望むのは人形ではなく
「──っは、ぁふっ……」
全身を駆け巡る熱に監督生は呼吸を荒くする。
「よく効いているみたいね」
「んぅっ、」
ヴィルのしなやかな指に耳朶を揉まれた監督生は身を捩らせる。
「ど、うし、て、」
「媚薬を盛ったのか、かしら?」
こくこくと頷く監督生の姿にヴィルは目を細める。
「どうやらアンタはアタシのことを恋人に対しては真摯で誠実な振る舞いをする男だと思っているみたいだけど──」
「っ、」
耳から頬へと滑る指の感触に監督生は肩を震わせる。
「お生憎様。そういう欲は抑えないことにしているの」
綺麗な顔が緩やかに迫り、薄く開いた唇を貪ろうとしたその寸前。
監督生渾身の頭突きがヴィルの額にクリーンヒットした。
「痛ぅ……」
「あ、あああああ、あのあのあの」
「──っぷ、あはははは!」
突然ヴィルが大声で笑い出したことに監督生はぎょっとする。
「やってくれるじゃない。このアタシに頭突きをかますなんて」
「ご、ごごご、ごめんなさい!防衛本能的な──」
「安心したわ」
「ふえっ、」
予想外の言葉に監督生は目を丸くする。
「アンタは大人しすぎるというか、嫌なことを嫌とハッキリ主張出来ないタイプだと思ってたから心配してたのよ」
「いや言う時はちゃんと言いますよ……命が惜しい時は言いませんけど……」
「つまりアタシの前でそういう主張を殆どしないのは命の危険を感じているからなのね?」
「こ、事あるごとにエペルがしょっぴかれてるのを見てたらそうも思いたくなると言いますか、今は死を覚悟したからか盛大に口が滑りまくってると言いますか」
「とりあえず落ち着きなさい」
「あだっ」
強めに額を小突かれた監督生は目尻に涙を滲ませる。
「……アンタをエペルと同列に扱ったりなんてしないわよ」
「え?」
「言い訳になるけどアタシはアンタのことを相当甘やかしているつもりなのよ?実際のところは命惜しさに萎縮されてたわけだけど」
指の腹で監督生の涙を拭いながらヴィルは溜め息を吐く。
「従順な人形なんかにならないでちょうだい。言うことを聞かないぐらいで毒を盛ったりはしないわ」
「媚薬は盛った癖に……」
「それならもうとっくに効果が切れてるわよ」
「へ、」
ぽかんとする監督生の首筋に指を添え、ヴィルは微笑む。
「脈は乱れてないし呼吸も落ち着いてる。媚薬の影響は完全に抜けてるわ」
「い、いつの間に……」
「盛るとしてもこの程度の物だけだから安心なさい」
「……そういえばまだ媚薬を盛った理由を教えてもらってないんですが」
「理由も何も、箍を外されたアンタがどんな風になるのか見てみたかっただけよ」
「そんなしょうもない理由で頭突きを喰らう羽目になったんですか……いや喰らわせたの自分ですけど……」
ヴィルの言い分に監督生は露骨に呆れた顔をする。
「お詫びついでに仕切り直させてもらえるかしら?」
「なら錬金術の課題を手伝ってください」
「この流れで色気の欠片も無い要求を出せるアンタの図太さには感服するわ」
こめかみを押さえつつもヴィルは薄く笑みを浮かべた。