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    恋するように君を追う 人の心ににじり寄るとき、俺は相手に恋をする。

     相手の心に寄り添い、相手の身になって、何をされれば嬉しいか、こんな時はどう思うのかを考える。あなたを知りたい、理解したいと思う、対象への熱烈な興味。これは恋の始まりによく似ている。

     俺が「目覚めた」とき、目の前にいた男は「おはようゲン、俺がこの世界の新しい秩序だ」と言った。

     ……いやメンゴ、正確には言ってない。彼――司ちゃんの語る理想郷には、便宜上「支配者」はいなかった。彼は純粋な若者だけが協力しあって生きる、そんな「汚れなき世界の守護者」であろうとしている、ように見えた。でも俺みたいな口八丁で生きるモヤシくんにとって、それは事実上の支配宣言だ。誰かが座っていた居心地の良い椅子を自分が手に入れることで前よりはマシな世界を実現しようとしている、悪いけど、その程度の違いにしか思えなかったんだよね。

     まあ、そんなこと言わないけどさ。言ったら殺されるって分かりきってたし。

     目覚めてすぐに「理想郷を実現するため殺した男を追ってくれ」って言われて、引かない奴はいないだろ? 念のためって何だよ。頸椎を砕いて生きていける人間なんかいない。司ちゃんが何を恐れているのか、その時点の俺には分からなかったんだよね。

     それでも引き受けたのは、何よりも怖かったからだ。この世界において、俺は司ちゃんの庇護なしで生きるのは不可能で、つまり指示に従わないっていう選択肢は無い。それからもう一つ、理由があった。……司ちゃんが心配だったのだ。殺したはずの男の亡霊につきまとわれていては、この先彼が実現しようとしている理想の世界ってやつも危うい。この世の秩序が司ちゃんの語るもの一択になるんだとしたら、それは守るべきだ。帝国の支配者は絶対王者でなければならない。それが人類の――俺の、生存確率を上げるための合理的判断になるから。

     追跡対象が死んでいないってことはすぐに分かった。タネも仕掛けもござらぬこの世界で、一体どうやって司ちゃんの致死攻撃をかわしたのか、全く分からない。でも、追跡対象――千空っていう男の生存を示す状況証拠は充分すぎるほど残っていた。 

     司ちゃんが謎の少女と交戦した場所の、少女を下敷きにしたっていう大木には、一度起こした跡があった。枝に絡んだ金色の長い髪は、その少女のものだろう。中肉中背。そして司ちゃん相手に「戦闘」の体裁を取れる程度……一般的には、クソほど強い。ただ、どんなに強くたってこの木は下敷きにされた体勢の女の子が、自分一人の力で起こせるものじゃない。千空が何かをしたんだろう。

     戦闘の足跡から、少女が靴を履いているのも分かった。木靴か、ストラップ付きのサンダル……高下駄みたいな形状か?ちょっと偶蹄目の足跡にも似ている。遠くから移動するのに、この形状は適していないように見える。そしてこの周辺には、人が生活している気配はない。つまり基本的に定住している共同体の中に、長距離移動をしている変わり者がいるんだ。斥候か? いや、単独で監視に出られるほど慣れた斥候なら、異常を見つけたらすぐに引き返し、仲間に危険を知らせるだろう。単独で司ちゃんに戦いを挑んだっていう少女の行動からは、強い独断と衝動性が見えた。

     大木の周辺を調べると、かすかに人工物の匂いがした。薬品に似ているけど、そこまでの刺激臭はない。もっと身近にあって、どこか素朴な、清潔な匂いだ。……これ、石けんか?

     竹や木を加工した痕跡もある。あちこちに失敗作が転がっていて、千空がそう器用ではないことが分かった。中心に孔のある厚めの円盤。直径はほぼ同じ。……これは車輪だ。

     車輪は何のために使う? 重い物を運ぶため、あるいは遠くまで移動するためだ。この場合、重い物の第一候補は「人間」。しかも、司ちゃんが戦った少女の可能性が高い。千空は、自力では歩けないほどの怪我をした少女を運ぶために台車を作ったのだろうか。人間を担いでこの悪路を進むのは、司ちゃんや大樹ちゃんでもなければ不可能だ。ただ、それほどの大怪我を負った人間を、この環境で治すもまた不可能のように思う。だとしたら……司は、また人を殺したことになる。

     闇に落ちかけた思考を引き上げる。今はそれよりも追跡だ。

     失敗作の車輪をいくつか見比べると、呆れるほど拙いものと充分に使えそうなものがあった。試作を繰り返すうちに練度を上げ、質の高い台車が完成したんだ。車輪の数は……3つ。悪路でもガタつきにくい3点支持かな。

     台車が完成しているなら、狼煙が見えたっていう方角に向かって、比較的平坦な道を探せば良い。そう思って西に向かうと、ほどなくくっきりと残った轍を見つけた。ビーンゴ。案外簡単な仕事になりそうだ。

     車輪の轍は3つ。やっぱり3輪の台車だ。轍はそこそこに深く、重いものを運んでいることが分かる。轍の周辺についた足跡は2種類。ヨロヨロと乱れた足跡と規則正しく踏みしめられた跡。どうやら千空のほかに、もう一人歩ける奴がいて、その二人で「重いもの」を運んでいるらしい。この足跡が司ちゃんと戦った少女なのか別の誰かなのかはまだ保留。ただ、力強く踏みしめられた靴痕は少女のものと同じだから、ヨロヨロしているのが千空のほうだろう。

     轍を追っていくと、少し切り立った地形のところで人工物の残骸が散乱しているのを見つけた。ロープ、ロープの切れ端がくくられた棒、棒の中でも丁寧に削られたものは車軸だろうか。車輪も見つけた。ここで台車は大破したらしい。煮炊きと寝泊まりの痕跡もあった。食事と排泄の跡から、行動しているのは「2人」で間違いない。

     千空は、あちこちに生活と行動の痕跡を強く残していた。もう、わざとじゃないかってくらいに。自分が追跡されることを想定していないのか、それとも痕跡を消すことに合理的な理由を見いだしていないのかは分からない。ただ俺は、千空の痕跡を追ううちに、彼に会ってみたいと思うようになっていた。

     千空が死んでないのはすぐに分かったんだから、大木のところで人工物の痕跡を見つけた時点で引き返して司ちゃんに「千空は生きている」って言っても良かったんだよね。夜の闇と野生動物に怯えながら獣道を一人で彷徨う必要性なんて、本来なら無い。でも俺は追跡を続けている。人間の痕跡をひとつひとつ見つけるたびに、自分が人間であることを確かめているような気持ちになっていたからだ。

     この子はこの世界を、人間として生き抜くために何をすれば良いのかを考えている。俺はその思考をトレースして、かろうじて自分が人間であることを確かめている。そんな気がしてくる。

     台車が壊れたあたりからは、悪路が続いていた。でも崖からは拓かれた村らしきものが見えたから、方角は間違いなさそうだ。ぽつぽつと見えたのは住居だろうか。本当にいるんだな、この世界に、俺ら以外の人類が。

     人がいる、文明がある、それだけで、未開の地を1人でさまよう恐怖が少しだけ薄らいだ。何より、司ちゃんの圧倒的な支配力とは別の秩序が存在していることが嬉しい。そこにはどんな人がいるんだろう。

     悪路になってからも足跡のペースは変わらず、煮炊きや排泄の痕跡も2人分のまま、そしてうち捨てられた死体もない。つまり「重いもの」は人間じゃなさそうだ。……ということは、力強いほうの足跡はおそらく司ちゃんと交戦した少女のもの。女の子は無事だったんだ。で、この弱っちい足跡は、千空ちゃんのもので確定だな。いやジーマーで体力ねえな、この子。

     千空ちゃんが頭を使って生き延びようとしていることがよく分かった。けれど、このストーンワールドでは、頭だけじゃ生きられない。世界のルールそのものには逆らわず、限られた選択肢からベストを探す。あるいはルールそのものを無効化する方法を模索する必要がある。この子の生存戦略は少し俺に似ている。

     似てると思ったら、さらに追跡はラクになった。

     力以外の能力しか持たないなら、それを活かす方法を考えなくちゃならない。ここはそういう世界だ。手っ取り早い方法は、力のある奴に「自分を味方に付ければ得だぞ」とアピールし、守ってもらうこと。俺が選んだ方法だ。千空ちゃんも、それに近いことをしている。

     ただ、千空ちゃんの痕跡からは、もう少し幼い優しさが見えた。この子は孤独を恐れている。

     千空ちゃんは半年間一人で生きて、1年間友人と過ごし、そしてまた友と別れたところだ。最初の「独り」と今の「また独り」は違う。自分の力で手に入れたものを失って独りに戻った今、彼は心底から人との関わりに飢えているだろう。ということは、やっと会えた人間が愛しくて仕方ないはずだ。台車を作って何か重い物を運べるようにしてあげるのは、もちろん彼の目的意識からくるもの。しかしそれ以上に、人の役に立ちたい、人を喜ばせたいっていう強い願いも感じる。千空ちゃんは、甘えるように尽くしているのかもしれない。

     俺は、会ったこともない少年を可愛いと思い始めていた。弱くて賢い、寂しがり屋の16歳。いったいどんな子なんだろう。

     台車が壊れてからの足跡に、迷いはなかった。しかも地面はかなり踏みならされており、誰かの……おそらく、少女の通い道であることが分かる。少女は何か重い物を運ぶのを日課にしており、そこで千空ちゃんと司ちゃんのトラブルを見た……そんなところか?

     そこまで考えたところで、頬が緩んだ。きっと、この先にあるのは優しいところだ。

     箱根にしかない、日常的に取りに来る必要がある重いもの。それは温泉だ。そして、司ちゃんと対等に戦えるほど強い少女がたった一人で温泉を汲みに来ているのは何のためか? ……温泉が必要な、弱い誰かのためだ。

     特権階級のために奴隷が温泉を運んでいる可能性もあるが、そのセンは薄い。奴隷を使うなら、もっと組織的に動くはずだ。それに司ちゃんとの戦闘で感じた強い意思と衝動性は、奴隷が持つものではない。これはおそらく、変わり者の少女がたった一人、自分の意思でやっていることだろう。足跡には相当に古いものもあり、少女がずいぶん長い期間、温泉の運搬を続けていることが分かる。少女には、助けたいひとがいる。司ちゃんと対等に張り合うほどの強い戦士が、誰かを助けようとしてる。この世界で初めて見る、人をいたわる優しい気持ちだ。

     こんなに優しい少女に助けられたなら千空ちゃんはきっと大丈夫。会ったこともない男の子の無事と、彼が人の優しさに触れたことを確信して少し泣きそうになった。で、そんな自分にちょっと驚く。どうした、寂しすぎておかしくなったのか、俺。

     ……これから、舌先三寸でその場所を壊すんだろ?今から引き返して「司、千空は生きてるよ」って言おうか。彼は村を襲撃して千空ちゃんを殺し、村を滅ぼす。俺は今、そういうルートを進んでいる。

     ただ正直、その後のことを考えると見通しは明るくなかった。

     まず司ちゃんの思想に俺の居場所はない。俺は純粋な若者には程遠く、彼が期待するものを持っていない。そして、彼が「優先的に目覚めさせる」って言ってた石像は、ざっと数えて300を越えていた。復活者の選定は相当に注意深くしないと、組織はあっという間に崩壊するだろう。まあ司ちゃんなりの考えはありそうだけれど、それをわざわざ話すほど、俺は信頼されていない。つまり、あのコミュニティの中で俺が無事に生き延びられる確率は、まだ全くの不確定だ。

     だから、俺が未だに千空ちゃんを追い続けているのは、「自分の生存ルートを複数確保しておく」っていう小狡い生存戦略でもあった。状況によっては司を裏切って村に与しても良い。俺自身が、より安全で快適に生きられるのがどっちかを見極めてやろうと思っている。司ちゃんは、自分が裏切られることを恐れていない。裏切ったら殺せばいいと思ってるのかもしれない。怖いねえ。

     裏切り者には死の制裁を下す司ちゃんを安全に裏切って生きる。そのキモになるのは、村が司ちゃんの脅威をはねのける力を持っているかどうかにかかっている。あるいは千空ちゃんがそれに類する力を与えているか……つまり科学の武器があるか否か。

     ツリーハウスの跡地には、クロスボウがあった。矢は一本だけ。これを作ったのが千空ちゃんで、そして司ちゃんには通用しなかったってことだろう。そうなると、投石器とか投槍器みたいな原始的な飛び道具はお話にならない。原始的な技術では作れるはずもない武器……たとえば銃なんかあったら、もう断然村についちゃうかもね。

     もし力が拮抗していたら、きっともっと楽しい。俺の付いたほうが勝つからだ。力が互角なら、司と千空、どっちを勝たすかを俺が決められる。そういう立場は好きだ。今のところ、司ちゃん6割、千空ちゃん4割ってところかな。この4割は、俺が少なからず千空ちゃんって子を好ましく思い始めているからの、推し的な意味での4割ね。現物を見て好みじゃなかったらさっさと引き返して司にチクっちゃおうと思っている。

     ただ顔も分かんないとはいえ、千空ちゃんがところどころに残す人間の営みの痕跡に、俺が救われているのは紛れもない事実だ。千空ちゃんは無事に強く優しい少女に助けられ、安全な場所へ辿り着いてる。そしておそらく、そこで自分の持てる力を使い、科学で人を助けている。抜きん出た力を持つ寂しがり屋の優しい少年が、新しい世界で優しい人達と出会えているのを感じる度に、コウモリ男の心がちょっと暖まってしまうのだ。

     抜きん出た力は疎まれ、利用されるか排除されるものだと思ってた。でも千空ちゃんの足跡には、抜きん出た力を惜しみなく人に注ぐ優しさが溢れている。俺は今、こんなに優しく、キレイに自分の力を使う少年の命を握っている。

     いいな、これ。ゾクゾクするよ。はやく君に会いたい。

     一人で目覚めてからの半年間、何を思いながらあのツリーハウスで生きていたんだろう。大樹ちゃんが復活してどう思ったんだろう、どんな思いで司ちゃんと杠ちゃんを目覚めさせて、それでまた一人になって。何を思いながらまた一人で歩み出したんだろう。彼は何を求めているのか。欲しいものは何なのか。その欠乏を俺が埋めてあげられるとしたら、彼は俺に何をくれるだろう。それとも、こんな俺にさえ惜しみなく科学の恩恵を分け与えてくれるだろうか? 会ったこともない少年への興味がどんどん沸いてきて、とても楽しい。まるで恋だ。

     村はもうすぐってところで、間抜けなチャルメラ音が聞こえて耳を疑った。拓けた場所に着くと、鼻腔がとんでもなく懐かしい香りを捉える。わお、ジーマーで?

     粗末な手曳き車に、村の住人らしき人達が群がっている。その中に、一際目立つ華やかな少年がいた。

     頬がゆるみ、思わず「へっ」なんて気の抜けた笑い声が漏れる。なるほど、司ちゃんが恐れるわけだ。

     そう、間違いない。……あれが。
    酔(@Sui_Asgn) Link Message Mute
    2022/06/05 1:31:30

    恋するように君を追う

    dcstゲ千短編

    「あなたを知りたい、理解したいと思う、対象への熱烈な興味。これは恋の始まりによく似ている」
    千の足跡を追ううちに恋に落ちていったゲの話です

    #dcst #dcst腐向け #ゲ千

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