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    茨路 ~悪意~年が明けて早五日が経った。

    各種取材や音楽番組の出演
    そして年末年始年始の挨拶回り…
    クリスマス以降Deuil面々は多忙を極めていたが、それも今日を超えればようやっと一息吐ける。…と、彼らは考えていた。
    とは言え、彼らのフットワークは非常に軽い。
    挨拶回りに関しては昨年よりも格段に増えているはずなのだがその昨年よりも疲労は少ない。



    その理由は単純明快。



    何故なら去るクリスマスに晴れてユーリの恋人となったDeuilの姫君が
    城で彼らの帰りを待っているからだ。
    その事実が今の彼らにとって大きな支えとなっているのは既に傍から見ても明らかである。







    「それでは、我々はこれで失礼する。」





    「はい。御足労頂きありがとうございました!
    あの…もえさんにもどうかよろしくお伝えください!」
    「あ、ああ…。
    承知した、確かに伝えよう。
    …どうもありがとう。」
    「いえいえ!
    それではDeuilの皆さん。
    今年も宜しくお願い致しますっ!」



    「ああ、こちらこそ宜しく頼む。」


    「お疲れサマー!」
    「お疲れ様っス!」







    「「「…………。」」」







    担当者と別れ、揃って一息を吐いた。


    「…コレでっ…!!
    やぁっと休めるネーー!」
    「っスね!!
    思ったよりも早く終わったし
    今夜は張り切ってご馳走作るっスよ〜!!」
    「…今夜くらい休めばよかろう…」
    「いやぁ…
    オレ、姫の喜ぶ顔が早く見たいんで!」
    「素直な奴だな。」
    「ホントホントー。
    ま、キミらしいネ。」
    「そんな事よりユーリ。
    これから帰るって姫に電話しといた方がいいんじゃないっスか?」
    「ああ、そだネ!
    予定より大分早かったしサ。
    姫にも色々都合があるだろうし。」
    「…そうだな。そうするとしよう。」


    最後の挨拶回りを済ませ帰路に着く面々のその表情は活き活きとしていた。






    「…んんっ!?
    お、美味しい〜〜っ!!」
    「それは良かったです。」
    リビングのソファーでもえのお手製パウンドケーキを頬張ったロティが幸せそうに声を上げる。
    「腕上げたわねっ!
    前も美味しかったけど…格段に美味しくなったわ!」
    「皆さんが喜んで下さるお陰で作る頻度が増えましたからね。ふふふ。」
    嬉しそうに笑ってもえはそう告げた。
    「でも、良かったの?
    これってユーリお兄様に作ったんでしょう?」
    「あ、大丈夫ですよ。
    多めに作っていますから。」


    「…ふむ。
    さては…スマイルね?」

    「……はい…。」



    「「………。」」



    しばし沈黙が降りた後二人はふっと笑い合った。


    「それで体調はどうなの?
    去年は年明けに倒れたでしょ。
    …今年も無理してるんじゃない?」

    年末年始の間
    もえはカフェのシフトも元から入っていたシフトのみに限定していたらしい。
    彼女はよく他のメンバーからヘルプに出て欲しい、代わって欲しい等の要請を受けることが多いのだが…多忙極めるDeuil面々の為サポートに専念したいと全て断っていた様だ。



    食事の支度に掃除に洗濯
    そしてDeuilのスケジュールの把握等。
    それはなかなかに多忙だっただろう。
    実に献身的である。



    「いえいえ。
    今年は皆さん余裕持てていらっしゃるようで
    とても気遣って下さってますし、今の所は問題なく。」
    「……そう。ならいいけど…
    あんたの不調突然来るから心配なのよねぇ…。」


    気が張っているからこそ、その反動は大きくなるもの。
    ロティは少々危惧している。


    「わたし自身にも予測出来なかったりするので…」
    すみませんと申し訳なさそうに告げてもえは苦笑する。
    「…ま、いいわ。
    その時はちゃんと頼って甘えるのよ。」
    「は…はい…。がんばります…。」
    随分頼りないその返事にロティはやれやれと苦笑するばかりだ。
    「そう言えば、今年はお出かけされないんですか?
    …えっと…ご旅行。」
    「ん?ああ。
    行くわよ、明後日から。」
    「明後日?」
    「年末からお兄様が忙しくてねぇ。
    総合病院からお呼びかかりっぱなしだったのよ。
    お兄様は優秀だからね!」
    「…それはルークさん大変でしたね。」
    「まぁね。
    …だけど、忙しいのもあんたのお陰なのよ。」
    「え?…わたし…?」
    「ええ。
    ユーリお兄様が明らかに変わって、お兄様にも思うところがあったみたい。
    それでなるべくあんたと関わりを持つようにし出してね。
    それにはあたしも驚いたわよ。
    ポップンシティ総合病院のヘルプだって
    だいぶ前に神から要請来てたのよ。
    ずーーっと跳ね除けてきてたクセに、コロッと手のひら返しちゃって。
    …あんたって恐ろしい子よねぇ。」
    「そ、それは買いかぶり過ぎですよ。」
    「そうでも無いから言ってるんだけど…。」
    「でもそんな風に言っていただけて
    わたしはとても嬉しいです。」
    「ホント、あんたって素直なのね。
    そう言うとこ可愛くって…あたし、大好きよ♪」
    「ありがとうございます。ふふふっ。」


    二人が穏やかに微笑み合ったところで、もえの携帯が着信を報せた。
    ディスプレイに視線を向けたもえのその表情がぱっと明るくなる。


    「お仕事終わったのかな?」
    「あら、思ったより早いわね。」
    「そうですね!」


    素直に声を弾ませて嬉しさを表しているその姿は見ているこちらをも笑顔にさせる。


    「もしもし、もえです。
    お仕事お疲れ様です。」


    電話の相手はどうやらユーリの様だ。
    もえの頬はほんのりと赤く色付きとても嬉しそうに笑顔を綻ばせている。
    大変微笑ましい。
    ロティは紅茶を啜りながら頬を緩めていた。


    「…はい、分かりました。
    ではどうぞお気を付けて…
    お帰りをお待ちしています。」
    通話を終えテーブルの上に携帯を戻す。
    「皆さん、これからお帰りになるそうです。
    ロティさんもお夕飯ご一緒なさいますよね?」
    「ええ、そうするわ。」
    ロティの返事にもえは嬉しそうだ。
    「アッシュさんがご馳走様作るって
    張り切ってらっしゃるようなので、楽しみですね。
    …あ、でもお疲れなんじゃないかな…」
    「ま、こんな可愛い妹がいるんじゃ
    頑張らない訳いかないわよ。」
    「…それはどうなんでしょう…」
    「間違いないわね。絶対。」
    「…ふふっ。だったら…
    わたしはすっごく幸せ者です♡」
    欲のない子ねとロティは零して笑ったがもえは変わらずにこにことしていた。






    夕食が終わり満腹感満足感に浸っていた所へもえがお茶を持ってやって来る。


    「お疲れ様でした。
    これで皆さんはやっとお正月休みに入れますね。」
    「ほーんとー、つっかれたー!」
    「でも今年はトラブルもなかったですし…無事に終わって良かったっス。」
    「モエがフォローに徹してくれたおかげであろう。ありがとう。」
    「いえ、そんな…
    お役に立てて嬉しいです。」
    ユーリともえは互いに微笑み合っていて
    とても良い雰囲気である。

    「あらあら…当てられちゃうわね。
    ふふっ。」
    「姫ってば可愛くってすっごくイイデショ?」
    「微笑ましいっスよねぇ。」

    そんな仲睦まじい二人を見ては
    兄二人がだらしなく頬を緩めていた。






    それから暫くして
    もえとDeuil面々はロティが帰って行くのを玄関先で見送った。


    「ところでロティ…何しに来たんスか?」
    「姫とお茶デショ。」
    「ルークもロストも仕事に出ていて暇だったのだろうさ。」
    「なるほど、ロティらしいっスねぇ。
    ……ささ、姫。
    リビング戻りましょう。」
    「ダネ、いつまでもこんなコトにいたら風邪引いちゃうヨ!」


    二人に背中を押されてリビングへ戻る。





    先程アッシュともえがダイニングで片付けをしていた時
    ユーリとスマイルはもえの体調についてロティから忠告を受けている。






    『今の所なんの問題もないけれど
    あの子自身が自分の不調に気づいてないかもしれないから油断だけはしないで。
    何が引き金になるかも分からないし
    無理や無茶をすればするほど重症化するからね。
    …もしも体調崩した時、何か困ったら電話して。
    旅行中でも構わないわ。
    アドバイスなら出来るし…。
    あ、あと…心因性じゃない場合しか使えないけど
    念の為に解熱剤は渡しておくわね。
    もしもあの子が体調不良を訴えてきたら
    惜しみなくしっかり甘やかして。』


    ロティの心配が的中しなければ良いが…
    とユーリもスマイルも憂うばかりである。






    深夜から明け方にかけてかなり冷え込んだ翌朝。
    いつもの時間にやってきた姫君を面々が出迎える。
    「おはようございます、姫。」
    「姫、オハヨー!」
    「おはよう、モエ。」
    「み、皆さん、おはようございます。
    随分お早いのですね。」
    アッシュは椅子を引いて座るように促した。
    「……?」
    「今朝は冷えますから、先ずは温かいものを飲んで身体温めましょう。
    あと、今日からはもうオレが出来るんで
    姫は今までの分ゆっくりしててください。」
    さあ、座って?とアッシュに促され、もえはそこに腰掛けた。
    すかさず肩にブランケットをかけられる。
    …用意周到である。
    「ホットジンジャーとココア、どっちがいいですか?」
    「えと…それじゃあ今朝はホットジンジャーで…」
    「了解っス。」
    アッシュの背中を見つめてもえはあの…と発した。
    「如何した?」
    「皆さん、お疲れでないですか?」
    カップをもえの前に差し出してアッシュはにこりと笑う。
    「全然!
    オレは姫のお陰で昨年に引き続き今年も随分と楽させて貰いました。
    ホント、感謝です!」
    アッシュのその笑顔に安堵した様子を見せてもえは良かったと微笑む。
    「でも、お忙しかったことに変わりはないですし
    ごゆっくりとお身体休めてくださいね。」
    「ああ、ありがとう。」
    「てか、姫もデショ。
    ゆっくりしなきゃ♪」
    「あ…いえ…。
    実は私、今日からお仕事があるので…」
    スマイルの言葉にやんわりとそう否定してもえは笑顔を浮かべている。



    「「「…仕事…?」」」



    「はい。
    年末年始に我儘を通させて頂いたので…
    今日から回収して行かないと。」
    「え…今日からなの!?
    聞いてナイッ!!」
    「は、はい。
    皆さん大変お忙しそうでしたので
    言わなかったんです。
    特にアッシュさんには変に気を遣わせてしまうでしょうし
    折角のお休みですからゆっくりして欲しいと思っていたので。」
    「…因みに今日の仕事内容は?」
    「ファッション雑誌のモデルと言う事ですれけれど…
    初めて受ける方なんですよ。
    MZDさんにはお話を通してらっしゃるし
    撮影場所もポップンシティメインオフィスの一室なので安心感はあるのですが…」


    そうは言いつつも彼女の表情は何処か不安そうである。
    ホットジンジャーをゆっくりと味わいながら視線を落としていた。


    「…年末年始を挟んだからなのか…
    先方からの事前連絡が少なくて。
    最終的にどのくらいの拘束時間なのかも現時点で分かっていないんですよ…。
    …なので…あの、もしも遅かったらお夕飯は私を待たずに済ませてください。
    やっとお休みなのに今度はわたしが慌ただしくしてしまってごめんなさい。」
    そう言ってもえはカップの中身を飲み干して立ち上がる。
    「それではあの…今日はお言葉に甘えて…
    先に支度を済ませて来ますね。」


    カップを手に動き出したのを見てアッシュがすかさずそれを受け取った。


    「ねぇ、姫。
    なんか…無理してないっスか?」
    「え…?」
    「今日の仕事、不安があるんじゃ?」
    「…え…えっと、その…」
    「やっぱそうなんスね。」
    「……はい。あの、正直…あります…。
    余りにも諸連絡が少なく、詳細が分からないことが多くて。
    …だけどもうお受けしてしまいましたし…
    場所もメインオフィスならそこまで警戒せずとも良いかと思って。
    …だから、大丈夫です。
    ご心配ありがとうございます、アッシュさん。」



    まるで自分を納得させるようにそう言った後
    では支度してきますね。ともえはダイニングを出て行った。

    「まさか姫が今日から仕事なんてー。
    姫とゆっくり出来ると思ってたのにィー!」
    「…それはまぁ……仕方ねぇっしょ…。」

    そうは口にしつつ、アッシュもどこか腑に落ちなさそうだ。


    ユーリは一人押し黙ったまま何やら考え込んでいた。




    「折角お休みに入ったのに
    わたしに構わずごゆっくりなさって欲しいです…。」
    「何を言う。
    仕事であるのならば私は元より送迎するつもりでいたさ。
    …危険が去った訳ではないのだからな。」
    「……。」
    「それに私がそれを望んでいるのだ。
    貴重な二人きりの時間であろう?」
    「……そのいいわけ、ずるいです…」
    「狡くて結構。
    風が冷たい故…さぁほら。
    もっと密着しておくと良いぞ。」
    「うぅ…もぉぉぉ〜〜!!」
    「ああ、なんと愛らしい反応か。」



    顔を赤くして悔しそうにする彼女は大変愛らしく
    ユーリの頬が緩んでいる。



    早めに城を出てきた為、スピードを落として空を舞う。



    「…面倒では無いですか?」
    「何故面倒に思う?」
    「…ゆっくり寝ていたいのではないですか?」
    「勿論寝ていたいとも。
    隣にモエが居てくれるのならばな。
    今宵は添い寝をしてくれるか?
    ああ…しかしそれでは添い寝だけでは済まなくなるやもしれぬ。」
    「な…っ!何を言ってるんですかっ!!
    ユーリさん、からかってますね!?」
    「それは心外だ。私は割と本気なのだぞ?」



    眼前に迫ったメインオフィスに視線を向けて
    ユーリは更にスピードを緩める。





    ふわりと地面に着地し、ゆっくりともえを降ろすとしっかり肩を抱き込んで辺りを見渡すが…人の気配はなく随分静かだ。




    「…あ、ありがとうございます。
    もう大丈夫ですからお屋敷へお戻りに…」
    「否。どの道時間を持て余している故
    折角なので見学させて貰おうか。」
    「えぇ!?」
    「勿論許可は取る。心配ない。」


    そう言ってもえの肩を抱き込んだまま歩き出し
    オフィスの自動ドア前に立ってみるもドアはピクリとも動かない。


    「…あれ…?」


    しかもよくよく見ればメインオフィスの年末年始休業期間を報せるポスターが貼ってある。
    その期間は12/30~1/6となっていた。




    「…今日まで休業…とあるが…」
    「………。」



    もえはすかさず携帯を取り出して着信履歴や留守番電話、メールのやり取りをくまなくチェックする。




    最後の連絡は12月28日で以降は電話もメールも届いていなかった。
    念の為迷惑メールフォルダやゴミ箱フォルダにも目を通したが…やはり変更を知らせる内容の物はなく、もえはその表情を強ばらせている。



    「…神に連絡してみては如何か?」
    「…は…はい、そうですね…。
    そうします。」

    明らか不安そうな様子で彼女は神に電話をかけ始める。
    『よっ!もえ、あけおめー!!
    どうしたんだー?』
    いつもと何も変わらない陽気な声が電話の向こうから聞こえた。
    「…あけましておめでとうございます、MZDさん。
    すみません、あの…撮影今日だったと思うのですが…」
    『撮影?』
    「…雑誌の…と、伺って…」
    『んー??あ、アレか!ありゃ明日、だろ?』
    「…あ、明日…?」
    『おう!
    確か29日の午前中に変更連絡来て…って…
    …何、お前んトコに連絡行ってねぇの?』



    「………。」



    『オ〜〜イ、もえ〜?』



    神の言葉に愕然とした。
    明確に何とは言えないが自分への対応に違和感と強い不安を感じていた。

    この様な重要連絡をモデルをする本人に流さないと言うのはもう決定的であろう。
    これが一体何を示すのか。
    そんな事はもう考えるまでもないのに…考えることを拒否したくなってしまう。

    …『幸せ』に浮かれて喜んでいる場合では無かったのだと言うことを…。




    黙り込んだもえを見兼ねてユーリはその手から携帯を取る。
    「…あ…」
    「…神よ。」
    『おお、ユーリあけおめ!
    もえの付き添いか?』
    「ああ。」
    『ゴクローさん!
    …しかし…骨折り損になったなァ。
    お前、この後予定は?』
    「無い。」
    『そっか。じゃ、丁度いいしカフェ寄ってけよ!
    ……ちと、話もしたいかんな。』
    急に声色を変えてきた神にユーリは承知した。と告げると電話を切った。
    「モエ。
    神がカフェに寄れと伝言を寄越した。
    折角出てきたのだからカフェで甘味でも食して行くとしようではないか?」
    いつものように微笑んでそう言ったユーリだが
    もえは青ざめた暗い表情のままただ小さく頷くばかりだった。





    新年を迎えてもここ、ポップンカフェはいい意味で何も変わらず通常営業である。
    仲間達の賑やかな声が外にまで漏れ聞こえていた。


    寧ろ年明け気分に浮ついているのであろうか…。
    そんな風に考えながらユーリはドアを開く。






    今日も今日とて心地よいドアベルが軽快に鳴り響くと
    それを聞きつけたカフェの当番が振り向きざまに
    『いらっしゃいませぇー!!!』とやたら明るく声を上げた。





    「あーっ!!ユーリじゃんっ!?」
    「えっ!?ゆっ…ユーリ!?」
    「マジかよ!!」
    「…うっそぉぉぉぉ…!!!!
    新年早々会えるとか
    超ラッキーなんですけどぉぉぉ!!!」


    彼の姿を目にした途端更に賑やかな歓声が湧いていた。




    …彼の存在感を、カリスマ性を
    もえはひしひしと感じる。




    ユーリはドアに手をかけたまま一歩後ろに立つもえを振り返ると先に入る様に促した。

    「モエ、風邪を引いてしまうだろう?
    …さぁお入り。」


    動こうとしない彼女の手を引き更には背中を押して押し込めるようにカフェに入った。


    今の彼女は極端なマイナス思考に陥って自分の隣りに立つ事に強い引け目を感じているのだろう。
    …彼女の悪い癖である。




    「あ!もえちゃんと一緒か!」
    「成程、納得。超納得。」
    「ま、一人で来るワケねぇよな。」
    「でっすよねー。
    さっすがもえちゃんだよね!!」
    「てか、最高のお年玉じゃん。
    ありがとう!!」
    「…お、お年玉て…」


    メンバーが口々に言いたい放題でユーリが反応に困っていると奥の席から神の声がした。


    「おーいお二人さん!こっちだー!」
    見れば神が手招きをしている。
    早速ユーリがもえの手を引いてそちらへ向かうと座れよ。と神が笑った。
    すかさず注文を取りに来たマリィにユーリはホット珈琲とホットココアをオーダーし神に向き直る。

    「新年早々、暇なのか?貴様は。」

    「お前こそ新年早々出会い頭に嫌味かよ。
    今年も相変わらずだなァ。」

    「それはお互い様であろうよ。
    ところで今日はレディ達と共にしておらぬのか?」

    「いるぜ?二階席で盛り上がってんだろ。
    リエにサナエ、リュウタ、サイバー、ハヤト、ミサキ
    ヒューにアリス、ツバサや歩、睦月にスミレ、ラッテとロッテ…?
    …あー…その他諸々?結構来てんぞ。」

    「そこまで聞いておらん。
    …しかし皆、暇なのか…」

    「正月だしなっ!
    つかよ、お前も人の事言えねぇだろ?」

    「何を戯けたことを。
    私は我が愛する姫君の護衛と言う最重要任務故
    お前の様に決して暇な訳では無いぞ。」

    「あー、あー、そーかいそーかい!
    そりゃごちそーさんで!」



    他愛ない話を装って神とユーリが会話を交わして居たが彼女の表情は変わらずだ。
    会話に混ざってくる素振りも無い。


    「なァ…お姫さんよ?
    少し上、行ってきたらどうだ?」

    神がそう振ってみたがもえは暗い表情のまま首を振った。

    「…いえ…やめておきます…」




    「「……。」」




    まあ、状況が状況なだけに仕方のないかと神は気を取り直して真面目なトーンで切り返す。

    「…そうか?…んじゃまぁ…。
    連絡、来てなかったんだな?」

    「…はい。」

    「それどころか事前連絡も少なく随分とおざなりだった様だが?」

    「俺んトコにはマメに来てたぞ?
    だから当然もえにも行ってると…」


    神は腕組みをしてうーんと唸った。


    「それは即ち【図られた】…と?
    …我が姫君に随分と舐めた真似をしてくれるではないか。」

    「…ま、まぁまぁ、落ち着けよユーリ。
    まだ確定じゃねぇだろ?」


    ユーリの強い不機嫌なオーラを感じて神が苦笑しているともえの携帯が小さく音を立てた。


    「ん?
    もえ、なんか携帯鳴ったぞ。」


    徐に携帯を取り出したもえがそれに視線を落として眉間に皺を寄せていた。


    「モエ、如何した?」



    「………。
    ……来ました…連絡。」



    「「何?」」

    「……今、連絡来ました…。」




    もえの携帯に届いたメールの内容は撮影期日変更の通知だったが、そこには期日変更の旨のみで急遽変更になったことや遅れたことに関する理由や謝罪等の文言は一切ない。
    通常このような場合には先ず謝罪を述べるのが一般的なのでは…と
    訝しみつつもとりあえず連絡が入ったことは良しとするしかないかと
    もえは思わず溜息を零した。




    「…なァ、それ見せてもらってもいいか?」

    「はい。…どうぞ。」


    差し出した神の手にもえは携帯を預ける。


    「…【1月6日に予定しておりました撮影は
    翌日1月7日に変更させて頂くことになりました。
    場所の変更はございません。
    当日は予定通り開始15分前には
    スタジオまでお越し頂きますようお願い致します。】…
    うん。なるほど、簡潔だな。」

    「否。…『不躾』の間違いであろう…?」

    「…ユーリさんよ…
    頼むからそれ、抑えてくれ。
    周りがビビる。」



    ユーリが強めている唯ならぬ覇気に神が苦笑してそう宥めると
    覇気こそ引いてはくれだがその不機嫌さに変化は見られない。


    「なァ、もえ。」

    「は、はい。」

    「悪いが、ちょっとこの番号に電話してみてくれねぇか。」


    そう言って神は携帯をもえに返し、これ。と指さした。
    それはメールに記載されている先方の問い合わせ先番号で
    もえは神に言われるままかけてみる。

    呼び出しコールが二回、三回…と鳴るものの相手方が電話に出る様子は無い。
    そして繋がらない旨を伝える自動音声が流れてもえは通話を終了した。


    「…繋がらないですね…
    もう一度かけます。」


    もえはもう一度その番号に電話をかけてみたが、やはり先程同様繋がらない旨を伝える自動音声が流れてくる。


    「……やっぱり繋がらないです。」

    「ん、そっか。分かった。」

    「もう一度、かけてみますか?」


    もえの問いかけに神は首を振った。


    「いや、いい。
    充分だよ、サンキュな。」




    恐らく…あちらは彼女からの着信には出ないつもりなのだろう。
    あの文面からもその程度は推測出来る。
    ならば何度もえが電話をかけてみたところで無駄に終わる。
    勿論、出るまで何度もしつこくかけまくると言う選択も無くはないが
    ただでさえショックを受けている今のもえにそれを強いるのはただ酷というものであろう。

    …んじゃー。と神は自分の携帯を取り出して同じその番号に電話をかけ始める。

    すると今度は僅かツーコールで相手が電話口に出た。

    『お電話ありがとうございます。
    こちら××社〇〇編集部でございます!』

    「………。」

    余りの対応の違いに神は呆れて言葉を失ってしまった。

    『…もしもし?』

    「…あ、ああ、すまん。
    ポップンシティのMZDだ。
    明日の撮影について、うちのもえに変更の連絡が行ってなかったらしいんだがそちらにもえから電話行ってねぇか?」

    『で、電話…でございますか?
    ……いえ…受けておりませんが…』

    「ああ、いやいや。
    繋がんなかったって言っててな。
    履歴とか残ってねぇか?
    …あー…まぁ、それはいいんだ。
    仕事内容も大体のスケジュールも
    肝心のもえに殆ど情報がねぇらしいぞ。
    そちらさんからの仕事依頼だろう?
    もえの連絡先も伝えてあって直にやり取りできる状況で
    俺からもえに伝えるのはおかしいだろうが。
    つか、寧ろ俺がその詳細知ってた所で肝心の本人知らねぇんじゃ意味ねぇしよ。
    とりあえず、早急にきっちりと説明してやってくれ。」

    『…お、お言葉ですがスケジュールに関しましては
    同様のメールを送付させて頂いているはずです…』

    「…ほぉー?…んじゃ、何か。
    もえが嘘吐いてるって、そう言いてぇのか?」

    『…そ……そう、なります、ね…』

    「……そうか、分かった。
    なら、こちらで本人に確認する。
    しかしなァ、仕事する本人がそちらに連絡がつかねぇってのは
    余りに怠慢なんじゃねぇのか?」

    『は…はい、それに関しましては…
    …大変申し訳ございませんでした…。』

    「それ、俺に言う事じゃねぇっつの。
    んじゃな。」



    そう言って神は電話を切った。




    内容は掴めた。
    そして今の通話内容はユーリは勿論、もえにも大凡聞こえていた様子だ。
    ユーリはもえを労わるように抱き寄せて頭を胸に抱える。


    年明け早々からこの様な事になろうとは…全く気分が悪い。


    そう思っていた所へまたもえの携帯が音を立てる。
    それはメールの様だ。


    もえがそれを開き無意識に溜息を零すのをユーリが目にしてどうしたのかと問うたが、彼女は無言のままその画面をユーリに差し出した。



    「…今更か…。
    ふてぶてしいにも程があるな。」



    そのメールには詳細なスケジュールと仕事内容の書類が添付されている。
    ユーリがそう吐き捨てた時、今度は着信を報せて鳴り響く。
    番号は先程かけたあの番号で、もえは憂鬱な気分で電話の応対をした。



    「……はい、翡澄で…」
    『どういう事なんですか!?』


    こちらの言葉を遮り開口一番、怒鳴りつけるような大きな声にもえは思わず携帯を耳から遠ざけた。



    「………それは…
    一体どう言う意味なのでしょうか。」

    『スケジュールや予定変更についてです!
    こちらは連絡送ってますよ!?』

    「変更の連絡は本来の開始時間に届きました。
    スケジュールの詳細は今し方届いたところです。」

    『それは再送です!!
    貴女自身が誤って消去したのでは無いですか!?』

    「お言葉を返すようですが…
    消した記憶はありませんしフォルダは先程全て確認しました。
    間違いなく元から届いていません。
    …それに、こちらで消したと思っていたのでしたら
    何故こちらに一切の確認も取らずに再送なされたのでしょうか。」

    『こちらが困るからですよ!!
    貴女のミスをこちらに押し付けないで頂きたい!!』


    どうやら先方は謝罪するどころかもえの落ち度として押しつけるつもりだった様だ。


    これはもう明らかに仕組まれたもえに対する明確な悪意である。
    それを目の当たりにしたもえは完全に黙り込んで俯いてしまった。
    精神的な限界を超えたのだと推測される。





    「……もえ、俺様に貸しな。」



    看過できないもえの様子と電話の向こうで相手が喚き続けているのを耳にして神はテーブルの向かい側から手を差し出して苛立ちを隠さずに静かにそう告げた。

    それは大変引きつったなんとも素敵な笑顔で…もえは黙って神に携帯を手渡した。



    「……よぉ…。
    随分態度が違うじゃねぇか。
    コノヤロウ…」

    『え…!?え、なん…で…?』




    まさかもえの携帯に神が出るなど思っていなかったのだろう。
    漏れ聞こえて来た先方の狼狽え方にユーリは浅はかだと鼻で笑う。




    「この件は無かったことにするが構わねぇよな。
    まァよくもうちの大事なアイドル傷付けてくれたぜ。
    クッソ舐めやがって…慰謝料請求してやるから覚悟しとけよっっ!」



    勢いに任せて電話を切った神はふぅっと息を吐き
    もえに携帯を返すと共にテーブルの上に両手と額をつけた。



    「もえ、すまんっ!!!!
    これは俺の落ち度だ、すまん!!!」



    「「………。」」



    ユーリは神の姿を一瞥した後でもえに視線を向ける。
    彼女は俯いたままでその顔色は非常に悪い。

    「…MZDさんが悪い訳では無いですから
    そんな事はなさらなさらないで下さい。
    それに、先方が仰っていた様に…
    わたしにも何か落ち度があったのかも知れませんし…」

    「それは無いっ!!
    お前に落ち度はない。俺様が保証する!!」

    「……。」



    もえは俯いたまま口を噤んだ。

    彼女の体調の変化が心の状態に大きく左右される事をよく知っているだけにユーリはもえの肩を抱き込んで無理をしてはならぬよ。と彼女の耳元に囁く。
    彼女はそれに小さく頷いて素直に身を預けて来きたが…それにはもう限界なのだと判断した。


    「…神よ。
    済まぬがこれで失礼させて頂く。」

    ユーリは今日の当番であろう仲間に合図を送った。
    思わぬ事態になった事で注文の品を届けるタイミングを完全に逃してしまった様だったが。


    「一刻も早く休ませてやりたい故。
    …構わぬな?」

    「お…おう。
    い…いや待て、ちょい待て!
    …大丈夫、なのか?」

    「そんな訳が無かろう?
    ……既に発熱している様だからな。」

    「マジか…!
    なら城まで送るぞ!?」

    「…否。私が連れ帰る故。
    ただ城に…二人に一報を入れておいてくれまいか。」

    「……そ、そうか、分かった。
    んじゃ何かあれば連絡してくれよ。
    調査はしておく。」

    「ああ、しっかり頼むぞ。
    …ではモエ、帰ろう。」





    ユーリの言葉にもえは無言で頷いて席を立つがユーリはもえを抱き上げると騒がせて済まなかったな。とざわめく仲間たちに告げてカフェを出たのだった。
    月瀬 櫻姫 Link Message Mute
    2023/08/15 7:59:08

    茨路 ~悪意~

    Webサイトにて連載中だったシリーズです。
    現状サイト更新が出来なくなってしまったので
    完結までこちらで進めていきたいと思っております。

    2022/05/28
    Webサイトup

    #ポップン #Deuil #もえ(ポップン)
    ##ユリもえ

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