来月、宮城行きます8月のある日、婚姻届を役所に提出したことを医局の近しい同僚に報告した菅波が、後輩からその申し出を受けたのはその翌日だった。

「菅波先生、9月17日からの連休のシフト代わります。周りとの調整つけときました」
「え？三木先生、なんで？」
医局の机で資料を広げていた菅波が三木の言葉に顔をあげると、三木はプリントアウトしたての勤務表を差し出した。元々菅波が出勤する予定になっていた9月の17日と18日が三木の勤務になっている。

「ご結婚されて、奥さんの最初の誕生日だって言ってたじゃないですか。むこうさんが仕事で動けないかもなんだったら、菅波先生が会いに行ってあげてくださいよ。僕も、菅波先生には勤務代わっていただいたりしてたんで」
「あ…。ありがとう」

思わぬ申し出に一瞬戸惑いつつ、菅波は笑顔で礼を述べて、その勤務表を受け取った。百音の仕事の予定も相まって、誕生日に会えないことは仕方がないと、二人とも思っていたので、こうして機会ができることを咀嚼するのに少し時間がかかる。勤務を代わることを告げるだけ告げて三木が医局を出ていったので、菅波はスマホを取り出して百音に電話をかけた。昼を少し過ぎた今の時間なら、外回りがなければ本社からのデータチェックをしている頃合いのはずだ。

「あ、百音さん。今、大丈夫？」
「大丈夫です。先生、どうかしました？」
「うん。あのね、後輩が9月17日と18日の勤務を代わってくれるって段取りしてくれたんです」
「えっ？！先生、お休みがとれたってこと？」
思わぬ報告に、百音の声も戸惑いと嬉しさが入り混じる。僕と同じ反応だなと内心笑いながら菅波が言葉を続ける。

「うん。結婚して最初の誕生日なんだから、動ける方が動いて会いに行け、って言われちゃった」
「優しい後輩さんですね」
「前に何度か勤務を肩代わりしといたのが良かったようです」
「先生、頼まれると断れないから」
「断る理由がある時は断るよ。でね、せっかくの機会を作ってもらったから、会いに行きたいなって」

素直に『会いに行きたい』という菅波の言葉に、百音の声がほころぶ。
「うん。会いたい」
そのほころんだ言葉に菅波が口許を緩め、言葉を続けようとしたときに、百音の「…あ！」という言葉が聞こえた。
「どした？」

「18日の夜、莉子さんと仙台で会う約束してるんです。今度の企画の打ち合わせかねてご飯食べようって」
「そっか。それは気にしないで。僕が仕事の予定だったから調整した予定だから」
「先生、そしたら、17日と18日、仙台で会いません？そのほうが先生も出やすいし。それで、もし17日の天候で私が気仙沼離れられないってなっても、仙台を起点にしておけば予定の変更もしやすい。…どう？」

できるだけ会える時間を長く、という百音のアイデアにもちろん菅波は賛成である。「天才です」の一言を届けると、百音が「へへっ」と笑う声が聞こえた。

「18日の莉子さんとのご飯、よかったら先生も一緒にどうって聞いてもいいです？莉子さん、先生にも会いたいって言ってくれてたし」
「神野さんが良ければ、僕はもちろん」
「じゃあ、聞いときます！」
「うん。じゃあ、ひとまず仙台の予定で諸々手配します。あ、18日は夜じゅうに気仙沼に帰る？」
「夜ご飯食べてたら仙台からの足がなくなっちゃうから、18日は泊りの予定でした」
「じゃあ、17日から19日まで仙台だね。あぁ、三連休だし、今すぐ手配した方がいいんだろうな。手配次第、連絡する」
「はい、お願いします」

じゃあ、と電話を切った菅波は、早速そのままスマホで仙台の宿泊を手配し、手配情報を百音にメッセージで送った。すぐに既読がついて、『了解！』と敬礼しているコサメちゃんと『わくわく』とわくわくしている傘イルカくんのスタンプが送られてくる。その二つに百音のうれしさを感じ取った菅波は、目じりに皺を寄せながら『楽しみにしています』と一言返事を送り、さて、と手元の仕事に戻りつつ、誕生日のお祝いの計画を考え直さないとな、と頭のTODOリストに『重要』タグをつけたタスクを一つ追加するのだった。

その日の退勤後に菅波が向かったのは、先日、百音と婚姻届を出した後に二人で訪って結婚指輪を発注したジュエラーのブティックである。刻印入りのそれが仕上がるのはまだ少し先だが、しばしの滞在の後、ブティックを出た菅波の手にはターコイズブルーの小さな紙袋が提げられていた。少し歩いたところでそれを大切にリュックに仕舞いながら、さて後は何をどうしたものか、と思案しつつ、降ってわいたような機会に、思考がまだ追い付いていないことに苦笑する。だれに相談するでなし、巻きでいろいろ調べて考えないとな、と少しわくわくしつつ。