イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    『サメ展』と百音と先生の一日11月30日 12時前。当直から日勤を経て超過勤務の後に帰宅して爆睡の後、2時間前には身支度を終わらせていた菅波はそわそわとスマホで調べ物をしたりリュックの中身を一度全部出してもう一度入れたりと落ち着かなかったが、ピコンというスマホの通知ですべての動きを止めてデスクの上のそれを注視した。

    今日、一緒に出掛ける予定の百音から、予定通り退勤して今帰り道であるという旨の連絡だ。チーム鮫島で時折交わしていた事務連絡と同じような文面なのに、見るだけで心躍る心地がするし、文面から送り主のうれしさが感じられるというと自意識過剰だろうか。予定通りの退勤であればもうじきに帰宅しているだろうし、ここから汐見湯の距離を考えればもうじきに家を出ていいだろう。

    そう一人合点した菅波はリュックに中身を詰めなおしつつ、ふと手を止め、常とは異なる荷造りを終える。いつもの濃紺の上着を羽織った菅波は、いつもよりぱんぱんに膨れて、なんなら少しファスナーが閉まり切っていないリュックを背負って家を出ていつもより大股に汐見湯を目指すのだった。

    菅波が汐見湯に着くと、それは百音が帰宅するのと同時で、百音がすぐ!すぐ支度します!と焦り、百音の幼馴染でシェアメイトの明日美に手厳しく指摘され、リビングのソファに身を縮めてしばらくそのお小言を頂戴することになった。やっとのことお小言から解放されて明日美が百音の支度の手伝いに裏に引っ込んだところで、汐見湯の主の菜津が、グラスのお茶を出汁ながら、そりゃ先生もう楽しみでうれしくて仕方ないって顔にかいてますよ、って言うもので、思わず出されたお茶を一気に飲み干そうとして盛大にむせ返る。

    だ、だいじょうぶです、だいじょぶ、と慌てる菜津に両手でジェスチャーを返していると、百音がそうっとキッチンの奥から顔をだして、その様子に、せんせ、だいじょぶですか!と慌てて駆け寄ってくるが、その姿があまりに可憐で、若干腰を浮かしていた体勢を崩して、テーブルの上のグラスを盛大に傾かせた。菜津がグラスをナイスキャッチして、百音がくしゃりと笑うその様子すらかわいい、と菅波が見惚れる様子を明日美も菜津もほほえまし気に見守るのだった。

    では、行きますか、と二人に見送られて、菅波が百音と連れ立って汐見湯を出たのは12時半ごろだった。築地から上野へは日比谷線で一本なので、駅までぶらりと並んで歩く。何となくぎこちない距離感を保ちつつ、お天気でよかったですね、そうですね、という限りなく無難な言葉を交わす。いままでどうやって会話していたんだろう、などと百音も菅波もそわそわとしているうちに駅に着いた。改札を通ろうとして百音の交通系ICが残高不足で引っかかる。すみませんと恐縮しきりの百音に、全然構いませんよ、と菅波が笑い、そのやりとりでなんだか歩いている間の緊張感がほぐれたようだった。

    百音が券売機で無事にチャージを終わらせて、二人で電車に乗り込む。平日の日中と言うことで大した混雑ではないが、座れるほどでもないという状況に、ドア付近に二人で立った。
    「手間取っちゃってすみません」
    百音が菅波を見上げてパスケースを見せながらもう一度言う。
    「いえいえ、気にしないで。そういえば、オートチャージにはしていないんですか?僕は登米の往復もあるから面倒になってオートチャージにしましたけど」
    「なんだか使いすぎが気になっちゃって。ほら、これでコンビニとかでもお買い物できるじゃないですか」
    「あぁ、確かに」
    うーん、便利だとは思うんですけどねぇ、と唇を尖らせる百音を見つめる菅波のまなざしはひたすらに優しい。

    築地から上野までは13分。あっという間に到着した地下鉄駅から地上を目指しながら菅波が百音に問いかけた。
    「永浦さん、昼飯は? 食べました?」
    「まだです。先生は?」
    「まだ。何か、食べてから行きますか?」
    「はい、じゃあ」
    「食べたいもの、ありますか?」

    菅波に聞かれるが、上野に来るのも初めてという百音に何かアテがあるわけもなく。
    「オムライスとかハヤシライスとか、どうですか?」
    「あ、食べたい!です!先生はどこか知ってるお店が?」
    「心当たりは。そこを覗いてみるのでいいですか?」
    「楽しみです!」
    うきうきと返事する百音にひとつ頷いて、菅波はこっちです、と上野公園に出る方向の通路を指さすのだった。地上にでて上野公園通りを渡り右折。歩道橋をてくてくと登れば左手にはうっそうとした木々が茂る。通り越しに古い駅のプラットフォームの構造物も眺めながらしばらく歩くと、少し開けたところに出た。道を挟んだJRの駅から切れ目なく人が湧き出てくる様子に百音は興味津々である。

    菅波が左側に現れた建物を指さした。大きく反りあがった局面の庇が特徴的な建築で、その庇の下には開放的なエントランスが広がっていた。エントランスのガラス越しの開放的な空間にはネイビーブルーの天井に電灯がランダムにちりばめられて昼間ながら星空の様相である。
    「あれは音楽ホールなんですが、そこに洋食のレストランが入っているんです。並んでなかったら、そこはどうでしょう」
    「行ってみましょう」

    こくこくと百音が頷くので、菅波も一つうなずいて、館内に足を向けた。外からも見えた、頭上が星空のように印象的なで開放的なロビーを抜けて少し狭い階段をぐるりと上ると、ロビー直上のレストランの入り口に着いた。平日ということもあり、すぐに席に通される。ロビーが見下ろせるガラス張りの壁際で、着座した百音が先ほど自分が通ってきた場所を興味深そうに見下ろすのを、菅波が嬉しそうに見つめる。その視線に気づいた百音が目じりを染めてそわそわと座りなおす様がまたかわいらしい。百音は百音で、普段とは異なる雰囲気の場所で老舗レストラン然としたウェイターと自然に会話を交わす菅波の様子に、今まで知らなかった一面を見る。知らなかった一面を素敵だな、と思うと同時に、すっかり菅波のことを知っている気になっていた自分にも気づき、二重の意味でどぎまぎと伏し目がちに向かいの席に目をやるのだった。

    オーダーを通したところで、百音が店内をぐるりと見渡した。
    「先生はここに来たことがあるんですか?」
    「この場所ではないんですが、系列の店には。上野にいくつか店舗があるんですよ。子供の頃、両親にこのあたりの美術館や博物館にはよく連れられていて、その帰りにハンバーグなんかを食べて帰る、というのが定番でした」
    「ナルホド」
    美術館とか博物館によく連れられてた、って言うのがなんだかイメージに合います、と百音が笑い、そうですか?と菅波が首をすくめる。
    「医者なんて職業をやっていると、家が裕福なんだろうとかインテリなんだろうとか言われがちなんですよね。ウチは両親も普通の勤め人の共働きで、医大にも奨学金借りた程度の家なのに…。ってすみません、変な話に」
    「いえいえ」
    初めて聞いた菅波のバックグラウンドに、百音はそれを聞けることに面映ゆいものを感じながら返事をする。

    「永浦さんのおうちは家業で牡蠣養殖をされてますもんね」
    「はい。あ、でも牡蠣養殖は主に祖父と母で、父は銀行員なんです」
    「そうなんですか」

    銀行員にしては服装が派手だったな…と先日の邂逅を思い出しながら菅波が頷いた頃合いに、それぞれのオーダーがテーブルにサーブされた。百音が選んだ海老のマカロニグラタンはチーズの焼き目も香ばしく、皿の縁でベシャメルソースがじゅうじゅうと音を立てているのも好ましく、百音はその様子にわぁ、と手を合わせた。菅波のハヤシライスもデミグラスが艶やかにご飯に寄り添っていて、菅波はその懐かしさに目を細めた。

    熱々のグラタンに躊躇なくフォークを入れ、チーズが絡んだマカロニとブロッコリを口に入れる百音に、菅波は感心の表情である。それに気づいた百音が首をかしげて見せる。口中の物を飲み下した菅波が、実は、と口を開く。
    「僕、猫舌なのでグラタン食べるのへたくそなんです。永浦さんは熱々をおいしそうに食べるなぁと思って」
    その点、ハヤシライスは猫舌でもすぐ食べられるのがよいところです、とスプーンを動かす菅波に、百音が笑う。
    「グラタン食べるのがへたくそ、って初めて聞きました」
    おいしいのになーと言いながら、器用にふうふうと熱々を食べる百音の笑顔に、ハヤシライスをもぐもぐと食べる菅波も笑顔である。

    腹具合が一段落の後、会計を終えて店を出たところで百音が不服気に菅波を見上げた。初めて二人で行った蕎麦屋の後、たまに食事を一緒にしていた二人だがその折には個別会計が標準になっていたところ、今日は菅波がさっさとまとめて払いを済ませてしまったのである。百音のその様子に、菅波が「チケット代です」と言って笑う。
    「妹さんから、サメ展のチケットをいただいてますから、その分、チケット代が浮いてます。そのお礼ということで」
    その言い分を受け取った百音は、店先でもめるのも、と不服を収めて、分かりました、と頷いた。

    じゃあ、そろそろカハクに向かいますか、とホールを出たところで百音がむかいの建物を指さした。
    「あれですか?」
    「あれは西洋美術館ですね。ほら、前庭にブロンズ像とか展示してるでしょ」
    と菅波が指し示した先には大きな扉のような彫刻が鎮座していた。
    「ほんとだ。あれ、何でしょう」
    「ロダンですよ。考える人、とかの」
    「考える人…」
    百音がピンとこないようなので、菅波がその美術館の前庭に誘った。植栽の中をぶらりと歩くと、台座の上に座り込んで顎に手を当てた男性のブロンズ像が見え、百音が、あぁ!と声をあげる。知ってました?と菅波が聞いて、うんうん、と百音が頷く。

    考える人は何を考えてんでしょね、と言いながら、前庭をショートカットの要領で別の門からでると、道の様相がまたガラリと変わった。木のブロックが敷き詰められた道にイチョウの黄色い落ち葉がふかふかと積み重なっている。銀杏の特徴的な香りも風にふわりと混じりつつ、地面を踏む感覚がとても柔らかくなり、さくさくと小さく音をたてながら歩くのが心地よい。もうすぐそこですよ、と菅波が示した先には、近代技術の象徴とでもいう顔で、黒くて大きな蒸気機関車が鎮座しているのが見えた。蒸気機関車D51-231の前までたどり着くと、大きな『サメ展』の立て看板があり入口を示す矢印が伸びている。前方に見えるレンガ造りの本館に比して意外に細い蒸気機関車沿いの小道を行くと、ガラス張りの建物に行きつく。特別展にあたる『サメ展』の会場は地下1階にあり、これまた意外に狭い階段を1階分降りていくもの、なんだか期待が高まる効果がある気がする。少し薄暗い階段を降りきった先に、会場の明るい光が見えた。
    会場の入り口は大きくサメの口がかたどられていて、まごうかたなきサメ展の様相である。中にはいると、大きなホールが展示の壁で区切られているが、天井は大きな空間が広がっていて、そこに中生代の巨大古代サメであるカルカロドン・メガロドンの世界最大級の復元模型が吊るされていて迫力があった。うわぁ、と百音がメガロドンを見上げる横で、菅波は掲示されている挨拶文を素早く読み込み、この特別監修をしてるホクダイの教授、気仙沼のシャークタウンの監修もしている人でサメ研究の権威なんですよ、と百音に早速豆知識を披露するのだった。

    メガロドンの下の第1展示では、古代ザメ10種に加えて、8目34科107属のサメの分類の全属を網羅した分類図がサメの写真と共に壁一面に展開されている。またそこで菅波がこれ、シャークタウンで展示されているものをベースに壁に合わせてサメが増えてますね、と余人には分かりかねることを言い、いかに地元とはいえシャークタウンに行ったことなど小学校低学年の遠足以来、という百音には、そうなんですね、とすっかり初めて見たもの扱いである。百音は古代ザメ10種のうちのヘリコプリオンの想像復元図のおかしさに興味津々で、なんでこんな形なんでしょ、に菅波が壁面の解説文にさらに言葉を付け加えて説明し、ふむふむと話をきく。

    平日だが最終日ともあってそこそこの混雑の中、周囲の人の流れとは完全に異なるペースで二人の歩みは進む。サメの生息域を大きく「深海」「外洋」「浅海」に分けた第2展示では、それぞれのエリアにところせましとサメの剥製標本や模型がぶら下げられたり、写真パネルが展示されている。菅波が一体一体の展示に見入る様子を、百音が好ましく見上げた。登米での勉強会の時間やチーム鮫島の仕事を通して、意外と子供っぽいところもある人だ、とは知っているつもりだったが、こうして様々なサメに目を輝かせんばかりに見入る様子は初めて見る。そんな様子を見られることがなんだかうれしい、と思いながら、自分もふむふむと展示を見て、分からないところは遠慮なく菅波に質問する。

    菅波は、つい目前の展示にも夢中になるが、それを咎めるでなく隣で一緒にサメを見ておりおりに質問してくる百音に、そうだった、この人は登米での勉強会でもチーム鮫島の仕事でも、いろんなことに興味を持って、分からないことはどんどん、何?なんで?を聞いてくるんだった、とその質問をうれしく受け止めては、ありったけのサメ知識の引き出しを開けてそれに答えるのだった。

    第2展示を抜けて、いよいよ第3展示に進むと目玉のメガマウスザメの歯列標本・骨格標本と、ホホジロザメの成魚の全身液浸標本が広いエリアに対になるように展示されている。やはり目玉エリアとあって、一番の混雑をしている。と、菅波が「あの…」と手をさしだした。「混んでいてはぐれてはいけないので、手を、つないでもいいです…か?」耳を赤くして起用に長身から上目遣いで聞いてくるその誠実さに、百音はどぎまぎとしながら、「あ、はい、あの。つないでいいです」肩にかけたバッグのストラップを握りしめながら頷く。

    差し出された右手にそっと左手を重ねると、ふわりと包まれて、いつぶりかの熱伝導に百音の頬が赤く染まる。菅波も耳を赤くしたまま、初めて手を繋いだ二人はメガマウスザメの歯列標本の前にたどり着いた。初めて見る標本を前に、菅波は手を繋いだまま、しかし食い入るように見つめている。なにやらぶつぶつと言いながら、仔細を観察する様子を、百音は静かに見守る。先ほどの第2展示でメガマウスザメも紹介されていたので、百音も菅波の説明で予習はできていて、さっき聞いた話のはコレかな?などと考えながら一緒に歯列標本の前に佇むのだった。

    他の人の3倍は時間をかけてメガマウスザメの歯列標本・骨格標本を見て、ホホジロザメの液浸標本に進む。さっきまで見ていたメガマウスザメの骨格標本を振り返りながら、百音がホホジロザメの胸ビレあたりを指さす。
    「さっきの標本で、サメの特徴は他の魚類と違って頭骨に胸ビレが接続していないことって聞きましたけど、確かにそういう目で見ると、どのサメも胸ビレの位置がこのへんですよね」
    「そうなんです。サメの特徴を論じるのに一般的にはあまり言及されないところなのですが、サメのフォルムを決定づける要素の一つだと僕は思っていて、ぜひ知られてほしいと思っています」

    菅波の言葉に、ふむふむとまた頷きながら、百音が何やら気づいた顔になる。
    「魚を下ろすときときには頭ごと落としちゃってます。確かに、たしかに」
    「あぁ、永浦さんは海育ちだから、魚をおろすの得意ですもんね」
    会話をしながら、いつかの登米で百音が豪快に鮭を数匹捌いていた手つきを菅波は思い出す。ほら、登米ではらこ飯の時に、と菅波が言えば、百音もそんなことありましたね、と在りし日をおもいだして、ふわりと笑う。

    ホホジロザメの標本の前でも他の人の倍は時間を使い、ゆったりと第4展示に進む。会場の反対側に誘導する通路を兼ねたエリアでサメの繁殖方法の多様性が紹介されている。大別して卵生と胎生に分かれ、卵生における卵の形の違いが模型で示され、その不思議な形に百音が興味を示し、菅波がまたひとつひとつ説明をするので、一つの模型の前で5分は経過する。さらに胎生に至っては胎盤型・卵黄依存型・卵食/共食い型と特徴的かつ研究が日進月歩の領域で、百音には知らなかったことばかりで、菅波はまた掲示されている解説の解説に力が入る。繁殖の話で、交尾だなんだという話題も出るが、二人ともサメの話題に真剣そのもので、何の羞恥もない。仲のいいカップルだなぁ、と展示を軽く眺めて通り過ぎていく他の客は、まさかこの二人がこのサメ展が実質の初デートなのだとは思うまい。

    第4展示を抜けたところに休憩エリアがあるが、百音と菅波はさっき見た展示の話をしていて気づかず、最終展示エリアに進む。その時点でサメ展に足を踏み入れて2時間が経過している。最終展示エリアはサメと人間の関わりについて、問題提起がされていて、サメ漁が盛んな気仙沼育ちの百音にもなじみが深いテーマである。大きく分けて「海洋ゴミ問題」「シャーク・フィンニング問題」「乱獲問題」に分類されていて、これはむしろ百音が積極的に見るぐらいである。

    イタチザメは海のゴミ箱なんて呼ばれるぐらいなんでも食べてしまうサメなので、海に流出したゴミが体内に溜まってそれで死んでしまうと言うことも多いんですよ、という菅波の説明に、百音の眉根が寄る。フィンニングに関しては、百音が社会科の地元産業の授業で気仙沼のサメ漁がいかにヒレ以外の箇所を有効活用しているかと言う話を思い出し、サメ肉専門の水産加工場があるという話に菅波が興味を示す。あぁ、そういえばMSC認証を取ろうという話もあって、と乱獲に百音の話が続き、MSC認証?と菅波の質問に答える百音の得意げな顔がまたかわいい。

    最後にサメと人の共生を訴える動画でサメ展が締めくくられ、地下会場の出口を出る時にはざっと3時間弱が経過していた。出口正面に矢印が描かれ、企画会場&サメ展グッズショップが案内されている。百音が行きますよね?と菅波を見上げ、いいですか?と菅波が百音に聞く。もちろん、行きましょう、と百音が頷く。もう人通りも少ない場所ではぐれる心配もないが、手は繋いだままで、どちらもそれを離そうとせずに矢印に沿って廊下を進む。

    スロープを通ってたどり着いた企画会場では、壁に多種多様にカラフルなサメが泳ぐように投影されている。サメの線画に色を塗って、それをスキャナで取り込むと壁に投影される仕組みのようだ。二人して面白く見上げていると、係員がやってみませんか?と声をかけてくる。じゃあ、ぜひ、とそれぞれが紙を受け取る段で繋いでいた手を離し、案内された長机に移動する。カラーペンがたくさん並んでいて、いずれもお好きに使ってください、とのことで、並んで座った二人は何描きましょうか、と顔を見合わせた。

    「なんでもいいんですよね」
    ふーむ、と百音が首をひねり、菅波もそうですねぇ、と言う。安直だけど…と百音が黄色の水玉をサメに描き始める。それを見た菅波がなるほど…と言いながら、やはり手が動き始めない菅波に、百音がくすりと笑って、菅波の服を指さす。
    「先生なら、青いチェックのサメとかどうでしょう」
    「えぇっ?」
    百音の言葉に、自分が羽織った青チェックシャツの袖を引っ張ってしばし。まぁ、無難な模様を描いても面白くないしな、と百音のオススメに乗っかっることにして、菅波は青いペンを手に取った。

    百音の黄色い水玉模様にプラスして青いリボンを付けたサメと、菅波の几帳面な青チェックのサメが完成し、係員に預けると、数秒のスキャンの後、二人のサメが壁面の投影にポチャンと現れた。他のカラフルなサメたちに混ざって楽し気に泳ぐ様子を、二人で見上げる。2匹のサメが仲良く及ぶ様子を百音が嬉しそうに見ているのが、なんだか菅波には照れくさく、二人はしばし無言で隣り合って並んでいる。

    ひとくさり投影されたサメの動きを見たところで、隣の物販に移る。色々力の入ったグッズ展開で、図録やクリアファイル、マグネットといったサメ展オリジナルグッズに加えて、今回の展示に協力した水族館や博物館のグッズも並べられている。ふらりと図録を手に取った菅波が、解説執筆陣を確認したり収録されている写真を確認する。その様子を少し離れて百音が見守っていると、図録の購入を決めたらしい菅波がそれをもってその場を離れ、またふらりと他の棚に移る。その後を百音がてこてことついていくと、ブラインドパッケージのコレクションマグネットを2つ、サメ展のクリアファイルを手に取っていく。先生、こんな風にお買い物するんだ、と百音は興味深く見つつ、自分もシロワニのマグネットのフォルムがかわいいな、と手に取って眺めてみたりする。棚を一巡したところで菅波が百音を置き去りにしていたことに気が付いて、すみません、と戻ってきた。

    「いえいえ。先生、嬉しそうにお買い物するな、って思ってました」
    百音ににこにことそう言われて、菅波は苦笑するしかない。
    「すみません、つい」
    「お買い物、決まりました?」
    言いながら百音が菅波の手許を見ると、図録の上には、マグネットにクリアファイルにメモ帳にとグッズが乗っている。
    「はい。永浦さんも、何か買いますか?」
    「あ、このシロワニのマグネット、フォルムがかわいいなと思って」
    「かわいいですね」
    菅波がうん、と頷くのを見て、百音もうれし気である。
    じゃあ、会計しますか、と二人でレジに向かう。隣同士で会計しながら、菅波は百音が選んだシロワニのマグネットを自分が買ってあげたいなと思いつつ、昼を馳走されたところでこれまで出されては気を遣わせすぎるな、とその思いをぐっとこらえるのだった。

    百音がマグネットをリュックに仕舞い、菅波が紙袋を提げて物販を後にして外に出ると、空には夕闇が迫っていた。時計を見れは16時を過ぎている。だいぶサメ展に長居をしてしまいましたね、とそこでようやく時間経過に気づいた菅波は、あっと声をあげた。え、先生どうしました?と慌てる百音に、菅波が猫背になりながら慌てた口調で言う。
    「あの、サメ展、すみません、僕ずっと夢中になってて、こんなに時間が経ってるって気づいてなくて。それにつきあわせてしまって…」
    おもむろなその言葉に、百音はびっくりしながらも、笑顔で首を横に振ってみせた。
    「サメのこと色々知れて楽しかったし、先生の説明が分かりやすかったから楽しかった、ですよ?」
    フォローで言ってくれているということは分かりつつ、そう言ってくれたことに多少の安堵を覚えてへろっと笑う菅波に、百音がうんうん、と頷く。

    「あの…これからどうします、か?」
    菅波の問いに、こてんと百音が首をかしげる。問いの意図が通じていないことを理解した菅波が、言葉を重ねた。
    「もう帰らないといけない、とか制約はありますか?永浦さんは明日も早朝からお仕事だから…」
    やっと問いの裏側の意図を理解した百音が、わたわたと顔の前で手を振る。
    「あの、えっと、20時に寝れてたらいいので、まだ帰らないで大丈夫です、全然、ぜんぜん大丈夫です」
    帰りたいわけではない、と言う百音の気持ちを知って、菅波がちょっとほっとした顔になる。
    「そうしたら、どこかに寄りますか?」
    さらなる問いに、百音がぐるりを見渡す。
    「ここって、サメ展以外の展示もあるんですよね?」
    「常設展がありますよ。もう閉館まで1時間ないので、全部はとても見れないですが、もし何か興味があるものがあれば」

    そういって、菅波が地球館のフロア案内に誘うと、地下3階の『自然の仕組みを探る』から地上3階の『大地を駆ける生命』まで多様な科学のトピックが網羅されているのを百音がほほぅ、と見上げた。
    「どれも面白そうですね。うーん、急いでみるのも残念な気が」
    「どれか一つに絞って、また今度、常設展を見に来ましょう」
    その言葉に、百音がぱっと菅波を振り仰いだ。

    「また今度?」
    「え、あ…。すみません、あなたの意向も確認せずに、また次があるなんて当たり前のように…」
    「え?ああ、あの、また今度先生と来れるんだって嬉しくって…。だって、あの…」
    と、百音が手を伸ばして、菅波の濃紺のコートの裾にそっと指先で触れ、菅波を見上げる。
    「わたしたち、あの…そういうこと、ですよ、ね?」

    その言葉に、菅波はきゅっと口許を結び、自分のコートに触れる百音の指を自分の指でからめとった。
    「僕は、そうだとおもってます」
    目であなたは?と問われて、百音は自分の指先に力を込めてこくんと頷く。指先に同じだけの力で応えがあって、そこから全身がぽかぽかしていくような気がする。それは菅波も同じで、二人は暮れなずむ上野の空の下、閉館前で人気もない建物の前でしばしはにかみながら向き合っているのだった。

    ポーンとアナウンス開始を知らせる音がして、閉館45分前です、と放送が入る。その音に菅波は顔をあげる。
    「じゃあ、どれか、見ますか」
    「はい、見ます、見ましょう。えっと…こじんまり見れる方がいいですよね」
    百音が案内板を振り仰ぎ、菅波が地下1階を指さした。
    「恐竜の化石はどうですか?」
    「面白そうです」
    では…と菅波が百音の手を取って館内に進む。手を引く菅波も手を引かれる百音も耳元が赤い。
    「あと42分です」
    下りのエスカレーターに乗った菅波が律儀に腕時計を確認するのに、百音もこくりと頷いた。

    ぽつぽつと人がいる閉館間際の展示室を、まだぎこちなく手を繋いだ百音と菅波が進む。時間が限られるので、とまず展示室の奥に進めば、大きな空間の両脇にトリケラトプスとティラノサウルスの全身骨格がむかいあって
    展示されている。対峙するその全身骨格の間に立つと、迫力がある。

    「すごい歯ですねぇ」
    「ですねぇ。さっき見たサメの歯と比べても、全然大きい」
    百音がティラノサウルスの大きな口と歯に注目して、菅波も同じところを見た。

    「形も違いますね。あ、でも縁がギザギザしてるところはホホジロザメとかと同じ?」
    「ホホジロザメもティラノサウルスも肉食と言うことですね」
    「そっか、歯の形で。メガマウスザメはプランクトンを食べられる形でした」
    「そう。トリケラトプスは草食だからまた違うはず…」

    二人でトリケラトプスを振り返ると、大きな嘴が見えるが歯は見えない。あの嘴で歯をつまんでたんですかね、きっとすり潰す臼歯があるんでしょうが、ここからは見えないですね、などと話しながら、あれこれと展示の説明を読む。ティラノサウルスの全身骨格はしゃがんだ姿勢で展示されていて、それが世界初の試みであると知った菅波が、へぇ、と感心した声をあげて、百音もいろんな研究があるんですね、と頷く。

    トリケラトプスとティラノサウルスの周りには他の竜盤類・鳥盤類の化石標本も並べられていて、ゆるりと見て回ると、菅波がある標本の前に足を止めたのを百音が気づく。他の標本に比べると小ぶりなそれに見入る様子を眺めていると、眺められていることに気づいた菅波が照れくさそうに笑う。子供の頃、恐竜でお気に入りだったのが、この鎧竜類なんです。アンキロサウルスとか。
    草食恐竜なんですが、こう、タフな外見で、かっこいいな、って。

    思いがけず菅波が子供の頃の話を聞いて、百音はそのちょっと照れくさそうな、でも嬉しそうにそれを語る顔がうれしく、唇をむにむにと寄せながら、そうだったんですね、とつぶやき、二人で、その小さなスコロサウルスの標本をしばし眺めるのだった。

    閉館5分前のアナウンスが流れ退館しなければ、と展示室を出る。サメ展では寄れなかったので、と手洗いにめいめい寄りつつ、エスカレーターを上る時にはまた菅波が百音の手をつなぐ。恐竜の展示室内でもずっと手を繋いでいたので、百音もだいぶと慣れて、繋がれた手にきゅっと自分からも力を籠めるのだった。

    出口の案内に沿って進むと、博物館常設のミュージアムショップの前に出た。何やら興味を引きそうな生き物のフィギュアやグッズが見えるが、ミュージアムショップの営業時間も博物館の開館時間に準じるため、もう扉が閉まっている。どんなのがあるか気になりますね、と百音がショーウィンドウを覗き込み、これはやはりまた来なければです、と納得している様子に、菅波の口許が緩む。

    ショーウィンドウにハチ公クッキーなるものが展示されていて、どうして上野でハチ公なんでしょう、と言う百音の疑問に、ハチ公のはく製がここに収蔵されているんですよ、と菅波が答えながら館内を出ると、すっかり周辺は昏くなっている。地下1階の高さの広場から正面を見上げると、シロナガスクジラの実物大模型が迫力たっぷりにライトアップされていた。

    駅の方に戻りながら、この後の相談になる。先ほど、百音が20時には就寝という話をしたので、それを踏まえると19時には汐見湯に帰っている必要があり…との逆算で、ひとまず築地に戻って、何か軽く晩ごはんでも、と菅波が提案すれば、百音もそれに賛同する。来た道を戻りつつ、銀杏を踏んでしまった菅波が情けない顔になるのを、百音が内心かわいい、と思いながら、二人は手を繋いだままである。

    公園の道を左に曲がれば駅、という場所に出たところで、そういえば、と百音が言う。
    「そういえば、上野に西郷さん像ってあるんですよね?あの有名な」
    「あぁ、犬を連れた。ありますよ。見に行きますか?」
    「行ってみたいです」
    時間が差し迫ってるわけでもないから、と少し回り道もいいですね、と道を右に曲がる。ぽつぽつと街灯がともる木々の中を進むと、クヌギやコナラの落ち葉がサクサクと音を立て、イチョウとはまた異なる雰囲気である。

    なんだかこうして広葉樹の道を先生と歩いてたら、登米にいるみたいです、と百音が笑う。その様子に、菅波も一瞬心を登米に飛ばしつつ、今日まではこうして手を繋いで森を歩いたりなんてしていないのに、と面映ゆくもある。と同時に、そういえば、こうなったことを次の登米行きでは絶対に何かしら話さねばならないのでは…という恐ろしい事実にたどり着く。どうするべきか、それはもう一人の当事者である百音の意向をきちんと聞かないとな、この後の食事の話題リストの筆頭にそれを置くのだった。

    森を抜けてたどり着いた西郷隆盛像は煌々とライトアップされていて威厳たっぷりである。これ、何してるとこなんでしょね、と百音が意外にラフな西郷の着こなしに首を傾げ、ウサギ狩りらしいですけどね、と菅波が聞きかじった知識をあやふやに披露する。なんか、また一つ、東京にいるんだな、って感じました、と笑う百音に、それは何よりです、と菅波も笑った。

    西郷像の脇から街中に通じる階段を降りて地下鉄の駅にたどり着き、今回は百音が改札で詰まることもなく日比谷線に乗る。上野から築地まで短い乗車時間だが、退勤客が多い時間に重なっているのでそれなりの混雑に二人は車内でかなり密着した状態になった。菅波はさりげなく百音をかばい、つり革に手を伸ばせない百音は、菅波のコートをつかんで 、少し恥ずかしそうに俯いている。

    築地に着いて、電車から吐き出される人の波に乗って百音と菅波も電車を降りると、ほっと一息をつく。大丈夫でしたか?と心配げに問う菅波に、全然大丈夫です、と百音が頷いた。

    駅の階段を上がりながら、何食べましょうかと相談の後、百音が、以前に菅波と言った親子丼の店に行きたい、というので行先が決まる。築地の駅からの道は百音も勝手知ったるというもので、今までの二人のような距離感で歩いて店までたどり着いた。

    まだ繁忙には早い時間と見えてすぐに席に通される。着座してふと、体の疲労感に気づく。気づけば、サメ展に入ってからここまで、まったく歩きどおしの立どおしだった。
    「今日、たくさん歩きましたねぇ」
    と百音は無邪気に笑っているが、菅波はそうさせてしまったことに、今更ながら反省しきりである。そわそわと右手をこめかみや首元に彷徨わせ、歩かせてしまってすみません、と体をすくめる。その様子に百音が首をかしげる。
    「だってサメ展見るのに座ってられないじゃないですか」
    「それはそうなんですが…」

    と会話をしているうちに店員がオーダーを取りに来たので、百音は親子丼を、菅波は焼き鳥重を選択する。あ、それ前に気になるって言ってたのですね、と百音がメニューを覗き込み、そっちでもよかったなぁ、でも親子丼美味しかったし…と、オーダー後に今更悩む百音に菅波の目許が緩む。

    注文の品が来るのを待ちながら、菅波が、先ほど話題リストの筆頭に置いた件について口を開く。
    「あの、永浦さんとのこと、実は、登米であれこれと聞かれているんです」
    「あ、はい」
    菅波が何を言わんとしているかを察した百音が姿勢を正す。
    「僕から言っても、大丈夫ですか?それとも、言わないでおいたほうが良ければ、それはそれで。永浦さんの意向を確認したくて」
    百音がどうしたいか、を一番に考えている菅波の発言に、百音は微笑んで頷く。
    「あの、サヤカさんには私から伝えます、が、先生も聞かれたら言っていただいてそれはもちろん構わないです」

    菅波との新しい関係を登米にも知られてもよい、という百音の言葉に、菅波の顔の緊張も緩む。百音が言いたくないというのであればもちろんそれを守るが、登米の顔ぶれを考えるにプレッシャーが大きかったことは否めない。そもそも『週末会いますから』と自分でドヤ顔をしたことを棚に上げて、菅波は心中で安堵を漏らすのだった。

    サヤカさんには、後で電話しようと思ってます、と百音が言い、あぁ、だとすると次の登米行がすでに恐ろしいな、と菅波が笑ったところで注文の品が来る。百音が、前来た時と同じ艶やかな卵に目を輝かせるとともに、菅波の前に置かれた焼き鳥重もおいしそうですね、とにこにこしている。うーん、やっぱり次は焼き鳥にしてみるべきでしょうか、とまた悩みだす百音が菅波にはかわいくてたまらない。

    二人でいただきます、と手を合わせたところで、菅波は自分の重箱に乗った焼き鳥の内の一本をひょいと百音の丼の端にのせた。えっ?と百音が菅波の顔を見る。
    「お裾分けです。焼き鳥の味見、してみてください」
    どうぞ、と菅波がきっぱりと言い、百音もありがとうございます、と言って串に手を付ける。菅波もそれに合わせて別の串を手にとって一緒に食べると、炭火で程よく香ばしい焼き鳥のタレの濃い味わいが一日歩き回った体にしみた。

    美味しいです、と百音が目じりをさげ、菅波も味と百音の表情両方で口許が緩む。
    「あ…」
    と百音が自分の丼に手を添えてしょんぼりとした顔になる。
    「親子丼だと先生に分けっこできない…」
    とても残念そうなその様子に、少し吹き出しそうになりながら、菅波は気にしないでください、と優しく笑って言うのだった。

    食べ終わって会計の段になると、今度は百音も財布をひっこめる気配はない。菅波もここ譲歩した方が良かろう、と、時折二人で食べていた時のように個別会計で決着をつけて店をでる。馳走されて当然というような姿勢が全くないことに好ましいものも感じつつ、こうなったなら甘えてくれてもいいのにななどと思ってしまう自分の中にある男性規範に苦笑もしつつ、菅波は百音と歩を並べるのだった。

    店から汐見湯まではすぐそこ。食事の感想を話しながらゆっくり歩いてもあっという間で、なんだか名残惜しい。二人してなんとなく汐見湯の正面を通り越して裏口に向かい、コインランドリーの椅子にテーブルをはさんで向かい合って座った。

    「あの、今日は楽しかった、です」
    百音がぺこりとするのに合わせて菅波もぺこりとする。
    「僕も、です」
    二人してぎこちなく目を合わせて、なんだか落ち着かない。改めてコインランドリーでこうして向き合うと、急にこうしていることがとても気恥ずかしいのはお互い様である。

    「あ、先生は明日のお仕事は?」
    「明日は当直なんです。そのまま日勤して当直のあと、登米に行きます」
    「相変わらず忙しいんですね」
    「でも、今日ちょうどサメ展最終日に勤務の合間があったから。永浦さんと一緒に行けたし」
    その言葉に、百音の目じりが染まる。
    「私も、先生とサメ展行けて楽しかったです」
    「うん」

    頷いたところで、菅波が時計をみれば19時前である。名残は惜しいが、百音の明日の仕事に支障が出てはいけない、と菅波は断腸の思いで立ち上がった。コインランドリーを出る菅波を、百音が追う。出入口を挟んで向き合った二人は顔を見合わせ、その間に穏やかな沈黙がおりた。

    しばしの沈黙の後、それを振り払うように菅波が「じゃあ、また」と頷いて踵を返す。「はい」と百音が頷くと、菅波は何度か振り返りながら、コインランドリーの角を曲がって家路についた。

    菅波を見送った百音は、バッグを両腕でぎゅっと抱きしめながら勝手口から部屋に続く階段を上がる。
    部屋に入ったとたん、くたくたと畳にすわりこみ、えへへと笑いながら、今日の先生、レストランではなんだかオトナっぽかったし、サメ展じゃ子供みたいに嬉しそうでかわいかったし、恐竜のこともよく知ってすごかったし、楽しかったな、としばし今日の余韻に浸るのだった。

    コインランドリーを後にした菅波は、風に吹かれながら勝鬨橋を渡る。風がサメ展のグッズが入った紙袋を揺らし、その振動が今の菅波の様々な心中を例えているようである。初めて二人で約束をして出かけ、しかもそれが念願のサメ展である。全く菅波の趣味全開の行先だというのに、それを一緒に百音が興味を持って楽しんでくれたこともうれしく、またその折々に見えた今まで知らなかったかわいい表情の数々に心が弾む。

    一日歩き続けだったとは思えないほど軽い足取りで帰宅した菅波は、部屋着に着替えるとさっそくにサメ展の図録を机上に置き、マグネットをホワイトボードに貼って、と荷ほどきをする。その合間にも、これらを介して交わした百音との会話を思い出して口許は緩む。

    荷ほどきの最後に、あぁ、そうだった、とリュックから今日のお守りがわりに連れて歩いていたサメのぬいぐるみを取り出す。一日リュックの中にいたので、少し吻がつぶれていて、ごめんごめんと言いながら形を整えてやって、組手什の棚に戻してやる。サメのぬいぐるみはやっとリュックから出してもらえてやれやれというような。

    その頭をぽんぽんと撫でながら、「とてもいい一日だった」と菅波はつぶやいたのだった。
    ねじねじ Link Message Mute
    2022/12/01 15:34:20

    『サメ展』と百音と先生の一日

    #sgmn
    「サメ展」最終日の11/30にあげたいと思っていたけど、思いのほか長くなって12/1に投稿

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品