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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    黒虎への挑戦多くの人がテーブルの上の料理とジョッキを囲み、歓談しながら酒を酌み交わす。
    肉体労働者達が汚れた仕事着のまま、闘士や騎士もそのままの姿で訪れ、大声で騒いでいる。
    下町特有の雰囲気に年功序列などなく、老いも若きも関係なく、ただ今日一日の終わりを酒と料理で祝っていた。
    見まわしただけでも10を超える円卓は全て客で埋まっており、俺達が座っている少人数用の長テーブルやカウンター席もほとんどが満席だった。

    俺は左手に持ったフォークを口に入れ、先端に刺した肉を舌で味わう。
    噛むほどに肉汁が溢れ、甘い脂と野菜のうまみが凝縮されたソースの味が混ざり合い、鼻腔を芳醇な香りが満たす。
    濃厚な味わいの中に、ぴりりと香辛料が存在感を放ち、アクセントを添える。
    柔らかい舌触りの内側と、強火で焼かれた肉の表面の歯ごたえ。
    肉の表面に牙を刺し込めれば、また肉汁が次々と溢れてきた。

    「すごく、うめえ……」

    「いや俺は、お前の食べ方の上品さにびっくりだわ」

    俺が両手を止めて正面を見ると、黒い狼が大きな耳を動かしながら肉を頬張る所だった。
    斜に構えて座り、片肘をついて物を食らう姿は、いかにも無法者アウトロー然とした態度と仕草だ。
    対して俺は、正面にきちんと座ってナイフとフォークを正しく握って、一口ずつゆっくりと食べていた。

    「旅の途中とか、野営中だったら俺もあんまり気にしないけどさー。……人のいる所でちゃんとしてねえと母ちゃんに殺されるから……」

    「あー、なるほどな」

    ユースは納得したように頷き、ステーキをナイフも使わずに噛みちぎった。
    俺の父はジークリアからはるか北東の広大な森を領地とする白狼族の族長だが、母はそれに隣接する国の騎士の娘だ。

    ヒョウカ=D=スカイクレイン。
    Dは北東の国で騎士の称号を持つものに与えられる名で、スカイクレインは武闘派として名門の辺境貴族だった。

    「母ちゃん、ほわほわしてるのに、めちゃくちゃ厳しいからな……剣の修行の時に何度手足を叩き折られたり、斬り落されたやら……」

    「……は?」

    「母ちゃんの付き人が治療魔法の専門家だったから、直ぐにくっつけてたぜ!」

    「……そういう問題か?」

    呆れて食事を止めるユースに、それが普通だったからなあ、と呟く。

    「母ちゃんは騎士として有名な一族の生まれでさ。歴代最強と呼ばれた父、俺からしたら爺ちゃんを超える才能とか言われてたって」

    にこにこ柔和な笑顔を浮かべながら、花を摘むように俺や兄貴達を木刀で打ちのめす母の顔を思い出し、ぶるりと身を震わせる。

    「それがなんで騎士にならずに、部族の嫁になってんだ? 政略結婚でもあるまいし」

    それだけの才能があるなら、国内の有力貴族と婚姻を結ぶのが普通だろ、とユースは指摘する。
    その指摘は実に正しく、母から聞かされた話では、そういう婚姻の話もかなりあったらしい。

    「兄ちゃん、貴族に詳しいんだなあ」

    「こちとらお偉いさま相手にも芸を披露してた吟遊詩人でね。貴族の奥方とそういうお話もベッドでするわけさ」

    言い方に苦笑を滲ませるユースに、俺は眉をひそめさせた。

    「……そういうこと、食事の席で言うのは品がねえーぞ、兄ちゃん」

    「こいつは失礼。坊っちゃんにはまだ早かったかな?」

    「坊っちゃん言うな! これでも成人してるし、父ちゃんからちゃんと手ほどきも受けてるっつーの!」

    「あー白狼族は、親子兄弟でするのが伝統だっけか」

    ユースが顎の毛を撫でつけながら、視線を宙に投げる。
    俺は口を尖らせたまま、冷めないうちに残ったステーキをフォークで口に運んだ。

    「……って話が逸れたな。そんで、なんでお前の母親は白狼族に嫁いだんだ?」

    「んー、俺も母ちゃんから聞いた話だけどさー。なんか母ちゃんの家、スカイクレイン家の寄親にあたる侯爵が政変に巻き込まれたとかで、巻き添えで家が取りつぶしになったって」

    俺が質問した時、母は木刀で俺の腕の骨を砕きながら、そう応えていた。
    あまりの痛みと理不尽さでよく覚えている。

    「……思い出したら痛くなってきた……」

    「あ? 腹壊したのか?」

    「ちげーよ。まあ、そんで母ちゃんは親しかった付き人一人連れて、少し離れた父ちゃんの領地に入って、嫁になったんだと」

    とはいえ、突然領地外からきた奴が嫁になれるわけもなく、かなりの騒動があったと聞くが、母は笑って語らず、当時を知る年長者達に聞いても誰もが顔をひきつらせて語ってくれなかった。
    父ですら脇腹を押えて、古傷が、と小さく呻いて話しにならなかった。
    反面、年配の女性たちは楽しそうに笑うのだが、肝心の部分は教えてもらえず、俺の中でも疑問のままだった。

    母ちゃんのことだから白狼族の戦士全員叩きのめしたんだろうな、と俺は当たりをつけているが。

    「お前の出自は分かったけど、結局、お前はなんでまたこんな所まで来たんだ? ゴダイから、騎士になりたかったみたいなことは聞いたけどよ」

    「んー、母ちゃんから騎士についていろいろ聞いて、かっこいいなーって思ってさー! でも、なんでテストが一か月以上も先なんだよ!」

    俺は憤慨しながらも、ゆっくりとコップをテーブルに置く。
    ユースは音を立てながらジョッキを空にして、テーブルの端に寄せていた。

    「そりゃ、有事でもないしなあ。戦争もしてないこの国の騎士団の募集なんかそんなもんだろ」

    むしろ、頻繁に募集してる方だ、とユースは言って追加の飲み物を配膳していた犬人の女性に声をかけていた。
    顔見知りなのか、女性はユースと軽口を言い合うと、厨房に引っ込んでいった。

    「そもそも、この国の騎士は他の国の兵士と変わらねえぞ。貴族階級でもないし、土地を治めてるわけでもねえからな。そりゃ例外もいるだろうけど、大半の騎士は一兵卒と同じだ」

    「んー、なんだろなー。俺は誰かのために戦うってのにあこがれてるって言うか……それで騎士かなって!」

    「……あんな闘い方してて説得力ねえな」

    「それを言われるとつらいぜ」

    てへへ、と頭を掻くと、目の前の黒狼は嘆息した。
    コロシアムで見せた闘い方は、どう考えても騎士と言うより野生の獣そのものだった。

    「ま、気長に待てばいいんじゃねえの? コロシアムに顔出して勝てば金ももらえるしな」

    「……兄ちゃんに負けたからもらえなかったけどな……」

    じとーと見れば、ユースは目を逸らす。

    「だから、奢ってやってんだろが」

    「おう! 流石だぜ!」

    ころりと態度を変えれば、びしりと指を眉間に突き付けられた。

    「調子よすぎ」

    「えー」

    俺が不満気に口を尖らすと、ちょうど両手にジョッキを抱えたさっきの犬人の女性がやってきた。
    手に持った内の一つを置きながら、彼女は俺の顔を少しじっと見つめた。
    俺は首をかしげるが、ふと顔をユースに向けると、

    「こうやって見ると、ユースはいつも違う年下を連れてる様に見えるわね」

    「おい、レイナ。まるで俺が年下をとっかえひっかえしてるみたいに言うな」

    「えー、でもラルゴに、黒兎の人に、今度はこの子でしょー。節操無いわよ?」

    「ほっとけ。そもそもそんなんじゃねえから」

    さっさと酒配ってこい、とユースが手で追い払うとべーとレイナと呼ばれていた犬人は舌を出して、大勢で賑わっているテーブルの方へ行ってしまう。

    「あれ、もしかして俺は子供扱いされてた?」

    「気付くの遅えし、面倒だから騒ぐなよ」

    「……それこそ子供扱いされてるみてえで、ムカつくんだけど」

    へいへい、と適当に煙に撒くユースを俺は剣呑に睨むが、どこ吹く風と言う様にジョッキを煽る。
    半分ほど飲んでから、ユースはぽつりとつぶやく。

    「ていうか、レイナの奴、エヴァンがいくら低身長だからってラルゴとこいつと同じ扱いするのはどうなんだ……?」

    「誰その人?」

    「ん? あー、知り合いの騎士で、ちびっこい……」

    ユースがそこまで言った時、ばたん、と扉が大きな音を立てた。
    あまりの勢いに蝶番がイカれそうな扉の悲鳴。

    そして、店の視線が扉を開けた黒い兎と大きな黒い虎に集まる。

    「誰がチビですかーーー!!」

    勢いよく突撃しそうになる黒兎を黒虎が、心底呆れた様子で押しとどめている。
    ユースは耳を動かすだけで見ようともせず、そのまま肩越しに親指で兎の方を指さし、

    「……あれがエヴァン」

    それだけ言った。



    全力で頬を膨らませてユースを睨みつけているエヴァンと大柄な黒虎を、テーブルの対面に迎え、俺はユースの隣に座り直す。

    「なんですか、みんなしてチビチビと……」

    「わるいわるい」

    「……本当に悪いって思ってますか……?」

    「おう、思ってる思ってる。また今度デートするから、な?」

    そっと指を口元に寄せて笑うと、なぜかエヴァンは目を泳がせて顔を伏せる。

    「おい、ユース。いちゃついてねえで紹介しろよ。困ってんだろ」

    俺が首をかしげていると、大きな黒虎が大きく嘆息しながら飲んでいたジョッキをテーブルに叩きつける。
    ユースは投げやりに頷きながら、

    「へいへい。こっちの兎がエヴァンで、でかい虎のおっさんがゴードフ。エヴァンは騎士で、おっさんは……一応、闘士か?」

    「……まあ、そうだな」

    含みのある言い方だが、俺はそれを聞いて納得した。

    「へー、おっちゃん強そうだもんなー。エヴァンの兄ちゃんは、術師って感じだけど」

    俺が何気なく言うと、ゴードフの目が少し鋭く光った。

    「ほう……なんでそう思うんだ、坊主?」

    「坊主じゃねえ! 俺は、ヒョウカ。ヒョウカ=D=スカイクレインだ!! おっさん足音も歩幅も全部意識して動かしてたじゃん。足だけじゃなくて、全身一瞬たりとも気を抜いてねえっていうか」

    「……根拠はそんだけか?」

    「後は勘! 絶対、おっちゃんは強い!」

    俺が笑いながら言えば、ゴードフは抑えきれないように吹き出した。
    厳つい虎が大声で笑うのはそれだけで、迫力がある。
    実に自然体で笑いながら、やはり俺はどこか気が抜けない印象を拭えなかった。

    「おう、面白いな。そんで、ジークリアには闘士になりにきたのか?」

    「んー、本当は騎士になりにきたんだけどさー……テストを受け損なって……」

    「お、ヒョウカ君は騎士志望なの! じゃあ僕は先輩になっちゃうなー。次のテストはまだ先だけどー」

    ユースへの怒りがようやくおさまったエヴァンが、嬉しそうに声を上げる。
    かんぱーいと一人でジョッキを持ち上げて、俺のグラスに軽くぶつけてくる。

    「先輩面するなら、少しは落ち着きを持てねえのか……?」

    一気にジョッキを空けるエヴァンを横目に、ゴードフも一気にエールを流し込み、近くを通った店員に追加を注文した。
    その時、視線が一瞬逸れたので、俺がそれを辿ると、さっきユースと軽口を言っていた犬の女性に向けられている。
    俺がテーブルに視線を戻すと、エヴァンが口を尖らせてゴードフに文句を言っていた。

    「むうー。ゴードフさんだって、いつもあの方と一緒のときはふざけてるじゃいですかー?」

    「だ、旦那とは、その、事情が別だろうがよ!」

    「えー、不公平だなあー」

    にやにやと笑うエヴァンの視線から逃れるように、太い尻尾を揺らし、運ばれて来たばかりのジョッキを一気に煽った。
    にぎやかだなあ、と俺がのんびりグラスの果実ジュースを傾けていると、黒兎は何かを思いついたようにぽんと手を鳴らす。

    「あ、じゃあゴードフさん、ヒョウカ君とコロシアムで戦ってあげたらどうですか?」

    まるで名案だと言わんばかりにエヴァンが胸を張る。
    虚をつかれた他の三人が疑問符を浮かべるのを見ながら、自信満々の様子でエヴァンは指を立てて、説明し始めた。

    「騎士団に入るには、テストを受けるのが普通ですけど、こっちからスカウトっていう事もあるんですよー。明日はほら、騎士団の視察がコロシアムであるじゃないですかー。その時に、ヒョウカ君の実力が認められたら、もしかしたら入団出来るかもしれませんよう?」

    「そんなうまく行くかねえ……?」

    ユースが半信半疑で呟くが、俺は目を輝かせてゴードフを見る。
    ゴードフは目を逸らして横のエヴァンを半眼で睨みながら、

    「おい、エヴァン。あんま適当なこと言って期待だけさせるなよ。そんな前例ほとんどねえだろうが」

    「まあそうですけどー。でも、どうせテストまで時間あるんですしー、いいじゃないですかー」

    「お前は何もしねえから良いだろうけどなあ。そもそも俺に闘うメリットがねえだろうが」

    ピンと立てていた耳と尻尾をしおらせ、俺は肩を落とした。

    「……おっちゃん、闘ってくれないのか……」

    「あー、ゴードフさんが泣かせたー」

    「泣かせてねーよ! お前も嘘泣きは止めろ!」

    「ちぇー」

    俺は舌打ちしながら、いたずらっぽく笑った。

    「まあまあ、おっさん。一回くらい闘ってやれよ。今は暇なんだろ?」

    「……誰かさんのせいで最近ずっと忙しかったからなあ」

    「そいつは気の毒に。俺はいつものんびり過ごしてるけどな?」

    ユースは片目を閉じて微笑みながら肩をすくめるが、対するゴードフの顔は苦み走っていた。

    「まあ、流石にあんなことがあったから、あの方も出歩けませんでしたからねえ。ゴードフさんも寂しかったんですねえ」

    「ちげえよ!」

    エヴァンが口を滑らせると、ゴードフがほんの少しだけ動揺した。
    俺はどうにも『あの方』が誰なのか分からず、首を傾げる。
    ユースに聞いてみるも、黙って首を横に振って、教えてはくれなかった。

    「で、今は暇なおっさんは、ヒョウカの挑戦を受けてやらねえのか?」

    「……ったく……そこまで言うなら、しかたねえ」

    その言葉を聞いて、俺は満面の笑みで頭を下げた。
    目を閉じて、神経をとがらせる。
    全身の毛先にまで感覚を伸ばして、空気の流れを感じ取る。

    実況の虎人の大音声が会場に響き、歓声が湧き立つ。
    空気が割れる様な声を、意識から除外する。

    ただ、正面に立った大柄な黒虎に集中。

    「……いい、立ち構えだな」

    ゴードフも、昨日とは出で立ちが変わっていた。
    背負った大剣からは上位の精霊の気配が滲み、全身の各所に魔力の気配がする。
    魔法の武具で身を固めているのが分かった。

    対するヒョウカは腰に二本の刀だけを持っていた。
    大型の魔物を狩りする時に使う返り刃ブーメランと弓矢は置いてきた。

    つぶさにそれを観察しているのも見抜いているのだろう、ゴードフは余裕を持って感心したように呟いた。

    ふうと細く長く息を吐いて全身から無駄な力を抜く。
    うっすらと右足を前に出して、止める。

    『試合、開始!!』

    聞こえるか否か、同時に飛び出した。

    先手必勝。

    ゴードフの右側に回り込み、貫手を一撃。
    防具の隙間、脇腹を狙った一撃は、寸ででかわされる。

    ちり、と肩に殺気を感じて身を半歩ずらせば、ゴードフの左拳が輝き、通り過ぎた。

    「ちいっ」

    ゴードフは避けられるとは思っていなかったようだが、ヒョウカは既に次の動作に移っている。
    右横を通り過ぎたゴードフの太い腕を両手で掴み、肘の内側の下へ膝を叩きこもうとした。
    まともに決まれば肘を折れる。

    ゴードフは右手を間に挟み込み、膝を掌で抑え込む。
    拘束されそうになり、身を捻って掌から逃れつつ、ゴードフの右掌を支点に、今度は逆の足先を振り抜き、顎を蹴りあげる。

    「うおっ」

    背をそらしてゴードフは回避し、即座に距離を取る。
    追撃は諦め、息を吸って全身を再び制止させて、黒虎の様子を観察した。
    大剣は抜かず、左の小手による拳撃のみで闘うつもりか、ゴードフは右半身を前に、半身で構える。

    刹那、ゴードフの魔力が高まるのを感じて、地面を蹴って身を右に振った。

    鋭い詠唱は熱源となり、空気を焦がし、地面で爆ぜる。

    「これも、避けるたあ……思った以上にやるじゃねえか」

    感心した様子のゴードフに対し、ヒョウカは一切の感情を出さない。
    だらりと肩から力を抜き、腰を少し落として地面をしっかりと踏みしめる。

    それを見たゴードフは内心で舌を巻いていた。
    この歳で、ここまでの集中力を発揮するのはなかなかだ、と。
    その一瞬の思考の隙で、ゴードフの表情が驚愕に変わる。

    ヒョウカの姿が一瞬で消えた。

    僅かな焦りと共に、気配を探り、はっとして上を見上げた。
    くるりと身を翻しながら、ヒョウカの踵が振り下ろされる。
    咄嗟に身を引いて紙一重でかわすが、それも見越していたヒョウカの身体が地面を蹴って、跳ね返ってくる。
    突き出された拳を、更に半歩退いて避けるが、ヒョウカの手がゴードフの鳩尾に触れる。
    ヒョウカの短い腕ではそれ以上の追撃はできないとゴードフは判断していたが、膨れ上がる殺気に、腹筋に全力で力を込めた。

    「破ッ!!」

    「ぐ、おっ?!」

    伸ばし切られていたはずのヒョウカの手が一瞬ぶれたと思った瞬間、すさまじい衝撃が下腹部を揺らした。
    反射的に身をずらしたおかげでダメージは最小限だが、内臓を揺らされた不快感は一瞬ではなくならない。
    その不快感に意識が一瞬逸れた時、またヒョウカの姿を見失った。

    「……こいつは……!」

    ゴードフは昨夜、ユースから聞いた言葉を思い出す。

    『俺よりおっさんの方が強いけど、たぶんあいつとは相性悪いと思うぜ?』

    別れ際、耳元でささやかれた言葉が、鮮明に現実の実感に変わっていく。
    ゴードフは牙を噛み締め、咄嗟に魔剣の力を引き出す。

    周囲に熱波を振りまき、一時的な障壁として利用して、ヒョウカの姿を探す。
    気配が限りなく薄いが、それでも熱波から逃れる際の乱れから、ゴードフは背後を振りむく。

    「なっ!?」

    そこには、全身が炙られるのも関わらず、一直線に突っ込んでくる小さな狼の姿。
    反射的にゴードフは左拳を振り抜く。

    「輝け、シルバリオン!!」

    魔力的な障壁を纏った小手は寸分違わずヒョウカの脳天に突き刺さるはずだったが、それは残像をすり抜けるだけだった。
    内心舌打ちをしながら、勘でその場を飛び退く。
    数瞬前までゴードフがいた地面に、眩い雷電を纏った刀を抜いたヒョウカが降り立つ。
    その目に宿る氷の様な闘志が、喜色に染まってさらに冷たく燃え上がるのが分かったが、ゴードフは冷や汗を感じた。

    ……ここまで、冷静で的確で過激なのに、気配が薄すぎる!

    ユースの言葉を苦虫のように感じながら、ゴードフは魔剣の力で、熱波によって温まった周囲の空気に幻影を生みだす。

    ユースの様な【耳】もなければ魔眼の類もない。
    激戦をくぐりぬけた経験と勘、鍛え上げた五感のみで気配を探るゴードフには、野生の獣のように気配を殺し、その上で気配を囮に使うようなヒョウカは、捕捉するのが難しい。
    というより、昔の自分を思い出して、非常にやりにくい。

    ……相性が悪いってのは、マジだな

    そっと戦闘の本気度を引き上げながら、ゴードフは拳に力を込めた。



    ……おー、なんかおっちゃんが増えたぞ!

    歪んだ空気に映る幻影を見て、俺は興奮が高まっていくのが分かった。
    それでも思考は一瞬たりとも集中を途切れさせず、刀を握る手の力も最低限のものだけ。

    昨日のユースの言葉が何度も暴走しそうになる身体を氷のように冷徹に押しとどめていた。

    熱くなり過ぎず、それでいて全力で。
    俺はじっとゴードフの全身を視界に収める。
    重心の位置、手足の緊張具合、視線、魔力の流れ、気の流れ。
    そして、

    ……あ、また気が逸れた

    そう思った時には反射的に身体が動き出す。
    熱を雷光で切り裂きながら、適当に近くの幻影を真っ二つにする。
    その手応えを感じながら、本体の『意脈』を探し、読む。

    殺気よりも先に発せられる、殺意や敵意、害意といった意思の変化を第六感で感じながら、俺は本体を見つける。
    ぶれるように幻影が重なっているがお構いなく俺は、全力の雷電を纏わせた。
    背後に回り込む、と気配を見せながら、実際は『気殺』で気配を消し、四つん這いで地面すれすれを走り、ゴードフの正面、右足首を狙う。

    寸前で気付かれて、避けられた。
    飛び退くでもなく、ほんの僅か擦るように右足が引かれる。
    ぐっと足に力がこもるのを見て、俺はわざと前に出てゴードフの蹴りを足裏で受け、その勢いで飛び退く。

    空中で一回転しながら飛んでくる炎を『虎杖丸』で切り払う。
    なんなく地面に降り立ち、再び、息を整える。

    ゴードフから徐々に隙がなくなってきていた。

    ……さすがに、ここまでやられて甘くはねえよなあ

    真剣そのものの表情から、殺気に近いプレッシャーを放ち、魔力を高めていくのが感じられた。
    瞬間、違和感を覚えた。

    『意脈』が、読めない。

    魔力、気の流れは読み取れるが、『意脈』が消えた。

    「……っ!?」

    俺はただ、勘に任せて大きく後方へ飛びのいた。

    「……良い勘だ」

    揺らりと陽炎のように今まで立っていた場所の直ぐ傍からゴードフが現れる。

    まったく気配のなかったその技術は、俺と同じものだと直感した。

    「……やっぱ、おっちゃん、ただもんじゃねえな!」

    「その歳でやれるお前の方がやべえよ」

    呆れた笑みを浮かべながら、ゴードフの姿がかき消える。
    俺も同じく全力で高速機動に移り、気配を殺す。

    とはいえ、障害物のない舞台の上では、相手の虚を突いて死角に入れなければ、ほとんど意味はない。

    条件が同じなら……

    「……くっ」

    いくら速度で上回っていても、経験の差がそれを優に詰めて、ゴードフは俺を捉える。
    熱波で動きを制限され、俺はだんだんと追い詰められていく。
    徐々に、ゴードフの『意脈』が読めなくなっていく。

    ……焦りは、禁物、だけど!

    強引に肺に空気を送って頭に酸素を回す。
    全身が発熱して、鼓動が速い。

    落ち着けと自分に言い聞かせるほど、心臓は早く、呼吸は浅く、手足の感覚が鈍くなっていく。

    「……流石に集中力切れか」

    ゴードフの呟きが、真後ろから聞こえ、反射的に刀を振って俺は自分の致命的な失敗を確信した。
    虎杖丸が叩くのは小手の装甲部分。
    それも障壁の一番分厚い所だった。
    魔法によるものなら切れる虎杖丸だが、俺が途中で予想していた通り、この小手が発しているのは魔力ではなく浄化の力。
    ウパシトゥムチュプに近い性質だった。

    渾身の力の一閃を弾かれ、俺の体勢が揺らぐ。
    その隙を、見逃すゴードフではない。
    振り抜かれた太い右足を受け、何とか受け身を取るが、受け流し切れなかった衝撃が俺の動きを鈍らせた。

    動きの鈍った野生動物など、狩人にとっては狩るのは容易い。

    ゴードフは一瞬の遅れもなく、俺の鳩尾に小手を叩きこんだ。

    「……か、はっ……」

    押しつぶされた肺から空気が漏れ、俺は息をつまらせる。
    鼓動の音がやけにはっきりと耳を打ち、手足の先から感覚が消え失せ、全身が冷たく凍っていく錯覚を覚えながら、俺の意識は闇に飲まれていった。
    「あーあー、あんなちびすけ相手に大人げねー」

    「うるせえ、真剣勝負に大人も子供も関係あるかよ」

    「そりゃそーだ……おっさんが真剣になっただけ、こいつは強いってことだしな」

    「少なくとも、お前よりかは、やりにくい相手だったわ」

    「いやいや、俺は闘うの専門じゃないんでー」

    「……ぬかせ、俺に剣抜かせたくせによ」

    少し遠くで声が聞こえる。
    俺は意識が水面から顔を出して覚醒するのを感じながら、手足の感覚を確かめた。

    指先、手首、肘と膝、肩と股関節。
    末端から順に動かして、異常な疲労感以外に違和感がないことを確認した。
    目を開き、自分のいる部屋を見回せば、消毒液の匂いのベットに横たわっていた。
    それ以外には特に何も備品もなく、同じようなベッドがあと三つ横に並んでいるだけだった。

    「よ。起きたか?」

    がらりと部屋の扉がスライドし、大きな耳を動かしながら黒い狼と虎が入ってくる。

    「……うん」

    「なんだなんだ。元気ねえじゃねえの」

    芝居がかった仕草で大仰に頭を振って、ユースが俺のベッドに腰掛ける。
    ゴードフはユースと反対側に、黙って立っていた。

    しゅんと耳を倒した俺を見て、ユースの手が頭にぽんと乗る。
    じんわりと体温が伝わって来た。

    「うー……ちょっと負けすぎて自信なくなってきた」

    「ま、そりゃそーだろうなあ」

    ゆっくりと長い俺の毛を梳くようにユースの手が流れる。
    ユースはただいつも通りの口調で、俺の言葉に答えた。

    「おっさんはともかく、俺に負けたのは悔しいよな―」

    「……おい、俺はともかくってどういう意味だ、こら」

    「言葉通りの意味だぜ? そもそも前から思ってたが、おっさん魔道具持ち込みすぎだろ! 金に物言わせてるみたいで観客からの評判悪いって知ってたか?」

    「けっ、昔っから俺の闘士としての人気なんざねーよ」

    若干拗ねた様な口調に、思わずユースが吹き出す。
    それを見てゴードフの眉間に皺がよる。

    その顔が、自分の父親の渋面を思い出させて、俺も少し笑った。

    「俺は真剣勝負だけ。遊びはしねえからな」

    「お固え頭だこって。ここじゃ闘いは娯楽だっつーのによ」

    へらりとユースも笑うが、俺との闘いの時は、かなり真剣だったはずだ。

    「……ま、俺も相手が真剣なら、基本的に真剣に闘うけどな」

    俺の疑問は顔に出ていたらしい。
    ユースは表情を読んで、そう付け足した。

    「まあ、なんだ。つまり、おっさんを真剣にさせるぐらいはした、ってことだぜ?」

    視察に来てたエヴァンも驚いてた、とユースが告げる。
    頭に乗せていた手を肩に回し、ぐいと抱き寄せられた。

    「今すぐ自信出せなんて誰も言わねえ。お前の好きにしたらいい」

    そっと額に口づけされて、俺は顔に血が集まるのを自覚した。

    「……お前はもっと慎みを持って、少しは自重すべきだろ」

    その様子を見ていたゴードフは呆れ果てた顔で呟いた。

    「俺は楽しければいいんだぜ。自重なんかしねーよ」

    「おい、ヒョウカ。こいつには気をつけろ。超絶遊び人だぞ」

    「酒の勢いで連れ込み宿に誰彼かまわず連れて入っていくおっさんには、言われたくねーわ」

    「なっ、てめえ見てたのか?」

    あまり俺には聞かせたくないのか、ゴードフはちらりと俺の顔を見て、ユースを睨みつける。

    「見てねえ、ひっかけだよ。ざまあみろ」

    こないだのお返しだ、とユースはしてやったり顔でにやりと笑った。
    ゴードフ一瞬きょとんとした後、わなわなと肩を震わせ始めた。

    「てめえ……今度飲んだ時は酔いつぶしてやるからな……」

    「それ、性犯罪者の発言っぽいぜ」

    「誰がだ!」

    「っ……あっははっ!」

    あんまりなやり取りに、ついに俺は限界を超えて腹を抱えて笑ってしまう。
    ひいひいとひきつり、目尻に涙を溜めていると、ユースもゴードフも肩をすくめて微笑を浮かべた。

    「適当に寝て、うまい飯たらふく食えばまた元気出るさ。また今度、飯奢ってやるよ」

    ユースが立ちあがりながら、くしゃくしゃと俺の頭をまた撫でた。
    ゴードフはその言葉に呆れながら、

    「……こないだは俺が奢ったじゃねえか!」

    「おう、また奢ってくれるだろ? まっさかー、あのゴードフさんが、そんなケチなこと言わねえよなー?」

    「……お前は払えよ」

    「そりゃ勿論」

    どこまで本気か分からないやり取りをしながら、またな、と告げて二人は病室から出て行った。
    残された俺は、不思議と軽くなった心に気付く。

    ……兄ちゃんと父ちゃんみたいだったなあ

    いまだに重い疲労感の身体をベットに押し付け、俺はゆっくりと瞼を閉じて、再び眠りについた。
    忠犬 Link Message Mute
    2018/08/11 9:04:02

    黒虎への挑戦

    トラストルさん(https://twitter.com/Trustol)主催、ファンタズマコロッセウムの交流小説です。

    若い子がガンバるのはいいよね。

    エヴァンさん(https://twitter.com/Cait_Sith_king
    ゴードフさん(https://twitter.com/nobu01251)お借りしてます。

    https://galleria.emotionflow.com/57962/458002.htmlの続き
    #ファンタズマコロッセウム #ファンコロ #ケモノ #獣人

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