憂鬱な先生と甘やかし百音さん昨日、歯の定期健診から帰ってきた先生がなんだか浮かない顔をしてた。どしたのかな、って思ったら、親知らずを抜歯しなきゃいけなくなった、って言う。今まで放置してたけど、生えてる向きとかみ合わせが悪くてこのままじゃ予期せぬタイミングで口腔トラブルになると言われて決断したらしい。
淡々と言ってて、何でもない風を装ってるけど、私には分かる。これ、ものすごく気がめいってる。気が付けばサメ太朗抱っこしてるし、私の髪を乾かしたあと、後ろから肩にもたれかかってる時間が長いし。仕事の予定を考えて、明後日に抜歯の予約を入れてきたって言う。こうなったらもう、ものすごく甘やかして励ますしかない。
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この年になって親知らずを抜かねばならないとか、面倒が過ぎる。それに、場合によっては切開と骨の除去を伴うとか言われると、腫れたら仕事にも支障が出るし、百音さんにも心配をかけるかと思うと気が進まない。でも、放っておいたら余計トラブルになると言われて、その処置を受けないという選択肢もなく。直近で翌日が一両日休みになる夜勤明けに予約を入れたのだった。
帰宅して、何気なく百音さんにその話をしたら、もう百音さんは親知らずは全部抜歯済みだとかで面倒ですよねぇ、って同情してくれた。あぁ、面倒だなぁ、と思って、ついサメ太朗にも、おまえさんたちサメは歯が生え続けていいよな、なんて愚痴っちゃうし、さらさらに乾かした百音さんのつややかな髪とまろやかな肩に癒されたくてつい長めにもたれちゃうし。なんでこんなに憂鬱になるんだか、と思いつつも、憂鬱になっちゃうものは仕方なくて。
とりあえず寝よ、と二人で潜り込んだ寝床で、どうやら僕は一晩中百音さんを腕の中に閉じ込めてたらしい。朝、百音さんに、いつもよりさらに甘えん坊ですね、って笑われてしまった。
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やっぱり先生、滅入ってる。抜歯で滅入っちゃうってなんかかわいいなぁ。と思っちゃうのは、親知らず抜歯済みの先輩としての余裕かなぁ。とりあえず、朝ごはんは、先生も大好きなピザトーストにする。食卓についた先生が嬉しそうに笑うのが私もうれしい。作れる時には作る(毎日作ろうと無理はしない)って約束のお弁当も準備。普段より彩りなんか気にしないで、先生の好物だけ詰める。食べかけでもおいておきやすいように、小ぶりに握ったおにぎりの具も焼き明太子一択。
今日の私の仕事は午後に一つ外出のアポイントがある以外は在宅ワーク。普段だったら、玄関で行ってらっしゃいのお見送りをするだけなのだけど、今日は『牛乳が切れそうだから』って言って、一緒に家を出る。病院の一つ手前の角まで、手を繋いで出勤して、さっと道端で行ってらっしゃいのキスを贈って。先生がそれにくしゃりと笑うのがうれしい。
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この日勤夜勤があけたらその足で歯医者なのは面倒だけど、それにしても、さっきの外でのいってらっしゃいのキスに照れてる百音さんはかわいかった、などと思いつつ、勤務に入る。外来をこなして書類仕事に追われ、としていればあっという間に午後も遅めの時間になり。やっとのことで百音さんが作ってくれた弁当にありつく。登米の矢羽板の弁当箱を開ければ、僕の好物しか入っていないおにぎり弁当。
『ごちそうさまでした。特に卵焼きがおいしかった』のメッセージを送るとすぐに『自信作でした、うれしい!』と返事が来る。『午後もがんばれます』とさらに返事をすると『もうすっかり午後ですよ』とド正論な返事が返ってくるのも楽しい。
その後、夜勤を予定通りに明けることができた僕は、そのまま歯医者に向かうのだった。
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さて、今日は先生が夜勤明けで親知らずを抜歯して帰ってくる。なんだかんだ先生が好物の茶碗蒸しにおうどんをいれてみよう。この間野坂さんに教わった関西のお料理。あったかくてやわらかくて、抜歯したての人にもいいはず。
あとは、どうやって先生を甘やかしてあげたらいいのかな。しょぼしょぼしちゃってる先生はそれはそれで大型犬みたいでかわいいんだけど、それをかわいいって思っちゃったらかわいそう。まぁ、今日まではめいっぱい甘やかしデーってことで。あ、でも、先生がおフロはいってるとこに押しかけたらさすがに先生ひっくりかえっちゃうかな。どうしようかな。
うーん、ま、帰ってきた時のしょぼくれ度で決めよっと。
あ、せんせい、おかえりなさーい。