観客のため、俺の歌声は、夜空へと舞いあがっていった。
    忠犬 Link Message Mute
    2018/08/11 7:57:57

    故国への唄

    トラストルさん(https://twitter.com/Trustol)主催、ファンタズマコロッセウムの交流小説です。

    初交流で割と緊張気味。

    キジュウさん(https://twitter.com/rojistecks)お借りしてます。

    https://galleria.emotionflow.com/57962/457975.htmlの続き
    #ファンタズマコロッセウム #ファンコロ #ケモノ #獣人

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