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    食卓/命の繋ぎ目「坊ちゃん、お夕飯の支度ができましたよ。」
     閉じた扉の向こうで、朗らかにグレミオが言う。マクドール家邸宅の厨房は彼の身体の延長であるので、三年ぶりに全身を取り戻したグレミオは魚が羽を得たように自由に動き回り、うれしそうに過ごしている。
    「ありがとう。今行く。」
     テラはというと、まずは帝都グレッグミンスターを軍勢で攻めた時に、相当あちこちが燃えたので、我が家に火の手が及ばなかった幸運を思う。この屋敷に戻るのは、三年前に終結した解放戦争の、さらに数年前の、自身の戦争が始まったばかりの時以来となる。だからまた、ここから始まるような気がしてしまう。雨の夜に、親友が表玄関の扉を激しく叩いて、傷だらけで倒れこんでくるような、思わしくない事態が起きるようないやな予感がする。実体は、起きたことによって受けた心の傷が痛むのであって、予感とは恐怖のことだ。そして、再び同じことが起きる可能性はない--テッドがもうこの世にいないからだ。
     これらの一連の確認を、かつてはなかった親友の肖像画を見つめて終える。それを日に二度三度、繰り返している。
     燭を切って、部屋を出、食卓につく。「いただきます」を唱和する。クレオやパーン、グレミオと、見聞きしたこと、遠くのことについて話し、それぞれの考えを知る。
    「リオウ君たちのところへ、ハイランド皇国から使者が着いたそうですよ。これで戦争が終わるといいですね。」
    「なんでも、使者に立てられたのは第四軍団のトップだって話じゃないですか。そんな実力者をもしも人質にされちまったら、ハイランドはもう戦えないんじゃないか。」
    「今交渉したって、ハイランドに不利な和平になるのは目に見えてる。しかも、あのレオンどのがハイランドについたっていうじゃないか。私はこれで終わるとは思えないね。」
     じきに自分の番が来るとテラは思う。大人の議論に混ぜられることは幼少のテラには思考の肥やしであった。かつてこの場には前線の空気が髪に絡んだままの父があり、遠目の利いたことを言ってのけたり知っていたりするテッドがいた。
    「坊ちゃんはどう思いますか?」
     テラは話す前に葡萄酒で喉を濯いだ。思考が鈍くなることを好まないのでふだんは酒を飲まない。飲むのは、酒好きのグレミオがよしとする料理の味を彼の思惑の通りに味わいたいためだった。そのことを伝えてからは、テラの分の酒はグレミオが選ぶ。たしかに、料理と酒の味が調和する時もあるのは、わからないでもない。
    「古い都市同盟の首長たち、アガレスとルカ・ブライトの親子が盤上からいなくなった今は、都市同盟とハイランドが一世代分の禍根を雪いだ機と言える。しかし、ハイランドの皇配(皇女の配偶者のこと。ここではジョウイを指す)はルカほど人気がないし、今の都市同盟はまだ勝ち足りない気分が支配的だ。たとえ成っても危うい和平となるだろう。……これまでと同じように。」
    「それは残念ですね。」
     と言ってグレミオは膳を取り替えた。テラの意識の八分の一を占めたまま、会話は続いている。注意力の大半は食事に注がれてあった。菜は多い。彼はふと、食事の膳に上がる調理された動物や植物は全て、各々の生を中断させられなかったものはないのだと思った。
     食べるという営みを、生きているものは皆する。自身の生存を継続するために、他の生を中断させなければならないのは、自然の作りだ。あるいは、右手の宿借りも。(手袋を外して、護拳だけで隠している紋章に密やかな視線を落としつつ、)食わねば生きられないのかもしれない、と考えた。人が動植物を食物とするように、この紋章は人の命を食い、そのヒトの死に悲嘆を感ずるのは、おのれが同じく人だからか、それとも、感情というもののあるせいか。
     食卓の話題はどんどん違う方へ澱みなく流れていく。
    「戦没者慰霊式典に、ぜひにと王宮からお使いが--」
     今のグレッグミンスター城を王宮と称するのはいささか時代錯誤だ、と寸ばかり笑う。
    「坊ちゃんが戻ってからというもの、そんな連中ばっかりですよ。」
    「そう言うな。この街にいて退屈するなどとあっては、僕は自分のしたことを後悔しなければいけなくなる。」
    「面会したいとのお願いと……付け届けがどっさり届いてますよ。」
    「全員会うから手配してくれ。お返しもよしなに頼む。」
    「そういえばレパントどのが……。」
     銀器と磁器の擦れ合う音と絶え間ない人の声、少し残響が聞こえるのは座る人の数が減ったため。テラは頭の片方で考え続けている。
     テッドはこの紋章は魂を「ぬすむ」のだと言った。生命と魂の間に区別があるのか、あるいは紋章は何も食べていないのかもしれない、奪った魂を「食べて」いるのは--糧にしているのは、継承者自身だ。
     食卓に並んだものも命の糧である。あばら骨のついた肉、豆を潰した濃厚なスープ、刻んだ野菜のテリーヌ、時には葡萄酒。
     それから、人の魂。この紋章を持つ上は、自分の生存を継続するために必要なものが、少し多いのかもしれない。
     当然ながら、かもしれない、から考えが先に進むことはなかった。ただちに結論を導けないことは、テラには少しもどかしい。だが、他ならぬ紋章の前の持ち主であるテッドが、かつてテラに待つことを教えもしたのだ。
     ほとんど無意識のうちに皿の上は平らげられており、クレオたちもゆっくりと会話しながら酒を飲んでいた。
    「ご馳走様でした。」
     テラは手を合わせて席を立つ。明日が、今日を糧にするのを待っていると、彼は考える。
    goban_a Link Message Mute
    2021/11/11 21:50:46

    食卓/命の繋ぎ目

    2021年のぼちの日によせて
    ぼち…テラ
    名前だけ出るにす…リオウ
    時…2の和平交渉ごろ
    ところ…マクドール家
    ぼちには呪いをあんまり呪いと思わないでいい感じにソと共に生きてほしいな…という祈り

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