おふるまいの日に勤務先の一つである『よねま診療所』に出勤した菅波が見たのは、施設併設の『カフェ椎の実』でエプロン・三角巾の面々がおあれこれと何か仕込みをしている様子だった。まぁ、何か行事があるんだろうと菅波が準備室のドアのカギを開けていると、それを見つけた里乃が、中庭越しに声をかけてきた。
「せんせい~、今日はお昼にはっと汁でおふるまいだから、こっちに食べに来てくださいね!あつあつで食べてね!」
特に何も返事はせず、ぺこりと頭を下げて準備室に入る。
昼時、はっと汁のおふるまい日として、多くの客が訪れて、鍋からよそいたてのはっと汁を楽しんでいる。森林組合職員の百音も昼休みに配膳の手伝いなどでくるくると働く。診療所には持って行かなくていいんですか?と百音が里乃に聞くと、今日はカフェに来てくださいって伝えてあるよ、と言われ、分かりました、と返事する。
来る人の列が一段落したところで、百音がひとつ鉢を取り上げて、はっと汁をよそってカウンターの上のトレイに置く。里乃が誰かに運ぶのかな?と見ていると、トレイはそのままにして、他のテーブルの下膳にとりかかっている。自分の分確保?でもたっぷりあるのはモネちゃんも知ってるのに、と思いながら、里乃も忙しく食器洗いなどしていると、菅波がカフェに現れた。
ひときわ長身のその姿をみとめて、百音が「先生!」と声をかける。「あの、呼ばれたんですが」と菅波が答え、ここ、どうぞ!と空いたばかりの窓際の席を案内する。菅波が座ると、百音がカウンターに取り置いていたトレイをその席に運んだ。菅波が礼を述べて、早速に手を合わせて箸を手に取り、うまいです、と端的な感想を述べている。
ああ、先生に取り置いてたんだ。でもあつあつをよそえばいいのに、と里乃が見ていると、せんせ、これどーぞ!と、みよ子が運んできた淹れたての茶を、一口つけて、あつっ!とすぐ口を話している。あ、猫舌ね。…ん?モネちゃんはそれを知ってて、先生がすぐ食べられるようによそっておいてあげてたってこと?あらまぁ。
里乃だけが二人のやり取りに気づきながら、菅波は粛々と箸を動かし、百音はまたカフェの中でくるくると働いている。先生、モネちゃんが冷ましておいてくれたこと、気づいてるのかしら、モネちゃんはいつ先生が猫舌って気づいたのかしら、と心の中で微笑みながら、里乃は食器洗いを続けるのだった。