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    一夜の夏の話 上 夏休みです。といっても、普通の子供と同じように学校に行っていないヴァレリア・リチャーズにとっては、あまり自分のことのようには思えません。ただ、夏休みになると、ヴァレリアのお家であり、有名なファンタスティック・フォーの本拠地でもあるニューヨークのバクスター・ビルディングには、アメリカ中から、国外からも、ヒーロー好きの子どもであったり、科学好きの子どもたちがパパとママと一緒にたくさん遊びにくるので、自由に出入りできる階層はたくさんの人でごった返しますし、この時期には見学ツアーも多めにやっていますので、ヴァレリアのお父さんであるリード・リチャーズに連れられて団体さんがラボやリビングを出たり入ったりします。そういうのを見ると、ヴァレリアは「夏休みだなあ」と感じるのでした。
     薄着で真っ赤に日焼けして、サングラスをかけ、つばの長い帽子をかぶってやってくる訪問客の人たちは、バクスタービルに入ると冷房の心地よさにホッと一息つくようです。炎天下のニューヨークを歩いてくるのはさぞ大変なのだろうとヴァレリアは思います。家族はみんな忙しくしていて、子どもがぶらりと遊びに出られるほど街は安全でなく、ヴァレリアにとって一番楽しいことはビルの中のラボにあるので、ヴァレリアはあまり積極的に外には出ませんでした。しかし、夏は冒険にはうってつけの季節です。冒険を愛する気質もヴァレリアは両親から受け継いでいるのでした。
    「ねえパパ。わたし達はどこかに行かないの?」
     朝10時から夕方5時まで終日満員のツアーを引率したあとで自分の研究に勤しむ日々のお父さんはいつも以上にオーバーワーク気味ですが、声に疲れている様子はありません。未来を担う子ども達のためならなんでもするお父さんでした。
    「うーん、そうだなあ。ヴァレリアはどこか行きたいところがあるかい?」
    「そういうわけじゃないんだけど。」
     行く場所が決まっていたらそれはあんまり冒険ではありません。お父さんの口ぶりではまだしばらくは、少なくとも普通の子どもたちの夏休みである8月が終わるまでは突拍子も無いことを言い出しそうではないみたいです。そう思うと、余計に何かがあってほしいなあという気持ちが強くなるような気がします。
     そういうわけで、晩ごはんをすませて両親におやすみを言って部屋に戻ったヴァレリアは、缶バッジ大の④マークのコミュニケーターをベッドに放ると、手製の機械類をいくつかとぬいぐるみをリュックに詰めて、バクスター・ビルの諸々の監視装置を撹乱して、一人乗りの小型ジェットを発進させ、高高度を忍びやかに飛行し、アメリカの領空を出るまでは追っ手に警戒しつつ、大西洋上に出てから自動操縦に切り替えて毛布を被りました。衛星から見ると大きな鳥とそう変わらないのを利用して、スピード控えめで飛べば誰にも見つからず、一眠りした頃にちょうどよくラトヴェリアに着けるというわけです。
     美と秩序の国、東欧の秘境ラトヴェリア。そこはヴァレリアにとっては名付け親で、優しいおじさんですが、世界にとっては最も危険な人物の一人でもあるドクター・ドゥームの治める国です。ニューヨークから地球をぐるっと半周するほど遠くに、ヴァレリアはもう一つの居場所を持っていて、時々そこを訪れる自由が与えられているのでした。すでにお話しした通り、夏真っ盛りはファンタスティック・フォーの繁忙期で、その間にニューヨークを離れるのが初めてのヴァレリアは、今の季節のラトヴェリアはどんなだろうと想像しながら、飛行機のガラスを遮光モードにしました。東に向かって飛んでいるので、彼方の遠くで早くも始まっている朝とすれ違う間にも眠っていられるように。
     ヴァレリアはキツツキの夢を見ました。コンコン、とどこからか音がします。辺りを見回しても鳥の姿はなく、コンコン、と頭を小突かれました。自分の頭にキツツキが巣を作ろうとしているのにビックリしてヴァレリアはわっといって飛び起きました。
    《おはよう、お嬢さん。》
     飛行機の中のスピーカーから声がしました。ヴァレリアの顔に陰をさしかけるのはキャノピーの上に置かれた鋼色の大きな手のひらでした。たぶん、さっきまでコンコンとノックしていたのです。
    「ドゥームおじさま、おはよー……。」
    まだ頭の中がぐるーんとして、ヴァレリアは思わず大あくびをしました。目深にかぶった緑のケープの下の鉄仮面のさらに奥でドクター・ドゥームが眉をひそめました。人の前であくびをするのはあまり行儀がよいとは言えない、と無言でたしなめたのでした。ヴァレリアはあくびが引っ込んでから、小声でごめんなさいといいました。
     キャノピーを開けようとすると、《不正なアクセス リクエスト拒否》とメッセージが出ました。ヴァレリアは飛行機の上に触れたままのおじさんの手を見ました。どうも、システムが完全に乗っ取られているようです。
    《ヴァレリア。君がラトヴェリアに来るのはいつでも歓迎だが、君も知っている通り、そしていつも君がそうしている通り、君を両親から預かるにあたっては守るべき手順がある。》
     おじさんの声は静かなあまり無機質なほどで、スピーカー越しであることがその印象をいや増していました。
     ラトヴェリアに着いたら早々におじさんのお小言をくらうだろうことは出かける前に分かっていましたが、ヴァレリアは口を尖らせました。
    《君は、ちょっとした家出がしたくなった時に両親に予告する必要はないが、行き先がラトヴェリアなら、私には事前に知らせなければならない。何故だか分かっているね。》
    「おじさまが急なお客さんが嫌いだから?」
    《それもある。が、誰かが、君の居場所を知っていなければならないからだ。》
     ヴァレリアの口はもう少し尖りました。
    《渡航の目的と、なぜ誰にも言わずに来たのか話しなさい。》
     ラトヴェリアの入国管理の審査基準は、明瞭簡潔でゼロ・トレランスです。国王が諾といえば諾、否といえば否で、ドゥームおじさんを納得させられなければ、乗っ取られた飛行機のシステムはただちにニューヨークに向かって自動操縦を開始するでしょう。
    「冒険したかったから!」
     ヴァレリアは腕組みして声を上げました。それ以上何も話すことはない態度をヴァレリアが示すと、ドゥームおじさんはおかしそうに目を細めました。
    《よろしい。》
     たとえヴァレリアのためであっても、誰かに“釈明”など決してしないドクター・ドゥームによって、ヴァレリアの言ったことは一言一句違わず、まもなくリチャーズ夫妻に伝えられるでしょう。
     もしかしたら両親はとっくにヴァレリアがいなくなったことに気づいて、もしかしたら、ドゥームおじさんのところに鬼のように鳴り止まない通信が来ていたかもしれませんが、ヴァレリアは触れずにおこうと思います。
     銀色の手のひらがキャノピーから離れると飛行機のシステムが自動的にリブートしました。手早くコンソールを叩くと続いてエアロックが解除され、キャノピーが開くと温かな風が頰と髪に触れました。ドゥームおじさんが手を差し出してくれます。ヴァレリアは手を握ってもらって飛行機から出ました。
    「ようこそ、ラトヴェリアへ。」
     小型機が自動着陸したバルコニーから少し引っ込んだだけのホワイエに、風とともに運ばれる夏の香りは、空をひたすほどに満ちていました。バルコニーに差し込んでいる日の光は眩くそそがれ溢れていました。空気は温かで、ヴァレリアは夏用のワンピースに着替えたくなりました。それと帽子をかぶって、草の上に思いきり寝転がりたいと思いました。
     14世紀築造の石造りのお城の中は涼しく、一年中全身鎧に身を包んでいるドクター・ドゥームの姿も相まって、内部へと進むごとに季節感が曖昧になっていくようでしたが、タペストリーや飾られた花に、太陽を少し削ってよそったような彩りが点っていて、熟した花の香りがしました。花は毎朝取り替えて活けられているのでしょう。夏の輝きはお城の中にもそこかしこに持ち込まれているのでした。
    「ヴァレリア、もう午後3時だが、お腹は空いていないかね。」
     ラトヴェリアは時差がニューヨークより進んでいるので、長時間のフライトの分よりもさらに時間が経っていました。
    「んー、時差ボケでよくわかんない。」
     と言いつつも、晩ごはんまで何も食べずにいられるかは自信がありません。おじさんのお城では、ニューヨークのお家と違って勝手に冷蔵庫のものを漁ることはできないので、何かお腹に入れておいたほうがいい気がします。
    「アイスなら食べれると思う!」
     急に元気になるヴァレリアにドゥームおじさんはちら、と視線を落として、さも残念そうに言いました。
    「君が来ると分かっていたら、朝のうちに牛乳を搾らせて作らせておいたのだが。」
     おじさんは予告なく来たことに本当に気分を害しているのか、ちくちく突っついてくるのでした。そう思うと腹いせに急にお腹が空いてくるような気がします。
    「じゃああるもので結構ですっ。」
     ヴァレリアは移動の疲れと時差ボケで乱れた自律神経に優しい、消化によくお野菜たっぷりのスープをいただくことになりました。アイスはないのに都合よく体を労わる料理があるのはおかしい、とヴァレリアは思いました。ドゥームおじさんは、リチャーズ夫妻との間にヴァレリアを一人で食事させてはいけないという約束があるので、一緒にアフタヌーンティーを楽しんでいますが、素知らぬ顔です。ラプサン・スーチョンの甘やかな香りを含んだ湯気が、薄絹のように風に運ばれてたちまちに消えていきます。繊細な磁器のティーカップはおじさんの鉄の指の間で危なげなく支えられていますが、少し加減を間違ったら液体窒素で凍らせたバラのようにくしゃくしゃに砕けてしまうでしょう。
    食事をしながら、ヴァレリアは夏休みの雰囲気に掻き立てられた冒険的な気分のことをおじさんに話しました。しかし、家族は冒険に出かけられないほど忙しいのだとも。話を聴いて、ドクター・ドゥームはティーカップをソーサーに戻します。
    「君にとって私の国以上に安全な場所はこの世に存在しないのだが、」
     という、決然とした断定が科学ほどには確かでない論題に及んでなされる時、お父さんとの感じの違いにヴァレリアは面白く思います。そしてそれは一理あります、というのは、バクスタービルにいるとドゥームおじさんも時々襲撃に現れるからです。
    「どんな冒険を期待して来たのかな。」
    「これは妥協なの。」
     おじさんの指がぴく、と反応しました。こんな風にいうとおじさんの気分を危うく損ねかねないのを、ヴァレリアは分かっていましたが。
    「そこそこ冒険なところがラトヴェリアのどこかにあったら、究極的には安全でしょ?」
     息巻くヴァレリアをじっと見つめ、グラスの中のオレンジジュースが氷の溶けた水と分かれて二層になっていることに目を止めると、おじさんはずいぶん離れたところに立っている給仕係に目で合図しました。音もなくオレンジジュースがグラスごと取り換えられる間に、おじさんは考え深げにテーブルの上で両手の指先を触れあわせました。
    「思索は君にとって冒険と呼ぶに値しないと?」
     ヴァレリアは両手をテーブルについて身を乗り出しました。グラスの中でオレンジジュースと氷が触れてカランと涼しげに音を立てましたが、ヴァレリアのささやかな体重がテーブルを揺らしたわけではなかったでしょう。
    「もう! おじさま、見て! 夏なの! どこかに行って何かおもしろいことをする時なの!」
     ヴァレリアが腕を振り回しながらいうので、おじさんは微かな溜息をつきながら椅子の背もたれに上体を預けました。おじさんが何か考えている間、ヴァレリアはオレンジジュースを一息にグラスの半分もストローで吸い込みました。地中海沿岸から取り寄せるオレンジはカリフォルニア産とは違う、とおじさんは言いますが、ヴァレリアにはどちらもすごく美味しいことに変わりありません。
     しばらくして、ドゥームおじさんはゆっくり背筋を起こすと、テーブルに片腕を置いてヴァレリアの方に体を傾け、人差し指をこめかみにあててゆっくり目を細めました。ヴァレリアは、察するところがあり、同じようにおじさんの方へ身を乗り出すと、おじさんは抑えた声で囁きました。
    「秘密を守る……と、約束できるかね、ヴァレリア?」
     いくつもの昔話に現れて、何も知らないお姫様をそそのかす邪悪な魔法使いそのままに、ドクター・ドゥームは優しげにも恐ろしげにも映る、陰翳の深い微笑みをヴァレリアに投げかけます。お姫様とは違い、なんでも知っているけれど、この人物に対して恐れを知らないヴァレリアは、わくわくして両手を握り、両目を輝かせて大きく頷きました。夏のラトヴェリアの長い夕暮れは、二人の影を糸巻きから紡ぎ出したように細く伸ばして、遠くで繋ぎ合わせていました。全ての影は、やがて訪れる夜の帳に織り込まれていきます。

    (下 へつづく)
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    2018/08/09 15:56:53

    一夜の夏の話 上

    #二次創作 #アメコミ #MARVEL #Dr.ドゥーム #ヴァレリア・リチャーズ

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