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    ライフ ……使いにくいなあ。
     たかだか杉の木をくり抜くことも満足にできなくて、まともな道具がほしくて。まずはこの環境で素材の加工に慣れるとこから始めなきゃいけないんだな、って、竹を割って皮を巻き、グリップにしよう……と思ったら、鋸がないからそもそも竹を筒状に切ることもできなかった。
     司くんに頼んで、皮を剥ぐときに使うギザギザの石器を分けてもらい、ギコギコと不器用に切断して、鉈の要領で適度な太さに割り裂いて。どうにか竹製のお箸がひと組、完成した。
     お箸ひとつ作るのに、この苦労! しかも、完成したお箸は使いやすくもなければ、かっこよくもない。まあ、最初はこんなものよね。
     同じ要領でもう少し太い持ち手を作り、革紐で石の刃を縛り付ける。
     それで、ようやくナイフらしきものが出来上がった。
     よく乾いた枝の葉を落とし、木材にする。そのくらいはできるけど。
    「……使いにくいなあ」
     それでも、ないよりは全然マシだろう。

     南さんの話によれば、木材の加工に詳しい人間を起こすことになったきっかけは、食中毒だったという。アジサイの枝を串にして肉を食べた人たちが、ひどくお腹をこわしたらしい。詳しくは分からないけれど、葉っぱで包んで蒸し焼きなんかにもしたんだろう。確か、葉には毒性があったはずだ。3700年も経てば、枝が毒を持つようになっていても、別に不思議じゃない。
     どんなに屈強でも、害のあるものをお腹に入れてしまえば、当たり前に弱る。冬じゃなかったことと、うつるタイプの病気じゃなかったことは幸いだったけれど、いくら自然との共生と言っても、自然は人間に寄り添ってくれはしないのだ。それで選ばれたのが、私だった。
     この世界での生き方に慣れるまで、食料や寝具の支給は、かなり手厚くしてもらった。刃物ひとつ満足に調達できない女なんかにも皆は優しくて、それはもちろん、共同体の仲間にするための通過儀礼でもあったのだろうけれども。
     もし、この環境に一人きりで放り出されたらとっくに死んでいただろうから、ありがたいことにかわりはなかった。
     生活に慣れてきてからは、この程度の知識や技術でも、原始の世界では重宝してもらえる。頼ってもらえるのは嬉しく、やりがいもある。
     そして、その秩序を守るのが司くんだってことには、確かにすごく安心感があった。

     スローライフと呼ぶにはハードで、サバイバルと言うには群れの一員として護られている。
     ここはそんな感じの、ある意味すごく「人類の群れ」らしい集団だった。

     お箸ひとつとナイフひとつがとりあえず完成して、少しは道具の使い方にも慣れてきたなと思う。
     それで、葦の加工にも挑戦してみることにした。
     葦は採集のときに水辺に生えていたのを見つけたので、刈って、天日に晒しておいたものだ。
     茎の太さが落ち着いているところだけを短く切ると、タピオカ用くらいのストローになる。記憶を頼りに割り開いて薄く削ぎ、幅を揃えて削っていく。もう少し薄かっただろうか。厚すぎると振動しないけど、薄すぎてもくにゃくにゃになってダメだよね、確か。
     何度かしくじってから、ようやくそれっぽくなったものを筒状に張り合わせて、適当な蔓できつく巻いた。広がっている先は薄く、2cmくらいでこしのある厚みになっている。たしか、こんな感じだったと思う。
     乾燥は足りないだろうけど、理屈は合ってるはずだ。……多分。
     口元で、きつめにくわえて息を通す。
     ぷう、びい、と、間の抜けた音がした。
    「……お」
     鳴った。ちょっと楽しい。
     ぶう。ぴい。ぷう。ぷう。……ぷーーー。
     悪くない音だ。これを指おさえの穴を空けた筒状の葦か竹にでも挿せば……
    「なんか素朴でいい音だね〜♪」
    「いッ!?」
     後ろから声をかけられて、全身で跳ね上がってしまう。あわてて振り返ると、細身の男の人がニコニコと笑っていた。

    「あさぎり、さん」
    「ゲンでいーよ♪ 敬語もいらな~い」
     あさぎりゲン……ゲンくんは笑顔のまま、たっぷりとした服の大きな袖口をひらひらさせて、「タネも仕込みもないですよ」みたいな笑顔で手のひらを見せた。それから私の隣にストンと座り、ふぅー、と息をついて、くつろぐような姿勢になった。
    「ええと……何か?」
    「別に、なーんにも? 仕事サボりたくなってたとこに、いーい音が聞こえてきたからついフラフラ〜っとね♪」
     これは、それとなくサボりを諌められる流れだろうか。でも、この人は司くんに随伴してあちこち周ったり、皆の間をフラフラしてトラブルの種を解消したりと、確かにまあまあ忙しそうにしているから、サボりたくなったというのも、あながち嘘でもないのかもしれない。
     ゲンくんは、私の手元を覗き込み、できたばかりの玩具みたいな笛をまじまじと見つめた。
    「それ草笛? ちっちゃい頃に、野外学習か何かで習った気がする♪ あれ、でもこんな形だったっけ」
    「理屈は近いけど、草じゃなくて、茎を使ってるんです。オーケストラならオーボエとかファゴットとかに使われてるんだけど……リードっていう音を出す部分、……知らない?」
    「知んない知んない。こんな音の楽器もあんだねえ」
    「これは振動部だけだからね。楽器本体はもっと大きくなるよ」
     もう一度くわえて、鳴らす。ぷいー、と、中途半端な響きが、荒野を渡った。なるほど、素朴って言葉が似合う。原始の音楽だ。オカリナや篠笛なんかも似合うだろう。
     南さんは、ちょくちょく顔を出して困ったことはないか、生活に慣れたか気にかけてくれる。羽京くんはあまり顔を合わせる機会がない。耳も目もいいから、監視や偵察、トラブルの種を事前に見つけるような仕事をしているようだ。それで、見つけたトラブルの種に、早めに対処するのがこの人。そんな感じの役割分担が、自然になされているようだった。
     ……もしかして、私に話しかけたのも「早めの対処」の一貫だったりする?
     と、ふっと思い至って隣を見ると、ゲンくんはニコニコしたまま、
    「な~に考えてるのか分かんないけどぉ」
     と言った。
     ……怖い。
    「何、ってほどでも、ないけどね」
     怖かったぶん、少しだけイラッとした。こちらには後ろ暗いことはないのだ。探られて困る腹は持っていない。私は生きるための仕事をしている。原始的な音楽の復活までは、別に司くんの言う「過度な発展」にはあたらないだろうし。そんな風にでも言い返そうか、と思ったところで、ゲンくんはやれやれ、みたいな顔で肩を落とし、ちょっと情けなく笑った。
    「いやさあ、俺なんか、カメラとスポットライトに囲まれた贅沢な世界に居たもんだからさ。勘弁してよ~って思うこともあるわけよ、ジーマーで」
     なんだ、そんな話か。……私もちょっとピリピリしているのかもしれない。と、少しだけ反省する。

    「石化前の世界との落差が大きいと、苦しい人もいるだろうねえ」
    「カナデちゃんはそういうの、ないワケ?」
    「ん? ……まあ。道具がなくて不便だなあとか、こんなサバイバルな生活、本当に続けられるのかなあ、みたいな不安も、確かにあるけどね」
     皆がそう思っているからこそ、司くんの導きで頑張れている。そういう側面は、たしかにある。

     石化によって失われた文明のことは、もったいないとは思う。でも、あれを守るために犠牲になっている人もいた。そういう文化芸術の闇みたいなものは気持ち悪いと思っていたから、今のすっきりした環境を司くんが「浄化された世界」と呼ぶことに、それほどの違和感はない。南さんが石化前の生活を「奴隷だった」って言っていたのも、言われてみればそうだよなあ、と思う。
     それに、私が生まれる前に失われた歴史や楽譜、楽器、技術たちだってあった。それらのほとんどは、石化前の時点で手遅れだったのだ。
     たとえば、名器と呼ばれた楽器なんかは、人間が守らなければ時を越えられない生き物みたいなものだった。世界がこうなってしまった以上は、取り戻すこともできず、ただ悼むしかない。
     そうやって死んだ音楽は、これまでもたくさんあったのだから。
    「シューベルトは貧乏すぎて、大衆食堂で安い川魚なんか食べて、食あたりで死んでるのよ」
    「……お、ん?」
     ゲンくんが戸惑っている。何言い出すのこの子、みたいなリアクションが、ちょっとだけ楽しい。
    「モーツァルトは大衆向けの曲を作り始めた途端に、貧困に落ちて死んだ。チャイコフスキーはコレラで死んだけど、社会的には美少年趣味のほうで詰んでた。マーラーは40歳を過ぎてから、20近く離れた若いモデルを口説き落として、若妻のことを想って書いた曲は『世界で最も美しい旋律』なんて呼ばれてる。でも、ほとんど片思いみたいな結婚生活だったみたい」
    「え~とメンゴ、何の話?」
    「音楽の歴史には、残念だけどこうなるしかなかった、みたいなものが多すぎるって話。その結果失われたものと残ったものがあって、私たちは石化前の時点で、残されたものをありがたく反芻することしかできなかったのよね」
     ゲンくんは、ぐりんぐりんと首をひねりながら、私の要領を得ない話を咀嚼してくれている。
    「ん~とお、つまり、石化前の世界を恋しく思っちゃう~みたいなのは、ないってこと?」
     そう言われて、そうなのかもしれないな、と思う。自分の話から感情をくみとってもらえるのは、正直助かる。こういうのは、南さんがすごく上手なのだ。ゲンくんも同じタイプの人なんだろう。華やかな世界にいる人って、頭が良い。
    「そう、なのかも。親や友達は心配だけど……ここまで変わっちゃうと、別にねえ」
    「なんか……思ってたよりドライなこと言うのね」
    「ふふふ、音楽家って、そう懐古趣味でもないよ」
     歴史をないがしろにはできないけれど、古さだけにこだわっていたら、絶対に生き残れない。そういう厳しさのある世界だった。
    「南ちゃんから聞いたよ~。音楽一家だったんだっけ?」
    「そうね、私以外は優秀な演奏者」
     職業柄、ツアーだ講師だレッスンだで散り散りになっていることが多く、いわゆる「家族らしい家族」ではなかったと思う。でも、それが当たり前の生活だったから、寂しかったかと言われると、困る。経済的な困窮はなく、私の進路変更も尊重してくれた。特に恨みもなく、感謝と恩義は感じていて、ただ疎遠。そんな家庭だった。一般的に見れば、恵まれた環境だっただろう。でもそれは、石化前の世界だから成り立っていた在り方だ。
    「私の家族は……いま起こすのは可哀想かな」
    「この世界で生きてくのは、ちょーっとツライかもね〜」
    「私は気に入ってるけどね?」
     だから、メンタルケアの必要はないよ。
     そう言うつもりだったんだけど。
    「そういえば、羽京ちゃんとも音楽つながりがあったの? 知り合いみたいだったけど」
    「そう、だね。……うん。なんだ、知ってたんだ」
     世間話の延長で聞かれると思ってなかったから、少しだけ言葉に詰まってしまった。
     あからさまに顔が曇ったのだと思う。ゲンくんは、ちょっと慌てたように手を振りながら、「違う違う! 南ちゃんから聞いただけよ、ジーマーで!」と、なぜか弁解した。
    「こういう環境だからさ、起きた時に顔見知りがいたら、皆なんとなく一緒にいたがるもんじゃん? でもカナデちゃんと羽京ちゃん、それほどベタベタしてる様子もなかったし。元カレ元カノとかだったら、メンタリスト的にも心配なワケ」
    「あ、それは違う違う!! ごめんね、全然そういうんじゃない!」
     知人ではあった。でも、知人だったってだけだ。
    「私が一方的に、羽京くんの才能に劣等感持ってた時期があるってだけ! 耳もセンスも良くて、同世代の子たちはみんな羽京くんのこと知ってたんだよ」
    「え、そんなにすごかったの」
    「うん、すごかったよ。すごかった」
     神の耳を持つ天才児。羽京くんはそんな安っぽい触れ込みで、都市部のジュニア大会を総ざらいしていった。
     親の札束レースで戦う都市部の子どもは、地方から現れる野生の天才には勝てない。本物しかいないからだ。彼の才能を見た聡いライバルたちは、早々に戦線を離脱していったし、聡くなかった子やしぶとい子は諦めずに食らいついていった。食らいついて生き残った子もいたけれど、諦めきれずに、いつまでも越えられない壁をただ叩くだけの、聡くない子もたくさんいた。
     私も、その中のひとりだ。
     そんな感じのことをごにょごにょ言うと、ゲンくんはどこか冷めた声で、
    「あぁ、そういう」
     と言った。
     この人も、壁を越えた先にいるひとだ。私のこういう弱者根性は、いやなものに見えるかもしれない。

    「まあ、もういいの、そういうのは。仕方ないし……こんな世界だし」
     私が音楽を好きで、この世界で役に立てている。それでいい。そういうものなのだ、これは。
    「つーか、そこから自衛隊って、羽京ちゃんの経歴もゴイスーだよねえ?」
    「本当にねえ。私もびっくりしたんだよ。中学の途中からは弓道を始めて、高校卒業後は防衛大に入ったって。私の先生がすごく惜しんでた」
     言いながら、そういう話題がことごとく入ってくる環境も嫌だったなあ、と思う。業界が狭いから、噂話はとにかくよく共有された。
    「そんで、カナデちゃんは奏者じゃなくて、楽器職人にジョブチェンジした、ってわけね」
    「そうだね。領分としてはまあまあ近いし、昔からこういうのは好きだったし。……まあ、変えた先でも色々あったけど」
     肩をすくめる。ゲンくんは苦笑して「そういうもんよね〜」とだけ言った。芸能界にも、似たり寄ったりの椅子取りゲームがあるんだろう。
     そのままクスクスと笑いあって一息つくと、ふっと話が途切れて、妙な間が空いた。それで、自分の話をしすぎたことに気付き、急に恥ずかしくなってしまう。
     ゲンくんも同じように感じたのか、のそのそと立ち上がった。
    「メンゴ、俺のサボりに付き合わせて、長話させちゃったねえ」
    「ごめん、私こそ」
     いいひとだなあ、と思う。
     テレビで見たときの印象と、だいぶ違う。あれは、ああいう芸風だったんだろうか。
    「司ちゃんの作る国がまだ分かんない〜って子もいるけど、俺ら協力しあわなきゃ生きていけないじゃん? だから、心配事があんなら、話、聞かしてもらえないかなーって思ってたのよ〜」
     ヘラヘラ笑う姿は軽薄ではあるのだけれど。
    「ありがとう、私は大丈夫だよ。この生活、けっこう気に入ってるし」
     こちらにも、明確なポリシーとか、別にないのだ。
     立ち上がると、ぐんと上背が伸びた。いつも猫背だし、ゴリラみたいな人たちに囲まれてるから女の子みたいなヒョロヒョロした印象があるけれど、こうして見ると確かに男の人の体格だ。
     当たり前だよね、この世界で、司くんが真っ先に起こした人なんだから。

    「っし、俺もそろそろ仕事に戻ろーっと♪」
     そう言って、ゲンくんは歩き出した。集落に戻るのとは違う方向だ。
    「……? どこか採集?」
    「小田原の方までね、氷月ちゃんたちの道案内〜」
    「そうなんだ、気を付けてね」
     社交辞令とも、仲間として当たり前の気遣いとも呼べる、ただ隣人の安全を祈る気持ちで声をかける。
     ゲンくんは、ひらひら手を振って去っていった。

     それきり、ゲンくんは戻らなかった。

     彼が司くんを裏切って、千空、という……司くんが「殺した」はずの……男の味方についた、という情報は、だいぶ経ってから届けられた。

    酔(@Sui_Asgn) Link Message Mute
    2024/01/23 21:23:47

    ライフ

    羽京夢長編の第二話

    楽器職人の夢主が司帝国で目覚め、羽京と共にストーンウォーズを戦う。司を開放して音楽の灯火を復活させ、互いの恋心に気付くまでの物語。
    ストーンウォーズ~宝島前付近までのハッピーエンド。R18予定(未定)

    赤ブー2024年12月開催のDozen rose Fesで頒布予定です。

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    西園寺羽京×女夢主 長編
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