イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    無題

    そこは細くて長くて急な坂道なのに住所は平坂と言った。この辺りに住んでいるのは昔からの人ばかりで戸数は少なく各々の家も大きかった。だから私は見知らぬ子供が坂の上から歩いてくるのに少し驚いた。歳の頃は七、八、九ばかり、絣の着物は糊が取れてくたりとしていたが草履は新しかった。


    まだ草履は固いようだったし、その子の歩き方は不慣れであった。しょっちゅう鼻緒を指が逃がしそうになるようで、時々つっかかり、絣の裾がかたりと揺れた。その子にとっては急な下り坂でもあったから、私は自転車を押して子供とは逆に坂を上りながら、転びはしないかとふと案じた。


    時は午后四時を半分すぎて、夕日が一日の最後に一番強く輝く時だった。それを過ぎれば釣瓶落としに暗くなる。私は、日が落ち切る前に坂を登って、点けるとタイヤが重くなるので…自転車のライトを点けるのはその後にしようと考えた。すれ違いざま、子供の顔を横目で見た。やはりこのあたりでは見ない子だ。足元を気にしながらの伏し目がちの目。


    まばたきの間に砂浜を洗う波のように一刷毛、深い睫毛の奥にひどい、寄る辺のない、悲しみをみて、私は心臓が竦み上がるような気がした。私は子供を持たない、自らの幼少期の経験も平凡人のそれだ。小さな子供に起こりうる悲劇といったところで、親にひどく叱られたとか、友達が遠くに行ったとか、大事なものが壊れたとか、すぐに代わりが見つかるし、時が癒す類のそれだろうと、私は思っていた。


    しかし、その子供の悲しみは、この先どこにも去りそうにないのだった。私は馴染んだ平坂でこの子を見るのが初めてだということを思い出した。この子には、近辺に帰る家があるだろう。それだけで祈るような気持ちになった。しかし、この子は、どこの家の子でもないのだ。恐らくーー。


    私はその子とすれ違った。いつもの近所の人たちには、顔見知りであろうとなかろうと声をかけるのに、私はその機会を逸した。いや、躊躇ったのだ。そして私にその子に注意をかけさせなかった感情こそが、その子に深く覆いかぶさっている悲しみの根なのだと、愕然としながら考えた。


    坂を登って、届け物をいくつかして、日が落ちた。高い塀を持つ家ばかりだから、足元ははや黒々と影に沈んでいる。私は自転車のライトを点けた。下り坂の助けを借りて、早々に来た道を戻って行った。自転車のライトが前方に灯す細い楕円が、誰かの白い足首を照らした。私は思わず、ブレーキを握りしめた。逢魔が刻ーー。


    ライトの歯車がタイヤと擦れる音が止んだ。絣の紺の裾、上り坂でみたあの子供が、半分だけこちらを振り向いて、坂の上手の私を見上げている。瞳の色は、もはや知れない。闇の中にあって昏々と黒かったように思う。なぜだか、背中を静かに汗が伝った。いつしか、その子の視線は私をわずかに外れていた。


    その子が見ていたのは、私の背後だった。私の肩の向こうに何かがあり、その彼方を無感情に見つめていた。直感がそれは恐ろしいものだと私に告げた。見るべきものではないと痛烈に予感された。そういうものを、直線的に見つめているこの子供の異様さを、私はついに理解した。遠く、遠くから、子供が、気をつけて、と言った。


    直前に何をしていたと聞かれて、思い出せたのは、それだけのことだ。気づくと私は市内の総合病院のベッドにいて、対光反射を診るという医者のペンライトを朝夕当てられ、認知機能をはじめとする様々のテストをされている。私は、意識のないまま8年もの間ここで過ごしていたらしい。


    私は最近ニュースに出始めたという、無気力症というやつに罹り、目が覚めた今、季節は春だった。私は確認されている患者の中で最も早い症例の一人であり、そのためにもうしばらく病理研究に協力して欲しい、と請われた。しかし、私は無気力症という病気を知らなかった。その名で一般に呼ばれるようになったのは患者数の急増したこの2,3年のことであり、それ以前の発症例、つまり私のような者が他にいたか、現在大規模な調査をしているのだという。


    昨年冬、精神病としては異例の非常事態宣言が発令された無気力症は、この数ヶ月連続で患者数が激減している。私のような長期療養患者が突然治癒する現象も全国で起こっていて、間もなく終息宣言がなされるだろうということだった。ただ、未だに原理が不明であること、正確な発症規模を把握するために過去を遡って患者を捜さなければならないなど、終息が直ちに無気力症を取り巻く諸問題の解決を意味しない。


    私は医者に、最後の記憶を時間をかけて話した。医師は、詳細な記録を取っていたが、しかし、発症者(感染症ではないので、このようにいうしかない)の発症前の行動に、共通点はなにも見つかっていないという。
    当然、私の見た奇妙な子供に関する証言など、あろうはずもない。しかし私には深い印象が残っている。あの子は何者だったのか、と。





    (Twitter初出沢山加筆修正)
    goban_a Link Message Mute
    Aug 10, 2018 4:19:10 AM

    無題

    ツイッターに連投する形式で書いてみたやつ(後で少し直している)
    #二次創作 #小説 #ペルソナ3

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品