みんなきみを祝いたい「ええっ!? 今日なんだよ!?」
そう、スイカちゃんが悲鳴のように素っ頓狂な声を上げた。昨日みんなで杠ちゃんをお祝いして、そして今は大樹ちゃんのお祝いの準備。その流れで『そういえばゲンの誕生日はいつなんだよ?』と聞かれるのは想定内だった。だから適当にはぐらかしていたのに、
「今日だよね、四月一日」
って、近くに居た羽京ちゃんにバラされてしまったのだ。
「なんで羽京ちゃん!?」
「メンバトのスペシャル見た後にウィキでプロフィール調べて、エイプリルフールなの出来すぎだなあって思ったから覚えてたんだよね」
「いや、そうじゃなくって……!」
「ゲンっ! なんで内緒にしてたんだよ!?」
あ~もぉ~! ほら~!! スイカちゃんあたふたしちゃってるじゃんか~!! ちがうのよスイカちゃん、内緒にしてたんじゃなくって前に聞かれたとき『いつでしょ~?』って当てっこしてたら、答え教える前に雨に降られてバタバタして結局正解言わずじまいだっただけなの! そういやあれから教えてなかったって気付いたのが杠ちゃんと大樹ちゃんのお祝いの手伝い頼まれたときで、今更言い出せなかっただけで……!
「ゲンのお祝い、今からじゃ間に合わないんだよ……」
ああもう、こうなるから言わないでおいたのに……非難するように羽京ちゃんを横目で見たら、羽京ちゃんも俺を非難するように見てた。ハイハイ、変な気を回して隠してた俺が悪いって言いたいのね。
「スイカちゃ~ん、何も誕生日のお祝いはプレゼントがないとダメってわけじゃないのよ?」
「でも杠たちにはあげてゲンにはないのはさみしいんだよ……」
「スイカちゃん、やっさし~!! うれしいなあ、教えるの遅くなって慌てさせてメンゴね。じゃあねえ、俺スイカちゃんにぎゅ~ってされておめでとうって言ってほしいな~♪ それってスイカちゃんにしかできない最高のプレゼントじゃない?」
笑って両手を広げたら、しょんぼりしてたスイカちゃんがパッと明るくなった。それから勢い良く俺に飛びついて、
「ゲンっ! おめでとうなんだよ!」
とはじける笑顔と共に祝福をしてくれた。
「ジーマーでありがと~スイカちゃん♪」
よし乗り切った! それじゃあ大樹ちゃんのお祝いの準備の続きをしよう、と言おうとしたところで、
「そうだ! ちょっと待っててなんだよ、ゲン!」
と彼女は素早く走り去ってしまった。
「え? スイカちゃん?」
「行っちゃったね」
「ねえ……ていうか羽京ちゃん! なんでこのタイミングでバラすかなあ!? そりゃ、言いそびれてた俺が悪いのもあるけど」
我にかえって羽京ちゃんに文句を言えば、呆れかえった羽京ちゃんが溜め息とともに言葉を返す。
「明日以降になって知ったら、もっとスイカはさみしがるよ。来年の春近くに知ったら知ったで『去年もお祝いできたのに』って言うだろうね。今言わないと間に合わないだろう?」
「その時はずっと隠し通そうかと……」
「ゲン、きみ芸能人でしょ? プロフィール知ってる人間いくら居ると思ってるの」
「え~? やろうと思えばある程度は……」
「うーん、出来そうなのがこわいな。あっ、スイカ戻っ……ああ、なるほど。ゲン?」
「えっなにこわい」
「あはは、がんばってね」
「なに!?」
にこにこ笑う羽京ちゃんに不安を覚えつつ、俺の耳にも賑やかな声が聞こえてくる。それは子どもたちのはしゃぐ声。
「ゲーンっ!」
「おめでとー!」
「いつもありがとー!!」
「ねー今日はなにが出てくる!?」
スイカちゃんと一緒に走ってやってきた子どもたちはそのままの勢いで俺に飛びかかって抱きついた。
「おわあああっ!?」
ひとりくらいならまだしも数人まとまって来られたらひ弱な俺はひとたまりもない。もみくちゃになりながら、はしゃぎ笑う子どもたちと一緒に地面にひっくりかえってしまった。
「何をしてるんだ、君は」
「ほら、皆そのままだとゲンつぶれちゃうからそろそろ退いてあげて」
あら、コハクちゃんも来たのね。子どもたちが退いたあと、コハクちゃんが手を引いて起こしてくれた。
「聞いたぞ、誕生日のこと。抱きしめて祝われたいんだって?」
「スイカだけじゃなくって皆にもぎゅーってしてもらったらいいんだよ、ゲン!」
「……ゲン、うれしくない? ぎゅー足りない?」
「そんなことないよ~! もちろん皆からのお祝いとってもうれしいけど……」
ハグしておめでとうって言ってくれるだけでうれしいよ、っていうのはプレゼント以外のお祝いの仕方のひとつとして提案したかっただけで、それはスイカちゃんがさみしそうにしてたから申し訳なかったからで。いや、なんというかね?
「……慣れない」
手放しで誕生日お祝いされることなんてほぼ無かったから、なんかこう、心の受け止め方に困るのだ。だって年度初めよ? 学校は休みだし、休み明けたら進級に進学、お祝いどころじゃない。新しい友達ができても誕生日はもう過ぎているから、ぶっちゃけ俺は自分の誕生日を祝われ慣れてない。
ぼそっとした呟きは、しっかりはっきり羽京ちゃんにもコハクちゃんにも拾われた。二人は顔を見合わせると。
「いつも話を聞いてくれて村の皆も助かっているぞ! ありがとう、おめでとうゲン!」
「へえッ!?」
「ゲンが間に入ってくれるから諍いが最小限で食い止められてる。君が居てくれて良かったよ。誕生日おめでとう」
「え、待っ!?」
代わる代わる、俺をぎゅっと抱きしめて感謝と祝いの言葉をくれた。コハクちゃんやわらかっ、いや今はそういうのナシ! えっ、もしや、これ。
「……あ~……なんか分かっちゃったな~、俺ぇ……」
顔が引きつるのが分かる。にっこりと笑う羽京ちゃんと、にんまりと笑うコハクちゃん。
「コハク、ゲンは僕が捕まえとくから」
「任せた! 私は人を呼んでくる!」
「わー! やっぱり俺からかって楽しむ気でしょ~!?」
「ハッ! 君を祝いたい人間を集めるだけだ、からかうなどとんでもない」
「いいよもう十分もらったって~!!」
「なに遠慮するな! 行くぞスイカ」
「任せてなんだよ!」
「ジーマーで勘弁して~!?」
俺の悲鳴に爽やかな笑顔を返して、コハクちゃんとスイカちゃんがソッコーで行ってしまった。俺は逃げ出したくても羽京ちゃんに羽交い締めされ、子どもたちにひっつかれ、逃げることは適わない。
「たまにはこういうのも、ね」
「えー……やだもう、皆して俺のこと大好きじゃ~ん♪」
「そうだよ、だから諦めて素直に祝われなよ」
「ぅぐっ……」
そして本当に、驚くことに本当に、皆してやってきては俺をハグして言祝いだ。もちろん抱きしめない人だっている、でもおめでとうって言葉を笑って言ってくれるのだ。
うれしさ、気恥ずかしさ、居たたまれなさ。それらを隠して演技する気も起きなかった。普段とちがう俺が面白いからと遊び半分見学がてらに来る人も居たけれど、そんなやつでもおめでとうって言ってくれる。今や祝福で辺りは満杯だ。
「なにやってんだ、これ」
とうとう千空ちゃんまでやってきたのは、杠ちゃんと大樹ちゃんに両サイドから抱きしめられている時だった。
「ゲンくんの誕生日お祝い会だよっ」
「千空もゲンのお祝いに来たんだな!」
いやぁ、多分千空ちゃんは騒いでるから様子見に来ただけだと思うよ~大樹ちゃん。ほら、何のこっちゃって顔してる。
「いや、あのえーと、今日誕生日ってスイカちゃんにバレて、じゃあハグしておめでとーって言ってくれたらうれしいな~って言ったら……こんなことに……」
「……今日なのか?」
「すごいよね、私と大樹くんの真ん中!」
「こんな偶然あるんだな!」
ここのカップルの誕生日に挟まるのちょぉっと申し訳ないけどね俺としてはね! 二人が楽しそうだから何も言わないけど!
はあ、とデカい溜め息を吐いてずかずかと千空ちゃんが近寄ってくる。杠ちゃんと大樹ちゃんはにこにこ笑って俺を抱きしめたままだから逃げられない。
「そういうのはもっと早く言えよ、バカ」
伸びてきた手が、ぐしゃぐしゃっと力強く俺の頭を撫でた。
「おめでとさん」
にいっと笑って、千空ちゃんが言う。ああ、もう、だからこういの慣れないんだって!
「……ありがと」
「ククッ、さてはガチで照れてんな? テメー」
「……ほんっと慣れねぇ~」
今まで生きてきて貰い損ねた『おめでとう』を一度に受け取ったような今日を、俺はきっと忘れない。にやける顔を誤魔化せないまま、俺はもう一度ありがとうと空に叫んだ。