『僕等は惑星に立っている』寄稿サンプル【『磁性砂嚢ウキウキモドキ』は、最初の石化に選ばれました】章タイトル【『磁性砂嚢ウキウキモドキ』は、最初の石化に選ばれました】
とある惑星の対流圏。空にぷかりと浮かんだ『磁性砂嚢ウキウキモドキ』は、未だ、自分が孤立したことに気付いていませんでした。
飽和蒸気が海の雫を無数に吹き上げる雲の中、銀河のように連なる寄生宿主の群れが、一斉に動きを止め、上昇気流に支えられながら、ゆっくりと墜落していくのを、なんとなく察知するだけでした。
『磁性砂嚢ウキウキモドキ』は、協調性の本能のままに、ちょっと高度を落としました。シナプスから供給する電気刺激を少し抑えて、砂嚢の磁気を弱めるだけのことです。『磁性砂嚢ウキウキ』に完全に擬態することが、『磁性砂嚢ウキウキモドキ』の生態です。『磁性砂嚢ウキウキ』と全く同じに、彼らの群れに紛れ、彼らの捕食行動に共同し、彼らの渡り行動に合わせて、時々、営巣地に『磁性砂嚢ウキウキモドキ』としての種を落としながら――種としての群れは持たずに、群れの強みを享受し、穏やかな寄生関係を築いていくのが、『磁性砂嚢ウキウキモドキ』の一生です。
寄生宿主の群れが墜落する直前、表皮の様子が少し変化したことを、『磁性砂嚢ウキウキモドキ』は視認しました。具体的に表現すると、表皮の色素細胞の性質が変わったようです。地面の石と同じような質感です。ただ、『磁性砂嚢ウキウキモドキ』には、彼らが石になった、と断じることは出来ません。群れの『磁性砂嚢ウキウキ』は、確かに成分が変質しましたが、表面の形状は変わりません。まん丸の体、その肌に生えるうぶ毛、甲殻の凹凸はそのままです。それらの形状が織りなす構造色は、今も冴え冴えと紫外線を跳ね返しています。もし、偏屈した知的生物のように可視光線に依存した視覚を持つのであれば、度肝を抜かれたことでしょうが、『磁性砂嚢ウキウキモドキ』は、もっぱら磁力の様子で視認しておりますから、皆顔色が悪いかしら、という程度の感想です。
『磁性砂嚢ウキウキモドキ』は、クリック音を発し、寄生宿主の群れに様子伺いを立てました。『磁性砂嚢ウキウキモドキ』の擬態は完璧です。寄生宿主のコミュニケーション方法など、難なく使いこなします。『磁性砂嚢ウキウキモドキ』が声を掛ければ、『磁性砂嚢ウキウキ』は、大切な仲間からの私信に強く応えることでしょう。『磁性砂嚢ウキウキモドキ』と『磁性砂嚢ウキウキ』の関係が、進化生物学上、遠い遠い系統に分類されることは、殆どの者が気にしません。両者の違いに注目し、区別し、あまつさえ片方を『モドキ』と呼称するのは、偏屈の知的生物くらいのものでしょう。いえ、もう一つ、両者を区別する輩がおりました。いま、『磁性砂嚢ウキウキ』にだけ不調をもたらし、『磁性砂嚢ウキウキモドキ』には影響を与えない、何か、も、『磁性砂嚢ウキウキモドキ』と『磁性砂嚢ウキウキ』の遺伝子の違いに煩いようです。
しかし、親密なはずの寄生宿主の群れは、何の応答も返しませんでした。『磁性砂嚢ウキウキモドキ』は、何度も、何度も呼びましたが、誰も応えてくれませんでした。少しずつ音量を上げてみても、一言も。
まるで地面の石と同じようだ。『磁性砂嚢ウキウキモドキ』は、もう一度、その感想を抱きました。『磁性砂嚢ウキウキモドキ』は、寄生宿主の群れの様子にだけは敏感です。彼らが生命活動の一切を停止していることに、そろそろ気付き始めていました。
『磁性砂嚢ウキウキモドキ』は、390db(デシベル)にも昇る、強い強い呼び声を上げました。それは孤独の悲鳴でした。強烈なクリック音は、球状の衝撃波として、半径5km以内の大気を震わせます。雲の中の無数の雫が飛び退り、石のように沈黙する『磁性砂嚢ウキウキ』の体表に張り付き、倍々に膨れ上がった雨粒と化します。まとわりついた液体の重さは、あっという間に、上昇気流が支えられる閾値を超えました。彼らは一円の雨として、地表に降り注ぎます。その落下速度は、雫に逃げられた『磁性砂嚢ウキウキモドキ』の軽い体には、到底、追い付けない速さでした。
『磁性砂嚢ウキウキモドキ』の飛ぶ空の遥か下、港町に住む偏屈の知的生物達は俄雨に驚き、見上げ、落ちてきた『磁性砂嚢ウキウキ』に気付きますが、『磁性砂嚢ウキウキモドキ』は、そのことを知りません。
『磁性砂嚢ウキウキモドキ』は、悲鳴を上げ続けたまま、高度を調節し、西風を捉えました。状況の飲み込めないままに、呼び声に応えてくれる誰かを探すため、逃亡とも探検ともつかない旅に出るのです。
【つづく】