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    別天槐宮記「大した用事ではなかったが、妻の実家もあることだし、任を果たしたあとは別に数日の暇を乞うて訪なうつもりで、土産の用意などして発った。
    ほれ…お前の前に仕えていた所だよ、小田島。」
     考えの深いときに小手先を遊ばせずにいない癖もかつてのまま、千切った楊枝紙を紙縒りに捻じり捻じり、よれよれと白い先細った端を向けてくる、旧知の友は立身を叶えて、藩主の名で他国へ使者に行き、戻った身である。
     小田島が彼の暮らすこの土地に流れたのは偶然であった。放浪の瀬にあるうちは会うまじと思っていたが、彼のほうから小田島を見つけて、しかし折悪しくもこれから長らく旅枕という、戻ったら必ず会おう、それまで屋敷に留まって良いから逃げてくれるな。家人にも良く見張らせておく、と一方的に言い置いて、馬上の人となった。
     出しなに約した帰省の日は、七日も前である。しかし、金も地位も名もないが時ばかりは腐らせている身の上、怒るようなこともなく、道中、変事でもあろうかと気を揉んでいたところへ、七日すぎて友は健やかに帰ったが、奥歯につかえのあるような顔で、聞いて欲しい話がある、と膝を寄せた。
     家人にも聞かせ難い、と言う。二人ばかりで卓を囲むここは、友のなじみと言う酒肴屋、刻は宵五つ。
    「途中で山を一つ越えるが、山道は一本道で、よく均されている。また通うのは始めてでない。入り口の村を昼に出れば、日の落ちる前に反対側の村に宿を取れる。首尾よく山に入ったは良いが、慢心だな、村人にも聞かなかった…途中で山が崩れたと。山道がすっかり埋まっていたのだ。」
    「では、土砂を片付けるのに、七日。」
    「……否。」
     元より杯を運ぶ手の鈍いのが、とうとう喉の下で止まるようになり、猪口を卓に戻して、干してもいない杯に、銚子より次手を注ぐ。
    「凄まじいものだったよ。山の肌がごっそり剥がれて、樹木の根こそぎが混じった土が小山だ。已む無く引ッ返したわ。いずれ、今日の山越えは敵わん、どうしたものか決まったら、殿とお前に文を寄越そう心積もりでな。
    その…後よ。」
     戻った足で村人に尋ねれば、山肌のずり落ちたのは、大分前のことだったらしい。しかし村には力手がなく、土を退ける手立てもないまま、それでも山を越えねばならぬものが一人通い、二人通いするうちに、獣道のように迂回路ができた。村人は新しい道を通ることを選び、地図に載る山道の使えないことはとうに了見の内になっていたのだそうで、道理で誰も忠告してくれない筈である。
    「さほど長い回り道でもない、と聞けば安心した。明日は朝に発てば、一晩程度の遅れは取り戻せようと思って、文もださなんだ。これまで通り過ぎるばかりで足を止めるのは初めての村、これも旅の趣と思って、休むことにした。
     丁度、日差しの暖かい頃合で、このごろは日が照れば暑いくらいだが、山に抱かれていると風が涼しいのだ。樹下に宿って眩しいのを避ければ、この上なく居易い。
     丘というには、天に鋭い、高地に、銀杏の一本立つのがあった。木陰に安ろえば衆目にもつかず、苦しからず眠れようと、…はなから午睡のつもりでな、登った。佳景…希に、山中に、果実をつける樹があろう。あれの葉は光るのな。山腹にちらちらと…まるで水の面だ。あの木の下には天女があろうかと、莫迦なことも考えたよ。草いきれの青く濃い、胸が飽く前に、風が吹いてさらう。銀杏の葉が鳴る、見上げれば黄色い。やがて、目算の通り、現ら現らさ。」
    「……黄色か?」
    「ああ、黄色だった」
     語る友は活き活きとした。燗を一息に呷るのを、不意に思いながら、小田島もまた一舐めする。
    「どれくらい過ぎたか…そのときは、どれほどとも思わなかった。日の温さが変わらないように思えたのだがな。己を呼び起こすものがある。(狭磨の使者様であらせらりょうか)、羽虫の飛ぶ音のような声で、男とも女とも。(どうぞ、お起きくださいまし。)、目を覚ました。
     男が二人連れ、一人は、下で畑を耕している者たちと変わりない格好で、村人の一人と思われた、もう一人は、袴姿で、刀を佩いておった。連れにこんな者があったかと思うが、いそうにない。ともに頭が丸く、顎が張って、胴が細く長い。何より、その眼が。
     透き通って、目を見ているのに目を見ている気のしない…二人とも、そうなのだ。着るものが違うと言うより、着るものしか違わぬ。
    (これは失礼した。下の村の方だろうか。)
    (は、そのようなもので。
     少々ご足労願いたき処がございまする、どうか、共に。)
     一語ごとに平らかに腰をひしゃげて、頼み頼みするさまは不尋常。後について、ひとまず丘を下ると見えた。
    (其は何処?)
    (すぐでございます。すぐに…)
     何度尋ねても答えは決まっていた。いつまでも坂を下るように思えて、時には藪の下を抜けたようにも、河のそばを通ったようにも感じた。思えば、すでに夢の中にいたのであろうな。いつから、とこればかりが分からぬ。
     見上げるほどの巨岩を横にすり抜けた…切ッ立つ巌の蔭より、崖にそびえるに似て見えて、高桟敷、朱の欄干に押付けた、艶なしどなげ髪を割って、ぬらりとのぞく、青くさえ見ゆる諸肌の肩。凍りついて息を呑んで、魂が熔け出した…傾城よ。
     片腕を出して、こっちを手招く、篭に込められた哀れらしい、妖しい爪紅が、燐のようで誘う。
     もう--このあたりからは、よく覚えていないのだ。
     それから。」
     首に粘りつく風がどうして頼りない、と見れば、知らずに重ねた杯の数を、斃れた銚子に思い知らされ、明日のことを思えば今から頭が痛い。友は小田島に勝って酌の手を緩めず、まめまめしいほど、喉の奥に酒を注ぎ足し、酒気で胸の悪気をあふれさせんとや、後から後から、言葉ばかり。
    「それから俺は…女と契っていた。月が天にある間は休みなく…来る日も来る日も、交じりながら食い、飲みながら交じった。やがて女はややを孕んで、産んだ。俺は喜んだ…。女の腹が軽くなると、また閨に耽り篭もって、その間に前の子らは育ち、女はまた産んだ。
     最初に産まれた子の内、とりわけ身のつやの良かったのが大きくなると、玉のように美しくなって、ある日透きとおった翅を生やして飛んでいった。その子が一人前になったのを、また喜んで、夜となれば明けるまで女を抱き、大きくなった子がまた旅立って…七度、子を見送った。
     その間に知ったことといえば、女が寡婦であること、ここにいるのは全て女と前の夫の間にできた子だということくらいだ。
     昼だ。…閨房の外にいたからな。館に住まうものが一所に集まって空を仰いでいた。尋ねると宙を指差し、何かが飛んでいる、と言う。
    (お館様。あれは何でありましょうか。)
     俺には、手の平ほどもあろうかという蝶に見えた。六肢の先で丸いものを抱えていた。卵…あるいは、種か。
    (蝶ではないか?)
    (…チョウ……?)
     と、その者は不審げに、集まって一円をなした人々がどよめいた。蝶が運びきたるものを手放したらしい、中空で小回りする最中--その何かが割れて叫び出した。
    (え゛え゛えぇぇああぁぁあぁあぁぁぁぁらぁぁぁおおおぁぁああ!)
     内から迸る炎のごとき雷が瓦を砕き、柱を叩き折り、床をひしゃげ、人をなぎ払った。俺の目は潰されてたちまち、昏倒した--。

     気がつけば、銀杏の木の下にいる。巣に帰る烏の声に驚いて、空を見れば茜、夕刻、とようやく気づいた。なれば、俺は今までどこにいたのだ? 起こされたと思って、二人の男について離れたはずの木の下で、こうして目を覚ます。まるで、今覚えていることなどなかったように。
     総毛が太る思いして、銀杏に預けた背を浮かし立ち上がった。銀杏の木には妖しきところはない、と思うたが--洞といおうか、幹が縦に裂けたようになったところから、あの夢見の蝶が這い出してきたのだ。
     さっと発ってぐるりを周った。俺は始めて、同じ銀杏の反対側に背を凭れて人がいるのに気づいたよ。役者のように白粉して、隈取まで引いた、男とも女とも判じつかぬ眠り面。蝶はその者の袷のあたりにつかまって、よじ登っていくではないか。のみならぬ、とりついてたちまち顎にぶら下がったかと思えば、頭から口唇をよじわけ身を突っ込むのだ。
     我知らず目を奪われていた。口の間に半身を挟む蝶と、蝶を食う口と、ツ、と指が、あの女を思い起こす爪紅が、蝶の身を口中に押し込んで、そのものが目を覚ました。
    (……どうも。)
     声からすると男らしい。異人めいて目が青、そういえば頭の色も毛唐だ。俺は懼れていた…手が刀をつかんでいたよ。
    (無事、お目覚めのようで。)
    (き、貴様、何者だ。何故ここにいた)
    (“ただの薬売り”…ですよ。何、ちょっとした野暮用が、ございまして)
     男のみちびく目の先に、確かに大きな荷箱がある。薬売りと名乗った男はそれだけ言うや尻を上げて着物の草を払い、荷箱を負って俺の横を通り抜けた。
    (……では。)
     振り向く侠気は起きなんだ。まして男を追い尋ねることなどどうしてできようか。俺は今までどこにいたのか、などと?
    (――ああ、)
     下った分離れた声だ。
    (麓への戻り路は、そっちじゃあ、ありませんよ。
     あっという間には、見えますがね。)
     全く、不覚--俺はつま先を揃えて、崖のふちに立っており、眼下には悠々と、懐かしくすら覚える村が、日暮れに赤く、家々の窓は飯炊きの煙を昇らせていたのだ。
    なあ、小田島--俺はどこにいたのだと思う。あの薬売りの男とやらは、一体何者だったのだ?」
    goban_a Link Message Mute
    2018/08/10 11:52:12

    別天槐宮記

    #二次創作 #小説 #モノノ怪
    2009年頃にやっていたウェッッッブサイトに載せていた、

    「モノノ怪」

    の二次創作です。

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