反乱の日その者。
大地を歩くだけで地を揺らし。
得物を振るうだけで空を割る。
勝どきは世界に響き。
国内外でも名を知らぬ者はいない。
世界に轟くその名前。
誰もが知らぬはずはない。
勇将ティターン。
突如現れたアラグという小国をここまで広げられたのは、研究者の開発した数々の生物兵器、無人兵器。そして、蛮神を調伏する召喚師の存在もあるが、勇将ティターンの活躍があってこそ。
敵を屠り、得物を振り上げ。
地を割るように歩くその様子は、誰もが死を恐れぬ勇将とほめたたえた。
献身は国より出る。
なぜ殺す。
なぜその得物を振るい、惨劇を生み出すのか。
その理由は一つ。
国のため他ならない。
それは古今東西。
総ての将におけるしみついた遺伝子のようで。
ティターンもその例外ではなかった。
「地を割り、空を震わせ、その声はどこまでも。私はかのような者を抱えられることができて、本当に誇らしい。私だけではなく、国民も、そして、アラグも。」
何者でもなくなった皇族は謁見を申し出た勇将の前でゆるりと本を閉じる。
その中身は勇将の武勇伝。
いつの時代も勇将の伝説とは多少盛られている部分はあるが、この書籍に関してもそうだ。
実際己は戦地で死に物狂いで戦っているにほかならぬのだから。
「ありがたきお言葉にて。」
勇将は目の前の皇族よりも大きな体を小さくする様に頭を下げる。
小さく。
細く。
か弱い。
数々の戦場に立っていた将からすれば目の前の人間はそう見えるだろう。
戦地にいる平民とそう変わらないもの。
しかし、弱いながらもその足は地についており。
勇将は己のすべての献身を向けるにふさわしい相手だと常々思うのだ。
故にある日おきたそれは勇将を怒りに導くのは明白であった。
栄華を誇り、極め。
総ての敵対因子を食い尽くし。
国は停滞した。
アラグの属州に組み込まれていない国はあるものの。
そのほとんどがアラグと停戦協定を結んでおり。
数少ない停戦協定を結んでない国も様子見としてただ静かに国の動向を見守るのみ。
国はいずれゆるりと滅ぶだろう。
人は選択を行わなくなった。
一度止まった体は動きだせない。
このまま地に付した老人のように、息を引き取るだろう。
それもまた時代の選択だ。と、最後の皇帝は受けいれた。
盛者必衰。
落日を迎える都。
嗚呼、それもまた美しい。
侵略されるよりは。
アラグが滅びれば。
あるいは滅び始めればすべての国が反旗を翻す。
始まりがあれば終わりがある。
それでもいいだろう。
アラグを倒した国が次の新しい時代をつくるのだから。
そう穏やかにほほ笑んだ最後の皇帝がいたはずなのに。
始皇帝ザンデの復活。
死者の蘇生という決してならない命の倫理にアラグは触れた。
滅びゆく国は見過ごせぬ。
我々は怠惰のまま終わることはできぬ。
このまま滅びて他国に食われることは情けなくないのか。
アラグを永久帝国に。
そう声を上げたのは魔科学研究の第一人者であるアモンだった。
今こそアラグを興すとき。
故に始皇帝を『復活』させる。と。
その声は眠り始めたアラグの民を起こすには充分であった。
まるで何かの魔術のように。
死者を起こすことは命の倫理に触れている。
総ての民がそれに対して反語を唱えると思った。
現実は違った。
アラグを大国にした始皇帝の復活の風説は国民を奮い立たせるに充分すぎる言葉であり。
魔術の言説にかかった国民は一丸となって始皇帝の蘇生を始めた。
「なぜですか。」
再び謁見を取り付けた勇将は目の前にいる相変わらず何者でもない皇族に語りかける。
理由は、答えない。
「聞いた通りのままだ。」
ただそれだけ。
始皇帝の復活という蘇生。
それには肉体を形成するための遺伝子。
肉体だけではなく、脳、神経、意識を再生させるために必要なもの。
その必要なものにザンデの直系であり、最後の皇帝であった何者でもない皇族が自ら非検体を名乗り出たこと。
「滅びは受け入れられるべきだと。あなたはそういった。」
「しかし、臣民それを望んでしまった以上、反語を唱えることはできない。」
皇族が研究のために体を差し出した。
王室がザンデ復活という倫理を無視した研究に支持をし、受け入れた。その証明になってしまう。
最後まで献身を誓おうとしたこの皇族も。
数々の生物兵器のように尊厳を奪い取られ、人ではない何かになるのだろう。
それが。
たった一つの。
下らないと笑われるそのことが。
許せなかった。
皇族の献身あってか、ザンデは現世に復活し。
その後は停戦協定を結んでいた小国を襲撃。
南方メラディシアもその憂き目にあい。何もかもアラグに奪い取られた。
ヴォイド進出もねらっていたザンデはヴォイド契約の対価として復活の副産物であった皇族のデミクローンを生贄として差し出し。
一度死者蘇生にふれたアラグは永久帝国を目指すべく不老不死というあってはならぬものに触れ始めた。
人の欲望が増大する。
多くは望まず。眠ることを選んだ静かな国は、そこにはいない。
「これでよかったのですか。」
なにものでもない皇族に語りかける。
何度。何度あっただろうか。
「これが、望みなら。」
狂っている。
その一言さえ口にすることはない。
「けれども、」
小さくつぶやかれた言葉ははっきり聞こえたわけじゃないが。
「後悔はしている。すまなかった。しかし、あの時はどうすればいいのかわからなかった。愚かな皇帝にはこれがふさわしいということなのだろうな。」
勇将ティターンが突如アラグに反旗を翻す一週間前のことである。
ティターンによる反乱はわずか3日程度で鎮圧され。
とらえられた反乱軍は魔科学施設に送られたという。
魔科学施設に送られた人間がどうなるか。それはアラグの人間すべてが知るだろう。
「なぜ。」
以前の問いかけとは反対だった。
反乱軍が送られた場所とは違うところ。
勇将はそこに捉えられている。
「私が不甲斐なかったからか。私が愚かだったからか。私がもっと臣民に、あなたにより添えなかったからか。」
皇族の問いにどれも違うと首を横に振った。
「あなたが、優しすぎるが故です。」
あの時、勇将は見限った。
献身を送るべき主ではなく。
国そのものを。
国があっての将である。
ならば、国のない将は何になる。
ティターンのその後の処遇については後世の人間が知る通り。
意識を奪われ傀儡となり、クリスタルタワーにつながる迷宮の門番として不老不死を施され、何も考えず繋がれ、使命を果たすだけの生物兵器。
さらにクリスタルタワーの中枢部の守りとしてクローンが大量に配置された。
勇将伝説にある姿はそこになく。
反旗を翻した反乱者は臣民を守るための生物兵器としてなり下がった。
「永久にお国に貢献できるとか勇将様にとっては本望ですよね!さあさあ!死ぬまでがんばってくださいよ!あ、もう死ねないんでしたっけ!」
勇将に改造を施した研究者がけらりと馬鹿にしたように笑う。
「私は、どうしたらよかった。はっきりと研究に否定すればよかったのか。どうなってもいいから。」
隣に立つ同じ境遇の女性が肩をたたく。
「どっちに転んでも同じだよ。否定すれば無理やり連れてかれて今よりはひどい目に合ってる。あたしはいやだよ。そういうあんたを見るのは。」
「自分の身可愛さか。」
「そうじゃない。」
女性ははっきりと否定した。
「ティターンが反乱を起こした理由はあんたじゃなくて、国だ。」
狂っている。ただそれだけ。
「そうか。」
地を割り、空を震わせ、その声はどこまでも。
「私は、あなたを将として抱えられて充分幸せだ。」
テーブルに広げられた本が首都の風にはためき、ページをめくる。
『勇将ティターン。ここにあり。』