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    ヨモツヘグイ 真っ暗な洞窟のような道を抜けると急に拓けた場所に出た。道の舗装も壁の地打ちもできていない、じめじめした狭い道を進んでいたというのに拓けた瞬間にそこは陽の光が差し込むさわやかな空間で一瞬面食らう。見上げた天井は信じられないほどに高く、ドームの天辺には巨大なダイヤモンドのような輝きがあった。あれは天頂に達した太陽だろうか。

     さっきまでは夜だったはずだ。地平線ぎりぎりまで達する壮絶なまでの星空を見ながら(見上げる必要もない、夜になれば地面以外は星に覆われるのだ)、来たるべく司帝国との戦争に備え、戦略を練っていたはずなのだ。それだのに気がつけば狭い洞穴を歩いており、その息苦しさから逃れたくてただただ前に進んでいれば、はるか昔、3700年前に図録で見た、エルミタージュ美術館の一角に似た広く美しい部屋に出ていた。

     「なんだ、これ」

     発したはずの自分の声が聞こえない。代わりに五感を刺激したのは匂いと視覚、それから両腕のぶよぶよした柔らかな触感だった。俺の知らない感触に左右を見れば、見たこともない美女――と認識するべき存在?――が俺の両腕を取り、胸の、男の原始的な悦びの象徴を押し付けて、大きな部屋の真ん中にある真っ白なシーツのかかったテーブルにいざなった。

     「千空さん」
     「千空さん」

     両隣の美女がささやく。ぞわぞわする感触を耳朶に捕らえたままテーブルに据えられた椅子に座る。

     「召し上がって」
     「召し上がって」

     言われるがままにテーブルに目をやると、見たことのある馳走と見たこともない食材が山となっている。

     ラーメンにアイスクリームにぶどう。酸化の進んだ血のように赤黒いワイン。ひときわ高く盛られているのは柘榴だろうか。水っぽく野卑すれすれの赤だ。柘榴の赤は俺の目の色。口さがない連中に「キモい」と言われたこともある赤い色だ。百夜は「こんなにキレイな目は見たことがない」と言ってくれた。生来色素を持たない人間がいるということを長じてから知るまで、百夜のその言葉は俺にとって唯一無二の救いだった。……あ、違うな。雑アタマの大樹、あいつも俺の目や髪の色なんか気にしなかったな。

     テーブルに置いてある大きな肉の塊からは、俺の知らないにおいがした。甘ったるくて鼻を刺す、凝ったハーブなのか腐臭なのかも分からないにおいだ。蠱惑的でキツい。俺がもっと年嵩の男なら酔ったのかもしれないが、10代のガキには「キメェな」としか思えない。もっと長じた男なら欲情したのだろうか。一瞬「アイツなら欲情しただろうか」と思い、すぐにそれが誰なのか分からなくなる。俺よりもう少しだけ年上の男だ。ソイツの笑みがそもそも蠱惑的で、人を惑わすような――誰だっけ、それ?

     ああ、分からない。考えがまとまらない。俺がもう少し年長であればこの感触と匂いにためらいなく酔えたのだろうか。

     そう思いながら目の前に出された肉と柘榴を見る。きっと旨いのだ、これは。食えば囚われ、甘露の密に溺れてしまえるのだろう。きっとそれは心地よい怠惰だ。「怠惰は悪じゃないよ」誰だテメー、その声を俺はしっている。知っているはずなのに思い出せない。

     「さあ」
     「召し上がれ」

     甘ったるい匂いを放つ、両隣のなんだか分からないものに促されて目の前の皿に手を伸ばす。甘ったるく、少しだけ腐ったような匂いを放つ肉だ。裂け目から覗くのは柘榴だ。水っぽく赤い色が俺の目を照らし返す。俺の瞳と同じ色じゃないか。取り込んで身の内に収めてしまえ。この腐臭だって、きっと遠からず俺のからだを支配する何かの欲だ。数年後か今かの違いだ。それなら今、目の前にある旨そうな肉を喰ってしまってもいいじゃないか。焦る必要も、もったいぶる必要もないんだ。

     そう思いながら、両隣のどろどろに溶けかけた何かが差し出す何かに向けて口を開ける。「あ」と小さく喉が鳴るのが分かった。少しの恐怖と一緒に飲み込むつもりで大きくかぶりつきに行った。……こういうもんだろう。嫌いな野菜を無理して喰った瞬間もこんなもんだっただろう。喰ってみれば美味かったじゃないか。知ってしまえば、酔えるようなモンじゃないか。そういうもんだろう。

     小さからぬ嫌悪感から目をそらし、進んで酔いに行くような心持ちで腐臭を放つ肉にかぶりつこうとした瞬間、俺の口を見知った両手が塞いだ。

     「食べちゃだめ」

     冷たい手、見知った声、見知った感触。低く甘く、耳元でささやくような深い声。

     「……あ゛ぁ」

     唐突に脳が醒めて、視界の高度が急激に上がる。両隣にいた腐臭が金切り声を上げて手をのばすのが視えた。冷たい手は俺の口を塞いだまま俺の意識を高く高く跳ね上げ、俺は石神村の天文台、クロムが散々あつめた素材の山の中央に沿えられた粗末な布団で目覚めた。

     「……くう、千空、起きたか」
     「……あ゛……?」

     焦点の定まらない視界が、輝くような金髪を捉える。ルリ? 違う、もっとやかましい。

     「……コハクか?」
     「ああ、スイカとゲンもいるぞ。大丈夫か、千空」

     芯の強そうな声に、意識がさらに現実に引き戻される。視界に意識を集中すると、声の通りにコハクとスイカ、そしてゲンが俺の顔を覗き込んでいた。

     「千空、君は冬空で夜露に濡れて倒れていたんだ。ゲンがキミを見つけて皆に知らせた。体温が下がって一時期は大変だったのだ」
     「よかった、千空、起きたんだよ」

     コハクとスイカの声が少しだけ潤んでいて、本当に心配をかけてしまっていたのだと分かる。

     「あ゛ぁ……そうだったのか、悪ィ」

     いけない、まだケータイ作りのロードマップは8割も進んでいないのだ。はやく次のマイルストンに向かわないと。
     そう思って身を起こそうとすると覚えのある冷たい手が両目を覆った。

     「千空ちゃん、いまは休むターンよ」

     深く甘い声にはっとする。ゲンが、メンタリストが大きな手のひらで俺の目を覆い、他方の手で髪を撫ぜていた。

     「……テメ」
     「いいから、もうちょっと寝てなさい」

     穏やかなのに有無を言わせない声色に抵抗する気力を削がれてもう一度伏せると、途端に意識が闇に飲まれ始めた。さっきまで見ていた――何だったっけ――思い出せないのに、なんだかやたら怖かった夢にまた引き戻されるのかと思うと少し怖い。

     「こわ、い。ゲン」
     「大丈夫だよ、俺がいる」

     おかしいな、ずっと昔、百夜に似たようなことを言われた気もする。そうだ、熱を出してうなされる俺に、大学の仕事を無理に切り上げて帰ってきた百夜が言ったんだ。「もう大丈夫だ。父ちゃんがいるぞ」って。

     3700年も前の優しい記憶に凹むとかみっともねえな。そう思うと涙腺が緩む。男が涙なんて見せるもんじゃねえ、そう思ってはいるのに、止めらんねえ。

     「大丈夫だよ、千空ちゃん。今は寝なね?」

     優しいな、あったけえな、テメーの声。もう秒数を数える必要はねえんだ。そう思って意識的に思考を止めると、さっきよりもずっと優しい闇が俺の意識を包んだ。甘い甘い声が闇に溶けて鼓膜に絡んだ。

     「食べちゃダメだったんだよ。戻れてよかった。千空ちゃんはまだ、こっちのものだけ食べていてね」

     ゲンの言葉がうつつのものか、それとも夢の中のものかは分からなかった。
    酔(@Sui_Asgn) Link Message Mute
    2022/06/08 22:17:08

    ヨモツヘグイ

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    dcstホラー?短編

    黄泉の国のものを食べると現世には戻れない。
    石神村時代の世界は彼岸と此岸の境界が曖昧だったりしたのかな、と思って突発で生まれた短い話です。

    #dcst #dcst腐向け #ゲ千 #dcstホラー

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