イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    夜のはじまり 細いすすり泣きがひしめく中、男の強い声だけが存在感をもって響いていた。

    「次」

     冷たい床に身を寄せ合って座る子供たちは、その声にびくりと身を震わせた。自分もその中のひとりだ。友人の服を掴みながら、正面の男を見やる。
     壁を背にして立つ男は、表情を変えずに、
    「速やかに」
    と言った。
     子供たちは肘で互いをつつき合いながらぐずぐずとしていたが、そのうちひとりの少女がためらいがちに立ち上がって、男の前へと進んだ。
     息を呑む子供らの視線を背中に浴びながら、少女は男の前で何事かをさせられる。やがて男が、
    「右の扉」
    と言うと、少女は部屋の右の壁に連れていかれた。

     薄暗い部屋。
     石壁で囲まれたその空間には窓はない。装飾もひとつもなく殺風景で倉庫のようだ。といっても、今この部屋には殆ど物はなく、ガランとしている。ある物といえば、正面に立つ男の前に置かれている細長いテーブルだけだ。
     部屋の両端には、入ってきたものとは別に扉がふたつつけられている。右の扉の前には、子供たちが数人膝をかかえて座っていた。正面に立つ男に呼ばれ、「右の扉」と言われた村の仲間たちだった。左の扉の前には誰もいない。
     今、自分たちはいったい何をされているのか。これから、どうなるのか。
     まるで分からない。
     そもそも、ここがどこかが分からないのだ。
     自分たちの村ではないことは確かだ。今日の朝、突然やってきた「何か」が、自分たちと故郷とを引き離したのだ。

     今日という日のはじまりは、昨日までの毎日と同じようにやってきた。
     母に揺り起こされ、スープの匂いに鼻をひくひくさせながら着がえた。寝ぼけまなこで朝食を食べ終え、歯を磨く。すると見計らったように、近所の友だちが「遊ぼう」と誘いに来た。
     紫の髪の、年上の友人が戸口に立ってにこにことしている。その光景にいつもと変わったところなど、ひとつもなかった。
     そしてふたりで村はずれの木のしたに駆けていき、集まっていた仲間たちと遊ぶのもまた、いつもと同じだった。
     今日の遊びは木の枝を武器に、森の探検ごっこ。自分も細い枝を片手に持って、背の高い草をはらいながら友人の後についていった。
     転んだりじゃれ合ったりして森をすすむ探検隊のにぎやかな声は、静かな木々に跳ねかえった。途中でリスを見つけた。疲れてくると、大きな声で歌をうたった。
     歩くのがおそい自分のことを、年上の友人はしきりに気にして、時折振りかえっていた。
     草に足をとられてつまづき、みんなと距離があいてしまったのを見て、小走りに戻ってきた彼が「はやく」と自分の手をひいた、そのときのことだった。
     異変は、唐突にやってきた。
     森の空気がキンと静まり、次の瞬間鳥の羽ばたきの音が一斉に響いた。木々の葉を根こそぎ持っていこうとしているかのような音だった。
     驚いて上を見ると、森の空が赤く染まった。かと思うと、熱い風が横なぐりに吹きつけてきた。わあ、っと叫びながら草むらに転がった自分たちの頭上で、季節が真夏に変わった。
     風がやむと子供らは立ち上がり、興奮気味に意味のないことを口々に話していたが、火事だ、という叫びが遠くから聞こえると、一斉に走りだした。
     息を切らして村の中心に辿りついた自分たちが見たものは、村の家や木の、ごうごうと燃える様だった。

     ―――それからは混乱の渦。何があったか、良く覚えていない。

     断片的な記憶のなかで、ある仲間は木の枝を片手に持ったまま自分の家に入っていき、ある仲間は叫びながら一本の火柱のまわりを走り回っていた。
     自分はどうだったか―――たぶん、逃げたのだと思う。紫の髪の友人に、「おいで」と手を引かれて泣きながら元来た道を走ったのだ。がむしゃらに。訳も分からぬまま。
     はっきりとした記憶が再開したのは、馬車の中からだ。
     いつの間に乗せられたのか分からない。目を覚ましたら、ごとごとと揺れる幌の中に、何人かの子供たちと共に膝を抱えて座っていたのだ。自分の隣には、手をずっと握っていてくれた紫の髪の友人がいた。
     馬車には子供だけで大人はおらず、父も母もいなかった。
    「母さんは」
     そう尋ねた自分を、友人は力いっぱい抱きしめてきた。
     幌幕の合間から延びた細い夕焼けの光が、子供らのつま先を赤く照らしていた。


    「次」

     もう、この部屋に連れてこられた子供たちの半分までは男の前に呼ばれ、右の扉の前に座らされていた。
     自分の番も、もうじきくるのだろう。恐怖とともに、緊張が高まっていく。
     馬車から降ろされてようやく出会った大人たちは村の者ではなく、みな知らない顔だった。誰もが暗い色の詰襟服と、質問をゆるさない厳しい雰囲気を身にまとっていた。彼らの無言の圧力に、自分たちは逆らうことができないでいた。
    「右の扉」
     目をつむる。
     いっそ眠って逃避してしまうことができたら、と何度も思うのに、少しも眠くはならない。馬車から降りてこの建物に連れてこられる合間に見た空には、月が高く懸かっていた。今ではそれも、もう大分低くなっている筈だった。
    「大丈夫?」
     自分の肩を抱いていた年上の友人が声をかけてきた。体に力が入ったのを感じて、心配したのだろうか。自分はひどく青ざめているだろう顔で、頷いた。
     友人は顔の片方をガーゼと包帯で覆っていた。森の木を焼いた炎が、彼の頬を舐めたのだ。
     自分の体にもあちこち火傷はある。手当てはされていたが、それらはひりひりと熱をもって痛んでいた。お陰で馬車の中では散々泣いたのだが、今はもう涙もでない。ただ怯えて、友人の胸のなかで震えるだけだった。
    「どうしたの。怖いの」
     痛々しい包帯を間近に見て、押さえていた悲しみが途端に沸いてきた。
    「僕たち、死ぬの?」
     かすれた声で、他の人に聞かれないほど小さく尋ねると、友人は顔を近づけて「大丈夫」と言った。「死なないよ」
     見あげた先にあった友人の目は、赤くはなかった。潤んでもいない。それを見て自分は、少しだけ安心する。きっと彼の傷は痛くないのだ。
     強張っていた表情をゆるめると、自分を見つめるひとつだけの黒い瞳が優しく細められた。
    「次。―――次」
     びくりと震える。
     おずおずと振り向くと、テーブルの向こうで男が後ろに手を組んで立っていた。男の鋭い視線は、自分に向けられている。
     もう一度友人の顔を見あげる。友人は穏やかな表情のまま、ゆっくりとひとつ頷いてみせた。
     
     細長いテーブルの前に立った。
     目の前には鮮やかな色の石が4つ、無造作に並んでいる。それは以前母にねだったガラスの玉よりも、よっぽど綺麗に見えた。
    「一つひとつ、石の上に手をかざしていきなさい」
     テーブルを挟んで声がふってきた。
     かざす、という言葉の意味がよく分からない。触れろということなのだろうか。自分は目の前の男の顔色を伺いながら、右端の赤い石の上に手を置いた。ひやりとした感触。そして何も起こらない。
     男の顔を見上げると、視線で次の石に触れろと促される。素直に従って、黒い石に触れた。何か手のひらに仄かな温かさを感じたが、石自体には何も変化はなかった。
     ついで緑の石。反応なし。
     最後に青い石に手を置いた。
     途端、石の表面が濡れたように見えたと思うと、手のひらの下でかあっと光った。
     慌てて離そうとすると、目の前から手が伸びてきて手首を掴まれる。固定された手のひらを、質量をもった青い光の筋がくすぐっていく。思わず肩をすぼめ、手を閉じようとした。
    「集中しろ」
     その言葉に、強く握られた右の手首から先を緊張させる。すると輝きはいよいよ強くなり、指の間から漏れた青白い光が、男の無表情を下から照らした。
     後ろからは村の子供たちのわあ、という驚愕の声が聞こえる。中には誰かの泣きだす声も。
     自分は泣くこともできない興奮の極地にいた。救いを求めるように男を見あげるが、男は自分の手とその下の石を表情を変えずに見下ろすだけだった。
     やがて男は、
    「ようやく一人目だ」
     と呟いた。
     そして部屋の隅にひっそりと立っていた黒いフードを被っていた人間に何事か声をかけると、
    「左の扉」
     と言った。突然掴まれていた手が解放され、光がかき消える。
     手首を押さえながらがくがくと震えていると、近づいてきた黒フードに招かれて、他の子供らとは反対側の、左の壁の前に座らされた。
    「次」
     自分の恐怖と困惑をよそに、この不可解な作業は続けられた。

     次にテーブルの前に立ったのは、顔の半分を包帯で覆った少年だった。
     彼だ。自分は息を飲み、気を何とか落ち着かせてその堂々とした立ち姿を見つめた。
     友人はテーブルの向こう側に立った男を下から睨みつけると、手を伸ばして石の上にかざしていった。
     一つ目、二つ目、三つ目。……だが、結局石はすべて光らなかった。
     かろうじて緑の石がほのかに灯ったようにも見えたが、男は何の反応もしなかった。
    「右の扉」
     友人は、自分とは反対側の壁に座らされた。

    「―――これにて全ての『試験』は終了する。対象をそれぞれの部屋に移動」

     男の宣言と同時に、部屋の両端の扉が開かれ、子供らは立つように促された。
     結局石を光らせた子は他にはおらず、みんな右側の扉の前に座らされた。左の扉に来たのは自分だけ、一人ぼっちだった。
     黒フードに手をとられて立ちあがり、不安でいっぱいになりながら振り返る。
     紫の髪の友人と目が合った。友人は反対側の扉の前で立ち止まり、ひとつだけの目で頷いてみせた。大丈夫。そう言っているようだった。
     自分は顔だけで振り向きながら、黒フードに手を引かれて歩きだした。友人の姿が遠のいていく。
    「―――……」
     彼の名を呼ぼうと口をひらいた自分の前で、扉が音をたてて閉じられた。




     それからいくつもの季節が流れ―――。

     扉の向こうに消えてしまった紫の髪の友人のことも、自分は段々と思い出さなくなっていった。
    yoshi1104 Link Message Mute
    2018/09/29 5:01:46

    夜のはじまり

    (ヤード+スカーレル)

    ##サモンナイト

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品