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    ベルサイユのサメ登米から出てきた菅波が、汐見湯の百音の部屋を訪った時、そういえば今日新幹線からこんなものが見えましたと百音に見せたスマホの画面には、いくつかの色とりどりの気球が写っていた。沿線の河畔でバルーンフェスティバルが時々開催されることを百音も知ってはいたが、写真とてみるのは初めてのことだった。

    「県内でこういうイベントやってるのは聞いた事あったんですけど、初めて見ました。いろんな色がありますねぇ」
    「ちょうど読んでた論文の切れ目で気づけて良かったと思って」
    「ありがとうございます」

    どういたしまして、と言いながらスマホをポケットに仕舞う菅波が、ふと思い出し笑いを漏らす。
    「せんせい?」
    その様子に百音が問いかけると、菅波は鼻をこすりながら百音を見遣る。
    「昔、椎の実で勉強していた時に、気球の話をしたら、そこからえらく脱線したことを思い出しました」
    「気球の話から脱線…。しましたっけ?」
    「まぁ、あなたは脱線だらけだったから、覚えてないかもしれないけど」
    くすりと笑う菅波に、百音が笑いながら「ひどい!」と抗議をしつつ、そういわれるとなんの話だったか気になる百音が改めて聞く。

    「で、気球から何の話になったんでしたっけ」
    「勉強始めた最初のころかな、高度の話の流れで気球に触れたら、気球が初めて発明されたのっていつだという話になって。理科の教科書にフランスの兄弟が紹介されていて、そこで僕が、確か数年後にはフランス革命戦争で偵察用に使われてた、という話をして」
    「あぁ!ありました!で、フランス革命といえば!でオスカル様の話をしたら、先生知らなくって!」
    「いや、知ってましたよ?漫画を読んではいなかったけど、さすがにあのキャラクターは知ってますって」
    「えー、そうだったかなぁ」

    本当は、その流れで気象観測と軍事行動の近接性と留意点の話をしようと思ってたのに…と菅波がボヤき、百音は百音で、先生、全然お話のこと知らなかったんだもん、と思い出しツッコミをする。

    「有名な作品とはいえ古いものなのに、百音さんはよく読んでましたね」
    「世界史取ってたから、そうすると、先生が勧めるんですよね。フランス革命の流れが分かるからいいぞ、って。それでクラスで回し読みしてました、って話を当時もしたような」
    「聞いたような」

    菅波が往時を思い出しながらうなずいていると、百音が部屋のかたわらにいた、傘イルカくんとコサメちゃんを両手にはめて、なにやら小芝居を始めた。

    「『お忘れでございますか、王后陛下。ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン、あなたと共に死ぬために戻って参りました』『多くの貴族たちがわたくしを見捨てる中、こうして戻ってくるなんて、あなたは…!』」
    「…えーっと?」

    菅波がリアクションを取りあぐねていると、右手の傘イルカくんをひょいと持ち上げて「こっちがフェルゼンで」左手のコサメちゃんとひょいと持ち上げて「こっちがアントワネットです」と百音が当たり前のように言う。
    「はぁ」
    「オスカル様とアンドレも名場面たくさんですけどね。あ、先生、サメ太朗連れてきてくれませんか?」
    「え?サメ太朗?はい…」
    言われた通りに、菅波が腹巻きをつけたサメ太朗を机の横から連れてくると、百音が注文を出す。
    「『妻を慕う召使を妻のそばにつけてやるくらいの心の広さはあるつもりです』ってジェローデルのセリフお願いします!」
    「え?ごめん、もう一回…」
    「あ、じゃあ、心の広さはあるつもりです、だけでもいいです!」
    「はぁ…。『心の広さはあるつもりです…』?」

    菅波が言われた通りにサメ太朗を持って言うと、傘イルカくんを大きく動かして、「『そのショコラが熱くなかったのを幸いに思え!』」と百音が言い、何やら満足気である。

    「…今のは…」
    「ジェローデルとアンドレの名場面です」
    「…そうですか…」
    せっかく、目の前で百音が傘イルカくんとコサメちゃんを扱ってくれているというのに、菅波の頭にはクエスチョンマークがいっぱいでそれを堪能する余裕はゼロである。

    後は…と、百音がどのシーンを傘イルカくんとコサメちゃんとサメ太朗で再現しようかとうきうき何やら考えている様子はかわいいが、あまりに話についていけなさ過ぎて菅波が一度ストップをかける。

    「あの、百音さん、その漫画は今持っていますか?」
    「持ってないですねぇ。実家に置いてあるか、それも処分したか…」
    「そうですか…。いや、あまりにも分からなくて、なんだか残念になってきて」
    「そっか、そうですよね。…じゃあ、今から買いに行きます?」
    「へっ?」
    「向こうの角の本屋さん、結構品揃えいいからおいてると思いますよ。話してたら私も読みたくなってきちゃった」
    「あぁ、じゃあまあ、行きますか」

    短い散歩がてら本屋をのぞけば、文庫本5冊にまとめられた当該作を買うことができた。汐見湯の百音の部屋にもどって、おもむろに二人で読みはじめる。読んだことのない菅波に1巻を譲り、百音は気ままに2巻以降を菅波の進捗に合わせてぱらぱらと読み返す。

    数十年前の作品とあって、絵柄や言葉の多少の古さはあるものの物語の力はやはり古典として一級品で、菅波もだんだんと少女漫画の文法に慣れて読むスピードが上がる。1時間半ほどで全部を読み終わり、「先生、読むの早いですねぇ!」と百音が驚くと、「フランス革命の流れは頭に入ってますしね」と百音がチベスナ顔になりそうなことを菅波が言って笑う。

    「なるほど、今となっては人物造形に疑問がある箇所がなくはないですが、それでも、ずっと多くの人に愛される作品だということは分かりますね」
    「でしょう!」

    なぜか百音がおおいばりで、気づけばまた傘イルカくんとコサメちゃんを手に着けている。では…、と菅波がサメ太朗を手に取り、2匹のサメと1匹のイルカが自在にアントワネットやオスカル、アンドレ、フェルゼンやルイ16世などにかわりつつ、読み覚えたばかりの名調子を反芻する。途中、オスカルとアンドレの”今宵一夜"を、百音がサメ太朗をアンドレに見立てて、その鼻先にキスしようとして、盛大にチベスナ顔になった菅波がそれを阻止するという珍事も発生し、それにまた百音がけらけらと笑った。

    そうこうしているうちに少し日が陰り始め、夕食に出て菅波の宿泊先に向かおうかとめいめいに荷物を持って立ち上がる。荷物になるけど、よかったら後でもうちょっとゆっくり読んでください、と文庫本5冊は菅波の荷物に収まり、階下に降りると、ちょうど共同リビングに明日美が帰ってきたところであった。

    「あ、モネ!ただいま!菅波先生、こんにちは。いらしてたんですね」
    「野村さん、こんにちは」
    「今から出るの?」
    「うん、さっきまで二人で漫画買ってきて読んでた」
    「え?」

    百音の言葉に、明日美が絶句している間に、じゃあ、行ってきまーす、お邪魔しました、と百音と菅波が汐見湯の玄関から出ていく。その様子をほほえましく見送りつつ、明日美はこの一言を言わずにはいられなかった。
    「高校生か!」

    そんな明日美のツッコミを知らない百音と菅波は、夕食中も、作中の人物描写と史実との相違点や、ムッシュ・ド・パリの医学知識と受けていた差別について話が止まらない。後日、あの後こんな話を先生とした、と百音が明日美に言うと、「あの漫画読んで、こう、恋人同士なら、もうちょっと、僕もあなたのことを助けに行きますよ、とか、そういう、話を、するべきで、しょうが!」と全力で主張され、やっぱり百音は「そうかな」と首をかしげてみせるのだった。
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    2022/08/29 18:14:55

    ベルサイユのサメ

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