その残り香は「……あのさ、グリム」
「どうしたんだゾ?」
「今日はやけにサバナクローの人たちから避けられてる気がしない?」
「そういえば今日は誰も突っかかってこないんだゾ」
「毎日誰かしらに突っかかられるのも問題があるけど、妙に避けられるのも不気味だよね……」
「オマエはいちいち気にしすぎなんだゾ」
酷く呆れた様子でグリムは皺が寄った監督生の眉間をぺしぺし叩く。
「監督生、ちょっと良い……っ、」
「ど、どうしたのジャック!?」
「顔色が悪いんだゾ!」
「……大丈夫だ」
手の甲を鼻に当てた状態で何度か深呼吸した後、ジャックは不安げな顔をする監督生とグリムの方に向き直る。
「お前、最近ヴィル先輩と良く会うのか?」
「えーっと……まぁ、そうかも……?」
「だからか……」
「何がだからか、なんだゾ」
「寧ろお前は平気なのかよ」
「ユウからヴィルの匂いがするのにはもう慣れちまったんだゾ」
「毒の匂いに慣れるって、お前も大概図太いな……」
「ど、毒!?」
唐突に出てきた物騒なワードに監督生は驚愕する。
「ポムフィオーレの連中は全員何かしら毒の匂いを漂わせていて、ヴィル先輩からは一際強い毒の匂いがするんだ。鼻が利く獣人属が距離を置きたがるぐらいのな」
「じゃあさっきジャックの顔色が悪かったのは……」
「無意識に匂いを嗅いでしまったせい、だね」
突然会話に混じってきたルークに驚くあまり二人と一匹は一瞬言葉を失う。
「この件は私の方からヴィルに伝えておこう。トリックスターくんから漂わせる残り香を別のものに変えるように、とね」
「へ、」
ぽかんとする監督生たちを残してルークは足早に去って行った。
「はいこれ」
その日の放課後、ヴィルに呼び出された監督生は突然手渡された香水瓶をキョトンとした顔で眺める。
「アタシが普段使いしているものと同じ銘柄のオードトワレよ」
「つ、つまりお揃い……!?」
監督生が慌てふためく様子にヴィルは目を細める。
「ところでアンタ、香水の付け方は覚えているでしょうね?」
「え、えっと……耳の後ろかうなじに付けるんでしたっけ……?」
「一旦指先に付けてから、よ」
「……そうでした」
「これを機にしっかり覚えなさい。虫除けをしつつ、ね」