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    #6 いやあ、なかなか……ムカつくね?「分かったよっ!」
    「ゲン、こっちもできた」
    「ここまで絞れれば十分でしょ!」

     ゲンを除く全員が何か共通のヒントを掴んだ様子でそれぞれの仕事に投頭し、ゲンが置いてけぼりにされてから30分ほどは経っただろうか。顔を上げた時にはもう、各々の目は確信に満ちて輝いていた。ゲンはフランソワの淹れてくれた紅茶のカップを置いてキャッチアップに備える。
     ここからは頭の良い連中による解説ターンだ。インプットに耐えるためには休息も大事である。

    「みんな、おっつ~♪」
    「休み慣れているな、貴様」
    「いやまあ、みんなの集中に水差したくないし。余計なことしないで任せるのが一番かなーみたいな。信頼ってやつ?」
    「嬉しいこと言ってくれるじゃないの……」
    「ゲン、復興政府に来てくれないか? 仕事の邪魔しない上司が欲しいんだけど」
    「オッケー、羽京ちゃんがジーマーで限界なのはよっく分かった」
     一刻も早く千空を見つけて羽京に休暇をあげないと、そろそろ本当に闇落ちしてしまうかもしれない。そんな羽京の鬱屈を吹き飛ばすように、龍水がふんっと鼻を鳴らした。
    「安心しろ、ここからは貴様マターだ、ゲン。千空を捕まえるぞ」

     そのまま視線に促されて、SAIが話し始める。
    「NFTだよ。Non-Fungible Token」
    「えーっとファンジブルって交換できるとかそういう意味だったよね? ノンファンジブルだから、交換できないって意味? さっき龍水ちゃんが言ってた……」
    「非代替性トークンだね、ドラゴみたいなっ通貨とは違う、代替ができないデータのことだよ」
    「メンゴ分かんない。お金として使えないってこと?」
     トークンとは、お金に準ずるポイントカードみたいなものだったはずだ。DAOの運営にあたっては報酬にも株式にもなる。ただし、楽天ポイントは楽天でしか、Amazonギフト券はAmazonでしか使えないように、DAO内、あるいは価値観の近いDAOどうしでしか使えない。
     つまりはローカル通貨で、悪く言えばドラゴの下位互換品ってことじゃないのか?

    「フゥン……貴様、ストラディヴァリウスは知っているか?」
    「えーと何億円とかするヴァイオリンだっけ?」
    「そうだ。およそ四千年ほど前に生きた伝説的職人、アントニオ・ストラディヴァリウスの工房で作られた弦楽器のシリーズだな。石化前の時点でおよそ六百挺が現存していた。今では塵も残っていないが」
    「芸術品も歴史の資産も全〜部無くなっちゃったねえジーマーで」
    「まったく凄まじい損失だ。ドルフィンとドラゴネッティは俺が所有していたんだぜ」
    「へー大変ねえ、分かんないけど。んで、ソレが何なの?」
    「俺は事業に失敗して破産寸前になった叔父貴から、ストラディヴァリウスの所有権を譲り受けた。いくらかの融資と引き換えにな。しかし楽器そのものは手元に置かず、それを奏でるにふさわしい奏者のもとに貸与し続けていた」
    「え、じゃあ誰が持ってても構わないんだ?」
    「はっはー! そういうことだ!」
    「うん〜……?」

     龍水が気持ち良く金を遣う男なのはよく知っているし、そのおかげで復興初期はずいぶんと儲けさせてもらった。しかし取引対象は、あくまでモノや権利、労働力への対価だったはずだ。
     使うこともなく手元に置くわけでもない、名前を刻めるわけでもない楽器の所有権が何だというのだろう。
     そう首を傾げるゲンに、SAIが助け舟を出した。

    「NFTを”代替不可能”っていうのは、美術品の所有権にっ近いんだよ。あるデータに所有権というステータスを付与してっそれをブロックチェーンに記録すれば、データの所有者を証明できるんだ。美術館で誰でも観られる絵画にも所有者がいるだろ? それをっデジタルで再現したのがNFTアートだよ」
    「ストラディヴァリウスは世界で唯一無二であり、他の何とも代替できない。市場価格として数億円の値がつくこともあるが、それは便宜上の数字で、大した意味はない。もちろんモノの価値とも直結しない。だからこそ、代替不可能な宝の所有権は天井知らずで高騰するわけだ」
    「えーとさあ、無粋なの分かってるけど、その所有権って何かの役に立つの?」
    「フゥン? 面白いことを聞く。差し当たっては俺が破産しそうになったときの融資の担保だな。だが究極的には権利の掌握の一環だ。普段はいくら積んでも手に入らないようなものが買えるチャンスが来る、そのときに現金を惜しむ理由はない。違うか?」
    「あ~、なるほど。なんか分かってきた」
     そういう考え方なら俺とも相性が良いな、とゲンは思う。お金は本当に欲しいものを手に入れるための手段だ。必要とあらばいくらでも使いたいし、そのためにはいくらでも儲けておきたい。
     希少品を大金で譲り合う価値観は、もともと歴史的な骨董品だとか美術品だとかに備わっていた。石化によって人類史の宝がほぼほぼ失われた現在、あれに代わるものとして、貴重なデータ(何だ、それ?)に”所有権”が生まれるなら、それはたしかに付加価値になるのだろう。

    「つまりね」
     と羽京が話をつなぐ。

    「この世界を復興させた千空っていう存在は、既に生きる芸術品なんだよ。千空が手ずから作った実験器具や君の作った天文台、ガラスのレコードなんかは分かりやすい有形の宝だろ? そして、千空が世界中に送ったロケットの図面や実験データ、手書きのサインをスキャンしたデータなんかに”唯一無二の所有者”を証明できるデータを付与すると……」
    「あ~~~~それは……ゴイッスー付加価値だねえ……」
    「そういうこと。どんなデータかなんて、究極的には何でもいいのさ。望むか望まないかとも無関係に、千空の活動の痕跡は、世界中が取り合う宝になり得るんだ。現金経済においては、世界一の富豪である龍水がそれを許してないから起きていないだけさ。……でも、復興政府も現地経済の全てに精通しているわけじゃないから、」
    「……ローカルな通貨であるトークンが出回ってるDAOの中では、真偽も怪しい千空ちゃん関連のNFTが出回ってる可能性がある、ってことね? それがさっき龍水ちゃんの言ってた、千空ちゃんはNFTの中にいる、って話」
    「そういうこと。千空も知ってるはずだと思うのよね。それで何を考えてるのかは……私にはちょっと分からないけど……」

    「千空自身が、この動きを利用している可能性もあるな」
     南が口ごもったのを龍水が続け、それで場が水を打ったように静まる。部屋の空気が、少しだけ冷えたような気がした。
    「……俺が、このあたりのことを知らなかったのは」ゲンがポツリと言うと、視線が集まる。「千空ちゃんが、俺にわざと教えてなかったからだね」

     どういうつもりなんだ、俺の恋人は、と。
     闘争心に、僅かな苛立ちが混じる。
     多分、千空がずっと前から伏せていたことがあったのだ。ゲンはそれに気づかずにいて、今まんまと思惑に嵌められている。……やってくれるじゃん。
    「いやあ、なかなか……ムカつくね?」
    「そんなこと言ってるわりに、楽しそうだけど?」
    「さすが記者さん、だいぶ楽しいよ♪ ……さー、やっと追いついたね。そんで俺は、どこ狙えばいいかな?」
    「はっはー! そう来なくてはな!」

     龍水が自由の利く右手を上げ、高らかに指を鳴らす。それに合わせてフランソワが広げたのは、SAIと羽京、南が書き込んだ情報を一枚にまとめたものだった。六十二あったリストは、ほとんどが斜線で消されている。
    「残ったのは……六つ? ずいぶん絞れたね、ジーマーで」
    「八割がたっ千空のファンクラブだね! アクティブユーザー数はっ多くて20人くらいで、経済圏としても機能してなかったよっ!」
    「Twitterの鍵垢ネットワークとかmixiのコミュニティに似てたね、同じような組織が乱立してるだけだ」
    「メンゴ羽京ちゃん、俺mixi分かんない」
    「うっ……。と、とにかくね、怪しむポイントはいくつかあるんだ。たとえばこのDAOは立ち上げ段階の拡大ペースがやたら速い。千空を騙る奴がいた可能性がある……でもすぐに潰れてるだろ? 創立メンバーの嘘がバレたか逃げたかしたんだよ」
    「龍水ちゃんのパターンのやつだ。じゃあ、スタートダッシュキメたあとに失速しない奴らが怪しいの?」
    「そうだな。たとえばこのデータを見ろ。子供が書いたような右肩上がりだ」

     そう言って龍水が指したのは、立ち上げ当初から今までぐんぐんとメンバーを増やすDAOのデータだった。
    「おー、ジーマーでコンスタントに人が増えてんね〜。不自然なくらい」
    「堅実な組織なら、初期は参加者がなかなか集まらないものだ。その後、ある程度の規模になった時に、爆発的に成長する。ネットワーク効果というやつだな。そして、ある程度成長したらまた増加ペースが落ちる。人が増えすぎれば、新たに参加するメリットは薄れるためだ………フゥン、ここは確かに奇妙だな?」
    「そうだね……特にここはっ不自然だ。もう少し調べてみようか」
     SAIが、さっそく追跡に入った。スクリーニングが済んだからこその機動力とも言えるし、龍水の直感をSAIが無条件に信用しているようにも見える。この兄弟のこういうところを、ゲンは割と好ましいと思う。

    「メンゴ〜、七海兄弟のツーカーに水差すけど〜? つまりこのDAOは、そろそろ増加ペースが鈍りそうなのに、まだまだ勢いが衰えない。しかも、指数的に増えてるわけでもない、ってことね?」
    「そうなるな、貴様のカンではどうだ?」
    「そうね〜。……魅力的な配当があって、それを大勢が順番待ちしてる、とか?」
    「フゥン、良い読みじゃないか」
    「で、千空ちゃんに関連するDAOで、一番魅力的な利益っていったら……」
     千空自身に関するNFT、ということになるのだろう。
     龍水もSAIも、羽京も南も頷いた。全員が、同じ結論に至っている。
    「フゥン。貴様が何を捕まえるべきか、見えてきたんじゃないのか?」
    「そ〜みたいだねえ。……SAIちゃん龍水ちゃん、俺の潜入用アカウント、いくつか作ってくれる? 復活して2年から4年目くらいのアジア人、石化前は……仕事に忙殺されながら半端な大金持ってた奴がいいな。バンカメの投資部門にいたやつと電通のプロモーターだったやつ、あとはスマホアプリで一発当てた成金のエンジェル投資家。こんなもんか? 南ちゃんキャラ付け手伝って」

     ゲンの指定したキャラクター像が完全にツボに入ったらしい南が、肩を震わせている。そこそこの能力を持って環境と運にも恵まれた、まあまあ珍しいがそれほど希少でもない金持ちというやつ。職業柄付き合いも多かったはずで、思うところがあるのだろう。

    「ふっふふふふ………い、医師はいいの?」
    「俺とキャラ違いすぎるからね〜、それっぽくすんの難しそう」
    「確かにね〜。ルーナに頼む?」
    「それはダ〜メだって! もうルーナちゃんはジーマーでちゃんとしたお医者さんなんだから!」
     現在のルーナは、石化復活者救済の第一線で活躍するプロの医師だ。恋に恋して千空を追いかけていた未熟なお嬢さんではない。
     ゲンと千空の仲が公然のものになった頃から、彼女の頑張りには変化が起きていた。どんどん綺麗になっているし、生まれ持った品の良さみたいなものも輝き始めている。ゲンとは渡航先で会うこともあるが、恋敵へのわだかまりを持っている様子もなく、対等に接してくれている。
     正直なところゲンは、ルーナに対して尊敬の念すら抱いている。恋心を折った人間として、彼女の夢まで利用する気にはなれない。
    「そーね、ゲンならそう言うと思った! いいよ、モデルになる成金ならいっぱい会ってるし」
    「ジーマーで助かる〜♪」

     きゃいきゃいと騒がしく、ゲンと南とSAIがキャラの作り込みに入る。ギャルめいたノリに馴染めない羽京が輪を離れると、顎に手を当てて考え込む龍水が呼んだ。

    「龍水、どうしたの?」
    「羽京、貴様はさっき、千空関連のNFTの話をしていたな?」
    「うん? ああ。それが何か?」
    「意見が聞きたい。出回りそうな千空絡みのNFTとして、他にも思いつくものはあるか?」
    「他、ねえ……」
    「設計図や文書など、千空が手ずからクラフトしたものは、有形無形を問わずに価値が出ているだろう。タイムマシン関連の研究資料も一応は秘匿事項となっているが、研究所に内通者がいれば漏洩は可能だ」
    「タイムマシン研究の関係者にユダがいるってこと? 僕は人選にも関わっているから分かるけど、それは考えにくいよ」

     本当は、関わっているなんてレベルではない。石神博士の研究支援は羽京が復興政府で担う業務の中でもかなり重いものであり、タイムマシン研究所へのアサイン権はほぼ羽京が握っている。人選にあたっては、候補者の身上や思想も審査の対象としていた。さまざまなリスクやバイアスと向き合ういわば汚れ仕事であり、それだけに研究所の内情は手に取るように分かる。仲間のうちでそれを知っているのは、ゲンと南だけである。

    「フゥン、なるほど。貴様がそう言うなら信じよう」
     龍水は羽京の仕事の全てを把握しているわけではないし、羽京も全てを教えるつもりはない。それでも羽京の断言をあっさり飲んだ龍水に、羽京は内心で舌を巻いた。帝王の器だ。

    「その他の、千空自身に絡むもの……パーソナルデータとか?」
    「フゥン、個人情報か?」
    「名前や住所情報の所有権? 考えにくいけど……欲しがる奴さえいれば値段はつくものだしね。あとは……写真とか」
    「なるほど、隠し撮りのプライベート写真は需要がありそうだな」
    「需要があれば供給も湧くものだろ?」
    「フゥン、そうだな……SAIの手が空いたらダークウェブの探索もしてもらおう。隠し撮りであればポルノもあるだろうしな」
    「ポル……ええっ!?」
    「どうした?」
    「いや、その、龍水がそういうこと言うとは思ってなかったからちょっとびっくりして……」
    「はっはー! 俺も男だぜ? ついでに言えばSAIもだ。貴様もだろう、違うか?」
    「ごめん、僕が悪かったよ……」

     夏の海の太陽を顔貌に落とし込んだらこうなるだろう、みたいな笑顔で龍水が笑う。他方では、ゲンとSAI、南がますます盛り上がって「石化前は組織内でブイブイ言わしてた若き小金持ち」を作り上げていた。
    酔(@Sui_Asgn) Link Message Mute
    2023/02/18 19:12:27

    #6 いやあ、なかなか……ムカつくね?

    人気作品アーカイブ入り (2023/02/19)

    闇オクNFTスリラーのR18ゲ千6話目

    世界復興に合わせて急速に拡大する経済の通貨需要を満たすために暗号資産が一般化する中で、自立分散型のコミュニティが乱立していた。サイエンスカルト系DAOが千空を利用して経済圏を拡大し、生身の千空が標的になる。

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