来る夏を控えて1
新緑が生き生きと茂る
温かさを運ぶ突風が木の葉を揺らし
強さを増す日差しが木漏れ日を落とす
季節が動く
…夏がくる…
夕刻、瑠璃色の帳が降り始める頃。
カフェの窓辺でぼんやりと暮れゆく夕空を眺めていた。
綺麗な黄昏グラデーションの空に一際明るい一番星。
明日もきっと、いい天気なんだろう。
そんな風に心のどこかで考えながら。
「おっ!もえじゃん!」
現実に引き戻す声に振り向けば、そこには清々しい笑顔のリュウタが居る。
「先輩。」
「久しぶりだなぁ!」
「はい。お久しぶりです。」
彼の笑顔に笑顔で応えるも、彼はやや複雑そうな表情をした。
「…なぁ、元気か?」
「元気ですよ?」
彼の言わんとすることの意味が良く掴めずにいると彼は更に続けた。
「…そうか…
なら、いーんだけどさ。」
「…??」
どこか含みのあるようなその一言。
彼のその言葉の意味に
自分自身が気付くのはもう少し後の事だ。
「で、ユーリとは上手くやってんの?」
「な…なんですか、いきなり…!!」
「だって付き合ってんじゃん?」
「…それは…そう…なんですけど…」
口篭る自分を見る彼はなんだか楽しそうだ。
「…先輩、からかってるんでしょ…」
「あ、バレた?
赤くなっちゃってカワイー♪」
「もぉ〜〜!!!!!」
「あはは、わりーわりー!」
「悪いと思ってないでしょ!」
「あははは!」
豪快に笑う彼は自分の頭に手を乗せて
また、にかっと無邪気に笑う。
昔から変わらない、無邪気なそれは
心の奥にある『弟』のそれとリンクした。
「………。」
「もえ?どした?」
「い、いえ、なんでも!」
その後少し会話をして彼はカフェのシフトに入ったが給仕の合間にちょこちょこやってきては何やらちょっかいをかけられた。
「姫、今日は楽しそうでしたね。」
城へと向かう帰り道隣を歩く『兄』がにこりと笑ってそう言った。
今日の迎えはアッシュだった。
夕飯の食材で足りないものがあったらしく、スマイルをじゃんけん勝負でねじ伏せて出向いたらしい。
「はい、楽しかったです。
先輩に会ったのも久しぶりだったし…」
「ああ、ずっとすれ違ってたみたいですもんね。」
「はい。」
「スマイルがサイバーさんからそんな話聞いてたみたいですよ。
リュウタさんが姫に会いたがってるって。
まぁ、そうですよねぇ。
オレらだって毎日姫と一緒だけど
誰が迎えに行くかで大騒ぎっスもん。」
彼の言葉通り自分の送迎をするためだけにアッシュとスマイルが毎度毎度熾烈な争いをしているのをよく目にする。
時には論争、時にはじゃんけん勝負。
まるで子供のようである。
とは言え、ユーリが出向くとなれば二人は黙って引き下がる様だが…。
「…送迎は要らないって言ってるのに…
お兄ちゃんたちは過保護ですね…」
「そんなコトねぇっスよ。」
「…むぅ…」
「そんな顔しない。
…可愛いですけど。」
「…す、すぐそうやって甘やかす〜…」
「そりゃ、姫ですからね。」
「理由になってない…」
「あはは。」
穏やかに優しく微笑む『兄』もまた…無邪気に笑っていた。
ちくん、とささる胸の奥の棘。
優しさや温かさに満ちた穏やかな日々に
すうっと滑り込む悲しい過去の記憶。
それは決して手放すことが出来ない。
過去を手放してしまえば自分にとって何よりも大切な『弟』も手放すことになってしまう。
…そんな気がするから。
だからこそどんなに痛く哀しくても
しっかりとこの手に、この心に繋ぎ止めておかなければ…。
夕闇が広がる空を見上げて小さく息を零した。
日が落ちて冷たくなった風が強く吹き抜ける。
「うわっ…やっぱりまだ夕方は冷えますねぇ…。」
そんな風にボヤく兄が振り返って手を取った。
「姫。」
「は、はいっ!?」
「……。」
「…?」
「…いえ。早く帰りましょう。」
取り繕った様に笑った『兄』にそのまま手を引かれて帰路を急いだ。